F≠S 《インフィニット・ストラトス》   作:バンビーノ

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10.真夜中の訪問者

 日本人が外国人と一番コミュニケーションを取りやすい場所ってもしかしたらIS学園かもしれん。なにしろ海外から来た皆が日本語で話してくれるからな。

 それもこれもIS開発者の篠ノ之束が日本語でしか意思の疎通を行わない、ISに関して発表した文書もすべて日本語であったからだ。お陰様でIS関係者については英語を抜き去り日本語が共通言語となっている。これに関してのみはありがたいことこの上ない。ビバ日本。

 

「日本語って難しいよね、一つの意味に対して数えきれないほどの言葉が存在するんだもん」

「明日やる、やれば出来る、本気出してないだけ、たまたま調子が悪かった」

「ん……なにそれ?」

「全部バカって意味だ」

 

 そんなわけで日常英会話すら覚束ない俺もIS学園に来れば、入学一日でイギリスのお嬢様と決闘が決まったりするほど日本人に優しいグローバルさがここにはある。ただ生活を共にする、シェアハウスやホームステイ的なものほど濃厚な関わりを持つことは俺たち男には縁遠い話だった。だって一夏と俺を除けば女しかいないからな、IS学園(ここ)

 別にわざわざ外国人と同居したかったわけでもない。文化の違いによる同室者との争いなんて起きてみろ、面倒以外の言葉が見つからねぇよ。なので互いに日本人であり男であり、女心以外への察しは鋭い一夏との同室はなんだかんだ気軽であり楽だった。

 

「あっ、そうだ! ベッドはどうしよっか?」

「お前が手前の方を使えばいいと思うよ。同じ男の一夏の香りの染み付いたベッドを、うん。てか真夜中の3時、そろそろ寝るわ」

「……ここは痛み分けということで僕が奥の君のベッド、君が手前の元一夏のベッドでお互いに男の香りに苦しまない?」

「そもそも痛みがない俺にとって分けられたら圧倒的に得がないんですがデュノっち、おやすみ」

「うっ、うーん……」

 

 とツラツラと考えても目の前の今の同居人は一夏ではないわけで、全ては過去系なわけでだな。

 フレンドリーな一夏とは何か違う親しみやすさ、というよりは上手く不快感なく距離を埋めてくる男。おっかしいな、軽く1時間前はまだ初対面で少なくとも俺はぎこちなかったはずなんだがいつの間にやらトモダチに近い幅になってる。なんかドンドン合わせられてるような気が、気のせいか?

 まぁ、思い返せば一夏ともこんな感じだったか。違いと言えば日本人か外国人かってことで、そこに違和感が引っ掛かってるだけだろ。

 

 ただ、やっぱその差はデカいと思うんだが、なんか日本語を流暢に話すせいか想像していた程の壁がない。むしろ話し易すぎて驚くほどだ。

 

「あ、そうだ。仲良しな織斑君の臭いを存分に嗅げるよ!」

「表出ろ」

「ちょっ、待って!? 冗談だから引っ張らないで!? 丑三つ時だよ、外で暴れたら怒られるって!」

 

 なので、なので。現在目の前にいるフランス製の中性美少年シャルル・デュノアが新たな同室者という現実はそろそろ受け入れよう。くっそ、なんで美少年がISに乗れるようになんだ肩身狭い、急募フツ面! けど、取り敢えずデュノアっちの面をフツ面以下にしてくるわ。二度とサムズアップ出来ねぇようにしてやる。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 なんか俺の肋骨がパッキポッキしてから無事治った頃。

 お引っ越しです。山田先生は満面の笑みでそう言った。ワンフレーズ、七文字から最大限に想像力を働かせた結果山田先生が引っ越すということがわかった。しかし俺たちに引っ越し報告されても困るんだけどな。いやせっかく挨拶しに来てくれたんだ、丁重に見送ろう。

 

「山田先生お引っ越し、いや転勤ですか。達者でやってください、俺たちの補習の引き継ぎはなるべく優しい先生にお願いします」

「……え、あ、そういうことか! えっと、今までお世話になりました!」

 

 山田先生へと綺麗なお辞儀を揃って行う。ぶっちゃけ今の時間はAM1時前で消灯時間ぶっちぎってるとか色々思わないでもない。けど補習常連の俺たちにわざわざ挨拶しに来てくれたんだ。消灯前だと周りの目もきっとあったんだろう、うん。

 なんか私は転勤なんてしませんよ!? とかワタワタしてる山田ティーチャーは見ないことにする。

 

「ち、ちち違うんです! 引っ越しするのは織斑君なんです!」

「そうか、一夏。じゃあな」

「ドライな反応だな!?」

「そんな一夏は転校にトライ」

「いやいや、俺も引っ越しなんてしないからな?」

 

 このあとテンパった山田先生が落ち着き説明を行うまで10分を要した。明日が土曜じゃなけりゃ扉閉めて寝てた。

 山田先生曰く、

「その、ですから……転校生が来るんです。他の学生さんたちには来週の月曜日にお知らせする予定なんですが、お二人にはやむを得ず伝えないといけなくなりまして。その転校生が、男の子なんです」

 

 ──らしい。直後、一夏が真夜中なのに喜びの奇声をあげかけたり、それを山田先生が止めようとして胸部アタック一夏に決めたり色々あった。割りと羨ましかった、くっそ俺も叫べばよかった!

 まぁ、つまるところは男が転校してくるし、ここに住まわせるため一夏は別室に移れということらしい。

 

「えぇ、なんで俺なんだ……」

「織斑君でしたら織斑先生と同室になっても問題ないのでこういう割り振りになってしまいました。さすがに新しい一人部屋を準備することや三人同室は難しくて、既にしょ、書類が山のように……」

「えっ、俺は千冬姉と同室になるんですか?」

「やったな一夏、実家と変わらんぞ」

 

 なんか絶望的な表情してるけどいいじゃん、家族と同室。気も休まるしなんだかんだ他人の俺よりいいはず、掃除が掃除が……なんてうわ言のように呟いてるのは気にしない方向でいこう。

 

「……ううん、まあでも桐也が千冬姉と同じ部屋になるわけにもいかないか」

「そういうこったな、転校生も然り。胃に穴開くわ」

「よし、じゃあまた絶対遊びに来るからな! ハブってみろ、泣くからな?」

「んなことするかっての、あとノート写しには来んなよ」

「えっ?」

「えっ?」

「あ、アハハハ……じゃあ織斑君は織斑先生の部屋、寮長室に行ってもらってもいいでしょうか? 荷物は明日運べば大丈夫ですし!」

 

 なんで、こう山田先生というかIS学園は対応が遅いんだろうか。昼間に事前に伝えておいてくれてもよかったと思う。別にいつかの無人機のときのこと揶揄ってるわけじゃないけど、全然そんなことないけど。

 そいで、さっきからずっと俺らを観察するように見てるのは誰か。暗がりに紛れてギリッギリこっちから顔が見えないとこに居やがる、話の流れ的に転校生なんだろう。もう説明とかなくてもどうせ日中に来たら学園大騒動になるから今来たってことはわかる。

 

 けど問題点はそんなところにはない。一番にして唯一の問題点は、既に山田先生が一夏を連れて寮長室に向かってしまったことだ。

 山田先生が、転校生を忘れて、帰っちゃった!

「……笑うしかねぇ、ハハッ」

 空笑いしか出てこねぇよ。あの人ってば普段から補習のときに課題の答えポロっと溢したりおっちょこちょいだけど、だけどさぁ! 俺のコミュニケーション力嘗めんなよ、せめて橋渡ししてくれホントお願いします。

 

 そもそもこんな深夜に来て一夏に部屋移動してもらうとか、転校生が今からここに住む以外に理由ないじゃん。昼間にんなことしたらたちまち学園内に広まるだろうし、だからこの時間帯に来たはずなんだが……暗がりの転校生(仮)からも困惑した様子が伝わってくる。うっわ、近寄ってきた。

 

「笑って、いいのかなぁ……」

 

 そんなため息にも似た息を吐いて寄ってきたソイツは──美男子だった。ヨーロッパ系の金髪に白い肌、儚さと華麗さとかが同居して少女漫画だか童話だかからおいでなすったタイプの奴。一夏はイケメン、こっちは美男子。なんか辛い。

 しかし外国人か、そりゃそうか男性IS操縦者が皆日本人とかあり得ねぇかハッハッハ。やっべコイツ廊下に放置して引きこもりてぇ。セシリアさん除いたら片手程度しか未だに外国人さんと話したことねぇんだぞ。意思疏通に不安しかねぇよ。

 

「えぇーと、はじめまして。僕はシャルル・デュノア。シャルルって呼んでくれると嬉しいかな」

「……あぁ、俺は出路桐也。桐也でもでっちーでも好きに呼んでくれ。なんというか、細かい自己紹介は置いといて、まぁ入れよ」

 放置、するわけにはいかないんだけどさ。生憎、これからのルームメイトにそんなことする度胸も人の悪さも持ち合わせてない。人の良さそうな雰囲気もある、てか苦笑してるけど山田先生にキレるか泣くかくらいしていいと思う。

 

「怒ってはないけど、話しかけるタイミングを伺ってたら忘れられるとは思わなかったよ……」

「やったな、なかなか先生に存在を忘れられるなんて体験できねぇぜ?」

「そうだろうね、頻繁にあったら怖いよ……えっと、こういうの不幸中の幸いっていうんだっけ?」

「なんか、ちげぇ。踏んだり蹴ったりじゃねぇの?」

 

 ──ここから冒頭へと繋がる。

 

 

 

「その、僕もベッドは奥がいいなぁって」

「素直に初めからそう言おうか、俺を特殊性癖扱いすんなや」

「ご、ごめん」

 シャルルを引きずり出そうとしたものの掴んだ腕は巧みに引き抜かれた。ここに来てからそれなりに鍛えてるけど、力で負けたってより技って負けたって感じだ。身体はやけに軽い感じがあったし、筋量では勝ってそうなんだが。拳を握って開いて感覚を確かめる、が別に意味はないしなんとなく。正直眠くて欠伸が止まらん。

 

「それでベッドは取り敢えずデュっちーが奥な、しゃあねぇ譲ってやらぁ」

「ありがとう、でも僕の呼び方がどんどん短縮されてない?」

「知らん、デっちーは眠くないのか? 時差ボケ?」

「んー、時差ボケかも。確かに眠くな……いやでっちーは君の渾名でしょ」

「桐也、シャルルあわせてデッチーコンビ結成か」

「わぁお、初代でっちーの瞼が落ちそうだ……こんな時間にごめんね、寝よっか」

「そうしてもらえると助かる」

 

 これから同じ部屋で過ごすに当たっての認識の差のすり合わせとかは早めに済ませたい。けど駄目だわ、夢の国から似非ラット野郎が俺の意識を微睡みに引っ張って行くんだ。あぁ、こりゃ我ながら支離滅裂だ。あ、尻が滅裂とかなんか燃えね?

 明日からよろしくの挨拶も置き去りに俺はベッドへ身投げした。

 

 因みに一夏の布団はお日様と洗剤の香りしかしなかった。そういやアイツ掃除洗濯とか小まめにやってたし今日も干してたか……ふっ、シャルル・デュノアの一人負けザマァ。

 

 

▽▽▽▽

 

 

 翌朝、シャルルはキチンと朝には起きてたらしい。起きても月曜日まで外に出ることは出来んし部屋のなかで暇を潰すくらいしか出来ないが、なにはともあれ起きてたらしい。

 らしいらしいと言うのも俺は昼前まで寝てたから実際のところを見てない。俺はたった今起きて、空腹に苛まれているシャルルとおはようしたばっかり。昨日も転校でドタバタしてて夕食も満足に食えてなかったとか。

 

「勝手に冷蔵庫でも漁っときゃよかったのに」

「礼儀知らず、と思われたくないから我慢したよ!」

「ちょっとは漁ることも考えたのな」

 

 お腹を押さえつつサムズアップする姿はなかなか愉快だ。というか早朝前に寝たくせによく朝に起きれるもんだ……あ、時差ボケの影響か。さて、飯は別に冷蔵庫のもんで済ましてもいいが普通に学食で食いたい気分。リーズナブルで上手いんだよ。

 

「じゃ、飯に行くか」

「僕、月曜日まで外に出れないんだけど」

「知ってた、適当な定食でいいか? IS学園の食堂の飯は美味いと保証するが」

「え、食堂から二人分も運んでたらさすがに変じゃないかな……?」

「別に高校生男児が二人前食ったってよく食べる程度にしか思われねぇよ」

「……あ、そっか。じゃあお願いしようかな」

「任された」

 

 そんな会話を終え、学食に行くがさすが休日。昼前と言うことも相まって人が少ないのなんの。

 ちらほらと見える他の学生も他人ばっかだな。上級生に顔も知らぬ外クラスの生徒たち。まばらに送られる好奇の視線にはそろそろ慣れてきたもので適当に和食定食Bを二人前食券購入。洋食のハンバーグも気になるものの寝起きにはちと重い、てか何故か昼までつくってくれるモーニングセットでもよかったか。チラチラ寄せられる視線に意識が逸れて……全く女子の視線に慣れてねぇじゃん。

 

 やっぱり美人に見られると多少はキンチョーするわ。なので肩をトントンと叩くのはやめてほしい。ニンマリ笑って……なんでこの学園には社交力高い奴が多いのか、才女の集まりだからか? やけに距離感を詰めてくる感じは数歩引きそうになる。

「君ってば二人前も食べるの?」

「そーなんすよ、いやー食べ盛りだからなぁ、俺が二人前食べてもおかしいことも怪しいこともないッスよー」

「へぇ、じゃあ食堂で食べればいいのにどうして部屋に向かってるのかしら?」

「やー、男一人で女のなか一人とかキンチョーしますんで。それはもう野生のゴリラに囲まれて飯食う並みに」

「例えもうちょっと他になかったの……? うん、まぁいいわ。引き留めてごめんなさいね」

 

 なんて一回見知らぬ先輩に話し掛けられた以外にはアクシデントも特になく部屋に戻れた。ちょっと見透かしたような顔にこいつ適当しか言ってないなーと表情で語ってくる人だったがどうでもいいわ。とにかく俺はミッションコンプリートしたんだ。

 なので俺は悪くない、例え対面にいるシャルルが昼食に不満を持って俺を睨んでいても俺は悪くない。別に味が悪いわけでもシャルルが食えないものがあったわけでもない。

 

「なんでお昼のチョイスがご飯とお味噌汁、ひじき、焼き魚に納豆、おひたしなのさ……」

「正直すまん、納豆って苦手だったか?」

「そこじゃないよ! 全部ハシで食べるものな上に食べにくさのハードルが高いものばっかりなことだよ! ……うぅ、ハシから溢れて食べにくいよ」

 

 日本語は完璧でも箸使いはまだまだだったようだ。焼き魚を見るも無惨な姿に変身させ、未だにひじきを口に運べず悪戦苦闘してる様は何気に微笑ましい。()()()()()()()ほどの男にしてはやや長い髪の毛に納豆がついて叫んでる様子は笑うしかない。決して美少年ザマァとか思ってない。あれ、これショートカットだったっけ?

 

「ブハッハッハ!」

「ギャー!? わ、笑い事じゃないよ!?」

「納豆は臭くて食べないと思ってたのに食うのなぁ、そのわりには箸使いは下手っぴで髪の毛が、クッ……笑い止まんねぇ」

「笑ってないで助けてよっ!」

「助けるもなにも、飯食ってからシャワー浴びろよ」

「あー、そっか入っていいんだ。それしかないかぁ……うわぁ、見てよ。鼻先に髪の毛が来て納豆の臭いが」

「ブフッ!」

 

 すげぇ絵面だ。貴公子って言葉がお似合いのシャルルが箸に負けて、髪の毛が揺れる度に鼻を掠める納豆の臭いに顔をしかめてる。それでも納豆を普通に食ってるあたり日本の食事への順応性は高そうよな。箸もそのうち慣れるだろ。

 ただ俺はシャルルの完食なんて待たず、既に和食定食は食いきってる。物足りなくて冷蔵庫から取ってきたデザートを食ってるけど。プリンいと美味なり。プッチンのやつは正直あんまりなんだが学園で売ってるやつ滅茶苦茶好みなんだよな。その分、クラス対抗戦のデザートフリーパスが惜しまれる。

 

「なんだ、ジッと見てもプリンはこれしかねぇぞ。デザート欲しけりゃ杏仁豆腐と寒天ならあるから好きな方を食え」

「いや、桐也さ。手に持ってるものが何か言ってみてよ」

「プリン」

「そっちじゃない」

「スプーン」

「…………スプーンあるなら貸してよッ!」

「おお!」

 

 手間取ってる姿が面白くてスプーン貸すとか思いつかなかったわ。机から身を乗り出してフカーッ! と怒りを露にしてるシャルルを適当に取ってきたスプーンと共に押し返した納豆くっさ。

 山田先生に放置された件は怒らなかったくせにスプーンの存在を忘れてたことで怒られるのは些か理不尽さを感じるが同年代だからこそか。

 その後スプーンでただ一品を残し完食したシャルル。さて、スプーンでどうやって焼き魚を食べるのかとても気になるところだ。

 

「えっと、へ、Hey! でっちー! ナイフとフォークをおくれよ!」

「HAHAHA、急にアメリカンになられてもナイフはさすがにねぇよ。ここはジャパンだ」

「だよね……どうやら僕はISについて学ぶ前にハシの使い方をマスターしないといけないようだね」

「おま、織斑センセに殺られんぞ」

「イントネーションがなんか怖い」

 

 その後、なんかもう辛うじて魚と呼べるそれを骨と身に俺が分けてシャルルがスプーンで食べた。そうか、小さい子供を持つ母親は、こうやって子供が魚を形容しがたいナニかにしないように事前に身と骨を分けていてくれたのか。母親なぁ、もう会えないんだっけか。んー、気合い出せばなんとかなんねぇかな……なんねぇか、場所も知らねぇし怒られて終わりだわ。

 

「……どうかした?」

「ん、ああ、なんでもねぇよ。夕食のメニューに思い馳せてた。うどんでいいか?」

「またそんな掴みにくそうな……ふぅ、ごちそうさま」

「あいよ、じゃあ食堂に返してくるわ。その間に納豆の臭い取っとけ」

「そうするよ……タオルタオルっと」

 お膳を返しにいってる間にシャワーを浴びたシャルルはどこか満足げだった。納豆の臭いが取れたことにそこまで喜ぶかと思ったがそうじゃないよとのこと。

 なんでもフランスにいた頃はこんな気紛れがてらに風呂に入るってことは滅多になかったらしい。

 

「フランスは水道代が高いせいでお風呂は手短に済ませるようによく言われてたんだ。その点、日本はお風呂が文化になるくらいだから新鮮だよ」

「あー、そういうことな。ほい、じゃあ風呂というかシャワー上がりの牛乳。残念ながら瓶のはないがな」

「ありがとう!」

 

 シャルルは両手でパックの牛乳を持ち、あ、片手に持ち直して牛乳をぐびぐびと飲む。ふむ、そういえば文化の違いか。何気にここに来る前とかも思春期らしい話題の一環としてフランスも話に上がったことがあったな。せっかくなんで現地人に聞いてみっか。

 

「あ、そういや文化の違いって点では是非フランス人のデュノアっちにこれは聞いてみたかったんだ」

「え、なにかな。なんでも聞いてよ」

「自動販売機でコンドーム売ってるってマジ?」

「ブッフゥ!?」

「きったねぇ!?」

 

 牛乳シャワーfromシャルルを浴びた。普通に汚いし何すんだこの野郎という心境、むしろ口から出る寸でのところまでいったが喉元で止まった。

 だってまだ噎せているシャルルは片手を当てた口から未だにボタボタと牛乳溢してるし、そんな惨状ながらもう片方の手で謝罪のジェスチャー送ってんだもん。

 いや、もうそこまでの大惨事なら謝る前にそれなんとかしろよ。汚いというかいっそ可哀想なくらいだぞ。適当にクローゼットからタオルを取り出し、適当に自分を拭いてからシャルルに投げつける。

 

「ゲッホゲッホゴッフゥ……はぁはぁ、文化の違いって言うから真面目な話題だと思ったのに、まさかコンドームの話だなんて」

「いやいやいや、男子高校生がそんな真面目な話するわけねぇだろ。むしろお土産にコンドームねぇの?」

「ないよ! なんでお土産にそんなもの買ってこなくちゃいけないのさ!?」

 

 牛乳を拭ききったタオルを投げ返された、牛乳くっせ。シャルルはあんましこういう話題に耐性ないのかそうなのか、一夏はそもそもあんまし興味なさそうだしつまんねぇなー。思春期男子もっと性について語ろうぜ、下世話に行こうぜ。

 

「……まぁ、あるんだけどさ」

「え、お土産?」

「自動販売機だよっ! でも日本の自動販売機も凄いよね、オデンやラーメンも売ってるんでしょ?」

「んー、地域によるが確かにあるな」

「日本人は食に関しては譲らないよねぇ」

「因みに上手く話をそらしたつもりなら俺はいつでもゴムの話題に戻るぜ?」

「戻らなくていいから」

 

 そして翌々日の月曜日、シャルルは正式に転校生として1組に来るわけだが。その日まで一夏が俺たちの部屋に来ることはなかった。

 月曜に会った一夏は真っ白だった。

 

『へへっ桐也、俺はやりきったぜ……? あの散らかった……混沌の、樹海を、平地、に……』

 

 なに言ってんのかさっぱりだった。




ここまで読んでくださった方に感謝を。

・距離を埋めてくる:詰める、ではなく埋める。あざと、いや上手い。
・距離感を詰めてくる:埋まってないところを詰めてくる。こちらの戸惑いを気にしない距離感。
・ショートカット:過程を省略、ではなく髪型のひとつ。男性でもこのくらいの長さならいるだろう、という長さ。実はボブの長さ。

・牛乳シャワー:誰が吹き出しても汚いし臭い。
・文化の違い:コンドーム自動販売機で売ってるんですって、あるところは学校でも。文化は速さを求めた兄貴も重んじる。

シャルルが断髪式を行いました。

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