F≠S 《インフィニット・ストラトス》   作:バンビーノ

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11.初めましてのドロップキック

 学年別個人トーナメントが近づいてきた。読んで字の如しのこの大会、7日間掛けて行われるこのトーナメントは全員が強制参加となる。各企業や国のお偉いさんが見に来るようだが、ぶっちゃけ俺の所属ってIS委員会に保留されているわけで。つまるところ自由国籍って建前の無国籍だしなぁ、日本国籍返せぇ。

 学年毎に評価基準は異なるもののだいたい1年生は元から持っている才能という点を見られる。逆に2年生になればどれだけ成長したか、3年生が集大成を見せんじゃねぇのかな詳細は忘れた。

 みたいな感じで評価されるがどう考えても専用機持ちが有利になる。

 

「とはいえ、俺は打鉄なんだけど」

 

 不満があるわけでもない。安定安心のスタンダード万々歳だ。それに専用機持ちってだけで好きなときにISの訓練ができるだけで、才女溢れるなかの平凡な自分には身に不相応なほど恵まれてる。今の女ってだけで優遇されがちな世間で、男って理由で優遇されるとは夢にも思わなかった。

 ただ、元から代表候補生という頭ひとつ抜きん出ている奴らに、環境から負けている一般生徒はどこから勝ちの目を拾えばいいのか。努力をすれば才能の差を埋めれることもあるが、その努力すら本人の意図に構わず行うことが困難なら残される手段は──やめだ止め。俺が悩むことでもないし、結論なんて俺が出せるわけねぇや。別に負い目とか感じたわけではない、決してない。

 

「打鉄がどうかしたのか?」

 ちょうど近くに来ていた一夏に独り言が拾われてた……口から出てたのか、普通に恥ずい。

「や、なんでもねぇよ……というか今日は輪をかけて教室が賑やかじゃないか?」

「あー、今日からISスーツの予約が始まるらしいぞ」

 

 あのエロスーツ、いや違った、スケベスー、違う。なんか金曜の終わりに織斑先生がISスーツの説明してたっけか。ISは乗り手に合わせて使用を変化させていくから各々で早い段階からスタイルを確立しろとかなんとか。クラスメイトたちが開く雑誌は色とりどり、なかにはスタイル抜群の方たちがポージング取って写ってるが……グラビア雑誌さながらだな。

 

 俺も欲しいです、誰か譲ってくんないかね。

 

「あぁ、あれか。俺らは買わなくていいやつな」

「もう支給されてるしな……まぁ皆の反応からしてファッションみたいに見えるけど」

「そんなもんじゃね? 中学のときのダチが女子はオシャレと空気で生きているとか言ってたし」

「……それって食事が抜けてないか?」

「オシャレのためならば、スタイル維持のためならば切り捨てるだとよ」

「女子ってわからないな」

「全くだ」

 

 まぁ、この学園に入るような才女だと身体を作ることとスタイル維持を両立してるんだろうな。ここで不健康な体型を見かけたことねぇし。

 周りを見て視界に女子を収めない方が難しい学園で女子が理解できないと駄弁っていれば、いつものようにHRが始まる。織斑先生が現れただけで空気が入れ替わる様はまるでパブロフの犬、もちろん俺含む。

 

「諸君、おはよう」

「「「おはようございます!」」」

「よし、全員揃っているな──」

 

 連絡事項は今日から本格的な実践訓練を始めるため、ISスーツを忘れた者は水着でやれと。それすらないような奴は下着でやれって中々男の子としてはテンションが密かに上がってしまう話題だった。是非とも誰か忘れてねぇかな、いざそうなったら気まずいだけなんだろうけど男の子ならそう願っちゃうね。

 ……一夏とかシャルルは想像しそうにねぇな。なんだあの爽やかイケメンに清らかな美少年、あの二人と自分を比較すると俺がおかしく感じてしまう。集えよ煩悩まみれの思春期男子、性格&顔面コンプレックスで俺が溺死する前に早急にISの操縦くらい気合いでしてくれ。

 

 青い空を眺めつつそんなくだらない願いを空の彼方へピピピと電波送信していると、ドッと黄色い歓声が教室の空気を震わせた。

 視線を前に向けなくてもわかる、シャルルの紹介が始まったんだろう。美少年のウケはいいな、薔薇的な受けでなく男女のそれとしてのウケ。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

「あのー、他には」

「以上だ。なにか気になるなら個人的に聞いてくれればいい……それよりも」

「えっ? ボーデヴィッヒさんどこに──」

 

 さて、シャルルの紹介も終わったようなので視線を戻──タンッ、と跳躍したかのような小気味良い音が耳に届く、と僅かに一拍置き打撃音、蛙を潰したかのような低い呻き声、ついで椅子と人が倒れるけたたましい音が響いた。

 

「……なんぞ?」

 

 何故か静まり返っている教室内のせいでやけに俺の声が目立った。一通りの音の連続が終わった頃に正面に戻った視界が捉えたのは仁王立ちしている銀髪のちみっこ。黒板にシャルル以外の名前があるしたぶん転校生か。そのまま下へズラせば仰向けに椅子と倒れた一夏が視界に収まった。

 目を白黒させてるであろう一夏は置いておき、もう一度視線を上げて推定転校生を確認。うん、バッチリ知らねぇ顔だ。

 なんか転校生多くないかここ。いやな、俺と一夏ってイレギュラーのせいだろうと予想はつくがせめてまとめて来いよ、あと鈴は二組に来たんだからウチのクラスにまとめて来るなよ。

 

 しかしドロップキッカーもとい転校生は一瞬、ヤッテシマッタみたいな表情がチラついたがそれも瞬く間もなく引っ込んだ。ええい、このまま行ってしまえと言わんばかりの雰囲気がある彼女は高らかに一夏に吼えた。

 ──なんでそんな読めるって話だが俺もよくやるから、お口のチャックが壊れちまってる。

 

「私はお前をあの人の弟だと私は認めない! それが気にくわない!」

「は、ハァ!? いきなりなんなんだ!? というかそれを言うのにドロップキック必要あったか!?」

「…………知らん」

 

 一夏は転校生に挨拶代わりのドロップキックされた様子。そりゃ普段温厚な一夏でも混乱するし怒るだろう。

 しっかし、入学初日に篠ノ之さんにも蹴られてるし何かと一夏は蹴られやすそうだ。主に馬とか馬とか馬とか、無自覚にモテる奴は馬に蹴られてしまえばいい。ほら、俺がスカッとするから、やっちまえテンコーセーもう一発ダ!

 

 ただ、クラスメイトもフリーズしたなかでの二人きりの喧騒はすぐ終わる。

 いや、ほら先生いるし。山田先生は皆と同じく停止状態だけど、もう一人のお方は振りかぶって投げた。

 ──空気を切る音が確かに耳に届いた。

 放たれたのは出席簿、始めに着弾したのは転校生の頭。通常ならばそこで適度な痛みと引き換えに出席簿が弾かれるのだろう。がしかし、世界最強織斑センセの膂力によって放たれたソレは()()()()()()()。弾かれた転校生は勢いよく地面に叩きつけられる。対して出席簿は止まらない、そして僅かに軌道が変化したものの速度は衰えることなく一夏の鳩尾へと突き刺さった。転けて立ち上がった一夏は再び床に沈む。ワザマエ。

「イギッ!?」

「ゲッブ!?」

「HR中だ、静かにしろ」

 

 喧嘩両成敗、鎮圧っていう言葉が当てはまりそうなこの惨事。静かにさせるどころか鎮めてるじゃねぇかってツッコミは喉で止めた。止めたんだよ、恐怖で出なかったとかそんなことないからな。

 まぁ、数少なき男同士このまま放置も忍びない。そそくさと地に伏す一夏と椅子を直しに行く。意識がトんでるけど、まあ直ぐに帰ってくるだろ。シャルルも倒れた机を直してくれる。

 転校生の方は織斑センセが猫を持つかのように襟首を掴んで椅子まで運んでいる、扱いはそれでいいのだろうか。

 

「ようこそシャルル、弱き者から淘汰される……これがIS学園だぜ」

「違うよね、喧しい者が制圧されただけだよね」

「ちぃ、バレたか。まぁ、HR中にお喋りは命知らずのバカがやることだな」

「そうだ、そして出路。お前も命知らずの仲間入りをするか?」

「……声帯が振るえて発せられた音がたまたま織斑先生の鼓膜には、所謂言葉として伝わったかもしれませんが俺は一夏を座った状態に戻しに来ただけですヨ? はい、もう座ります」

「そうかそうか、それを一般的にはお喋りというのだが……まぁいい。デュノア、お前の席は名簿順でそこの口達者な奴の後ろだ。早急に座れ」

「はっ、はい!」

「ではHRを終わる。各人は着替えて第二グラウンドに集合、本日は二組と合同でISの模擬戦闘を行う。言うまでもないが遅れるなよ、解散!」

 

 シャルルの案内兼ねてさっさと更衣室に移動すっかね……一夏起こさねぇと自動遅刻になるな。転校生は、もう起きてる。復帰はや……いや微妙にふらついてんな。

 

 

▽▽▽▽

 

 

 高まる胸の鼓動は恋の予感、この苦しさは恋煩い……なんて可能性は微塵も見出せない。普通に酸欠だコレ。

 酸素を求める呼吸音とついでに不足してきた低酸素が引き起こす頭痛とのデュエットで超煩わしい。全力疾走ナウ、しかし後ろから追ってくる数えるのが億劫なほどの女子生徒は全く引き離せない。さながらゾンビが美少女に変わったバイオハザード、迫力だけは保証する。

 

 ターゲットはもちろん今話題の彼、3人目の男性IS操縦者シャルル・デュノア。ゾンビの低い呻き声の替わりに高音の黄色い歓声が絶え間く追ってくる。そして時間経過で人数の増えるギミック。とんだクソゲーだ、更衣室への移動というよりも既に逃走がメインになっている。気持ちはわかるけどな、ただでさえ男子が珍しい環境にこの美少年。

「許さねぇからな! 絶対に!」

「俺か、俺が悪いのか!?」

「一夏を起こしてたからこんだけの人数に追われてんだろ! だから悪くねぇけど悪い! くっそ、シャルル置いてけばいいのか?」

「やめて!? さすがにあの人数は捌ききれないよ!」

 

 一夏は多少発汗が見えるもののまだ余裕、線の細いシャルルも見た目かなり余裕。残り一名、言わずもながな俺、ハイ全力で息切れが激しくて死にそう! おっきく開いた口を閉じることなく血中のヘモちゃんは愛しの酸素さんを求めてやまない。

 

「ハッ、ハッハッ……シャルル、贄になってくんね?」

「限界の近そうな桐也には悪いけど、さすがに織斑先生の授業に遅刻は嫌だからね……!」

「だよなぁ!」

「……いや、でも桐也。よくよく考えたらこれって追われてるのシャルルだけで俺たちは関係なくないか? 俺たちは別に走らなくても」

「……お」

「ちょっと!? ここで見捨てるとかなしだからね!? 僕、更衣室の場所知らないんだから!」

 

 シャルルが既にHPがレッドゾーンの俺に肘打ちしつつ、見捨ててほしいのか見捨ててほしくないのか判別しにくい主張をしてくる。呼吸の邪魔をされて何気に響くので止めてほしい。繰り返し言うが酸素が足りねぇんだよ。筋肉にゃ乳酸がたまって今にも挫けそう、心と膝がな!

 

「お昼一品奢るから頑張って!」

「よっしゃ! 着いてこい!」

「うわ、マジで走る速度上がったぞ。見事な手のひら返しだなぁ」

「手首のスナップは効く方だからな、二転三転は余裕だ」

「うっわぁ……」

 

 食欲にまみれた友情の欠片も感じさせない頑張りによって切り抜けた。ふくらはきが攣りそうなことに加え大腿がピクピクと痙攣してるのはきっと気のせいではない。けど昼飯(トモダチ)のためなら仕方ないよな、俺頑張った。

 だが、こうして全力で走ると持久力のなさが浮き彫りになるなぁ。ガタイのいい一夏はともかく、線の細いシャルルですら息切れもしてない。基礎トレの有無の差が如実に現れた……こんなことで、こんなことで自覚したくなかった。

 

「桐也、いつまでもへばってると遅れるぞ?」

「僕はもう着替え終わったよ! ほら、立って……わぁ、生まれたての小鹿みたいに足震えてる」

「授業前に既にギブアップ寸前じゃないか」

「うっせぇ……」

「えっと、トレーニングしよ?」

「授業だけじゃ足りねぇか……」

 いや、まぁ以前に罰として走ったときに自覚してたけどな? 何回も追い抜かれたし、やらないといけないとは思ってたけど実際にやるかは別問題だったんだ。つまり特になにもやってない。

 未だに余裕でだいたいのクラスメイトに体育では体力が劣ってる。そのときは頑張ろうと思うがそのときだけで終わってしまう、最低限以外の努力をするって行動までに一番エネルギー使う。

 やるべきことはともかく、やった方がいいことは基本的にやらないっつー習慣づいた悪癖、怠け癖は早々抜けないことが判明した。

 

「僕が適当にメニュー組んであげよっか?」

「三日で終わらせてやるよ」

「それ三日坊主ってやつじゃん……」

「ハハッ、桐也は授業以外あんまり運動しないしな……っと。相変わらずISスーツって着にくいな、引っ掛かる」

 

 基本的にスーツにはある程度の露出があって動きやすさを考慮されてるらしいんだけどな。俺の場合はデータの収集も含めてフルスキン、出ているのは首から上と手足程度だ。一夏のISスーツと違って全身覆うダイビングスーツ型で、ちと関節部に突っかかりがあって動きにくさは確かにある。

 

 あと割りと一夏はスーツを着るとき頻繁にチ○コが引っ掛かるという。○ンコが引っ掛かると言う、チン○が。

 あと関係ないけど疲れてるとなんかブレーキ効かねぇよな、言い訳終わり。

 

「毎度毎度チンコ引っ掛かる言いやがって! そんなに俺のはマグナムだぜ! って言いたいのか!」

「チンコとは明言してないしマグナムじゃなくても普通に引っ掛かるだろ!」

「えー……えっと、普通に着にくいんじゃないかな? 元々女性用に設計されたスーツだし、一応男用に作られたっていっても着方までは考慮されてなかったのかも」

「おお、そういうことか」

「いいや一夏のチンコが悪」

「桐也はちょっと黙ろうか」

「なんだ、シャルルも引っ掛か」

「黙ろうか」

「ウィッス」

 

 笑顔って怖いな。

 

 しかし、そう言われりゃスーツの設計も今までは男が着ることなんて考えてるはずねぇか。

 まぁ学園指定のスーツはスク水やレオタードと見た目は変わらんし、完全に女性にしか使えなかったISに伴ったスーツも女性のための仕様なのは当たり前だよな。一夏が毎回チンコ引っ掛かるのは着るのが下手だけな気がするが、チャックがあれば引っ掛かったとき面白かったのにな。

 シャルルは一夏と同じ型のISスーツと同じで上下に別れている臍出しルック。動きやすそうなんだが冬は腹が冷えそうだ、あと太ったときに誤魔化しが効かないシビア設計。

 

「シャルルと一夏のスーツはオーダーメイドか?」

「俺のはイングリッド社のストレートアームモデル」

「僕のはオリジナルだよ、ベースはあるんだけど殆ど僕に合わせられたフルオーダー品」

「ほーん、ベースの会社は?」

「えっと……あ、時間がギリギリだよ!」

「うおっ、遅刻したら千冬姉にしばかれる! 桐也、シャルル急ぐぞ!」

 

 そこまで気になるわけでもないが社名くらいちゃちゃっと言えばよかろうに、っていう小さい疑問は一夏の声に掻き消され腕を引かれる。シャルルと俺の腕を引いたようで割りと力強かった、俺の足は限界が来てきた。つまり引かれた勢いに対応できなかった。

 結果、見事に足がもつれて盛大に転けた──許さねぇからな!

 

 

 

 

 

 授業には間に合った。あまりにもギリギリ過ぎたせいで織斑センセに目線で注意されたがタマヒュンしたこと以外は問題なし。

 並んだ列の隣には鈴がいて一夏とコソコソ話してる。俺はシャルルと空を眺めていた。視線を下ろせば当実習担当教師、織斑センセが目に入っちまうからな……ふたつの快音が響く。空が澄んでるナー。

 

「では、本日から格闘および射撃に関する実践訓練を始める!」

 

 

▽▽▽▽

 

 

「ラファール・リヴァイヴは第二世代開発の最後期に生産され始めた機体です。スペックのみでみれば初期第三世代にも勝らずとも劣らず、日本の打鉄と並び高い安定性を誇り、操縦の簡易性から操縦者を選ばないことも特筆する点です。また打鉄が防御に重点を置かれているのに対してラファールは高い汎用性、それを裏付ける豊富な後付武装が特徴です。そのことにより多様性役割切り替え(マルチロール・チェンジ)を可能としており装備にあった戦術をとることが可能とされています」

「そこまででいいぞ、終わった」

 

 織斑センセの抜擢によりシャルルがラファールの説明していたのも束の間。

 実戦訓練の見学のため駆り出されていたブルー・ティアーズと甲龍が、山田先生が駆るラファールによって撃墜されたことによりキリよく終わりとなった。

 

 あぁ、山田先生が現役の代表候補生二名を軽々と落とした。それも訓練機のラファールで専用機を、ちょっと意味がわかんねぇ。

 ふたりのコンビネーションは即席にしては可もなく不可もなく、セオリー通りというかなんというか鈴が前衛でセシリアさんが後衛。そう戦おうと《していた》。していた、出来てなかった。

 距離を詰めようとする甲龍には手堅く弾幕を張り、時たま距離を詰めさせたかと思えば、ただ誘い込んだだけ。ゼロ距離ショットガンなどなかなかエゲつなかった。

 ならばセシリアさんは距離を保ったまま自身の間合いで十全に戦えたかと問われればそんなこともなかった。山田先生が空いた手でセシリアさんを正確に撃つことによりビット操作に集中させず。

 

 最後にはものの見事に回避を誘導された二人まとめて、グレネードによって火の花を空に咲かせた。それはもう汚ねぇ花火だと思わず呟きたくなるほど見事に爆発していた。

 

 元代表候補生という山田先生の巧みな戦闘技術に機体操作。生徒から親しみを込め渾名をつけられ、普段のおっちょこちょいな姿を見せるほのぼの系揺れる山田おっぱ間違った、先生からは想像のつかない一面を見せられた。

 

「……あ、だから敢えて実力の高さが周知されてるセシリアさんと鈴を山田先生と戦わせたのか」

「ん、どういうこと?」

「いや、山田先生って普段はちと抜けてるとこあるからな。シャルル転校初日に忘れたみたいに」

「あー、そういうことかぁ」

「そういうことだ」

 

 織斑先生の意図としては、山田先生へ生徒の距離感が近すぎるというか敬うべきところは敬わせるために見せた面もあるんだろう。

 だからこそ専用機持ち、そのなかでも代表候補生として、実力が周知のものとなっているセシリアさんたちに白羽の矢をブッ刺した……ってあたりじゃねぇのかな。実際クラスの大半は目を見開いてるし山田先生の評価も何かしら変化があったに違いない。 

 

「桐也ってそういうところは察しがいいんだね」

「確証もない想像だけどな、てか客観的に見たらなんとなく察しがつくだろ」

「俺はわからなかったぞ!」

「一夏は、うん……そうだな、お前は人への気遣いの方で察しがいいしいいんじゃねぇかな」

「おい、その生温かい視線をやめろ」

 

 抗議の言葉と視線を無視しつつ一夏を生温かい目で見ていると授業指示が飛ばされる。

 

「次は専用機持ちをグループリーダーとして訓練を行う。適宜、キチンと分かれて訓練を行え」

「機体は打鉄とラファール、早い者勝ちですよー」

 

 見学も終わり本格的に始まった実習なのだが主にグループの比率がおかしい。男三人にほとんど生徒が集まり他が閑古鳥が鳴きそうな状態だ。具体的には一夏とシャルルのところは飽和状態だ。間違いなく授業が回らねぇよ、別れろよ。

 

「シャルル、助けてくれ!」

「僕も大変だよ!? 桐也、助けて!」

「じゃあ始めっか、今日は歩行からだったか。一番戸惑うのはISが手足のように動くこと、それに反して元の自分の手足より当然四肢はISの装甲分長い。だから感覚的に齟齬が生じる」

「ほっほー、それをどうにかするコツとは」

「慣れてください」

「丸投げ!?」

 いや、だって知らんし。ブーイングされても困る、正直歩行とか何を教えろと言うのか。

 んな風に悩んでると声を掛けられた。振り向けば見覚えの新しい顔。

 

「歩くことから始めるのならそう意識することはない、むしろ歩行でその感覚の齟齬を把握するくらいのつもりでやればいい。実際に慣れが一番だ」

「あ、テンコーセーじゃん」

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

「これはどうも、俺は出路桐也だ」

「知っている、有名人だからな」

 

 ラウラ・ボー、ボーデ……ドイツっぽいな。

 意識しないままに打鉄が彼女の搭乗する機体情報をネットワークから拾い上げてくる。

 シュヴァルツェア・レーゲン、和名“黒い雨”。ドイツ製の近接格闘から遠距離射撃をこなす万能型の第三世代。

 第三世代の代名詞とも言える特殊兵装はAIC、Active・Inertial・Canceller(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)。PICの応用による慣性停止を利用し物理攻撃に対しては絶対的な防御を誇るがエネルギー系統の攻撃には弱い。また多数対一などの集中しにくい状況では十全に働かないのが欠点。

 

 ……情報過多じゃなかろうか? いくらISは基本的にスペック公開されてるとは言え丸裸過ぎるだろ。相棒よ、どこで情報拾ってきた、というかISが何で調べたか調べるにはどうすればいいんだこれ。

 

「なんだ、ジロジロと見て」

「いや、かっけぇ専用機だなと思っ」

「出路くんのエッチィ!」

「ジロジロ舐め回すように見るなんて変態!」

「スケベー!」

「でっちー改めえっちーだぁ!」

「思って……思って、見てたんだ」

 

 クッソ、後ろのクラスメイトがうるせぇ! なにより今朝にISスーツってエロいとか考えてたから変に弁明できねぇ!

 完全に自分で自分の首絞めた。思わず直視出来なくなって目を逸らしてしまう。

 

「そ、そうか。い、いや、我らがドイツの誇る機体だ。そう言われて悪い気はしないぞ?」

「でっちー、転校生にフォローされるの巻」

「お願い、主に精神的に死なないで出路くん!」

「あんたが今ここで有罪になったら、転校生のフォローはどうなっちゃうの?」

「弁明の機会ははまだ残ってる! ここを凌げば、司法書士にもってけるんだから!」

「「「次回、でっちー死す!」」」

 

 心が、折れそうだ。

 

「なんでこっちに?」

「教官からの指示だ。これ以上グループを別けるのも手間だ、お前は出路のところで一緒に教えてこいと言われてな」

「はーん」

 

 彼女が指差す方を見れば織斑先生が男子残り二名のところへ集まった女子を、他の専用機持ちのところへ再分配している。

 後ろのグループメンバーが苦笑してるあたりこの展開を予想してたんだろうな。

「うん、あと織斑くんやデュノアくんの話聞けるかなって、ね?」

 賢いと言うか小賢しいというか。取り敢えず『ね?』で小首傾げるのはあざといと思うんだが。狙ってるってわかってても男の子はそう言うのに弱いんだよチクショウ。

 転校生が持ってきたラファールにも適当な子に乗ってもらい、ようやくではあるが実習を開始する。初めてに近い搭乗のせいでふらつく子もいるが大方自由に動けている。

 あとは疑問点や動きにくい点を質問してもらい、俺が一日の長程度のレベルで適度にアドバイス。そして隣の転校生、もといラウラさんがわかりやすく補足。もしかしなくても俺いらないよな?

 

「降りるときにはしゃがんで降りろ、次の者が乗れなくなるぞ……あっちのようにな」

 ラウラさんが顎で指すのは再び一夏のグループ。

 

「あー!? 篠ノ之さんが織斑くんにお姫様抱っこされてる!? ズルい!」

「なんて羨ましいイベント! もういっそ出路くんでいいや! お願い!」

「おいコラ言い方には気を付けろ、俺が泣くぞ」

「ケチぃ! ならボーデヴィッヒさんお願い!」

「私か!?」

 織斑先生によって鎮圧されたのは割愛。

「てかこれボーデビッヒさんが全部指示出せるじゃん、俺の必要性なくね?」

「私よりお前の方が気兼ねなく(みな)が尋ねられるだろう……あと、ひとつ訂正だが私はボーデヴィッヒだ」

「ボーデビッヒ」

「ボーデヴィッヒ」

「ボーデビッヒ」

「……ラウラと呼べ」

「諦めんなよ! お米食べろ!」

「ならヴィの発音を練習してこい」

いきいきと(ヴィヴィッド)輝け! ヴィヴ・ラ・フランス!」

「言えるではないか!」

 

 このまま特にイベントもなにもなく実習は終わった。

 一夏が箒さんお姫様抱っこしてる青春イベントなんぞ目の端に映ったりなんてしてねぇわ。転んだ子を起こすのに片膝ついたシャルルが王子様オーラ出してたのとか知らねぇわ。知らねぇったら知らねぇんだ。

 

 ただ、結論からいうとラウラ・ボーデヴィッヒさんは結構楽しい性格をしていた。素面はかなりクールだが感情の発露が割りと素直らしい、突けば何かしら反応が返ってきた。ハハハ、面白れぇ。




ここまで読んでくださった方に感謝を。

・初めましてのドロップキック:第一印象を最悪にできるひとつの方法。
・手首のスナップ:手のひらクルー!
・チン○コ:隠れる気のないチンコ。
・銀髪眼帯:チンク。

・山田おっぱい:強い。
・でっちー死す!:クラスメイトたちによるF≠S史上最大のネタバレ。
・ボーデビッヒ:ヴィだって言ってんだろ!

・クラスメイト:ドロップキックしたラウラに怖じ気づかない鋼メンタルもとい変人揃い。

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