F≠S 《インフィニット・ストラトス》   作:バンビーノ

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14.彼の認識

「わかってる、パパッと言ってやるよ」

「はい、じゃあどうぞ」

 

 銃器は単純に驚異だった。使用する手軽さに反比例した絶大な威力。いくら距離があろうと、距離があるほど見切ることが難しい速度。攻撃を行ったと知らせる炸裂した火薬の音が耳に届いてる頃には致命的を負っている。

 それを理解すれば終わりだ。どれだけ間合いがあろうと、どれだけ警戒しようと炸裂音が鳴ればヤられる。そしてそれは少なからず相手に恐怖を学ばせる。ベルがなればエサが出てくると犬が学ぶように、火薬の炸裂音が鳴れば誰かが死ぬと人は学ぶ。

 銃器ってのは単純な威力で物理的に制圧することは当然。それに合わせて学ばせた驚異で人の精神を制圧するにも長けている。

 

 そもそも知覚できないうちに致命傷を与える、人間の動体視力ではどうしようもない攻撃ってのが普通にヤバい。漫画やラノベなら目線や銃口の向きで見切って刀で斬り伏せる、なんてこともしたりするが現実的に考えて無理。

 それが可能なら戦争の体系は刀主体から銃器主体に変わることはなかっただろう──今ではぶっちぎりでISが頂点に君臨しているわけだが。

 

 で銃器の驚異がそうあることならISに乗った場合にどうなるか?

 確かに見えない、確かに速い、確かに威力は高い。

 

「けど致命傷になることはないよな」

「いや、うん。そうなんだけど、そうじゃないから」

 

 致命傷にならないなら問題ない。シールドは削れる、けど精神は折れない。それなら生身で鉄砲持った南蛮渡来人と相対した刀一本のサムライさんよか、今の方がよっぽど勝機はある。

 

「ならISでの銃器の利点ってなんだって考えると答えが出なくなった。ないんじゃね?」

「桐也って考えるわりに答えが出せないタイプだよな」

「うっせー」

「単純に遠距離からの速い攻撃ってだけでも利点だと思うよ? 白式っていう例外を除けば刀一本で戦うなんて、普通は生身でもISでもあり得ないし」

 白式はマジもんの刀一本、拡張領域(バススロット)空きなしの後付武装(イコライザ)なし。一撃必殺の単一仕様能力に全振りしたような機体だからな。本当にワンオフなしで刀一本で戦うやつがいたら本当の馬鹿か本当の強者だろう。

「だってよ一夏」

「せめて拡張領域がひとつでも空いてたらなぁ……」

 

 ガックリと肩を落とす一夏にシャルルが苦笑いしつつ慰める様を傍目に再度的を狙って撃つ。ど真ん中を撃ち抜き新たな的が現れる。即座に撃つが端を掠めるに終わる。

 ふむ、アリーナで銃に相対する際に完封されかねない俺と一夏にシャルルが教鞭を取ってくれているが俺は大した伸びもないな。銃を持った相手との戦い方の心得だけは男二人感覚で理解したが扱いはてんで駄目だ。

 

「桐也は、新しく現れた的に当てれないよね。元からある的になら十中八九中心を撃ち抜くのに」

「的の場所の把握と銃を向ける動作に姿勢の変更諸々、ついで自分の機動を合わせると普通にキャパオーバー。俺の一回で済ませれる動作を越えてる」

「……頑張って慣れて!」

「丸投げのようで割りとそれしかないって現実に撃たれるまでもなく心が折れそうだぜ」

 

 一拍二拍ほど間を置けば当てれるんだが、そもそも普通の試合なら相手はそんなにジッとしていない。よって即座に撃つべきなんだが当ったらねー。単発でチマチマやってるのも合わん。

 的の種類を点数式でなくただ当てるためのものに変更。手持ちのマシンガンをフルオートに切り替え火線を唸らせ、的を横一線するかのように弾丸が穿っていく。

「おー、撃ち続けてたら結構当たるんだな」

「本当だね……なんでだろ?」

 大して狙わなくていいからだろ、大まかに狙いをつけたら後は引き金を引いたまま横一閃するだけ。初弾から当てなくていいし、撃ち続けてたら前の当たった弾の位置からの修正も楽だ。少なくとも俺はそういう感覚でやってる。

 

「代わりに馬鹿みたいに弾薬消費が激しいけどね」

「やっぱりグレネードが一番か」

「おい、またセシリアと戦ったときみたいな自爆するのか?」

「しねぇよ、したくねぇよ」

「自爆……?」

 

 あれだけの高火力の爆風に揉まれながら吹き飛んでる最中に、生命線のシールドエネルギーが尽きたときには死んだかと思った。てかあれはそもそも勝ちを掴むことを捨てた戦い方だし却下。そんなもんやってられっかっての。

 自分に合った武装ってなんなんだろうな。両肩の非固定浮遊部位(アンロックユニット)である盾を自分の周りをクルクルさせる。初期武装的なあれなお陰かこれが一番動かしやすいんだよな。一切攻撃力ないんだが、気合い出して殴打に使えるかどうかってレベルか。

 そもそも打鉄も第三世代に比べると出力は劣るし、近接格闘ともなれば一撃の重さで中々勝つことが出来ねぇ……なんかないもんかね。遠心力とか加えたり、他のなにか利用してだな。

 

「桐也の機体は、未改造の打鉄だよね?」

「ああ、新品のまっさらだ」

「そういえばシャルルのはラファールみたいだけど、どこか違うよな?」

「うん、カスタム機。特に拡張領域を広げてるんだけど他にも細々と……それはどうでもいいんだろ。ねぇ、桐也?」

「なんぞ?」

「えっと、なんで打鉄の浮遊盾をそんなに動かせてるの?」

 

 ラファールの鋼が指差すのはパラソルもかくやというほど回転してる打鉄の浮遊盾。遠心力の発想から回し始めてた。ついでに二つ合わせてベイゴマ出来んじゃんとか思考停止してたり、練習してた射撃って分野を投げ捨てて遊んでたとかそんなことはない。

 てかこれって普通動かせないもんなのか? 普通に動かしてんだけど。

「動かしてる人は見たことないかなー、ちょっと稼働データ見てみていい?」

「あいよ」

「あ、えっ……あ、ありがと」

「まあ訓練機と違ってコアの進化が制限とかされてねぇし、そこらで差があるかもしれん」

 ちょいと打鉄を操作して心電図に似てる画面やら棒グラフがウィンウィン動いてる画面やらを呼び出す。俺は見ても殆どわからん、一夏も顔に疑問符が浮かんでる。微妙に戸惑った様子のシャルルはジト目で俺を見たあと画面を確認した、なんだよ。

 

「別にー? うーん、僕じゃ特に変なとこはわからないかな」

「じゃあ今までの搭乗者が頭堅くて動かすって発想なかったんだろ」

「サラッと不特定多数をディスるなよ」

「えっ?」

「あ、これ無意識だね」

「まぁ桐也だしな」

「ディスったな?」

「くっ、自分のことには敏感か」

 

 人間、自分の嫌なことには敏感なんだよ。

 

 兎に角、もう少しでも当たるようにしたい。なら練習をするしかないわけで的を点数式に戻し、再び的に狙いをつけ──的が弾け飛んだ。ハイパーセンサーが捉えたのはピット上に佇む見覚えのある機体。

 

「シュヴァッ、シュバ……黒い雨!」

「貴様ッ! まだ言えんのか!?」

「うっせー! なんでそんな噛みそうなネーミングなんだよ!」

「普通のドイツ語だ! いや、それはどうでもいい。織斑一夏!」

「なんだよ」

 

 シュヴァルツェア・レーゲンという噛みまくる機体を駆るはドイツ代表候補生ラウラ・ボーデヴィッヒ。ピットから飛び降りアリーナの地面を踏みしめた。

 そうか、俺には用はないんだな。一夏に用事があるなら俺の的を狙うなよ。粉々になった的が点数を標示できずエラーを吐き出している。あっ、くっそ今までのスコアも消えてる。

 ふたりはなんか真面目な面構えで向き合ってこっちには一切意識裂いてねぇし、なんだトバッチリか。

 

「私と戦え」

「断る、理由がない」

「貴様に理由がなくとも私にはあるんだ」

 

 レーゲンの肩に備えられたレールガンが射角を僅かに上げ白式へと向ける。断るなんて言った一夏も唯一無二の武装、雪片弐型は既にその手に握られており、平和の使者はなんとやらは休暇中らしい。

 一触即発の空気にアリーナで訓練していた他の生徒たちもこちらへと視線を向け動きを止める。

 

 俺は気にせず的を再表示させ狙って撃つ。ピピッ、ばぁんばぁん。

 

「──ッ!」

「ハァッ!」

 

 織斑一夏、ラウラ・ボーデヴィッヒの俺には全く関係ない戦いの火蓋が俺によって切られた。

 ちっ、やっぱ当たるっちゃ当たるものの精々3~4点だな。真ん中からはほど遠い、まあ元々は半分も当たらなかったことを考えりゃ進歩はないわけでもない。大した進歩がないだけで進歩がないわけでもない。焦らずに一歩ずつってのが身の丈だわな。

 気を取り直してもう一度構えようとすれば大きく左右上下と規則性もなく標準がぶれる。慌ただしいシャルルが揺すってきやがる。どうでもいいけど一旦撃ちきるの待ってから揺するあたりは変に律儀だよな。

 

「なんだよ、邪魔すんなよ」

「桐也ァ!? なんで今撃ったの!?」

「あ? いや、俺が練習止める必要あったか?」

「ないけど本当に場の空気読まないよね!」

「ハッハッハ、どうせやり合うなら誰が何が火蓋を切ることになっても遅いか早いかの差だろ。ならちゃっちゃとやれよ焦れったいわ」

 

 近接戦闘専門であり一撃必殺の刃を持つ白式に臆することなくレーゲンはプラズマ手刀(ブレード)で凌ぐ。インターセプターより僅かに長い程度の刀身で、しかも片手でよく刀を捌ききれるもんだ。一夏だってブランクがあり箒さんにゃ及ばないものの中々の剣技を持ってるはずなんだが、どう見てもラウラの方が旨い。間に器用に差し込まれるワイヤーブレードが一夏の動きを制限し、見るからに術中に嵌まり込んでる。

 

「一夏が押されてるね。得意な間合い(レンジ)なはずなんだけど」

「だなー、まあ忘れそうになるけど一夏もまだ乗り始めて半年も経ってねぇしな」

 ラウラは振るわれた刀身を真っ向から受けることなく、斜に構えたプラズマブレードで込められた力をいなす。ワイヤーブレードが意識の外から足を縛り体勢を崩させ剣筋を狂わせる。

 

 プラズマブレードってエネルギー系統の武装だし零落白夜で斬り裂けば早い気がすんだけどな。その暇もないのか、単に思い付いてないかはあとで一夏に聞いてみっかね。

 

「それに、こりゃ単純にラウラが強いな」

「そうだね……あれ、桐也ってボーデヴィッヒさんと親しい?」

「んなことないが、なんでだ?」

「名前で、呼び捨てで、呼んでたから」

「いや、名字噛みまくったら名前でいいって言われて流れでこうなった。あぁ、鈴もそうだな。アイツの場合はさん付けキモいって言われたからだが」

 

 果てしなく失礼だと思う、実際人の名前をさん付けで呼ぶことなんて慣れてないから如何せん反論できねぇけど。

「あとは基本的に外国語嫌いだ、噛む」

「凄く理不尽な理由だ……」

 

 さて、一夏とラウラは早くもいよいよ佳境といった感じか。他の生徒たちも端へ避難してることをいいことに機動で掻き乱そうとする一夏。それに対し追うこともなく視線だけで追従するラウラ。

 焦れた一夏が少しでも隙が出来たところへ零落白夜で斬りかかろうとしている。なんてことはここまで付き合いが長くなくとも共に生活していたからこそ分かる。割りと堪え性のない奴だし、白式の一撃必殺という長所がそれに拍車を掛けることが間々ある。

 

 ──友人として教えるべきかもしれんが俺の勝ちの目が更に薄くなるのが嫌で教えてない。流石にそろそろ教えるべきだろうか、ちょっとでっちーの良心が痛まなくもない。

 

 アリーナの地面を時おり削り砂埃を巻き上げながら機を伺う一夏に、変わらず足を動かすことなく視線だけで一夏の姿を追うラウラ。視界から外れることもあるのだろうが、ハイパーセンサーで捉えているから問題ないんだろうな。

 出せるギリギリの速度に気持ち僅かながらも変則的な機動で一夏が隙を狙い、これで恐らくどうあれ勝負が決まると誰もが確信したその時。

 

『そこの専用機持ちふたりィ! フリーズフリーズフリィィィズ! 模擬戦を今すぐやめなさい、するなら決まったスペースですることー! ハッスルし過ぎよォ!』

 

 スピーカーより教員殿のお叱りの放送が割り込んできた。

 妙に明るい、語尾の跳ね上がる感じの声。そっから察するに今年赴任したっていう語学担当のパツキン、ミスト先生かね。山田先生に及ばないながらもアメリカンらしいボン・キュッ・ボン。若々しい人でノリは学生に近く女子生徒にはたまに挨拶がハグ、滅茶苦茶に羨ましい。

 

「なぁ、あ────おべッ!?」

「……ふんっ」

 

 そんなミスト先生の注意より集中力の途切れた一夏は、ものの見事に軌動の制御を手放し見当違いな方向へとスッ飛んでいき壁に衝突。その様を眺めたラウラは興味をなくしたかのように平然と去っていた。

 まあ、他の生徒が端に寄らないといけないほどに盛大にアリーナ使ってたら止められるわな。

 

 しかし、ラウラ・ボーデヴィッヒが織斑一夏にあれほどまでに敵意を掲げる理由はなんなのか。猫を殺す好奇心が、野次馬根性が湧いて仕方ない。パッと話した感じじゃあいつもの女難関連ではなさそうなんだが。

 

 

「いてて、あー……俺、結構迷惑掛けてたか?」

「第三世代同士の戦いってのは見てて面白かったが、それなりにアリーナ使ってたからな」

「あー、すまん。皆にも謝ってくる」

 

 こういうところって一夏の美点だよな。絶対口にはしねぇけど謝るべきところで素直に謝ろうとすることは結構難しい。少なくとも俺は口で謝れど内心で大なり小なり責任転嫁する。そんでそれが意識しないうちに不平不満として態度に滲み出る──それで何回叱られたか。

 手のひら合わせて謝り回ってる一夏を見つつ、母さんに叱られつつ親父と俺と責任転嫁し合ってたとても醜い風景が脳裏を掠めた。

 うん、まあ一夏を育てたの千冬さんらしいしな、そりゃ真っ直ぐな奴になるか。シャルル、いやシャルロットも気遣い上手いし優しい奴だし、父親は横に除けておいて育て親の母親がいい人だったんだろうなぁ。

 

「子は親の背中を見て育つねぇ……」

「急に遠い目をしてどうしたのさ、ちょっとコケシみたいな表情しないでってば」

 拝啓、両親へ。貴方たちの背中は──まぁ、立派でなくとも好きでした。

 

 

▽▽▽▽

 

 

「はぁ……」

 

 口から漏れた溜め息はわざとか無意識か。放課後の教室及びアリーナの使用時間が過ぎ、ようやく教員が一息つける時間。そこに届けられた知らせは『一年一組』の生徒二名がアリーナを盛大に使って模擬戦をしていたとのことであった。幸い注意一言で直ぐに止めたとのことではあったが。

 しかし、ただでさえ頭の痛い問題を抱えている千冬にとっては頭痛の種が更に芽吹いたように感じてならない。

 

「織斑先生どうしたんですか?」

「真耶か……うちのクラスのバカどもがアリーナで問題を起こしたようでな」

 

 机の上に乗せられたメモをトントンと叩く。定時で帰る周りからの風当たりが厳しくなりそうな、しかしやることは何故か全てキチンとやりきって帰っている新任教師ミスト。そんな彼女の残したメモに書かれた内容を読んだ真耶も思わず苦笑いを浮かべる。

 女子ばかりの学園、今までだって生徒同士の不和なんて数えきれないほどあったわけで。むしろ今年の一組が仲が良すぎるほどだ。

 ただ、今回の不和などと濁さず全力でわかり易い喧嘩はとても珍しい。

 

「普段はもっと、その、なんていうか……目に見えにくい形で」

「陰湿で陰険なものが多いな。愚直なバカ同士の喧嘩は滅多に見られん」

 

 濁された言葉を切り捨てる千冬、ただし少し楽しそう。喧嘩の処理自体は面倒なのだが、ぶっちゃけ喧嘩自体を見るのはちょっと楽しくなってきている千冬だった。

 わかりやすい喧嘩だけに解決法もわかりやすい。

 互いに満足するまで言葉でも拳でも交える舞台だけ提供してやればいいのだ。

 

「邪魔を入れずに本気で殴り合わせればいい……ふむ、程よく学年別トーナメントがあったな。まぁ、タッグ戦に変更されるが大した問題ではなかろう」

「そんなものですか……って、先輩もしかして対戦の組合わせに細工しようとしてませんか?」

「見逃せ真耶」

「えぇー」

 

 目尻を下げて困り顔の真耶。そして目尻を反比例させるように上げ、眉間にシワを寄せる千冬。その様子に気づいたお人好し真耶は再びまだ悩みごとがあるのか尋ねる。

 

「これだ、こっちの方がよっぽど厄介だ。チッ」

「あの、如何にも面倒だって舌打ちはどうかと。あ、これは確かに厄介ですね……」

 

 真耶の目前に突き出された書類に記された名は()()()()()()()()()()。正真正銘おフランス生まれの女の子、シャルルでなくシャルロット。

 

「IS委員会からの指令ですよね。織斑くん、出路くんという二人しかいない男性IS操縦者の……その、危機感を確認するって言う名目で」

「男装させたデュノアを送り込んで気づくかどうか。何よりもデュノア自身にその目的を偽って行わせていることが悪趣味極まる」

 

 シャルル改め、シャルロット・デュノアの転校。その目的。

 簡単に言えばIS委員会が二人の男性操縦者に危機感を自覚させる、また現状の警戒度を確認するためのものである。

 シャルロットにはその事は伏せられている。万が一にも両名に目的が漏れないようにだ。また協力したデュノア社は偽りの目的である男性操縦者の情報が手に入ったときには、委員会への報告義務は課せられるものの他国には渡すことなく独占する権利が報酬とされていた。

 

 ただ同室にされたりと、明らかに出路桐也にその矛先が向いているのは気のせいではなかろう。もしも警戒度が余りにも低かったとき、もしも何処かに直ぐ拐われるような危険性が高いなら──先に()()()しまった方が有益なのでは?

 その場合、織斑千冬と言う姉を持つ人物よりバックボーンのない出路桐也の方が──なんて話があったかは不明。まあ、確かにバックボーンのない出路桐也の方が危機感が高くないといけないので間違った配分でもないのだ。

 

「恐らく、気づいたときに一夏の奴なら態度に出てわかる」

「ふふふー、さすがお姉さんで茶化したわけじゃないです! その開いた手をどうか机に戻してください!」

「ふんっ。しかし、出路の場合はなんというか困るな。例えば正体を暴き、偽りの目的を聞いたとする。そのあとどう動くか、アイツは入学してから特に変化が激しくて読めん」

「そうですね、織斑くんを含めても一番環境が変わった子ですし……」

「それを受け入れたかと思えば不満を口にする、かと思えば変なところで物分かりがよくなる。天の邪鬼どころではない、何枚舌だアイツは」

 

 主体性がないわけではない。何処かに譲れないものも持っている。それは千冬にも察することができる。できるが時おり意見の姿勢の諸々の転じ方が酷い。第三世代の専用機羨ましいな、などと呟いたかと思えば量産機最高と高らかに叫んでいたり。掴み所がないわけではなく、掴んだと思ったらいつの間にかすり抜けているといったところか。

 

「全くもって手のかかる奴だ」

「立場が立場ですし、それをしっかりフォローしてあげないとですね! 私たちは先生ですから!」

「そうだな、真耶任せた」

「はいっ! えっ、全部私がですか!?」

「ふっ、冗談だ」

 

 クツクツと笑いながら千冬は出路の奴に適当に鎌かけでもしてみるかと思案する。

 

 

▽▽▽▽

 

 

 時計の針が一日の終わりを示す頃。ようやく復習が終わったと伸びをすると背骨がボキボキッと凝っていたことを主張してきた。あとは少し前から後ろよりシャルルが視線で何かを主張してきてい──あー、今は男装してないしシャルロットか。勉強の邪魔をしないようにしてたであろうソイツが一段落ついた俺に話しかけてきた。

 

「桐也、話いいかな?」

「あー、いいけど」

「じゃあ、今日のアリーナでのことについて。私が打鉄のデータ見せてって言ったときに、桐也はあっさりと見せてくれたけどちょっと警戒心が無さすぎないかなって」

「……ん? あぁ、シャルルに言われて見せたな。いや、一夏ともたまに頭抱えつつ見せあってるし友達に見せるくらい良いだろ」

 

 一夏も俺もISについては極めてバカの部類から脱せてないしな。なんなら詳しいシャルルに見てもらった方がなにかと助言も貰えて万々歳だ。

 

「そうじゃなくて! 私はスパイとして来てたんだよ? 明かしたことが本当だって証明するものもないし……迷わずに接してくれるのは嬉しいんだけど」

 

 言葉を探すように俯くシャルロット、大方何が言いたいかはわかった。たぶん、俺が無防備過ぎたのが逆に怖いってのがあるんだろう。けど俺は別にシャルロットを警戒してないわけでもないんだが、考え直せば割りと上手すぎる話でもあるし部屋ではそれなりに──

 

 ………………あ、ヤッベ。

 

「そうか、シャルルとシャルロットって同一人物じゃん」

「……えっ?」

「そうだそうだ、不味ったわ。なんか頭のなかでスパイとして自白したのはシャルロットで、シャルルは潔白の友人のままだった」

「えっ? はぁ!? ちょっと待ってよ、私と僕のときで別人として認識してたってこと!? ここに一人しかいないのに!」

 

 桐也にはシャルルは女の子で私だって明かしたのにー! と部屋に心の雄叫びが響いた。雄叫びっても生物学的には雌だけど。

 それにしても我ながら何してんだ。シャルルのときの方が違和感なく接してたせいで今までと差異なく過ごしてしまってた。

 ほら、部屋でのシャルロットは普通に可愛い女の子でおっぱいとかもあるし? 日本男児としては下の息子の自制と共に疑念も湧いてたわけですよ。

 これ、沸いてたのは俺の頭だったわ。

 

「やー、だってお前ってば一人称も所作とかも細かいところスパッと切り替えるじゃん? それで俺のなかでもなんか、感覚狂ってボケてたわ」

「嘘でしょ!? 信じられないよ!」

「よし、任せろ。明日からはシャルルも疑ってやる」

「あっ、えー……う、嬉しくない。むしろスパイとして来てたのはシャルルの方なのにあべこべだよ……」

「…………あっ」

「それも考えてなかったの!?」

 

 このあと小一時間、ほっぺぷっくり激おこなシャルロットちゃんに問い詰められることとなった。なんで俺が攻められる立場になった、解せぬ。




ここまで読んでくださった方に感謝を。

・銃:速くてつおい。
・自爆:馬鹿とロマンは紙一重。
・ミスト先生:霧が濃くなっ以下略。

・先生ですから!:固まる意思と揺れる胸。
・ふ、冗談だ:半分マジ。

・シャル:ルかロット。
・下の息子の自制:むしろシャルロットへの対応の違和感はこれ。

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