F≠S 《インフィニット・ストラトス》   作:バンビーノ

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16.気持ちの余裕

 IS学園はトップクラスの教育機関であり、当然教育の主体となるISに関連した施設も多く存在している。

 そのなかには実践的な訓練を行うアリーナも含まれ、またそのIS本体の整備を生徒が行えるよう整備室も用意されている。

 

「おっ邪魔、しっまーす!」

 

 そんな今は人気(ひとけ)も活気のない放課後のIS整備室に、ひとりの二組代表鈴ちゃんがやって来た。もう人気も活気もひとりで補うようなテンションで扉をズッパァン! と開けてやって来た。

 部屋の隅で工具が地面に落ちた音に人が動く気配。室内電灯を適当に平手を叩きつけて点けた鈴は、その気配の方へとズカズカ向かっていく。

 

「さらさら簪ってアンタ?」

「えっ、誰……? な、なにか私に用?」

「もち! アンタ探して校内駆け回ったんだから」

「なんで……会ったことないよね?」

「ないわね!」

 

 サラサラ簪、ではなく正しくは更識簪。トーナメントに向けアリーナを使用する生徒が多いなか、黙々とISの整備をしていた彼女。驚きから少しズレた眼鏡を直しつつ凰鈴音に向き直る、が視線は合わせないまま。

 そんな様子も鈴は気にせず前置きも取っ払い本題に移る。

 

「次のトーナメント、あたしと組みましょ!」

「えっと、ごめんなさい」

「考慮の余地なく振られたァー!? あー、まあ嫌なら仕方ないわね」

「その、そうじゃない。凰さんが嫌とかじゃなくて、私の専用機はまだ出来てすらいないから」

「ああ、一夏と同じ倉持が担当だっけ。アイツの機体に人手を裂きすぎたーって話だっけ? それなら知ってるわよ」

 

 鈴の言葉を受け、俯きがちに逸らされていた視線は更に下を向く。

 彼女は日本の代表候補生であり、本来であればISが完成していないという事態は異常である。が、それを凌ぐイレギュラーによって彼女のISは未完成のままとなっている。

 

 倉持技研、それが彼女の専用機開発元であり──白式の表向きの開発元。世界にふたりという男性操縦者の専用機、そちらに人手を回したことで簪の専用機が後回しにされた。

 というのも事実だが、それだけなら今も未完成なのはおかしい。既に4月の時点で一夏は白式に乗っており、なら簪の機体に急ピッチで取りかかっているはずなのだ。だが実際はそうなっておらずらつまり原因はそこだけではない。

 

「そうだけど、それだけじゃないの。私が、自分で造り上げるって言ったから……それで未完成のまま無理を言って貰ってきたの」

「ふーん、なんで?」

「ねえさ……ううん、貴女に言う理由がない」

 

 ふいっと顔を横に向ける簪。

 今まで気弱そうに下に向けられていた視線と声には明らかに険が入った。その話題は簪にとって触れられたくないところであり、その反応からは明確に拒絶が発され──鈴は読み取る気もなかった。

 

「えー、教えなさいよぉー。ねえさって、なにさなによなんなのよー! 言いかけたなら吐いちゃいなさい! ゲロと愚痴は吐いた方が楽よ! 笑わないとは言わないけど絶対バカにはしないわよ!」

「ここで笑う可能性を否定しないの……?」

「しないわ!」

「……やっぱり、嫌」

「ちぇー、ならそれは言わなくていいわ。だからアタシと組みましょ!」

 

 簪の頭に疑問符が浮かんだ。専用機も完成してないから組めないと断ったはずだ。なのに何故未完成なのかという話題から一周回って元の話題に戻ってきた。

 ツーッと嫌な汗が簪のほほを伝った。この目の前の少女はたぶんきっと、簪の苦手なタイプだ。あの万能な姉と底無しの明るさに底抜けの話の聞かなさがダブって仕方ない。

 

「だ、だから! 私の専用機は!」

「知ってるわよ。でもほら、パッと見たとこ大枠は出来てるし稼働試験がてらとかどう?」

「し、試験がてらって……こんな組みたて途中みたいな機体で出たら、途中で止まるかもしれない」

「まぁ、そうよね」

「それで、凰の足を引っ張るだけになる、から他の人と」

「仲間が窮地に立たされたからって、それを足手まとい扱いするほど腐っちゃいないわよ。あたしが聞きたいのはあたしと組むのが嫌かそうでないか!」

 

 ピシャッと話を止め、ただ鈴が聞きたいことを簡潔に伝える。

 未完成とか足引っ張るとか他全部は鈴にとってどうでもよかった。簪がオーケーしてくれるなら一緒に頑張るし、嫌だと断られたら気持ちツインテールがしょげながら去るだけなのだ。

 

 簪からすればその質問への返答が難しいわけだが。元々稼働試験がてら出るか考慮はしてた。けどペア戦となれば相手に迷惑もかかる、自分のデータ収集のためにそうなるのは気が重いのだ。けど目前に迫る鈴はそれを知った上で申し込んできてて、でもやっぱりなんか釈然としなくて。

 

「うっ、うぅ……そっ、そもそもなんで私なの?」

「え、代表候補生で会ったことないのアンタだけだし、ちょうど良い機会かなーって。話してみたかったってのもあるし」

「そんな理由で……」

 

 そんな理由と言われども、鈴からすれば大真面目だ。目的のための手段として代表候補生となり、さらに優秀な成績を叩き出したからこそ専用機を手に入れるに至った。

 そして日本に帰ってきて、一夏と再会できた。鈴としてはそこで満足で、もうなにもしなくていいやってなものである。

 だが、そこで仕事をしない人間が代表候補生の座にいられるほど甘いものでもない。国もそんな人間に第三世代の専用機を貸し与え続けるわけもない。伊達に世界最大数の人口を有しているわけではなく、鈴が駄目なら実力が多少劣ろうとも次がいるわけである。その“多少”を詰めさせないのが鈴でもあったわけだが。

 とそんな諸事情も含めたこれらが、鈴が全く知らなかった日本代表候補生である更識簪にペアを申し込んでみた理由だった。

 

 ただ、簪にとっては“そんな理由”であったが故に想像したくない可能性が脳裏をよぎった。鈴が面倒がり説明をはしょった適当な理由を口にしたが故に考えてしまった。

 自分が()()()()()()だからではないかと。

 姉は、同じ学園の会長である。学生という身でありながら既に国家代表となっており、更識家の当主でもある。

 簪にとっては万能な姉であり、最も苦手とする人。端的に言えばコンプレックスが大きく、またひとつ姉に言われた言葉がずっと心に刺さっていた。

 だから、つい口から溢れてしまう。

 

「…………私が、あの人の妹だから?」

「え、あんたって兄か姉いたの?」

「えっ?」

「えっ?」

 まぁ、しかし鈴はそんなこと微塵も知らなかった。そもそも簪のことを知ったのも最近だ。同級生の代表候補生くらい、同じ代表候補生として把握しとくかしらねーって軽さだった。

 

 中国に帰ることとなり、一夏との再会のためにISの代表候補生となった鈴。そんな彼女からしたら他国のIS操縦者とかどうでもよかった。

 未だにクラスメイトに一組の専用機持ちと箒、あと新しく知った簪以外は代表候補生どころか国家代表すらまともに記憶してなかった。織斑千冬のみは例外的に昔から知っているが、他は本国の国家代表くらいしか把握してない。

 仕事しろ代表候補生と本国の連絡係によくせっつかれている。

 

「うちの学園の会長なんだけど……」

「あ、あーシッテルワヨ? さらさらチワさんだっけ?」

「名字すら違う、私の名字は更識」

「ごめんだけどそんな人微塵も知らないわ! まだ同学年の代表候補生を把握してる途中なのよね!」

 

 誤魔化す気もほとんどなかったのか直ぐに開き直って快活に笑う鈴、そんな反応に思わず小さな笑いが漏れる。

 彼女の様子からすると本当に姉のことは知らないようだ。そう考え、安堵してしまった自分に少し自己嫌悪しつつ、簪は改めて鈴のペア申し込みをどうするか思案する。もしも、自分の目の前の少女が迷惑と思うことなく組んでくれるのであれば、簪にとっても悪くない提案ではある。

 だからこそ、鈴の誘いへYesかNoで答えるために、簪にも聞きたいことがあった。

 

「……貴女の質問に答えるための質問、いい?」

「それならいいわよ、スリーサイズ以外まるっと答えたげるわ!」

「そんな情報は私もいらない」

「ならよし!」

「改めて言うけど、専用機は未完成。動力系も不安定だし、特殊兵装なんて未完成もいいところ。たぶん、現状なら訓練機で出場した方がまともに動けると思う──でも私はこの子で出る」

 

 ここで、初めて真っ直ぐにふたりの視線が交わった。絶対に譲らないという、意地っ張りな意思がヒシヒシと伝わってきた。

 鈴は楽しくなってくる。こうと決めたら意地でも通そうとするタイプは鈴のストライク。というか同じタイプ、たぶん喧嘩や口論になると譲り合わなくて長引く、でもそれもまたいい。一夏ともそうだった。

 ふたりの性格はだいぶん差があれど、根本は似通った部分があるようだった。

 

「いい! 凄くいいわね!」

「……未完成がいいわけない」

「そこじゃないわよ! その意地っ張りな感じが、なんか意思弱そうな雰囲気なのに芯は固いじゃない!」

「貶してるのか褒めてるのか」

「どっちでもないわ! ただのアタシの感想! 褒め言葉か貶されてるかなんて勝手に判断しときなさい!」

「……そう」

「そうよー、だから、うん。それでいいから組みましょう」

 

 差し伸べられた手は、簪の好きなヒーローとは違ったが、つい手を取りたくなってしまうような。

 対等に真っ直ぐ()()を見てくれている、仲間の手だった。そして、手と手は重ねられる。

 

「よろしく凰さん」

「鈴で良いわ! あたしも簪って呼ぶし……いいかしら?」

「うん、というかさっきから何回か既にそう呼んでた……名字覚えてなかったからでしょ」

「バレてたかー。ま、何はともあれ改めてよろしく簪!」

「こちらこそ、鈴」

 ムッフー、と名前で呼ばれたことがかペアが決まったことがか、とても満足げな鈴だった。

 

 

▽▽▽▽

 

 

「桐也すまんー、流れでシャルルと組むことになった」

「ふはは、寛大な俺は許してやろう」

「はっはぁー、ありがたき幸せぇ……!」

「ってことでちょっと土下座しようか」

「微塵も許してないじゃないか!?」

「冗談だっての」

「まあ、わかってるけど」

 

 夜、一夏がシャルルと男同士で組んでしまったことを謝りに来た。課題やるついでに。

 しかし、俺も運よく既にペアは見つかっている。謝られても困るというかいつものバカみたいなノリで流すレベルでどうでもいい。見つかってなかったらちょっとごねてただろうけどな!

 というか男同士じゃないんだよな。シャルルはシャルロットで、下半身のバベルは崩壊していて、上半身に双丘が隆起してんだ。なんか机でダレてるけど、課題の上に伏せている。

 

「桐也はどうするのさー」

「なんだ、垂れシャルル?」

「垂れシャルル……? や、ペアはどうするのさって」

「もう見つけてるぞ」

「えっ!? 桐也そんなにペア組む友達いたっけ!?」

「泣くぞ、泣くぞ。確かにフワッとした友人多いけどそこ抉るなや」

 

 枕を投げつけるが余裕で躱される。

 事実、クラスで一対一でそんな濃い交流持ってるやついないし。専用機持ちがそこそこ、そのなかでも部屋割り上の関係で一夏とシャルルが一番話すくらいだ。

 

「組んだのって誰だ?」

「箒さん、なんか一番に目に入ったからって誘われたから尻馬に乗らさせて貰ったぜ」

「あー、箒ならそんなこと言いそうだ」

「き、決め方が雑すぎない……? 勝ち捨ててる?」

「ズバリ優勝狙いだぜ」

 

 シャルロットが呆けた顔をしがる。

 

「言っちゃなんだけど、量産機二機で優勝狙いって前代未聞だと思うな」

「そう思って過去の記録漁ったが、まー専用機持ちがいた年に訓練機で優勝した奴のいねぇこと」

「だろうねぇ……ちょっと理不尽な話だけど基本的に技術があるからこそ専用機は渡されるからね。つまり機体スペックと技術に差がある状態での戦いになるんだ」

 

 そうなんだよな、前に少し考えたけどあまりにも一般生徒の勝ちの目がゼロに近すぎる。きっと、そもそも一年生時には専用機持ちに勝つ可能性自体を学園も考えてない。圧倒的とも言える差、それを()()にしてより研鑽させるため。いわば目標のひとつを定めさせるためのものじゃないかと当たりをつけている。

 そこまでの差を見たら心がポッキリ折れるんじゃないか。なんて懸念もあるかもしんねぇがそこは超難関たるIS学園。上を見て燃えるタイプは多くても、諦めることは滅多にないということだろう。

 

 ただし、ここに向上心もなく入学した例外がいるんだけどな。

 

「で俺と箒さんだと勝ち目はないと?」

「ないとは言わないよ。でもあるものとして見てるならちょっと見込みが甘いかもしれないよ?」

「……そういや桐也の専用機持ちとの戦績ってどんな感じだっけ?」

「聞くと罪悪感に苛まれるかも知れないけど聞くか?」

「……やっぱりいい、なんとなく思い出した」

「一勝他全敗だぜ! この頃は戦ってねぇけどな。前は代表候補生相手だと半分も削れてねぇよ!」

「いいって言ったのに何で言うんだよ!?」

 

 もちろん嫌がらせと八つ当たり。主に優勝が難しい理由が俺に集中していることを自覚しちゃったじゃねぇかチクショウ。

 

「戦略とかあるの?」

「箒さんが頑張って、俺が箒さんの足を引っ張り、箒さんが超頑張る」

「あれ、いつから三対一になったの?」

「……箒なら、やれる!」

「嘘でしょ!?」

「「冗談だ」」

 

 シャルルも信じていたわけではないらしく、だよねーと軽く流された。

 というより、何気なく聞かれたがシャルルと一夏も敵なんだからまともな案があっても言うわけなかろう。自然な雰囲気で聞いてくるから恐ろしい。スパイより交渉人の方が断然向いてそうだぜデュノア社さんよ。

 

「けど中距離のシャルルに近距離一撃必殺持ちの一夏か」

「バランスいいだろ?」

「ついでに僕は相手の動きに合わせるのは得意だからね。今すぐでもそんじょそこらの即興ペアより連携を取る自信はあるよ」

 

 真面目に考えてみれば思っていたより、道のりは険しいなぁ。さっき言われた通り見込みが甘かった、というよりはそもそも先を見透してすらいなかっただけだな。

 他の専用機持ちペアも調べて箒さんと作戦のひとつやふたつ立てねぇと即リタイアになっちまいそうだ、いやなる、むしろ嫌になる。やっべ、変な笑いが止まねぇ。

 

「桐也、なんか笑みが気持ち悪いぞ……」

「へっへっへ、第三世代も専用機持ちも上等だコンチクショウなんか楽しくなってきたぜ」

「あ、駄目だ。これは変な方向にハイになってるな」

 

 逃げる方向にズルズルいきそうな思考をテンションとともに引き上げて気合いの入れ直し。いくら今の実力が底辺どん底低空飛行中でも始めから足引っ張ると諦めてちゃ笑い種だ。なによりカッコがつかねぇ。男の子に生まれたからにゃかっけぇ自分に手を伸ばしてなんぼ。

 ……まぁ、妥協抜きでやるってのは諦め癖治すのにもいい機会だろ。

 

「そぅら、頑張れ俺……!」

「自己暗示まで始めてる。課題先に終わらせた方がよくないか?」

「そっちは終ってる」

「はっ、早過ぎるだろ!? 俺まだ半分だぞ!」

「ハッハッハ、暗記科目の課題は得意分野だからな。もうだいたいパターン化して覚えてらぁ」

「クッ、桐也は暗記系に関しては強いからなぁ……計算の応用は俺より弱いけど」

「褒めて落とすの止めろや」

 

 だいたいウン百キロ出したISが停止する際の制動距離を出すのに、PICで打ち消すことが可能な慣性を含めて計算とかもうわけわからん。

 代わりに基本的な技術とかは割りと覚えきった感あるから相変わらず得意分野と苦手分野がわかりやすい。一夏は総じて苦手というが本気でケツ蹴ってやらせれば並くらいは普通に取る。

 シャルルは器用にも全科目優秀と言える点数を取りやが……っていうかシャルロットだった。そうだ、元が女で大手IS企業(絶賛経営困難)のテストパイロットがバカで務まるわけがねぇじゃん。

 

 そろそろシャルルとシャルロットの認識どうにかしないと本気で怒りそうだよな。

 てか既にシャルルって呼び続けてると拗ねやがった。確かに望まずしてつけられた偽名が嫌なのわかるけどよ。俺のなかでシャルロットの顔はシャルルという名前でインプットされたから直しづらいんだわ。

 覚えるのは速いんだが間違って覚えたときに、覚え直す作業が苦手で仕方ない。くっそ、整形して入学しろとは言わんから化粧で人相変えるくらいして来いよ。

 

「で桐也はどうするんだ?」

「……なにがだ?」

「聞いてなかったな……十中八九他の専用機持ち同士も組んでくるけど対策くらい一緒に立てないかって」

「せっかく同じ男同士なんだしね」

「っつてもな、実力も戦闘のスタイルも違う奴らが同じ作戦立ててもな」

 

 俺に至っては戦闘スタイルすら確立されてねぇし。

 

「だから作戦じゃなくて簡単な対策、適当に駄弁りながらでもさ」

「わかった、それなら有益な情報になりそうだ」

「桐也も提供しろよ?」

「任せろ、勝ち星なしの俺からの情報楽しみにしてろよな」

「桐也の自虐が止まらないよ……」

 

 ハッハッハ、こう言っときゃある程度こっちから有益な情報出せなくても怪しまれんだろ。打算に打算を重ねた取らぬ狸の皮算用だぜ。ま、どうにか狸捕まえて皮剥ぐ予定だがな。でっちー何気に今回は本気だぜ。

 

「うっし、俺も終わった」

「おっかれさん、消灯時間ギリギリじゃねぇか」

「喋りながらやるとどうしても効率落ちるよなぁ」

「でも集まらないと課題に手すらつけない」

「男って」

「ホント馬鹿」

 

 無言で一夏とハイタッチ。

 

「男関係ないよね」

「遅くなると千冬姉に叱られるな。じゃ、おやすみ」

「だな、おやすみ」

「現実を見ようよー」

「消灯時間ギリギリという現実を見て俺は部屋に戻るぜ! シャルルもおやすみな!」

「一夏が珍しく上手い言い逃れをした……また明日ねー」

 

 一応の消灯時間まであと10分、余裕で帰れるだろう。

 シャルロットに先に入っていいと言われたのでシャワーを浴びてベッドに転がる。うつ伏せなので視界には布団しか映らないが聴覚がシャワーの音を逃さない。

 

 うん、これ健全な男児(おのこ)には辛いッスわ。

 世辞抜きに美少女な同級生と同室とか死ぬ、今ハニトラかけられたら一時の快楽に今後全ての人生投げ打つわ。

 気持ちに余裕ができたらそこに性欲が滑り込んでくるとは。

 ほら、親父も言ってた。誰に認められなくても自分が納得出来る選択をしろってな。この生き地獄を抜けるためにはヤるしかないだろう、むしろ抜くためにはヤるしかないだろう。やべぇ、思考が絶賛迷子中だ。

 

「クッソ辛い……」

 

 通信端末で『性欲解消方法』でググる。なんの検索エンジンかは置いておきググる。

 手軽に出来て目星いものは筋トレ、単純だが一石二鳥だ。二鳥のうち一羽が性欲の解消ってのが泣けてくるがむしろそれが本命だ。

 ついでにIS学園への入試や転入の際に一般的に行うことを調べてみた。

 なにぶん俺はまともな入学じゃねぇから興味本意で見てみればペーパーテストはもちろんのこと、ISを入学時点でどれだけ動かせるかのチェックに身体測定と身体検査まであるらしい。

 俺もペーパー以外受けたがペーパーテストが一番の難関だろうから、やっぱ割りとズルい立場で恐縮だ。

 

 ま、そんなことは置いておき身体検査の際にはスリーサイズも測るらしく、そのデータは学園のどこかに保管されてるとかいないとか。

 やっべ、またムラムラが止まらなく。さっさと走ろう。

 

「思い立ったが吉日というかマジで限界だ、今日の見回りが織斑センセでないことを願ってランニングすっかね」

 

 寝間着はジャージだからそのままでいいだろ。洗濯物は増えるが些細なことだ。

 男子高校生の性欲を前にしたらだいたい些末な問題になってしまうからな。シャルロットの身の上問題より俺にとっては性に関しての問題がストップ高だ、いやもう天井突き抜けてる。

 

「うっし、メモ書きでも残して行」

「と、桐也ぁー」

「なんだ?」

 

 脱衣所からシャルロットの、ふにゃっと困惑にまみれた声が聞こえた。シャンプーも石鹸も切れてないぞ、なんだ?

 

「た、タオル忘れたから取ってくれない……? 上から二番目の引き出しに入ってると思うから」

 

 ──ブッ飛ばすぞ。

 引き出しからバスタオルを取り出す、脱衣所の扉に投げつける。

 

 盗んだバイクは無くとも俺は行く当てもなく、暗い夜の帳りの中へ。

 性欲に縛られたくないと心で叫んで、たぶんわざとシャルロットを入学させ、同室にした学園へと有らん限りの殺意を向けて。

 逃げるように走り出した俺の思考は性欲から解放され少し自由になれた気がした。

 ホントあの野郎ブッ飛ばすぞ……! 野郎じゃなくて(アマ)だけどな!

 

「ぜぇー……ぜぇー……」

 

 頭がスッキリし身体の重怠さに膝が折れたのは夜中の1時頃。よく見つからなかったと思うし、2~3時間ぶっ通しでよくもまあ走れたもんだ。もう引き出し開けたときにフワッと鼻孔をくすぐったシャルロットか柔軟剤かの臭いとか忘れた忘れた忘れた、忘れたんだよ。

 

 いや、もう男子高校生と同室より本国に送還された方が安全なんじゃねぇの……?

 シャルロットの身の安全と俺の社会的地位のために、無茶でもなんでも解決しないといけない問題となってきた。おかしいな、シャルル転入時の外国人との同室への不安は何処にいったのか。今や性欲が不安のピラミッドの頂点だ。

 

「……しっかし俺の頭の回転で腹黒な大人と交渉とか出来るわけねぇし」

「口の回転だけでは難しいだろうな」

「そうなんすよねぇ、だから現状維持が安定っちゃ安定なんですけど」

「だが安定は裏を返せば立ち止まっているだけとも取れるな」

「いやいや、止まってる間に進む術を探してるんですって」

「本当に口の達者さだけは上等だな」

 

 なんか、いつの間にか会話が成り立ってるな…………よし。

 

「実力も追いつけばベストなんですが……それじゃあ、いい時間ですんでオヤスミなさい」

「このまま休めると思っているのか」

「……駄目っすよねぇ」

 

 いつから居たんだ織斑センセ(この人)。こんな砂利道で足音もたてずに来んなよチクショウ。

 

「腹黒な大人との交渉、だったか? 厄介ごとに巻き込まれたなら話してみるといい、力になってやる」

 

 この学園で、いや世界で誰よりも頼もしいであろう織斑センセから助けの手を差し出された俺は──冷や汗が止まらなかった。

 




ここまで読んでくださった方に感謝を。

・妹:姉にコンプレックスがあったり迷惑かけられたり。
・揺るがない芯:別名頑固者
・手のつかない課題:学生あるある。

・盗んだバイク:無免許運転は高校生の特権だけど真似しちゃ駄目。
・気持ちの余裕:出来た隙間に入り込むのは性欲。
・性欲:悟り開いても小五ロリが迎え撃つ。
・世界最強:誰よりも頼れる生物。

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