F≠S 《インフィニット・ストラトス》   作:バンビーノ

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17.いい奴

 身体は限界まで動かしたが、そのお陰で余計な思考は取っ払えた。頭の回転は幸いそれなり。しっかし、ヤバイ以外の感想が浮かばねぇぞ。

 

「どうした、これでも私は教師だ。生徒が窮地に立たされたなら私はそれを助けよう」

 

 世界最強の女にここまで助けてやると言われる幸運と不運。

 シャルロットのことは学園も把握してると考えている。いるんだが万が一で被害を被るのはシャルロットで、所詮はただの高校生の想像の範疇を出ない。裏で色々画策されてるとか言われちまえばわかるはずもない。だから今はなんとか誤魔化したい。

 元はと言えばアイツがタオル忘れたせいで、俺はこんな時間まで走ってたんだがそれは置いておけ。

 

「は、ハハッ、んなことあるわけないじゃないですか。ここはIS学園、そんな俺が困る事態に陥るほどヌルいセキュリティじゃないでしょう?」

「そうだ、だが何事にも完全などない。特にヒューマンエラーによる失敗は後を絶たんな」

「あー、そりゃよく聞く話っすね。バイト先で全裸になったり、虫を調理した写真をSNSにアップロードする人間性の低さ(ヒューマンエラー)から来る失敗」

「……何か違うがそういうことだ」

 

 呆れた視線を向けられるが勘弁してほしい。口は絶好調だが喋っていい、もしくは喋るべき内容と駄目な内容の選別で頭はパンク寸前なのだ。適当に関係ありそうでない戯言吐いてる自覚はある。

 あと真っ直ぐ目を見ないでくんないかなぁ、何か見透かされているようで落ち着かん。逸らすと何か隠していることがバレるのではないかと視線は合わせたままだが、しくったかも。

 明らかに眼球さんが小刻みに震えてるのがわかるし、織斑センセはうっすら目を細め眉間にシワを寄せてる。そしてため息ひとつ、その様子には何故だか教師っぽさの欠片もなかった。面倒だなって雰囲気だけ伝わってきた。

 

「勘だけ鋭いというのも考えものだな。お前が何か隠していることはわかるが、何かを何故隠しているかサッパリだ。困っていることもわかるが……脅されて隠しているわけでもなさそうだ」

 

 織斑センセは不貞腐れたように地面に座り込み俺と視線の高さを合わせる。なんか、誤魔化しきれるか……?

 

「困りごとがあるなら相談しろ。私でなくても良い。友人……一夏の奴もそれなりに頼れるはずだ」

「なんか一夏は俺より真剣に考えてくれそうですねぇ」

 

 友人としての付き合いは短いながらも、一夏の人の良さはよく知っている。女難体質というかたまに殺意湧くハプニングだかトラブル起こしやがるのが妬ましいがそれはそれ。

 それでも簡単に相談できる内容じゃないし、俺一人で決められることでもない。シャルロットは気遣いすぎな質だから、相談しようと言ったら了承しそうだが。

 

「転校してきたシャルロットも気遣いは人一倍だろう、アイツにでもいい」

「そっすねぇ、アイツは気遣いすぎなとこも……あ」

「ふむ、やはりデュノアのことだったか」

「汚ねぇ!? 鎌掛けやがった!?」

 

 大人って、大人って汚ねぇ!

 普段は生徒のこと名字でしか呼ばねぇのに一夏を名前で呼んでから、さらっとシャルロットを名前で呼んだあたり本気で汚ねぇ! 何が勘だけ鋭いだ! 完ッ全に油断してたわ!

 

「いつから気づいていた?」

「あぁーあー、やらかした……いつからって、いやもうそれ聞くってことは」

「ああ、女だと知っていて転入させた。それでいつから気づいていた」

「転入してから数日の間ですよ。なんか喉仏見えねぇし脱衣所乗り込んだら女でした」

「私は数日で気づいたことを褒めるべきか、短慮に脱衣所を覗いたことを注意すべきか……いや、それはいいだろう」

 

 織斑先生は話す。シャルロットがシャルルとして入学させられた理由を、それを学園が通した訳を。

 

 要約すれば、俺や一夏は狙われやすい立場。そして特に出路桐也は後ろ盾もなく狙いやすい立場。

 なら出路桐也を中心的に現在の男性IS操縦者の危機管理能力を測っておくべきだろう、という方針がIS委員会で出たらしい。

 

 そして、そこで選ばれたのが落ち目のデュノア社。そつなく器用に物事をこなす同年代のテストパイロットがおり、条件次第で簡単に協力を要請できたんだろう。

 条件は俺か一夏がそのテストパイロット、つまりシャルロットがスパイ、もしくは女と気づくまでにシャルロットが得られた情報をデュノア社が得るという内容だったらしい。

 

「ありがた迷惑とか色々言いたいけど、シャルロットが巻き込まれただけの立ち位置で泣けてくるんすけど」

「私もそう思うがな。まぁ、シャルロット・デュノアが男装していたわけはそんなところだ」

「そっすか……そりゃいくら考えても学園にメリットがないわけだ」

 

 ただ一夏と、主に俺が試されていたなんて思いつくかっての。

 どうせシャルロット本人に理由を話してないのは本気で演じさせるためとかだろ。アイツたぶん裏事情とか知ってたらポロリしそうだし……小器用なくせしてウッカリしてるしな。

 

「出路、お前はどうしてデュノアの正体に気づいたときに直ぐに知らせなかった?」

「え、あー……友達ですし」

「それはシャルル・デュノアに抱いた感情だろう。シャルロット・デュノアとわかったときに、アイツはスパイでしかなかったはずだ」

 

 ぶっちゃけ初めは直ぐに伝えるかとかゴチャゴチャ悩んでた。けど、結局スパイしてたから学園に突き出して終わり、なんて割り切れなかっただけなんだよな。

 それから一緒に過ごしても色々といい奴だなって感想しか出てこなかった。

 

 女とバレて、直ぐに色仕掛け(ハニトラ)を掛けるような奴なら見捨ててたかもしれない。

 性格が合わず、気に食わなければ切り捨てていたかもしれない。

 不細工なら見て見ぬフリをしていたかもしれない。

 

 けど、シャルロット・デュノアは正直でまっすぐで一緒にいて面白い、この顔面偏差値の高い学園でも引けを取らないくらいには美人な奴だった。

 何でって言われてもアイツがシャルロット・デュノアだったから、俺は見て見ぬふりに納得できなかったんだと思う。

 とかどう説明しろと。嘘を混ぜない程度に適当に言うか。

 

「友人をスパイだからって、割り切ってしまいたくなかった……とかそんなんですかね」

「割り切れなかった、か。随分と覚束ない理由だが報告書にどうまとめるか……山田君に任せるか」

「山田先生頑張って」

「安心しておけ、絶対にお前()()が不利になるようなことは書かんさ。山田君はな」

「山田先生超頑張って。あ、シャルロットってどうなるんですかね」

 

 丸く収まった雰囲気あって忘れかけてたが、そこが心配で誤魔化してたんだった。

 学園が治外法権だろうが、学園側がシャルロットを強制送還させようとするなら三年間の猶予はお釈迦(パー)だ。

 

「ふむ、デュノアの役割は終わっているからな。アイツがしたいようにすればいいだろう。デュノアは学園の試験自体はしっかりと受けているからな」

「じゃ、そう伝えときます。よっしゃ、面倒な問題がゴソッと無くなったぜ」

「それはよかったな出路。私も面倒事がひとつ片付いたことは嬉しい……で、お前はどうしてこんな時間に外に出ている?」

「……おっと、これは予想外の攻めだ」

 

 性欲がヤバかったとも言えず明け方まで説教だった。

 

 

▽▽▽▽

 

 

 翌日というより諸事情諸々により徹夜に近い今日。

 箒に身体の疲労も抜けてないことが見抜かれたのか、予定していた放課後の訓練が無しになった。桐也は申し訳なさが尋常ではないので情報収集に明け暮れることにしていた。

 そんな彼と廊下を歩きつつ寮へと向かうセシリアは質問に足を止める。

 

「わたくしの組んだ相手ですか」

「イエス、教えてくれ」

「いずれ自ずとわかる情報ですし、まあいいでしょう。ボーデヴィッヒさんですわ」

「…………」

「その、ギャンブルで全財産溶かしたかのような顔はなんなんですの」

 

 何気に一番厄介なタッグが結成されていた。

 このふたりは散ってほしかったってのに(まま)ならないと桐也は思う。

 なにより接点もなかっただろうにと疑問を投げかければ、セシリアは接点がなかったからこそ今回を“接点”にしたと答えた。

 

「クラスメイトで同じ代表候補生、いつまでも無関係では味気ないでしょう?」

「そんなもんなのか……」

 

 実は代表候補生故に他国の候補生ともパイプを作りつつ、得られる情報(モノ)を得る。そんな役目もあるのだが、それを口にするのは無粋だろうとセシリアは思いニュアンスを変えた。

 それに情報でなくとも、かけがえのない友人(モノ)は得られるかもしれない。高校の友人は一生の友となる。セシリアが読んだ日本文学に書かれていた言葉だ。

 

「それに鈴さんに至っては見知らずの四組代表を誘ったらしいですわよ?」

「うっげ、そこも代表候補生で組んだか」

「デザートフリーパス狙いの貴方には厳しい状況ですわね。ベスト4ならくじ運次第ではなんとかなるかもしれませんけど」

「いや、優勝狙いなんだわ」

「…………今、なんと?」

 

 口元へと手を当て瞳が揺らいでいる。そんなに動揺することかと嘆息する桐也だがセシリアは本気で驚いている。

 彼は敵わないと思えば、自分で決めた達成点で満足するタイプだと今までの付き合いで知っていた。クラス代表決定戦でも思い返せばそうだった。一撃を入れる、確かにそれでも身の丈より大きな目標だった。でも勝ちを明確に諦めてもいた。

 一見冷静に戦力差を把握している、だがそれを勝ちを諦める理由にもしている。そんな人物だった。

 

「……そのうち叩いてでもその姿勢(スタンス)は直して差し上げようと思ってましたが、必要なかったようですわね」

「え、何が? 俺って何か叩かれるようなことしたか?」

「いえ、桐也さんも成長なさってることに驚いただけですわ」

「何気に失礼だな。一夏たちよか見えにくかろうが俺も成長してらぁ、主に暗記科目」

 

 セシリアが言ったのは学力のことではないが伝えない。伸び代は期待できないかもしれないが、またひとり本気で研鑽し合える友人が増えることは貴重なのだ。

 つまり如何にも慢心しやすそうな目の前の友人を、現状不用意に褒める気はセシリアには更々ない。

 

「まぁ、目指したからといって簡単には獲らせません」

「上等だ、今度こそ勝つ……勝つから、うん」

「そこで自信なさげにならなければ格好つきましたのに」

 

 ハッタリ効かすにも直視した現実が過酷すぎて語尾が下がる桐也だった。

 しかし少し逸らしていた視線を戻し、桐也はついでのように聞きたいことを聞く。

 

「あぁ、ちなみになんだが俺に合いそうな武器ってなんだと思う?」

「対戦相手となるわたくしに聞きますの?」

「いや、会った奴に見境なく聞いてる。これと言ってしっくりくるもんが無くてな」

「はぁ……そうですわね、使い方を把握しているものはどれだけありますの?」

「使い方だけなら割りと全般」

 

 事も無げに答えられたその言葉に再びセシリアは固まりそうになるも思い直す。この男は単純なこと、暗記だけは人一倍に得意であった。他はなんとも言えないがそれだけは確かに目を見張るものがあった。

 それに使い方を覚えていようと使えなければ意味がない。

 

「言い方が悪かったですわ。使える武器は?」

「ブレード以外は実戦じゃほぼ全滅だ」

 

 この様だ。多少は扱えるようになってきた火器もシャルロットなどと比べれば雀の涙程度のレベル。桐也が棒を振るうように扱うブレードも一夏や箒と比べればまだまだ下の下。

 

「ってなわけで他人から合いそうと言われたものを片っ端から試そうかと思ってな」

「……あれです、桐也さんって馬鹿ですわ」

「何を今さら。そんでなんかねぇか?」

「具体的なものはあげられませんが、そうですわね。桐也さんにテクニカルなものは根本的に向いていないかと。そこを短期間でどうこうするよりは単調に単純に使えるモノを伸ばすことを選んだ方が得策と思いますわ」

 

 例えば、近接戦闘で使う刀。あれも刃筋を立てなければ効果は半減だ。刃の腹で殴るくらいなら元からハンマーでも使っている方が効果的。

 そんなことをスラスラと律儀に語ったセシリアは、ハッとしたように言葉を止める。具体的なものは上げられなくとも少々話しすぎたと気づく。

 友人ではあるが今度は戦う相手でもある桐也。自分の考えを述べるとどうにも口の滑りが良くなりすぎると、セシリアは内心で少しばかり反省する。

 

「というのはわたくしの個人的な意見ですわ!」

「いや助かる、サンキュ。今まで聞いたなかで一番参考になった」

「話し過ぎた気もしますけど、お役に立ったなら何よりです」

 

 その後は別れの挨拶も程ほどにセシリアはラウラの席へと向かった。

 出路はと言えば、一度自室へと戻りシャルロットの不在を確認後、図書室へと足を運んでいた。なるべく早くに夜中のことを伝えたかった桐也だが、シャルロットがいなければどうしようもない。

 

 そして訪れた図書室。一般文学から専門書まで取り揃えられている。なかでも当然ISに関する資料は多く揃えられており、図書室内の備え付けのPCで過去の大会や試合などの映像を見ることが出来る。

 桐也の用事は主にその映像を見ることだ。さすがにこの頃、ようやく開発され始めた第三世代の資料は少ないものの、国家代表など実力という点で言えば十二分な資料であった。

 

「さすがIS学園って感じだな。大会の資料も結構ある」

 

 欲を言えば特殊兵装の資料がもっと豊富であれば、と繰り返し思う桐也だがないものは仕方ない。

 基本的にISのスペックや開発技術などは公開するものとされているが、そんな取り決め表向きでしかない。厳守されているならば、デュノア社も第三世代の開発にもたついて経営が傾くこともなかっただろう。

 

 桐也が一番に目をつけたものは第一回モンド・グロッソの映像。織斑千冬と暮桜が零落白夜を駆使し世界を獲った試合だ。

 参考にするには壁の高すぎる領域ながらも、世界クラスの打撃を剣撃を射撃を爆撃を見る。眼が追いつかないときにはスロー再生にし動きを覚える。そして動きの複雑さに頭の処理がパンクしたときには理解を諦め俯瞰する。

 映像を俯瞰するというよりも寝不足からか意識がフェードアウトし始めた頃、閉館時刻間近を知らせる放送が鳴った。

 

「くぁ……何度か意識トびかけた」

 

 学園で借りることが可能な武装のカタログや、先程まで見ていた映像を借り自室へと戻る。

 

 今日もシャワーの音が桐也の耳に届く。一夏と訓練でもしたあとなのだろう。

 しかし、眠気の波が意識の限界まで押し寄せていた桐也はベッドへと倒れ込むようにダイブする。かなり上等なスプリングで資料ともに軽くバウンドするも直ぐにフカフカ布団に身体が沈む。意識も沈む。

 

 

 

 

 脱衣所から出たシャルロット、今日はバスタオルも忘れなかった。そんな彼女が目にしたものはベッドでうつ伏せに寝ている桐也だった。というよりも寝ているというよりはそこがベッドでなければ、行き倒れていると判断してしまいそうな状態であった。

 恐る恐る近づいて見れば背部が呼吸に合わせて上下しているので生きていることは確認できた。

 

 なんとなく息苦しそうで気になるので、出来れば仰向けに直したいシャルロット。軽く肩を押すようにして試すも端に寄っていく。

 

「や、やっぱり男の子は重いね……もう一回。よいっ、しょっ! あっ」

 

 今度は肩と腰を両手で押したシャルロット。その甲斐(かい)もあって桐也の身体はうつ伏せから仰向けに、そしてベッドから床へと止める間もなく、スルッと落ちた。鈍い音とくぐもったうめき声が室内に響く。

 

「ごっぶ!? う、ぐぁ……!」

「うわぁぁぁ!? と、桐也ごめん! 大丈夫!?」

 

 初めに押したとき身体が端に寄っていたのがいけなかったことはわかる。下に落ちて痛いのもわかる。けど床だって結構フカフカのカーペットのはずなのに、やけに痛そうな声を出されシャルロットは余計に心配になる。

 

 慌てたシャルロットがその姿を確認すれば、桐也の傍らに分厚いカタログが落ちていた。じたばたする余裕もないのか丸く縮こまっている桐也に当たったんだろう。主に押さえている脇腹あたりに。吐かなかっただけ上等だろう。

 

「ゴホッ、殺す気か……自宅でも味わったことのねぇ強烈な目覚ましだ」

「ごめん……息苦しそうだったから仰向けにしようとしたんだけど」

 

 息苦しいどころか息の根が止まりそうだった、と喉元まで来た言葉を桐也は飲み込む。割りと真面目に反省してる様子で軽口を叩くと本気に受け取られそうだった。

 伝えるべき用件もあるため、珍しく空気を読んでお口ミッフィーなでっちー。俯いたシャルロットに気にすんなと声をかけ、取り敢えずシャワーの支度をする。

 そして脱衣所に入る手前で振り向く。

 

「ま、いいや。それとシャルロットがシャルルだった件、なんか解決したわ。よし、シャワー浴びてくる」

「え……えっ!? ちょ、ちょっと待って桐也! それってどういう、キャー!? 普通に脱がないでよ!?」

「普通に脱衣所に入ってくんなよ、信じられねぇ」

「桐也がそれ言う!?」

 

 でもやっぱり軽く仕返しをせずにはいられない高校1年生男児であった。

 

 

▽▽▽▽

 

 

 シャワーを浴びた桐也から事情を説明された。でも、たっぷり20分かけて入らなくてもいいじゃないか、と思うのは私の器が小さいのかな?

 

 

 今日の明け方まで帰ってこなかった理由はそんなことがあったからだったんだ……あれ、明け方まで帰れなかったのは説教されてたからだっけ?

 

 ただ、私がそういう事情で男装してたことを明かすのは学年別のトーナメントのあと。急遽ペア戦に変更したせいで色々忙しいのと、予想外に桐也が早く気づいてしまったことが原因みたい。

 でも、結局全部を桐也に任せちゃったなぁ。丸投げするとか言ってたくせに、これじゃ私が丸投げしちゃったみたいじゃないか。

 

「結果論だろ。俺も明確に解決する気があったわけじゃねぇよ」

「でも」

「でもじゃねぇっての。負け三昧のギャンブルにたまたま勝って帰ってきたクソ亭主に、泣いてお礼言うようなもんだぞ。さっさと飯でも行こうぜ」

「例えが酷い……あ、待ってよ!」

 

 本当に面倒そうに答え部屋を出る桐也。慌ててパッドをつけ直して追ったけど、皆が周りにいる食事中に聞けるわけもない。桐也はいつもみたいに一夏と他愛ない内容を駄弁って楽しそうだし、なんだか連れ出せる雰囲気でもなかった。

 

 結局、言いたいことも聞きたいことも胸中に抱えて、自室に戻るまでモヤモヤしたままだった。話しの続きをしようとしたら桐也が大きな欠伸をする。

 

「……くぁ、今日はもう限界だ。伝えることも伝えきった、今日は一夏も来ねぇって言ってたし……寝るわ」

 

 いつもなら復習をしている時間だけど、本当に眠いみたいで桐也は不機嫌そうな顔をしていた。たぶん、眠すぎて目蓋を開けるのに苦労してるだけなんだろうけど。

 ……桐也のなかで本当にさっきの話しはあそこで終わってたんだ。

 

「シャロットは電気つけといた方がいいか?」

「ううん、私ももう寝るからいいよ。あと惜しいけど私はシャルロットね?」

「うす……」

 

 覚束(おぼつか)ない足取りで電気を消しにいくものだからハラハラする。夜中まで走って明け方までお説教受けて主に体力がギリギリなのが目に見えてわかる……ベッドから落としたのがなおさら申し訳ないや。

 暗くなった部屋で重力任せでベッドに乗る音が聞こえた。ベッド間の仕切りをコッソリ動かして覗くと、モゾモゾ動いてちゃんと布団に入ってるみたいで一安心。

 

 でも、私の目は冴えきっていた。今の今までずっと心のどこかで考え続けていた問題が、知らない間に解決してたんだからそうもなる。ちょっとコンビニでお菓子買ってきたけど食うか? みたいな軽さで解決された。

 

「桐也、ちょっといい……?」

「…………もう寝てる」

「起きてるじゃん」

 

 あの軽さで解決されると、我が儘とわかっていてもどうしても気になってしまう。もう少し恩を感じさせるとまでは言わなくても、なんか色々あると思うんだ。

 私が女とわかった日だって、誰に認められなくても自分が納得できるようにって言ってたけど、どうして桐也は納得できなかったのか。罪悪感以外に私を見捨てて桐也が後悔する理由があったのか。

 

「図々しいかもしれないけど、今聞いておかないとずっと私のなかで引っ掛かりそうだから、教えてほしいんだ」

「大袈裟な……シャルロットにとってはそうでもない、のか?」

「うん、私の人生が変わるくらいに」

「……こちとらクソ眠いときに、んな質問すんなよ。頭がシャットダウン寸前だぞ」

 

 申し訳ないと思ってる、よ?

 

「そりゃ、お前がいい奴だったしなぁ」

「まず、それがわからないよ。僕はスパイだったし」

「そーじゃなくてだな……あー、なんだっけ」

「桐也の脳ミソ頑張って。もうちょっと、もうちょっとだから」

「……あれだ、性格とか性根とか顔とか、色々含めていい奴だったって思ったから。中も外も不細工なら見捨ててたんじゃね?」

 

 か、顔もって……普通に褒められると普通に照れるんだけど、凄く男の子として素直すぎる理由がぽろぽろ溢れてるよ。私のお母さんも綺麗だったから、それをちゃんと引き継げてたらそうかもしれないけど! でも眠気に負けて桐也のお口のチャックが大変なことになってるよ!

 

 私としては嬉しいけど申し訳ない。でも、いい機会なのでなにか聞きたい。うーん、いざ聞くことって考えるとなかなか思いつかない。

 早くしないと桐也が寝ちゃうと思っていたら桐也から話しかけられた。その声はとても眠たそうでどんな感情が籠められたかわからない声だった。

 

「シャルロットは、学園にいることを選べてよかったか?」

「……すっごく良かったよ」

「そりゃ、上々だ」

「うん、これからの学園生活が楽しみ」

 

 それから返事を待っていると寝息が聞こえてきた。ちぇ、いろいろ質問し損ねちゃった。

 桐也も、私がどう思ってるか気になってたんだ。お人好しというか、本人は絶対に否定するだろうけど普通じゃない。いい意味か、悪い意味かはわからない。でも私にとっては嬉しい普通じゃなさだった。

 

 桐也曰くだけど、迷わずに助けることを選択するって一夏も本当なら普通じゃない。普通じゃないことを当然のようにしてくれるって衝撃的なんだよ? ここに来る前、嫌な意味でそれを味わっていた私からしたら尚更(なおさら)

 迷っても保身より会ったばかりの人を優先するのはおかしいんだって気づかないんだもんなぁ……戸惑っちゃうよね。すごくすごく嬉しかったけどさ。だから桐也の本音が聞けて安心できた。

 

 うん、ぶっちゃけてくれた話でだいぶんスッキリした。えへへ、いい奴だって……や、そうじゃなくて!

 

「いつか桐也が困ったときには、今度は私が力を貸すからね」

 

 あと、口にすると嫌がるだろうけど──ありがと。

 




ここまで読んでくださった方に感謝を。

・大人って汚い:それを見て育つから自然と無限ループ。
・口の滑りが良いイギリス:チョローン
・顔もいい:顔だけなら学園だいたい美人ばっかなので皆を助けざるを得ない。

・脱衣所乱入:ブーメラン。
・いい奴:色々はしょった一言。

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