F≠S 《インフィニット・ストラトス》   作:バンビーノ

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19.気持ち転換

 ベッドに身を沈め、うつらうつらとした意識を保っていた。トーナメント本番を控えた前日の夜、一夏とシャルロットはシュヴァルツェア・レーゲンへの対策を練っている。トーナメント前夜にまだ考えてる時点で結構切羽詰まってるわけだ。

 たしかに停止結界単体でもタイマンであれば、捕まった時点で詰みになりかねないというか普通に詰むので脅威となる。だけどペア戦になればいくらか脅威が和らぐんだよな。ま、ペアを組むのはラウラも同じわけで、その相手がセシリアさんってのが想像以上に厄介だった。

 

「僕がセシリアさんを押さえてるうちに、一夏は零落白夜でラウラさんを落とす……ってのは理想が過ぎるんだけど、やっぱりこれしかないかなぁ」

「停止結界もエネルギー運用で張られるわけだから零落白夜で解除できると思うんだが」

 

 反語で終わってるあたり一夏もわかってんだろうけど一応伝える。ラウラは零落白夜を甘く見ることはねぇだろ。

 

「それは無理だろ。ラウラは織斑センセに憧れ持ってるんだぜ?」

「つまり零落白夜は警戒されるし、停止結界でも雪片弐型だけは当然外してくるか。なんとか意識から外せればなぁ」

「まずは一対一に持っていって、一夏が停められたときにはセシリアさんからの被弾覚悟で僕が援護かぁ……わかってたけど厳しい戦いになるね」

 

 

 

 

 なーんて話をしてたせいか。トーナメント戦の相手なんざいくらでも組み合わせがあったろうに。

 翌日、第一回戦は一夏とシャルロットのペアと、セシリアさんにラウラとの対戦になった。

 

 対戦相手が発表されたモニター前で一夏が小さく拳を握った。なんだかんだ初日のドロップキックを根に持っていたのか、別に理由があんのか知らねぇけど望んでいた対戦らしい。

 俺たちの相手は鈴ともうひとりの専用機持ち。上手く当たってるのは作為的なものか偶然か。結局どっかで当たるからどっちでもいいんだけどな。

 

「じゃ、応援してるわ」

「軽いなぁ。そっちはそっちで鈴と当たってたろ? 勝算はあるのかよ」

「ねぇから今から探すわ」

「見つかんないまま終わるなよ?」

「ハッ、上等。一夏も精々踏ん張ってけよ」

「おう!」

 

 対策が本気でないわけじゃない。対策という点では鈴よりもうひとりの更識簪さんが問題なのだが、そこは箒さんが任せろというので任せる。他力本願なわけではない、調べものとかはしっかりとやった。信用しているだけだ、断じて他力本願ではないったらない。

 

 そんで専用機持ち同士の対戦はトーナメント表の両端に記されている。つまり初戦の次、再び専用機同士が当たるのは決勝になる。

 

「箒も、頑張れよ」

「いつだって道は示されているのもではないのでな。己の手で切り開くのみだ──一夏、決勝で会うぞ」

「ああ、約束だ」

 少年漫画のライバルとでも言うのが一番しっくり来る会話。握手を交わして話し合う様子がそうとしか見えねぇ……っかしいな、箒さん優勝したら一夏と一日デートじゃなかったっけ。もうちょっと甘い感じでもいいんじゃねぇの?

 

「あ、シャルぉー……噛んだ、シャルル」

 あっぶね、間違えかけた。最近ちょっと伸びているシャルロットの髪の毛も逆立ちかけた。めんご。

 

「ちょっ、な、なにかな?」

「取り敢えずこのトーナメントが終われば、色々と一段落だろ。優勝は渡さねぇが頑張れよ」

「……うん、そこで素直に頑張れってだけ言わないのが桐也らしいよね」

「うっせ、さっさと一夏と勝ってこい」

「うん! 行ってくるね!」

 

 いってらっせー、と適当に手を振って見送る。一夏もシャルロットも適度にしか緊張した様子がなくてなにより。

 なにせ──こちとらアホみたいに緊張してるからな! 声震わせないだけで精一杯だったわ! お陰で名前ミスるとかいう凡ミスしかけた。

 

「肩の力を抜け、と言ってもなかなか難しいものか」

「ま、生徒を初めとして外からのお偉いさんとかもいるらしいしなぁ。あとはこんだけの大舞台に立つのはなにぶん初めてでな。箒さんは慣れてんの?」

「剣道の大会で慣れている、というのは建前だな。私はそれほど他人を気にする性格に出来ていないのだ。私にとって知人と他人の別け方は極端でな」

「極端ってなんだ?」

「緊張しないよう人の顔を南瓜(かぼちゃ)と思えと言うだろう。他人の視線なぞ私にとっては常にそんなものだ」

「あー、そういう」

 

 人が道端の小石を見て緊張しないのと同じ。箒さんにとっては他人からの視線や歓声はその程度の些事でしかないと。だからこそ普段から一応の協調性は持ちながらも、これだけマイペースでいれるのか。

 正直、それがいいことかはわからない。だが、今はそれがちっと羨ましい。

 

「だから私に出来るのはお前の緊張が解けるまでの間、鈴ともう一人、二人揃って相手をすることぐらいだな」

「ん……んっ?」

「なに、精々ゆっくりと緊張を解すといい。私はいくらでも待とう」

 

 こっんの……! いつもはフラットな表情してるくせして今に限ってシニカルに“にやっ”と笑ってやがる。

 一夏と幼なじみっつーけど箒さんはなんっか織斑センセの方に似てんだよな。軽い煽り方というかハッパの掛け方というか。

 しかし、そもそも俺がそう何度も似た煽られ方に乗ると思ってんだろうか? 鍛練中も何度か同じようなことがあったんだ。

 人間ってのは学ぶもので──まぁ、乗るけど。俺、単純だし。わかってても乗っちゃう。単純さと口先なくなったら俺のアイデンティティの大半無くなっちまうもん。

 

「ハッ、んなこと言って商品のフリーパス独り占めされちゃたまんねぇ! 初っぱなから参戦に決まってんだろ! 候補生でもなんでも掛かってこいや!」

「ふっ、そうでなくては困るさ」

 

 控え室の画面に目を向ければ、既に試合が始まっていた。進行状況は──

 

 

▽▽▽▽

 

 

 シャルロットの持つアサルトライフルがレーザーに撃ち抜かれる寸前、()()()()()()盾に弾かれた。直後、再び現れたアサルトライフルがセシリアに向けられる。牽制目的で放たれたであろうそれを難なく躱すセシリアだが表情は優れない。

 

高速切替(ラピッドスイッチ)……なかなかに厄介ですわね」

「ありがと! でもセシリアさんに踊らされないようにするので精一杯だよ!」

「口がお上手ですこと」

「桐也のが移ったのかもね」

「それは……御愁傷様ですわ」

「本当に残念そうなものを見る目で見ないでほしいかなぁ!」

 

 軽口を叩きながらも高速切替。通常1秒から2秒かかる武装の量子構成をほぼ一瞬で行い、同時に照準を合わせる技術。

 桁外れの状況判断能力を有していなければ不可能であり、それを行っているシャルロットにはそれがあるということになる。デュノア社はいいテストパイロットを持っていると素直に感心するセシリアだが、そう感心ばかりもしていられない。

 シャルロットに直撃させることが叶わず、彼女にとっての本来の役目である援護がままならない状況なのだから。

 

「舐めていた訳じゃないけど、本当にキッツいなぁ」

「貴方の想像より厳しいなら、わたくしが成長しているのでしょう。誉め言葉として受け取っておきますわ」

 

 シャルロットの表情も優れなかった。セシリアが回避行動とともにビット操作ができないことが不幸中の幸い。機体の性能差をなんとか技術でカバーし互角。本当にギリギリの拮抗。だが、それでは駄目だった。

 試合開始から約二十保有する武装、そのうち三つがセシリアに撃ち抜かれていた。

 

 チラリと視線を向ければ一夏とラウラが戦っている。近接での戦闘故に早々ラウラも停止結界に意識を裂けない。それでも彼女が何枚も上手(うわて)だ。これまでに三回一夏は()()()()()

 その度にシャルロットは援護射撃を撃つ。結果としてラウラの集中を削ぐ代償に隙ができ、高速切替する間もなくティアーズに撃ち抜かれ武装を失う。その度に軽くとはいえ被弾もしている。四方からの射撃にクリーンヒットを貰わないだけ上等なのだが武装も無限ではなく、シャルロット自身の集中力も無限ではない。

 

 つまるところ、この膠着ともいえる現在。それは両者にとって芳しくない状況であった。

 

 

 

 対して、一夏とラウラの戦闘は優劣がハッキリとしていた。一夏はこれまでに三度も停止結界に掛かり、シャルロットの支援がなければ危うい場面が目立っていた。雪片弐型を持つ手だけは確実に外し、手首までを綺麗に停止させれた。致命的ともいえる場面を三度、一対一なら何度も落とされているだろう。

 だが白式の動きに変化が起きていた。一夏自身に自覚はない。ただ、ラウラがそう感じていた。通じた手が徐々にではあるが通じなくなっている。動きのキレが増してきている。

 

「チッ、教官の弟と言うことか」

 ハイパーセンサーは視界をほぼ360度全てに広げるが元々人間の視界には限界がある。見えれば反応は可能だが、元より見えている光景より幾分の遅れが生じる。加えてラウラは眼帯をしていることにより生身の視界が狭かった。

 コンマ1秒にも満たない僅かな反応のズレ。なんとなく反応が遅い、一夏には小難しい理屈を抜きにそれだけわかった。そして、それだけわかればよかった。そこを狙い、更に動きにキレが増す。小刻みにスラスターを噴かし、速度と起動を変則的に距離を詰める。

 逆にラウラがワイヤーブレードでは反応しきれなくなり始めた。初めは様子見にと二本で捌けていたが、使用しているワイヤーブレードは既に最大数の六本。それでもジリジリと詰められていると解る。

 

 ラウラは迷うことなく即決、眼帯を外し左目を露にする。ナノマシン移植処置に失敗した出来損ないの黄色の瞳、越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)を衆目に晒す。

 何に驚いたか一夏の反応が一瞬鈍りを見せた。ラウラはその驚愕の理由を気に止めず好機と判断。地を這わせたワイヤーブレードを白式の脚へと絡ませ、ワイヤーを巻き戻し己に引き付けるように地面に叩きつけた。白式を中心に地に亀裂が走る。

 

「ぐっ、ガふッ!?」

「吹き飛べ」

 

 AICのために集中する時間はない。しかし体勢を建て直す暇など与えない。シャルル・デュノアにフォローさせる隙など作らない。

 閃光(ファイア)

 レールカノンから放たれた砲弾が白式の装甲を砕き、破裂した砲弾の衝撃は白式を後方へと弾く。生身の箇所を狙ったが砕けた装甲が散っていた。寸でのところで装甲で庇われたと理解したラウラは小さく舌打ちしそうになる。

 本音を言えば、今の砲撃で決めたかったのだ。どんな相手であろうと半端に追い詰めるのは悪手。死に物狂いほど厄介なものはない。

 

 そう悠長に考える暇もなかった。砂煙を斬り裂き白式が真っ直ぐ飛び出す。小刻みな変則さは捨て、比喩なく真っ直ぐ一直線にラウラの方へ。

 

 ラウラにはこの期に及んで愚直に向かってくる意図が読めなかった。なので順当に処理をしようとする。ワイヤーブレードを四方から、というには二手多く迫らせるも一夏は退かない。

 退けば雪片弐型一本しか持たない一夏は無防備になる。同様の手で一度AICに捕まった。だから虚を突くように、身を捻り肩から胴を見せない姿勢でワイヤーブレードの包囲網へと突っ込んだ。火花を散らし装甲を削られながらも、絡め取られないよう肩の装甲で、刀の柄で、脚で、弾き踏みしめ前進する。(必殺)の間合いまで。

 

「うぉオォォォォォ!」

「遅い! 近づいても同じだ!」

 

 ラウラは刀を持つ右腕が振るわれるよりも先に手を掲げ停める。そして、雪片弐型だけはAICから外そうとし──右手に雪片弐型が握られていないことにそこで気づいた。

 

 AIC、停止結界は少なくない集中力を要する。タイマンでは反則染みた性能と思われるそれだが、意識が逸れれば瞬時に解ける脆さも兼ね備えている。

 それを十全に使いこなすラウラは、人並み外れた集中力を持っているのだろう。そしてAICを使うとき、その人並外れた集中力の大半はそこに注がれる。

 

 だから一夏はそこに賭けた。月並みだが自分のピンチこそ最大のチャンス。学園に来てできた友人が好みそうな策ならぬ奇策。

 肩から突っ込んだのはワイヤーブレードを弾くためだけでなく、本命は一瞬でも意識を雪片弐型から外すこと。その隙に間合いに入ったならば、雪片弐型を最大に警戒するラウラは、一夏を停めるためにAICへと意識を集中させる。

 一か八かの賭けが通った。

 

 ──左手に握られた雪片弐型の刀身から光が噴き出す。

 

 青く輝く刃が停止結界を斬り裂く。停まったと思われた一夏が動き出す。

 反射的に割り込ませたワイヤーブレードが斬り裂かれる。止まらない。突き出していた左腕を割り込こませるも縦に斬り裂かれる。止まらない。機体が零落白夜に触れたことで、レーゲンのシールドエネルギーは情け容赦なく目減りする。止まらない、停まらない。

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒは間もなく、負ける。憧れの織斑千冬が扱っていた絶対に。ポツリと、憧れに負けるならいいかという思いが芽生え──踏み潰した。

 ラウラ・ボーデヴィッヒが理想と、憧れと定めたのは零落白夜などという()()()()()()()ではない、断じてない。織斑千冬という在り方に惹かれ、憧れ、惚れ込んでいた。

 

 織斑一夏という人間はそんなあの人に近い。物理的な距離ではなく、織斑千冬の心に最も近い。負けたくない。羨ましかった。望んでも立つことの出来ない位置に、平然と居ることの出来る弟という立場が妬ましかった。お門違いの羨望とわかっていても羨ましいという気持ちはなくならなかった。逆恨みと知っていても嫉妬せずにはいられなかった。

 ラウラ・ボーデヴィッヒは織斑一夏に負けたくなかった。理屈ではない、純粋な気持ち。

 

「舐めッ──るなァァァ!」

「なっ……!?」

 

 裂かれている左腕を()()と雪片弐型へ押し込む。中の腕が無くなる可能性など今は考えられなかった。勝利を掴めない腕などくれてやればいいとばかりに押し込む。

 ──ラウラの耳に幻聴か、力を求めるかという声が聞こえる。そんな問いに答えている暇はない。異変を感じるが構うことなどなかった。

 押し込んだレーゲンの左腕は零落白夜に裂かれながらも、光の刃を越えて雪片弐型の柄と白式の左腕を裂けたレーゲンの掌が掴む。ここまで減ることのなかったシールドエネルギーは、この僅かな間に残り50足らず。しかし0ではない、シールドエネルギーの減少も止まった。耳鳴りが酷くAICを使う余裕もないが、必殺が寄越す死線は越えた。

 

 目測で標準を合わせられたレールカノンが砲火を吐き出すが、捕まれた腕を軸にわざと体制を崩すことで一夏は超至近距離の砲弾を避ける。

 一夏も今までラウラに散々削られた上での零落白夜の使用だ。当然シールドエネルギーはジリ貧でありレールカノンの直撃など喰らうわけにはいかなかった。

 

「チィッ!」

「腕を裂かれたまま掴むとか無茶苦茶するな……!」

「負けられん、貴様にだけは()()()()()()!」

 

 ラウラが思いを叫ぶ度に耳鳴りが酷くなる。純粋な千冬への憧れの反面に存在する、一夏への黒く暗い嫉妬や羨望を糧にするかのように。機体の惨状から修復でない、悪辣な改変を加えようとするような異変を感じる。

 そして、押さえることのできない気持ちに呼応するように、裂けた左腕からドロリと黒いナニかが湧き出す。肯定すべき強さから掛け離れた強さをもたらそうとするナニかが噴き出しそうになっていた。

 

 

 Damage Level──D.

 Mind Condition──Uplift.

 Certification────ambiguous.

 

 《ValkyrieTraceSystem》────force drive.

 

 

 湧き出す黒が勢いを増す。紫電を撒き散らしながらレーゲンを、ラウラを飲み込む。頭のなかに響いた、ヴァルキリートレースシステムという単語からラウラは気づく。

 VTシステムは過去のモンド・グロッソの部門受賞者の動きを模倣するシステムの名称。アラスカ条約で研究、開発、使用全てが禁止されているはずの技術だ。何故そんなものが、とは考えない。今はそんなことを考えても無駄だ。

 引き剥がそうにも機体そのものが変質していっているのか、黒に飲まれた左腕から反応はなく、どうしようもなかった。

 

 ふと視界に収まった織斑一夏の目には驚愕が映り、呆けた顔をして動きを停めていた。こんなときに不謹慎かもしれないが、その様を見てラウラは胸が少しスッとする。

 だから、一夏を無事な右腕で突き飛ばした。変質は白式にまでは作用していなかったらしく、押した力で簡単に離すことができた。

「退け、邪魔だ」

「なっ……!?」

 

 ラウラには本国(ドイツ)の不手際に教官(チフユ)の弟を巻き込むつもりもない。

 離れていく一夏は必死に手を伸ばしている。届くはずもなければ、届いたところで何が出来るわけでもないのに。自分を毛嫌いしていた相手でも、咄嗟に手を差し伸ばしてくる。

 ──あれが、織斑一夏か。

 そんな姿がラウラには少し眩しく見えた。

 

 

 

 

 そんな羨望らしき何かを直ぐに押し込め切り替え、半身を飲まれようという状況で思考する。ダメージレベルと自分の気持ちの(たかぶ)りから起こったであろうこの変化。

 最後には強制稼働とも聞こえた。ラウラには正式な稼働方法など知る由もないし、何が足りなかったのかはわからない。

 しかし、無理矢理起動したというのならば、自分も無茶を通せば止まる、はず。脳筋甚だしい方法だがラウラには他に思いつかなかった。耳鳴りは止まらない。というか力を求めるかという問いは繰り返し五月蝿いほど頭に響く。酷く煩わしい。

 ラウラは思う。力を求めるかも糞もあるかと。せっかく零落白夜を乗り越え、織斑一夏と決着をつけようとしたあの瞬間に邪魔しておいてなんだと。

 押し売りの如く勝手に強化しようとするVTシステムに、端的にイラッときた。包み隠さず言えば、要るか死ねとすら思った。

 肺一杯に空気を吸い込み叫ぶ、咆哮する。

 

「貴様なんぞから! 他人から施される力などいるものか! 停、まれぇぇぇ──ッ!」

 

 頭痛を無視するという荒業を成し遂げ、AIC発動。ラウラはどんな原理かも知らないVTシステムだ。だが目に見えて物理的に侵食してくるというなら、停められない道理はない。目に見える蠢く黒は停止結界に包まれ動きを停めた。

 しかし、レーゲンの中でナニかが蠢く感覚が消えていなかった。速度は落ちたもののジワジワと侵食しているとわかる。ラウラは歯を食い縛る。

 これではもうどうしようもない。もう気の持ちようといった話ではなかった。

 

 零落白夜を振りかぶり、自分を助けようとする一夏が見えてしまったから。一方的に嫌ってくる相手を迷わず助けようとする一夏。

 それがかつてどうしようもなく落ちこぼれ、ひねくれていた自分に手を差し伸ばしてくれた織斑千冬に重なって見えたから。

 

 ──ドイツで教官に言われたことがある。そのときはあの人の言葉なのに、珍しくあり得ないと思っていた。だから、朧気な記憶だが確かこう言っていた。

『ひとつ忠告しておくぞ。一夏(アイツ)に会うことがあれば、心を強く持て。油断すると惚れてしまうぞ?』

 ──悔しいが、これは駄目だろう。クラリッサ風に言えば、ときめいてしまった。

 嫌い、が鮮烈な好きに塗り替えられる。織斑一夏の強さに惚れてしまった。

 

「頼む、織斑一夏」

「頼まれた!」

 

 青が黒を斬り裂く。へばりつくように同化していたそれは砕け散り、半分近くが変質していたレーゲンも実体化の限界を迎える。

 崩れ落ちそうになるラウラは一夏に受け止められる。小一時間前のラウラなら落ちようが構わず、離せと怒鳴っていただろうが、今はそんな気にはもうなれなかった。

 

 試合終了のブザーが鳴り響いている。勝敗は問うまでもなく、ラウラたちの敗因はレーゲンの不正技術(VTシステム)。ラウラにはVTシステムの起動からアナウンスされるのが、些か遅かったように感じたが今は別のことが気になった。

 セシリアには後で謝らねばならないと思いながらも、己の身体を抱き上げる一夏へと問いかける。惚れた男にどうしても聞きたいことがあったのだ。

 

「お前は、どうしてそう強く在れる……?」

「強くって……そんなに俺は強くなんてないんだけどな」

 代表候補生たちと戦えば、まだまだ負けてばかり。そんなことを思い出す。でも、自分が強く見えるとしたら何故か考えた一夏は真っ直ぐラウラを見つめ返し言葉にする。

 

「強く見えるなら、そうだな。強くなろうとしてるから、強いのさ」

「……哲学だな」

「ははっ、俺は強さなんて心の在り方だと思ってるからな。それも間違ってはいないじゃないのか」

「そう、だな……これからは私も私の強さを、見つけたい、な……」

 

 薄れいく意識のなか、ようやく目指すべきものを見定められた気がしたラウラ。無意識にだろう、彼女の表情は柔らかな笑みを浮かべていた。

 

 なにせ惚れた男のお姫様抱っこが心地よかったから。ラウラ・ボーデヴィッヒはこの日乙女心を自覚した。

 

 

▽▽▽▽

 

 

 試合中止の放送をいれる直前だった。ラウラがAICでVTシステムの進行を止め、それに驚き動きの止まった者が数人。驚きもありながら唯一動けたのは千冬のみ。

 しかし、弟が動いたのを見た。確実性を問われれば、一夏があのとき失敗する可能性も無くはなかった。それでも千冬は、一夏の姉として、ラウラ・ボーデヴィッヒの元教官として、結末を見届けることにした。

 

 教師としては0点かもしれない。それでも、教師が介入するよりも、ラウラにとっては何かを得ることが出来た。

 そもそも一夏とラウラが初戦で当たるように口笛吹きながら抽選を弄ってた時点で教師としてはどうなのだ、という話は横に置いておく。

 

 そして結果論となるが起こった事態の割りに丸く収まったのも事実。

 観客席に若干のざわめきがあるものの、ほとんど何が起きたか把握していない様子だ。紙一重ではあったが、なんとかこのまま試合を続けられるだろうと千冬は判断する。

 ただし、こそこそと退席しようとしている輩を引っ捕らえ何かと吐かせる余計な仕事は出来てしまったのだが。安堵と喜びと面倒臭さと色々混ざった溜め息を隠すことなく吐き、他教員たちに指示を出す。

 

 ──取り敢えず尋問は他の教員に任せ、自分は試合の観戦を続けるか。次は……出路か。何故、山田くんは頭を抱えているのか。

 

 

▽▽▽▽

 

 

 試合が終わった。うん、終わったけど最後らへんにラウラの機体から泥みたいなの噴き出してなかったか? なんかそれが原因でラウラとセシリアさんは負けになったような、なんとも見てる側としてはスッキリしねぇ感じだった。

 シャルロットとセシリアさんも目を白黒させてた。当の本人たち、一夏とラウラは妙にやりきった感出してたけどな。まぁ、一言で言えば訳のわからん試合だった。

 

「ま、一夏たちが勝ってくれてよかったぜ」

「あぁ、これで決勝での約束を果たせるのだからな」

「おっと、箒さんいつになく強気だな。慢心してたら足元掬われんぞ?」

「慢心ではない。私には負けるつもりで挑む勝負はないだけだ」

「そりゃそうだ」

 

 席を立ち、軽く柔軟。

 トーナメント表上では今の試合といっちばん掛け離れたところに位置するんだが、まぁ男子のいる試合を先に消化してしまうらしい。防犯的なものか、お外から来る方々に配慮した注目度的なものか、理由は知らん。

 ただ、あーんまし無様は晒さない方がいいんだろうな。IS乗って半年未満の俺になにを期待してるんだかって話だがやれるだけやってやる。ヤらかせるだけヤらかしてやらぁ。

 

「気合いは十分なようだな」

「十二分なほどだぜ。分けてやろうか?」

「私の気合いが溢れるので遠慮しておこう。そちらの緊張こそ大丈夫か?」

「してねぇと言えば嘘だが、軽口が叩けりゃ上々」

「ふむ、ならば安心だ」

 

 相手は代表候補生がふたり。片方の機体が未完成とはいえ負けても仕方ない相手だろう、なんて言うかよバーカ! 実力差なんて承知のうえで勝つつもりだっての。知恵とか小汚ない手とか奇策とか不意をつくとか色々やってやる。綺麗に勝とうなんざ思っちゃいねぇ。捨て身アタックでもなんでもしてやる。

 

「ふっへっへ、やってやるぜ」

「……本当に大丈夫なのだな?」

「イエッス、任せろ! あ、ひとついいか?」

「なんだ?」

「俺が戦う方で気になることがあっても完全に無視決めてくれ。たぶん、それは相手も意識が逸れることだろうし、箒さんの意識がそこで逸れなきゃ絶好の機会になる」

「承知した。お前が窮地に陥ろうと私は気に止めずに全力で戦おう」

「なんかニュアンスが違うんだが……まぁ、いいか」

 

 中指につけた待機状態の打鉄を撫でる。この頃は既に付けてることに違和感もなくなった。時にはマジで死にかけたりしたこともあった。なんか2ヶ月ほどで俺の人生面白いことになってるな……いや、それは一旦置いといてだ。

 学園にとってはイベントでも、俺にとっては大舞台。打鉄、いっちょ噛ましてやろうぜ。

 

 

「うっわぁ、この前は爺臭かった思考が今度は青春丸出しになってら。ハッズいわぁ」

「お前は何を言っているのだ」

 




ここまで読んでくださった方に感謝を。
言い訳タイム、まとめれず長くなりましたごめなさい。

高速切替:武装の展開速度だけでなく場面に適した武装へと高速で切り替える技術。
AIC:停止結界、慣性停止とかいってるけど物理はだいたい停めちゃううっかりさん。
零落白夜:ライトセイバー、絶対IS落とすマン。

VTシステム:いつまでも求められないので、つい強制稼働しちゃったお茶目システム。空気読めない。
ラウラ・ボーデヴィッヒ:千冬大好き。弟もイケてると気づいた、姉弟に惚れた。部隊副隊長を割りと信じてる子。
織斑千冬:なんだかんだ身内に甘い。教師としては半人前、自覚はある。

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