F≠S 《インフィニット・ストラトス》   作:バンビーノ

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25.夏と心のオアシス

 4時過ぎ、日の出のちょい手前の夜中と早朝の境目。そんな時間帯に起床を余儀なくされた俺は荷物を抱えて、うつらうつらとしていた。

 

 多くの生徒が心待ちにしていたであろう臨海学校。それが今日から始まるのだ。普段なら海で水着でテンションがうなぎ登りってところなんだが、フツーに眠かった。タッグトーナメント明けの試験がヤバかったこともあって、夜の予習復習を本格的に再開してたんだが起床時間を考慮してなかった。

 学園をモノレールで出たあとには各々のクラス毎にバスに乗って出発。なんだが、意識がまだ覚醒しきってない。とても、眠い。さっきから途切れ途切れに意識が飛んでる。座席についてから当然のように二度寝。

 

 

 目覚めた頃には既にバスが海岸線を走っていた。どこだよ、ここ。

 

「お、ようやく起きたな」

「あとどんくらいで着く?」

「だいたい15分ってとこじゃないか? 着きしだい今日は自由行動だぞ」

 

 それにしても車内では海を見たクラスメイトの大半がテンションを上げている。海だー! って叫んだり窓に張りついたり、ある意味お約束的なところを踏襲しつつ楽しんでる様子。

 けどひとつ思うこととしては。

 

「海って学園でも見れるよな」

 

 なにせ学園は海に面している、というか海に囲まれている。なんなら今朝もモノレールから見た。ついでに言えば毎日見てる。

 

「お前……風情ないこと言うなよ。なんかあるだろ、こういう行事だから楽しいことって」

「それはわからんでもない。気持ちこっちの海の方が綺麗に見えるな」

 

 こういうのって中学の修学旅行以来か。懐かしさを感じるけどまだ一年もたってないんだよなぁ。その一年もたってない間に色々とありすぎただけで。音信不通(強制)のアイツらは今ごろなにやってんだろうか……バカやってそうだ。

 しかし思い出のなかのバカより今は目の前のバカを楽しもう、としたのだがレクリエーションの一環として一発ネタ振るのは止めろ。寝ときゃよかった。

 

 

 

 旅館に着いてからは女将さんに挨拶をして部屋割り。当然のように織斑センセたちの隣の部屋だった。理屈はわかる。万が一のハニトラとか、そもそも騒がしくなって旅館に迷惑にならないようにとかそういった配慮だろ。しかしハニトラ対策なら舐められたものだよな、俺がかかるわけ……わけ、なくもない。思春期の童貞舐めんな。

 ハニトラ対策の部屋割り、素晴らしいな! 織斑センセが微妙にジト目向けてる気がするけど知らん知らん。むしろ精子くらいいくらでもやるからハニトラ来てくれないものか……おっと織斑センセの目から殺気が。

 

 自室に荷物を置いたら着替えて海なわけだが、眩しいね。照りつける太陽に、それを反射する青い海と圧倒的肌色。

 

「学園に入学してよかったわ」

「ここでそんなこと言われても困るんだが……」

「男の子なんだから仕方ねぇだろ」

 

 学園の生徒はなんでか知らんが全員が全員美少女揃い。それが水着水着水着ぃ! テンション上がらねぇとかわけわからん!

 弾みたいなこと言うなぁ、とか呟く一夏だがこの状況で平然としてるお前の方が非一般的な青少年だからな。その弾って一夏の友人はなにも間違ってない。

 

「そんなもんなの──」

「一夏ァァァァァァ!」

「嫁ぇぇぇ!」

「おぶぁ!?」

 

 んな会話しつつ準備運動をしていると小型人型ミサイルが二発一夏に着弾した。鈴とラウラか。

 腹筋で受け止めることになった一夏がむせるもふたりは気にした様子もなくハシャぐ。楽しそうだな。

 

「一夏、遠泳しましょう! あそこのブイまで!」

「私もやるぞ!」

「あ、あのなぁ! 人の腹に突撃しといて言うことはないのか!」

「腹筋なかなか固いわね!」

「もう少し綺麗に受け止めて欲しかったところだな」

「違う! そうじゃない! ああチクショウ、行くぞ!」

 

 半ばヤケクソになった一夏が駆けていき、それを追うふたり。

 待ってくれ、こんなところに俺を置いていくな。クソッ、乗り遅れた……この環境って見てる分にはいいがひとりで放置されるにはつらいんだよ。誰かこの微妙な機敏を察してくれ、頼む。

 

「でっちー、ひとりで突っ立ってどうしたの~? ぼっちさんなの?」

「やめろ、布仏さんもとい、のほほんさん。あまり否定できないこと言って人の心抉るのよくない」

 

 近頃は慣れてきたクラスメイトでも水着でいられると話しかけにくいんだよ。なんでってそりゃ下心があること自覚してるからな。なまじ顔のいい奴しかいねぇし、心頭滅却しようにも煩悩の前に理性が滅却されてしまう。視覚的にはパラダイスでも心の居心地的にはキツい。はよ帰ってこい一夏。

 まぁ、そういう点では目の前ののほほんさんはありがたい。どこで買ったんだよとかツッコミたいところは多々あるものの全身を覆ったぬいぐるみ型の水着。これ水着なのか?

 

「水着だよ、なかにも着てるけど~」

「そうか……」

「アハハ~、ちょっと残念そうだねぇ」

「そんなことナイゾー。それでのほほんさんはどうした? 入学時といい俺をボッチにしない係なのか?」

「おぉ、惜しいかな。でも隙を狙ってサクッとヤっちゃう方が近いかも?」

 

 怖いわ。

 

「じゃああとで私たちとビーチバレーとかしよ~。あとでおりむーも誘ってさ」

「それはありがたい。そのときになったら誘ってくれ」

「ほいほ~い」

 

 のほほんさんを見送り、またひとり。誰かと話そうにも視線が胸元とか行きそうで、てかどうやっても行くから無理。鋼の精神とか持ち合わせていないのでそりゃあ見ちまうだろ。光に群がる害虫のように男の子の視線は胸元や尻とかに向かっちまうんだよ。

 ……なんで女って視線に敏感なんだろうか? ハイパーセンサーもかくやって精度なんだよな。

 こうなると割りと男の友人が恋しくなってくる。隣で肩をトントンと叩く一時期男子だった奴もいるけど今は女だし、連絡つかねぇアイツら元気にしてるだろうか。

 

「桐也さん、先ほどからシャルロットさんが肩を叩かれているのですが。とても頬を膨らませてますわよ?」

「知ってる。あざといよな」

「あざといとか止めてよ。鈍い桐也にわかりやすく態度で不服を示してるだけだよーだ」

 

 そうかそうか。態度でわかっても面倒そうなら気づいてないフリして無視するんだが黙っておこう。

 

「わたくしとも何故目を合わせないのでしょうか」

「どうせあれだよ、女の子の水着を直視できないとかだよ。桐也ってチキンだし」

「おう、待てやコラ」

 

 シャルロットの煽りに乗りふたりへと視線を向けて、そのままスルー。海が青いし太陽がオレンジに爛々と輝いてる! 青を基調としたセシリアさんとオレンジなシャルロットの二人揃ってのパレオとか見てない。なにがとは言わんが英語圏ヤバイな。

 

「ふふっ、そうでしたの。案外ウブですのね」

「でっちーがチキンかつウブと聞いて!」

「女の子の水着を直視できないとか聞いて!」

「どっから湧いたんだよチクショウ。ああ、やっぱり1組かよ! やめろー! 来んなぁ!」

「桐也桐也、水着似合ってるかな?」

「ここぞとばかりに視界に入ってくんな! 似合ってるから!」

「えっへっへ」

 

 声と反応は可愛いけど“にへらっ”と笑ってるシャルロットの顔は憎たらしい。チョップかますと頭を押さえて睨んでくるけど無視。

 綺麗どころの同年代女子に囲まれた状況は内心ちょっと嬉しいが、今後の俺の評判的にこのままだとマズいので集まってきたクラスメイトは散らす。パワー負けして集られた。ひとつ言えることは、ありがとうファウルカップ、グッジョブ。さすが最新鋭の技術で作られただけある。

 

 俺の下半身は気にしないでいいことを思い出したので遊び倒すことにした。しっかし、たまに視線が顔より下にいってしまうし、それに気づいたクラスメイトには当然からかわれる。一夏は呆れた視線を向けてくるし味方がいねぇ!

 

「シャルロット! お湯被ってシャルルになってきてくれ頼む!」

「私にそんな機能ないからね!? 恥ずかしさでテンパってるでしょ」

「うっせー!」

 

 思ったより俺の視線が理性より本能に従っちゃうんだよ! ハハッ、それをわかって寄ってくる奴らは痴女認定してやろうか。その前に俺がスケベ扱いされんだけど、それは割りと学園にいるときにも言われてたな。ラウラのときとか。

 

「スケベー」

「エッチー」

「ま、男の子だもんね……ぷふっ」

「…………」

「あっ、でっちーが逃げ出した!」

「追えー!」

 

 割りと言われてようが心に刺さるもんは刺さるんだよ。耐えきれずに逃げた。余裕で追いつかれましたがなにか? 基本的なスペック差を忘れてた。

 もう開き直った。でもやっぱりビーチバレーで揺れる胸とかビーチフラッグで尻とか色々大変だ。そのたびからかわれるし、シャルロットは“にへらっ”として茶化すし、全員(はた)いたろか。一夏ぁー! 姉に見惚れてないで助けろー!

 シスコン呼ばわりしたら追われた、解せぬ。

 

 

 

 そうして、さんざん遊び倒さ……遊び倒したはいいものの飲み物を忘れる失態。喉が乾いて仕方ないので面倒臭いものの旅館へと戻る最中。一夏たちには着いてこようかと尋ねられたが初めてのお使いでもあるまいし、あと数人から一夏を置いていけと視線で訴えられたため丁重に断った。

 そんな道中、前から麦わらを目深に被り自転車を押す男が見えた。

 一応ここらへんって学園が貸し切りにしてたから海まで行くと逮捕の危険性があるんだけどな。各国の金の卵揃いの美少女の水着盗撮とかしてみろ、色々な意味で終わる。

 注意する義理もないけど、敢えて放置する理由もない。なんとなく放っておけない感じもしたので声をかけようとしたとき、自転車ごと男が転けた。籠に積まれていた小物が盛大に撒き散らされる。

 

「ちょ、大丈夫か!?」

「いっててて。あーあー、変に転ぶから擦りむいちまった」

「……ん? えっ、なんで……は?」

 

 駆け寄ろうとして、止める。自転車の籠から落ちた物を拾いつつ顔を合わせない、ちょっと合わせれない。唾を飲んで震える喉を落ち着ける。

 広いながら横目に見た男は同年代、転げた拍子に落ちた麦わら帽子を今度は浅めに被り直した。お陰で顔がよく見える。見慣れた顔が、本当によく見えた。

 

「……なんでこんなとこにいるんだよ、()()()()

「イヒヒッ、水着美少女に囲まれて過ごしている()()()がいるって聞いてなぁ。一縷の望みに賭けて来てみた的な?」

 

 世界の茶の間に名前が知られてしまった俺だけど、でっちーなんて渾名で呼ぶ奴は学園のクラスメイトくらい──でっちなんて呼ぶ奴は昔ながらの友人だけだ。自己紹介のときにはでっちって言ったんだけどな、でっちーの方が浸透してたし言いやすいから気にしてなかった。

 お互いに落ちた物をもたつきながらゆっくりと拾って、楽しげに笑う男は口だけ達者に動かす。俺はちょっとマズい、泣きそう。

 

「なぁに呆けた顔してんだか。よっす、でっち元気してっか?」

「バァカ、なんで来ちゃってんだよ」

「イヒヒッ、どうせ寂しがってんだろうと思ってな。泣きそうになってんじゃん」

「うっせぇ誰が寂しがり屋だよ」

 

 重要人保護プログラムだかなんだかでさぁ、別れの挨拶もなしに家族とも友人とも会えなくなって、携帯も繋がらないわの会いに行こうにも遠いし元の住所に住んでるかもわかんねぇし。もう会える可能性はないって薄々察してたのに、本当に馬鹿だよな。

 二度と会えないと思ってた友人(たっつん)に会えばそりゃ泣きそうにもなるだろバーカバーカ。別にさっきまで女子にいいようにされてたから余計に泣きそうとかそういうわけじゃない、断じてない。

 

 散らばった荷物を拾うのにもたつくのは、名残惜しさから。けど時間をかけすぎてもどうせ誰かが様子を見に来てしまう。

 

「みーちゃんとかキレてたぜ? なんででっちがIS学園入ってるんよーって。いつかウチがその座から落としたるって伝言」

「なんつー理不尽、相変わらず怖ぇな。やれるもんならやってみろって伝えとけ」

「もう会わないってタカ括って大きく出たなぁ。さすがでっちだぜ」

「うっせ、それでなんでここにいるんだよ」

「夏期休暇にカッコつけて隣街でバイトしてるんだよ。そいで今日は休日だからサイクリング。しかし会えちゃったなぁ、出来れば美少女との出会いがよかったのになぁ」

 

 冗談めかして言うが洒落になってねぇんだよ。

 

「会ったのが学園の生徒なら通報されてんぞ。俺はひたすらからかわれた」

「うひゃー、やっぱ女って怖いな。俺もバイト先の先輩がさぁ──」

 

 なんでもないような話をして笑う。心底楽しくて仕方ねぇ。ただ俺の両親がどこ行ったかはやっぱり知らないらしい。まぁ、あの人たちはどこでもやっていけるだろ。

 こっちの近状はなんとかやっているし、一夏も悪い奴じゃないからなんだかんだで楽しいと伝える。美少女に囲まれてハーレムじゃんいいじゃん羨ましいとか言ってこないあたり何かを察してくれているらしい。

 

「そっちは変わりなく過ごせてるのか?」

「まーなぁ、お前に繋がるものがゴツいSPっぽいオッサンに結構回収されちまったくらいかねぇ。あ、そのときにみーちゃんは割りと抵抗したらしくて」

「念のために聞くけどみーちゃん大丈夫だったのか?」

「モチロン、痴漢容疑でSPっぽいオッサンが捕まりかけただけで済んだらしい」

「チッ、捕まればよかったのに」

「お前らふたりが口論しつつ仲良くできてた理由がよくわかるなぁ」

 

 なにしみじみしてるのか。てか口論になるのはアイツが事あるごとに人のことを単純だの馬鹿だの言ってくるからだっての。考えるだけ無駄とか何度言われたか。考えても答えがでないことが多いのは事実だけどムカつくものはムカつくのだ。

 

「なんでもねー。まぁ、連絡手段とか交換したいけどなぁ。色々と怖いから止めとくか」

「そりゃそうだ……っと、拾い終わったな」

「……だな」

 

 最後に拾った缶ケースを投げ渡す。たっつんは片手で受け取って投げ返してきた。なんでだよ。

 いぶかしむ俺にイヒヒッと笑うたっつん。訳わかんねーと思ってると、時間をかけすぎた。後ろから足音が、わざと聞こえるようにしたかのような足音が響いてきた。

 

「おい、ここはIS学園が貸し切っている場所でそいつは学園の生徒だ。なんの用で立ち入ったか話してもらおうか」

 

 よりにもよって織斑センセがおいでなすった。なんで一夏じゃないんだよ、ハプニングに優しさが足りねぇよ。たっつんも口元がやべぇって連呼している。ついでに目は任せたと言っていた。丸投げかよ。

 

「なんか物騒っすよ織斑センセ」

「だろうなバカ者が」

 

 ツカツカと距離を詰めてきたパーカーの襟首を掴まれて引き寄せられる。耳元で織斑センセが小声で早口に、しかし耳によく通るように話してきた。

 

()()()()私の見逃せるギリギリなんだ。あと少しでも進んでビーチから、生徒たちから見えるところにでも行ってみろ。問答無用で捕まえるしかなくなっていたぞ──でコイツはなんだ」

 最後の一言以外一息に言い切り襟首を離される。今は体裁上、図書館にいかなくてもわかるフレンズだよと言うわけにもいかない。ちなみに察すのが得意なフレンズだ。

 

「あぁ……はい、どうにも迷ったみたいでこっから先は学園が貸し切っているから引き返した方がいいって話してたんすよ。そんでちょっと歳が近いから話し込んでしまいました」

「そーなんですよ、教えてくれてありがとな! その缶ケースはお礼代わりに取っといてくれ!」

 

 さすがマイフレンズ、小声の会話は聞こえてなかっただろうに、早々に空気を読んで口裏を合わせてくれる。あとは冷や汗をかいてなきゃもっとイケてたと思うぜ。

 

「じゃあ、またどっかで会えるといいな!」

「まったくだ……もう迷うなよ!」

「肝に命じとくさ! またな!」

 

 さっきまでのもたつきはどこへやら、颯爽と自転車にまたがって去っていくアイツに手を振って別れを告げる。

 

 で、久しぶりの友人との再会を噛み締めたいところだが、隣に立つ織斑センセがそれを許してくれない。いや、既に色々と許してもらったんだが。

 

「アイツ見逃しちゃってよかったんですか? ここだって一応旅館への道ですよ」

「なんの話かわからんな……まぁ、そうだな」

 

 らしくもなく発する言葉を探している様子の織斑センセに首を傾げざるをえない。やがて当たり障りのいい言葉を探すのは面倒だと言わんばかりにため息ひとつ。

 

「ハァ……お前は一夏に比べても急に無くなったものが多いことはわかっているつもりだ。これくらいならバチも当たらないだろう」

「ありがとうございます」

「だが世の中は都合がいい方へ転がることの方が少ないとは覚えておけよ、青二才」

「うぃっす」

 

 もしここに他の生徒がいたら、もしここで何処かの輩が覗き見していたら、もしここでやって来たのが織斑センセじゃあなかったら。見逃してもらえなかったかもしれないってことだろう。もう少し意味を含んでそうだったが俺に察せるのはここで限界。なんにせよ感謝するだけだ。

 

「あとは目尻をぬぐっておけよ。またアイツたちにからかわれるぞ?」

「泣いてねぇっす。いや、ホントに」

「フッ、そうか」

 

 織斑センセと旅館に戻り、本来の目的の財布を回収。ついでに缶ケースを開ければ、お守りが入っていた。厄除けと学業……なんとなく煽られてる気がするのは気のせいじゃないな。学業とやけに重たい厄除けのお守りは鞄へ仕舞っておく。学園に帰ったら制服のポケットか鞄にでも入れておこう。

 

 そんなことをしている間に部屋の戸が開かれた。誰かと振り向けば一夏。

 

「桐也、まだかー?」

「一夏遅いわ! 来るならもうちょっと早く来いよ!」

「なんで俺が言われてんだよ!?」

 そのあと戻ってからはからかわれようが気に止めずからかい返すくらいになった。なんとなく調子がよくなった気がする。

 

「きー! でっちーのくせにー!」

「フハハハッ! 負け犬の遠吠えなんぞ聞こえんなぁ!」

「ファウルカップ入れてるくせにー!」

「やめっ、ヤメロォ!」

 

 まぁ、勝てないんですけどね?

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

「ねぇ、かの天災、篠ノ之束が理解できないものってなにか知っているかしら?」

 

 トレーニングを終えて自室へと向かう途中、廊下の壁にもたれ掛かった上司に絡まれた。ウザイ。

 

「藪から棒になんだ。そんなものは知らん。存在しないものを尋ねて私の反応を楽しむつもりなら付き合う気はないぞ」

「付き合うだなんて、私は身体の関係だけでいいのよ?」

「おい、止めろ近付くな止まれ離れろ!」

 

 蠱惑的な笑みを浮かべ近づいてくる上司を蹴り飛ばす。この場にヒステリー持ちの同僚がいればまた五月蝿く騒いでいただろうが、蹴り飛ばされた上司は肩を竦めるだけ。なんなんだコイツは気持ち悪い。なんで私はコイツの部下なんだ。

 

「連れないわねぇ。あ、話が逸れちゃったわね」

「篠ノ之束にわからないものだったか……あぁ、そうだ。ISコアのブラックボックスか」

 

 ISが開発されてから未だ世界はコアの構造を解き明かせずにいる。お陰でコアを製作可能なのは篠ノ之束のみ。だが製作者本人ですらコアの一部は理解の及ばないブラックボックスと化している、らしい。あの世界から追われようと飄々としている狂人の言をどこまで信じていいのかわからないがな。

 

 まぁ、しかし。これで上司の求めていた解答を済ませただろう。さっさと出ていけという念を込めて視線を顔へと向ければ、何故かクツクツと笑っていた。なんだコイツ気色悪いな。

 

「私は彼女が理解できていないのは人の感情じゃないかと考えているのよ。理解というより共感ができないから、その感情が芽生える根本がわからないというべきかしら?」

 

 曰く、統計的に人的環境や物的環境、その他もろもろを合わせた状況で人がどのような感情を発露するかということならば篠ノ之束にもわかるだろうと言う。しかし、それはあくまでも推察であり本当の理解かは怪しく、絶対的に共感ではない。人外じみた計算を元に思考は読めても、常人がなんとなくで察する心はわからない。それが篠ノ之束。

 

「なんてね」

「たしかにそうかもしれない。そうでなければ何の準備もなくISを披露したりしない。篠ノ之束の感性で凄いと感じるものを常人が一目で凄いとわかるわけがない」

「ない、ない、ない。否定尽くしね」

 

 ──まぁ、それに関してはわざとじゃないかしら。

 そう小さく呟かれた言葉は私の耳にも届いたが意味がわからない。問うつもりもない。早く本題に戻って話を終わらせてほしい。

 

「それで篠ノ之束が人の感情や心がわからないとして、だからなんだ?」

「ISのブラックボックスがまさにそこなんじゃないかと思って。ほら、ISコアには意識のようなものがあるって言われてるじゃない?

 当然、私たち常人にだって心は理解しきれないものだけど、感情だけは理屈抜きに篠ノ之束よりわかっていることよ」

「話が見えないぞ。篠ノ之束が心を理解できず、コアの心に当たるところも理解できないとしてだ。それがなんだ、それで何が出来る」

「彼女にとってのブラックボックス、実は私たちにとってはそうでもないのかもしれないって考えたわけ」

 

 楽しげに指先をくるくる回して講釈垂れる目の前の上司。そういえば元軍人だったか。なにか教える立場にあったときのくせかもしれんが、私としては長話になるほどダレるのでさっさと結論を言ってほしい。

 

「もう、急かすわねぇ。つまり、人の精神に対する働きかけとしてマインドコントロールや洗脳ってあるでしょ。

 だから──ISの心の動きに指向性くらい持たせられないかしらと思ったのよ。出来ちゃったわ」

「意識に指向性をか、相手が機械なのが吉と出るか凶と出るかはわからんが出来なくはないのか……? おい待て、最後になんと言った?」

「出来ちゃったわ。取り敢えず街ひとつを落としてみるように大雑把なものだけど、出来ちゃったわ」

 

 てへぺろ、とか言ってる目の前の上司に開いた口が塞がらない。三回も言うな鬱陶しい。なにが私たち常人だ、コイツも十二分に狂人じゃないか。

 どうやって実行したか、どの機体を使ったかとか、まだ話続けていたがもう聞く気力もない。

 享楽主義のコイツの興味を惹いた憐れな奴に少しの同情を向けるだけだった。

 

 あぁ、早く姉さんに会いたい。




ここまで読んでくださった方に感謝を。

・にへらっ:笑みなのに相手に苛立ちを贈る不思議な笑顔。
・フレンズ:すごーい、前ぶれなく出てくるフレンズなんだね。みーちゃん詳細不明。
・でっち:何故か学園で呼ぶ人間がいない。本人もでっちーの方が言いやすいと思ってる。
・篠ノ之束:人間台風、天災。ただしラブ&ピースをモットーに不殺を貫く平和主義者、ではない。

・上司:間違いなく享楽主義のレズ。
・同僚:間違いなくヒス持ちのレズ。
・部下:間違いなく歪んでるシスコン。

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