F≠S 《インフィニット・ストラトス》   作:バンビーノ

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27.九天の境界線

 修学旅行の朝とか無意味に早く目覚めてしまうものだが、例に漏れず早朝の起床。隣を見れば一夏も起きていた。互いに浴衣からラフな格好に着替えて部屋を出る。

 外廊下を歩けば夏の頭とはいえ、まだ涼しい時間帯。朝飯までの時間を潰しがてらに散歩にでも出ようかということになったのだが一夏が足を止めた。

 

「どうした一夏、部屋に忘れ物でもしたか?」

「そういうわけじゃない、んだけどだな……あれが気になって」

 

 そう言って指差した方へと視界を移せば庭先に、なんて言えばいいんだろうな。一夏が言い淀んだのもわかる。金属製っぽいウサミミ、としか呼べないものが生えてた。横には“抜いてください”と書かれたプレート付き。旅館の庭には似合わない一品が違和感と存在感をありありと伝えてきていた。

 ふむ、これを見て一夏は戸惑っていたわけだ。押すなと言われれば押したくなる、しかし抜けと言われれば抜きたくなくなるそんな気持ちプライスレス。

 

「よし、散歩に行こうぜ」

「いやでも、あれを放っておくと録なことにならない気がするんだよなぁ……」

「誰がやったかわかるのか?」

「確証はないけど、たぶん……でも抜いたら抜いたで厄介なことになりそうで困るんだ」

「じゃあ仕方ねぇ、任せろ」

 

 一夏が判断に迷い、埒が明かない。このままでは時間が無駄なので俺がつっかけを履いて庭に降りる。そして迷いなく引き抜いた。ウサミミを放置して、“抜いてください”と書かれたプレートをスポンッと一息に軽快に。それをウサミミの横に置いて廊下に戻る。

 抜いてくださいと書かれたものはしっかりと抜いて要望に応えた。のできっと推定一夏の知り合いも文句なかろう。

 

「桐也は一休さんか……」

「誰がハゲだ」

「坊主をハゲって言うなよ」

「ハゲと坊主の髪隠し? 惨めたらしい髪の毛だね、今日からお前はハゲだよ」

「その映画と全国の坊主に謝れ」

 

 そんな雑談をしながら浜辺までの道を往復した頃には時刻的に朝食前。ほどよく時間が経過したようだった。旅館の塀の向こうが庭というところまで帰ってきていたそのとき。塀の向こう側が騒がしい。

 

『な、なんでちーちゃんが抜いてるの!? 早起きないっくんが迷いながらもなんだかんだ引き抜くはずだったのに……ってプレートだけ引き抜かれてるし!』

『騒がしいぞ束、大人しく帰れ』

『おおっと、そうはいかないよ! 可愛い妹にプレゼントを渡すまでは──あっぶな!? 躊躇いなく殴りに来たね! 一時退却ぅ!』

 

 なんか着弾音のあとに拳が空を裂く音と、織斑センセと誰かの会話。一夏がなんとも言えない顔して庭と真逆の方へと視線を向けている。

 

 対して俺は、いったいなんなんだと塀の方へ向き直ったそのタイミングで視界が藍色九割ちょっと、ピンク一割弱に占領された。

 藍色は少しなびいたあと落ちてきて、目の前には一人の女性がいた。つまり紫はスカートの裏地でピンクがパンツということだな。眼福眼福。

 

 一瞬呆けた顔をしたあとに赤みがさし、俺の鳩尾に拳が刺さった。照れ隠しにしては殺意の高い一撃に思わず膝をついてえずく。あっぶねぇ、飯のあとだったら間違いなく吐いていた。

 

「た、束さん!?」

「やぁやぁ、いっくんお久しぶりだね!」

 

 人のことを殴っておきながら微塵も気にせず無視とはイイ性格してやがる。てかピンクパンツと一夏は知り合い、どころではなくてその名前ってあれか。箒さんの姉のISの生みの親か。たしかに教科書で見たことあるような顔してるな。パンツに気を取られてすぐに気づけなかった。

 パンツ>IS開発者。なんにだって越えられない壁はあるし仕方ねぇ。

 

 パッと見て一夏との再会を満面の笑顔で喜んでる様子の篠ノ之博士(博士号なし)。勝手にパンツ見せといて殴った俺はアウトオブ眼中。これが箒さんのマイペースさの源泉か、いや親じゃないから厳密には違うんだろうけど。

 それは置いておくとしても頭がいい奴はどこかおかしいって言うし気にすることでもないか。IS作り出すほどの天才ならかなりおかしくても納得がいく。おかしい人間が皆天才とは限らないのがキズ。

 

 こっちを気にしつつ話している一夏は篠ノ之博士の勢いに押されて引け腰になってる。こちらに視線を送られたが気づかわれたのかヘルプを出されたのか判断に迷う。

 

「よっこらせっと」

 

 取り敢えず起き上がりながら、気にするなという意味を込めて手を振るっておく。

 

 しかし、世界から追われてる人間が目の前にいると言われても実感が湧かない。正直どうでもいい。認識としては教科書に載ってる人間、もしくは友人の姉程度。

 すぐそこに専用機持ちがウジャウジャいるので、俺の通報で捕らえられるかもしれない。そうすることで世界の科学は飛躍的に進歩するかもしれない。

 

 でもそのうえで篠ノ之博士を逃がしちゃった場合には俺が目をつけられるじゃん? そんな面倒事はノーセンキュー、世界の進歩より俺の保身を重視しますっての。

 

 なにより織斑センセと会話してたっぽいしセンセが対処しているはず。なら俺は腹も減ったのでさっさと旅館に戻るだけだ。

 

 一応、一夏へと声をかけた。

 

「はぁ? 今は束さんがいっくんと話してるのに横から入ってくるなよ」

 

 かけたのだが何故か言葉の返球は篠ノ之博士から唐突に不機嫌という変化球で来た。求めてない求めてない。

 これが視線での不満の訴えなら気づかないフリして無視してたところ。だが、さすが天才。シャルロットと違って声に出してくる辺り面倒くさ、いや意思表示がハッキリしている。

 

 さて、それにしたってなんと答えればいいか。

 

「横が駄目なら正面からですかね」

「は?」

「すんません、なんでもないっす」

 

 考える前にいつもの癖で屁理屈こねたら絶対零度の視線を向けられた。駄目だ、完全に理系で理詰めなタイプだ。言葉でうやむやにしにくい相手って結構苦手だ。

 

 ──いや、この人の場合はそもそも俺とまともに意思疏通する気がなさげなので、理系とか関係ないのかもしない。ひたすらに面倒臭そうにしている。コミュニケーション下手なのか、他人に干渉されたくない極度のマイペースか、はたまた別物か。なんにせよここに長居する理由もないし早々に去るか。

 くるりと身体の向きを変えて一夏に一言。

 

「そんなわけで俺は先に帰ってるわ」

「あ、あぁ。束さんがごめんな?」

「全く気にしてねぇよ」

 

 天才って変人が多いし、と口に出さなかった俺グッジョブ。天才ならぬ天災と呼ばれる相手にそんなこと言ってみろ、どうなるかわかったもんじゃねぇー。

 早くどっか行けオーラをバシバシ飛ばしてくるし、今回ばかりは着信拒否せず素直に受信して早々に立ち去ろう。去るというか旅館に帰るわけだが似たようなもんだ。

 

 

 結局、一夏が戻ってきたのは朝食の時刻ギリギリだった。

 

「ふぅ……」

「おっかれさん、なに話してたんだ?」

「この頃どう? みたいなことを根掘り葉掘り聞かれたし、ちょっと白式のデータを見られた……あと箒が誕生日だしプレゼント持ってきたからまたあとでとか」

 

 ん? あとでとか色々気になるものの、なにより引っ掛かったワードがあるぞ。誕生日だと? 箒さんが?

 

「あれ、言ってなかったか?」

「聞いてねぇよ、お前なんで言わねぇんだよ。なんも用意できてねぇ……!」

「し、知らなかったことを知らなかったんだ。すまん」

「まぁ今さらどうしようもねぇし仕方ないか」

 

 またなんか適当に考えておくとしよう。

 しかし篠ノ之博士がここに来たって他の生徒からしたらビッグニュースなんだろうな。だが俺にとっては知らない芸能人にあっちゃったくらいのもの。IS開発者、凄いんだろうけどなぁ。俺は別に興味ねぇし。

 

「そういや篠ノ之博士がIS作ったのって中学生くらいだっけか?」

「あー、それくらいだったな」

「つまり、世界は未だに中学生の頭脳に追い付けていないと……世界頭よっわ」

「なんて手酷い解釈するんだよ」

 

 

 

「で、あの人はまた来るのか?」

「来るらしい……はぁ、千冬姉に伝えとかないとな」

 

 その後、一夏から話を聞いた織斑センセはとても頭が痛そうにしていた。

 

 

▽▽▽▽

 

 

 今日は臨海学校で演習日。専用機持ちは一般生徒とは別に行動するわけだが何故か箒さんがいた。

 

「何故私はここに呼ばれたのだ?」

「俺に聞かれても……ちふ、織斑先生なんでなんです?」

「……もう来るだろう。少し待」

「ちぃぃぃぃぃちゃぁぁぁんっ!」

 

 織斑センセの言葉を遮って土煙を巻き上げやってきた。今朝がた聞いたばかりの声。誰だと他の生徒はドヨめくと跳躍したその影。

 織斑センセへ一直線に襲来、センセは見事な回し蹴りで歓迎。カエルが潰されたような奇声を上げつつ箒さんの方へと飛び、箒さんは熱烈な背面回し蹴りで迎えた。姉じゃなかったっけか。サッカーボールのような扱いじゃん。

 

「ふぺぇ!? ちーちゃんと箒ちゃんの愛が痛い!」

「さっさと用件を済ませて帰れ、お前がここにいるだけで面倒事が舞い込んできそうだ」

「ひどっ! いーもんいーもん、今日は箒ちゃんへのプレゼントを持ってきたんだし!」

「私への……ああ、昨日電話でなにか言ってましたね。夕食中でしたので聞き流してました」

「えぇ!? すっごいの用意したんだから! ええい、聞くより見ちゃえ、刮目せよ!」

 

 篠ノ之博士が両手を大きく広げ空を仰ぐ。つられて空を見上げると飛来、というより落下してきた菱形の金属物が地面に突き立った。バシュッと排気されなかから現れたのは──紅蓮のIS。

 

 

「これがぁ! 箒ちゃんへのプレゼントォ! 第四世代ISの、紅椿(あかつばき)だァァァッ!」

 

 

 第四世代。唐突に投げ込まれたその四文字に場の空気がざわついた。やけにテンションの高い篠ノ之博士とため息を吐く織斑センセだけが浮いて見える。

 

 各国が持ちうる叡智を振り絞って造り上げた、単一仕様能力に代わる特殊兵器を搭載したIS、それが第三世代と呼ばれている。それだって未だに安定して量産されるレベルには達してやいない。

 第三世代は試験機なんてザラだからこそ、未だに戦闘における用途の多様化に重きを置いた第二世代が最も多く実戦配備されているのが現状だ。

 

 そこに第四世代。しかも妹の誕生日だからお姉ちゃん張り切っちゃった的なノリで持って来られたとなれば、加えて言うならば持ってきたのがIS開発者である篠ノ之束となれば騒然ともなる。特にISに詳しい奴ほど尚更に。

 

 俺と一夏は知識で覚えてるだけでどれだけ凄いのか具体的にはわからない。なので取り敢えず驚いた反応だけしてる。視線で『これってすごいんだよな?』『世代が上だし凄いだろ、たぶん』みたいなやり取りはしてない。断じてしてなかった。

 そして、そんなプレゼントを貰った箒さんはといえばだ。

 

「どうだいどうだい、箒ちゃん! 私からのプレゼントだよ!」

「先ほど、姉さん凄いプレゼントと仰ったので期待していましたが」

「うんうん! 予想以上だったかな!」

「これはどこが食べられるのでしょうか?」

「チクショー! 箒ちゃんの食い気が予想以上だったよ! 食べれないよ!

 露骨に残念そうな顔しないでほしいんだけど……ほ、ほら最新鋭でイケイケな機体だよ? 展開装甲っていって──」

 

 かなり興味なさげだった。篠ノ之博士が第四世代について説明して周りが驚愕するも箒さんは頭上に疑問符が浮かぶのみ。

 

「すみません、専門用語が多くてわけがわかりません」

「なんで!? ちーちゃんに習ってるでしょ!?」

「束、篠ノ之のIS基礎は赤点ギリギリだぞ」

「私の妹が思ってたよりもISに興味がなくてショッキング!」

「年がら年中脳内ショッキングピンクな姉さんよりはマシかと」

「ヒューッ! ちーちゃん並みに言うよねぇ!」

 

 なんか楽しそうだよなぁ。一夏と俺は暇になってあの指の本数が5になったら消える、名前がわからん指遊びで暇を潰す。専用機持ちからなにしてるんだって顔で見られるも仕方ないだろ。

 お前らは諸事情もろもろ込みで関心あるのかも知れんが俺たちは興味ないし。

 セシリアさんなんかは失礼になると視線で訴えてくるも、そこは大丈夫なんじゃねぇかなぁって。篠ノ之博士ってさっきから微塵も周囲の人間に焦点合わせてねぇもん。シャルロットはそこらへんに鋭いせいか微妙な面持ちでこちらを見ている。注意したいけどする意味もないような、とか考えてそう。あ、負けた。

 

「使用目的に沿ったパッケージ換装を必要としない、自動支援装備と変幻自在の展開装甲を持ち、高速機動もこなすのが紅椿。わかった?」

「なんとなく、うっすらと、僅かながらに」

「かなり簡単に言ったはずなのなぁ」

 

 つまり万能機と。どれだけ凄いかはさっぱりだが凄いということはわかった。専用機持ちにこの会話が聞こえる範囲内にいた生徒の顔が驚愕に染まっているからな。

 

「やり過ぎるなと言ったはずだが……はぁ、もういい。篠ノ之はソイツに紅椿の使い方を聞け。他の者は各自の訓練に入れ!」

 

 そんな織斑センセの指示を聞いてもチラチラと篠ノ之姉妹を気にする生徒がいた。そのなかには羨望や嫉妬のようなものが混じっているように感じた。しかしタッグマッチ戦で箒さんは実力を示したわけで、声を大にしての不満は聞こえなかった。

 

 俺はそれら全部含めて特に気にならないので早々に離れて打鉄を装着。なにしろ俺も簡単に専用機貰った身だからな。

 

「うおっ、なんだその打鉄?」

 

 一緒に篠ノ之姉妹から離れていた一夏が打鉄を見て驚く。

 それもそのはず。この臨海学校で訓練するために事前に打鉄にはパッケージ換装を行ったのだ。浮游盾を取っ払って大型の翼スラスターが二対。わかりやすいくらいに高速機動パッケージだな。

 大型翼スラスターはV字を少し広げたようなフォルムをしており、打鉄の半分ほどの全長。それが背面寄り、肩甲骨あたりに付いている。

 

「どやぁ、これが俺の一式装備(パッケージ)。その名も飛燕(ひえん)だ」

「くっそぉ、形体変化とかカッコいいよなぁ。正直ちょっと羨ましいぞ」

「わかる、カッケェよな」

 

 まぁ、これは増設スラスターとパッケージ、その中間地点らしいんだがそのあたりは難しくてよくわからんかった。浮游盾を完全に使用不能にしたわけじゃなくて、高速機動パッケージが駄目になったときにのみ打鉄が自動再展開してくれるとかなんとか。パッケージを駄目にするとか早々ないんだけどって笑いながら言われた。

 

 ──臨海学校の直前。実際に打鉄を整備してくれている人たちが来て説明してくれたのだが、そこらへん途中から聞き流してた。

『スカタン、話聞きいや』

 所長と自称する女の人にバレてケツ蹴られたけど、なんで見た目も素行もヤンキーっぽいのに所長なれてんだろうか……賢いからか。

 

「厳密には増設スラスター、なのか……? ま、早く飛べりゃなんでもいいか。よし、試しに飛んでみるから離れてくれ」

「了解、ここなら壁にぶつかる心配はないな」

「うっせ」

 

 何気に一夏の言ってることが図星。なので短く返すだけにしてスラスターを点火、いつもの感覚で──いつもの感覚でやってしまった。

 大型翼スラスターが唸り速力を跳ね上げる。瞬時に視界が引き伸ばされ機能が追い縋るように遅れて鮮明な視界へと復帰。しかし、みるみるうちに地面からは遠ざかり高度が笑えてくる勢いで上昇。

 

 機体制御を意地で取り戻そうと直線的な軌道を傾けて、傾きすぎて次は下に向かって急降下。ヤバい、じゃじゃ馬だ。いや俺が下手なのか? カッケェ名前の翼なのに使う俺がだっせー!

 いつものように逆噴射とかしたらたぶん反動がエグいことになりそうなのはわかる。なんとか急降下から機体を逸らして弧を描くように、結果的に円を描くように飛翔。少し離れた位置で紅椿を駆る箒さんがミサイルを切り落としてるのが見えたが、そんなこと気にしてる暇でもない。

 

『なんで空裂のレーザーも雨月のエネルギー刃も使わずに落としちゃうかなぁ!』

『射出型の武具は扱いなれてないので』

 

 打鉄がなにか会話を拾うも気にしてる暇ないんだっての。

 そのまま高速でぐるぐると回りつつ、どうしようかと悩んでいると通信が飛んできた。慌てた声の山田先生だ。

 

『出路くんっ!』

「あ、山田先生じゃないですか」

『あっ、あれ、落ち着いてますね? もしかして機体制御はなんとかなりましたか?』

「いえ、どうしようもなくて逆にってやつです。ウハハ、降りれねぇです」

『やっぱり駄目でした!?』

 

 やっぱりとかちょっと失礼だし予測してたなら事前に教えてほしかった。篠ノ之博士や第四世代IS参上に気を取られてたのはわかりますし、俺が知らない間に飛んじゃったんだろうけど。

 

 この後、山田先生の適格な指導のもとシールドエネルギー半分削った末に無事着水できた。落ちた訳じゃないから、着水できたから。ザッブーンなったけど、絶対防御は発動しなかったからセーフだろ。

 

「ただいま」

「おかえり、桐也が星になってしまったかと思ったわ」

「割りと冷や汗もんだった」

「まさかの壁のない弊害だな」

「全くだ。壁がないことが壁として立ち塞がりやがった……」

 

 まぁ、なんとか山田先生のおかげでちょっとは高速機動パッケージで飛べるようにはなった。速度は桁外れになるものの飛ぶっていうワンアクションだけだしな。複雑さはほとんどないから、まだなんとかなる。そのまま戦闘となるとまた難しそうだが……早々に高速機動パッケージを寄越してもらえてよかった。うし、再開するか。

 

 

▽▽▽▽

 

 

 出路桐也が水柱を何度か上げながらも飛行自体は比較的安定してきた頃。それを何人かの専用機持ちと一般生徒(主にクラスメイト)が生温かな視線で脇目に見ていた頃。

 

 場を離れていた山田真耶が千冬へと慌ただしく駆け寄る。普段のおっとりさは何処へやら、一見手話に見える暗号でのやり取りをしていくうちに千冬の表情が次第に険しくなり曇った。特命任務レベルAとだけ千冬の口が動いたことを目敏く読み取った者はどれだけいただろうか。

 

 どこからか小さな舌打ちが聞こえた、そんな風に誰かが思った直後に千冬が手を叩き全員の注目を集めた。

 

「全員注目! 現時刻より学園教員は特殊任務行動へ移り、それにともない本日のテスト稼働は中止。各自ISを片付け即刻旅館へと戻れ! 旅館では室内待機とし許可なく室外へ出たものは身柄を拘束する」

 

 ザワめく生徒と即座に指示に従い動き始める生徒。その差がなにを表すのかは置いておき、ザワめく生徒へは千冬が早く戻るように急かす。

 

 桐也が旅館に帰るか、クラスメイトのISを片付けることくらい手伝ってから戻るか悩みつつ歩を進めようとしたとき。

 

「専用機持ちは全員集まれ!」

 

 千冬からの召集がかかってしまった。露骨に嫌そうな顔をする桐也。偶然、近くにいたシャルロットがポンポンと肩を叩きつつ集合するよう促した。同じように事態が飲み込めておらず呆けている一夏を鈴とラウラが引っ張り専用機持ちが集まった。

 いや、新たに専用機持ちになったはずの篠ノ之箒がいないと千冬が周囲を見れば、足元に待機状態の紅椿が転がっていた。千冬のこめかみがひくついた。

 

 紅椿を放置して旅館へ戻ろうとしていた箒も襟首を掴まれ引きずられ、ようやく全員集合となった。

 

 

 

 

 そんな学園の面子を意識に入れることなくひとり上を向く彼女。篠ノ之束は、目を細め、まるで睨むかのようになにも見当たらない空を見据えていた。




ここまで読んでくださった方に感謝を。

・篠ノ之束:天才、通称天災。箒がマイペースを社交性で薄めたとしたらマイペース原液オンリーのような存在感。
・紅椿:アカツバキ、第四世代。めっちゃつおい。姉が妹に贈ったも食べ物の方がウケた模様。

・飛燕:高速機動パッケージ。やや特殊なものとなっており破損後には元の浮遊盾へ自動換装される。開発者曰く、やけに浮遊盾を壊す阿呆がいるのでどうせ壊すだろうとのこと。
・特命任務レベルA:ぶっちゃけ銀の福音さんのこと。

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