打鉄が銀の福音についてのデータを表示してくれている。
いつもより少ない情報量は隠匿されたものだからか。そんなものを多少なりとも検索できるISすげぇって感じだ。さすが科学の最先端、どんな物だってちょちょいのちょいってか。
ま、情報にざっと目を通すが目新しいものは無し。注意する点といえば、訓練用とは違う軍用といったところだろう。簡単にいうなら軍用ISはリミッターが外されている。シールドエネルギーの上限とか武装火力とか諸々。なので危険度は学内の試合とは雲泥の差。
──のはずなのだが、あまり緊張が湧かない。スペックが跳ね上がるとはいうものの、教科書で習っただけでわかるはずもない。知識としてあるだけで実感がないのだ。
いや、一度出力の高い奴とは戦ったことがある。クラス代表対抗戦のときの無人機だ。アイツは俺ひとりでなんとか撃退できた。
今回は一撃必殺を携えた一夏と、最新のISを纏う箒さんがいる。なら、もしかしてどうということもなく終わるんじゃねぇかな。そう考えてしまうのは慢心だろうか──慢心だったんだろうか。
「LaLa──La‼」
「んのっ、クソッ!」
眼前の銀の福音、鋼の翼は大きく広げられ鈍く輝きを増す。
体感して初めて沸き上がる底無しの恐怖──地獄の釜が口を開いた。
▽▽▽▽
銀の福音へのファーストアタック、それがラストアタックになればベストだったのだが、現実はままならない。
零落白夜での初撃がなんなく躱されてしまった。すかさず紅椿が雨月と空裂の二刀で斬撃を折り重ねるが、刃は翼の上を滑らせ逸らされた。
この時点でカタログスペック以上の戦力とエンカウントした一夏と箒さんはもちろん、後方の俺もまでが認識する。暴走とはなんだと問いたくなるほどの繊細な動きに戦慄するも遅い。既に火蓋は切られているのだ。
銀の福音が羽を振るいエネルギー弾幕を張るが紅椿が展開装甲を変形。スライドするように開かれた装甲の隙間よりスラスターが火を噴く。速度に乗った紅椿は弾幕ごと迂回するように接敵、袈裟斬りにするも急旋回した銀の福音を掠めるに終わる。
が、その先には白式が雪片弐型を青く輝かせ──先程よりも高密度の弾幕に襲われる。一夏は零落白夜の出力を上げて弾幕を霧散させ対応するも、足止めを喰らい接近できず。さらにシールドエネルギーがかなり削られたのは間違いない。
さすがに自分も動くべきかと考えるが、何が出来るというのか。今の状況で足手まといになれば、それこそ洒落にならない。
一夏は下手をすればあと一度の零落白夜が限界かもしれない。なら銀の福音の動きを一瞬でも止められる可能性として参戦するのはありか……?
──それでも、ふたりならどうにかなるんじゃないかって思った。ここ一番では爆発力を持つ一夏と堅牢にして豪胆な強さを保持する箒さんならと。
実際のところ、一夏が足止めをされたときに箒さんは銀の福音の動きを止めた。それは刀と翼で打ち合うという持続的なものではなかったが、一夏が体勢を立て直して斬りかかるには十二分な隙。
苦し紛れにバラ撒かれたエネルギー弾は白式を止めるには余りにも数が少なく──しかし、一夏を止めるには効果的過ぎるものだった。
エネルギー弾の射線の先には船があった。何故どうしてと問うには遅すぎ、状況は早すぎた。
飛燕で戦闘区域後方より加速、拡張領域のマシンガンを顕現し撃ち込む。当たらず、見向きもされず、間に合わない。
箒さんが払い除けるかのように銀の福音に刀を振るうが、嘲笑うかのようにいとも容易く躱される。
──密漁船を庇った一夏が爆炎に飲まれる。
ヤバい、落下する一夏は既に白式を纏っていない。
「一夏ぁ! 一夏、目を開け!」
海面に叩きつけられるよりも早く箒さんが受け止め声をかけるが、反応は返ってこない。
あんまりな事態に思考が鈍くなるが銀の福音は速度を緩めることはない。一夏を抱きかかえる箒さんへ鋼の翼を振るい、紅椿が腕部装甲で受ける。
刀はどうしたのか。あのままでは一夏はもちろん、箒さんも危ない。断片的にしか浮かび上がらない思考に叱咤をかけ、メイスを展開し銀の福音へ振り下ろす。
避けられたものの紅椿から引き離すことには成功。ここでようやく俺が障害として認識されたのか、新たな乱入者に対して距離を取り停止する銀の福音。不気味だがちょうどいい。
「刀が出なくなった……それに一夏が、重傷だ」
「
頼みの綱の紅椿はエネルギー切れ寸前、切り札の白式は既に消えており一夏も危険な状態。残ったのは予備戦力未満な俺。こりゃ一刻も早く皆で帰って一夏を治療すべきだろう。
けど、銀の福音が見逃してくれるか。いや、見逃してくれたとしてもそのあとがどうなるか。
旅館や市街地が戦闘区域になるのは明白。それにあんな範囲攻撃してくるなら流れ弾だけで大惨事が引き起こされる。
「出路桐也、一夏を連れて帰ってやってくれ。私は奴を落とす」
「ふっざけんな、エネルギー切れかけてんのはわかってんだよ。箒さんが持って帰れや」
「だが勝ち目はあるのか」
「勝算がないのはいつものことだっての……ほれ、やっこさんが止まってる間にさっさと行けって。今の一夏は一分一秒が惜しいだろうが。一並びで縁起がいいとか言ってらんねぇだろ」
「……すまない」
謝んなっての、俺がここで死ぬみたいだろ。
紅椿が限界を迎える前に戦線を離脱。銀の福音が追っていったら俺が追いつけるか不安だったが、微動だにしないな。
一度、もうかなり離れた紅椿へ意識を向け──眼前に銀の福音が肉迫。
「La──‼」
「──ッ!?」
テクノボイスの絶唱が開戦の合図。野郎、普通に俺を落としに来やがった!
翼の砲塔は全て俺に向けられ発光。吐き出されるのはエネルギー弾だが点としてではなく、線としてでもなく、面を越えた壁として撃ち込まれた。
視界前面が白に染まり、飛燕で
「ガハッ!?」
壁から逃れても銀の福音の領域から出れねぇ。メイスの石突きで手早く返すが僅かに下がられ当たることはない。
さっきから打鉄が警告を出してくれている。ターゲットにされたときや、接近されるとき。そもそも戦線離脱を促すようなものまで。今まで専用機持ちと戦ったときには表示させることのなかった警告が目白押し。それほどの差があるってことなんだろ。
翼を受け止めたメイスの柄がひしゃげる。パワーも段違いってか。軍用機かなんだが知らねぇが嫌になるな。条約はどうした、戦闘用とか造ってんじゃねぇぞ。
前言撤回して、もう投げ出して尻尾巻いて逃げてぇ。ぶっちゃけ超帰りてぇ。もう死にそうなこんなところごめんだ。
「けど、逃げらんねぇんだよなぁ」
今だけは後退の二文字を自分のなかの辞書から消す。弱音を圧し殺せ震えを押さえろ、カッケェ自分を思い浮かべろ。
守るものがあるから強くなる、なんてヒーローじみた都合のいいことは起きない。けど、守るものがあるから意地を通す。それくらいならヒーローじゃなくても出来んだよ!
「LaLa」
「ラァァァ!」
身を捩るように避けられた。詰めていた距離をなんなく離され、何度目かわからない弾幕が張られる。飛燕の最高速度は制御しきれず、押さえつつの回避行動。まだ比較的密度の薄い弾幕を瀬戸際で避けた先、銀の福音が翼を打ち付けてきた。
格ゲーでいうハメ技みたいになっている。パターンはわかっているのに手も足も出ねぇ。やけくそになってボタンを押しまくるけど意味はなくてゲームオーバー。この戦闘もそうなりそうな予感が確信に変わりつつある。詰みが近づいてくる速度が尋常じゃなく速い!
それにコイツの戦闘パターンとか癖とかさっぱりだからタッグマッチのときな小器用なことも出来やしねぇ。砕けた二本目のメイスも手離し盾を構える。重なる爆発を受け、みるみるうちに対エネルギー兵器用のコーティングがイカれる。
高速機動パッケージを使いこなせずに足を止めていることへ思わず舌打ちが漏れる。おかげで次から次へと被弾しては破壊される手持ちの武器。
無理矢理にでも動こうとしたが容易に追いつかれた。ついでに飛行操縦に意識が行ってたせいで防御が疎かになったところに一撃見舞われた。
左腕部の装甲が弾け飛んで、今は剥き出しの生身の左腕が曝されている。
『出路! 無事か!?』
生身が無事なだけよかったなんて、そんな場違いな考えがよぎったとき。織斑センセからの通信が入った。エネルギー弾の爆音と砕かれそうな盾の甲高い悲鳴が煩くて聞こえにくいったらありゃしねぇ。
「絶賛ピンチですね。てか一夏はどうなったんすか?」
『今は治療中だが一命は取り留めた! それよりも旅館付近まで後退しろ! そこまで来れば他の候補生も加勢出来る!』
退けと、健闘敵わず退いてしまえば周囲警戒を命じられた代表候補生も参戦できると。
そりゃありがたい。是非ともそうしたいね。
──手の届く距離まで詰めた銀の福音をイカれてしまった盾で殴りつける。逆に鋼の翼が盾と右腕を裂いてきた。慌てて引っ込めるが、チクショウ右腕部も
救援は願ってもないので、飛燕の操作を捨てて直線加速。銀の福音は苦なく追従してきやがった。
全開に近いってのに容易く並走されるのは、困ったな。バラ撒かれたエネルギー弾のうち数発が俺と打鉄を捉え爆発、背面からも何故か衝撃。爆発に揉みくちゃにされながら海面に叩きつけられた。
「飛燕でも逃げれそうにねぇ。ってかヤバいな、これ」
両肩に何故か見慣れた浮遊盾が見える──つまり、さっきの背面爆発は飛燕まで壊れたってことか。
拡張領域の武装の残りは対エネルギー兵器用のコーティング無しの盾が二枚に、まともに当たらないマシンガンだけ。そもそも腕部装甲が破壊されてる時点で、まともに武器も扱えない。貧弱すぎて自爆特攻も満足に出来やしねぇ。ごねてでもグレネード持ってきてりゃな、いや当たんねぇか。
海上で待ち構えている銀の福音も俺を見失ったわけじゃない。こちらを向いて出方を窺っているだけ。奇襲でも警戒しているのか暴走しているくせに慎重なことこのうえない。
考えても考えても打開策もなにもない。意地を通した結果がこれってのは我ながら情けねぇ。これが最期ってのは嫌だよなぁ。
銀の福音がゆっくりと降りてきている。仮初めの膠着状態の終わりも近い。今さら白旗振っても駄目だよな。そもそもなかの人の意識もなさげだし、泣きわめいても意味はない。
『……状況は』
「両腕部装甲全壊、高速機動パッケージ損傷により使用不可。武装もだいたい無くなりましたっての」
シールドエネルギーは数発喰らったら落ちる程度。逃げの一手を取ろうにも簡単に追いつかれちまう。気が触れそうなほどに詰んでる。実際、涙が止まらんし。海中じゃなきゃ織斑センセにもバレるとこだった。泣き虫って言われちまう。我ながらだっせぇことこのうえねぇな。
「戦闘記録、というかリンチ記録みたいなもんですけど送っときますね」
『そんなものはどうでもいい』
「カーッ、頑張ったんすけど、どうでもいいって手厳しいっすねぇ」
通信は銀の福音に傍受されているのか。以前学園に来た無人機のうち一機はそんなことしてたらしいが……もしも傍受されているなら助けを求めた瞬間にアウトか。してなくても間に合わないだろうけどな。
抜け道もなさげで、いよいよ駄目そうだ。
『そういうことではない!』
「……わーってますよ。でも、どうしようもねぇんですって」
足りない頭を総動員しても全く光明が見えやしない。ゲームなら迷わずリセットして旅館まで戻っている。
諦めた、なんて言えるほど達観してねぇ。目眩か涙か視界はボヤけてるし、叫びだしたい。銀の福音が怖くて我慢しているだけ。未練は、かなりあるに決まってる。
『今から、何分持ちこたえられる』
「エネルギーシールドがですねぇ、だいぶん、ね?」
救援を送ってくれるにしても、高速機動パッケージを換装している専用機持ちもいなかった。今から換装して、もしくは通常機体のままここに向かっても……まぁ、結果はわかりきってる。
なーんでもっと早くに……って言いたい。八つ当たりでも言いたい。けど篠ノ之束にあれだけ言われたくせに、参加するか否かの最終判断をしたのは俺だ。
なによりも、曲げたくない信条だったから。シャルロットのときもそれに従って決めた。誰でなく俺が納得したことを覆したくない。
ここでその信条を曲げてしまったら、あの人たちを貶めてしまうような気がして、それだけは絶対に嫌だ。
『──!』
画面の向こうでなにか言ってる。聞く余裕が無くなってきた。耳には届いても、意味を咀嚼できない。
──まぁ、未練だらけなのも本当だ。学園でだって友人が出来た。たっつんとまた会いたかった。みーちゃんは、会いたくなくても宣言は曲げないだろう。
それに、父さんと母さん。あの人たちになにも返せなかった。このままじゃ親不孝者になっちまう。
自分の判断を後悔しなくても、しないと言い張っても、でも──
「……死にたく、……ねぇ、なぁ」
『──ッ! 待ってい』
圧し殺したはずの弱音が溢れた。それに織斑センセが答えてくれた。
──銀の福音はそれを増援要請と見なしたのか、急速に俺への距離を縮めた。
翼の砲塔が周囲の海水を沸騰させながら光の弾丸を込める。逃げようとするが腕を捕まれる。咄嗟に通信を切った。最期を他人に押しつけたくなかった、最後のしょうもない意地。
閃光と衝撃、痛い。腕を振り払おうとするが力負けしている。閃光と衝撃、意識が遠退く。約束を守れそうにない、また怒られるな。閃光と衝撃、警告音がけたたましいのに画面は真っ暗。
「……ったいに……し、な」
──もう、なにも見えなかった。
▽▽▽▽
無人機の撃退やタッグトーナメントの優勝、それらから出路もやるようになってきていると思った。一癖も二癖もあるアイツなら策を弄したうえで耐え凌げるかと、思ってしまっていた。
実際のところ、篠ノ之が一夏を連れ帰るまでもっていた。だから、退くことくらいならばなんとか出来ると、無意識のうちにタカをくくってしまっていた。そうすれば、本国から命令を受けた専用機持ちも加われると。
──判断が甘かった。
ただ、出路は命懸けで時間を稼いでいただけだというのに。命令を無視させてでも専用機持ちを向かわせるべきだった。間に合わなくなるまで意地を通したアイツになにも出来なかった。
取り留めない後悔が流れるが、そんな考えを一度捨てる。言い方は悪いが、そんな暇はなかった。
現在、銀の福音はこの旅館から数十km地点で活動休止状態に入った。
あれは暴走しているにしては嫌に慎重だ。恐らくこの先にも障害があると判断し、僅かにであれ破損したパーツを自己修復しているのだろう。そのおかげで時間が取れているというのは皮肉か。
それにだ。出路の打鉄からの反応が途絶えてから専用機持ちへ、次々と銀の福音への積極的交戦許可が降りた。まるでこういう事態を待ち望んでいたかのような手のひら返しだ。
事実、待っていたのだろう。今、出路桐也を見つけ救出すれば大きな借りを作ったことに出来る。そうでなくとも──例え、出路が亡くなったとしても、その原因である銀の福音を討ち取れば、それだけで大きな功績となる。胸糞の悪い話だが、国としては理にかなっている。本当に胸糞は悪いがな。
一夏もまだ目を覚まさない。篠ノ之は紅椿の回復を静かに待っている。
凰やオルコット、ボーデヴィッヒにデュノアは国や企業や軍の意図を理解し怒っていた。怒り方は様々だった。ただ、それを命じた相手だけでなく、享受した自分達にも怒っていた。
普段なら青いなと笑っていただろうが、さすがに今回ばかりは私もしでかした。
私は学園にいる間は守ると言ったはずなのにな。とんだ嘘吐きになってしまったものだ。
「お、織斑先生。諸外国から出路くんの捜索に協力要請が」
「全て断れ、海域及び空域の封鎖は絶対に解くな」
「はい。捜索は反応消失ポイントの海流から漂流地点を割り出して行います」
このタイミングで協力的になるということはなにをしようとしているか一目瞭然。出路の確保だろう。それだけはさせるわけにはいかない。例え生存が絶望的であっても──
▽▽▽▽
目を覚まして目に入った光景は異質なものだった。視界いっぱいに幾つもの歯車、それらが回っている。
よく見てみれば歯車同士は噛み合わずに砕け散り新たに歯車が産み出され、砕け産み出されの繰り返し。そんな奇々怪々な光景とは対称的に雰囲気は暗くなく、むしろ眩しいほどに白い。まるで定型のない世界だ。
──間違いなく夢だな。夢を認識できるのは白昼夢って言ったか、なかなかに珍しい体験。
座ったまま歯車を眺め続けても一向に合う様子もなく崩壊と再生の繰り返し。夢なのに眺めていて少し目が疲れ始めた、というか夢のくせしてやけに同じ風景が続く。
そう考えていると背中に温もりがあった。何かが当たったという感覚ではなく、いつの間にかそこにあった。いつからあったかもわからない、そんな自然な不自然さ。
ま、そんなこともあるだろ、夢だしな。恐らく背中合わせに俺を背もたれにしている誰か。俺の知り合いの誰かか。夢ならこう考えているうちにも対象は変化してしまいそうだな。
「んんー、ごめんなぁ。うちはお兄さんに
「あ、いねぇわ。確かにこんな喋り方する知り合いはいねぇ……どちらさん?」
「うちはせやねぇ……匿名希望の“
「ツッコミたいところだが夢の中だからなんでもいいわ」
この独特の話し方の相手はなんなんだろうか。俺が潜在的に望んでる個性がこれとかあんまり信じたくないんだが、きっと違う。
楽しげに身体を揺すってるのが背中越しに伝わる。なにがそんなに楽しいのか。俺の夢なのに俺にはさっぱりわからない。
「あぁ、せや。ちょち話し聞いてええかえ?」
「いいぞ」
「お兄さんには欲しいもんとかある?」
「金、権力、名声」
「即答なうえにメチャ俗物的やね……それはうちの力やとちょち厳しいなぁ。
「
「んー、あとから生まれた子に負けるんはなんか嬉しいような悲しいような、モヤッとするわぁ」
なんだ、こいつ神様の類いか。夢らしく設定が滅茶苦茶になってきたな。背中からクツクツと可笑しそうに笑うのが伝わってきた。さっきから楽しく可笑しく過ごせているようで何よりだ。そろそろ俺にとっても楽しい夢になってくれてもいいんだがな、相変わらず歯車しか映んねぇ。
「夢言うたら夢になるんかなぁ。お兄さんこっから出たら朧気にしか覚えてんやろうし。まぁ、でもうちにも聞いときたいことはあるんよ……んー、
「それがいい、俺は察しが悪いんだ」
「知っとるよぉ。いっつも人の内心を読もうと考え巡らせては思考を放棄しとるもんねぇ」
夢の中くらい俺に優しくてもいい気がするんだが、どうにも後ろの女は手厳しい。
「手厳しいのは堪忍やわぁ。一心同体なんやから、ついねぇ。可愛さ余ってってヤツよ」
「一心同体ね、夢だけにそうかもな……んで質問はどうしたんだよ」
「せやせや。お兄さん、力は欲しないかえ?」
「アバウトだな」
「せやけど意図は伝わってるやろ」
力か、力なぁ。そういえば、似たような質問をされたことがある。たしか、ラウラだったか。あのときは強さって話だったな。結局、自己の肯定が強さに繋がるって答えてた気がする。
それは今も変わっていねぇし、こんな俺でも曲げれねぇとこはある。
「強くはなりてぇよ」
「なら力が欲しいってことやないの?」
「力だけの強さは求めてねぇかな」
「ふぅん、難しいこと言うんやねぇ」
まだ相互理解が足りん言うことやろか。そんな呟きが耳に届く。ちょっと拗ねたような、残念そうな声音。
歯車の崩落が加速し、再生も加速する。珍しい体験だが輪にかけて奇妙な光景だ。
「ちょち、それはまだ、うちには解らん感情」
「成長すれば、そのうちわかんじゃねぇかな……っつても俺もまだまだガキだけど」
「そらぁ、違いないねぇ」
互いになにが楽しいのか笑う。自分でもわからねぇが、なんだか楽しいんだから仕方ねぇ。
「残念やけど、うちにはまだお兄さんに力貸せへんようやね」
「なんのことかさっぱりだが、適当になんとかするわ」
「適当やなくて、死ぬ気でどうにかしい」
「嫌に切羽詰まった言い方するな」
「嫌なほど詰みみたいな状況やったんや。まだあの子は近くで休憩しとる。手のかかる子や、お兄さんと似てな」
「誰が手のかかる子だ」
そんなことよりだ、俺って起きたらそんなヤバい状態なのかよ? てか寝る前ってどんな状況だったか思い出せないのは夢の弊害か。もしくは死にかけて記憶がトんでるとか……ハッハッハ、そんなわけねぇか。
「なくないんやけどなぁ……」
「え、なんだって?」
「なんもないえ? でも、軽度熱傷で済んだんは悪運が強いというか、うちがめっちゃ頑張ったというか、色々言いたいんやけどなぁ。思い出せんようやし止めとこーか」
「待ってくれ、なんの話だ」
夢にしたって訳がわからない。いや、夢みたいな荒唐無稽なわからないじゃねぇ。意識がハッキリしたうえで会話も成り立ったうえで、重要なところだけをはぐらかされてるような解らないだ。
背後のふうは質問には答えず独白のように続ける。
「翼だけは必死こいて治したさかい、また飛び回ろーな?」
「……んん?」
「ほらほら、約束や。指切りげんまん、嘘ついたら……ああん、背中合わせやとしにくいわぁ。もう指だけ切っとこか。ゆーびきった」
とぶって、もしかして飛ぶことなら、そんなこと出来るのは一人。いや人じゃねぇけど意思あるなら、ええい、なんて数えるのかわかんねぇけどお前ってまさか──!
「ほな、またいつか会えるとええね。でも元気にしといてぇな」
「図ったかのようなタイミングで終わんなっての……! あー、なんだ……ありがとう!」
白ずんだ世界が完全な白に変わる。眩しさに目を細める直前、かろうじて見えたのは少女の後ろ姿。ひらひらと軽く手を振っている。かけたい言葉も聞きたいことも山ほどあったんだが、世話になってる相手には礼だけでもいいか。
──なにがなんだかわからんが! もう一踏ん張りしてやらぁ!
なんかグッと拳を握りながら消えていった出路桐也を見送り、その場に残った少女はひとりごちる。
「うちの相棒さん、お礼やなんて水くさいわぁ。
……それで姉さんの方は、もうちょっとかかりそうかえ? そかそか。なら、うちらが時間稼いだるさかい
その意味がわかるものは誰もいなかった。が、少女には少し焦ったような姉の反応がわかったのか、クツクツとひとり笑うのであった。
ここまで読んでくださった方に感謝を。
ようやくオリ主を銀の福音で沈めることが出来ました。むしろ銀の福音とオリ主を同シーンで初めて書けました。
・銀の福音:鬼畜弾幕ゲー。
・意地:曲げれないもの。曲げないと死ぬときもある。
・弱音:まだ子供。
・定型のない世界:お互いの相互理解が足りない故の固まってない世界。よってセカンドなんちゃらは出来ない。
・え、なんだって?:鈍感系がよく言う台詞。マジで聞こえてないときもある。
・謎の少女ふう:Whoとかけられてる、なるほど面白くない。出路の一番近くにいるとか居ないとか。
・姉さん:こあなんばーいちとかしろきしとか関係ない。