F≠S 《インフィニット・ストラトス》   作:バンビーノ

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30.重見天日

 思考を鋭角に尖らせろ。広げるだけ収集がつかなくなるだけだ。視野を狭めろ、余計なものは捨ててしまえ。昔からよく言われてたじゃねぇか、バカなんだから単純に考えろって。その通りだよ、腹立たしいことに全くもってその通りだ。

 だから今はあれよこれよと何をやれるか考えるんじゃねぇ。これと決めたひとつをやり通すため動くだけだ。

 

 あとはいつもと同じだ。震え(ブルっ)ちまいそうな心はカッケェ俺を思い浮かべて心に焔を灯せよ。相棒の翼には炎を灯せよ。

 

 うっし、これで準備万端。真上で呑気に胎児みたく丸こまってるアイツにかましてやろうぜ!

 

 

 

 ──轟ッ! と飛沫を巻き上げ海面を突き抜ける。それは脚部から蹴破るように、そして銀の福音を蹴り飛ばすため。

 休止状態にあった銀の福音の反応は平時よりも遅く、ついでに完全に落としたはずの俺を見て僅かに動きが鈍った。処理が追いつかなかったのかなんなのか知らねぇが、お陰さまで打鉄の足底がやっこさんを捉えた。金属同士が激突する甲高くも重い音を響かせ二転三転して、銀の福音が弾かれる。

 

 それを肉眼では見届けることなく──飛燕での加速。向かう先は銀の福音? 冗談じゃねぇ、万全のポテンシャルで勝てねぇ相手に深追いするかってのバーカ!

 なんか修復がえらく早い気がするが直ってんのは高速パッケージの飛燕とエネルギーだけ。腕部は未だに生身のまんま。俺自身の火傷もそんまんまで正直かなり痛い。

 だから、むしろ真逆の真反対。銀の福音と対角に、旅館の方へと全力で空を駆けるんだよ。

 

 逃げるが勝ちってな! 戦術的生存的撤退ィ! そのためだけに思考を絞れ。最悪の第二ラウンドが始まったときの可能性なんざ考慮するな。どうせ録な答えも出ずにふたつの案が共倒れするだけだ。シンプルにひとつの回答のためだけに頭を使って体を動かせ。

 

 加速のため、例えるならクラッチを踏み込みギアを上げる、その極々僅かな停滞の時間。

 そこで銀の福音が打鉄の脚部をガギリと掴んだ。時間をコマ送りにしたような意識の中で、耳に届いたのは金属で金属を絞め殺すような音。装甲が砕け火花が散る様をスローモーションで視界が認識する。

 化け物じゃねぇか。性能差か、初速から打鉄への距離を詰めやがった。馬鹿みてぇな機動力を再認識して頬はヒクついちまう。

 

 ……脚部を掴まれたってことは銀の福音引き連れたままの高速飛行。今さら停止もできず、加速の最中に引き剥がせるわけもなく、逆に一方的に攻撃されて──。

 

 

▽▽▽▽

 

 

「で、出路くんの打鉄の反応見つかりました!」

 

 真耶が声を張り、室内の面子へ打鉄の発見を伝える。千冬が即座に何処かの確認を行う。

 既に出路桐也の打鉄から反応がロストして数時間。捕まった海流によっては領海から出ていることも覚悟していた。しかし、彼が見つかったのは遥かに予想外な地点。

 

「打鉄がロストした点から、ほとんど動いてません……つまり銀の福音と同地点です!」

「どうしてアイツはそんなところでも虚をつくのだ!? 専用機持ちをすぐに召集だ!」

 

 そんな旅館の一幕。

 専用機持ちたちは出路の無事に喜色を現したのも一瞬。

 

「すっ、既に銀の福音と交戦中でっ、ああ!? 脚を掴まれ──」

 

 また銀の福音と戦闘になってるうえにかなりピンチと聞いて、慌ただしくもスピーディーに出撃する専用機持ち組であった。

 

 

▽▽▽▽

 

 

 弾き飛ばしたはずのアドバンテージどこにいったんだよ。結局無駄な行動しちまってんじゃねぇか──なんて、後方へと置き去りにした銀の福音をハイパーセンサーで確認しながら内心で悪態をつく。

 

 火花を散らしていたはずの脚部は見る影もなく、淡い粒子を尾引くばかり。脚部装甲の解除によって、握撃を()()()()

 

 先程より少々長めに、またも静止した銀の福音。まるで予想もしなかった。いや予測していなかった事態に見舞われたとでも言いたげなその様を見て思わず、ヒクついていたはずの頬が“にへらっ”と動くのが自覚できた。

 

 ──桐也自身に自覚はなかった。その不意を突くのは十八番だと言わんばかりの、そのイタズラが成功した子供のような表情。その面持ちが“してやったり”と語っている、そんな面をしっかりと銀の福音は認識していた。

 

「La──‼」

 

 あるはずの脚部を失い、所在なさげとなった手のひらで虚空を握りしめた銀の福音が吼えた。それは絶叫のようであり絶唱のようであり、行動が無為に終わったことへの怒りか、俺への怒りかはわからなかった。

 

 銀の福音が握りしめた手の内から溢れるのは光の粒子のみ。脚部限定の解除によって拘束から逃げ仰せた。パージは基本だよなぁ! 掴まれたのが腕だったらどうしたか、なんて考えてねぇ。泣いたに決まってんだろ。けど効率的な銀の福音なら、より近い脚部を狙うって信じてたぜ。

 

 不意を突かれたお返しとばかりに正攻法で、単純なスペック差による速力にもの言わせた銀の福音。今度こそ瞬時にとまではいかなかったが、それでも追いついてきやがる。追従してくる銀の福音はバレルロールのように回転し、鎌を振りおろすように鋼の翼を振われる。防御はできねぇし停止しての回避はもってのほか。前を取られたら、もう抜けるわけがない。けどこのままじゃあ並走された瞬間に切り落とされる。

 

 ──なら今が飛燕の最高速度だろうが加速しかねぇよな。前に出ての回避しかあり得ねぇ。それにこれは打鉄の最高速度じゃねぇ。

 

 飛翔のためのエネルギーを微量無駄に排気する。銀の福音との距離は縮まり、排気されたエネルギーを取り込み再燃焼した飛燕が突き放す。

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「オ、オオオォォォ!」

 

 

 相手が軍用スペックのクソッタレ(ちょうはやい)ってなら、俺も高速パッケージ×瞬時加速(ちょうはやい)だ! ウハハハッ! 殺しきれねぇGがメッチャ重い! でもクッソ速ぇ!

 雲を引き裂き音も置き去り。最ッ高にイカれた速度に脳内麻薬の分泌が止まらねぇ。速力が落ちる前に重ねて瞬時加速ォ!

 今のコンディションは過去最低っていっても差し支えねぇのに最速で駆けていると確信できる。飛燕に換装してる今なら白式の加速力にも劣らねぇ、拮抗できる自信が湧いてくる。問題点は曲がれないってことだが緩やかな曲線を描くくらいは出来らぁな。

 

 あとは俺が旅館付近の海域へタッチダウン決めればいいだけ。もうクタクタなんだからそこまで行きゃあバトンタッチしても誰も怒んねぇだろ──背筋に悪寒。超高速飛行の最中、肉を鋼で打ち付けられ絶対防御発動。脇腹の衝撃が胃液をせり上げて臓物をシャッフル。込み上げたものは堪えずに吐き出す、オゲロッ。

 

「ガァッ──!?」

 

 俺は真下に叩きつけられた衝撃と前進していた慣性に従い、鋭角に海面に激突し水切りのように数バウンド。減速し反跳が終わって沈む(ドボン)

 打鉄が銀の福音の個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)の使用を伝えてくる。んだよ、その完全な上位互換っぽい技は。暴走してるくせに繊細で慎重で効率的な動きしやがって、腹立つゥ!

 

 

 空中に銀の福音、海中に打鉄(おれ)、まるでデジャヴの状況。しかし今回、先んじて動いたのは俺。それでもイニチアシブを取るのは銀の福音。

 

 飛沫を上げて飛び出す打鉄に余裕を持って対応される。ドンピシャのタイミングで鋼の翼で横一文字に横凪ぎ。もうエネルギー弾を放つほどでもないと最適化され効率的な、それでいて胆が冷えるほどに鋭い一撃。端からみたら惚れ惚れするだろうな。喰らう俺は肝が冷え冷えとするけどな。

 

 生身にだけは貰うわけにはいかねぇ。鋼で出来た装甲なら破砕されるだけで済むが肉はダメだ。絶対防御が発動してエネルギーが無くなる。

 砕けかけた脚部の装甲を盾に、成す統べなく切りつけられ打鉄の絶対防御が発動。脚部装甲で防御を行うことすら間に合わなかったしモロに喰らったァァァ! 反射的にかざした腕は生身、てんで防御にならねぇ。

 腕越しに肺が叩かれ歯を食い縛った口の端から空気が吐き出されながら大きく吹き飛ばされる。それでもバカの一つ覚え。再三にわたる打鉄の瞬時加速。吹き飛ばされた勢いを相乗して逃走を図る。が直ぐに加速は途絶えた。

 

 シールドエネルギーが果てる寸前ってか。やっぱりモロに貰っちまったのは痛かったか。物理的にも痛かったさ。腕がまだジンジンしてやがる。

 銀の福音は動いていない。ただ光を蓄積した翼を振るい放射する。高速飛行なんざ見る影もねぇ、浮遊したまま慣性で動く打鉄に、エネルギー弾で構成された光の壁が迫る。

 

 ──スラスター全開ならあと30秒もいらねぇってのに。あと少し、そんな距離まで来てるってのに、その少しが途方もなく遠い。

 

 慣性に従って緩やかに吹き飛んでいるだけの俺。成す術はもうなにもなかった。

 

 弾幕の明るさに思わず目を閉じ、脳裏に駆ける誰かの顔。走馬灯なんて冗談じゃねぇと頭を振るい、爆音が轟いた。重低音は身体を打ち抜いてくる。けど、爆破の衝撃も痛みもいつまで経ってもやってきやしねぇ。なにがあった?

 疑問に従い閉じてしまった目蓋を上げれば──()()()I()S()()()()()()()()噴煙が上がっていた。視線を動かせば、涙ながらに笑みを浮かべる友達の顔がそこにはあった。

 

「助けに来たよ、マイフレンド!」

「ったく、遅ぇよ……けど助かったぜ。サンキュ、マイフレンド」

 

 会ってないのはたった一日足らずのはずなのだが、何年ぶりになるかと錯覚しちまう懐かしさと頼もしさ。ブルリと背筋が震えた。感涙しちまいそうだ。

 

「生きてるよね、生きてるよね桐也!」

「このピンピンした俺が目に入らねぇの? 視力落ちたか?」

「ボロボロにしか見えないよ! 火傷してるし腕なんて腫れてるし、もう……でも、生きててくれて本当によかった。あんまりにも帰ってくるのが遅いから、迎えに来ちゃったよ」

「しつこい追っかけにあっちまってな、ちょっと追い払ってくれ」

 

 まぁ、むしろ目に涙溜めてたのはシャルロットだったし。冗談めかしたことを言ってるわりには目尻に水滴が見えてるし、あとで謝ることを善処しよう。でも今はそれどころじゃないんだよ。なにせ、銀の福音が増援を認識してエネルギー弾を撃とうとしている。

 銀の福音が翼を振るうより速く、紫電を撒き散らし飛来した砲弾が炸裂。ラウラのレールカノンか。見事に銀の福音を捉え動きを制する。

 

 稼いだ時間でラウラが寄ってくる。

 

「シャルロット! 再会を喜ぶのはいいが、奴を倒してからだ!」

「わ、わかってるよラウラ!」

「桐也は、よく生き延びた」

「ハハッ、まぁ後任は任せたぜラウラ少佐殿?」

 

 任せるけどごめん、こんだけやっといて銀の福音がピンピンしててなんかごめん。

 なにしろ俺は逃げるだけだったからな! 銀の福音のシールドエネルギーはほとんど削れてねぇぜ!

 

「おっしゃ! 俺ひとりじゃ歯が立たなかったが覚悟しやがれテメェこの野郎銀の福音! 俺の友達は強ぇぞ!」

「あんためちゃくちゃ他力本願よね! でもッ! その通り、よっ!」

 

 鈴の叫びと共に龍咆が吼える。換装装備“崩山”による炎熱を伴った衝撃波。不可視の衝撃波を辛うじて可視とする代償に火力を底上げしたそれは、やはり当たらずに終わった。けど、無駄撃ちされたわけではなく銀の福音の軌道を制限し動きを止める。

 

 そこへ叩き込まれるのは四本の蒼き光線(レーザー)。誰が撃ち込んだかなんて確認するまでもない、セシリアさんのブルーティアーズ。縦横無尽に撃たれるレーザーは更に銀の福音の行動の選択肢を狭めていた。

 

「シャルロットさんは桐也さんを守っていてください。今度こそ、無事お帰りになられるよう援護しますわ」

「俺も手伝うぜ?」

「足手まとい未満はお下がりくださいます?」

「辛、辣ゥ!」

 

 事実なんだがな。残り一桁手前のシールドエネルギーの心許なさったらねぇよ。一度の瞬時加速だって出来やしない。

 

「これでも怒って、いえ心配してますのよ? 懐かしい台詞を言っている暇があるなら早く下がりなさいな」

「一応なんだが銃火器が一丁残ってたんだが──素手だからいつもよりブレるだろうけど」

「味方から背中を撃たれる趣味はありませんので大人しくしてなさい」

「オーケー、わかった下がるよ。あと、心配かけてすまんかった」

「とりあえずは良しとしてさしあげますわ」

 

 実はおこだったセシリアさんから、ではなく戦線から離脱に入る。とは言うものの銀の福音はオールレンジの範囲攻撃を得意とする。故に中途半端に下がっても弾幕密度が多少薄くなる程度。

 シールド一枚貰えりゃ適当に下がっとくんだがな。

 

「駄目だよ。高揚してて感覚が鈍ってるだろうけどボロボロなんだから。一発でも被弾したら堕ちちゃうよ」

「っても優秀なシャルロットを俺の護衛だけに裂いてちゃ駄目だろ」

 

 素直に守られているのがいいのはわかってんだけど、それでも相手はあの銀の福音。戦力がいるにこしたことはねぇだろう。

 

「ならば、私が落としてやろう」

 

 そんな葛藤を箒さんが振り斬る(not誤字)。雨月と空裂を携え、どこか見覚えのあるシニカルな笑みを浮かべる。

 

「お前の不安もあの銀の福音も、全て私が斬り伏せてやる。それとも、一度は敗走した私では不安は拭えないか?」

「俺がなんて答えるかわかりきってて聞いてるだろ……なら、俺が逃げるための時間を稼いでくれるか?」

「逃げなどと言うな、凱旋の先取りだ」

「ハハッ、箒さんが勝ってくれるならそうなるな。じゃ、任せた」

「委細承知。あの翼、今度こそ斬り落としてやろう」

 

 ああ、この笑みは織斑センセに似てんだ。カッケェよ、やっぱり俺が女なら惚れてた。だが男だ。

 

 空を縮めた紅椿の刀が銀の福音へと喰らいつく。それを阻もうとする鋼の翼に刃が食い込み火花を散らす。力任せに弾かるが、その様子を遠目に見ているシャルロットが言葉を漏らす。

 

「第四世代紅椿、改めてみると凄いね。展開装甲が目まぐるしく変わってる。速力重視のためにスラスターを展開したと思った矢先には、近接特化仕様に防御主体にって次々と換装されてる……」

「高速切替が十八番のシャルロットがいうならそうなんだろうな」

「うん。乗ってる本人が強いってのも大きいと思うけど、それでもかな」

 

 軍用として膨大なエネルギーを保有する銀の福音に対して、訓練機のスペックの専用機組は短距離走のようにハイペースで詰めていく。ただし、いくらテンポが早いとはいえ雑なわけではない。1に対して10の労力で無理に早めるのではなく、10を1で終わらせる効率的な加速。必要時に出し惜しみなく使っているだけのことだ。

 

 紅椿は展開装甲に合わせ、先の戦いでは見せなかったエネルギー刃やレーザーも使用しエネルギー弾幕を相殺している。ブルーティアーズも縦横無尽にレーザーを張り、動きの制限と弾幕相殺を兼ねている。

 

「鈴はよくあのなかで銀の福音に突っ込んでいけるよな」

「エネルギー弾を他の人が払ってくれるからこそだろうけど、あれは度胸がないと無理だね」

 

 機動力を削がれた銀の福音の懐に潜り込んだ甲龍が双天牙月を振るい、更に徐々に動ける先を狭めていく。おい、新パッケージの崩山はどうしたと突っ込みたくなるが、想定外の方へ逃がさないよう要所で撃ち込まれている。避けられることを前提に、しかし逃げる方向を誘導している。

 

 そうして狩人が獲物を追いたてるよう、追い込んだ先にはシュヴァルツェア・レーゲン。眼帯を外し越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)を露にしたラウラがAICを張り巡らせていた。

 エネルギー兵器は止められずとも銀の福音は別。相性の悪い武装は別の面子が処理し、タイマンならば屈指の強さを誇る停止結界に捕らえた。

 

 あとは作業だった。直接触れれば停止結界に巻き込まれるのでエネルギー兵器を中心に集中砲火。いくら桁外れのシールドエネルギーとはいえ、一方的に放たれては成す術があるはずもなく。紅椿の光刃が鋼の翼を切り裂き、銀の福音は海へと落ちていった。

 

 それらを目視可能な距離にいた俺は一息つく。

 

「終わったな」

「うん。暴走体じゃなかったらこうもいかなかっただろうけどね。でも、私がいなくてもなんとかなったでしょ?」

「ああ、退避しきる暇すらないとは恐れ入ったっての。さすが代表候補生」

 

 いくらシャルロットが流れ弾に注意しつつ退っていたとはいえだ。まだ目視できるんだぞ。

 

 

 ──《CAUTION! CAUTION!》

 

 

「はっ?」

 

 打鉄が勝手に解放回線(オープンチャネル)でアラートを鳴らしたことに虚を突かれ驚いた。そんで、次になにに対して警告を発しているのか。それを疑問に感じたときには光の翼を生やした銀の福音が天を舞っていた。

 

「え、なんだあれ、変身とかすんの?」

第二次移行(セカンドシフト)だよ! けど、どうして!?」

 

 このやり取りのうちに一番近接で戦っていた鈴が()()()()()()()()。包み込むように、球体状に丸々機体ごと全方位の光の握撃。音もなく甲龍が落ちていく。現実を疑うほど呆気なく、強者(ひとり)が欠ける。

 

 エネルギー弾単発で相当の威力だった。それを束ねたような光の翼の攻撃力は想像を絶していた。

 そして、それに意識を取られたのは仕方のないこととはいえ、銀の福音の速さが頭から抜け落ちていた。瞬時加速もかくや、だが予備動作なしで遠方でライフルを構えていたセシリアさんを──いつの間に近づいた──飲み込み、また落ちる。

 

 ラウラが背後からAICで捕らえようとするが、第一次移行体とは比にならない、全方位へ放たれた空を埋め尽くす弾幕に吹き飛ばされた。それだけの弾幕が一機だけの被害で終わらせるはずもなく、紅椿やこちらまでウン百の凶弾が襲い掛かってきた。

 シャルロットがシールドで防ぐが対エネルギー兵器のコーティングが今にもイカれそうな音が連なる。一回防いだだけでひとつのシールドが廃棄物になるとはふざけてるとしか思えねぇ威力だ。

 

「ハァ、ハァッ……無事?」

「こっちのことは気にしなくていいぞ。んな暇もねぇだろうし」

 

 箒さんは、なんとかまだ飛んでる。ただ一戦目の燃費の悪さを鑑みるにそろそろマズい。この面子を単騎で打倒とか嘘だろ……それは、反則だろ。

 

「万策尽きたってか、クッソ」

「ううん。絶対に守るから。桐也がひとりで耐えてたんだよ? なら私だって、任せて安心しててよ、ね?」

「……別に不安になんざ思ってねぇよ」

 

 やっだ、イケメンばっかじゃねぇか。だっせー、恥ずかしいったらありゃしねぇ。残り一桁に差し掛かったシールドエネルギーが憎たらしい。

 戦うのは怖えけど、こういうときに守られるだけってのは、やっぱり嫌なものだ。恥ずかしいってのもあるけど、それも結構あるんだけど、でも仲間としてというか友達としてな?

 

「桐也、シャルロット。私が斬り込む……可能な限りあの弾幕を落としてもらえるか?」

「うん、箒に当たるのは落としてみせるから、真っ直ぐに進んで!」

 

 光翼の一撃を寸でで躱した紅椿がこちらへ来る、のも一瞬だけだった。

 一言のやり取りを交わし直ぐに銀の福音へ再接近。途中放たれたエネルギー弾はシャルロットの弾丸が先を取って爆破、それを突っ切った紅椿が光翼と斬り結ぶ。

 細心の注意を払って撃ち込んだ俺の弾丸は明後日の方向、隙あらば紅椿を飲もうとする光翼にシャルロットが要所で牽制。薄氷のうえに立つかのような危うい均衡状態に陥った。あれ、俺いらないな。

 

「返すための一手が足りない……ッ!」

 

 歯噛みするシャルロットの気持ちはわかる。薄氷と比喩したものの、その薄氷自体も溶け始めているのは明白なんだ。箒さんやシャルロットは落とされても怪我しちまうかもしれないが、保護機能で死ぬことはないだろう。ただ、俺がカスッただけで打鉄が消えちまうだけで。

 

 危惧していた限界は足早に訪れる。

 

 当然ではあった。さっきから短距離走を駆け抜けるような戦闘だったんだ。紅椿の刀が一本消え、光翼に薙がれ吹き飛ぶ。

 追い討ちをかけるかと思ったが、銀の福音はこちらに向かってきた。シャルロットが俺を庇いつつ逃げようとする暇もなかった。高速機動パッケージでもないラファールでは速力に彼我の差があった。

 

 そこに割り込めるのはこの場に一機のみ。離れていたはずの紅椿が銀の福音を羽交い締めに引き剥がし、瞬時に優先順位を変えた光翼が反転し紅椿を飲み込む。球体状に包み込み大きく膨張した光翼が収縮を始める。

 

「マズ──ッ!」

 

 ここで箒さんが落ちるのは本気で不味い……ッ! 戦力的にもだが、具現維持限界寸前だった紅椿があれを喰らったらどうなるか。火を見るより明らかじゃねぇか!

 シャルロットが高速切替、引き金を引くよりも銀の福音が早くどてっ腹を蹴り吹き飛ばす。蹴られながらも投げ渡してきた銃を受け取り撃つが数発程度じゃビクともしねぇ! 光の圧搾が限界へと達しようとしたとき──

 

「箒ィィィ!」

 

 ここ数ヵ月で聞き慣れた声が耳に届いた。

 

 蒼白の光刃が白銀の壁を切り裂く。光翼から解放された紅椿を左腕で抱き寄せ、まるで白馬の王子様じゃねぇか。髪止めが焼けてしまったのか、その長い髪を風に靡かせる箒さんはさながらお転婆姫。

 

「遅いぞ一夏ァ!」

「悪い! けど間に合っただろ!」

「ヒーローよろしくギリギリすぎんだよ!」

 

 悪態のような言葉を交わしながら、安堵し今度こそ涙腺が緩む。目元を一度だけ腕で擦って一夏を見据える。

 全身の火傷は見当たらず、雪片弐型を握ったその姿は、元の白式から大きく変わっていた。そっか、一夏もセカンドシフトしたのか。カッケェなぁ畜生。

 

「ここからは俺の仲間は誰一人としてやらせはしねぇ!」

「いち、か……? 一夏ッ! 傷はどうしたのだ!?」

「お、おおう、大丈夫だ。箒も無事でよかった。それとな、ちょうどよかった。誕生日おめでとう」

 

 珍しくも慌てふためく箒さんへ、一夏がどこからともなく取り出したリボンを手渡した。ロマンチック過ぎて邪魔するのが悪いんだがな。

 

「オッラァァァァ!」

「せやぁッ!」

 

 白式へと迫った銀の福音へ打鉄とラファールが蹴りをかます。シールドエネルギー残り5ォ! こんなときにいい雰囲気かましてんじゃねぇよ!

 

「ちょうどよくねぇよ一夏! さきに銀の福音倒せ! おらさっさと行けや!」

「おいやめっ、蹴るな! シールドエネルギーが減っちゃうから!」

 

 白式の振り払うような動作、左腕の爪が打鉄を引っ掻いた。ビィーという嫌な音、目が点になる俺と一夏、フッと消える打鉄。

 

「アア、アッアァァァァい!? 落ちぃぃぃッ!?」

「と、桐也ぁ!?」

 

 浮力から見放され重力に引き寄せられようになった俺をシャルロットが受け止めた。

 

「す、すまん! そこまでギリギリだったとは!」

「もういいからさっさと行けや! ちゃっちゃと倒して帰るぞチクショウ!」

「あ、ああ!」

 

 無駄な行程が些か多すぎたように感じるが、やっと一夏が銀の福音へと斬りかかった。

 

 箒さんはポケーとリボンを眺め、微笑をたたえ胸に寄せ、そしてそのリボンで髪を結う。惚れた相手が今まさに死闘を繰り広げてるけどそんな悠長にしてていいのかよ。さっきはペース崩したとか思ったけど一瞬だけだった。

 

 白式と銀の福音の戦闘はわかりやすいものだった。光刃と光翼がぶつかり合い、刃が翼を喰らう。圧倒的破壊力を秘めた翼を理不尽なまでの絶対を有する剣が切り裂く。近接は不利と悟った銀の福音が距離を取ろうとするが白式の左腕から放たれた一条の光の矢が翼を穿つ。

 完全に流れを掴んでいるのは一夏で、焦りを浮かべているのもまた一夏だった。

 

「あの左腕、荷電粒子砲だよ」

「燃費は?」

「機体に直接ついてるから、たぶん悪いかな」

「焦ってるのはそのせいか……」

 

 零落白夜に光翼を一度掻き消された銀の福音だが消されるのは翼全てではない。消失しなかった翼でもって一夏に牙を向く。反射的に雪片弐型で受けようとする一夏だが振り切った刀を戻す動作は間に合うはずもなく、光翼は胴を薙ぐ間際。

 銀の福音がピンボールのように弾かれていった。黄金色の光に包まれた紅椿の蹴りが砲弾の如し速さで炸裂していた。具現維持限界を迎える寸前だったはずでは? そんな疑問は黄金色に輝く紅椿を見て喉元で止まった。

 

 ──単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)、絢爛舞踏。

 エネルギー切れを起こしたはずの打鉄がモニターだけを起動させ、観測と解析と分析で目まぐるしく更新される画面。働きすぎだろと内心呟くが画面に写された結果に目を見張る。それはISの競技において、いや実戦を含めて、ずば抜けた能力であった。

 

「箒、それは……?」

「気にするな。今はやつを倒すぞ」

 

 紅椿が白式に触れると同じ黄金色に包まれた。エネルギーが尽きていたはずの白式が携える雪片弐型から弾けるように光刃が噴き出す。

 ──絢爛舞踏、その効果はシールドエネルギーの回復。零落白夜という絶対的必殺に相対するかのような擬似的無限。

 

 弾かれ距離を取った銀の福音が幸いとばかりに一斉射撃による掃射を行う。空を白銀に染めるエネルギー弾は、更に蒼き輝きをもった刃に塗り替えられる。展開装甲を解放し速力に転換した紅椿が刀を投擲する。砲弾かと言わんばかりのそれを弾いた銀の福音の目前には雪片弐型を振り上げた白式。

 

「これで、終わりだァァァ!」

 

 縦一文字。ビシリと銀の福音の兜に皹が入り、砕け散った。続くように翼が消失しアーマーを失う。ISスーツだけとなった操縦者の女性が露となった。

 

 あとは重力に従って落ちるよな。海面激突(ドボーンッ)手前で慌てたシャルロットが再びキャッチした。

 

 なんにせよ、ようやくこのIS暴走事件に終止符が打たれたのであったとさ。

 

「あー、疲れたぁ。ってか全身がクソ痛ぇ……」

「桐也、苛つくのはわかるけど操縦者さんを小さく蹴るのはやめなよ」

「ハッハッハ、そうだなこの人も被害者だろうしな」

 

 だが断る。てめぇの国のせいでこっちは散々な目に、邪魔すんなシャルロット!

 




ここまで読んでくださった方に感謝を。
初めて銀の福音との戦いを書いて、なんとなくエタる作品が多い理由がわかった気がしました。

にへらっ:無意識。
高速パッケージ×瞬時加速:はやいものとはやいものあわせるとちょうはやい。

助けに来たよ!:普通立場が逆。もちろんお姫様抱っこ、丁重に扱う。
遅れてやってくる:ヒーロー、でも遅い。速さが足りない。けどカッコいい。

第二次移行:白式雪羅。スラスターが四つに、鉤爪ついた左腕から荷電粒子砲ビュンビュン。燃費倍ドン。
操縦者さん:起きたとき脛が少し痛い。

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