F≠S 《インフィニット・ストラトス》   作:バンビーノ

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32.夏休み一幕

 陽射しは牙を剥く。サンサンと照りつけるのではなくギラギラと焼きつける。

 

 なんてことはない夏休み、帰省とか旅行とかでいつもより少しばかりガランとした校舎。一夏は倉持技研に行っちまったし遊ぶ相手もおらず暇だ。シャルロットたちの買い物の誘いを受けときゃよかったかもしれん。でも買うもの選ぶまでが長いんだよなぁ。ラウラもわかっていてかテンション低めだった。頑張れよ華の乙女。

 宛もなく校舎を徘徊してもやることは見つからない。目につくのは事務のお爺さんに部活で走る生徒くらい。いっそのこと身体を動かそうかと思うも左腕に巻かれたギプスが却下と告げてくる。外れるまであと数日、それが長い。

 

 窓の向こう、太陽を睨み付け目を押さえてから視線を下に向ければ、おっと見慣れた友人が外に。窓から身を乗り出して着地、上履きだけど見られてなきゃ怒られんしバレなきゃよかろう。さも元から外にいたように自然体で声をかけて手を振る。

 

「あら、桐也さん。ごきげんよう、どうかなさいましたか?」

「おっす、セシリアさん、ごきげんよう。めっちゃ暇だ」

「……朝方にお買い物に誘われてませんでしたか?」

「断った結果がこれだ」

 

 穏やかだった視線が質を変えた。これは俺にもわかるぞ、馬鹿を見る目だ。

 かくいうセシリアさんは淡い水色基調のノースリーブのワンピース。見慣れない私服を纏って何処へ?

 

「期待しても何処へも連れていけませんわよ? 本国(イギリス)へ帰郷ですわ」

「あー、帰郷かぁ」

「そろそろ迎えが校門に来てる頃ですの」

「ほーん、なら校門まで荷物持つの手伝うわ」

「あら、助かりますわ。気の利く殿方は素敵でしてよ?」

「褒めてもなにもでないけど増長するぜ?」

「それは人として不適ですわ」

 

 少々手厳しい返しにあいつつも、迎えってここモノレール使わないと来れないのにわざわざ? 執事とかメイドが来るのかよ。

 そんな風に話のネタにしようとしてたら本当にメイドが来ていた。はっはぁ、同じクラスにいて忘れがちだけどセシリアさんってかなりのお嬢様だったな。

 

 そのメイドはスカートの裾を両手でつまみ、交差させた足を軽く曲げ挨拶してきた。うっわ本物のメイドだ。

 

「初めまして、私はチェルシーと申します。いつもお嬢様がお世話になっています」

「ご丁寧にどうも、出路桐也です。こちらこそ、いつもお世話になりっぱなしで。学友させてもらってます」

「あら、お嬢様のボーイフレンドではなかったのですね」

「ハッハッハ、振り返るのが怖くなる会話のパスボールは止めてもらえませんかね?」

「別に気にしてませんわよ。チェルシーはいつもその調子ですもの」

 

 適当にお辞儀して数歩下がる。明け透けなジョークに困ったとかそういうんじゃない。後ろのお嬢様が引け腰ですわよーとか言ってる気がしないでもないが気のせいだ。ウフフ、アハハと空っぽの笑顔で間を測る。

 

「それにしても歳の近そうなメイドさんだよな」

「ええ、古くからの付き合いですの」

 セシリアさんに話題を振ることで測った間を埋める。

 

「これで執事だったらボーイミーツガールが始まってたかもしれないってわけだ」

「いつから私が女とお思いで?」

「えっ?」

「いえ、チェルシーは女ですわよ?」

 

 メイド、あらためチェルシーさんはチロリと舌を出して微笑む。可愛いし、もうなんでもいいわ。認めるさ、現在割りと手玉に取られてるよ。誰に向けるでもなく降参と両手を掲げヒラヒラ。

 

「道中、気を付けてな。お土産よろ」

「ええ、美味しい紅茶……はあまり味がわからないですわよね。菓子にしましょうか」

「お心遣い痛みいりまぁーす!」

 

 香りのよさしかわからないし、苦味のある紅茶は飲めるが味わえないので助かる。わざわざいい紅茶を砂糖ミルク増し増しで飲むのも悪いし。

 荷物をチェルシーさんへ渡し、ふたりを見送ったあと。再びやって来た暇な時間。企業さんから返ってきた打鉄が時刻を知らせてくれるがまだ10時か……俺も外に出ようかね。たまには一人で気ままに徘徊したっていいだろ。

 

 外出の申請書を手早に書き込み適当な教員を探す。たまに見かける生徒の会話は足早にすれ違うのであまり聞こえない。織斑センセか山田先生が一番話しかけやすいわけだが、この広い校舎でわざわざふたりに絞るのも手間だ。誰でもいいから遭遇しないかと不精な考えをしていると耳に鼻歌。この頃CMでよく流れているやつだが微妙に音が外れてる……これミスト先生だわ。

 

「はァい! 出路くん!」

 

 予想的中。いつもよりご機嫌で小躍りしそうなほど嬉しがってる、愉快な先生に適当に挨拶を返す。髪とバストを揺らして、やっぱりアメリカすげぇわ。臨海学校から嫌いになったけどすげぇわ。

 

「夏休み、満喫してるかしら? 私は明日から連休よォ! 超HAPPY!」

「俺は超暇なんで外出しようかって感じなんですけど」

「予定がないのね。なら、ちょびっと書類整理手伝ってくれないかしら?」

「いや、外出しようかと」

「お昼奢っちゃうわ!」

「出路桐也、微力ながら全力で手伝わさせていただきましょう」

 

 固い握手、安い契約がここに結ばれた。外出届は手荒にポケットに捩じ込んでおいた。

 

 ──これは見ていいのか? そんな資料が多分に含まれた書類を仕分けつつ雑談に興じる。ミスト先生は軽い調子でフレンドリーさがあるので、山田先生と同じく話しやすいんだよな。話しやすさのベクトルは別物なわけだが。親しみやすい先生と親しげな先生、ニュアンスの違いみたいな。

 

「んー、私がティーチャーになった理由ねぇ……興味が向いたから?」

「軽くないすか。IS学園の教員ってそんな楽になれるもんでもなさげですけど」

「そうねっ、私が就職したなかでハードな難易度だったわ」

「就職したなかでって、職を転々としてたんですかね?」

 

 ミスト先生がニマァとした笑みになる。指がひとつピンッとあがる。ピンピンピンッと次々上げられ口から羅列される単語はさまざまな職種。

 

「テストパイロット、アメリカ軍、OL、整備士エトセトラって感じで……今の私かしら?」

「え、なんでそんなに」

 あり得ねぇ、アメリカとかの感性だとあり得るのだろうか。てかまだ20代にしか見えないこの先生はどんなペースで職を変えてんだ。

 

「面白そうだったからと、飽きちゃったから辞めちゃったのよネ! こんなキャラだから軍はスピーディーに3ヶ月でクビになったけど、他は辞めてばかりかしら」

 よかった、そこが長かったら一身上の私怨でミスト先生を避けそうだった。

 

「けど、飽き性ってわりにISに関係するものが多いですよね」

「イエース、全部そうね。学園のティーチャーも飽きが来始めてたのだけれど、貴方たちが入学してからはそこそこ楽しいわ」

 

 あ、この先生は真性の飽き性か。しかも騒ぎが好きなタイプだ。

 けど、飽きる度に新しい職に就けてるってことは、よほど賢いかなにか持ってるんだろう。今も例のCMを鼻歌しつつ両手で別の書類分けてるあたり、先生の処理能力の高さが窺える。ただし鼻歌の音程は外れてる。

 

 ほどほどの時間が経過して終了。早めの昼食のためミスト先生と食堂へ行き、日替わり定食を奢ってもらう。ついでにデザートのフリーパスでプリンパフェを追加。

 ……今さらだが織斑センセに見つかると揃って叱られそうな気がしてきた。上級生の成績一覧の整理とか手伝わせないで欲しいし、昼飯くらいでホイホイ承ってる俺も大概だった。

 

「センキュー、出路くん。助かったわ! ひとりじゃ飽きて仕事にならなかったのよー」

「いえいえ、飯っ……ミスト先生のためならこれくらい」

「本音が溢れてるわよ。まっ、お世辞に免じて追加でプレゼントフォー、ユゥー!」

 

 ピッと取り出されたのは、割引券。@クルーズと書かれたそれを手の内に握り込まされる。

 

「期限が今日までなんすけど」

「いってらしゃーい、外出届はもらっとくわネ!」

 

 ひらひらと手と外出届が振られている。いつ抜き取られたのかサッパリで、しかも外に行ったからといってこの店に行くと決まったわけでもない。

 行くけどな? 食うの好きだし甘味好きだし、なによりまた暇。ごめん、誘いに乗ればよかったシャルロット。

 

 

▽▽▽▽

 

 

「お客様、@クルーズへようこそ」

 

 シャルロット・デュノアは不機嫌そのものであった。

 今日は同室のラウラの部屋着および夏服が不足していることが問題視され買い物へと出掛けることになった。問題視といってもラウラは気にしておらず、シャルロットが引きずってでも買い物に連れ出す勢いだったのがそれはさておき。

 ラウラは一夏を誘おうとして連絡がつかずじまい。そんなラウラを慰めつつ、恐らく帰省することも出来ず暇そうにしてる少年が彼女の思考を掠めた。誘ってみようかな? と思い行動に移したところ。笑顔で見送られた。顔に面倒と書かれていた。今度は頬を膨らませるシャルロットをラウラがなだめる番だった。

 

 それからはラウラを着せ替え人形のようにしつつも服を買い、昼食をしている最中にシャルロットのお節介センサーが発動。人手不足に悩む店長にお願いされるがままに@クルーズという喫茶店でバイトをすることになった。ラウラはメイド服で、シャルロットは何故か燕尾服で。

 

 その@クルーズに笑顔で見送った少年が客としてやってきた。白シャツにボーダーTシャツとラフな格好の彼、一瞬なんだこの美少年と現実逃避しかけたがシャルロットと正しく認識。なんとなく怒気も伝わっているがそこは出路桐也だった。

 

「お客様、一名様でしょうか?」

「一名、案内よろ」

 

 仕事中なら怒られねぇだろとサラリと彼女の怒りを着拒(スルー)し、問題を先伸ばしにした。

 案内された先でメニューを選びオーダー。男性客なので女性、特にこの日人気であったラウラが注文を取りに行く。シャルロットが出ようとしたがラウラが先んじる。なんとなく今この友人を桐也のところへ行かせると面倒なことになりそうだと思ったのだ。

 

「注文を取りに来たぞ」

「あぁ、ラウラは話し方ブレねぇのな」

「これでも評判らしい」

「ハハッ、日本終わってんな」

 

 コアな客の多い店だと思いながらも注文を伝える。オーダーを取ったラウラは、しかし直ぐには去らず彼へと問いかける。同室の気のいい友人が怒っていることもその理由もわかっていたからだ。なにか力に成れはしないかと慣れぬお節介を焼こうとした。

 それは愚直なほど真っ直ぐな彼女の、素直なふたりの友の助けになりたいという思いの現れ。

 

「外に出るならどうして誘いを断った」

「出る気はなかったけど気が変わった」

「なら仕方ないな」

 

 しかし悲しいかな。彼女の感性は世間からのズレがあり、今回はその感性は桐也寄りであった。そしてラウラはその言葉をそのままシャルロットに伝えてしまう。

 現在、桐也がどう理由付けて、説明(いいわけ)するか考えている内容が、全てパーになった瞬間であった。

 

 シャルロットは眉間を揉みほぐす。理解はできるけど納得できないといった様子。正直なところ、フランスにいた頃はデュノア社のなかでのビジネスな人間関係ばかりだった。そこではこんな説明で流せることはなにひとつなかった。

 だけれど、友人関係としてはどうなのか? 気の置けない仲ならありなのかもしれない。そして、シャルロットとしては桐也はそういう仲の友人だと思ってもいる。

 

 ──なのにどうして、やきもきとしてしまうのだろう?

 

 理解はできる(理論はわかる)、でも納得できない(気持ちが追いつかない)のだ。

 

「うぅー、難しいなぁ」

「シャルロットちゃーん! 3番席と5~7番席でオーダーお願ーい!」

「店長、身体が足りないです!」

「ファイ!」

 

 なんて、仕事は気持ちの整理の暇もないほどに忙しかった。取り敢えず彼にはあとで文句の一つくらい言ってやろうとだけ決めてオーダーを取りに向かう。4番席にひとりで座る彼に舌を出してしまったのは、仕方がないことなのかもしれない。

 

 そうして客足のピークが過ぎた頃。桐也がギプスをしているのになぜこんな食べにくいものを頼んだのかと、首を傾げながらもジャンボパフェとの格闘を終えたそのとき。手を使わず蹴りを入れられたドアがけたたましくドアが開かれた。

 

「全員動くんじゃねぇ!」

 

 屈強な男が四人、手にはそれぞれ銃器を持っていると素人目にも確認できた。反射的にはなにが起きたか理解できなかった店内の従業員と客だが、僅かに遅れて入ってきた人間の風貌が()()()()()()()()か認識が追いつく。

 ただ、代表候補生のラウラと企業お抱えのテストパイロットたるシャルロットは状況を冷静に見極める。対象の体躯と武装と動き。それらを分析した上で動き出そうとし──鉄の壁が店内を凪ぎ払った。

 

 銃口が威嚇のため天井に向けられ、制止させるため客や店員へも向けられたときだ。威嚇を含む怒声が喉を突いたとき音声として形作られる前に、銃器という暴力はISという圧倒的暴力に打ち払われた。

 テーブルと椅子を巻き込み塵を払うかのように強盗四人を容易く掃いた。

 

 店内を再び沈黙が満たした。若干三名を除き、彼らはなにが起こったのか理解しきれていない。

 理解していたのは、やはり学園の生徒であるシャルロットとラウラ。そして事を巻き起こした張本人、出路桐也。

 

 強盗の所持する武器にいち早く気づいたのはラウラとシャルロット。ただその脅威に対し躊躇わなかったのが桐也。銃口の先の対象を認めた直後、打鉄の浮游盾を限定顕現し、躊躇なく凪ぎ払った。

 

 数百キロの金属に衝突された強盗は意識をとどめているはずもなく、店内の装飾と同じく破壊されたオブジェとして路上で昏倒していた。

 

 その一連の出来事に皆が呆気にとられていた。多くは何が起きたかもわからないまま。そしてシャルロットとラウラは彼の躊躇のなさに驚いていた。

 代表候補生は不足の事態へ対応できるだけの技術を()()()()()()()()()()()()。だから今回のこれも恐らく対応はできた。彼がそれを知っているかと言われれば知らないだろう。

 

「……命の危機による超法的な措置に、たぶん適応するだろ、うん」

 

 彼の言い分は間違っていないわけではなく、通せなくもない理屈ではある。ただ、そう考えての行動かと言えば明らかに違う。シャルロットは桐也が反射的にISを使ったと確信していた。

 まあ、法的に通っても担任にすこぶる叱られるのではないかという想定に今さら辿り着いて震えてたりもするのだが。

 それにしたって、店内はちゃぶ台を返したかのような惨状。後片付けは誰がするかと言えば公的機関の人間であり、もちろん散らかした人間は叱られるのがものの通りだった。

 

「シャルロット、私は教官に連絡を取る」

「うん、お願い」

「逃げ、逃げたら不味いよな……」

「そこの桐也はジッとしててね。ちょっ、こそこそしないで、本当に逃げたら駄目だからね!」

「ここでフリとかやるなシャルロット」

「フリじゃないよ、むしろフリーズだよ」

 

 ──それから身柄を一時預かられた桐也が解放されたのは、真夏の長い日照時間をもってしても日暮れとなっていた。

 引き取りに来た千冬は桐也を連れて署内から出る。

 

「出路、お前は案外思い切りがよすぎる節があるな」

「ですかね。俺としては危機的状況と判断して防衛しただけなんですけど。自身の生命の危険が降りかかった際には、ISの例外的使用の許可はされてますし」

「そうだな。だが今回はボーデヴィッヒやデュノアが居合わせていただろう。ならば、ISがなくとも十二分に対処できたはずだ」

「俺にとっての危機を判断するのは、俺でしょう? なら誰がそこにいたとしても関係ない。そも、俺はその誰かが対処できる力を有していたも知らないわけで」

「つまりお前にとっての危機であることには変わりないと……はぁ、相変わらず口は達者だな」

 

 もういいから先に帰っておけと背中を押し出す。お土産買ってから帰りますと敬礼した桐也は走り去っていった。直帰しろよと言おうとしたが先回りされた形になってしまった千冬であった。

 

 ──店内に備え付けられた監視カメラを見返せばわかる。

 たしかに銃口は桐也へと向けられている。だが、どうしても千冬は違和感を拭えなかった。どこかが噛み合っていないと、喉に引っ掛かった小骨の正体を探す。

 そして、その正体がわかった。

 

「……そういうことか」

 

 違和感の原因は桐也の視線の先だ。彼が見ているのは自分に向けられた銃口ではなく、他人に向けられたものを見ていた。その先にいるのは従業員、より正しくはその日たまたま臨時のバイトとして働いていた少女──鉄の盾が強盗を吹き飛ばした。力加減はされているが手心も手加減もない。

 

 千冬は吐きそうになった溜め息を飲み込み眉間を揉みほぐす。今まで見えてこなかった出路桐也の人物像がようやく見え始めてきたといったところか。

 わかりやすい子供でガキらしさが強くて、口が達者で物事を煙に巻くことが得意。努力が嫌いというくせに、ふとした切っ掛けさえあれば努力を惜しまない。

 

 わかりやすく見えていたのはそういったところ。けれど、それだけじゃなかった。それだけのはずがなかった。

 

「まだ15歳の子供ということを忘れそうになっていたな……」

 

 わかっていたつもりだが、所詮はつもりだったと今度こそ溜め息を吐いてしまう。

 ──どうも意識的にか無意識的にか隠して、なにかを抱えていそうだ。

 千冬にはおおよその予想がつくものの、二の轍を踏まないように確定せずにおく。どこかで発散させてやるかと思うが、思ったがそこで問題がひとつ。

 

 出路桐也が割りといつも自由にしている印象が強いせいでもう既に発散してそうなイメージしかない。

 

「いや、待て違う。なにか抱えてるはず……なんだが、くそっ、わからなくなってきたぞ!」

 

 まぁ、つまるところ。出路桐也は手のかかる生徒のひとりということであった。

 その晩、山田真耶が先輩に飲みに誘われたのはまた別の話。

 

 

▽▽▽▽

 

 

「散々な目にあった……学園に入ってからのトラブル率が跳ね上がってんじゃねぇか。これ呪われてんじゃねぇか」

「大変だったな」

「ああ、陳腐なドラマみたいな展開で思わずちゃぶ台返しちまった」

 

 実際はちゃぶ台じゃなくて店内のものを諸々だけどな。賠償はちゃんとされるらしくて一安心。実は支払い能力もないのについ反射的にやってしまって、結構な冷や汗をかいていたのは秘密だ。

 

 さて、大きな問題は片付いたんだが他の諸問題が残ってるんだよな。シャルロットのこととかシャルロットのこととか、あとシャルロットのこととか。なんでああも鉢合わせてしまうのか。

 

「話を聞くかぎり、割りと桐也が悪いと思うぞ? いや、駄目なわけじゃないけど相手の心象として良くない気がする」

「なんでこういうときだけ察しよく客観的に判断するんだ」

「こういうときだけってどういうことだよ」

 

 素直に謝るのが一番なのは知ってるけどな。そのために浅はかにもお土産を買ったわけだし。誠意と書いてワイロと読む。

 

「晩飯行くときに一緒に謝ってきたらどうだ? 俺もお土産があるしついでに行くしさ。それに桐也待っててお腹ペコペコだし早く済ませてしまおうぜ」

「はぁ、そうすっかね。てか待たせてすまんな」

「気にしなくていいぞ。男ひとりで食うのが嫌だったってのもあるし」

「それはわからんでもない」

 

 なんて駄弁りながら食堂の前にシャルロットとラウラの部屋へ。ふたりが同室で手間が省けたとか思っていたりなんてしない。

 

「シャルロットいるかー?」

 

 ノックと一緒に声をかけるとドッタンバッタンと音が聞こえた。何してるんだかと疑問に思うが直ぐに解決。なかからラウラが扉を開けてくれた。何故か猫の着ぐるみパジャマを着ていたが似合ってるし特に言うことはない。けど、シャルロットが見当たらねぇ。

 

「おお、桐也に嫁ではないか」

「お、黒猫のパジャマか。似合ってるぞ」

「そ、そうか。ふふん、そうだろう。なにしろシャルロットが選んだのだからな」

 

 一夏とラウラの会話を聞きつつ、不躾ながらチラリと部屋を覗くももうひとりが見つからん。あ、いやたぶんいるわ。なんか布団膨らんでるわ。

 

「ラウラ、あれなんだ?」

「シャルロットだな。お前たちが来るまで私ににゃんにゃん言わせていたのだが、何故か急に布団にくるまってしまってな」

「そうかそうか、着替え中とかじゃなかったんならよかった」

「ハハッ、心配せずともそういう場面に出会うのは嫁くらいのものだろう」

「なんでそこで俺なんだよ!?」

 

 なんでもだよ。しかし、困った。普段なら布団をひっぺがしている。それで猫パジャマを着てたら、不意に来た訪問者にテンパってるであろうシャルロットを拝むんだが。一応、謝りに来たのでなんか怒らせそうなことをするのは気が引ける。いや、めっちゃやりてぇ……。

 

「桐也、なんで苦渋の決断を強いられてるみたいな顔してるんだよ」

「いいや、やったれ」

「葛藤からの決断が軽い!」

 

 バサァ! とはいかなった。なかで必死に抵抗されてるのかグイグイ引っ張る形になる。ギプスのせいで片手しか使えず力が拮抗して余計に取りにくい。

 

「シャルロット、謝りに来たから顔合わせて話そうぜー」

「声が、声が笑ってるよ!? 謝りに来た態度じゃないよね!」

「土産もあるし出てこいよ。ほら、なんかよく知らない閉店間際の屋台のクレープ屋で売ってた菓子だ」

「お土産のチョイスが荒い! って、それって公園で売ってたやつ?」

 

 城址公園ってところのだな、そう言い切らないうちにシャルロットは布団から出てきた──顔だけ。気持ち悪っ。

 

「カオナシかよ。どんなパジャマよりよっぽど面白いことになってんぞ」

「し、知らない!」

「まー、いいけどな。ほれ、土産だ」

「わっと……!」

「ラウラもほいっと。誘いを断って悪かったな。あとせっかくの休日を台無しにしちまった」

 

 投げた菓子をふたりが受け取ったのを見て謝る。

 断りたいときは断るので前半は割りと誠意がないものの、後半には誠意を込めておいた。厄介ごとを引き起こした自覚はしっかりとあるからな。

 

「まぁ、お店でのことは仕方がないし……いいよ、このお菓子でチャラにしてあげる。その公園って、ちょうどラウラと行こうとしていたところなんだ」

「そりゃなんとも奇遇で。ま、許してくれるなら助かる。俺も今度からは誘いを断ったあとに出るときには一声かけるように善処するわ」

「まず誘いを受けようよ」

「えぇ……シャルロット買い物長そうだし」

「甲斐性なし。そんなんじゃモテないよ?」

「おう止めろ、俺が傷つくだろ」

 

 シャルロットの正論に思わず膝をつきそうになる。しかし、キャッチしたときに布団がかなりズレてんだが、黙っとくか。なるほど白猫パジャマな。

 黙っていても視線で気づかれたか、慌てて布団をかぶり直したシャルロットが睨んでくるが遅い遅い。にゃおんと小声で言ったら枕を投げられた。

 後ろではラウラが既にクッキーをパクついていた。

 

「ふむ、このキイチゴとブルーベリーのクッキーはなかなかに美味しいな」

「もう食べてるの!? って木苺とブルーベリー……あ」

「そうだ、クッキーで思い出したんだが俺もお土産があるんだった。ほら、@クルーズってところでもらってきたクッキーなんだけど、チョイスが被っちゃったな」

「@クルーズ、だと……?」

「ミックスベリーってもしか……え?」

「なん、だと……?」

「え、どうしたんだよ? そういや店に行ったとき結構な惨状で──」

 

 なんともニアミスをしていた夏休みの一日であった。




ここまで読んでくださった方に感謝を。

・メイド:場合によってはお嬢様をひん剥く忠実な付き人。
・ミスト:霧が濃く以下略。極めて飽き性。
・@クルーズ:本社の視察の日に従業員が駆け落ちするわ、強盗後の潜伏先に選ばれるわ、ISで店内ひっくり返されるわと不幸な店。

・気持ち悪っ:声に出してたらもう一悶着あった。
・クレープ屋:カップルがよく訪れる。独り男が来るのはとても珍しい。当の本人はそんなこと知らない。
・猫パジャマ:可愛いはつくれる。
・木苺と:ブルーベリー。ベリーが重なるとホニャララとなにか迷信とかジンクスがあるらしい。

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