F≠S 《インフィニット・ストラトス》   作:バンビーノ

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33.彼らの家は。

 アリーナの壁と擦れて火花を撒き散らす。ブレーキがイカれた自動車が、車体を壁に擦らせて無理矢理減速するかのように装甲を擦らせての減速。

 機体制御がすっぽ抜けたときには下手にブレーキ踏むとつんのめると学んだ。飛び出した枝豆みたいに予期せぬ方向へ幾度となく吹き飛んでようやく学んだともいう。

 加速が落ち着いた頃にようやく遠心力から解放されて一息。

 

「飛燕の扱いはまだまだか」

 

 臨海学校で企業から送られた高速機動パッケージ。それをなんとかモノにしようとしている今日この頃。複雑なものの覚えの悪さは相変わらず。操縦ならそこそこと自負してるんだが超高速飛行下で他の、例えば銃を構えて狙って撃つみたいな並行作業をしたらあらぬ方向へ(すっぽーん)

 夏休みも折り返し、新学期を思えばため息が増すのも仕方ない。この調子じゃあ間に合うか微妙過ぎる。

 未だに制御がすっぽ抜けて壁に衝突し、シールドに弾かれながらブレーキもままならず。加速が切れるまで装甲を大根おろしよろしくしながら突き進んでしまう現状に頭が痛い。

 

 うんにゃ、進むなら壁に擦れててもワンチャン……あるか? 機動はともかく軌道はどうせ外壁に沿ったものになるわけで、ちょっと考えてみるか。

 

「お、いたいた。桐也ー!」

「んあ? どうした一夏」

 

 碌でもないことへと思考が傾き始めたところに声をかけられた。アリーナ出入口から一夏が手を振っているのが見える。少しばかり熔解しかけている右腕の装甲を解除しつつ、ふよふよと漂いながら近づく。何で消すかって、恥ずかしいからに決まってんだろ。苦笑してるのを見るにバレてそうなんだが。

 まぁ、一夏と駄弁って再展開したころには自動修復が終わってるだろうし、指摘されても知らぬ存ぜぬしてやろう。

 

 なんて恥隠しの算段は意味がなかったようで。一夏はちょっとした誘いに来たらしい。 

 

「明日、家の掃除に帰ろうと思うんだけど桐也も来ないか?」

「もしかしなくても一夏の家にか」

「え、嫌だったか?」

 

 全くそんなことはない。友だちの家に行くってのは久々だって思っただけの話。

 

「あ、でも掃除も手伝えってことだよな」

「バレたか。まぁ、ご飯は振る舞うしどうだ?」

「余裕で行くわ」

「桐也ってたまにチョロいよな」

「いつだって俺はチョロQだ」

「十円差し込んだら走るのか」

「現金な奴ってことだよ」

 

 素直に上手いこと言うなと笑う一夏。

 たぶん、いつの間にか煽り力の上がったフランス娘あたりは“つまり安い男ってことなんだね!”とか言いそうだとなんとなく思った。勝手に想像しただけなんだが腹立つな。

 

 しかし、つい最近も某アメリカン教師に昼飯を餌に何度も書類整理を任されたりしてたことも事実。

 そこで覗い、もとい目に入ってしまった資料によると学園のセキュリティの向上が急務だとか、一学年に集まりすぎた専用機持ちをどう管理していくかだとか。頭の痛くなる内容ばかりで、間違いなく俺が見たら駄目そうなやつだった。そろそろあの先生、軍に続いてクビになるんじゃねぇかな。

 

 一旦、一夏と別れて手早く着替える。男の着替えなんて早いものでものの10分たらずで合流。これが外出用に着替える女になると下手すりゃ三倍かかるのが不思議でならない。

 ラウラなら数分で出てくるんだが、軍勤め特有の早着替えとどこか抜けてるのが相乗してるんだろ。近頃はシャルロットが引き留めておめかしを叩き込んでくると面倒(テレ)臭そうにしてた。

 

 もっとも、ここに来る前の友人も早かったが。

『ウチは元がええからな。けど荒野に花咲かせるのはそりゃ時間かかるやろ』

 とか化粧に長めのタイムロスがある他の女を平然と敵に回すこと言う奴だった駄目だった。自己卑下しない自重しない高慢ちきの高性能、あいつも参考にならんわ。俺が奇をてらうタイプならアイツは正面からブッ壊す系で基本負け、あー思い出すだけでもなんか腹立つぅー!

 

「なんだか形容しがたい顔になってるぞ」

「向ける矛先のない怒りが表情筋を突き動かしたんだよ」

「そんなに嫌なこと、というか嫌いなもの思い出してたのか」

「いや、嫌いじゃない。イヤな奴で顔を合わせたら喧嘩はするんだが嫌いじゃねぇ腐れ縁みたいな……」

「あー、親友って書いてライバル的なやつか」

 

 違うんだが近い。なにかといがみ合ってたつもりなんだが、たっつん曰く根本的なものが近いとか。

 なんとなしに、胸ポケットに押し込んだ御守りへと無意識に触れる。臨海学校で渡されたそれは、やけに重いあたり中身が碌でもなさげ。しかし、御守りを開ける気にもならずにそのまま身に付けるに落ち着いた。

 まぁ、目に見えないものを信じてなさげなみーちゃんとかはガバッと開けて、中身入れ換えたりしてんだろうけどな、何入れやがったんだ。

 

「桐也、行きすぎ行きすぎ。ここだ、着いたぞ」

「おっと、ここが一夏の家か」

 

 思わず普通に通りすぎそうになった。それほどまでに普通の家。世界最強と謳われるブリュンヒルデが住んでるとか、ISを動かせるその弟が住んでるとか一見して全くわからない平々凡々な住宅だった。

 

「なんだ、屋敷とか城みたいな家じゃないのかよ」

「どっからそんな発想になったんだ……変なこと言ってないで上がってくれよ」

「あいあい、お邪魔するぞ」

 

 気軽にひょいと玄関口を跨いで──思わず足を止めてしまった。なんてことはない、一夏の家が余りにも普通すぎたら、不意に“家”って雰囲気が懐かしくなっただけ。学園寮って高級ホテルみたいな感じだし、恥ずかしながらホームシックちっくなあれに見舞われた。ついさっきまでバカな親友たちのことなんざ思い出してたもんだから余計にだ。

 

 小さくため息を吐いて、一瞬よぎった感傷に蓋をしてさよならバイバイ。招かれるままに靴を脱ぎ捨てて、いざ織斑家。

 

 リビングと呼ぶよりは、床は畳であり居間。どことなく落ち着かないのは学園で見かけない畳だからか、他人の家だからなのか。

 しかし、掃除をしにって言ってた割りには綺麗な状態である。なんだかんだ掃除しに帰ってきてたんだろう。所々にうっすらと埃が積もっている程度、俺はいったい何をしに来たんだ。飯を食いに来たんだったか。

 

「桐也は窓拭きをしてくれるか?」

「あいよ」

 

 どこからともなく持ち出された雑巾を受け取り、窓を拭き始める。ほどなくして、一夏は風呂のピンク汚れを滅殺してくると劇画タッチの顔で居間を後にした。

 さて、こうなると暇だ。黙々と窓を拭いてるだけでは楽しくもなんともないに決まっている。取れた窓の汚れが心にそのまま転換されるレベル。基本的に学校の草刈りとかと友人と駄弁って真面目にやらなかったしなぁ。

 よって、思考が迷走し始めるのは割りといつも通りである意味当然の帰結であった。

 

「……量子変換したら汚れって一瞬で取れんじゃねぇかな」

 

 強いて言えば、中指の指輪が目に入ったのが悪かった。打鉄が自己修復を行う際に汚れもある程度は落ちることを思い出したのは尚悪かった。

 窓枠が織斑家から瞬くほどの間だけ消失し──やっべうわマジかよ──光の粒子が霧散する。目蓋を開けたときそこには新品同然に綺麗な窓が存在していた。

 

「…………」

 

 やってやったぜとやってしまった感が半端ない、なんなら若干後者が優位。量子変換理論とかその応用とか収納容量に色々な浅い理論が脳裏によぎるも出来てしまったものは仕方ない。

 ……もしかしてISの武装のようにロックされていない無機物ならば、拡張領域に収まる容量のものならば何でも量子変換出来るのでは? しょうもないようでエゲつない。ぶっちゃけ目視可能な範囲ならいくらでも量子変換出来る気すらしてきた。

 

 絶対防御とか抜いても世界最高峰の兵器ってのは頷ける。そんなことを掃除中に考える自分の思考には頷けない。

 

「そっちは終わったか……ってメチャクチャ綺麗になってるな!?」

「ハハハッ、本気でやればこんなもんだぜ」

「本当に新品同然に綺麗だな。どうやっ、なんで顔を合わせないんだよ」

 

 禁則事項だからに決まってんだろ。主にISの扱い的に、学園の外での無断使用禁止だったわ。

 その後、のらりくらりというよりは全力で話題を逸らして昼食となった。

 適当に二人分の食材を近所で買い出し、一夏製作の昼飯の冷やし中華を啜りながら話題は夏休み前半の話へと移った。

 

「そういや箒に誘われて祭りに行ってたんだよ」

「知ってた。タッグトーナメントのときのやつだろ? 箒さんが勝ったら二人で出掛けるってやつ」

「それそれ、それで箒の叔母さんのところの祭りに行ってな」

 

 ──そうか、箒さんもたしか保護プログラムは適用されてたはずなんだがな。叔母には会えるのか、俺にゃ関係ないけど。うちって血縁関係が片方の祖父母除けばさっぱりだからなー。他人からどう思われても自分が納得できれば、って公言してるあたり何があったかは察してるつもり。

 

 そもそも一夏も箒さんも叔父叔母どころか二親等の姉に会えているじゃねぇか。俺にも兄弟がいれば一縷の望みくらい、ねぇな知ってた。少なくとも俺の存在してない兄弟には世界最強かIS同等の発明でもしてもらわねぇといけない。遺伝子的にねぇーわー。

 

 

 しっかし、一夏もせっかく二人で行った先の祭りで友人の妹と出会うってのもねぇわ。なんのためにタッグトーナメント優勝したと思ってんだよ。俺はデザートフリーパスのためだよ。

 そういうところも含めて一夏は鉄壁なんだよな。なんでギャルゲみたいな環境にいるのに攻略される側なんだよコイツ。

 

「今度はさ、桐也も一緒に行かないか?」

「いいけど、他の誰かに誘われてから俺を誘うなよ」

「なんでだよ」

 

 恋路の邪魔をするつもりはない、以前の問題で。人の心なんて読めないもので、誰も彼もが皆と一緒が楽しいわけじゃない。

 

「他人と他人の交遊関係なんざ早々わかるもんでもねぇし、俺はあんまり無闇やたらと誘いをかけるのは好きじゃねぇかな」

「たまに桐也ってシビアというかストイックというか」

「これは俺だけじゃないと思うぞ。いやいやマジだって、俺がおかしいみたいな目はやめろ!」

 

 俺だけじゃないよな? え、俺の器がなんか狭いだけかこれ!?

 

 そんなコミュ力の自信のなさから不安が湧いてきた頃に通信端末が震えた。残った中華麺を掻き込んで啜りきってから通話ボタンを押す。

 

「電話終えてから食べればいいのに……」

 麺が伸びるのはいいが温くなった冷やし中華とか嫌なんだよ。

 

「あいよー、どちらさん?」

『もしもしシャルロットだけど、今どこにいるかな?』

「世界最強の産地」

『……えーと、一夏の家かな』

「正解、なにか用事でもあったか?」

 

 正面の一夏がなんとも言えない顔をしている。なにかあったのだろうかサッパリ皆目見当つかないぜ。

 

『ううん、今度こそ一緒に買い物とかどうかなって思ったんだけど、それならいいや。男の子だけで楽しんでるならお邪魔しても悪──』

 

 シャルロットの言葉を遮るようにインターホンが鳴った。玄関に向かった一夏、ほどなくしてドタバタと鈴が上がってきた。

 

「たった今男だけじゃなくなったわ。鈴が……あー、箒さんにセシリアさんも上がってきたな。どういう面子だよ」

『アハハ、篠ノ之さんたちが……ちょっラウ』

『桐也よ! 嫁の住所を教えろ! 今から乗り込む!』

 

 シャルロットの会話から織斑家に恋敵たちが潜入したことを察したらしい。ラウラの声が電話口から鼓膜を叩いた。

 念のためと一夏に確認したら苦笑しつつも快諾。どうせなら皆一緒の方が楽しいだろうとは如何にもらしい。俺は余計に混沌とする気しかしない。

 

「あー、いいらしいがシャルロットとの買い物はいいのか?」

『今回は私が誘われてたわけじゃないぞ? たまたま隣にいただけで……しかし、シャルロットだけ残していくのも悪いか』

 

 電話口を押さえたのか向こうでボソボソと話す声が聞こえるも詳細まではわからず。次に聞こえた声は再びシャルロットのものだった。

 

『そういうわけで一夏の家にお邪魔することになったよ』

「そういうわけだな、わかった。一夏には伝えとくわ」

『えっ、どういうわけか聞かな』

 

 用件は終わったので通話終了のボタンを押す(ポチッ)。なんか言ってたような気がしないでもないが気のせいだろ。

 ポケットへ通信機器をしまいながら一番近くにいる人物へ、失礼を承知で気になったことを尋ねる。

 

「こう言っちゃなんだがセシリアさんが来るとは意外だわ」

「わたくしもそう思いますわ。鈴さんに声をかけられあれよあれよという間に手を引かれて、気づけば一夏さんのお宅に」

「なによー、別に暇そうにしてたんだからいいじゃないのよー」

「ええ、別にお誘いを受けたことはむしろ喜ばしいというのが本音ですし、学友との仲を深めるいい機会とは思います。けれど、なんのアポもなく押し掛けるのは」

「固く考えすぎだろう。友人の家を訪ねるのなど呼び鈴ひとつ鳴らせば充分……一夏、私も小腹が空いた」

 

 台詞半ばで放棄し、箒さんが空になった器を横目に暗に冷やし中華ヨコセと要求。さすがのマイペースさだが幼馴染みの一夏は慣れたものと言わんばかりに一皿用意。

 

「友人といえどここまで遠慮ないのも、日本はこうですの?」

「人による。遠慮がなくてもよかったり、出会えば喧嘩するのに縁が続いたり、お国柄ってより人によりけりだな」

「なに話してるのよ。そんなことよりゲームしましょ! 色々持ってきたのよ」

「お、ボードゲーム。うっわ、これクソ懐かしい」

 

 冷やし中華を啜る横でボードゲームが開始された。特にルールに疎いセシリアさんに説明しつつ、けれど優秀な脳味噌を搭載しているからか飲み込みは早く対等に接戦して。

 食後の箒さんが混ざろうとしたあたりでインターホンの音。シャルロットたちだろうという予想は当たっており、一夏が玄関に出てから程なくして上がってきた。

 

「お邪魔しまーす」

「シャルロット、通話切って悪かった」

 

 居間にやって来たなり直ぐ様、シャルロットに謝る。目をぱちくりとさせてちょっとビックリ顔になった。

 

「あれっ。らしくなく素直に、もしかして間違って切っちゃったとか?」

「いや、先に謝っとけば、んなに怒られねぇかなって」

「思った以上に駄目な理由だった!?」

「ほら、反省してんだし水に流してやろうぜ」

「それを言うのは間違っても桐也じゃない!」

 

 いつものようにプリプリ怒るシャルロットにケラケラ笑う。こういう会話をしていると、もしかしたら会話で今一番バカできる相手かもしれないと感じる。バカな遊びをやれるのは一夏なんだが、なんとなく違う。

 

「よし、この人数なら神経衰弱やろうぜ。わかりやすいしな」

「神経、衰弱……?」

「全部裏を向けたトランプで二枚ずつ捲る。それでペアにならなければ裏に戻す。ペアが出来たら自分の得点になる、って感じか」

 

 簡単なルール説明。単純明快なもののため理解に困ることもない。適当に裏向けたトランプをぶちまけて準備は整った。

 そして終了。手元には誰よりも札があった。

 

「フハハハ! 勝った!」

「あんた、なんでノーミスで回収できてるのよ!」

「この人数なら一周で相当枚数捲れるわけでだ。暗記力だけはいいからなぁ!」

「そうだった……! 奇抜なこと思いつくこと多いから忘れがちだったけど、桐也って記憶力もよかったんだ……!」

「あの顔、腹が立ちますわね」

 

 悔しがる面子に“にへらっ”としてドヤる。普段勝てない相手にゲームとはいえ勝てるのは気持ちがいいもんだ。

 

「おめでとう桐也。今度はスピードしようよ?」

 

 スピードって台札に続くカードを自分の場から出していって、手札を早く全て出した人が勝ちのゲームだったか。ほとんどやった覚えがないな……ふむ。

 

「いや、二人でやるものより皆でやるやつの方がよくないか?」

「一回でいいからさ」

 

 あの手この手で躱そうとするがニコニコしてるくせに能面のような圧力に負けた。

 余裕で負けたよね。砂漠の呼び水みたいな戦法取るような、高速切替(ラピッドスイッチ)使う奴に勝てるか!

 にへらっとしてるのが腹立つ。いつからこんな煽る風になったのやら。そしてなにげに負けず嫌いかよ。

 

「結構ね、知らなかった?」

「知らんかったな。言っとくけど、転入した当初からだいぶ変わってるぞ」

「そうかな。私はあんまりわからないんだけど」

「たしかに。なんというか遠慮より地が見えてきた感じはするな」

「距離が近づいた気はするわね」

「私はよくわからん」

 

 思い思いにシャルロットについて口にだし、当の本人が少し恥ずかしそうな反応をする。それを微笑ましく眺めていた数人がふと思いついたように口を揃えた。

 

「「「あとあざとい」」」

「なんでそこハモるかなぁ!?」

 

 シャルロットの絶叫が織斑家に響いた。

 

 

▽▽▽▽

 

 

「晩飯は皆で一品ずつとか……インスタント味噌汁ってどう思うよ?」

 

 昼間に食材の買い出しはしたわけだがら予想外に予定外の来客が来たお陰で普通に食材が足りず。流れで皆で近所のスーパーまで来ることになった。

 だけならよかったんだが、どう話がこじれたのか一人一品、晩飯で振る舞おうって流れになった。誰も彼もが料理できると思うなよ。

 

「便利だけど駄目だからね? そんなに料理できないの?」

「出来ねぇよ。高校一年の男子っていったらそんなもんだと思うんだが、普通に母さんが作ってくれてそれを食ってたし。一夏がおかしいだけだっての」

 

 それが余りにも当たり前だったから自炊なんて全然だ。学園に来てからも食堂ばっかり、料理なんてさっぱりだ。ある日、味噌汁作ろうとして出汁も取らずに味噌水が出来たこともある。

 

「そっか……なんかごめんね」

「どんな意味で謝ったかわからんが気にすんな。シャルロットはどうなんだよ」

「私も小さい頃はお母さんが作ってくれてたんだけど、亡くなってからは結構、自分で作ってたよ」

 

 実は料理って得意な方なんだと朗らかに笑みを浮かべる。気を使われたんだろうか。シャルロットのことだし、使われたんだろうな。なら遠慮なく乗って流れを変えよう。

 

「じゃ、一品ずつ交換するか。俺は黒い謎の物体Xを譲るわ」

「それ焦がす気満々だよね。せめて焦がさない努力はしようよ」

「抑えろ打鉄……! この卵は、半熟で焼くぞ……ッ!」

「打鉄使ったら焦げるどころか蒸発するから」

「真顔で言うなよ」

「桐也なら火力が足りないとか言って勢いで本当に打鉄出しそ、なんで顔を合わさないのかな」

 

 おっとデジャヴですよ。

 つい半日前にもう使ってしまったとか言えるわけねぇ。

 

「そういうシャルロットはなにを作るんだ?」

「んー、近頃練習してる和食を作ってみたいかなぁ」

「フランスパンとかどうだ? 郷土料理だろ」

「当たってるようで微妙に違うんだけど、カテゴライズというかバケットだけじゃないっていうか」

 

 手をわきわきさせつつ、フワッとしたフランスパンについての説明をされるがよくわからん。長くて硬いのだけがそういう呼称ってわけじゃないことだけ伝わった。

 

「珍しく抽象的な……なぁ、セシリアさんがとことん赤い食材と調味料をカゴに入れてんだけど」

「なに言って……うわぁ」

 

 止めようとするもレジにサッと向かわれた。口をつぐみモサッとした顔になった俺とシャルロットは、無言で手早く食材を選び……おい、シャルロットその手を放せよ。インスタント味噌汁でいいだろ無言で首を横に振るなよ。俺のこととか放っておいてセシリアさんのところ行けよ……おい、沈痛な面持ちで首を横に振るなよ。晩飯が恐くなんだろ!

 

 

 

 

「ぐふっ!?」

「かはっ……」

 

 一夏が床に沈んで箒さんが片膝をついて舌と喉が受けたダメージに震えている。調理過程を見ていたのに勧められ断れず食した一夏と、他人の調理を特に見ることなく淡々と自前の料理を仕上げた箒さんが摘まんで犠牲になった。そう、セシリアさんの料理の犠牲にな。

 

 ──セシリアさんの苦手発見。料理だ。整えるのは色彩じゃねぇよ、俺でもわかる、味だよ。

 食品サンプル並みに色が綺麗なだけ質が悪い。興味本意で舌に少量乗せた鈴とラウラがのたうち回る横で気まずそうなセシリアさん。なにやってんだよ。

 

「……いえ、わたくしの料理が不味いことは知っていたんです。ただ、一人一品と言われると退くに退けず……全力で色を整えたのですが」

「理論尽くしのISはどこいったんだよ」

「たまにははっちゃけたい年頃ですの」

「はっちゃけるどころか爆発だ。味覚の爆発、芸術の域だっての」

 まさに飯テロ、っていうか爆破テロ。フッと愁いだ様子で頬杖をついても、この部屋の惨状はなにも変わらんぞセシリアさんよ。

 一夏と箒さんが復帰するまで夕食は中断。

 

 チェケラじゃない透明のラップをかけつつ……ふと思ったんだが、このセシリア産の一品もとい逸品の前には俺の料理もそれなりになるのではなかろうか。そう思って卵焼き、を作ろうとして結果的にスクランブルエッグになったものをシャルロットに差し出してみる。モグモグゴクンと咀嚼嚥下を済ませて簡素に一言。

 

「んー、普通」

 

 ま、そんなもんだよな。

 

「セシリアさんの食ってからもう一回いってみようぜ? マジで旨くなるかもしれん」

「わたくしの料理みたいなものを引き合いに出して恥ずかしくないのですか?」

「料理みたいなものって開き直ったな!?」

 

 ──なんとも意外なものを見れた夏の一幕。

 

 

▽▽▽▽

 

 

 夏の終わりがけ、カーテンを締め切った一室にて彼女らは会談する。

 

「部活に入ってない生徒が二名。その件に関する苦情が鬱陶しいレベルになってきちゃったわ」

「それは貴女が対応せずに溜めていくからではないでしょうか?」

「そろそろ対処した方がいいんじゃないかなぁ~」

「ふむ、仕方ないわね。諸々一緒に片してしまいましょうか」

「あの、無茶はしないでくださいね? 片したあとの後片付けが面倒になりますので」

「心配しないで大丈夫よ。私は無茶させるだけよ」

「言葉遊びじゃないですか……」

 

 ──新学期に向け、企てるものが不特定多数。主に水色が主犯。




ここまで読んでくださった方に感謝を。
諸事情により投稿間隔が開きました。内容は環境の変化や水着の召喚とかご想像にお任せです。

・量子変換:織斑家の窓は拡大解釈の犠牲になったのだ。とはいえ、基本的に出来ないこと。打鉄のあれはバグに近い。

・保護プログラム:織斑は適用外なようなもの。篠ノ之は半分くらい。出路は完全適用。
・セシリア産:食材調味料もろもろが色彩だけのために超反応を起こして他全てを駄目にするケミカルクッキング。
・水色:上も下も既出。

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