F≠S 《インフィニット・ストラトス》   作:バンビーノ

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36.定義-不明瞭-

 勉座部設立の翌日。通信端末に届いた学園メールが現実の無慈悲さを知らせていた。

 

「各部対抗男子争奪戦の詳細だと……」

「な、なんでだ!?」

 

 本当になんでだ。わざわざ織斑センセにまで承認をもらって握り潰されないようにしたっていうのに、部活をつくった意味の大半が無に帰したんだがどうしてくれんだ。

 そうしてあてのない思考に没頭しかけていたさなか。

 

「隙あり」

「またかよ」

 

 また、突然現れた先輩は扇子と手刀を俺たちの首元に突き出してそう言った。わかりやすく一夏はなんでこの人がここにと顔に出る。個人的には今一番面倒な人に絡まれたという感想以外特になし。いや、言いたいこと色々あるけど言うとドツボに嵌まりそうなんだよ。嵌まりそうというか嵌められそうというか。

 

 なんでこの生徒会長は男子更衣室に現れるのか。変態か?

 

「なんの用ですかね」

「あら、素っ気ない。とは言うものの用という用はふたつほどかしら。ひとつめはキミたちの顔を見に来たくらい──学園内メールを見て驚いている顔をね」

「なんでそれを知ってるんですか」

「そりゃあ私たちが部活動の承認をしてるもの。キミたちが新しく部活を始めて文化祭のイベントを白紙にしようとしたことくらいお見通しよ。

 けれども知らなかったのかしら? 学園は兼部が認められているのよ」

「ふぁっく」

「桐也、本音が漏れてるぞ!」

 

 クソ、マジで闇討ちプランにしとけばよかったか。いや、なんか相当手酷い仕返しと説教が来るのは容易にわかるんだが、これだって決め打ちした一手を軽く返されると正攻法が使えないもののような気がしてきた。

 俺たちが見落としてただけと言われたらなんも言えんけど、嘘だろ兼部認めてるのかよ。

 

「上級生に暴言はよくないわよ」

「サーセンっした」

「もうちょっと真面目に謝れよ」

「よろしい」

「よろしいんですか!?」

 

 一夏が慌ただしい。間違いなく俺が適当な対応をしてるからフォローしようとして予想外な方向に空振ったからなんだろう。しかし、会長さんは俺の粗雑な態度に苛立った様子もない。というか何を考えているのかさっぱりわからん。

 

「んでふたつめのご用件はなんですかね」

「そうそう、そっちが本題なの。男子の争奪戦は投票で行うのだけれど、その投票戦の景品にしちゃった交換条件として私が鍛えてあげる」

 

 思わず一夏と顔を見合わせた。即頷き合い意志疎通完了。

 

「いや、結構です。既に指導者には事欠かないので」

「ってことでいらねぇです。優秀なコーチは揃ってますんでむしろ投票戦なくしてくれません?」

「んー、そうなの?」

 

 提案を断られたにも関わらず、変わらずニコニコとした会長さん。ついで吐いた言葉は全否定だった。

 

「でもキミたち、弱いままじゃない?」

「なっ!?」

 

 一夏が驚き先程までの丁寧な物腰はどこへやら。不満ですと顔に書いたまま反論する。意外と意地っ張りで短気なところのあるやつなんだよなぁ、ここらへん最近わかってきた。入学当時は人当たりのいい好青年みたいなやつと思ってたが、俺と同じで餓鬼っぽいところもあって実は安心してたりする。けどエロに関してももう少し興味示せよ寂しいんだよ。

 

 ──閑話休題、というか脱線した。

 

 拳を握ってから緩める。この手の安い挑発は流すに限るってわかってるんだから流せばいいんだ。ややムキになっている一夏を一度クーリングさせようと、手を伸ばそうとし、止めた。

 

「それなりには強くなってるつもりです」

「ううん、全然駄目。超弱いわよ? だから私が鍛えて上げようって提案してるの」

「ッ! なら勝負しましょう。俺が勝ったら投票戦はなしです。負けたら従います」

 

 流してもいい、流さなかったところで今俺たちの気分がちょっと悪くなるだけだ。だからここは冷静に対応してこの場を早々に去るべきだ。

 ――なんて真面目腐った考えは糞喰らえだ。

 

「出路くん、キミもそれでいいかな? それともキミは奇策を練って弱さを隠して私に挑むかい?」

 

 ()()()()()()()()俺の今までを知ったかのような挑発。そよ風程度にしか心の逆鱗を撫でない煽り文句で誰が乗るってのか。そんな言葉に乗るわけがないに決まってんだろーが。

 さっきの一言で十分に鶏冠(トサカ)に来てんだからこれ以上の誘いの煽りなんざいらねぇ。

 

「上等だ。その挑発に乗ってやるよ」

「桐也、いいのか?」

「お前……啖呵切ってから確認取るんじゃねぇよ」

「す、すまん」

 

 謝らんでいいっての。謝る一夏の肩を軽く叩いて笑いかける。だから俺も相当餓鬼っぽいんだ。わかってても直せねぇし、大人ぶって譲りたくないところはある。

 正直なところ俺が弱いってのは、俺が否定しきれないところだから気にもしてない。けどそこじゃねぇ。

 

「……へぇ、キミも乗るんだ。こんな挑発は適当に流してもっと考えたり悩んだりしないなんて予想外」

「普段ならそうなんすけどね」

 

 普段あるものってのは無くしてからじゃねぇと大切さに気付けないってよく言うけどな。一回無くせばもうどれだけ大切だったかは俺がいくらアホでもわかる。そんで俺にとって今がどういうものなのかって話だが――

 

 俺が弱くて駄目なせいで否定されたものが頭を沸騰させた。半分は八つ当たりみたいなもんだが、もう半分も会長さんにゃ取るにたらねぇもんかもしれねぇが、俺はそれを捨てたくない。

 みーちゃんにはバカなんだから単純にいけとよく言われたが、今はあの言葉に従ってやろうじゃねぇか。

 

「てめぇをブッ飛ばして投票戦をお釈迦にしてやらぁ!」

「いい威勢だね。ま、吠えるだけなら犬にだって出来るけれどね?」

 

 吠え面かかせてやろうと心に決めた。

 

 

▽▽▽▽

 

 

 一夏と会長さんが畳道場の真ん中で組み合っている。この試合のルールは至って簡単だった。

 俺たちの敗北条件は二人揃って戦闘続行が不能になったとき。対して勝利条件は更識楯無を床に倒すこと。

 言外に、いや明らかに相手にならないと舐められている。もしくは本当にそれだけの実力を持つってことか。この学園基準で考えれば後者だよな。

 

「それがどうしたって話なわけでだ」

 

 正面から距離を詰められたにも関わらず、一夏が反応できずに掌打を打たれた。ワケわからん技術使ったんだろう、以上のことがわかるあたり学園に毒されてきたか。

 というか箒さんのせいだなこれ。篠ノ之流の空拍子とかいう意識の隙間を縫うような歩法。人間が認識から行動に移すまでのタイムラグに意図して合わせることで、相手の意識の空白を突く。

 

 たぶんあれと同じだろう。加減を知らない箒さんに散々使われて軽いトラウマになりかけた。赤子を捻るように散々床に叩きつけられた。

 

「まだっ、まだァ!」

「甘い」

 

 今の一夏もだいたいそんな感じだった。やっこさんの技の錬度や多彩さが圧倒的すぎる。

 

 ──そんなわけで最後は一夏が会長さんのブラジャー御開帳して終わった。なにがそんなわけでかは俺も知らん。ただ、技術力で敵わないと悟ったのか一夏が勢い任せに掴みかかって、投げ技に持ち込もうとして、胴着はだけさせてブラジャーをだな。そんで鮮やかな連続技で一夏の意識は刈り取られたとさ。

 ラッキースケベというかただのセクハラ野郎だったが、なんというか漢らしすぎる最期だった。

 

「ふぅっ、次は出路くんだね。お姉ーさんの下着姿、高くつくわよ?」

「俺は勝手に見せられただけなんで踏み倒します」

 

 胸元を直した会長さんの軽い挑発を受け流しつつ臨戦態勢。記憶を掘り起こして使えそうな技術を検索したいが、駄目だISならともかく生身で真似できそうなものがねぇ。関節の稼働域とか明らかに違うだろ。

 

 会長さん相手としてはなにをどうやっても()()()()()気しかしねぇ。見よう見まねの構えなんざやらねぇ方がマシか否か。俺は会長さんを床に叩きつけるだけでよくて、別に勝たないといけないわけではない。自己流で押し通そう。

 

「じゃあ強制的に回収しちゃうよ」

 

 ──眼前に会長さんが詰めてきた。平然と縮地とかやめろってぇの!

 結果、中途半端な構えのまま遮二無二に放った拳は絡め取られる。

 

「もーらい」

「しまっ、カハッ!?」

 

 背負い投げ。畳に叩きつけられた衝撃は肺を突き抜けて空気が漏れた。子供の頃に道端でカエルが潰れてるのを見たことがある。空気どころか内蔵も出てたんだろうが、今俺もそんな気分だ。

 

「ちょっ、セイッ!」

 

 苦し紛れに比喩なく足元を掬おうと腕を振るが難なく一歩退かれ空振る。空振りの勢いで追加の見様見真似の足払いも同様。

 無理矢理空気を吸い込んで萎みきった肺を膨らませる。酸欠で呆けた頭がややクリアになった。冴え始めた脳ミソがもっかい理解を示す。やっぱり勝ち目とかねぇと。

 

 這いつくばった姿勢から跳ね起きる。追撃が来るかと思ったが、会長さんは余裕をぶっこいて追撃を噛まさずにいた。強者の風格とでも言うつもりか。

 

「キミ、先輩をそんな目で睨むものじゃないよ」

 

 まるで学園に来たばかりの頃、セシリアさんと戦ったあのときのようなどうしようもない力量差があるのはわかる。わかっちゃいるがムカつく。セシリアさんのように全力を尽くしてこないことに腹が立つ。

 そりゃ、俺が弱いから出すまでもねぇってんだろうよ。本気を出させることが出来ねぇ俺が悪いんだろうよ。

 

「見くびんなっつーの」

「男の子ってものなのかしら。お姉さん思わずドキッとしちゃうわ」

 

 妖艶な笑みは劣情を煽らず普通に俺を煽った。額で血管が疼くのがよぉくわかった。この会長さんはどうにも合わねぇ! 無性に腹が立つ!

 

「……結構本気で嫌悪感出すの止めてほしいのだけれど、ちょっとかんちゃ、嫌なことがフラッシュバックしそうなの」

「散々煽っといてんなこと言われても知らねぇですよ」

 

 何故だか僅かに傷ついた顔が一瞬ちらついた。かんちゃってなんだよ。

 ……まあ、知ったこっちゃねぇ。全部わかった風なフリして手のひらの上で転がしてる雰囲気漂わせてるのが気に食わねぇ。箒さんの姉もフラッシュバックするし――パンツしか覚えてねぇ――しなかったわ。けど、わかったふりをされるってのは気持ち悪いもんだ。

 

 大振りはカモになる。コンパクトに手数を、一撃貰うと嫌でも効く顔だけは守る。武術なんざ授業以外でまともに学んだこともねぇし、格闘技なんざ知らねぇからこの程度しか出来ねぇ。ここに来るまで興味は欠片もなかったんだから当然と言えば当然。

 

 仕切り直しに左を二発打ち込めばご丁寧に二回叩き落とされる。そらそうだ、ジャブなんて上等なもんでもない。ただの喧嘩パンチに、喧嘩キック! ハハッ大振り上等だ! カウンターが脇腹を穿った痛い!

 

「ととっ、躊躇いなく顔を狙うのね」

 

 当たればいいダメージ入んだから狙うに決まってんだろなに言ってんだ。昔みーちゃんと喧嘩してたときも、ISを動かしたあの日の警備員にも普通に顔面キックを狙ってた。

 だいたい俺にそういう配慮を求められても困る。デリカシーとかそういうのは母さんの腹に残してきた。もしくは元から遺伝子に組み込まれてねぇんだよ!

 

 拳が蹴りが頭突きが全て受け流され払われ打ち落とされる。そのたびに芯に痺れが残留するが構うものか。

 

「躊躇いのなさと勢いや良し。けれど他が伴ってない」

「倒れろ膝つけ死ねやおらぁー!」

「会話する気ゼロなのかしら……」

 

 足背を踏み抜くつもりで出した脚が払われる。重心が行き場を失ってつんのめった。下降する視界に掌底を打ち上げようとする会長さ、マズッ!

 

 脳天を突き抜ける衝撃が顎に打ち据えられた。

 

 意識は現実を手放しておねんねしそうに──火花が散る視界そのままに頭突きを真下へ盲打(めくらう)つ。容易に躱された、もしくは元々当たってなかったのか畳にクリーンヒット。鈍い打撃音が道場と脳内に響いた。

 クソ痛いが目覚ましがわりにはなったのか。頭は晴れた。いや、ちょっと鈍痛が残って辛いが痩せ我慢でどうにかなる程度。顎にイイの貰ってこんだけの被害ならまだ安いもんだ。

 

「ふぅーっ」

「ふーっ、じゃないよ。キミって格闘技はてんで駄目だけど、もしかして喧嘩だけは慣れてる?」

 

 だけとか言うなよ、しかも慣れてはいねぇよ。よく友達と意見が食い違って言葉か肉体かで争ってただけのこと。そんでよく負けてボロボロになって帰って父親にダサいと散々煽られて軽い親子喧嘩までが一通りの流れだっただけだ。

 喧嘩上等、喧嘩売られたなら買っちまえ。舐められて気に食わねぇからぶん殴ってその認識改めさせる。シンプルイズベスト!

 

「意地張ってなんぼだろうが! バァーカ!」

 

 けど今答える義理はない。代わりに返すは超軽量級の煽りと軸足を捻り側頭部狙いの回し蹴り。それなりの勢いをつけたはずだがしかし。柔らかに受け止められた蹴りはまるで手応えがなく──

 

「じゃあ見せてもらおうかな、キミの意地を」

 

 世界が反転した。ISでは感じ得ない浮遊感に疑問が生じゼロコンマ1秒のうちに本能が最大級の警鐘を鳴り響かせた。ヤバいヤバいヤバい!

 直後、身体は重量を取り戻す。如何にして俺が俺の身長ほどの高さまで放り投げられたのか、そんなもの重要なことじゃあない。投げ終えた会長さんが俺に向けて扇子を構えているのだってどうでもいい。主観が会長さんなら技の解説でも悠長に出来ていただろうが残念ながら俺は現状打破に手一杯。

 ──なにせ俺の頭部が畳に向けて垂直だってことがクソやべぇ!

 がむしゃらに身体を捩り向きを修正する。いや、修正なんて丁寧なものじゃない。気合いで床に向けて垂直から平行になっただけ。

 

 要するに受け身もなにもなく、俺が胸部に腹部とついでに顔面を畳に強打してもなんら不思議はなかった。ゴキャッと自分と畳がたてた嫌な音を全身で感じる。

 

「ゴヒュッ! おえ゙っ、ゴフッゴホゴホッ!」

「……っと、私が意地になっちゃったかしら。やりすぎてしまったわね」

 

 荒ぶる痛覚が視界に思考に動く意思に研磨を掛けて削いでくるなか、どこか反省を孕んだ声が耳に届いた。

 だからなにを勝手に俺を測ってるのか。別に俺個人がどう言われても聞き流すし気にも止めねぇけどよ。

 

 ──あの言葉はちょっと、いやかなり滅茶苦茶イラついたんだ。それを思い出せば痛みに削がれていた勢いを吹き返すには十分だった。加えて今の台詞に含まれた同情は俺が意地を通そうとするには十二分だった。

 俺はそんなにか。俺は駄目の一言で片付けた奴に同情されて終わるほどに弱いのか。今までもらった全部を無駄にしてなにも見返せないまま終わる。

 

 冗談じゃねぇ。()()()()()()()()()()。どうせ敵わないという理屈は感情で叩き伏せる。通らない通りは条理を捩じ伏せる。

 

「ダッラァ!!」

 

 腕を地面に叩きつけ跳ね起きる。起き上がりきれなかった身体は再び倒れそうになるも、右足で踏ん張り倒れる勢いを利用。眼前まで歩み寄っていた会長さんに自重を乗せた拳を叩きつける。先程の蹴りと同じく受け止められ、しかし今度は確かな手応えを感じて彼女にたたらを踏ませて数歩後退させた。吃驚した顔してんじゃねぇよ。

 ぐらつく身体を気力で支えて拳を握る。あ、駄目だ足が動かねぇ、てか踏み出したら膝から崩れる。

 

「ッ!? ……まだ動けるのは、さすがに予想外よ」

 

 ボタボタと垂れる鼻血が畳に斑点模様をつける。会長さんの驚愕にどうしても苛立つままに強引に袖で拭って、どうしようもなく燻っていたものを吐き出した。身体が動かなくても口は働き者でなによりだ。

 

「るっせぇ! てめぇの尺定規で俺を、俺たち測んじゃねぇ! 勝手に駄目だって決めつけんな! 弱いから駄目だって一言で俺の今まで否定してくれてんじゃねぇ!」

 

 一夏と並んで互いの無知さに笑いながらも学んだこと。箒さんにしごかれて足腰震えながら鍛えたこと。セシリアさんに理論尽くしで教え込まれ理解力の乏しさに一緒にため息ついたこと。鈴に手玉に取られながらも喰いついてはしこたま叩きのめされたこと。ラウラに断りたいのに断りきれず善意100%でドイツ軍式体術を身体に叩き込まれて開始数秒で意識が飛んだこと。シャルロットは困ったときにはなんだかんだでいつも付き合ってくれたこと。

 どれもこれも絶対に駄目なんかじゃなかった。

 

 血塗れの面がインパクト的過ぎんのか。目を見開いて動きを止めた会長さんに内心を吐き出す。

 

「ボロボロで牛歩で無能な非才かもしれねぇけどな、それでも俺に色々と教えてくれた奴らがいるんだよ──それを否定することだけは絶対に! 絶ェェェ対にッ! 許、さ……」

 

 ねぇ。

 あとそれだけは言い切りたかったんだが言えなかった。たぶん学園入学以来かつてなく意地と気合いと根性を総動員して踏ん張ってたわけなんだが。

 散々殴られ蹴られ投げられて、叩きつけたかった言葉を吐き出しきる直前に、もう言い終わると思ったが最後。踏み出そうとした一歩でガス欠を起こした。緊張の糸が途切れて意図も途切れて身体の支えも途切れて、あと一息吐き出せばというところで俺の身体が崩れた。

 

 く、クッソダッセェェェ!

 

 ──拝啓、バカ親父。あんたの息子は啖呵をいっちょまえに切るだけ切ってぶっ倒れる無様を晒してます。あんたは何て言うでしょうか煽るでしょうね煽るだろうな知ってたよ! 俺だってこんなんなるって思わんかったわ! もうちょっと働けよ俺の口!

 

 小恥ずかしさと羞恥心と自己嫌悪を含めた心の中の絶叫を最後に、俺の意識は沈んでいくのであった。

 

 

▽▽▽▽

 

 

 思わぬところで彼の逆鱗に触れてしまっていたか。楯無は軽い反省を胸に抱く。

 代わりに出路桐也という少年のことが少しわかった。彼は自身の精神的パーソナルスペースを犯されることを酷く嫌っているようであった。その範囲は測りかれなかったものの楯無は大まかに掴めた気がした。

 彼自身の否定よりも、彼を構成してきた家族や友人といった親しい者への否定に過敏な少年であった。

 

 出路桐也が弱いという言葉には苦笑しながらも流すくらいの対応であった。しかし、楯無が『今までのやり方では弱いままでてんで駄目』と言ったときの彼は、その言葉は必ず否定してやるという確固たる意思が見えていた。

 想定では挑発は軽く流されるとして、他の餌をもとに釣る予定だった楯無はひとつため息をつく。

 

 記録から判断した情報の集まりたる抽象的な虚像を見すぎ、実像を真っ直ぐに見れず見落としたものがあった。

 

「私の直すべき点かしら……あ、かんちゃん思い出して辛いわ」

 

 セルフでトラウマを掘り起こしてへこむ。目的達成のため他のことが疎かになることがままある楯無の一番の失敗例を思い出し、最大の心の傷に塩を自ら塗り込む。

 あのとき以降、更識簪──妹──との仲は歪なままだ。彼女自身はそれはもうイチャラブするレベルで仲良くしたいのだが、妹からは親の仇を見るかのような視線を向けられている。少なくとも楯無はそう感じているし、どう関係性を直せばよいかもわからない。己の言葉で更に険悪になったらと考えるとどうしても踏ん切りがつかない。

 

 反省点があったと思うもののどうすればよかったのか。それは今でも楯無のなかで答えの出ていない課題であった。

 

「……はい、反省終了。今はこの子たちのこと」

 

 織斑一夏はわかりやすい。守るという漠然としながらも筋の通った目標がある。なにせ臨海学校では仲間の窮地にセカンドシフトまで漕ぎ着けたほどのものだ。そこを刺激すれば反応があることは予測できた。

 

 しかし、出路桐也を刺激するに当たってつつく場所が不明瞭であった。不本意ながら彼が学園に来て以来、命を懸けてしまう場面はいくら存在していた。だが、そのどれもが客観的に見るならば()()()()()()()()()()命を懸けているようであった。

 

「実際のところのキミの心境はわからないのだけれど……でも今回の件でお姉ーさんなんとなーくわかっちゃった」

 

 出路桐也の軸は彼自身よりも周囲に依存している、のかもしれない。だからこそ、彼が友人と過ごしてきた過去をないがしろにするような煽り文句にいとも容易く乗ってきたのではないだろうか。

 それは出路桐也が学園に来たことで大切な者から引き離されたが故か、元来の彼の性格かはまだ定かではない。けど楯無は思わず微笑んでしまう。

 

 ──推測でしかないがもしも本当にそうであるのならば。

 

 だって彼が彼女に激昂したということは、少なくとも彼にとって学園でできた友人もまた大切な人と思っているということなのだから。

 

「災難としか言い様のないなかで、君がそれだけ想える人が出来たならお姉ーさんはちょっと安心かな。けど短慮で短気は治さないとね。

 ま、織斑くんともどもビシバシ鍛えたげるから泣かないようにしてもらわないとね。意地を張りなよ男の子?」

 

 誰が見てるでもない格技場の真ん中で、扇子で口許を隠して微笑む。前途多難な彼らの今後を思い軽く同情をするものの、目下の多難の数割を請け負ってるのは彼女だったりする。同情をするならイベントやめろという、楯無は絶対にやめないのだが。

 

 さて、と。笑顔を潜めた楯無は誰にでもなく、何処にでも呟く。

 

「……この伸びたふたりどうしようかしら」

 

 ──彼女の声に答えるものは当然誰もいなかった。




ここまで読んでくださった方に感謝を。

更識楯無:客観的に万能型の少女。穴はあるものの隠すのが得意。隠した結果大惨事になることもある。
父親に煽られる:厳格な言葉じゃなくてねえねえ今どんな気持ち?って方向性。
喧嘩慣れ:友人とか父親とかと。

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