シャワーノズルから吹き出される熱い湯を頭から被り、セシリア・オルコットは己を振り返る。己の価値観を見直してみる。
──今のご時世、女が男を見下すことは珍しくない。しかしセシリアの男性に向ける
セシリア・オルコットの価値観の根底には、今は亡くしてしまった両親の存在が確かにあった。
彼女が憧れたのは母、数多の成功を納めてきた強いヒト。
彼女が認められなかったのは父、幼き頃のセシリアから見ても小さく、弱かったヒト。
そんな父親のことがセシリアは好きではなかった。そんな男性のことがセシリアは嫌いだった。
「結局最後まで母がどうしてあの人を選んだのか、それもわかりませんでしたわね……」
自身が幼かったからなのか、理解する努力を放棄したからなのかはもうわからない。
ただつまるところ、セシリア・オルコットが男性を拒絶し毛嫌いする理由はこんなものである。世の中がそうだから見下し嫌う、というのではない。ただ、強いていえば父が男性だったから、男性が嫌いなのだ。
セシリア自身もこの感情が理不尽なものとは自覚してはいる。なのでクラスメイトとなった二人には感情を抑え、自分なりの親切を掛けようともした。それが一般的な態度で振る舞う親切であったかは別問題とする、と注釈をいれることにはなるが。
だが今日、彼女のなかで男が弱いという価値観が崩れた。崩された。
──他人に笑われるほどの実力差を自分で笑い飛ばし、二度までも自身に辿り着いた出路桐也。
『ハッハー、やっぱりセシリアさんったらギャグセンスねぇなぁ! こっからそのたれ目を見開かせてこそだろぉが!』
思い返すと少し腹立たしいのがキズだが。
──初心者とは思えぬ機動力を見せ、世界最強の姉がいながら、これからは彼女すら守ってみせると大衆の前で宣言してみせた織斑一夏。
『今度は俺の番だ、これからは俺が皆を、千冬姉を守ってみせる!』
直後に何故か白式のシールドエネルギーが底を尽き、しまらぬ終わりとなったが。
「……笑えてきますわ」
どう転がしても、今までの自分の価値観に当てはまらない男性が一気に二人も現れてしまった。
そんな実感を目の当たりにして、それでも男性が弱いと言い張るほどセシリア・オルコットは未熟ではなかった。
「はぁぁ、もうなんだかめんどくさいですわー」
普段の彼女からは想像もできないため息を吐き、ふにゃりと肩の力を抜く。オルコット家を背負った日から一番と言い切れるほどの脱力である。
我ながら、だらしないとも思う。しかし、一人でいるときくらい良いではないか。
そんな風に見えない誰かに言い訳をしながら唇をツンと尖らせる彼女は、年相応の少女らしい顔をしていた。
ペタンと床に座り込んだ彼女は、艶かしくもスラりとした足を伸ばしシャワーの湯を止める──間違っても人目があるところでは自身が看過できない、とても行儀の悪い仕草。昨日までの自分に見られたら怒られそうだとセシリアは思う。
だけど、今まで考えもしなかったことを考えるには丁度良い。
──認めよう。セシリア・オルコットは少なくとも出路桐也と織斑一夏という、二人の男は弱くないと知った、いや体感させられた。
それに今までは常に男性はイコールで弱い者、という偏見を持ったまま接していた。ソレが完全に間違っていると言うつもりもない。でも、その偏見がたしかにセシリア・オルコットから見る世界を狭めていたことも紛れない事実。それがわかった。だったらセシリアはその偏見を外し、世界を広げる。
「国に命じられ代表候補生として学園へ来ましたけど、存外学びは多そうですわ」
まずは二つ、さっそくやるべきことができた。
▽▽▽▽
IS学園寮内1025号室でベッドにうつ伏せになって、枕を顔に押し付け身体を震わせている男子が二人いた。言うまでもなく俺と一夏だった。
「身体中が痛ぇ……! エネルギー切れ直前にアホみたいな自爆した自覚はあったけど、節々の筋繊維が悲鳴をあげて止まんぞ」
「めちゃくちゃ恥ずかしい……! あれだけ言い切っといてあんな負け方したとか、千冬姉にも笑われたし……穴があったら入りてぇ!」
一人は身体の痛みに、もう一人は心の痛みにうち震えていた。この痛みが引いたときには、どっかの戦闘民族みたいにパワーアップしてねぇかな。しねぇか。
「桐也はいいよなぁ、勝てはしなかったけど試合に負けて勝負に勝った感じだったし」
「フハハ、お前と違って試合の勝ちを捨ててたからな。そういう点では、むしろ代表候補生に勝ちにいくお前の方が十分にカッケェよ」
「そ、そうか……?」
「終わり方を除けばな!」
「ぐぅぅぬぅぅぅおああ!」
赤くなった顔を両手で押さえ、滅茶苦茶な捻れ方をしている一夏を見て爆笑するも、全身の痛みに俺も顔を青くし似た図になる。なんだこの地獄絵図? 取り敢えず医務室で渡された湿布を全身に貼るも、なんとも言えん臭いに包まれる。さっきまでは爽快な気分だったってのに、なんだこの気持ち的な急下降。上がるだけ上がって落ちるとかジェットコースターかよ。
「でも、どっちにせよ負けたんだよな俺たち……」
「ああ、その事実に目を向けちまう? そうだよ、完敗だったよ。俺は二度攻撃が当たったつっても当てただけで最後は爆破オチ、一夏はビットを数個破壊して勝てそうな条件を揃えるところまでいったとはいえ、本人には一度も攻撃当てられず自滅っていう惨状だぞ?」
「うぐ……代表候補生ってやっぱ強いんだな」
「遠いなぁ、代表候補生って遠いわー」
実際戦うとそれがよぉくわかった。随分と派手な試合をしたつもりだったが、冷静に思い返せば穴だらけ。次に戦えばもう同じ手は通じねぇんだろうな。また新しい奇襲のための策、奇策でも考えておかないと……いや、まずは基礎的なレベルアップをしろって話だよな。
そんためには、まずはISについての学をつけねぇと。
「あっ、しまった。忘れてた」
セシリアさんに借りた参考書返さねぇと。つい先日サラピンのを一夏と仲良くもらったんだった。
軋む身体に鞭打ってベッドから起き上がり、机の上に置かれる参考書を持ち上げるも痛みに顔が引きつる。そうか、結構重かったもんなコイツ。もうなんか色々めんどくさくなってきたし、明日でもいいかな。どうせ教室で会うじゃん――とかなんとか思い始めているとノック音。
「一夏、出てくれ」
「立ってるんだから桐也が出ろよ」
「今晩、俺はベッドの相手するのに忙しいんだよ」
「それ世間一般じゃ暇っていうんだぞ?」
再度コンコンッ、コンコンッと四回のノック音。どうでもいいことなのだがノック二回は便所用のノックでマナー的にNGらしい。つまり、扉の前にいるのはそういうことを知ってる人間――学園に入るほどの才女なら皆知ってそうだな。
一夏もなかなか動きそうにないし仕方ねぇな、どっこらせ。
筋肉痛によりストライキを訴える全身の気だるさを不起訴に抑え、扉を開けるまでの動作を成し遂げる。セシリアさんが視界に飛び込んできた、風呂上がりか? 仄かに漂ってくるシャンプーか香水の香りがグッド、しかし俺の湿布臭とのコントラストはバッドだった。そうじゃない、何の用だ?
「少しお話し、よろしいでしょうか?」
「俺と一夏、どっち?」
「お二人にですわ」
「そ、なら中へどうぞ」
「お邪魔しますわ」
セシリアさんからの話された内容、要点を搔い摘めば謝罪みたいなもんだった。男性というだけで見くびっていたこと、日本を軽くdisったことについて。
それを聞いた一夏も少し気まずそうに、セシリアさんに謝る。なんの件かと思えばイギリスメシマズって言ったことか。
いやはや、勝負のあとに和解とは少年漫画らしくていいな。
「あともうひとつ。クラス代表についてですが、お二人のどちらかにお譲りしますわ。わたくしの不満はお二人が男性、つまり弱いと思い込んでいたことでしたし、それは貴殿方の手で解消されましたので」
「ヒュー、だってよ一夏。日本男児の意地を見せつけたな、あとは任せた」
「待て待て待て! なんでサラッと俺に押し付けようとしてるんだよ!?」
「いや、冷静に考えてみろよ。俺と一夏どっちが強いよ?」
第二世代量産型に乗るレーザー全弾被弾の直線バカと、第三世代ワンオフ付きに乗り見事な回避を見せた一夏。
「しかも打鉄はダメージレベルCだ。クラス対抗戦にも代表候補生の専用機持ちが出てきてみろ……俺、死ぬぞ」
「声がガチトーンすぎて怖いぞ」
「ガチでそう思ってんだよ……セシリアさんからの見たところ、正直どっちが強いよ?」
埒があきそうにないので、この話を持ち出した張本人に話題を振る。
「先に現状、とつけておきますわ」
「あいよ、お心遣いありがとさん」
「そんなものではないですわ、先のことはわたくしにもわかりませんので。それでも今を見て言うならば、一夏さんの方にかなりの分がありますわね。理由は桐也さんが述べられた通りですわ」
「ってなわけだ一夏。大変そうなら手伝……いや、普段のノート代とでも思って頑張れや」
「うぐっ……はぁ、わかった。千冬姉がそれで納得するなら引き受け」
「もう話は通してますわ」
「早いな!?」
「さすが優等生」
こうして一年一組クラス代表は一夏と相成ったのでした、めでたしめでたしっと。
いいじゃねぇか、世界最強の姉を守るってんだ。手始めにクラスに勝利を持って帰ってきてくれよ。
だいたい俺には向いてねぇだろうかんな、そういうのは。今回だって、ただ自分のために戦っただけで初めから勝ちは捨ててた。クラス対抗戦でもこんな心構えじゃいけねぇだろ。それじゃあ、あんまりにもクラスメイトたちに顔向けが出来ないしな。
めんどくさがってるだけとか全然ないから。でっちージコチューとか聞こえねぇー。
なーんて、くるくる考えているうちに机の上の参考書が目についた。一夏とセシリアさんが話している間にモソモソと動き回収し、返すタイミングを測る……別に借りたときに嫌いと言われたことを引きずってなんてない、ねぇっつってんだろ。正面からビシッと返してやんよ。
「セシリアさん、参考書ありがとうございました」
「あら、新しいものが発行されたのですね……どうして腰が引けてるんですの?」
全くもってビシッと決まってなかった、だっせぇー。小首を傾げて疑問に思われるも、筋肉痛のせいだと誤魔化しておく。むしろこの体勢の方が負担が大きいことはこの際無視しておけ。
──翌日のHRにて一夏がクラス代表ということが正式に決定した。あとセシリアさんが、改めてクラス内で先日のことを謝ったのち、ISについて聞きたいことがあればいつでも聞いてくれればよいと言っていた。
まぁ、入学からゴタゴタしていたが丸く収まったのではないだろうか。
余談ながらセシリアさんは休み時間に割りと人気者のようだ。
▽▽▽▽
四月下旬、俺の筋肉痛も無事回復し、打鉄の使用許可もようやく出た。
学園内の整備科の人たちに直してもらったのだが、
『入学早々ここまで大破させたのは君が初めてだよ。さすが今年の一年生遅刻第一号はやることが違うねぇ』
とのお言葉をいただいた。うっせー、好きで壊した訳じゃねぇよ。ってかなんだ、俺が遅刻第一号ってのは全校に知れ渡ってんのか? 枕濡らすぞ。
何はともあれ、直った。そして今日、この授業では専用機持ちが基本的な飛行操縦を実践することとなっている。てか、織斑先生がたった今そう説明した。つまり、俺も飛ばないといけない。セシリアさんとの試合以来練習ゼロだってのに、いやまぁこの授業自体が練習みたいなものと思えばいいか。昨日に急上昇、急下降は習ったわけだし知識なしって訳でもない。
周囲を確認後、意識を待機状態の打鉄に向ける。一夏はガントレットに左手を掴み集中してるが、個人的にはイメージを固めるのにポーズは要らないタイプなので棒立ちだ。
光に包まれあっという間に打鉄が展開される。これが魔法少女ものだったのなら、一度全裸にひんむかれるというのに……この学園は美人が多いだけに非常に残念だ。口が裂けても言えねぇけどな?
展開が終わると、半月前には見るも無惨に損傷していた打鉄は綺麗に直っていた。アンロックユニットのシールドもバッチリである。今度は大事に使ってやりたいもんだ。
「展開したな、なら飛べ」
そう織斑先生から言われてからの行動はセシリアさんが一番早かった。流れるような動作で急上昇し、きっと綺麗に制止したのだろう。
一夏は少し遅れて上昇、機体のスペックの割りには少々速度は物足りなかったらしいな。
──きっと、らしい。
俺は、うん。やらかした。いやだって
これは加速方法として正式名称があったらしい。
「おい、出路待て!」
「うぇい? ――ぬぅぅぅおおおおおおおお!?」
異変に気づいた織斑先生の制止も時すでに遅し。最後発であったはずの俺は一夏もセシリアさんも抜き去り、空へ空へ空へ。音も何もかも置き去りにして最っ高に気持ちよかった。そんな高速のなかで、思考に挟み込まれた疑問。
……どう止まりゃいいんだこれ?
一瞬冷や汗をかいたが案外簡単に止まれた。いや、正確には止まれたとのではなく、止まった。何せ、学園のセキュリティとして張られているシールドに直撃してな。
バチィッ! と鳴り弾き返される、踏んだり蹴ったりだ。
ぐわんぐわんと揺れる頭をなんとかクリーンにしつつ、一夏たちがいるところまでゆっくり下降。
『馬鹿者が、急上昇に瞬時加速を使うやつがあるか』
「スミマセン」
瞬時加速が何かはハッキリとはわからないが謝っておく。確かに使うもんじゃねぇや。
習った通りに『自分の前方に角錐を展開させるイメージ』でやればよかったか。
「そういうけど俺には、いまいちピンと来ないんだよなぁ」
「そりゃあ、あれだろ。新幹線みたいなもんじゃねぇか? もしくは弾丸だ。先端尖らして空気抵抗を減らすイメージって勝手に解釈しちまえ」
「そんな雑でいいのか……?」
「ある程度は良いと思いますわ。イメージは所詮どこまでいってもイメージでしかないですし、自身のやり易いと思う方法に勝るものはなくてよ? まぁ、その方法を掴むために模範的なやり方からやるのもひとつですが」
そうだな、どっかの誰かみたいに学園のシールドに突撃しないためにも、初めのうちは教科書通りやることも必要だよな。
しかし、一夏はまだ納得がいかないようで首を捻ったままだ。
「そもそも空を飛ぶって感覚自体がなぁ、なんで浮いてるんだ?」
「飛ぶから飛んでんだろ」
「半重力力翼と流動波干渉を用いた説明になりますけど、お聞きしたいのであればお話ししますわよ? 半日は覚悟してもらいますが」
「飛ぶから飛ぶんだな! 納得した、だから説明はしてくれなくていいぞ!」
そう焦った様子の一夏を見て、あらあら残念ですわフフフと笑うセシリアさんの横顔は楽しそうだった。ただし、S的な意味で。止めろよ、俺たちアホを知識で翻弄して遊ぶなよ。見事に撃沈されんぞ。
「あら、一夏さんは参考書を一週間で覚えられたのでは?」
「結局無理で千冬ね……織斑先生に説教くらったよ」
『そろそろ降りてこい。急下降と完全停止をやってみろ、目標は地面より10cm。出路は今度瞬時加速をやってみろ、PICを切ったままグラウンド十周させるぞ』
「イエッスマム! しねぇです、しませんのでご勘弁を」
「では、お先に失礼します」
織斑先生より指示を承り、先ずはセシリアさんが手本とばかりに先行。ものの数秒で地表に到達し、綺麗に停止した。代表候補生にとってはお手の物って感じだなこりゃ。隣の一夏も感嘆の声を漏らしている。よし、なんとなくイメージは出来た。
ようするにチャリとかとブレーキのかけ方は似たようなもんだろ。止まる位置を決めて、止まりたい位置でキッカリ止まれるようにブレーキをかけ始める。そのかけ始めるタイミングと、元から出してる速度の調整が問題なんだろうが……そこはほれ、経験重ねるしかねぇだろ。
「じゃ、次いくわ一夏!」
翼スラスターより気前よく噴出、加速のイメージは既に色々体験済み故に容易なので難なく急下降開始。流れる景色に近づく地面、今までの俺のブレーキをイメージ──力業上等逆噴射、シールドに激突──なんだこの二択。ええい、取り敢えずチャリと変わんねぇんだ、一にブレーキ、そんで止まんなきゃ逆噴射! それでも無理なら激突だ!
地上から10cmよりほど遠い地点でブレーキをかけ始めるも、加速の勢いはなかなか衰えず。10mを切った時点で綺麗な着地を諦め、地面に着弾しないためにスラスターを噴射。打鉄諦めんな諦めんなよ止まれぇぇぇ!
そんな思いがナニかに通じたのか、地面より僅か1cm。そこで完全停止を成功、とは言い難い不完全停止を成功させた。クラスメイトの微妙な目線が痛い、誰か穴掘ってくれ入るから。
「狙ってその地点なら上等だが普通に止まり損ねたな?」
「……うっす」
「もう少しPICも応用して止まるようにしろ、スラスターの逆噴射を毎度停止に使っていれば負担が大きすぎる」
そんなアドバイスに返事をしようとした。いや、したんだが、その返事は轟音と突風にかき消された。振り返れば砂ぼこりが舞い上がり、出来上がったクレーターの中心には一夏がいた。完全停止をミスって豪快に地面に突っ込んだか……本当に穴が掘られるたぁ思わなかったぜ。たぶん俺は悪くない。
箒さんが『なにをやってるんだ』と言わんばかりにため息を吐きつつも一夏に駆け寄る。
「大丈夫か一夏」
「……心が、痛いな」
「そうか、無事なら良かった……大丈夫なら早く出てこい」
「はぁ、誰がグラウンドに風穴を開けろと言った。大方加速のことに気を取られ過ぎたんだろうが……とにかく穴から出てこい」
指摘を受けて一夏の目が泳いでら。本当に加速の方に集中しすぎたのか。他人事のように笑いたいところだが、瞬時加速で空のシールドに激突した俺も五十歩百歩だな。ブレーキ大事。
「次、武装展開をしろ。織斑からだ」
そう言われ、一夏は白式を展開するときと同じ格好をする。手のひらより光がまばらまばらに放出され――刀の形を成した。近接特化ブレード・雪片弐型というらしいが、ブレードなのだからそりゃ近接特化だよな、と言うのが一夏の弁。
「遅い、0.5秒は切れるようになっておけ」
織斑先生ったら形成された刀よりもバッサリと言い切るな。俺も続いて展開するように言われ、近接ブレードを展開するもやはり遅い。同じことを言い渡された。
「オルコット、ライフルからだ」
「はい」
……ちょっとよくわかんねぇ。ふと瞬きをしたら狙撃銃《スターライトmkIII》が握られていた。比べるのも馬鹿馬鹿しくなるほどに速い、本人は誇るでもなく出来て当然って顔だけどな。
「よし、なら次は近接用の武装を出せ」
「……ふぅ、わかりましたわ」
ライフルを収納し、入れ替わるかのようにナイフ型の近接用武装《インターセプター》が光の爆発と共に展開された。
「ふっ、及第点といったところだな。近接用の方は特にもう少し早く出せるようにしておけ」
ニヒルに笑いつつセシリアさんにそう告げる織斑先生と、対照的に少し安堵したように肩を下ろすセシリアさん。っと目が合った。
『どうしました?』
『いんや、なんかライフルのときは余裕綽々だったのに今は安堵してるように見えて、なんでかなーって思っただけだ』
『あぁ、当たってますわよ。少しばかり安堵してますもの……実は、わたくし近接用武装の展開は苦手でしたの。入学前は名前を
『はぁん、それにしては速かったけどな』
それこそ織斑先生から及第点をもらうほどに。あの人、半端なところじゃ絶対に妥協せずに、さらに要求を重ねてくるタイプだぞ?
『ふふ、それはクラス代表決定戦のあのあとから練習したからですわ。わたくし結構人に懐に入られない自信がありましたのに、素人の桐也さんと一夏さんに距離を詰められたので。慢心を無くせたと同時に、ちょっっっぴりプライドに罅が入りまして。翌日から猛特訓、最も苦手な分野の一角でしたけど成せば成るものですわね』
チロッと小さく舌を出すセシリアさんがとてもキュート。いや、そうじゃねぇ。そもそも武装名を呼ばないと出せなかったってことは、近接用の武装の展開については初心者も同然だったってこった。それを半月足らずで
『次、万が一、いえ兆が一あなたに距離を詰められたときには逆にざっくりと斬り裂いて差し上げますわ』
『なんで億を飛ばしたかツッコミてぇが、こちとら伸び代は未知数。いつか勝ってみせらぁよ』
ホンットこの口は困るわー。挑発されりゃホイホイと答えちまう。そりゃあ、本心では勝ちたいとも思ってるけど実力差とか考える前に口が動く。この癖直んねぇかなぁ。
「おい、そこ。雑談は授業のあとにしておけ」
注意されちまった……ん? 個人間秘匿通信なのに、ISすら身につけていない織斑先生は何故わかる。世界最強の野生の勘か。
「そろそろ時間か。今日の授業はここまでだ、次の授業に遅れるなよ……あぁ、そうだ。織斑は放課後にそこの穴を埋めておけ」
「……はい」
グラウンドにポッカリと出来た、軽くISを埋葬出来そうなクレーター。まぁ、あそこに埋葬されるのは一夏の体力ってのは明白だな。
そう考えていると箒さんが一夏の肩を叩き、どこか織斑先生を彷彿とさせるイイ笑顔を残し去っていった。手伝わねぇのかよ。
それに続くかのように、セシリアさんも続いて肩をポンッと叩く。
『いい基礎体力作りになって羨ましいですわー』
的なニュアンスの台詞を残していった、完全に棒読みだった。その後もクラスメイトたちが似たような激励や野次を一夏に残していく。
最後に残ったのは俺と一夏。これまでのクラスメイト同様に肩に手を当てる。
「唐突にな、今日の日替わりデザート食いたいなぁって、ふと思ったわけよ。それで穴を埋める運動とかしたあとなら美味く食えるだろうな、なんて考えたりもしたわけよ……しかし残念なことに金欠でな。デザートも食えないし、運動も出来そうにない。いや、一夏には全くもって関係ないことなんだけどな? 非常に、残念だ」
「手伝うから奢れってことだよな!?」
「ザッツライト」
「くっ……わかった、それで手伝ってくれ」
放課後の穴埋めはそれなりにしんどかったが、夕食のデザートは美味かった。
ここまで読んでくださった方に感謝を。
・アンロックユニット(シールド):打鉄の肩の横に浮いている鎧の袖部のような物体。ブルーティアーズのような機動性はないはず……なのだが、ある男子生徒はヒョイヒョイ動かしてる。一般的な打鉄のそれが動くかは不明。
・瞬時加速:後部スラスター翼からエネルギーを出す取り込む圧縮出す、慣性エネルギー爆発、グンッと加速する、という原理らしい。燃費は良いとは言えないが腕次第でもある。素人の男子生徒が運良くか悪くか成功した際にはえらくエネルギーが削られていたとのこと。