ここはトラック泊地の食堂。
主に艦娘たちの補給のために使われており、広い部屋には複数人が座れる横長の椅子に長方形のテーブルがいくつも並べられていた。
窓は夜の空とそこに散らばるいくつもの星を映し出している。
そんな食堂のテーブルのひとつで、
「漣、まさかこんな形でお前と戦うことになるとはな…」
「たとえご主人様でも、これだけは譲れませんよ…」
机をはさんでご主人様と漣は向かい合って座っている。もし漫画なら、背景にゴゴゴ…という効果音がつきそうな状態ですね。
「あ、あの… 司令官さんも漣さんも落ち着いて…」
「無駄だよ。 こうなった以上、二人とも引き下がるつもりはないからね」
しどろもどろになりながらも止めようとする羽黒さんに、響の言葉がかかる。
そうよ、これだけは絶対に譲れない。
たとえ相手が一番付き合いの長いご主人様であろうとね!!
「いくぞ、漣っ!!」
「ご主人様、かくごっ!!」
「「最初はグー! ジャンケンポン!!」」
「んーおいしい。 やっぱり勝利の味は格別ね♪」
「ちっくしょー! わざわざ目の前で旨そうに食いやがってー!!」
ご主人様が涙目になってる横で、漣はジャンケンで勝ち取った間宮さんお手製のアイスに舌鼓を打っていた。
「いやはや、アイスひとつでここまで落ち込むとは。 他の提督が見たら、君が一週間で正式な提督になりあがった男だとは思わないだろうね」
間宮さんのアイスを手土産にやってきた横須賀鎮守府の提督、神原さんが苦笑しているとご主人様が食ってかかる。
「何言ってんですか! 昔から言うじゃないすか、食い物の恨みは命より重いって…!」
「ははは、すまなかった。 次は多めに持ってくるから許してくれたまえ」
「神原さん、ご主人様をあんまり甘やかしちゃダメですよ。 この前だって勝手にお風呂をつけてですね」
「おいいいいい!! 漣、その話蒸し返すのかよ!? 勘弁してくれ、お前に追い回された後もほんとに大変だったんだから」
ご主人様の制止を振り切り、漣はこの前の鎮守府お風呂騒動について話した。
その話に神原さんは笑い声を上げ、響は冷ややかな、羽黒さんは微妙に生暖かい視線を向けていた。
執務室に勝手にお風呂をつけた件について、ご主人様も漣の尋問以外にいろいろあったらしい。
ご主人様曰く、あれ以来やけに扶桑さんから艶っぽい視線を向けられたり、山城さんに至っては扶桑さんに嫌いといわれたショックであのときの出来事は綺麗さっぱり忘れてしまったようなの。
いや、厳密には忘れたというより彼女の中では最初からなかったもの、として処理されたらしく漣がその話を振ってみたら、『そんなことあるわけないじゃない』と笑顔で返されたのだ。
「いや、まさか執務室でそんなことをするとはね。 君ほど面白い提督はそうはいないだろうね」
「し、司令官さん。 エッチなのはいけないと思います!」
「司令官も男だから仕方ないとは思うけど、さすがに相手は選んだほうがいいと思うよ」
「だからやめてくれってほんとに!! 何でウチが手を出したみたいに話が進んでるの!?」
三人から吊るし上げを食らって落ち込むご主人様。
さすがにかわいそうかな…、と思ったのでそろそろ助け舟を出すことにしました。
「ところで神原さん、一体何の御用でここへ来たんですか? 出撃や遠征のことならいつもどうりメールでするはずですけど…?」
漣の言葉に神原さんもそうだったね、と一言言うとこちらに向かって本題を切り出した。
「今回君たちに向かってほしい海域があってね、そのことで話しておかなくてはならないことがあるんだ」
「向かってほしい海域…、一体どこなんすか?」
「この南西諸島海域でもっとも戦闘が激しい海域、といえば分かるかな…?」
「そ、それってまさか…!?」
「そう、君たちに向かってほしいのは南西諸島海域でもっとも危険な海域…、沖ノ島海域だよ」
「ちょっと待ってくださいよ! なんだって急にそんなこと言うんですか!?」
「それについてはこれから話すよ。 恐らく、君たちにとっても重大なことだからね」
神原さんはいったん呼吸を整えると、ご主人様と漣に視線を向ける。
その瞳はいつもの穏やかな様子は一切なく、これから決死の作戦に挑むような真剣みを帯びていました。
「実は舞鶴鎮守府に所属している艦娘が艦隊決戦援護作戦の遠征中、作戦海域で消息不明になってしまい君たちにその艦娘の捜索と保護を頼みたいのだ」
「別に漣たちに頼まなくても、その舞鶴鎮守府のほうで捜索すればいいんじゃないですか?」
「理由は二つある。 一つ目は主力艦隊の艦娘たちは他の海域での戦闘でほとんどが負傷してしまって捜索にむかえるものがいないのだ」
「タイミング悪いにもほどがあるじゃないすか、それ…」
「二つ目は消息不明になった艦娘がこの子であるからだよ」
そう言って、神原さんは懐から一枚の写真を取り出しました。
そこに写っていたのは一人の艦娘だった。 長いポニーテールと穏やかな顔つきが特徴的な艦娘でした。
へえ、かわいい子だな。 とご主人様は言っていたが、漣はこの写真を見たとたんに全身の血の気が引くのを感じました。
「う…うそ…でしょ。 そんな…どうして…」
「ど、どうした漣。 顔色が悪いぞ、この子について何か知っているのか?」
ご主人様の問いに、漣は無意識のうちに答えを口にしていました。
「綾波…お姉ちゃん…」
「お姉ちゃんって…… まさか、消息不明になった艦娘っておまえの姉ちゃんなのか!?」
「そのとおり。 『綾波型駆逐艦1番艦 綾波』 それが彼女の名前だよ」
「なんてこった…」
「これで君たちに頼んだ理由は分かったと思う。 どうか、捜索をお願いできないかね?」
「するに決まってるじゃないすか!! 漣の姉ちゃん、綾波はウチらが必ず見つけてきます!」
「ありがとう。 君たちにはいつも苦労を掛けてしまうね…」
「水臭いこと言わないでください! ウチだって神原さんのおかげで提督としてあいつらを助けられるんですから」
話を終えた神原さんは、よろしく頼む、と一言残すと横須賀鎮守府に戻るため食堂を後にしました。
神原さんを見送った後、ご主人様と漣は明日の出撃についてみんなと話し合うため、執務室に向かいました。
「あの…、ご主人様…」
「明日、第一艦隊の皆で沖ノ島海域に向かおう。 心配すんな、お前の姉ちゃんは絶対助けるからよ」
そういってご主人様は漣の頭を軽くなでる。
ご主人様もご主人様なりに漣のことを気に掛けてくれているようです。
でも、違うの…漣が言いたいのは…
「聞いてくださいご主人様!!」
「な、なんだ…?」
「明日の出撃は漣を外してください!!」
漣が涙混じりに出した言葉。 ご主人様はその言葉に一瞬気をとられたが、すぐに聞いてきました。
「な、何言ってんだよ? お前、姉ちゃんを助けたくないのか!?」
「助けたいです! だから、漣は出撃するわけにはいきません!」
綾波お姉ちゃんのいる沖ノ島海域は南西諸島でも非常に危険な海域、特にフラグシップと呼ばれる強力な深海棲艦まで出没するからこちらも戦艦や空母などの強い艦娘が必要になってきます。
でも漣は戦艦でもなければ空母でもない、砲撃戦に関しては非力な駆逐艦。
いくら夜戦や雷撃戦に強くても、砲撃戦でやられれば足手まといになってしまう。
助けるはずの自分が助けられる側になっては、お姉ちゃんだけでなく他の仲間にも危険が及ぶ。
だからこそ、自分がこの海域に出るわけにはいかない。 それが漣の結論でした。
「お姉ちゃんは助けたいけど、漣は非力な駆逐艦。 だから、出撃させるなら強い戦艦や空母の方に出てもらったほうがいいと思ったんです。 お姉ちゃんを助けるためにはそうすべきだと……」
「………」
ご主人様は何もいわず、ただ漣の話を聞いていました。
話を聞き終えても無言のままで何もいわない。
どうして何もいわないかは分からないけど、漣は間違ったことは言ってない。 これでいいんだ。
「それじゃ、早く行きましょうご主人様♪」
漣はご主人様をつれてこうと手を握ったとき、不意にご主人様は口を開きました。
「それでいいのか?」
「へっ? な、何言いだすんですか急に…?」
「お前ほんとにそれでいいのかって聞いてるんだよ!」
「い、いやですよご主人様。 さっきもいったじゃないですか、お姉ちゃんを助けに行くにはそうしたほうがいいって…」
「そうやってもっともらしい理由をつけて自分をだますのか!? ほんとは大事な姉ちゃんを自分で助けたいって思ってるんじゃないのか!?」
「それは…」
「漣、自分に嘘をつくな! 自分に嘘をついて一番傷つくのは自分自身なんだ。 お前は自分が一番後悔する方法を自分で選んでいるんだぞ、ほんとうにそれでいいのか!?」
「………」
「それが本当にお前の本心なら、ウチは要望通りお前を明日の出撃からはずす。 最後の質問だ。 漣、お前はどうしたいんだ?」
漣がどうしたいか……お姉ちゃんのために何をしたいか……そんなの、とっくに分かってる
「…明日の沖ノ島海域、漣も出撃させてください!!」
「あたりまえだ!!」
ご主人様は漣の気持ちに二つ返事でこたえてくれました。
「沖ノ島海域の編成は、戦艦の山城と霧島・空母の飛鷹と準鷹・重巡羽黒・そして漣、お前に旗艦を勤めてもらう」
「はい、分かりました!」
「後の作戦についてはこれから話し合おう。 それともうひとつ…」
ご主人様は急に指先をこっちに突きつけてきました。
「漣、お前は今までウチという提督を支えてくれた立派な艦娘だ。 だからウチはお前を非力な駆逐艦だなんて誰にも言わせない、お前自身にもな」
「ご主人様…」
「よし、それじゃ行くとするか」
「はいっ!!」
漣はご主人様の後を追って執務室に入っていきました。
綾波お姉ちゃん、無事でいてくれてますか?
漣たちは明日、お姉ちゃんを助けに行きます。
お姉ちゃんと再会できたら、たくさんお話したいことがあります。
トラック泊地での出来事、艦隊の皆のこと、そしてご主人様のこと。
だから、もうちょっとだけ待っててください。
必ず…必ず助けますから…!
「ところでご主人様、扶桑さんも戦艦なのにどうして連れて行かないんですか?」
「いや、扶桑さんを連れて行ったら戦闘の最中に襲われそうだから……。 この前も、深夜に夜這いされかけたから…」
「……ご主人様、やっぱり格好悪いです……」