舞鶴鎮守府の一室。
執務室には先ほどまでいた北上と大井は席をはずし、この場にいるのはソファに座る三人の提督、そして傍らには二人の提督の秘書艦が後ろに寄り添っていた。
秘書艦の一人、戦艦大和はうつむきながら自分の妹、戦艦武蔵が沈んだことを語ってくれた。 表情は見えなかったが、彼女の顔にはうっすらと光るものが見えた。
重い…
この戦争で、神原さんは恋人を…大和は妹を失って…
今までどんな思いで過ごしてきたのだろうか…
ウチは二人にかける言葉が見つからなかった…
「…大和」
「提督、大和は平気です。 どうぞ、話を続けてください…」
「…分かった」
大和のことを気にかけてた神原さんだが、彼女の言葉を聞くと、再びウチに顔を向けて話を続けた。
「…話が逸れてしまったね。 私とともにリングを開発した装備妖精は、現在君のいるトラック泊地の工廠で働いていてね、君のことについては彼女から聞いたんだよ」
「そうだったんですか。 まさか、あの時リングを渡した妖精が神原さんと知り合いだったとは…」
「彼女の協力もあって、ようやくリングは完成した。 だが、このリングを使用したとき、一つ誤算があったんだ…」
「…誤算、ですか?」
「このリングをつけても、人間は艦娘と同じ力を発揮することが出来ないからです」
語りだしたのは神原さんではなく、間宮さんだった。
「私も、あなたと同じ綾波たちを助けるためにこのリングをつけました。 でも、駆逐艦や軽巡洋艦ならともかく、戦艦や空母の艦娘と同じだけの力を発揮するには私達人間の体はあまりに脆すぎたんです」
「結果的に敵から逃げ切ることは出来ましたが、私自身は深海棲艦の攻撃と無理にリングの力を使った反動で1ヶ月は絶対安静の身となりました」
「それを聞いた神原さんは人間にも扱えるようリングの力を制限しましたが、それゆえに適合者はこれをつけても駆逐艦と同程度の能力しか発揮できないのです」
「だから、私は妖精たちにお願いして私専用の艤装を作ってもらい、趣味でやっていた料理の腕を生かして給糧艦『間宮』を名乗ることで他の艦娘たちをサポートしているのです」
「そうだったんですか………って、あれ? ちょっと待ってください、その話おかしいですよ!?」
間宮さんが話してくれたリングについて、ウチには一つ疑問があったのだ。
「間宮さんの話どおりだとすると、ウチも駆逐艦と同じ程度の能力しか発揮できないはずなのに、どうしてウチは空母や戦艦を倒せるぐらい強くなってるんですか!?」
そう、間宮さんの話からはじめて知った事実。
たとえ艦娘でも、駆逐艦では夜戦や雷撃戦に持ち込まなければ空母や戦艦は倒せない。
なのに、ウチは夜戦や雷撃戦どころか、深海棲艦と砲撃戦や近接戦闘で戦い、そして勝ってきたのだ。
ウチの質問に間宮さんは一瞬戸惑っていたが、代わりに神原さんが答えてくれた。
「それは分からない…。 私もいろんな適合者を見たが、君のようなものは初めてだ。 中峰君、どうやら君は適合者の中でははかなりイレギュラーな存在なんだ」
「そんな…」
「だがね、君のその力に助けられてきたものがいるのも事実だ。 それについては、君も胸を張って誇っていいと思うよ」
「そ、そうですか。 改めて言われると、気恥ずかしいですね」
確かに、ウチはこの力のおかげであいつらを守ってこられたんだ。
イレギュラーだろうと、それだけはウチにとっても嬉しかった。
それならもう一つ、このことについても知ってるかな?
「それじゃ、神原さん。 ウチをこの世界に呼んだのも神原さんたちがやったことなんですか?」
「…っ? 呼んだ? 我々が? すまない、中峰君。 それは一体どういう意味だい?」
「あれっ? ウチがこの世界に来たのって、神原さんたちがやったことじゃないんですか?」
「私も、君の言っていることが理解できない。 すまないが、最初から説明してもらえないかね」
ウチは戸惑いながらも、この世界に来たいきさつを話した。
自分は家でゲームをしようとしたら、突然強い光に照らされたこと。
そして、気づいたら横須賀鎮守府近くの砂浜で倒れていたこと。
自分が元いた世界では、艦娘も深海棲艦も存在していないこと。
一通り説明し終えたとき、神原さんや間宮さん、隣にいた綾波や大和まで目を丸くしていた。
「そ、それは本当かい!? 君が別の世界から来たなんて…!!」
「冗談で話すぐらいなら、もっとマシな嘘をつきますよ」
「す、すみません…。 あまりに突飛な話だったので、つい…」
申し訳なさそうに声をかける間宮さん。 まあ、さすがにこんな話信じろ、と言うのに無理があるのは分かる。
そんな中、神原さんは再び真剣な表情をウチに向けてきた。
「すまないが、君を元の世界に返す方法は私達も知らない。 ただ…、私には君がこの世界に来たことが単なる偶然とは思えないんだ」
「どういう意味ですか? 神原さん…」
「君がこの横須賀鎮守府の砂浜で漣と初めて出会った事、覚えているかい?」
「そりゃ、もちろん覚えてますよ。 あいつと会ったことも、その後あいつが深海棲艦に襲われ危険だったことも」
「もしあの時砂浜に君がいなかったら、今頃漣は轟沈していたかもしれない。 君のおかげで彼女は助かったんだ」
「い、いや…。 それは漣がウチの作戦を成功させてくれただけで…」
「漣だけではない。 トラック泊地にいるほかの艦娘たちだって、君が提督になったおかげで助けることが出来た。 君のおかげなんだ」
「………」
「君はあの時、成り行きで提督代理を引き受けたのかもしれない。 でも、そのおかげで君は多くの艦娘を助けてくれた。 自分で言うのもなんだが、君をトラック泊地の提督として選んだ私の先見は正しかったみたいだ」
「…過大評価しすぎですよ、神原さん。 ウチが最初提督代理になったのも楽しそうだなと思っただけで、艦娘を助けるなんて大それたもんじゃなかったんすよ…」
だけど、そんなウチの言い分も一人の秘書艦にあっさり否定された。
「私も、中峰さんが提督になってくれてよかったと思ってます」
不意に聞こえた声。 二人が座っているソファの後ろで声の主はウチを見ながら言った。
「綾波…」
「沖ノ島海域であなたと漣のやり取りを見たとき、私本当に驚きました。 だって、あの子があんなに他の人と楽しげに接する姿、初めて見ましたから」
「そうだったのか…? あいつ、いつもあんな感じだからちっとも知らなかったよ」
「きっと、漣にとって中峰さんはそれだけ心を許せる存在なんだと思います。 だから、中峰さん…」
「元の世界に帰る方法が見つかるまで、あの子の提督でいてあげてください。 漣には、あなたのような提督が必要なんです。 どうか、お願いします!!」
必死の懇願とともに精一杯ウチに向かって頭をたれる綾波。
その姿にウチはあわてて頭を上げてくれ、と言おうとしたが、別の人物にその言葉は遮られてしまった。
「私からもお願いします。 提督として、給糧艦として私も出来る限りの協力をします。 だから、今だけは綾波の我侭を聞いてあげてください!!」
「私からも頼む。 もはや、あそこにとって君は欠かせない存在なんだ。 君が元の世界に帰る方法は私達が調べてみよう。 だから、それまでトラック泊地の提督としてここにいてくれないか?」
目の前にいた人たち。 間宮さんや神原さん、そして大和までもがウチに頭を下げて頼み込んできた。
真剣なみんなの姿に耐え切れず、ウチは思わず声を上げた。
「皆、顔を上げてよ。 ウチは提督になる前……いや、この世界に来る前から決めてたんだ、絶対に誰一人沈ませないって。 その気持ちは今でも変わってない、漣たちはウチが守ってみせる。 いままでも… そしてこれからも… ウチは、あいつらの提督だから!!」
「中峰さん…」
静まり返った執務室。 そんな中で、誰かの声がウチの耳に届いた。
「…ありがとう」
夕暮れの舞鶴鎮守府。
ウチは執務室にいた艦娘、北上に見送られ港までやってきた。
「ここまで見送りありがとうな。 神原さんたちにはよろしく伝えておいてくれ」
「いやいや、こちらこそ秘書艦の妹ちゃんをよろしくね。 提督さん♪」
「ああ、北上も元気でな。 大井にも… まあ… よろしく言っといてくれ…」
苦笑しながらウチはここまで来た舞鶴の海に目をやる。
来たときは空の青さで透き通るような海も、今は夕焼けのグラデーションでオレンジ一色に染まり、今しか見れない美しい光景が広がっていた。
「綺麗だな。 ここは…」
「まあね。 私も、この景色は好きだよ」
でも、こんなに綺麗な海も、あいつらにとっては戦場。 深海棲艦という化け物と戦うための戦場なんだ。
いつか、あいつらに見せてやりたい。 ウチがいた世界の海を… 戦争のない平和な世界の海を…
「…北上」
「ん…、 なあに?」
「この戦い、必ず勝とう。 勝って、皆で戦争のない平和な時代を迎えよう」
「もっちろんだよ♪ あたしや大井っちも頑張るから、期待しててちょうだい」
真剣に話すウチに対して、北上は最後まで軽い口調で返事をする。
まあ、そこが彼女のいいところなんだけどね。
夕暮れの港。 重雷装巡洋艦 北上はトラック泊地目指して、海を駆ける提督を見届けている。
提督の姿が見えなくなるまで見届けた彼女は、誰もいない港で一人つぶやいた。
「気をつけなよ。 これから挑むであろう北方海域、そして西方海域はより強い深海棲艦が現れる…」
「何より、あいつは危険だよ。 強大な火力と艦載機で、あたしや大井っちを大破状態まで追い込んできた。 あいつは戦艦でもなければ空母でもなかった。 でも、今まで戦った深海棲艦より桁外れに強かった…」
「あいつの名前は分からない。 でも、撤退間際に他の深海棲艦たちがこう呼ぶのが聞こえてきた…」
「姫…。 深海棲艦たちは、確かにあいつのことをそう呼んでいた」
「だから、絶対に姫と戦ってはダメ。 いいね、戦う提督さん…」
静かにポツリと言った彼女の言葉、その言葉に返事をするものは誰もいなかった。