ここはショートランド泊地の鎮守府。
執務室には高級そうなアンティークの家具が並び、壁には今までの戦果を示すようにたくさんの勲章が飾られていた。
部屋の中央には外国のものであろう赤い豪華な絨毯が引かれ、部屋全体に荘厳な雰囲気をかもし出していた。
しかし、奥の執務机にいる男は部屋の雰囲気とは裏腹にあからさまに不機嫌な表情を浮かべている。
さきほどからトントンと指で机を叩き、部屋にはその音だけがうるさく響いていた。
執務机の横には一人の艦娘がずっと気まずそうな様子で立っている。
駆逐艦らしいセーラー服に腰まで届く長い髪。 頭からはぴょこんとアホ毛が出ている。
その艦娘もすることがなく、ただただそこに立っていることしかできなかった。
「…おい」
不意に男が声を上げる。
「えっ…?」
男の声に気付き、艦娘も返事をしようと男に顔を向けようとしたとき…
「『えっ…?』じゃねえだろ! なんだ、上官に対してその態度は!?」
男はいきなり声を荒げながら艦娘を怒鳴りつけた。
「ひっ!? ご、ごめんなさいっ!!」
「秘書艦なら俺の返事ぐらいしっかり聞いてやがれ、このグズ!!」
「ごめんなさい、やめてください!」
「こんどさっきみてえな間の抜けた返事したら、どうなるか分かってんだろうな。 ああっ!?」
「すみません、もうしませんからっ!!」
涙混じりになりながら必死に男に謝る艦娘。 男は悪びれる様子もなく露骨に舌打ちすると、
「くそっ! 駆逐艦の連中、資材集めんのにどんだけ油売ってやがんだ」
「あいつらもそろそろ潮時か…? 資材が集まったらまた新しい奴建造して、今の連中は弾除けにでも使うか」
すでに艦娘を切り捨てる算段を立てる男に、
「…そんな、ひどいっ!」
思わず声を上げる艦娘。 だが、その言動が再び男の怒りに触れてしまった。
「うるせえ、口ごたえするな!!」
男は艦娘をにらみつけると、艦娘の髪の毛を掴み乱暴に引っ張る。
艦娘は抵抗することも出来ず、引っ張られるまま床に叩きつけられた。
「きゃあっ!」
「お前ら艦娘は深海棲艦を倒すための兵器だろ! 兵器は俺ら提督の言うことだけ黙って聞いてりゃいいんだよ。 人の形した化け物の分際で、余計なこと考えてんじゃねえ!!」
自らを提督と呼んだ男は悪態をつくと、荒っぽく椅子に腰掛け気だるそうに足を組む。
床に叩きつけられた艦娘は、張り倒されて痛む頬をさすりながら静かに涙を流した。
(うう… お姉ちゃん達、今どこにいるの…?)
(お願い……だれか……)
(誰か助けて…!!)
ショートランド泊地の正面入り口。
ウチことトラック泊地提督中峰正也は、現在夕雲と共に近くの岩に身を隠して入り口を伺っている。
正也「アレが、例のブラック鎮守府か…」
夕雲「そうです。 巻雲さんも、潮さんもあそこに囚われているんです…」
ショートランド泊地は建物の並びはウチの知ってるトラック泊地とさほど変わらなかった。
正面から見える場所に提督が働く中央建物がドンと立てられており、右手側に艦娘用の寮・左手側に工廠らしき建物があった。
だが、トラック泊地と違う所がいくつかあった。
一つは正面に見える入り口。
ショートランド泊地は入り口の周りに侵入者防止用に使われる高いフェンスが張り巡らされており、フェンスの一番上には鉄条網が伸びていた。
もう一つは艦娘寮の外観だ。
遠めだから小さくしか見えないが、艦娘寮の窓にはびっちりと板が打ち付けられ中の様子が全く分からなかった。 おそらく、これでは中からも外の様子が見られないだろう…
これを鎮守府と呼ぶのであれば、囚人を捕らえる監獄はすべて鎮守府と呼べるレベルだ。 質が悪いにもほどがある…
正面入り口には作業員なのか、見張りの男が立っている。
正也「まず、あの見張りをどうにかしないとか…」
夕雲「でしたら、夕雲が囮になります。 ここに所属してる夕雲なら向こうもきっと油断するので、その隙を突いてください」
正也「……いや、ちょっと待って。 ここも鎮守府なら、資材庫があるよね?」
夕雲「えっ? はい、ありますけど…」
正也「なあるほど…」
ウチはニヤリと笑うと夕雲についさっき思いついた作戦を話した。
夕雲は一人集めてきた資材を持って見張りの男の元にやってきた。 ウチはいまだ岩陰に隠れたままその様子を伺う。
見張りの男は帰りが遅かった夕雲を訝しげに見るが、彼女が持ってきた大量の資材を見ると目を丸くし、そのまま中へと入れていった。
ここまでは作戦通り、あとはここで時間になるのを待つ。 ウチはタブレットの時計を見て時間を確認した。
1分…2分…3分…4分…
5分…! 作戦開始だっ!!
ウチは岩陰から身を出すと、真っ直ぐ艤装の槍を正面の入り口に向け砲撃。 砲弾は派手な爆発音を響かせ、入り口の扉を空高く吹き飛ばした。
突然の出来事に見張りの男は驚くが、すぐにウチの存在に気付き向かってきた。
見張り「な、なんだお前はっ!?」
正也「通りすがりの通行人だ、覚えておけっ!!」
見張り「お前のような通行人がいる…ガハッ!」
食って掛かろうとした見張りにウチは問答無用で鼻面目掛けて拳骨を叩き込む。
見張りは後ろに吹っ飛び、背後にあった別の岩に体を叩きつけそのまま気絶したのであった。
正也「うっし、やってやんよー!!」
ウチが正面入り口から中に入るとすぐに緊急警報が鳴り響き、先の爆発に気付いたほかの作業員達が駆けつけてきた。
場所は中央建物から少し離れた広場。 敵の数はざっと十数人か…
ウチはあわてて広場に駆けつけた職員を近くにいる奴から一気に相手していった。
「オイ、お前そこで何し「メガトンパンチッ!」ぎゃあっ!」
「くそっ、何だこい「牙突零式っ!」げほっ!」
「やべえ、こいつ意外と強い「せつなさみだれうちっ!」あべしっ!」
あるものは鉄拳を叩き込み、あるものは槍の柄で思い切りど突き、遠くにいた奴は倒した作業員を持ち上げそのまま放り投げて倒していった。
あまりに人間離れした強さに後からやってきた作業員達は戸惑っていたが、次第に冷静になってウチをどう倒そうか話し合っている。
「何だあいつは、バケモノかっ!?」
「落ち着けお前らっ! いくら強かろうと、拳銃でハチの巣にすれば終いだ」
そういって、他の作業員がウチに銃を向けようとしたとき…
ボオンッ!!!!
突然の爆発音と共に立ち上る黒煙。
その発生源に気付いた作業員達はとたんに声を上げ慌てだした。
「やべぇ、資材庫が燃えてるぞ!」
連中の目線の先、工廠の隣にある資材庫は真っ赤な炎と煙を上げて燃え上がる。
作業員達が慌てふためく中、ウチは軽く微笑みながら思った。
うまくいった! …と。
ウチの考えた作戦はこうだ。
まず最初に夕雲に資材を持って帰還した、と見張りに伝え中に入ってもらう。
その時点ではまだ向こうは夕雲が謀反を起こしたことに気付いてないから怪しまれないだろう。
次に、そのまま資材を置いてくると言って資材庫に向かい、資材庫を燃やしパニックになるよう夕雲に細工をしてもらったのだ。
だが、もし夕雲が細工をする所を中の作業員に見つかったら夕雲の身が危ない。
そこで、先にウチが正面で暴れて作業員達の気を夕雲からそらさせるようにしたのだ。
資材庫は入り口から入って10分ほどで着くと夕雲から聞いた。
だからウチは夕雲が入って5分を目安に暴れるようにしたんだ。
おかげで作業員達はウチに気を取られ、資材庫に細工をする夕雲に気付かないでいた。
正面入り口で暴れる侵入者と突然炎上する資材庫。
立て続けにトラブルを起こすことで泊地にいる提督たちを混乱に陥れる、これがウチの考えた作戦なのだ。
ウチの作戦通り、作業員達はどちらを先に対処するか慌てふためいている。 やはりブラック鎮守府の作業員達は統制が取れていないようだ。
「おい、どうするんだよ。 早く消火しないと俺達もやばいぞっ!」
「うるせえ、俺が知るかよっ!?」
「くそっ! 一体どうすりゃ…!」
正也「とりあえず、寝てればいいと思うよ」
連中がパニックになっているうちに、ウチは作業員達の背後に回り槍をバットのように横向きに構える。
作業員がこちらに気付く前に、ウチは残った作業員達を横なぎに振って全員ブッ飛ばす。
ブッ飛ばされた作業員達はまとめて入り口側のフェンスに叩きつけられ、そのまま気絶したのであった。
ウチは作業員達をブッ飛ばしたあと、打ち合わせ通り艦娘寮の入り口に向かっていった。 夕雲は資材庫で細工した後すぐこっちに行っていたらしく、すでに入り口でウチを待っていた。
正也「作戦成功だ、向こうは全員ブッ飛ばしてきたよ」
夕雲「す、すごいですね。 一人で全員やっつけてしまうなんて」
正也「鍛えてますから」
夕雲「は、はあ…」
気の抜けたような返事をする夕雲を尻目にウチは寮の扉を見るが、扉には鍵がかかっていた。
夕雲「入り口はここなんですけど、鍵が…」
正也「よし、下がってくれ」
夕雲を下げさせると、ウチは入り口の扉目掛けて砲撃。 派手な音と共に扉は吹き飛び、薄暗い廊下が外から現れた。
ウチと夕雲は二人で寮の廊下を歩く。 窓が目張りされているせいで日の光がほとんど入らず、天井にぶら下がる電灯が申し訳程度に廊下を照らす。
中は荒れているうえ、ところどころゴミも転がっていて不衛生このうえない。 夕雲の案内の元ウチは1階の奥、食堂に通じる扉の前にやってきた。
正也「な、なんだ…こりゃ…?」
ウチが食堂に入って最初に目にした光景。
それはボロボロの服装で小さくうずくまっている大勢の駆逐艦娘達だった。
皆目はうつろでお互いより沿いあい、何かに怯えるように小さく震えている。
最初は震えていた艦娘たちだったが、ウチの存在に気付くと『ひっ!?』と短い悲鳴を上げた。
ウチはあわてて彼女達に敵意がないことを伝えようとしたとき、
正也「がっ!?」
突然背後から誰かに殴られた。
ウチを殴った張本人は、倒れこんだウチの背中にのしかかり声を上げる。
「まぬけなやっちゃなあ。 こっちがいいようにやられてばかりやと思ったら大間違いやでっ!」
「よし、鳳翔はんっ! 今のうちにこいつをふん縛って…!!」
夕雲「やめてください龍驤さんっ!!」
突然食堂中に響き渡る夕雲の声。
その声に反応してか、ウチの背中にいる相手は動きを止め、食堂から違う声が聞こえてきた。
「夕雲姉さん、夕雲姉さんですかっ!?」
「夕雲さん、無事だったんですね!!」
背中越しに聞こえるほかの艦娘の声。
一人は駆逐艦らしく幼さを感じさせる高い声で、もう一人はどこか母親のような温かみを感じさせる女性の声だった。
夕雲「巻雲さん、鳳翔さん、ご心配おかけしてすみませんでした。 実は、夕雲は行き倒れになっていた所をその人に助けてもらったんです」
龍驤「…えっ?」
ウチの背中を押さえている艦娘、龍驤の気まずそうな声が背中越しに聞こえてくる。
夕雲「龍驤さん、他の皆さんも聞いてください。 この人は皆を助けに来てくれたんです。 私達、助かるんですよ!!」
その言葉を聞いて、どよめきだつ他の艦娘たち。
夕雲が今までの出来事を話す間、ウチはずっと『マジで……?』と呟く龍驤の下敷きになったままだった。