正也「うお――――!!」
ウチは今鎮守府の廊下を全力で駆けている。
目的は一つ。 執務室にいるであろう漣の姉妹艦、潮を救出するためだ。
ここの廊下はウチのいるトラック泊地と違って妙に小奇麗だった。
寮のようにゴミはなく、壁や天井を見ても汚れやシミがない。
一見清潔な雰囲気はあるが、これもあいつらが奴隷のように掃除をさせられ、無理やり集めさせられた資材を使って綺麗に作られたものかと思うとまた胸糞が悪くなった。
正也「さっき入ったのが3階の端の窓だったから、そろそろ執務室の扉が見えてくるはずだ」
内装が違っていても建物の構造自体は変わっていないはず。
そう考えながら走っていると、扉の一つから声が聞こえてきた。
『おい、どうなってるんだこの騒ぎは!?』
『わ、分かりません。 私にも何がなんだか……』
『分からないじゃないだろ!! それを調べるのが秘書艦の役目じゃないのか!?』
『きゃあっ!?』
男の怒鳴り声と泣き叫ぶ少女の悲鳴。
間違いない、ここが執務室だ!
ウチは声が聞こえた扉の前に立つと、勢いよく扉を蹴破り中に乗り込んだ。
正也「ちわーっす!!」
乗り込んで最初に見えたのは肩で息をしながら艦娘を睨む男。 その男の傍らに涙目で倒れこむ艦娘の姿があった。
ウチの存在に気付いた男は、艦娘からウチに視線を向け声を荒げた。
提督「な、なんだお前はっ!?」
正也「ドーモ、提督=サン。 こんにちわ死ねっ!!」
ウチはずんずんと提督らしき男に向かうと、質問に答えるより先に間髪いれずに顔面グーパンを叩き込んだ。
殴られた男は後ろに吹っ飛ばされながら背後にある机に叩きつけられた。
ウチは提督を吹っ飛ばすと、すぐに倒れていた艦娘に声をかけた。
正也「あの、大丈夫かい?」
艦娘「ご、ごめんなさい! ぶたないで!」
正也「落ち着いて。 君は潮だよね、漣の妹の…」
艦娘「…えっ? 漣のって…」
ウチの言葉に反応したのか、艦娘は顔を上げるとこちらを向いてきた。
艦娘「あの、漣お姉ちゃんの事ご存知なんですか!?」
正也「もちろん。 あいつはウチのいるトラック泊地で秘書艦として働いていてね、君の事も聞いているよ」
艦娘「あの…、あなたは一体誰なんですか…?」
正也「トラック泊地提督、中峰正也。 夕雲って子から君の事を聞いてここへ来たんだ。 助けに来たよ、潮」
ウチはそういって潮の頭に手を置く。
ゆっくり頭をなでてあげると、潮は今まで抑えていた感情をぶちまけるかのようにウチに抱きつき泣きじゃくった。
正也「だ、大丈夫か? とりあえず、泣くのはここを離れてからにしよう」
潮「あっ、はい…。 すみません、急に泣きついたりして…」
正也「いいって。 ひとまず、部屋から出て…」
潮「っ!? 危ないっ!!」
パアンッ!!
突然部屋に響いた乾いた音。
同時に、ウチの肩に鋭い痛みが走った。
正也「いってえ――――!!」
何が起きたか理解できなかったウチは痛む肩をさすると、そこにはじんわりと血が滲んでいた。
潮が何か恐ろしいものを見るような顔で部屋の奥を見ており、ウチも潮と同じほうに視線を向けると何があったか理解した。
提督「…やはり、この騒動はお前が元凶か。 よくも俺の城を滅茶苦茶にしてくれたな!」
部屋の奥、執務机の前に拳銃を向けながらこちらを睨む提督の姿があった。 どうやら、さっきの傷は拳銃の弾がウチの肩を掠めていったものらしい。
血走った目で怒りを露にする提督。 対するウチも痛む肩に手を置きながら提督を睨みつける。
正也「てめえ、物騒なもん出しやがって…。 潮に当たったらどうする気だ!!」
提督「ハア? なんだお前、人間の癖にそんなバケモノの肩を持つのか?」
正也「バケモノ…だと…!?」
ウチの言葉に小馬鹿にするような態度を示す提督。
やれやれ、と言わんばかりに首を振りながら提督は言葉を続ける。
提督「考えてもみろ。 俺達人間と同じ姿をしてるくせに、人間よりはるかに高い身体能力をもって深海棲艦とかいう怪物を討ち取れる連中だぞ。 それをバケモノといわず何という?」
正也「ウチの仲間を侮辱するな!!」
パアンッ!!
正也「ぐあっつ!?」
乾いた発砲音と共に再び拳銃の弾がウチ目掛けて襲い掛かる。
提督の撃った弾はウチの足を切り裂き、肩ほどではないが皮膚からうっすらと赤い血を流れさせた。
提督「状況を分かっているのか? こうして拳銃を向けてる俺と向けられてるお前、どっちの立場が有利だと思う?」
勝ち誇ったように下卑た笑みを浮かべながら提督はウチを見てくる。 だが用心はしているらしく、拳銃はこちらに向けている。
ウチは肩の痛みをこらえながらも、潮を背にかばいながら提督に向き合っった。
正也「あいつらはな、バケモノでもなければ兵器でもない。 感情も心もある人間の少女となんら変わらない存在なんだ。 むしろウチからすれば、その艦娘たちを何の慈悲もなく道具のように扱うお前のほうがよっぽどバケモノに見えるな!!」
提督「ふん、どこまでも口の減らない奴だ。 もういい、死ねよ」
提督は腕を真っ直ぐ伸ばしながら拳銃の先をウチの頭に向ける。 まさに絶体絶命だ…
提督「いい機会だ、よく見ておけ潮。 人間に……いや、俺に逆らった奴がどうなるか、よくその目に焼き付けておけよ」
そういって提督は拳銃の引き金に指をかける。
後は少し人差し指を動かせば、拳銃の弾がウチの頭を撃ちぬくだろう…
反撃しようにも、下手に動けば拳銃の弾はウチじゃなく潮に当たりかねない。
こうなりゃ、どうにか手元の槍で弾をはじいて反撃するしかないか…
ウチも覚悟を決めると、痛む足で体を支えながら槍を構えた。
潮「だ、だめ…やめて…」
涙目になりながら声を絞り出す潮。
その彼女の前には拳銃を撃とうとする提督と、その攻撃をしのごうとするウチの姿が視界に入っていた。
潮「やめて――――――――!!!!」
潮の絶叫。
そして部屋に鳴り響く乾いた音。
それが銃声である事は誰が聞いても明らかだった。
「あ…ああ……」
男は体から血を流しながら苦悶の表情を浮かべている。
鉛の玉で体を貫かれ、開いた穴からは赤い血がとめどなく溢れてきた。
いたむ傷口を手で必死に押さえるが、それでも出血は収まらず床に落とした武器を自分の血で赤く染め上げていった。
「き…き、さま……!!」
撃たれた男、提督は出血が止まらない手を押さえながら、執務室の入り口を睨みつける。
そこには…
夕雲「その人は殺させないわっ!!」
提督の手を撃ちぬいた張本人、駆逐艦夕雲が薄く煙を上げる単装砲を構えながら声を上げた。
そして、彼女の後ろには夕雲と同じくここへ駆けつけた巻雲・鳳翔・龍驤の姿があった。
提督「貴様、自分のやった事が分かっているのか!? 上官に、提督であるこの俺に対して武器を向ける事が、どれほどの重罪か分かっているのか!?」
怒りを露にしながら激昂する提督。 だが、そんな提督に対して
龍驤「上官? 提督? ハッ! 寝言は寝てから言えやおっさん!!」
鼻で笑いながら答える龍驤。 そんな彼女に続き、鳳翔さんや巻雲も口を開く。
鳳翔「私達は、ここへ来てから一度だってあなたを提督だと思った事はありません!!」
巻雲「他の子達だってそうです。 あなたみたいな意地悪な人、巻雲たちのしれーかんさまじゃないですよ!!」
毅然とした態度で切り返す鳳翔さん。
皆の思いを代弁する巻雲。
そして、単装砲を構えたままの夕雲が真っ直ぐ提督の目を見据えて言い放った。
夕雲「私達の…夕雲達の提督はあなたじゃない、中峰さんよ!!」
提督「ほざけクソガキッ!!」
反旗を翻す元部下達の言葉についに堪忍袋の緒が切れた提督。
もう片方の手でどうにか拳銃を拾おうとかがんだが、
正也「うらあっ!!」
そんな真似をウチが許すはずもなく、提督がかがんだ隙に思いっきり顔面を蹴り飛ばした。
提督「がっ…ああ…!」
提督は蹴られた衝撃で体が後ろに飛び、そのまま執務室の床に背中を打ち付ける。
痛む顔を抑えながら提督が顔を上げたときには、そこにはウチが提督の正面に槍を突きつけていた。
提督「お、おいやめろ! 俺はまだ死にたくない!」
正也「お前が今まで沈めてきた艦娘たちも同じ思いだったろうな。 で…? その艦娘たちにお前は何をした?」
提督「お、俺が悪かった! もう提督なんてやめる、艦娘とも金輪際関わらない。 だから頼む、見逃してくれ!!」
正也「安心しなよ、ウチはお前とは違う。 お前をここで殺す気は毛頭ないし、あいつらにお前を殺させるつもりもない」
提督「ほ、ほんとうかっ!?」
正也「ああ。 だから…」
正也「地獄へ落ちろ、クソ野郎っ!!!!」
ウチは目の前のクソ野郎目掛けて渾身の右ストレートを打ち込んでやった。
殴られた衝撃で提督の頭は床にめり込み、前歯はほとんどが吹き飛んでおり鼻はぺしゃんこになっていた。 微かに肩で息をしている所を見ると、どうやら死んではいないようだ。
ウチは痛む肩をおさえながら潮の元に戻ってきた。
彼女は目に涙をためながらウチを見ていたが、無事だと分かると安心したのかその場にぺたんと座り込んだ。
執務室の入り口にいた夕雲達も潮の元に駆け寄り、怪我はないかとたずねる。
潮は大丈夫だと告げると、皆ほっとしたように胸をなでおろした。
夕雲達の顔に安堵の色が見えたとき、夕雲の懐にあった無線機が鳴り出した。
夕雲「あっ、中峰さん。 こちら…」
そういって夕雲が無線機の画面を見せると、そこには『神原さん』と表示されていた。
ウチは夕雲から無線機を受け取ると、直後に部屋に神原さんの声が流れた。
神原『夕雲くんかね? 神原だ、我々は今ショートランド泊地に着いたところだよ。 すぐに合流するからどこにいるか教えて…』
正也「神原さん、来てくれたんすね! 恩に着ます!!」
神原『その声、中峰君か!? 君も無事なのか!?』
正也「大丈夫です。 今、ここの提督をブッ飛ばして潮を助けた所です。 ウチらは今執務室にいますが、艦娘寮にも捕まっていた子達がいるんでそちらもお願いしたいんすが…」
神原『分かった。 そちらについては、間宮君達を向かわせよう。 私は執務室に向かうから、そこで合流しよう』
正也「えっ、間宮さんも来てるんですか!?」
神原『それだけじゃない。 彼女達も一緒さ』
漣『ご主人様、生きてますか!?』
綾波『お怪我はありませんか、中峰さん!?』
潮「そ、その声。 綾波お姉ちゃんと漣お姉ちゃん!?」
漣『っ!? その声、もしかして潮!?』
潮「そうだよお姉ちゃん! 私、潮だよ!!」
綾波『大丈夫、潮!? どっか怪我とかしてない!?』
潮「私は大丈夫だよ。 漣おねえちゃんの提督さんっていう人が助けてくれたから」
漣『ご主人様がっ!?』
綾波『ありがとうございます中峰さん! 私だけじゃなく、潮まで助けていただいて…!!』
正也「いいって別に。 ウチが助けたくてやったんだし、仲間を助けるなんて当然じゃん? 気にしない気にしない」
神原『まあ落ち着いてくれたまえ綾波。 後の話は直接あってしようではないか』
神原『じゃあ中峰君。 我々もすぐそちらに向かうから待っててほしい』
正也「了解です、神原さん」
そういってウチは無線をきった。
潮の顔を見ると、彼女は嬉しそうに笑っていたが、その目には涙がたまっていた。
潮「もうすぐ、お姉ちゃん達に会えるんですね。 もう、私達ひどい事されなくていいんですね」
まるで自分自身に言い聞かせるようにうちに尋ねる潮。
ウチは、そんな彼女の頭を軽く叩いて答えた。
正也「ああ、もう皆辛い目に会わなくていい。 悪夢は、全て終わったんだ…」
その言葉を合図にするのかのように泣き崩れる潮。
夕雲達も今までの辛い思いをぶちまけるかのように泣き崩れ、ウチは何もいわず彼女達が泣き止むのを静かに見守るのであった。