朝のトラック泊地。
執務室には窓から降り注ぐ陽光が中を明るく照らしだし、中央にあるテーブルとソファ、そして執務机が光を反射させる。
執務机には一人の提督が頬杖をつきながら一心にタブレットに目を向けており、傍らには一人の秘書艦がまじまじと提督の顔を覗き込んでいた。
正也「………」
ウチことトラック泊地提督、中峰正也は困っていた。
今日は珍しくこれといった執務もなく、朝からフリータイムだ。
とはいえ、まだ朝食の時間にもなっていないので時間つぶしをかねて、現在出撃している北方海域・西方海域の敵艦隊の戦力について簡潔に目を通していた。
だけど…
金剛「ヘーイ、テートクー」
正也「どうした、金剛…?」
金剛「ウフフ…。 なんでもないデース♪」
正也「……。 ああ、さいですか…」
今日の秘書艦を勤める艦娘、金剛とこのやりとりを繰り返すことかれこれ1時間になるからだ。
昨日の夜、ウチはいつものように執務室でのんびりすごしていると、突然部屋に金剛が押しかけてきて、
金剛『テートクー! いつもいつも漣や霧島が秘書艦なんてずるいデース! たまには私を秘書艦にしてクダサーイ!!』
そういって彼女は目に涙をためながら、ウチの胸倉を掴みガクガクと前後にゆすり懇願してきた。
ウチは脳と胃袋がシェイクされる苦しみを抑えながらも、
正也『わ、分かった…。 そ…れじゃ…、明日の…秘書…艦は…金…剛に頼…む…よ…』
と、どうにか返答した。
ウチからの肯定を聞いたとたん、彼女はぱあっと明るい笑みを浮かべ、
金剛『約束ですからね、テートクー! See you again♪』
別れの台詞と投げキッスを残し、執務室を後にしていった。
そして今日、約束どおりこの日の秘書艦を急遽変更して彼女に勤めてもらっていた。
ちなみに昨日の夜、彼女が去った後にウチが脳と胃袋をシェイクされた影響で、胃の中身を逆流させたのは思い出したくない思い出だった。
先ほどから金剛はやることがないからか、執務机の横で屈みながらウチの顔をまじまじと覗き込んでいる。 その姿はまるで金魚鉢に入った金魚を観察する少女のようだ。
そしてウチの事を呼んではなんでもない、と返事をする。
楽しそうにウチを呼ぶ彼女の姿はかわいいが、さすがにウチもこの無限ループは勘弁して欲しい…。
どうにか他に話題を振らなくては…! と思い、ウチはちらりと横目に金剛を見る。
日の光に照らされ輝く栗色のロングヘアー。
こちらを見つめる澄んだグレイの瞳。
西洋人形を彷彿とさせるような整った顔立ち。
十分美人と呼んでも差し支えない彼女だが、前から一つ気になっていることがあった。
(どうして彼女はここまでウチに好意を示すんだろう? 金剛ほど綺麗なら、ウチよりもっといい相手が見つかるだろうに…)
ウチがこの世界に来る前。 ゲーム『艦隊これくしょん』の中でも提督LOVE勢筆頭に上がるほど好意を示す艦娘、それが金剛だ。
そしてこの世界でも、彼女の好意の矛先は提督であるウチに向けられている。
嬉しくない、といえば嘘になる。 けど、ウチにとってここにいる艦娘たちは仲間であり恋人というわけではない。
それに、ウチより顔も性格も良い提督なら他にもいるだろう。
だからこそ気になるのだ。 彼女がここまでウチに好意を示す理由が。
金剛「テートク? どうしました、私の顔をジーっと見て……」
正也「えっ…? あっ、いや、その…!」
どうやら、気付かぬうちにウチは金剛に見とれてたみたいだ。
そんなウチの反応に気付いてか、金剛は頬を緩ませながら嬉しそうに言う。
金剛「もしかして私にみとれてたのデスカー? いいデスヨー、じっくり見てくだサーイ!」
声を弾ませ、ぐいっと身を乗り出す金剛。 ってか、顔が近い近い!!
間近まで迫ってきた金剛を抑えながら、ウチは咄嗟に話を振る。
正也「ところで金剛、一つ聞きたいんだけどさ…!」
金剛「What? 何ですか、テートク」
正也「金剛はどうしてウチにそこまで好意を示すんだ? 金剛ほど綺麗なら、他にも貰い手があると思うんだが…」
質問をした途端、迫るのをやめて机をはさんで向かい合わせに立つ金剛。
さっきまでの表情から一変、真剣な顔つきに真っ直ぐな瞳でウチに視線と回答を向けてきた。
金剛「それは、テートクが私達を守ってくれるからデース」
金剛「テートクはキス島で私を助けてくれたこと、覚えてますカ?」
正也「ああ、もちろん。あの時は響たちを助けてくれてありがとうな」
ウチが金剛と初めて会った時のこと。 彼女の姉妹艦榛名に頼まれキス島に囚われている金剛を助けに行ったことだ。
はじめは陽動がうまく行って漣たちと共に進撃していたが、敵の水雷戦隊に増援を呼ばれキス島に着いたときは周囲を深海棲艦に囲まれピンチに陥っていた。
敵の旗艦、軽巡ヘ級フラグシップを引き離すべく単独で離脱した漣を助けにいこうにも、そうすれば負傷した響たちが他の深海棲艦に襲われ危険だった。
その響たちを助けてもらうべく、ウチはキス島から救出したばかりの金剛に響たちを連れて先にここから離脱してほしいと頼んだ。
その頼みに、彼女は快く応じてくれて無事脱出。
ウチもまた、軽巡ヘ級フラグシップに追い込まれた漣を助けることができたのであった。
金剛「それじゃ、私がテートクに助けてもらったとき、私からあなたがどんな風に見えていたかご存知ですカー?」
正也「えっ…?」
金剛「私たちはテートクの元に来る前はどこにも所属していない無所属の艦娘デース。 故に、私達が捕まっても助けに来てくれるものはいまセン…。 これは、他の無所属の艦娘たちにも言えることデスガ……」
金剛「キス島で囚われている間、本当に辛かったのデース。 『私、これからどうなるのでショウ…』 『比叡たちは、無事なのカ…』 不安で、怖くて、どうかしてしまいそうでシタ…」
金剛「ですが、テートクはそんな恐怖から私を救ってくれた。 私を守るため戦ってくれました…」
正也「そりゃ、榛名の…仲間からの頼みなんだから当然じゃ…」
金剛「それだけではありまセン。 あなたは榛名や霧島、私の大事な家族も守ってくれました。 そんなテートクの姿に、私はいつの間にかHeartを奪われていたのデース…」
正也「金剛……」
金剛「だから、私は決めたのデス。 『これからは、テートクのために尽くそう』 『彼の大事なものを、私も一緒に守ろう』 って。 私は、私自身のためにテートクの傍にいようって決心したのデース」
戦艦金剛は真っ直ぐにウチの目を見つめる。
決意の灯った強い瞳がウチの姿を映している。
これが、ウチの質問への答えなんだといわんばかりに。
正也「そうか。 ありがとうな金剛、質問に答えてくれて」
ウチは金剛に礼を言うと、再びタブレットに目をやる。 が…
正也「……。 金剛、どうかした…?」
いまだに金剛はウチのほうをじっと見ている。
視線に耐えかねたウチが彼女に尋ねると、
金剛「テートク。 質問に答えたお礼に、私のお願い聞いてもらえますカー?」
正也「お願い? 何、一体…?」
その直後だった。
金剛が机に乗り、そのままウチの頭を両の手で抑えつける。
何がなんだか理解できないウチに、金剛はほんのり赤くなった自分の顔を近づけると、ゆっくりと口を開いた。
金剛「テートク……」
金剛「…キス、してもいいですカ……?」
金剛はゆっくりと自分の顔をウチに近づけていく。
『いいですか…?』と質問している反面、やってることはウチに拒否権はないと言わんばかりに動きを抑えられていた。
正直、金剛がウチに好意を抱いていることは分かっていた。
だが、ここまでとはウチも予想していなかった。
それだけ、彼女の決意が本物だったということが伺える。
…なんて、冷静になってる場合じゃない!
近い近い近い!! さすがにこれはまずいって!!
ウチはどうにか金剛を引き離そうにも、彼女の手はまるで万力のように固定されびくともしない。
これが…、これが戦艦娘の本気だというのか…!?
さすがにもう逃げようがない。
彼女の顔が、文字通りウチの目と鼻の先まで来ている。
これはもう、ウチも意を決するしかないのか!?
そう思ったときだった。
突然窓の外から聞こえてきたプロペラ音。
ブロロロロロロという音が徐々にこの部屋に近づいていく。
そして…
金剛「キャア!?」
正也「うわった!?」
音の発生源。
水上爆撃機『瑞雲』はウチと金剛の間に割ってはいるかのように飛んできた。
驚いて目を白黒させるウチと金剛。
瑞雲は中央のテーブルに不時着し、数分とかからずこの瑞雲の持ち主が部屋の扉を開けて入ってきた。
「大変申し訳ありません提督! 発着艦の練習中、瑞雲が暴走してしまって…!!」
腰までたなびく黒い髪をたらし、息を切らせながらもウチに謝罪の言葉をかけてきた艦娘。
部屋に入ってきたのは、航空戦艦となった扶桑型戦艦の一番艦、戦艦『扶桑』さんだった。
正也「ウチは平気だよ扶桑さん。 金剛も怪我はなかったか…?」
金剛「……。 ハイ、私も大丈夫デース」
扶桑「本当にすみません。 私の不注意で、お二人にご迷惑をおかけしてしまって…」
正也「そ、そんなに気にしないでよ。 ウチも金剛も怪我はなかったんだし、結果オーライだよ」
真摯に謝る扶桑さんに、ウチは両手をひらひらと振りながら答える。
その後、ふとタブレットに目をやると、タブレットの時計機能はすでに朝食の時間を表示していた。
正也「ありゃっ、もうこんな時間!? 金剛、扶桑さん、急いで食堂に向かおう。 早くしないと他の連中に飯食われちまう!」
ウチは二人に声をかけるが、金剛は床にへたり込んだままの姿勢で答える。
金剛「OH、すみまセン。 私、ちょっと腰が抜けちゃったので、先に行ってもらえませんカ…?」
正也「だ、大丈夫か金剛? それじゃ、ウチも残って…」
扶桑「提督、ここは私が代わりに残ります。 元は私のせいですから、どうか提督は先に食堂に行ってください」
正也「えっ、でも…」
金剛「扶桑の言う通り行ってくださいテートク。 私達のせいでテートクが朝食を食べ損ねてしまったら、そっちのほうが私達にとってShockデース」
正也「……。 分かった、二人も落ち着いたらきてくれよ」
ウチはそういい残して執務室を後にする。
下に降りる階段に向かいつつ、ウチは先ほどから感じていた不穏な空気に背筋が震える。
そう、金剛と扶桑さんが話し合っていたときから感じた空気を……
正也がいなくなった後の執務室。
扶桑は瑞雲を自分の艤装にしまうと、金剛に目をやる。
対する金剛も、ゆっくりと体を上げ、扶桑を睨みつけた。
金剛「ヘーイ、扶桑…」
扶桑「…なんでしょう、金剛さん?」
金剛「…さっきの瑞雲、わざとここへ放ったデショ……」
金剛から発せられた質問。 その問いに彼女は…
扶桑「ええ、そうですよ…」
何の気もなく、さらりと答えた。
静かに金剛に向き合う扶桑。 表情はやんわりした笑顔だが、穏やかな様子は微塵も感じられない。 むしろ、どこか相手を威圧しているようにさえ見えた。
扶桑「金剛さん…」
金剛「…。 なんですカ…?」
扶桑「私とあなたは似たもの同士です」
金剛「…? どういうコト……?」
扶桑「私もまた、彼を愛しています。 あの人は無所属だった私を、そして私の唯一の肉親である山城を助けてくれました。 私も、あなたと同じように提督は私の全てをささげても守る価値のある人だと思っています。 そのためにいつまでもお傍にいたい、と感じております」
金剛「……」
扶桑「だからこそ、あの人の隣は譲れません。 ここも大勢の艦娘が来ましたが、秘書艦として…いえ、人生の相方としてあの人の傍にいられるのは一人だけ。 これだけは、妹の山城だろうと、古参の漣さんであろうと妥協するつもりはありません。 もちろん、あなたにもね……」
金剛「なるホド…。 確かに、それは私達似たもの同士デスネー」
金剛は長いため息をつくと、大きく右手を振りかぶり扶桑に宣言する。
金剛「なら、今から私たちは艦隊の仲間であり
扶桑「うふふ。 金剛さんのその潔い所、嫌いではないですよ。 もちろん、私も負けませんが…」
お互いに向かい合う金剛と扶桑。 両者のバックからは暗雲が立ち込め、激しい稲妻と両者から放たれる火花がバチバチと音を立てる。
金剛「テートクのパートナーになるのは…」
扶桑「提督の伴侶になるのは…」
金剛「私デース!!」
扶桑「私です!!」
かくして、二人の艦娘による提督争奪戦の火蓋が切って落とされたのである。
一方そのころ…
正也「ふえっくしょい!!」
漣「うわっ、こっちに向かってくしゃみしないでください! ご主人様菌が感染るじゃないですか!」
正也「ああ、すまん…って、ご主人様菌ってなんだコラ!!」
響「大丈夫? 風邪でもひいたのかい、司令官?」
正也「いや……。 なんか、今急に全身に嫌な悪寒が走った気が…」
食堂で漣・響と共に食事を取っている正也が一人呟いていた。