朝、トラック泊地の鎮守府。
提督執務室でウチは布団にこもりながら至福のひと時を過ごしていた。
「ふわぁ…、 やはり布団の中は天国だな。昨日は書類の処理で忙しかったし、今日の朝はのんびりすご…」
「おはようございますご主人様! 今日も提督代理、頑張ってください!」
至福のひと時終了のお知らせ。
「うーん、母ちゃん後5分…むにゃ…」
「寝ぼけてないで起きてください。 ご主人様がいなくちゃ始まらないんですから」
「昨日は夜遅くまで事務仕事があって眠い…。残念だが、今日は提督代理お休みということで」
「那珂ちゃーん、ご主人様がモーニングコールをお願いしたいって」
「よーし!今日も一日張り切ってやるぞー!!」
あんなやかましいのに耳元で騒がれちゃたまらん…。ウチは布団から跳ね起きると急いで着替えを始めた。
朝食後、ウチは漣とともに工廠に向かった。 中では妖精たちが甲斐甲斐しく働いており、そのうちの一人がこちらに気づき、話しかけてきた。
「いらっしゃい、今日も建造かい?」
「ああ、今回の任務をこなすのにどうしても強い艦娘が必要だからな…」
そう、前回の南西諸島沖警備に成功したということで、新たな出撃依頼がウチの元に届いたのだ。
海上護衛作戦
製油所地帯沿岸部の海上輸送ラインを防衛するのが目的なのだが、今回は敵艦隊の構成が危険だ。
昨日『情報検索』で調べてみたところ、この作戦が行われる海域には艦これ最初の難所とも言える強敵『戦艦ル級』が現れる。
1日かけて錬度を積ませたが、駆逐艦と軽巡洋艦しかいない今のウチの艦隊にはあまりに荷が重過ぎるのだ。
「今回、戦艦が相手となる以上こっちも相応の艦娘がいないと厳しいの」
「なるほど。 でも、今戦艦のレシピを回すには資材が少ないから、遠征や本部から送られる資材がたまるまで待ってたほうがいいんじゃないかな?」
妖精の言うことはもっともだ。遠征は第一以外の艦隊に依頼や任務をこなしてもらう、いわゆるお使いだ。ウチも、新しく着任した艦娘達に警備任務などの依頼をこなしてもらっている。
さらに、各鎮守府には本部から支援用の資材が少しずつ送られ、数日待っていればそれなりに資材がたまる。
だけど…
「生憎、そんな時間はないんだ。ウチは一週間しかここにいられないから」
「そうか、君は提督代理だったね。 じゃあ、今回何を建造するんだい?」
「重巡洋艦を建造する。今は少しでも戦力を上げたいんだ」
妖精は了解、と返事をすると建造ドックまで案内してくれた。久しぶりの建造、緊張するな…
投入資材を入力しようとすると、不意に漣から声をかけられる。
「ご主人様、ちょっといいですか?」
「どうした?」
「ご主人様ってずいぶん出撃依頼に熱心ですけど、どうしてですか?」
「べ、別に深い理由はないぞ。 ただ、一週間しかいられないから提督代理として色々やってみたいだけだよ」
漣はそうですか、と言って建造ドックに顔を向ける。
本当は本来着任する提督が来たとき、漣たちの立場を良くしてもらうため今のうちに少しでも戦果を上げておきたいというのが本音なのだが、今そんなことをいう必要はないよね。
そんなことを考えていると、建造時間のカウンターが表記された。
1:25:00
「やったぜ!!」
「キタコレ!!」
思わず二人の声が重なる。やっとウチの艦隊に重巡洋艦がくるのか~。
すぐに高速建造剤を投入すると、建造ドックのドアが開き中から初めての重巡艦娘が姿を見せる。
外見は黒のロングヘアーに縁なし眼鏡をかけ、頭にはアンテナをモチーフにした髪飾り。
丈の短いセーラー服にミニスカートと、見た目は知的な雰囲気だがその服装は漣たちより軽装だった。
重巡娘はウチらに気づくと、にっこり微笑んで挨拶をする。
「私が鳥海です。よろしくです」
「おう、きてくれてありがとな!」
「秘書艦の漣です。この人は提督代理として1週間だけ着任してますが、ご主人様をよろしくね」
「ご、ご主人様…ですか。 も、もしかして、そう呼ぶのは何かの任務なのですか!?」
「違うから!! そんな任務あっても絶対受けないからな!」
「鳥海さん、漣は好きでこう呼んでるだけです。現にご主人様もまんざらではなさそうに…」
「しとらんわ!! 着任初日からその呼び方やめてくれって何度もいっとるだろ!!」
「し、司令官さん! ちょっと恥ずかしいですが、その呼び方で司令官さんが喜んでくれるなら私もうれしいです」
「頼むからやめろください!! 普通に司令官さんと呼んでもらったほうが100倍マシだ!」
なんという天然重巡…、今回の作戦の要は彼女なのに大丈夫だろうか。
頑張ってね~♪、と手を振る妖精たちを尻目にウチら三人は工廠を後にした。
「と、言うわけで今回は鳥海を艦隊に加えて出撃してもらうぞ」
今回の出撃について、ウチは提督執務室で第一艦隊のメンバーに説明を行う。ちなみに
メンバーは漣を旗艦に、響、球磨、多摩、那珂、の5名。そして、ウチの隣で鳥海が話を聞いている。
「司令官、さすがに今の状態でこの依頼を受けるのは無謀だと思うよ」
「タマも同感だにゃ。昨日皆で錬度を上げたけど、戦艦が相手となると分が悪いにゃ」
二人の意見ももっともだ。正直ウチも戦艦と戦うとなると今の面子じゃ勝ち目がないのは分かっている。
ただ、倒すだけが手段じゃない。
「今回の作戦は戦艦は相手にしない」
「っ? どういうことクマ?」
「敵の随伴艦を撃破して作戦続行不可にさせるんだ。戦艦といえど、戦力をそぎ落とされれば下手に攻め込もうとはしないはずだ」
「なるほど。提督さんあったまいい!」
ゲームで言うところの判定勝ちだ。純粋に火力に差があっても、この方法ならこちらにも勝機はある。
「よし、話は以上だ。それでは出撃してくれ」
「私もがんばりますので、行きましょう、皆さん!」
「響だよ。今しがた敵前衛艦隊の全滅を確認、鳥海さんのおかげで迅速に終わったよ」
『おお、早い…。さすがに重巡は強いな』
「こちらの被害は皆無。司令官、進撃するよ」
『よし、そのまま北周りに航路をとってくれ』
「了解」
響の報告が終わり、漣たちは再び海上輸送ラインを進んでいく。
さきほど敵前衛艦隊に気づき交戦を開始したが、鳥海さんの先制攻撃でいきなり旗艦の軽巡ホ級を沈め、残りの駆逐艦2隻も動揺している隙に球磨と多摩の連携で1隻を撃沈、逃げようとしたもう1隻を那珂ちゃんが追撃して倒したのだ。
「むっふっふ、球磨たちにかかればこんなもんだクマ~」
「油断しちゃダメにゃ、球磨姉。これから多摩たちは戦艦を相手にするんだから」
妹の多摩に注意される球磨。これじゃ、どっちがお姉さんか分からないね。
「うふふ、球磨さんと多摩さんって仲がいいですね。漣ちゃんにも、お姉さんがいるんですか?」
「そうですね。綾波お姉ちゃんや敷波お姉ちゃん、今頃元気にしてるかな?こうして話してると、また会いたくなるな」
「私も、球磨さんたちを見てると高雄姉さんや愛宕姉さんのことを思い出します。今どこにいるのかな?って。 まあ、摩耶姉さんは元気にやってる姿が目に浮かびますけどね」
「お互い、会えるといいですね」
「はい、そうですね」
鳥海さんと会話に花を咲かせていると、目の前に何かが浮かんでいるのが見えてきた。
「あれ、ドラム缶みたいだね」
響の言うとおり、そこには燃料の詰まったドラム缶がいくつか浮いていた。おそらく、タンカーに積んでいたものが何らかの理由で海に落ちたのね。
「やったね!いくつかもらっていこうよ」
「そんな、勝手に持ってっていいんですか?」
まあ、落とし主はここにはいないしこのまま海に流すよりは、ということで漣たちは燃料入りのドラム缶を回収していった。
意外なお土産が見つかったし、ご主人様喜んでくれるかな。
そう思いながら、少し離れた場所にあるドラム缶を拾いに行こうとしたときだった。
「っ!? 危ないっ!!」
突然、響が漣を突き飛ばしたその瞬間、
ドゴオオオオオオン
響目掛け、砲弾が直撃した。
「響っ!?」
「響さんっ!?」
「さすがにこれは、恥ずかしいな…」
黒煙の中に響の姿があった。服や帽子は被弾によりボロボロになっていたが、体は軽い傷だけで致命傷にはならなかったようだ。
「漣ちゃん、鳥海さん、あそこを見て!」
那珂ちゃんの指差すほうを見ると、そこには響を撃った張本人、戦艦ル級率いる主力艦隊の姿があった。
再び戦艦ル級はこちらに主砲を向けてくる。
「皆、散らばって!」
漣の掛け声とともに分散したので、2発目はこちらにはあたらなかった。
「鳥海さん、響をお願い! 今度はこっちの番よ!」
2発目の砲撃が外れると同時に漣たちは一気に敵艦隊に接近する。狙いは周りにいる随伴艦、即座に主砲を向けて発砲。
うまく駆逐イ級に命中・撃沈させた。
だが、すぐ後ろにいた雷巡チ級がこちらに砲撃してくる。
「はうっ!」
砲弾が漣の脇をかする。ダメージはさほど受けずにすんだけど、他の敵艦もこちらに狙いを定めてくる。
このままじゃ狙われる。そう思ったとき、
「左舷に敵艦だクマー!」
「そこにゃ!」
敵艦隊の側面にいた二人。球磨が奇襲を仕掛け、ひるんだ隙に多摩が追撃をかける。
不意を付かれた雷巡チ級・そして近くにいた軽巡ヘ級はなすすべもなく二人の砲撃の的となった。
「危なかったクマね」
「漣、怪我はないかにゃ?」
「二人ともありがとう。漣は大丈夫だよ」
どうやら向こうでは那珂ちゃんと鳥海さんが最後の随伴艦を撃沈させたらしい。もうここに用はない、急いでここを離れようとした。が…、
ドゴオオオオオオオン
「きゃあっ!」
「クマー!!」
「にゃあー!!」
油断していた。戦艦ル級の放った砲弾が飛んできていることに気づかなかった。
無論、私たちにそれをかわす術はなく、敵の砲撃を直で受けてしまった。
「クマをこんな姿にするなんて・・・屈辱だクマ・・・」
「やられてしまったにゃ。にゃあ…」
球磨と多摩は中破。漣に至っては、
「うっっくぅ~、なんもいえねぇ~…」
背中の艤装から煙が出ている。どうやら今の一撃で完全に大破したみたい。
目的は果たしたし後は撤退するだけだが、あの戦艦の攻撃から逃れるにはこのままじゃ厳しい。
一体どうすれば…
『おい、今の爆発音は何だ? 皆無事か!?』
「ひゃうっ!?ご、ご主人様っ!」
いきなり通信機から聞こえてきた声に思わず驚きの声があがる。どうやら、さっきの砲撃で通信機のスイッチが入ったみたい。
『漣か!? 今そっちはどうなってるんだ!!』
「えっと…。 現在主力艦隊と交戦中、作戦どうり随伴艦は全滅させたけど戦艦ル級の攻撃でこっちの被害も甚大で、響たちが中破・漣は大破してます」
『……漣、まだ動けるか?』
「移動するだけなら…。戦闘はまず無理よ」
『十分だ! 漣、皆に伝えろ。急いで西に移動しろとな!』
「えっ?どうしてですか?」
『訳は後で話す。今は急いで西に向かうんだ!!』
「わ、分かったわ…」
ご主人様の指示どうり、漣たちは急いで西に進路をとった。しかし、こっちは負傷している艦娘もいるので思うようにスピードを出せず、じりじりと戦艦ル級に距離をつめられている。
「まずいクマ。 またあいつに砲撃されたらひとたまりもないクマよ」
「漣、司令官はどうして西に向かえと…?」
「そ、それは…」
『訳を話してるぞ。ただ、その前に…』
漣の言葉を引き継ぐように通信機から声が聞こえる。その声はどこかいたずらを仕掛ける子供のように、どこか軽い感じがする。
『皆、左右に分かれろ!!』
ご主人様の声に反応して皆二組で左右に分かれる、と同時に戦艦ル級が後を追ってくる。その時、
「…にゃ?」
多摩が最初に異変に気づいた。
戦艦ル級は漣たちを追ってこない。
それどころか、まるで何かに引き込まれるかのように慌てふためいている。
急に不可解な行動をとる戦艦ル級に気をとられる中、鳥海が口を開く。
「そうか、うずしおに引き込まれたのね!」
『気づいたか、鳥海。 今回の作戦領域を見ると、ちょうど敵主力艦隊から西の位置に渦潮があると知ったから利用させてもらったんだ』
「そういうことだったのね。でも、そうするなら一言言ってくれても良かったんじゃないですか?」
『悪い。漣が大破してるって言うから、すぐに行動に移さないとやばいと思ってな』
「まあ、今回は無事だし、大目に見てあげますよ」
その後、漣たちは急いでトラック泊地に向かっていった。幸い、戦艦ル級は渦潮に足をとられて追跡できず
帰りに敵艦隊に遭遇することもなかった。
艦隊帰還後、すぐに入渠ドックに入ってもらった。
現在・響・球磨・多摩が入渠しており、漣だけは大破していたとのことで高速修復材が使われた。
「ご主人様、艦隊が帰還しました」
「ああ、お疲れ。今日はゆっくり休んでくれ」
漣は報告書片手にウチの元に来た。高速修復材のおかげで服は元通り、体には傷ひとつなかったが疲労は抜けきってない。
ちゃんと休ませてやらないとな。
…いや、まだ言うことがある。
「漣、すまん!!」
「ど、どうしたんですか!?」
「今回の出撃、皆に無茶させちまった。 漣にも大怪我させちまうし、ウチは…とんだダメ提督だ…」
ウチはただ深く漣に頭を下げた。こんなことで許してもらえるとは思えないが、それでもウチは……
ズビシッ!
「ぐわっ!」
「ご主人様、調子に乗ると、ぶっとばしますよ♪」
いや、もうウチに脳天チョップしてるだろ…
「ご主人様はここに来てまだ4日の新米でしょ。 それも、提督ではなく提督代理。失敗の一つや二つ当然じゃないですか。それに、今回は漣が油断していたのも悪いんですし、ご主人様がそこまで気を負う必要なんてありませんよ」
「いやはや…。まさか秘書艦に諭されるとはな」
「ご主人様は知らないでしょうが、艦娘は戦いで怪我をするなんて珍しくないですよ。だって…」
軽い口調とは裏腹に漣の声は生気を感じず、次に彼女の口から出た言葉はあまりに重過ぎるものだった。
「漣たち艦娘は、深海棲艦と戦う兵士であり、人の形をした兵器ですから…」
人の形をした兵器。なんて分かりやすい例えなんだ。
現に彼女たちは人間よりはるかに高い身体能力や耐久力、どんな深い傷を受けても修復材で直る特殊な体質。
深海棲艦という異形の化け物と戦う艦娘にはあまりに的を得た例えだ。だが…
「……違う」
「…えっ?」
「違うって言ったんだよ!!」
気づくと、ウチは机を激しくたたきながら、こみ上げてきた気持ちをぶちまけていた。
「艦娘が兵器!? そんなわけねえだろ! 考えてみろ、兵器が笑うか?兵器が泣くか?兵器が人を助けたいなんていうか?それは兵器なんかじゃない、ちゃんとした一つの命なんだ! 本当の兵器なら感情なんてものはない、ただ命令されるままに動くだけだ。でも艦娘は違う。ちゃんと感情も心もある、一つの命なんだよ!」
「……」
「漣、はっきり言っておくぞ。ウチはお前やみんなを兵士としても兵器としても見るつもりはない。お前や響、球磨に多摩、那珂ちゃんや鳥海、皆この広い海で出会い、このトラック泊地という場所でともに過ごす仲間だ。だから、二度と自分を兵器だなんて言うな。分かったか!?」
「…はい、すみませんでした」
「…あ、すまん。ついカッとなって」
「き、気にしないで…。あの、そろそろ戻りますね」
漣はそういうと、駆け足で執務室のドアを開け、出て行った。
「…ありがとう、ご主人様…」
去り際にささやいた彼女の言葉に、ウチは気づいていなかった