こういうドタバタ喜劇大好きです。
朝のタウイタウイ泊地の執務室。
この日はとくにこれといった仕事もなく、俺はタブレットを操作し新作の家具一覧と言うのを閲覧している。
元々模様替えにあまり興味のない俺だったが、他にやることもなく退屈しのぎもかねてタブレットに表示された家具を目で追っていた。
そんなとき、俺はある一つの家具に興味を惹かれた。
幸仁「へえ、模様替えって温泉までつけられるのか」
タブレットに表示されている家具『温泉岩風呂』
執務室の中に温泉を取り付けるなんて、おしゃれというか、奇抜というか、まあ面白そうという意味では興味を惹かれたのだ。
「あら、アンタもそういうの興味あったんだ」
中央のソファに腰掛けたまま、俺に視線を向けてくる艦娘。
特型駆逐艦の五番艦、『叢雲』は意外そうな口調で声をかける。
幸仁「まあな。 弟もこういう温泉とか好きな奴だから、ちょっと目に付いただけだよ。 次、3五に歩」
叢雲は俺の返事を聞くと、自分の目の前にある折りたたみ式の将棋盤の駒。 相手側に当たる歩の駒を俺が言った場所に動かした。
利根「ほほう、次はそう来たか」
叢雲の向かいに座る艦娘、利根。 だが、彼女は叢雲と将棋を指しあってるわけじゃなくただの傍観者だ。
叢雲「あら、王様を守らなくていいの? それじゃ、あたしは2九飛車。 次の一手で王手よ!」
得意げに叢雲は自軍側の飛車の駒を力強く叩き付ける。
パチンッ! という良い音が執務室に響き渡り、叢雲は余裕の表情を見せる。
だが、一方の俺はタブレットに目を向けたまま次の言葉を放つ。
幸仁「まあ、たまにはこういった模様替えをするのも面白いかもな。 4七に角」
叢雲は俺の言葉を聞くとさっそく指定されたとおり駒を動かそうと将棋盤に目をやり、そして…
叢雲「……。 う、うっそ…」
手をプルプルと震わせたまま固まった。
赤城「なるほど、王様は初めから囮だったのですか。 これは叢雲さんもしてやられましたね」
利根の隣で傍観していた赤城がドンマイ、と声をかける。
しかし、当の叢雲は悔しげに俺を睨みつけていた。
利根「それにしてもまさか提督が目隠し将棋まで出来るとはのう。 お主、なかなか多芸なんじゃな」
幸仁「いや、単に駒の配置を覚えてただけだ。 それを頭の中で動かしてたんだよ」
赤城「す、すごい記憶力ですね…」
艦隊の皆に好奇の目で見られながらも俺は相変わらずタブレットに目を向けてる。
暇だからというのもあるが、それ以上に皆に視線を向けるのが気恥ずかしかったからだ。
あのときの事。
利根や赤城から告白されたことが今でも頭から離れない。
俺が風邪気味のとき看病してくれた利根。
面と向かって俺を好きだと言ってきた赤城。
そして叢雲や筑摩も表には出していないものの、俺に好意を寄せている。
今でこそ普段と変わらない様子を見せる四人だが、内心では今でも俺のことを想っているのだろうか…
だけど、俺はあの時赤城に言ったんだ。
『お前達の中から誰か一人を愛するなんて真似、俺はするつもりはない』
俺は別の世界から来た人間。 本来、ここにいるべきではない場違いな人間だ。
いずれは元の世界に返らなければならない。
だけど、愛した女を残して帰るなんて真似は俺にはできないし、したくない。
だからといって、艦娘を俺のいた世界に連れて行くなんてことをするわけにもいかない。
そもそも元の世界に帰る方法自体分かっていないが、元の世界にはお袋と妹が、すなわち家族がいる。
その家族をほったらかしにしたまま、この世界に居残るわけにも行かないんだ。
結局今の俺にできることは、あいつらと上官と部下という距離をとりつつ、艦隊の指揮をとることだけだった。
そんなすっきりしない気持ちを紛らわそうとしたのか、俺はなぜかこんなことを口走っていた。
幸仁「たまには、気分転換もかねてこの『温泉岩風呂』ってのつけてもらうかな」
叢雲「あ、あんたこの執務室で入浴するつもりなの!?」
幸仁「たまにしか使わないから勘弁してくれ。 まあ、これで背中を流してくれる相手がいたらいいんだけどな。 なんつって♪」
叢雲「な、なに考えてんのよこのバカ! そんなこと言ってる暇あったら今度行く海域の情報でも調べてなさいよ!!」
幸仁「うおっ、冗談だってそんな怒るなよ! おい待て、将棋盤で殴りかかるな!!」
叢雲「うるさいうるさいうるさい!! 酸素魚雷出さないだけありがたいと思いなさい!!」
顔を赤くしながら将棋盤を振り回す叢雲から逃げるべく、急いで俺は執務室を後にする。
気を紛らわそうとして、何でこんな台詞を口走ってしまったのか自分でも不明だ。
しかし、今確実にいえることは、早く逃げないと叢雲にしばき倒されるってコトだけだ。
ドタドタと廊下を駆ける足音を最後に静かになる執務室。
中には無言のままソファに腰掛ける艦娘が数名。
ただ、彼女達の目は何かを決意したかのような強い輝きを放っていた。
時刻はフタフタマルマル。
執務室には真っ白な湯気を立てる豪華なつくりの温泉岩風呂。
そして、その岩の湯船にはタウイタウイ泊地提督、中峰幸仁がタオルを頭に乗せたまま全身を湯につけてくつろいでいた。
幸仁「いや~、これは思った以上にいいものだな。 たまには模様替えするのも悪くないな」
俺は家具妖精たちに注文して作ってもらった温泉にはいり、一日の疲労を癒していた。
執務室に風呂を付けるのはどうなんだ? と最初は抵抗があったが、実際つけてもらうとこれも悪くない。
普段執務で疲れることが多いし、たまにならこんなことしても罰は当たらないだろう。
のんびり風呂に使っている幸仁のいる執務室。
『現在入浴中、入るな』という掛札が扉に吊るしてある執務室前の廊下。
そこには辺りをキョロキョロと見回しながら、明かりもつけず廊下をいく一人の艦娘の姿があった。
叢雲「全く…。 本当に温泉をつけてもらうなんて思わなかったわ。 ここは一つ、調子に乗るなってビシッと言っとかないとね…!」
私、叢雲はあいつがいる執務室に向かっている。
あの後、あいつは本当に妖精たちに温泉岩風呂を注文して設置してもらっていた。
さすがにつけてしまったものはしょうがないけど、あんまり温泉に現を抜かしてもらっては困るから、そのことで釘を刺しておこうとあいつの所に向かっているの。
そう、これはあいつに注意しに行こうとしてるわけで、決してあいつの背中でも流してやろうとかそんなこと考えてるわけじゃないんだ…!
ま…まあ、あいつがどうしてもって言うんなら、やってあげないこともないけど… 一応あいつも頑張ってるし、一応ね…
叢雲「よし、あと少しで着くわね。 ……って」
暗い廊下の先、見えてきた執務室の扉。
しかし、そこには見覚えのある顔があった。
叢雲「あ、赤城…!?」
赤城「む、叢雲さん…!? こんな所で何を…」
叢雲「それはこっちの台詞よ! アンタこそ何してんの、明かりもつけず…!」
赤城「わ、私はその…明日の出撃について提督に確認したいことが……」
私の質問によそよそしい態度で答える赤城。 でも、私は彼女の手元を指差し言及する。
叢雲「じゃあその入浴セットは何よ!? 入渠ドックは向こうでしょ!」
赤城「そ、そういう叢雲さんだってどうしてバスタオルなんて持ってきてるんです!? おかしいじゃないですか!」
赤城の返しに、私はあわてて手元に持っていたバスタオルを後ろに隠す。
叢雲「こ、これは… そう、あいつが温泉に入ってるっていうから、持ってってやろうかと…!」
赤城「そ、そう言う事なら、私も提督から頼まれてこれをもってきたんですよ、はいっ!」
叢雲「さっきあんた出撃の事で確認しに来たっていってなかった!?」
赤城「叢雲さんこそ、秘書艦の仕事がまだ残ってるんじゃないんですか!? そのタオルは私が持っていきますから、貸してください!」
叢雲「結構よ! アンタこそそれ置いて早く帰りなさい。 出撃の事なら私が確認してあげるわよ!」
くっ、まさか赤城も私と同じこと考えてたなんて…
でも、ここは譲れないわ。 下手すれば力づくでも赤城を追い払って…
廊下でお互い譲らず揉めあう私と赤城。
しかし、そこに新たな勢力が介入してくる。
利根「なんじゃ、廊下がずいぶん物々しいことになっておるのう」
突然後ろから聞こえてきた声。
私と赤城が振り返ると、そこにはいつもの飄々とした態度の利根がいた。
利根「叢雲、赤城。 おぬしら二人してあやつに用でもあるのか?」
緊張感のない利根に対し、私と赤城はあたふたしながらもどうにか誤魔化そうとする。
赤城「わ、私は別に…」
叢雲「私こそよ、用なんてないわよ。 たまたまここを通りかかっただけよ!」
利根「そうか、ならいいんじゃ」
言い訳としては苦しいけど、利根は別段私達に追求することもなく笑顔で流しその場を後にしようとした。
そして…
叢雲・赤城「「ちょっと待ちなさい(待ってください)」」
私達二人、そろって利根を呼び止めた。
利根「今度はなんじゃ? 我輩これからやることがあるんじゃぞ」
訝しげにこちらを見る利根。
しかし、私達はそのまま見過ごすわけには行かなかった。
彼女の向かおうとしている先、そこにはあいつが入浴中の執務室の扉があり、利根は今まさに執務室のドアノブに手をかけていたからだ。
叢雲「あんたなに堂々とあいつの部屋に入ろうとしてんのよ! 『入浴中』の掛札が見えないの!?」
利根「だから入るんじゃろうが。 我輩、あやつの背中を流しに来たのじゃから」
叢雲「はあっ!? なに考えてんのよあんた、頭おかしいんじゃないの!?」
赤城「そ、そうですよ! 私達は艦娘、つまり女ですよ。 曲がりなりにもと…殿方の背中を流そうなんて、不潔じゃないですか…!」
感情をむき出しにして怒る私に、赤城も顔を赤くしながら利根を引き止める。 というか、あんたも顔赤くするくらい恥ずかしいならやめときなさいよ…
だが、私と赤城の糾弾に利根は涼しい顔をしながら言い返す。
利根「おぬしらも考え方が古いのう…。 我輩、部下として上官であるあやつの労をねぎらってやろうと思って来たんじゃぞ。 それがそんなにおかしいことか、んっ?」
ぐっ…、言ってることはもっともなぶん返す言葉がない。
だからといって、私も引くわけには行かない。 ここは真っ向から切り返す!
叢雲「そういう事なら、わ…私がやるわよ! 一応私があいつの秘書艦だし、提督の体調管理をするのも秘書艦の役目だしっ!」
赤城「いえ、ただでさえ多忙な秘書艦に余計な仕事をさせたとあっては一航戦の名折れです! ここは私が行きますので、どうぞお二人は戻ってお休みください!」
利根「なに勝手に決めとるんじゃ赤城! もともと我輩がやるつもりで来たのじゃから、当然我輩が行くぞ!」
叢雲「いいわけないでしょ!? だいたいあんたたち、今は消灯時間よ。 こんな所で油売ってないで、さっさと寮に戻りなさい! これは秘書艦命令よ!」
利根「こんなときだけ自分の都合のいいように権利を振りかざすとは、見下げ果てた奴じゃのうお主も…。 なら、その歪んだ根性を叩きなおして我輩があやつの秘書艦になってやるわい!」
赤城「もう、二人とも分かっていませんね。 そんな騒がしい人たちに背中を流してもらっては提督もくつろげる訳ないじゃないですか。 それに…」
赤城はそういって私と利根の体の一部に目線を向ける。 まるでかわいそうなものを見るかのような哀れんだ目で…
赤城「…殿方は、大きいほうが好きだと聞いているので、お二人ともその体で提督を満足させるにはどうかと…」
叢雲「……。 赤城、アンタ言うようになったじゃない…」
私は目の前の正規空母を締め上げるべく、右腕に酸素魚雷を装着する。
隣にいる利根も、無言でカタパルトを装着していた。 額に青筋を立てながら…
叢雲「私の前を遮る愚かものどもめ… 酸素魚雷の餌食にしてやるわ…!」
利根「我輩、ちょうどカタパルトを整備したばかりでのう… どれほど良くなったか、お主等で試させてもらうぞ…!」
赤城「二人とも慢心の色が伺えますね… 提督のためにも、ここは一つ私の手でお灸をすえてあげますよ…!」
狭い廊下で各々にらみ合い武器を構える三人。
一触即発。 重圧に満ちた空気の中…
幸仁「なにやってんだお前ら…」
筑摩「何してるんです皆さん…」
俺は執務室の扉に寄りかかりながら三人を睨みつける。
廊下でなにやらもめる声が聞こえてきたと思ったので、すぐに風呂から上がり出て見ると、そこには三つ巴の状態で装備を構える叢雲たち。
そして、廊下の奥ではバックに般若のオーラを放つ筑摩の姿が見受けられた。
筑摩「いつまで経っても姉さんが戻ってこないと思ってきてみれば、叢雲さんと赤城さんまでなぜこんな所で武器を構えているのですか? 提督にご迷惑じゃないですか…」
赤城「あ、あの筑摩さん…。 それは…その…」
しどろもどろになりながらどうにか弁論しようとする赤城。
しかし、俺は容赦なく三人に追い討ちをかける。
幸仁「お前らの会話、こっちまで筒抜けだったぞ。 誰が俺の背中を流すか、だっけ…?」
利根「あ… いや、それは…」
幸仁「筑摩、後は頼めるか?」
筑摩「はい。 私にお任せください、提督…」
叢雲「ちょっと!? そんな殺生な…!!」
筑摩「皆さん、今夜は覚悟してくださいね…」
「「「ヒイイイイイ!!!!」」」
執務室に戻る俺の背後から聞こえる三人の悲鳴。
気の毒な気もするが、もとはあいつらの自業自得だし、何より…
ああなった筑摩は俺でも止められる気がしないからな…
翌日、タウイタウイ泊地の食堂。
テーブルの一角には、真っ白に燃え尽きながらテーブルに突っ伏す叢雲・利根・赤城の姿があった。
飛龍「あの、提督…? あれは一体何があったんですか…」
朝食の乗ったトレーを持って俺の隣にやってきた艦娘、飛龍。 俺はいったん箸を止めると、飛龍にぼそっと呟いた。
幸仁「まあ、昨日の夜色々とな…」
ばつが悪そうに言う俺に首をかしげる飛龍。
そこへ、食堂へ入ってきた筑摩が申し訳なさそうに俺に話しかけてきた。
筑摩「あの、提督…。 夕べは姉さんがご迷惑をおかけしてすみませんでした」
幸仁「なに言ってんだ、お前が謝る必要はないだろ。 むしろあいつらを止めてくれた分、何か礼をしないとな」
俺が苦笑しながらそう話していると、筑摩は若干頬を染めながら小声で囁いた。
筑摩「で…でしたら、ぜひ私に提督のお背中を流させてもらえないでしょうか…? なんて…」
幸仁「…? スマン筑摩、ちょっとよそ見してた。 悪いがもう一回言ってもらえないか?」
筑摩「えっ…あっ…… な、なんでもありませーん!!」
幸仁「お、おい筑摩っ!?」
俺の呼び止める声もむなしく顔を真っ赤にしながら食堂を走り去る筑摩。
さっき彼女がなんていったのか、俺は隣にいた飛龍にたずねようとしたが…
飛龍「……。 提督、サイテーです…」
まるで養豚場の豚を見るかのような飛龍の冷たい視線に、俺は二の句を告げることができなかった。