ゲーム『艦隊これくしょん』では艦娘に改や改ニがあるように、深海棲艦にもランクがある。
通常より上位の強さを持つエリート。
エリートより強化され最上位のランクを持つフラグシップ。
だが、深海棲艦にはごく稀にそのフラグシップより上のランク…いや、上の存在になる者がいた。
それが『鬼』と『姫』だ。
『鬼』はその名の通り頭に角を生やした者が多く、『姫』は妖艶さを感じさせる美貌と容姿を持つものがいる。
だが、その強さは他の深海棲艦はおろか錬度の高い艦娘をも圧倒するものばかりで、歴戦のプレイヤーでさえ彼女達の強さに恐れ戦く者は少なくなかった。
それゆえ、この『鬼』と『姫』とされる敵は艦隊これくしょんの中でも脅威と畏怖の象徴だった。
そして、その脅威を持った深海棲艦が今俺の目の前にいる。
ゲームではなく、現実のものとして……
幸仁「姫…だと…?」
姫《エエソウヨ。 モットモ、コノ呼ビ名ハ私ノ部下達ガ勝手ニツケタモノダケド、マア私自身悪イ気ハシテナイワ》
初めて生で見た姫クラスの深海棲艦に俺は思わず生唾を飲み込む。
ゲームでも幾度か見かけた事があったが、その容姿は細部を除けば本当に人間の女性と変わらなかった。
黒のワンピースと腰までかかるほどの長い黒髪。
鬼のように額に生えた2本の角。
血で染めたかのような真紅の瞳。
なにより、一番目を引くのが姫の後ろに携える巨大な艤装だ。
両脇に主砲を背負い、目も鼻もない口だけの大きな頭を覗かせ、丸太のように太い両腕を生やしている。 その姿は猛獣…いや、バケモノといっても過言ではない。
『グロロロロ…』と不気味な唸り声を上げながら姫の背後で俺に顔を向ける艤装。
威圧感溢れる艤装から微かに目を背けつつ、俺は姫に視線を合わせた。
そうだ、俺はこの深海棲艦を知っている。
ゲーム『艦隊これくしょん』において数多の提督と艦娘を苦しめた深海棲艦。
こんな姿と艤装を持った深海棲艦は一人しかいない。
幸仁「…お前、戦艦棲姫だな…!」
姫《アラ、人間達ハ私ヲソウ呼ンデイルノ? マアイイワ、呼ビ方ナンテ》
俺を拉致した張本人、戦艦棲姫は興味なさげに生返事を返すと艤装の腕を椅子代わりにして腰を下ろす。
幸仁「それで、俺に一体何の用なんだ?」
戦艦棲姫《アラ、ソレハ一体ドウイウ意味カシラ?》
白々しい態度を崩さない戦艦棲姫。
この押し問答にうんざりしていた俺は、思い切って核心をつく事にした。
幸仁「俺や叢雲達を始末するのが目的なら、あそこで待ち伏せるなり俺を人質にするなりやり方はいくらでもあった。 なのに、お前は俺を生かしてわざわざこのアジトまで連れてきた。 となれば、思いつく理由は一つ…」
幸仁「俺という人間が必要だった。 だから俺をここまで連れてきたんだ。 お前が何の目的でそんな真似したのかまでは分かりかねるがな…」
自分の頭の中の予想を話す俺。
その話を聞き終えた戦艦棲姫はクスクスと笑いながら返事を返した。
戦艦棲姫《ウフフフフ…。 ナルホド、本当ニ頭ノマワル男ネ》
戦艦棲姫《ソノ通リヨ。 アナタヲ拉致シテキタノハ、私達ニトッテアル目的ガアッタカラヨ…》
幸仁「なんだ、その目的ってのは?」
俺が戦艦棲姫に尋ねると、彼女は自分の顔を俺の目の前までつきだして言った。
戦艦棲姫《中峰幸仁……》
戦艦棲姫《私達ノ指揮官ニナリナサイ!》
幸仁「はあっ!? なんだそりゃっ…!?」
戦艦棲姫の目的、それは艦娘たちの提督である俺を自分達の提督に、つまり深海提督になれというものだった。
戦艦棲姫《以前カラ目ヲツケテイタノヨ。 コノ短イ期間ニメザマシイ戦果ヲアゲテキタ貴方ノ指揮系統ニハネ》
戦艦棲姫《私達ハ兵力ハアルケド、ソレヲ指揮スル者ガイナイ。 ダカラ欲シイノヨ、貴方ノヨウナ優秀ナ提督ガ》
幸仁「……お前らの目的は分かった。 だが、俺がそんな条件に首を縦に振ると思ってるのか?」
戦艦棲姫《モチロンタダデトハ言ワナイ。 貴方ニトッテ素敵ナ報酬ガアルワ♪》
幸仁「…なんだ、その報酬って言うのは?」
俺は怪訝な顔で問うと、戦艦棲姫はにっこり微笑みながら答えた。
戦艦棲姫《貴方ノ弟、中峰正也ガドコニイルカ教エテアゲル。 私ノ部下達ガ世界中ノ海デ見聞キシタコトハ逐一私ニ伝達サレテイルノ。 コノ能力ノオカゲデ、私ハ貴方トイウ逸材ヲ見ツケルコトガデキタノヨ》
幸仁「ちょっと待てよ!? あいつを、正也の事を何でお前が知ってるんだよ…!!」
戦艦棲姫《言ッタデショウ、部下ガ見聞キシタ事ハ私ニ伝ワルッテ。 鎮守府海域カラココマデノ貴方ト艦娘タチノヤリトリハ部下ヲ通シテ全テ聞イテイタワ。 ダカラ私ハ貴方ノ事ヲ知ッテイル。 貴方ガ弟ヲ探シテイル事モ、貴方ガ別ノ世界ノ人間デアルコトモ…》
幸仁「…っ!? そこまで、知っていたのかよ…!」
戦艦棲姫《ソレデドウスルノ? 私トノ取リ引キ、引キ受ケルノカ断ルノカ、ドッチナノ?》
トントンと指を叩きながら、戦艦棲姫はじれったそうに俺の返答を急かす。
幸仁「………」
幸仁「本当に、あいつの居場所を教えてくれるのか? お前の言ってる事は何の確証もないんだぞ」
戦艦棲姫《ソレハ保障シテアゲルワ。 貴方ガ協力シテクレタラ、モット詳シク教エテアゲルワヨ》
幸仁「…具体的に、俺は何をすればいい?」
俺は意を決して戦艦棲姫に尋ねると、彼女はくすくすと笑いながらその条件を突きつけた。
戦艦棲姫《貴方ノ部下、タウイタウイ泊地ニ所属スル艦娘達ノ首ヲ差シ出シナサイ。 ソウスレバ、貴方ガ私達ノ味方ニナッタト認メテアゲルワ》
幸仁「…あいつらを売れって言うのか!?」
戦艦棲姫《何ヲ迷ウ必要ガアルノカシラ? 貴方ハ元々別ノ世界ノ人間、コチラノ事情ナンテ関係ナイ。 ダカラ弟ヲ見ツケテ元ノ世界ニ戻レバ何ノ問題モナイジャナイ》
たしかに、あいつの言う事はもっともだった。
俺は正也を見つけて元の世界に帰るために提督になった。
叢雲達に捜索を頼んだのも、俺自身この世界を調べるのも、全てはそのためだ。
…そうだ、何を迷う必要がある?
この世界で唯一の肉親である弟と、出会って数ヶ月しかない関係のあいつらと、どちらをとるべきか考えるまでもなかったじゃないか。
戦艦棲姫《ドウヤラ、決心ハツイタヨウネ》
幸仁「ああ、決まったよ。 弟とあいつらとどっちをとるか、考えるまでもなかったわ」
戦艦棲姫《ソウ、ソレジャ…》
幸仁「ああ、その取引……」
幸仁「喜んでお断りするぜっ!!」
戦艦棲姫《………ナンデスッテ?》
幸仁「あいつの居場所とあいつらの命、どちらが重いか考えるまでもなかったわ。 よしんばあいつらを裏切って正也に再会できても、あいつはきっとこう言うだろう…」
幸仁「『仲間を裏切るとか、何考えてんだよこのバカッ!!』ってな」
戦艦棲姫《………》
幸仁「俺にとってあいつらは仲間であり家族だ。 その家族を売るなんて真似できるわけがないし、何より……」
幸仁「
俺は話を終えると、静かに話を聞いていた戦艦棲姫は呆れた、と言わんばかりに首を振っていた。
戦艦棲姫《本当ニ残念ダワ…。 貴方ノヨウナ優レタ提督ガソンナ下ラナイ判断ヲスルナンテ…》
幸仁「下らなくて結構。 お前の要求を呑むより百倍ましだ!」
戦艦棲姫《貴方、今ノ自分ノ立場ヲ分カッテル? 私ハ貴方ヲ利用スルツモリデ連レテ来タノヨ。 ツマリ…》
戦艦棲姫は俺に向かって軽く手を振ると、後ろの艤装が真っ直ぐに俺に主砲を向けてきた。
戦艦棲姫《利用価値ガ無クナッタ以上、貴方ハモウ用済ミヨ…》
「いた、やっと見つけたわっ!」
今際の際に俺の視界に入ってきたもの。
それはゲームでもこの世界でも初期艦として俺を支えてきてくれた艦娘、叢雲の姿だった。
その後ろからは利根と長門も確認できた。
あいつら、俺を助けにここまで来てくれたって言うのか?
嬉しいね、ほんと…
最後まで正也に会えなかったのは残念だが、俺のためにここまでしてくれたあいつらには本当に感謝しているよ…
でも悪い、皆。 生憎だが俺はここまでのようだ…
戦艦棲姫は俺を粉みじんにすべく主砲を構えている。 数秒とかからず、俺は跡形もなく消し飛ぶだろう…
叢雲「なにしてんのよアンタ… 逃げて、お願いだから逃げてよ…!!」
利根「このままではまずい…! くそっ、あの深海棲艦を止めねば…!!」
長門「あいつ、まさか提督を…!? よせ…やめろ、止めてくれ!!」
戦艦棲姫《アラ、貴方達アノ男ノ艦娘ジャナイ。 チョウドイイ所ニ来タワネ、セッカクダカラソコデ見テナサイ。 貴方達ノ提督ガ消シ飛ブ様ヲ…》
戦艦棲姫は下卑た笑みを浮かべ主砲を構えなおす。 もう発射まであとわずかといったところか…
叢雲……
利根……
長門……
そしてここにはいない俺の艦娘達仲間達。
俺は今日ここで死ぬ。
すまないが提督は他所を当たってほしい…
ただ、最後に一つ頼みを聞いてもらえるとしたら…
あいつを… 弟正也を見つけてやってくれ…
ズズウウウウウウウウウン!!!!
突如洞窟を揺らす巨大な地響き。
突然の事に俺や叢雲達、そして戦艦棲姫も動揺を隠せなかった。
戦艦棲姫《ナ、ナンダ今ノハ…!?》
それと同時に微かに聞こえる声。
叢雲達が入ってきた方向とは違う、壁際から聞こえてきた。
「し…いく……無茶…すぎ…!」
「に…いの…かか…! ちん…すす…れ…か!」
声はどうやら複数のもので、片方がもう片方をたしなめているかのような掛け合い。
そして、数秒遅れて再びさっきの地響きが起こった。
「落ち…しれ…かん。 きも…分かるけ…おちつ…て!」
「止める…響! おと…時に…らねば…らん…がある!!」
「でも…それは…い…でも…し、…こでも…いです…」
また聞こえてくる声。
ここへ近づいているから、さっきよりはっきり聞き取れるようになっている。
声は三つ。
二つは女性の声だったが、一つは男の声。
だが、その声に俺は驚きを隠せなかった。
幸仁「お、おい…。 これって…この声って、まさか…!?」
そうだ、知らないわけがないその声を…
生まれたときから一緒だったあいつを…
何年も家族として一緒だったあいつを…
ずっとずっと探してきたあいつを…
兄の俺が、聴き間違えるはずがなかった…
徐々にひび割れが広がる洞窟の壁の一角。
すぐにひびの入った壁は崩れ、先ほどから壁を破壊していた張本人が勢いよく飛び込んできた。
「兄ちゃんを返せオラ―――――――!!!!」
飛び込んできた影は一直線に戦艦棲姫にぶつかり、派手に弾き飛ばした。
槍を構えて立つその姿に、目の前に見えるその姿に俺は心から声を上げた。
幸仁「ま…ま……正也!?」
見間違えるはずもない。 飛び込んできた奴の正体は、この世界に来てからずっと探していた俺の弟、中峰正也だったのだ。
今回はここまでです。
ありきたりかもしれませんが、自分こういう展開に弱いのでやらせていただきました。
次も早めに出しますので、それではまた!