深夜の工廠。
いつもは整備妖精や開発に携わる艦娘達が訪れる仕事場だが、今ここにいるのはウチと兄ちゃん、そして目の前にいる一人の整備妖精。
それはこの工廠を管理する工廠長で、元武蔵の装備である46センチ3連装砲の装備妖精だった。
正也「工廠長が… 君がウチ等をこの世界に呼んだ張本人だって…!?」
工廠長「そうだよ。 きっかけは、私が神原さんとともに戦う提督を生み出すあのリングを作った事からだった」
工廠長の口から明かされた事実。
それは、ウチと兄ちゃんが現実世界からこの『艦隊これくしょん』の世界に意図的に飛ばされたということ。
そして、それを行ったのが目の前にいる工廠長だということだ。
ウチは驚愕のあまり目を見開きながら工廠長に詰め寄り、兄ちゃんは無言のまま独白を始める工廠長を隣で眺めていた。
「あのリングは彼や彼の知り合いの提督たちには使えない。 そう聞いたとき、私は一つの仮説を立てた」
「この世界の人間に扱えなくても、別の世界の人間には扱えるのではないか、と。 彼女達艦娘が人間とは全く異なる存在であるように、こことは違う別の世界も存在するはずだと、私は考えたんだ」
「正直言って何の根拠も確証もない憶測だったけど、私にはその可能性にすがるしかなかったんだ。 あの時、武蔵を失った彼に対して私にできる事はこれくらいしかなかったから……」
「それから、私は妖精の技術力を使ってひたすら別の世界へのコンタクトをとる方法を探した。 でも、それは決して容易な事ではなかった。 なにせ、存在するかも分からない世界を探し、そのうえいるかどうかも分からない人間と接触しようというんだ。 文字通り、雲を掴むような作業だったよ…」
「それでも、最愛の艦娘ひとを失った彼へ報いるために、私は何年も何年もかけて必死に探し続けたんだ」
「そして、奇跡は起きた。 パソコンという道具からつながっている電脳空間、君達の世界でいう所の『ネット』という空間から偶然この世界に酷似したゲームを見つけてね、私はそれを通じてついに別の世界の人間を見つける事ができたんだ」
「そ…それって、まさか……」
「そう。 君の事だよ、中峰正也」
工廠長はそういってウチを見つめ、その瞳はもの悲しげな心情を体現するかのように涙で潤んでいる。
それは沈んでいった武蔵を思い出してのものか、ウチという無関係の人間を巻き込んでしまった事への罪悪感からなのか、それは分からなかった。
工廠長「私は君のパソコンを通じてこの世界と別の世界をつなぐシステムを作り出した、艦娘が使う艤装の展開技術を応用してね。 そして君をこの世界に呼んだんだ。 彼が、神原駿がいる横須賀鎮守府の近くに送り出した。 彼なら、見ず知らずの君でも悪いようにはしないはずだから」
正也「それじゃウチが提督代理になる事、そして工廠長のいるトラック泊地へ来るのも全部工廠長が仕組んでやった事なの?」
工廠長「ううん、それは本当に偶然だったんだ。 予定では君が彼と知り合ったあと、機会を見計らって接触するつもりだった。 しかし、提督代理として君がここに来た事でその予定が大きく狂ってしまい、同時に君にあのリングを早くに渡す事になってしまったんだ」
工廠長「あれは艦娘との強い絆がなければ持ち主を適合者とみなさず、負荷を与え続けて殺してしまう。 着任して間もない君に渡したのは正直賭けだった。 君からすればひどい話かもしれないけど、彼女達を沈ませたくない一心で、私は君にリングを託したんだ…!」
正也「…そうだったのか。 でも、ウチは工廠長を怨んでなんかいない。 それどころか、工廠長のおかげでウチはあいつらを助ける事ができた。 怒るどころか、お礼を言いたいくらいさ」
工廠長「……。 そういってもらえると、ありがたいよ…」
そういうと、工廠長は安堵感を感じてか微かに笑みを浮かべた。
ウチも工廠長に笑顔で返すと、おもむろに兄ちゃんが声を上げてきた。
幸仁「俺も聞きたい事がある。 正也がお前の知り合いの元へ送られた事は分かったが、なぜ俺は提督不在のタウイタウイ泊地へ飛ばされたんだ? 接触するつもりなら、俺も正也と同じ場所へ飛ばしたほうが都合が良いと思うんだがな」
兄ちゃんの質問を聞いて、再び工廠長は表情を暗くした。
工廠長の様子は気になったが、言われて見れば確かにそうだ。 現に、ウチは叢雲達に会うまで兄ちゃんの存在を知らなかった。
なぜ、工廠長は兄ちゃんの事をウチに明かしてくれなかったんだろう…
工廠長「……。 結論から言うと、事故だったんだ」
幸仁「…なんだと?」
工廠長「あのシステムを使ってこれる人間は本来一人だけ。 私は彼を…、中峰正也だけをこの世界に呼ぶつもりだった。 彼を飛ばしたらすぐシステムを破棄するつもりだったんだけど、君がパソコンを動かした事でシステムが起動してしまい、強引にこちらへと飛ばしてしまったんだ」
工廠長「その結果、君がどこへ飛ばされたのか私にも分からなかった。 この世界のどこかにいる事はわかっていたが、その消息まではつかめなかったんだ」
幸仁「要するに、俺はとばっちりでこっちにきたってことか…」
工廠長「言い訳になるかもしれないけど、君がこちらの世界へ来れたのは不幸中の幸いだったよ。 下手したら君はこの世界と君達のいた世界の中間、次元の狭間へ飛ばされ永遠に戻れなくなる恐れもあったからね」
工廠長「君達二人、私の勝手な都合でこの世界の出来事に巻き込んでしまった事、本当に申し訳ないと思っている。 でも、私…… いや、私達には君達二人の力が必要なんだ! この戦争が終わったときは、必ず君達を元の世界に戻すと約束する! だから… だから…!」
工廠長「お願いします、私達に力を貸して! 神原さんの願いを… 私達の
そういって、工廠長は深々と土下座した。
額を地面につけ、「うっ、うっ…」と嗚咽の声を漏らし、真摯に頼み込む姿にウチはただただ呆然とするしかなかった。
でも、だからといってここまで必死に頼み込む工廠長をほうっておく事はできなかった。
とにかく、まず顔を上げてくれといおうとしたとき、兄ちゃんがゆっくりと工廠長へと向かっていった。
幸仁「……。 言いたい事はそれだけか?」
正也「なっ!? 兄ちゃん、何を言って…!」
幸仁「冗談も休み休み言え。 俺達兄弟を突然こんな異世界へ飛ばした挙句、お前のために協力しろだと? ふざけるなっ!!」
兄ちゃんは即座に艤装を展開して、勢いよく右手の刀を工廠長めがけて振り下ろす。
その姿に、ウチも駆け出し艤装の槍を出現させた。
ガキイイイン!!
工廠内に響く金属音。
ウチは槍の柄で、間一髪兄ちゃんの刀を受け止めることができた。
幸仁「どけ正也! 俺はこいつに一発入れなきゃ気が済まないんだよ!!」
正也「やめろ兄ちゃん! 工廠長を斬っても何の解決にもならないし、なにより工廠長だって神原さんのために悩み苦しんだ末でこの決断をしたんだ。 それを責めるなんて真似ウチにはできないよ!!」
幸仁「お前はバカのうえお人よしか!? 俺達はこいつに人生をめちゃくちゃにされたんだぞ! 突然こんな世界に飛ばされ、故郷には帰れない、家族には会えない。 これが怨まずにいられるか!!」
正也「その気持ちは分かるよ、ウチだってここへ来て辛いことは幾度もあった。 でも、それ以上に楽しい事や嬉しい事だってたくさんあった。 兄ちゃんも提督になってそんな事一杯あったんじゃないのか!?」
幸仁「それは否定しない…! だがそれとこれとは話が別だ! このまま俺達がこの世界で死んだら、お袋や茜はどうなる? 元いた世界の家族はどうなると思ってんだ!?」
正也「そ、それは……」
兄ちゃんは憎悪にたぎった顔で叫び、刀を振るう手に力を入れてくる。
必死に食い止めるウチだが、このままじゃ押し切られるのは時間の問題だ…
工廠長「下がって… これ以上私を庇う必要はないよ」
正也「な、何言ってんだよ工廠長!」
工廠長「さっき、私は頃合を見計らってこの事を打ち明けると話していたね。 実は君達にこの事を打ち明けたその後は、どんな償いでもしようと心に決めていたんだ」
工廠長「だから、復讐を望むというのなら私は受け入れるよ。 私は君達にそれだけの罪を犯した。 これが君達への償いとなるのなら、私は本望だよ…」
工廠長はウチの背後から身を出し、堂々と兄ちゃんの前に現れた。
ウチはすぐに工廠長を庇おうとしたが、左手に展開したもう一本の刀がウチの槍を弾き飛ばし、同時にウチ自身も兄ちゃんにブッ飛ばされてしまった。
今の工廠長に身を守る者は何一つない。 目の前には右手の刀を高々と振り上げる兄ちゃんの姿。
幸仁「どうやら、覚悟はできてるようだな。 だったら…」
その言葉と同時に、兄ちゃんは勢いよく刀を振り下ろす。 目の前の標的、工廠長目掛けて…
幸仁「きっちり、詫びいれてもらうぜっ!!」
兄ちゃんの振り下ろした刀は、目の前の獲物を確かに真っ二つにした。
それは何も言わず、斬られた半身を傾かせその場に倒れこむ。
ウチは何もできず、ただその光景を眺めることしかできなかった。
「……どう…して…?」
静寂に包まれた工廠で兄ちゃんに尋ねる人物。 工廠長は唖然とした表情で兄ちゃんへ疑問を口にした。
兄ちゃんは工廠長の背後にあったドラム缶を両断し、工廠長自身には傷一つ負わせてなかった。
ウチもなぜ兄ちゃんがこんな事をしたのか分からずにいると、当の本人がその疑問に答えてくれた。
幸仁「俺は一発入れなきゃ気が済まないとは言ったが、お前を斬るとは一言も言ってないぜ。 お前は俺達が元の世界へ帰る重要な手がかりだ、こんなふざけたことした罪は生きて償ってもらわなきゃ困るんだよ。 それに……」
幸仁「曲がりなりにも、お前には弟を助けてもらった借りがあるからな。 これでチャラにしてもらうぞ」
そういうと、兄ちゃんは展開していた艤装を収め工廠の出口へと向かう。
表情は見えなかったものの、その声に怒りや怨嗟のようなものは感じられなかった。
幸仁「ああ、それとな…」
ふと、兄ちゃんは足を止めこちらに声をかける。 後ろを向いたままで。
幸仁「俺はお前に協力する気はないが、この戦争を終わらせなくちゃ俺達は帰れないようだし、あいつらも戦うだけの人生を生きなきゃならない。 それは俺もごめんだし、そんなことさせたくない。 だから…」
幸仁「正也、俺達皆でこのクソッタレな戦争を終わらせる。 いいな…!」
正也「ああ、もちろんっ!!」
兄ちゃんの決意のこもった声に、ウチも力強く頷き後を追う。
ウチ等はそのまま出口に向かい、工廠を後にした。 そのとき、出口を通る瞬間に微かに工廠長の声が聞こえてきた。
とても小さくか細い声だけど、なんて言っているのかははっきり聞き取れた。
確かに彼女は言っていた。
ウチと兄ちゃんに向かって、一言だけ…
『ありがとう…』と…
人気のない工廠で、その妖精は二人の人間の背中を見送った。
聞こえたかどうか分からない感謝の言葉を二人に投げかけた妖精。
そんな彼女に、工廠の奥から一人の人間が妖精に話しかけた。
「…話は全て聞かせてもらったよ。 こんな盗み聞きするような形で聞いてしまい、申し訳ないね」
「か、神原さんっ!?」
妖精は突然の来訪者に驚きを隠せず、男は穏やかな顔つきでその妖精へと話を続けた。
「さすがに、私もこれには驚いたよ。 中峰君が異世界の人間である事、彼のお兄さんもこの世界にいた事もだが、その異変を起こした張本人が君だったとはね」
「あの… その… 本当にごめんなさい! 私は武蔵を失った貴方へ、少しでも力になりたくて…!」
「なぜ君が私へ謝るんだい。 君は私のため、武蔵のためにやってくれたのだろう? 少なくとも、私に謝るような事は何一つしてないではないか」
「それに私と君は武蔵のため、同じ目的のために手を組んだいわば共犯者だ。 君の犯した罪は私の犯した罪でもある。 私はそう考えているよ」
「……。 神原…さん…」
「とはいえ、君の… 私達の犯した罪は決して許されるものではない。 なにしろ二人の若者の人生を滅茶苦茶にしてしまったのだから…」
「だから私は彼らを全力で支えるよ。 私の部下のため、私の後輩のため、中峰君は本当によく戦ってくれた。 だからこそ、私は彼に報いる義務がある」
「私は中峰君と約束した。 『元の世界へ帰る方法が見つかるまで、トラック泊地の提督としてここにいてほしい』と。 私は何としてでも彼を元の世界へ帰してみせる。 たとえ、この命が尽きようとも…!」
「神原さん、私もやるよ。 元は私の犯した罪だ。 だから、私も彼らを元の世界に帰してみせる。 絶対に…!」
二人は向き合うと、お互いの手を差し出し力強く握る。
何としてでも成し遂げる、という決意のこもった強く真っ直ぐな瞳が、二人の姿をはっきりと映し出していた。
はい、これにてPart3『中峰兄弟邂逅編』も終了となります。
このあとは日常パートを何話かはさんで、そのあと再び本編に入りたいと思います。
次回で、この北方・西方海域編もラストとなります。 まだまだ途中までしかできてませんが、よろしければこれからもこの提督代理シリーズをよろしくお願いします。 それではっ!