そこは、真っ白な空間だった。
白い空と白い大地を境に地平線が見え、それ以外は何もない。
その異様な光景の中に、ウチはぽつんと立っていた。
正也「これは…、どうなってんだ?」
ウチことトラック泊地提督、中峰正也は首をかしげる。 夕べはいつものように資材集めに駆り出され、その後くたくたの体でどうにか一日の執務をこなした。
そのせいでいつも以上に疲労がたまっていたウチは、泥のようにぐったりしながら寝床に入りすぐに眠りに着いたのだ。
それがどうしてここにいるのか?
一体どうやってここにきたのか?
ウチは訳が分からないまま一人その空間を歩き始める。
周囲には目印になるようなものもなく、自分の歩く足音以外何も聞こえてこない。
本当に、どうしてウチはこんな所にいるんだ?
しばらく歩みを進めると、ようやく地平線の先にぽつんと何かが見えてきた。
正也「あれって……隼鷹?」
ウチの視線の先にいたのは、ウチの艦隊の軽空母の一人隼鷹だった。
彼女はなぜかウチに背を向けた状態で縮こまっており、さきほどから自分の顔を両手で覆い、何か嘆くかのように首を左右に振っていた。
正也「おーい隼鷹、そんなとこで何やって…」
ウチはいつものように彼女に話しかける。 どうして隼鷹がここにいるのか、ここは一体どこなのか聞きたかったから。
ウチの声に気付いてか、隼鷹もウチに向かって覆っていた手を開けてこちらに振り向く。
そして、ウチは驚愕した…
隼鷹「てい…とく…。 アタシ……こんな格好…イヤ…だよ…」
隼鷹の姿、それはウチの知っている彼女とはまるで別人だった。
陶器のような真っ白な肌に瞳は不気味な赤色に染まり、体は徐々に黒く侵食されて代わりにガラクタのような不気味な艤装が継ぎ足されている。
その姿はいつも皆が海で戦っている異形の生物、深海棲艦そのものだった。
正也「う、うわああああああ!!」
気付くと、ウチは悲鳴とともに隼鷹から逃げ出していた。 いつもは見知った仲間だが、深海棲艦と化した今の彼女からは恐怖しか感じられなかった。
無我夢中で逃げていると、前からこちらに向かってやってくる別の人物の姿があった。
正也「あれは…、金剛に山城!? おーい、二人とも…!」
ウチは助けを求めるつもりで二人に声をかけようとしたが、徐々に近づくうちに彼女達の異変に気付いた。
金剛「テートク… 見つけましたヨー…」
山城「そこにいたのね…、提督…」
赤く染まった虚ろな目をこちらに向ける二人。 その姿はさっき会った隼鷹と同じく、二人も深海棲艦として徐々に体が蝕まれている状態であった。
正也「ひっ…!? あ、ああ…!!」
二人の異変に気付くいたウチは、踵を返すと急いで二人から逃げだす。
一体どうなっているんだ?
どうしてあいつらがこんな姿になっているんだ?
目の前のおぞましい光景に、ウチは整理がつかずただただ必死に逃げていた。
しかし、逃げる先で次々に出会う仲間達。 隼鷹や金剛・山城だけじゃなく、球磨と多摩・鳥海や羽黒に那珂ちゃん・雷と皆深海棲艦のような異形の姿でウチに近づいてきたのだ。
正也「よせ… やめろ、やめてくれ…!!」
言いようのない恐怖に駆られ、ウチは必死に逃げ続ける。
一体どれだけ走ったのか分からないが、後ろを振り返るとそこには誰もいなくなっていた。
逃げ切ったと思い、ウチはその場で息を切らせていると前から聞きなれた声が聞こえてきた。
「ご主人様? 何してんです、こんなところで」
ウチは慌てて顔を上げると、そこにはきょとんとした表情を浮かべる漣の姿があった。
一瞬驚いたが、よく見ると漣は皆と違いいつもと変わらぬ姿のまま。 それを確認したウチは、安堵のため息をつくと今まで出来事を説明した。
正也「聞いてくれ漣! 皆が大変な事になっているんだ!!」
漣「落ち着いてご主人様…! 大変って一体何があったんです?」
正也「皆が…皆が深海棲艦になっているんだ。 体や皮膚が白くなって、皆の顔や体に仮面や艤装みたいな物が…」
今まで見てきたことをありのまま話すウチ。 こんな話信じてもらえるか分からないが、話さずにはいられなかった。
ウチの話を一通り聞いた漣は、なぜか何も言わずウチに背中を向ける。
正也「漣…? どうかしたのか…?」
漣「ご主人様…。 さっき皆が深海棲艦のようになっているって言ってましたね…」
正也「ああ…。 確かに言ったが…」
漣「……。 それって…もしかして……」
漣「コンな風にデスカ!?」
振り返った漣の顔。 そこにはさっきの皆と同じ、白い肌と赤い瞳。 そして深海棲艦を象徴するような白いマスクが顔を半分覆っていたのだ。
正也「うわああああああああああ!!」
漣の豹変振りにウチは思わず腰を抜かしてしまう。 急いで逃げなくてはと、必死に後ろに下がろうとしたが…
球磨「提督…見ツけたクマ…」
多摩「モウ逃がサナいニャ…提督…」
正也「あ…ああ……あああ…!」
後ろには先ほど撒いたはずの皆が退路をふさいでいた。
気付くと周りには隼鷹達がウチの周囲を囲い、じわりじわりと距離をつめていく。
金剛「ネエ、テートク…」
山城「貴方モ一緒ニ…」
羽黒「コチラニ来テクダサイ…」
那珂「皆デ行ケバ怖クナイヨ…」
血のように赤く染まった瞳を向けながら、皆はウチに詰め寄ってくる。
血色のない白い手がこちらに伸びてくる。
言いようのない恐怖にウチの体は強張り、目からはとめどなく涙が溢れていた。
漣「サア、ゴ主人様モ……」
正也「く、来るな…」
正也「来るなバケモノ――――――!!!!」
「ハッ!?」
突然勢いよく上半身を起こすウチ。
目の前にはいつも自分が使っている見慣れた執務机。 周囲を見渡すと、そこはいつも自分がいる執務室だった。
窓の外からはうっすらと日光の光がそそがれ、チチチ…という鳥の鳴き声が聞こえてくる。
正也「ゆ…夢…?」
今までの出来事は夢だと気付き、ウチは大きく安堵の息を漏らす。
だが、夢とはいえその内容はあまりに恐ろしいものだった。 それを証拠付けるように自分の体は汗でぐっしょりと濡れており、息はぜいぜいと荒くなっていた。
今でも夢の出来事は脳裏にはっきりと焼きついている。
目の前で仲間が深海棲艦と化していった事。
逃げた先でも同じように他の者達が深海棲艦になっていた事。
なにより…
正也「ウチは… ウチは……」
正也「あいつらになんてことを言っちまったんだ…!!」
自分自身がその仲間達をバケモノ呼ばわりした事。
その日、ウチは秘書艦が起こしに来るまで一人顔を覆い罪悪感に苛まされたのだった。
朝の食堂。
今日もここでは家事妖精たちが甲斐甲斐しく働き、艦娘寮からやってきた子達はおいしい朝食と楽しいおしゃべりを満喫していた。
そんな空気の中、ウチは朝食を受け取ると誰もいない窓際の席に一人腰掛けた。 今朝の夢の出来事を思うと、とてもあの空気の中に入る気にはなれなかったのだ。
何も言わず、一人もそもそと朝食の焼き魚を口に運んでいると、突然誰かがウチに声をかけてきた。
「あの… 提督、どうかしたんですか?」
ウチが隣を見ると、そこにはウチに声をかけた艦娘、潮の姿があった。
潮は不安げな表情をウチに向けてきており、声はどこか悲しげに聞こえてきた。
正也「おう、おはよう潮。 どうした、そんな顔して?」
潮「えっと、その… なんだか、今日の提督は様子がおかしいですよ。 こんなさびしい場所で一人で食べるなんて、いつもの提督らしくないじゃないですか」
正也「あ、ああー… まあ、その、なんだ。 ウチもたまには一人でゆっくり食べたいときもあるって事さ」
潮の指摘にどもりつつも、ウチはどうにか笑みを浮かべて誤魔化そうとする。
しかし、その返答に潮はなおも食らいつく。
潮「それにさっきから提督顔色が悪いし、なによりいつもの元気がないです! 何か辛い事でもあったんじゃないですか!?」
正也「いや潮、さすがにそれは気にしすぎだって。 ウチはこの通り元気だけが取柄の男だぞ? 大丈夫だってへーきへーき。 ウチは今日も今日とで資材集めがあるからさ、潮も遠征頑張りなよ。 あっ、くれぐれも無茶はしないように。 じゃあな」
ウチは『にししっ♪』と笑って潮の頭をなでると、食べ終えた朝食の食器を持ってその場を立ち去った。
そのとき、潮が微かに何か言っていたような気がしたが、ウチはただその場を立ち去りたい気持ちでいっぱいで、彼女が何を言ってるかまでは聞こえなかった。
潮「提督… 私はあの日あなたに助けてもらいました」
潮「私が漣お姉ちゃんの姉妹艦で、ブラック鎮守府に囚われていることを知って助けに来た。 提督はそう言ってましたね…」
潮「私、そんな提督のお役に立ちたくてここへ来たんです。 だけど…」
潮「……提督、私じゃあなたの力になれないんですか? 私じゃ、漣お姉ちゃんの代わりにはなれないんですか?」
雲ひとつない青々とした空を背に、今日もウチはオリョール海で資材集めに没頭していた。
相も変わらずここはよく資材がちらほらと海面に浮いている。 この資材がどこから流れてきてるのか、どういった経緯があってここへ来てるのかそれは不明だが、使える物は使わせてもらおうということで、今日もウチは燃料の入った小型のドラム缶や弾薬箱を回収していった。
正也「よっしゃ今日も回収回収っと。 霧島にこき使われるのはしんどいが、それも使い込んだぶんを回収するまでの辛抱だ。 気張っていくか」
そう言って、ウチが回収を続けていると一人の艦娘が泳いでウチの近くにやってきた。
「てーとく。 この弾薬箱、海の中で見つけたよ。 密閉されてるから中はまだ使えるでち」
「おっ、サンキューゴーヤ。 それじゃまたそこの島に置いといてくれ」
「了解でちっ♪」
ウチの資材集めにわざわざ同行を申し出てきた潜水艦の艦娘、ゴーヤは元気な返事とともにビシッと敬礼のポーズをとって、近場の島に資材を置きに行った。
初めはウチが一人で行っていた資材集めだが、いつも霧島に駆り出されるウチを見て不憫に思ったのか、ゴーヤが自分も一緒に資材集めに行くとウチに申し出てきたのだ。
ウチは最初は断っていたものの、何度も同行すると申し出てきたゴーヤにウチも根負けして、現在はたまにだがこうして一緒に資材集めを手伝ってもらっていた。
正也「いつもありがとうなゴーヤ。 お前も出撃や演習で忙しいのにこんな事まで付き合ってもらっちゃって」
ゴーヤ「ゴーヤが好きでやってるんだから、てーとくが気にする事ないよ。 ゴーヤはゴーヤで、てーとくと艦隊の皆のためにやってるだけでち」
正也「そうか。 そんじゃ、ウチも艦隊の仲間達のために、が…んば……」
そのとき、ウチはまたあの夢の事を思い出してしまった。
『来るなバケモノ――――――!!!!』
あのとき、恐怖に駆られてたとはいえ、ウチは皆にあんなひどい事を言ってしまったのだ。
深海棲艦になりかけてたあいつらをバケモノ呼ばわりしたウチに、今更あいつらを仲間と呼ぶ…
なんと都合のいい考え方なんだろうか。
そんな奴がどの面下げてあいつらの提督を名乗れるのだ?
そんな奴がどの面下げてあいつらの仲間を名乗れるのだ?
自分のその能天気ぶりに腹が立つ…
ウチはなんて勝手な奴なんだろう、と…
ゴーヤ「…てーとく! てーとくってば!」
正也「うおっ!?」
ゴーヤ「どーしたの? さっきっからぼーっとしちゃって…」
ウチはゴーヤの声に思わず驚きの声を上げる。 どうやら、今朝の悪夢のことでまた自己嫌悪に陥っていたらしい。
ゴーヤはウチの顔をじっと覗き込んでいる。 その表情にはどこか寂しさと不安の入り混じった様子が伺えた。
そんなゴーヤに心配かけたくないと、ウチも慌てて作り笑いを浮かべる。
正也「ああ、ウチは平気だぞ! ちょっと疲れてんのかな、あっはっは~!」
ゴーヤ「………」
正也「まあ、この資材集めももうすぐ必要量集まるから、そうなればウチも資材集めに行かされずにすむ。 そのときはゆっくり休むとするよ……って」
ゴーヤ「………」
正也「どうしたゴーヤ、そんな怖い顔して…?」
さきほどからこちらを無言で睨み続けるゴーヤ。 まるでなにか不満を抱えるようなムスッとした顔で、彼女はただウチを睨みつけていた。
ゴーヤ「今日のてーとく、なんかおかしいでち」
正也「えっ…?」
ゴーヤ「今のてーとく、明らかに無理してるもん! 何か辛い事抱えてるのに、それを誤魔化そうとしてるもん! ゴーヤだってそれくらい分かるでち!」
ゴーヤ「辛い事があったら辛いって言えばいいんだよ! それなのに、その事を隠そうとしてる。 ゴーヤはそれが気にいらないんでちよ!!」
正也「………」
ゴーヤ「てーとくに何があったのかゴーヤは知らない。 だから、話してみて。 てーとくに一体何があったの?」
……。 やっぱり気付かれてたか。
まあ、元々嘘や演技は得意なほうじゃないし、ばれるのにそう時間はかからないだろうとは思っていたよ。 でも…
正也「いや、ほんとに最近疲れが激しくて、疲労の色が顔に出てんだな。 ひょっとしてウチももう年なのかな~? あっはっはっはっ!」
正也「心配かけたのはすまなかったよ。 悪いけど、ちょっとそこの島で休んでいるから、ゴーヤもあまり無理しないようにな」
そういうと、ウチはその場を離れる。
ゴーヤの気持ちは痛いほど分かるが、それでもウチはこんな話を出したくなかったんだ。 自分が大事な仲間達をバケモノ呼ばわりする夢なんか……
ゴーヤ「てーとく… どうしてそんなに隠そうとするでちか?」
ゴーヤ「たとえどんなに疲れたって、どんなに大変だって…」
ゴーヤ「いつものてーとくならそんなに無理して笑ったりしないでち……」
夕暮れのトラック泊地。
今日の収穫である資材を資材庫に置いてくると、ゴーヤと別れ執務室に向かっていた。
資材集めは大変だが、ウチも一艦隊を率いる提督。 そのための執務をおざなりにするわけには行かないのだ。
正也「さーて、残りの執務を片付けて早いとこ休もうっと」
ウチはいつものように執務室の扉を開き部屋に入ると、そこには
正也「……漣?」
この艦隊の初期艦にして、一番秘書艦の経歴が長い漣が仁王立ちでウチの机の前に立っていた。
その光景にウチは思わず疑問を抱いた。
普通は提督の執務となると手伝いとして秘書艦の存在は必須だ。
だけど、夕方の執務はせいぜい戦果の確認とそのための報告書の記入ぐらいで、それだけなら秘書艦がいなくても提督一人で充分片付くからだ。
現に、ウチもこの時間はいつも一人で残りの執務を片付けており、秘書艦には休憩ということで自由に過ごしてもらっている。
なのに、今日は秘書艦である漣がこの執務室で待機している。 一体どういうことかとウチが尋ねようとしたとき、
漣「ご主人様、一体何を隠しているんですか?」
開口一番そう尋ねてきた漣。 ウチは驚きつつも漣の顔を正面から見やる。
いつもの漣は天真爛漫な笑顔を振りまき、悪友のようにウチに冗談や軽口を言いながら接してくるが、今日の彼女は違った。
瞳は真っ直ぐウチを捕らえ、唇はきゅっと引き締まっている。 その様子は仲間として接してくるいつもの漣ではなく、艦隊を束ねる一人の秘書艦として真剣に物を尋ねる顔つきだった。
正也「おいおい、お前まで一体どうしたんだ? そんな真剣な顔しちゃって、少し落ち着こうよ」
漣「皆気付いているんですよ、ご主人様が今朝から何かひた隠しにしている事があるのは。 潮やゴーヤだけでなく、他の皆もご主人様のこと凄く心配してて、それで今日の秘書艦である漣が皆を代表して聞きに来たんです」
漣「これ以上皆に余計な心配をかけたくなかったら、正直に話してください。 もしこれ以上笑って誤魔化すつもりなら、漣は本気であなたをブッ飛ばしますよ…!」
鬼気迫る表情で話す漣。 その姿に彼女がどれだけ真剣に尋ねているのか、ウチにもよく分かった。
それなら、これ以上黙っていてもしょうがない…
ウチは意を決すると、漣に顔を向け静かに打ち明けた。
正也「夢を見たんだ…」
漣「…っ? 夢…ですか…?」
真剣な顔つきから一転、漣はキョトンと気の抜けた顔つきに変わる。
そんな漣に構わず、ウチは話を続けていった。
正也「皆が、深海棲艦になる夢だ。 ウチの目の前で肌が徐々に白くなって、目の色が赤く染まり、そして体にあの黒い艤装が現れた。 ウチは怖くなって逃げ出した。 しかし、逃げた先でも他の者達が同じような事になっていった。 無我夢中で逃げるうちに、漣に会った。 お前だけは変わっていなくて安心したんだが、それもつかの間、顔を上げたときには漣も他の皆と同じ白い肌になっていた」
正也「気付くとウチは周りを囲まれパニックになってな… 咄嗟に言ってしまったんだ。 『来るな、バケモノ!!』ってな…」
漣「………」
正也「ウチはさ、皆を仲間だと思って接してきた。 でも、こんな事になったらあっさり皆を見捨ててあげくバケモノ呼ばわりだ…」
正也「漣、ウチは仲間を最後まで信じきらなかった最低な野郎だ… そんな奴がさ、どの面下げて皆に会えって言うんだよ…!?」
ウチは独白を終えると、無言のままうつむいた。
漣がウチの話を聞いてなにを思っているかは分からない。
軽蔑されたかな? 失望されたかな?
ただ自分の頭の中でそんなマイナスな考えばかりが頭をよぎる。
まあ、漣がどうウチを思おうとウチはそれだけの事をした。
だから、どうなろうと……
ビシッ
正也「いってぇ!?」
突然額に走る激痛。
痛む額を抑えて顔を上げると、そこには漣が不機嫌極まりない表情でウチを睨んでデコピンを放っていた。
漣「正直、呆れましたよ…」
正也「えっ…?」
漣「いいですか、ご主人様?」
ピンと人差し指をウチの眼前に突き出す漣。
ただただ困惑するだけのウチに、彼女ははっきり答えた。
漣「漣や皆がそんな事でご主人様を嫌うと思ってんですか!? なめないでください! そのつもりなら、もうとっくにあなたを見放していますよ!!」
漣「ここにいる皆、あなたを心から慕ってここに来たんです。 漣たちは好きであなたの傍にいるんです。 そんな事で壊れるほど、漣たちの絆は脆くありません!!」
漣「それとも、漣がご主人様を見捨てて撃ち殺す夢を見たといったら、ご主人様は漣のこと嫌いになりますか?」
正也「そんなわけないだろ!? ウチにとってお前も皆も大事な仲間だ。 そんな事で嫌ったりしないよ!!」
漣「漣だってそうです! そんな夢一つで嫌いになるわけないでしょ!! それをそんな真剣に考え込んだりして、ご主人様は本当に大馬鹿野郎です!!」
正也「………」
ああ… なんだ、そうだったんだ。
あいつらの立場に立って少し考えれば分かりそうなことだったのに、勝手に罪悪感にさいなまされて、勝手に一人ふさぎこんで、確かにウチはとんだ大馬鹿野郎だ…
正也「悪かったよ漣。 余計な心配かけてしまって…」
漣「全く世話の焼けるご主人様なんですから… 分かったら今すぐ食堂に行って、『心配かけてごめん』って皆に謝ってきてください。 ほら、駆け足っ!」
正也「いって! 分かった、分かったから蹴るなって…!」
ウチは漣に尻を蹴り飛ばされると、急いで執務室を出て行った。
さて、食堂に行ったらあいつらにも心配かけたぶん、しっかり土下座して謝らないとだからな。
よっしゃあ! 気合、入れて、行くぜっ!!
ご主人様が執務室を去っていったのを確認して、漣は一人ため息を吐きました。
ほんとにバカで世話の焼けるご主人様だから、色々気苦労が耐えません。
でも、だからこそあの人には漣たちが就いてなきゃ駄目なんですけどね。
漣「忘れないでくださいよ、ご主人様…」
漣「漣たちは、『好き』であなたの傍にいるんですからね」
夕日の注ぐ執務室。
誰もいない机を見ながら、漣は一人そう呟きました。