ついに最終章「南方海域編」に入りました。 まだまだ先は長くなりそうですが、この物語も大詰めへと動き出しそうです。
艦これの方もいよいよ春イベントがありますね。 そちらもどうなるか、今から楽しみです♪
第70話 彼がいなくなった日
青く澄んだ空の下、トラック泊地には温暖な今の気候には心地よい涼しい風が流れて行き、水平線には優雅に泳ぐイルカの群れがその情景をより美しく際立たせていた。
しかし、そんな映画のワンシーンのような光景を目にする者は泊地の外に誰一人おらず、トラック泊地はまるで火が消えたかのようにしんと静まり返っていた。
夕雲「雪風さん。 ちゃんと朝は食べなきゃ体が持ちませんよ…」
雪風「…今はご飯食べたい気分じゃありません。 そういう夕雲さんも、ご飯をちっとも食べてないです…」
隣で食事を取っていた夕雲を横目に見ながら、雪風はとぼとぼとした足取りで朝食がほとんど残ったままの食器をキッチンへと下げて行った。
トラック泊地の食堂。 朝になるといつもおいしい食事と仲間達とのおしゃべりで賑わっていたこの場所は、今は会話を楽しむ者は誰一人おらず、皆暗い表情をしたまま俯くだけ。
食事をしているものもいるにはいるが、朝食を咀嚼するその表情はまるで覇気がなく、黙々とご飯を口に運ぶだけ。 それさえもほんの一口・二口すると、ほとんど残ったままの朝食を下げてしまい、何をするでもなくその場に生気の抜けた人形のように座り込むだけであった。
「…知らなかったわ。 司令のいない泊地が、こんなに静かなものだったなんて……」
食堂の入り口。 霧島はあたりを見渡しながら、他の子達と同じように暗い表情のまま、誰にでもなく一人呟いていた。
カスガダマの戦いから数日後。
正也たち一行はかろうじて戦艦棲姫との戦いに勝利したが、その代償はあまりに大きすぎるものだった。
海中に身を潜め、最後の反撃を狙っていた深海棲艦。 潜水ヨ級フラグシップの魚雷によって、中峰正也は吹き飛ばされその姿はなくなっていた。
あの後、幸仁を筆頭にトラック・タウイタウイ・横須賀・舞鶴・佐世保・大湊と彼の知り合いの鎮守府による大規模捜索が行われた。
水上艦たちは必死になってカスガダマ沖をくまなく探し回り、航空母艦は周囲一体まで艦載機を放ち目を皿のようにしながら調べ、潜水艦の子達は涙目になりながら海中を泳ぎまわり、皆死に物狂いで正也を捜索し続けていた。
しかし、現実は非情だった。
どれだけ必死の捜索を行っても、得られたものは漣の元に落ちてきた帽子だけ。 他に、正也の生死を確認する物は何も見つからなかったのだ。
流石にこのまま無茶な捜索を続けていては艦娘たちの身が持たないということで、泊地で待機していたものたちに捜索を続けてもらい、一番捜索に必死だった漣たち第一艦隊の面々は後方に下げて一旦休息をとってもらうこととなった。
今も外海では他の艦娘たちが捜索を続けているが、いつも中心となっていた正也を失ったトラック泊地は、誰一人活気がなく鬱々とした空気だけが流れているのであった。
金剛「テートク… どこにいるの…? どこへいってしまったの…? 早く戻ってきてヨ……」
榛名「大丈夫ですよ、お姉様… 提督は戻ってきます。 きっと… 大丈夫です……」
机に俯いたまま涙を流す金剛。 そんな姉を慰めながらも、涙に濡れた目で必死に悲しみを抑える榛名。
龍驤「はあ… あいつ、ほんまどこほっつき歩いとんねん。 …生きとるんやったら、はよ……もどってこい…ちゅうに……」
窓の向こうを眺めながら、手持ち無沙汰に艦載機をいじる龍驤。
比叡「どこ行くんです山城さん!? 貴方さっき捜索してきたばかりじゃないですか、少しは休まなきゃ駄目ですよ!!」
山城「放して! 姉様も悲しんでいるのにじっとなんかしてらんないわ! 早く提督を探して、一言文句を言ってやらなきゃ気が済まないんだから!!」
比叡「だからってこのまま続けるのは無茶です! 次は私が行きますから、少し休息を取ってください!!」
捜索に躍起になる山城を必死に引き止める比叡。
正也を失った事に悲しみにくれる者。 怒りを露にする者。 各々の感情が渦巻くこの食堂に二人の艦娘が現れたとき、食堂にいたものたちは一斉に二人に注目した。
「どうだった?」
「今日は食べたの?」
次から次にかけられる質問。 その言葉に、
ヴェル「………」
食堂に現れた二人のうちの一人、ヴェールヌイは無言のまま首を横に振り、
鳳翔「…今日も駄目でした。 声をかけても反応がなく、昨日の夕食にも手をつけていませんでした」
食堂に現れたもう一人、鳳翔はヴェールヌイに代わって皆の質問に答えるのであった。
トラック泊地の執務室。
主を失ったこの部屋の執務椅子に、一人の艦娘が両足を乗せ体育座りの姿勢でうずくまっている。
目は落ち込み、表情はやつれ、艦娘は何をするでもなく目の前の机に乗っている帽子を眺めていた。
「………ご主人様」
執務椅子にうずくまる艦娘、漣は数日前からずっとこの調子だった。
正也を失ったという事実にトラック泊地の艦娘たちは衝撃を受けたが、その正也を目の前で守れなかった漣は特に精神的なダメージが大きかったのだ。
皆が捜索にあけくれる中、彼女は正也を失ったショックか護衛艦として彼を守れなかった罪悪感からか、あれ以来一人執務室に閉じこもり出てこなくなってしまった。
朝から晩までぼーっとして、ヴェールヌイや鳳翔の呼びかけにも答えず、食事を持ってきてもらっても手をつけず、飲まず食わずのままずっとここに縮こまっているのだ。
数日間何も口にしていないこの状況。 普通の人間なら餓死しててもおかしくないが、こうして若干やつれただけですんでいるのは彼女が艦娘だからであろう。
しかし、艦娘といえどこのまま何も食べないままでは命に関わるのは時間の問題。
食堂にいる皆の心配を他所に、漣はまるで世捨て人のように何もしないまま、誰もいない執務室で一人過ごすのであった。
タウイタウイ泊地の鎮守府。
必死の捜索を続けたせいで、神原から休むよう忠告された幸仁は執務椅子に背中を預け、無言のまま何もない天井を見上げていた。
「……。 アンタ、これからどうするつもりよ?」
ふと幸仁が声のしたほうに視線を向けると、そこには腕を組みながらこちらを見る秘書艦叢雲の姿があった。
彼女もまた幸仁と同じく正也の捜索に乗り出していたが、彼と同じく少し休んだほうが良いとみんなから言われ、今は泊地で体を休めつつ秘書艦としての業務を全うしているのであった。
しかし、泊地に戻ってからの幸仁はまるで別人のようだった。
いつもはせっせと提督としての業務に従事する彼であったが、今はまるで職を失い暇をもてあました失業者のように執務室でぼーっとしているだけ。
初めは弟を失ったショックだから仕方ないと思っていたが、さすがに今の彼に見かねた叢雲は思い切って幸仁に尋ねてみた。
幸仁「………さあな」
そんな彼女の心配を他所に、気だるそうな返事を返すだけの幸仁。
その姿に、おもわず叢雲も声を荒げた。
叢雲「なによその態度!? アンタね、弟がいなくなったからってちょっと腑抜けすぎじゃない!!」
幸仁「………」
叢雲「大事な人を失って悲しんでいるのはアンタだけじゃないのよ! 他の子達も、アンタの弟を失って辛い思いをしてる。 でも、それでも諦めまいと必死に探している、前に進もうとしてるのよ!」
幸仁「………」
叢雲「なのに、アンタはそうやって上の空になるだけ。 しゃんとしなさいよ! アンタ、アタシの司令官でしょ!?」
肩で息をしながら思いのたけをぶつける叢雲。
さきほどから椅子に寄りかかってばかりの幸仁だったが、おもむろに叢雲に尋ねてきた。
幸仁「……なあ、叢雲」
叢雲「…何よ?」
幸仁「…あいつ、最後は自分の艦娘を庇って……それで魚雷に撃たれたんだよな?」
叢雲「…そうよ。 それが何…?」
幸仁「その艦娘ってさ… 今どうしているんだ?」
幸仁からの問いに、少し悲しげな表情になる叢雲。
先ほどとは変わって、少々覇気のない声で質問に答えた。
叢雲「…ヴェールヌイって子に聞いたら、今は泊地の執務室に閉じこもってるんですって。 まあ、護衛艦でありながら自分の提督を目の前で失ったんだから、他の子よりショックが大きかったんでしょうね」
ふと、叢雲もそのときの出来事を思い出してしまった。
クルーザーへ向かおうと幸仁と共に移動していたとき、背後からすさまじい轟音が鳴り響く。
後ろを振り返ると、そこにはさきほどまで一緒だったもう一人の提督の姿がなく、代わりに彼が身につけていた帽子を握りながらその場に座り込み悲痛な叫びを上げる護衛艦の姿が目に飛び込んできた。
今でもそのことを思い出すと、心が苦しくなる。
その苦しみを抑えるかのように、胸の部分をギュッと握っていると、
叢雲「…えっ?」
突然幸仁が立ち上がり、執務室を後にしようとしていた。
叢雲「ちょ、ちょっとアンタ! どうしたのよ急に…!?」
いきなりの出来事に困惑する叢雲。 そんな彼女に背中を向けたまま、
幸仁「行くぞ、叢雲」
叢雲「行くって、一体どこに…?」
幸仁「そんなの、決まってんだろ」
身支度を整え、艤装の刀を装備する。 決意のこもった強い瞳を叢雲に向けて、彼は言った。
幸仁「トラック泊地に… 漣に会いに行くんだ!!」