集められるものだけを集めて拠点だった双子館の残骸を離れ、冬木の街の人混みに紛れる。すぐ近くでは大爆発が発生したというのに冬木の市民は慌てる事もなく自分の日常に没頭している姿が見えた。決して危機感が低い訳ではない。純粋に”興味がない”だけの話だ。それが現代人という存在だ。直接的に自分にかかわってこない限りは極限まで無関心である生き物。
「俺はそれが少し悲しい」
「そうなのか?」
スカサハと肩を並べて街中を、今夜の寝床を求めて歩いている。その中でスカサハとこの話を続ける。
「あぁ、現代人は隣人に対して極限まで無関心だって言っても良い。たとえば電車乗ろうとして誰かが不幸を嘆きながらプラットフォームから飛び降りて電車に轢かれ、自殺した。目前で起きた死の光景と発生を恐れ、悔やむものが普通だよな? ―――だが現代は違う。サラリーマンは間違いなく”仕事に遅れて迷惑だ”としか考えないし、学生は”学校に遅れる理由が出来る”と喜ぶばかりだ」
人間という生き物は己の興味に対してのみ情熱を向けるのが常だ。
「だけどその興味の対象は年々狭まって行くんだ―――解るか? 豊かになっているんだよ、文明が。スカサハが生きていた神話や英雄の時代ではお互いに助け合わないと生きて行く事が出来なかった。助け合う事で生活を生み出していたんだけどな、俺達の時代は違う。コンビニへと向かえばメシが食える、他人の顔を覚えなくても働けば金が入る。テレビ、電話、玩具、食事、雑誌、自分を満たす為の道具で日本は溢れている」
極論、
「他人に興味を持たなくても生きていけるんだよ。一回しか行かないコンビニ店員の顔を覚えるか? 覚えないだろ? それと同じだよ。近くにあった事件、自分が関わったのか? 関わらないだろ。だから興味を示さないんだよ。ここにいる連中は全員、被害が直接自分の所へと延びるその瞬間までは決して興味を見せるような姿勢すら示さないさ。例外なのは警察ぐらいだろうな。それにしたってただの事故として処理されるさ」
証拠が残らないし、それを覚えている人間は一人もいないからだ。だから誰も興味を持たない。現代社会が生み出した新たな負の側面とも言える所だ。無関心の社会とも言えるこれは自分や切嗣を動かしやすくしてくれる環境だ。まぁ、それはそれとして、
「多少悲しく思える話なんだけどな。二十年前の人達はもっと互いに関心を持ってたもんさ。海外も発展していないところへ行けば互いに助け合いながら暮らす人々はいるし……俺が一時滞在していた村なんて風邪をひいたら村人総出で見舞いに来るんだぜ? 騒がしいけど飽きない、楽しい所だったわ―――」
そこを出て時計塔へと向かったのは自分の意志だから文句は言わないが、それでも嘆かわしいとは思う。究極的に自分の事しか考えていない事に。まぁ、自分も人の事を言えた義理ではないが、それでも”考える”事はしている。今、ここにいる人は特に考える事もなく社会の歯車として流されるように働いているのだろう。何かに興味を持つ事もなく。
「日本という国のシステムは良く出来ているよ。出来すぎなぐらいにな。もうちょっと混沌としていた方が好みだ」
まぁ、愚痴っていてもしょうがない案件だ。それこそ聖杯でも使ってシステムを根幹から変えないと意味がない話だ。そして俺にはそんな事への興味はない。聖杯へと願いをくべる興味もない。だから愚痴を言う権利もない。ウダウダと文句を言えるやつとはつまり現状をどうにかしたい奴なのだろう。そうでもなければ言う権利はない。黙って歯車となるか、黙って抗ってろ。自分が思うのはそれぐらいの事だ。
「……なんか無駄に愚痴ったな。やっぱ体調の悪さが影響してるのかねぇ。ちょっくら適当な店に入ってメシにしようぜメシ。嫌な気分の時は美味いメシを食えば良くなってくるもんだわ。……まぁ、どこが美味いメシとか俺、一切知らないんだけどな!」
「この男は……」
スカサハの呆れたような声に、召喚した当時よりも彼女とは打ち解けてきているという自覚がある。心の中を一切合財吐き出せるような仲ではないが、それでも主従関係なく背中を預ける事が出来る程度には信頼関係があると思っている。やはり、サーヴァントに必要なのは利用し、利用される関係ではなく、戦友とも呼べる信頼関係じゃないかなぁ、と思う。信用できるからこそ全力で動けるという場面は結構あると思う。
適当なレストランでも見つけて入ろう。そう思って視線を巡らせたところ、街中を歩く知っている姿を発見する。
まず見えたのは長身の偉丈夫だった。赤毛を持ち、その巨体に似合う服がないのかピチピチになったシャツとズボンを装着しており、満喫しているかのように笑い声と笑顔を響かせる男だ。もう片方はそれと比べて小柄な少年の様に見え、その偉丈夫に振り回されているようにも見える。ここまで確認してだが、一瞬でライダー・イスカンダルとそのマスターである事は解った。マスターの名は確か―――そう、ウェイバー、ウェイバー・ベルベットだった筈だ。確かそんな名前が調査報告書から送られてきたはずだ。
「……」
「ふむ―――」
既に気配は殺してある、というよりは気配を殺して生きる事に慣れている。だからイスカンダルとウェイバーがこちらに気付いているようなことはない様だ。これはかなり運が良い。一番どうなるか解らない組が今、目の前で、のほほんと日本を満喫しながら歩いているのだ。だったら話は簡単だ。縮地で接近し、手刀の一撃で首の骨を砕けばそれで即死させられる。あの少年が此方級の達人には見えない。此方に気が付いていない事が何よりもの証拠だ。
今なら殺せる。
殺気を漏らさない様に手刀を作りつつ、殺す為の踏み込みを行おうとしたところで、
肩に手がかかった―――スカサハのものだ。
「待て」
「どうした、卑怯とかって問題じゃないだろ」
「いや、この程度を卑怯とは言わん。ゲッシュを利用してハメ殺すようなことがあれば卑怯とは言うが、これは戦争なのだからこの程度は卑怯だとは言わん。それよりも―――今、殺そうとした瞬間未来が完全に消えた」
「えっ」
スカサハのその言葉に完全に動きを停止して、人混みに紛れながら観光するライダー組主従の姿を呆然と眺める。その姿を眺めてから視線をスカサハへと戻し、そして説明を要求する。何時も通り口元を隠す様にマフラーを巻いている彼女は此方の視線に応える様に頷いた。
「今、マスターの方を殺そうとしただろう? そしておそらくやろうとすれば成功するだろうな。そしてそれが成功した場合、”未来が消えてなくなる”ぞ。いや、正確に言えば”私が一切先の未来が見えなくなった”と言うべきなのだろうが、結果としては同じだ。炎に包まれて消えて行く未来がもっと早い段階で完全に消滅した」
「えー……」
つまりどういうことだ。いや、こういう事か。
「”殺すと未来が消える”……そういう奴がいるって事?」
「おそらくはな」
「やってらんねー。聖杯戦争キャンセルして時計塔に帰ろうぜ! あ、いや、時計塔に行ってもオルガマリーがいるか。あ、影の国って亡命を許可してる? 受け入れてる? 俺、今すぐ予定全てキャンセルして影の国に行きたいんだけど」
「落ち着け」
スカサハに言われて息を吐いて心を落ち着けようとするが、それでも簡単には落ち着く事が出来ない。なぜならこの聖杯戦争の根本が今、大幅に狂ったのだ。聖杯戦争は七つの陣営が聖杯を求めて戦う戦争だ。サーヴァント、或いはマスターを倒してサーヴァントを聖杯にくべる事で儀式が進み、最終的に残った一陣営が聖杯を手にする。ここまでは良いのだ。そしてこの裏側はマキリ、アインツベルン、遠坂が結託しており、聖杯を三陣営のどれかが入手できるように戦争前に調整してある、というのもまだ良い。ここはまだ崩せる範囲だ。手段を選ばなかったりすればまだ勝てるし聖杯も強奪できる。
そしてここで自分達だけが把握している情報を見よう。
この聖杯戦争は最終的に”未来の焼却へと繋がる”という結果が見えている。これはスカサハが予知した事であり、その予知はクー・フーリンの最後を的確に見抜くだけの力がある為、精度に関しては疑う必要もないと考えられる。その未来で解る事は俺が死んでおり、そして数多くのマスターが死んでおり、”聖杯を握るべき者ではない者が握った”という結末だったことだ。
世界の焼却は俺自身の死へと直結している為、俺が死なない様に聖杯戦争を勝ち抜けばこの未来は回避できる。
―――そう思っていた。
だけど、今のスカサハの話を聞いて解った事がある。
「……いるんだ。”本来は生き残るべき奴”が」
「おそらくは、な。私が見た未来はその”生き残るべき者が死んだ場合の未来”、或いは”今現実として一番発生しやすい歪んだ未来”なのかもしれないな」
「確率の話はよしてくれ、算数を習っている時に小学校はやめたから数学すらやってないんだぞ、俺は。んな事よりもこれが考えている通りの事だったらちょっとシャレにならない事実が待ってる―――」
この聖杯戦争の結末は
死なせてはいけないマスターがいるのだろう。
たとえば、あの今にも簡単にくびり殺せそうなウェイバー・ベルベットとか。
もしこの”妄想”が現実だとしたら、真実だとしたら、この聖杯はとんでもない事になる。いや、だが座から英霊を召喚したり、信じてはいないが万能の願望器という超常存在がここにはあるのだ。魔術の世界の中でも伝説とも呼ばれるものがそろっているこの状況で、ありえないという言葉こそがありえないのかもしれない。だけど、だとしたら、
「―――この聖杯戦争は”絶対に勝てない”ぞ……」
結末が決まっていて、それから外れる選択肢を選ぶと焼却の未来をたどるというのが事実なら、本来の結末を見つけ出して、それを迎える様に動かない限りは絶対に未来は、そして自分の命は助からない。そしてその迎えるべき結末の中でそもそも自分が生きているかどうかすらも不明だ。もし、その”正しい結末”というものがあって、
その結末では俺が死んでいたら、
未来を迎えるには俺がまず消える必要がある。
「ん? おぉ! そこにいるのはランサーとそのマスターではないか!」
「え? えぇ!? 馬鹿! おい、馬鹿! なんで話しかけるんだよ! アレってセイバーにしきりに蛮族とかエイリアンって呼ばれていた奴だぞ! 早く逃げようよ!」
「いや、しかしな坊主、余はああいう面白い発想が出来て根性のあるやつは嫌いじゃないぞ? こういう奴こそ是非臣下に加えるべきだと余は思うんだが」
「その前に僕らが殺されるよ―――!!」
イスカンダルとウェイバーに何時の間にかこちらの事が見つかって接近されていたが、今はそれに構える状況じゃなかった。この情報を、この爆弾をどうするべきか、どうやって飲み込むべきか、そしてこれから自分はどうすればいいのか、その事に全力で頭を使っていた。
もし、
もしあの衛宮切嗣が最後まで生き延びるべき対象だったとしたら、
この聖杯戦争中、ずっとあのスナイパーにテロられても反撃が出来ないという地獄絵図が出来上がる。いや、手足ぐらいは折ってもいいのだろうが、正直騎士王を殺せる気がしないので切嗣を殺さずに無力化とか無理臭いと思っている。
―――どうするよ、俺……!
おそらく人生で久方ぶりのガチ悩みだった。
FGOを遊んでいる諸君なら解るだろう。特異点は解決する事によってその時代は”本来の歴史に戻る”という事を。つまり特異点を生み出さない、焼却の未来から時代を守るという事は”本来の結末を迎える”という事でもあるのだ。
これはウロブチENDが約束された物語。
そして切嗣の狙撃に反撃が許されない物語。
アゾット剣DX昇天死が優雅マンに約束された物語。
がんばれ蛮族、負けるな蛮族。未来の焼却を回避しても絶望の未来しか待ってないけど走り続けるのだ蛮族。
なお誰が生き残って誰が死ぬかはノーヒントの模様。