「ふぃー、テロの前はワクワクするなぁ」
「それはお主だけだろうよ」
ウェイバーの一件があり、未来に対する配慮が完全にZEROとなってしまった今、気分は清々しいものになっていた。既に空には月が、夜空が浮かび上がっていた。夜、それはすなわち聖杯戦争の時間だった。仮の拠点として使っていたラブホテルは既に引き払っており、今夜の闘争の為の準備は全て完了していた。というのも、昼間の時間が全て準備に利用できるというのなら割と余裕があるという事だ。魔術を使えばごまかす事も可能だし。ともあれ、そうやって昼間の間に気配を殺しつつ作業は全て終わらせ、
双子館跡地にほどなく近い、冬木教会へとやってきていた。聖堂教会の管理地であるここは中立の立場である場所でありながら、聖堂教会のマスターである言峰綺礼の拠点でもある。ちょくちょくと遠坂邸へと向かっていたのは開戦前から知っていた事だが、昨晩から一度も遠坂邸へと向かう所は少なくともスカサハの放った使い魔には観測されていない。
なぜか?
簡単な話、昨晩の襲撃によって同盟関係が暴露する可能性が出てきたからだ。
一緒に行動したくても行動出来ない。それが連中の状況だ。
―――だから叩く。
「ふぅ、ま、こんなもんだろ」
冬木教会の前で立ち、足を止める。教会としてはそれなりの規模を持つこの教会、きっと更地にしたら文句を言われるんだけど楽しいだろうなぁ、と思う。まぁ、配慮ZEROになっちまったのだ、そこら辺はぜひともウェイバー君を恨んでほしい。此方は討伐されないギリギリのラインで聖杯戦争という行動そのものを楽しむつもりなのだから。だから口を開け、大きく息を吸い込み、
「こぉーとぉ-みぃーねぇーくぅーん! あっそびーまげほぉ、ぐふぉ、ごほっごほっ……ちょっと噎せた」
大丈夫か、と言わんばかりの視線がスカサハから此方へと向けられる。が、大丈夫だ、と片手でサムズアップを向けながらポケットの中に突っ込んでおいたのど飴を取り出し、それを舐めながら視線を冬木教会の方へと向ける。やがて、その扉を開けて出てくるのは黒いカソック姿の一人の神父だった。首から十字架のペンダントをぶら下げる聖職者の姿こそが言峰綺礼というマスターであり、元代行者の姿だった。
「よぅ、言峰。良い夜だと思わないか? ん? 良い夜と悪い夜の違いが判らないか? なら教えてやろう―――ヒャッハーできそうなのが良い夜で、出来なさそうなのが悪い夜だ。オーケイ?」
「昨夜を思い出して返答するが、貴様は狂人の類のようだな」
「同類、同輩に言われたくはない」
綺礼の切り返しに対して即座に言葉を返す。それに対して綺礼は軽く眉を顰めながら言葉を返してくる。
「どういう事だ」
「ん? なんかおかしなことを言ったか? 俺を狂人だと言ったら間違いなくお前も同類や同輩の類だろ? 別に人間観察が優れている訳じゃないけど俺にだって解るぜ、お前
「戯言を漏らすな。私と貴様が同種の存在であると? 信仰の道を歩き、そして生きるこの私がそのような訳はなかろう」
「まぁ、そう思うんならそれでいいんだけどさ。こういうのって早めに目を覚まして自覚した方が今後の人生が楽しくなるもんだしなぁ……まぁいいか。とりあえずアレよ、聖杯戦争しようぜ聖杯戦争。これだけありゃあアサシンを配置するのには十分すぎる時間だったろうし、聖杯戦争しようぜ」
左腰から昼間の間にアニムスフィア家から送ってもらった霊剣を抜く。西洋のロングソードを聖別したものであり、霊体そのものへとダメージを通す事の出来る汎用礼装だ。これであれば人体だけではなく、【対魔力】等を無視して英霊へとダメージを与える事も出来る。つまり、これ一本でアサシンと綺礼の両者に対応できるという訳だ。まぁ、耐久度はそこまで高くはないからまともに攻撃を受け止めれば折れるのだが。そこら辺は技量次第だ。
そして、右手でロングソードを握りつつ、左手をポケットの中に入れ、一つの機械を取り出す。それを見て綺礼が軽く、警戒する様な姿を見せるが、それで大体正確だと思う。
「えー、今朝のセスナテロを経験して思ったんだけど、純粋な科学によるテロって魔術じゃ察知し辛いし、霊的なものが一切ないから魔術じゃ防御し辛いんだよな。質量の塊で勝負している訳だし。というわけでタンクローリーに爆薬を詰め込んでセットしました。俺がこのボタンを押せば止める事の出来ない暴走タンクローリーが一瞬で遠坂邸へと向かって爆走するよ―――ここまで言えば何が良いたいかはわかるよな……!」
笑顔で綺礼にそう言うと、綺礼が言葉を吐き出した。
「人質のつもりか」
「いいやテロ予告。ポチっとな」
「!?」
迷う事無く押した。今頃、暴走タンクローリーが全速力で遠坂邸へと向かって突進しているだろう。迎撃しても爆発するから足掻いても被害は出る。やはりテロは良い、確実に敵を削る攻撃手段となってくる。無言になって呆然とする言峰綺礼の姿を眺め、そしてサムズアップを向ける。
「これから君の師匠、そして同盟相手が理不尽なテロ行為に合う訳だけど今どんな気持ち!? なぁ! どんな気持ちよ! あ、今すぐアサシン送れば助けられるかもしれないね! それはそれとして全力で今から戦うつもりなんだけどな!」
「ぐ―――アサシン、行けッ!」
「
綺礼が言葉を放った瞬間、一瞬だけだが意識がこちら側から割かれた。故に縮地で一瞬で綺礼の背後へと移動するのと同時に、揺らいだ意識、此方へと向けている警戒心の隙間を、死角を、反応が絶対にできない領域へと滑り込む様に動き、斬撃を通す。呼吸と呼吸の合間に発生する無意識に斬撃を通す。鋼の剣は綺礼に意識される事もなく背後からその首を跳ね飛ばす為に軌跡を描き、
―――その間に入り込んだ黒衣の首に突き刺さる事によって刹那の妨害が発生する。
呼吸が終わる前に首をそのまま跳ね飛ばし、二撃目を素早く発生させるが、それに綺礼が反応する。踏み込みからの発勁で衝撃を生み出して体を後ろへと押し込もうとする。が、黒衣の消えゆく体を蹴りあげて発勁に対する壁にし、呼吸を混ぜた斬鉄の一撃を素早く、動体を両断する様に繰り出す。
キィン、と金属が弾かれる様な音に黒衣の胴体を両断したところで刃は弾かれ、続いて発生する掌底による一撃を素早く縮地によって五歩後ろへと移動する事によって回避する。着地し、前方へと視線を向ければ黒衣の姿が魔力になって溶けて消えるのが見える。つまりは今のがサーヴァントだった様だが、
―――サーヴァントの気配そのものはまだ存在する。それも一体や二体ではなく、複数。
「……厄介なサーヴァントを持っている様だなぁ、おい。それにかなり功夫の練られてる硬気功じゃねぇか。お前、本当に真っ当な神父かよ」
「私の様な敬虔な信徒を捕まえておいてそのような物言いは些か失礼ではないか? が……これで形成逆転だな」
「ちなみに間に合うとは言ったな……アレは嘘だ。即座に突っ込んで爆発するからどうあがいてもホームレス遠坂の爆誕だぁぁ―――!!!」
「貴様は……!」
何を迷っているかはわからないが
それこそスカサハやギルガメッシュとは比べ物にならないレベルで。こいつは戦闘力に秀でていない―――アサシンである事を考えれば当たり前だが、
「ちと勿体ねぇな。俺の所に来れば活躍させてやったんだけどなぁ―――」
左手のスイッチを握りつぶす様に破壊しながら炎剣を生み出し、同時に投擲された三十を超えるスローイングナイフを両手の剣を振う事で完全に弾き飛ばす。瞬間、踏み込んでくる綺礼の掌底が抉りこんでくるように叩き込まれてくる。それに対し、息を呑んだ。
「―――
マントラで肉体を、そして生命力を活性化させながら急速燃焼させ、寿命を魔力へと変換させる。そのまま炎剣を攻撃を放った綺礼へと向かって振り下ろす。攻撃後の反動を受け流しながら滑る様にその姿が横へとズレるが、おかげで射線が開く。
「【
綺礼が射線から退いた事によって冬木教会までの射線が完全にクリアになり、遠慮なく対軍級の奥義が放たれる。解放された炎剣はそのまま閃光となって一直線に大地を破壊しながら突き進み、綺礼の拠点へと向かって直進し、
「令呪を持って命ずる、防げアサシン!」
綺礼が迷う事無くアサシンに対して肉壁になる事を命じた。それに反応する様に令呪の魔力が弾け、アサシンの存在が対軍奥義の前へと召喚される。その数は軽く十を超え、そして一瞬で飲み込まれながら消滅し、威力を減衰させる。それでも殺しきれなかった威力は教会へと衝突し、僅かにそれを揺るがしながら霊的防御によって防がれた。その結果を見るまでもなく綺礼が追撃を叩き込んでくる。二撃目の掌底が内臓を破壊する為に放たれる。その手に握られている黒鍵はおそらくそのまま体を破壊する為のものだろうが、
それに反応する様に呼吸を整え、放たれる掌底を切り払った。
切る、払う、突く。八極のみ習う全ての武術に通ずる奥義とも言える動き。”突き”に分類される掌底を切り払いによって流せば、即座に次の攻撃がやってくる。基本は極めれば極める程、次への動作が繋がり、隙がなくなり、そして連携してくる。達人とも言える領域―――たとえば神槍なんて呼ばれるものであれば、3動作、この三つをつなげるだけで相手を確実に殺せるだろう。
だが綺礼はその領域にはなく、純粋な技量で言えば此方の方が上回っている。誰かは知らないが、精神的なものが重石の様に引っかかっている。故に切り払いと突きから次への動作―――それは此方の方が早い。刃を連動させる動きで戻せば、そのまま綺礼の首へと刃がかかり―――回避される。その動作から指の動きのみで黒鍵が放たれてくる。
それをスウェーを合わせたバックステップで回避し、マントラの呼吸で生命力を活性化、燃焼、寿命という概念を魔力へと変換させる。
「これで終わりだ―――」
炎剣を生み出し、魔力の高ぶりを生み出した此方の行動を察して綺礼が踏み込んでくる。加速する様な動きにこちらも対応する様に素早く綺礼の攻撃を切り払った瞬間、
―――土地から魔力が喪失する。
反応するのと同時に強撃を綺礼へと仕掛ける。手が痺れる程に強く放たれた斬撃は綺礼の握った黒鍵と弾き合いながら互いを押し返す様に距離を生み、そして着地させる。そのまま更に縮地で後ろへと飛び、綺礼が一呼吸間では踏み込めない距離にまで後退する。
「持久戦しようぜ!! ただし霊地なしでな!!」
「貴様―――」
「これで二か所目……いやぁ、魔力が回復し辛いのって辛いよな? お前も寿命を魔力に変換させて維持するのをお勧めするよ。それじゃあホームレストッキー君に俺からよろしく言っておいてくれ!! あばよ!」
横へと瞬間的に出現したスカサハが綺礼が踏み込む前にこちらの体を背後から抱き、そのまま跳躍して夜の闇へと共に消えて行く。
これでまた一つ、冬木における霊地を破壊した。これで綺礼は遠坂時臣と合流しなくてはならなくなる。一つは被害状況の確認の為に。もう一つは
「いやぁ、盛り上がってきたねぇ」
聖杯戦争はまだまだ始まったばかりだ―――つまり、まだまだ盛り上がる。
今夜の様に。
ホームレス綺礼誕生。目指せ聖杯戦争ホームレス化計画。
なお未来が消えるのに寿命を残しても意味ない事に気付いた馬鹿がライフで払う事を学習した模様。いやぁ、聖杯戦争は地獄ですねぇ……。えぇ……責任はウェイバー君へ。
なおブラフマはスカサハを自由に動かす為のデコイであって、アサシンに対軍宝具がなさそうなのを確認したからこそぶっ放して肉壁か或いは奥の手を強制、それでスカサハをフリーにさせて霊地腹パンという流れでしたな。