「おいおい、俺より前に襲撃を仕掛けたキチガイはどこだよ」
視線を住宅の屋根の上から真っ直ぐと間桐邸へと向ける。距離がかなり離れてはいるが、【魔境の智慧】を通して【千里眼】をスカサハから受け取っている。そのおかげで距離があってもまるですぐそばにあるかのように見える。ただ【
「スカサハ、霊体化していつでも奇襲出来る様に傍で待機していてくれ。調べる」
『拝承した』
言葉と共に屋根の上から上を跳躍して移動する。まだ三日しかスカサハとは過ごしていないが、それでも彼女の体の動かし方は何度も目撃しており―――基礎が出来上がっているなら技術の模倣はそう難しくはない。重力を感じさせない、音も衝撃も生み出さない跳躍術、おそらくは影の国の試練を抜ける為に編み出されたの動きを真似て、屋根から屋根の上へと一切衝撃を生み出さず跳躍して移動して行く。その間、警戒を完全にスカサハに任せる事はなく、自分もシャドウサーヴァントや、他の参加者達からの襲撃に備えて警戒を行うが、
そんな事も発生せずに、あっさりと間桐邸へと到着する。
外側から確認する間桐邸は間違いなく戦闘があった形跡を見せている。壁には穴が開き、玄関の扉も吹き飛んでいる。完全に更地になっていない事を確認すると、おそらくは中の者をピンポイントで殺す為の襲撃だったかもしれないのだが―――えらく非効率的だな、とは思う。しかし間桐雁夜を殺そうとする節穴アイの持ち主がこの聖杯戦争に存在したのだろうか? そう考えながら【
ともあれ、開けっ放しの玄関を抜けて中に入ってみれば、
「あ―――そうか、死んだのかお前」
白髪の男の死体が―――写真で確認した事のあるその男の姿は、間桐雁夜のものだった。まるで飾られているかのように壁に横たわり、胸、心臓がある筈の部分を綺麗に
「……内から外へと伸びる様に食いちぎられてるな。つーことは元々体内に合ったもんが食い破って出てきた形か。これは……シャドウサーヴァントか、或いは八人目の仕業か? んー……やっぱ令呪が消えてるか。まぁ、仕方がねぇつったら仕方がねぇけどな」
令呪は聖杯へと還元されてしまったか、と少々残念に思いながら雁夜の冥福を祈る。この男がどんな思い、どんな願いを抱いてこの聖杯戦争へと参加したかはわからないが、それでも
「さて……進むか」
警戒を強めながら間桐邸の中へと踏み込む。しっかりと気配を察知すれば、間桐邸の奥に人の気配が存在するのを感じられる。まるで待っているかのように此方を待ち受けているその気配は動く事がない。いや、おそらくは此方の存在を待っているのだろうとは思う。となると此方の動きを読んでいる者が相手である可能性がある―――色々と辛い。
まぁ、それはともかく、相手の予定に付き合う必要はない。敵がいるのを確認した、このまま【
『―――した場合、一切相手の情報が入らぬぞ?』
それは辛いなぁ、と思う。別に殺すのは問題はない。だが相手を確認せずに殺すのは此方の情報が減ってしまう所がある。面倒だなぁ、と思いつつ足は奥へと、間桐邸の気配のある場所へと向かって進んで行く。徐々に、壁の破損具合が酷くなってくる。奥へ行けばいくほど、激しい戦闘があったのが解るが、具体的な凶器の類が一切見えない。となるとやはり英霊、或いは魔術の類で破壊したのだろうか。魔術への警戒を重点だな、と考えた所で、
間桐邸の奥へと到着した。
そこだけは、なぜか扉が無事だった。
しかしその奥からは妙に感覚に訴えるような不吉な予感がしており、強敵がいる事を感じさせていた。悪の組織の親玉の様に、誰かが待ってくれているんだろうなぁ、と
「お邪魔しまぁーす!」
蹴り破れた扉がすぐ横でばたり、と落ちるのを知覚しながら目の前、暗い空間にギチギチと音を立てながら満たされる醜悪な気配を感じ、何よりも早く、炎剣を生み出してそれを眼前に床へと突き刺した。燃えていても散らない炎の塊は床に突き刺さったまま、照明としての役割を果たし、目の前の光景を見せる。
それは一言で説明するなら下衆と、或いは外道とも呼べる光景だった。
その空間は蟲で満たされていた。蟲で空間が満たされており、そしてその中央でまだ幼い幼女が全身を無表情のまま、犯されていた。そしてその向こう側で、
こいつは悪だ、と。
目視の成功した瞬間には既に動きは終わっていた。縮地で正面から姿をけし、炎を放出しながら蟲を焼き、踏み殺し、握ったダガーを問答無用で無明の領域へと滑らせ、その一撃で言葉をしゃべらせる、反応すらさせる前に首を跳ね飛ばした。が、跳ね飛ばした首の感触は軽く、肉を切断したような感触がないのを即座に知覚した。同時に、足元の蟲が呻きながらギチギチと刃を磨き、這ってくるのが見えた。即座に蟲では絶対に追いつけない速度で再び入口まで戻り、炎剣を更に三本生成し、それを壁を作る様に自分の前に突き刺し、蟲が寄ってこれない様にする。
「……」
無言で、無表情のまま、幼女は反応せず蟲に犯されている。その光景の向こう側に、蟲達が集まりながら一つの形を作る様な光景が見える。足、動体、腕、頭と徐々に人の形を生み出し、最終的には首を跳ね飛ばした男と寸分の狂いもない姿を生み出した。蟲全てが体で、命なのか。そう判断したところで迷う事無くダガーを捨てて【
【
「―――来たか、忌々しい■■■の狗め」
「悪のボス宜しく囀るつもりはある、と―――誰だてめぇ」
その問いに男は答えた。
「私はマキリ・ゾォルケン。此度の聖杯戦争が本来とは大きく乖離している最大の原因だ」
瞬間、【
「ここでそれを放っても意味はないぞ。此方の手には聖杯があるからな」
「―――」
動きを止める。殺せない理由がそこにはあった。聖杯がどれだけの強度を持っているかは解らないが、それでもたった今、ゾォルケンと名乗った男がその空間の揺らめきから黄金の器を取り出したのだ。それはまるで神話から呼び出されたような美しさを持ったものであり、そしてこの時代ではありえない神秘、そして魔力を秘めていた。スカサハに聞くまでもない。アレは間違いなく聖杯だ。それも
出現の時期にはまだ早い。落ちているのはキャスターとバーサーカーだけだ。となると正規の手段で聖杯を手にしたようには思えない。
得体の知れなさに動くに動けない―――何より少女が人質の様に囚われている。
『無論、群体の殺し方は心得ている。体の一部にでも触れていればそれを通して全体を自滅させることは出来よう―――だがあの聖杯を握っている限りはまともに通じるかどうかはわからない。調べる時間をくれ』
「で、だ。ゾォルケンさんよ。あの鬱陶しい影のお友達はあんたのか」
時間を稼ぐ。スカサハであれば俺には無理でも何か、打開策をひらめく事がでいるだろうとは思うが―――この男の視線、スカサハのいる虚空を片目で捉えている。今までにない、異質な感覚を覚える。
「是だ。アレは或いは可能性。ありえた存在。或いはどこかで敗北した影。過去の残滓。即ちは英霊の影、その認識で一切問題はない」
「じゃあ質問その二―――目的はなにかな?」
「人類の救済」
「……は?」
考えていた事とあまりに違う事に素っ頓狂な声が漏れてしまったが、マキリ・ゾォルケンは至極真っ当な表情を浮かべたまま、話を続ける。
「私はあまねく人々の救済を望んだ―――が、無駄だ。無為だと理解してしまった。
「だったら聖杯を此方へとよこせ。それで回避するから」
「それは不可能だ。全ては未到達のままに滅びる」
こいつが焼却の未来を引き寄せた最大の原因である事は理解した―――だけどどうやってやったのか、そしてその回避手段が一切見えない。上手い、と思う。殺す事が出来ても、殺す事の出来ない理由を作り上げたタイプだ。所謂謀略と言う奴なのだろうが、敵であることには間違いはない。
「で、どうして俺にこうやって会おうと思ったんだ?」
「勧誘だよ」
あまりにも普通な内容にまた首を傾げそうになるが、次にゾォルケンが発した言葉によって納得せざるを得なかった。
「ランサーのマスターケイネス・エルメロイ・アーチボルトは聖杯戦争を死によって終了させた。代役である槍のマスターである君は―――」
「―――本来と同じ流れを迎える為には
「是、だ。この世界の歴史、この聖杯戦争の流れは私とレフ・ライノールによってゆがめられたのは事実だが、そこに君が代役として選ばれたのは間違いなく■■■の意志によるものだろう。おそらくは全てを解決させた所で代役らしく、本来の役者と同じような結末を与える事で便利に使いたいつもりなのだろうが―――無論、私にはその運命を覆すものがある」
聖杯をゾォルケンは見せる。
「此方側へ来るが良い。
「……成程、割とまともな勧誘だった事にびっくりだわ」
もっとこう、世界をくれてやる! とか相手側には魅力的に見えてもこちらに対して一切魅力を感じない、そういう古典的な交渉をしてくると思ったのだが、的確にこちらの欲しいものをゾォルケンは提供してくる、というか本気でするつもりらしい。少なくともゾォルケンが嘘をついていないのは声で判断できる。言葉の真贋を見抜ける程度には人生経験を積んでいる。だから正直、これは悪くはない交渉だと思っている。
むしろ、絶対に死ななきゃいけない事を考えれば受けてもいいだろう。
「どうする?」
「悪い話じゃないな」
「そうか」
「だけどお前と喋る事に飽きたし喋り方がうぜぇんだよ!! 我慢できねぇ! 自爆テロだ!!」
「―――は?」
迷う事無く、この場所の中心点へと向かって最大出力の【
敗因:交渉という発想
蛮族に出会ったら笑いながら手を広げて近づき、そして同時にクロスカウンターを叩き込みましょう。そこからが対話の基本です。
ホームレス遠坂、ホームレス間桐、ホームレス教会達成。あとはアインツベルン城さえ更地になればホームレス四天王の完成ですな。