アインツベルン場内は美しかった。
外観は西洋風の古城だが、内装に関しては完全に最新の城のものになっている。アンティークなテイストの調度品の数々は魔術的な意味を持ち、この城の防衛力を上げているのだろう。正直、カメラの一つでも持ち込んでおけばよかった、と後悔するぐらいには美しい城で―――これ、テロで破壊したらさぞや爽快なんだろうなぁ、と思ってしまうあたり、蛮族根性が染みついているのかもしれない。
そのままアーサーに案内されて城の中を進めば、やがて応接室の様な部屋へと到着する。数人で囲む事の出来るテーブルの向こう側には白髪、赤目の女性の姿と、使用人の様に傍に立つ黒髪の女が立っている。白髪の女の方がおそらくはアイリスフィール―――アインツベルンが用意した
ホムンクルスの運命である短命を助けるためには聖杯を使うしかない。
聖杯を使うにはアイリスフィールは死ぬしかない。
アイリスフィールを生かすためには聖杯を捨てるしかない。
聖杯を捨てる事には願いを捨てるしかない。
どうなのだろう―――衛宮切嗣は彼女を愛しているのだろうか? こんな状況、俺だったら間違いなくアインツベルンへ反逆のテロリズムを掲げるのだが。まぁ、深く知りもしない相手の心情を察するのは不可能だし、こうやって戦う事が確定している以上、想像するのも失礼と言う話だ。切嗣には切嗣の、アイリスフィールにはアイリスフィールの、それぞれの覚悟が存在する。安易に
俺は個人の選択を尊重する―――世の中、何事も自己責任だ。
「っつーわけで、騎兵隊参上! とりあえず失われた未来を取り戻しに来たぜ」
―――ちなみに失った原因は俺だ。って言ったら今すぐ切嗣に殺されそうだなぁ。黙っておこう。
心の中でこの空の真実を黙ってしまいこんでおく。口に出すだけ馬鹿を見る。そう思いながら視線をアイリスフィールへと向けると、彼女は人間らしくくすりと笑い、そして椅子に座る様に手で柔らかく示しながら、言葉を向けてくる。
「なんだか子供っぽいんですね、貴方は」
「英雄王には悪童って呼ばれるぐらいには少年心のままかなぁ」
「お前さん、それ、褒められてないぞ」
イスカンダルにうるせぇ、と答えながらアーサーを見れば、頷いて納得している姿が見える。解ったわ、こいつ敵だ。いつか音速で接近しながら煽るだけ煽って逃げるから待っていろよ、と心の中で強く誓いながら椅子に座る。それぞれが己のサーヴァントの横に座る様に着席し、アーサーはまるで騎士の様にアイリスフィールの横に立った。その姿を見て完全に気を抜くわけではないが、少しだけ安らげると思った。そこでそれじゃあ、とアイリスフィールが言葉を置く。
「この事態について詳細な情報がアインツベルンとしては欲しいんだけど―――いいかしら?」
視線は外様である己とウェイバーへと視線は向けられるが、ウェイバーもこちらへと説明する様に、と視線を向けてくる。となると説明するのは自分か。あんまり知的な行動はイメージが崩れるからやりたくないんだがなぁ、と思いつつも説明の準備を始める。
◆
「―――つまり世界は滅んでいる、って認識すればいいのね……」
「まぁ、概ねは」
基本的に知っている情報を共有した。その内容は大雑把に言えば焼却の未来の予知について、マキリ・ゾォルケンの存在に関して、
「先に忠告しておくが、その聖杯で願いをかなえる事とかはやめた方が賢明だな。アレは確かに万能の願望器としての機能を見事に果たしてはいる―――が、それもこの特異点にある間だけだ。この特異点が解除される、或いは持ちだせば即座にその機能を失うだろう。万能ではあるが、世界を焼却する為だけに生み出された
その言葉にビクリ、とイスカンダルが体を震わせる。
「……受肉とかダメか」
「使っても特異点が破壊されれば歴史の修正力が本来の流れへと戻ろうとするだろうな。故に使うだけ無駄だ。
スカサハの最後の言葉は隣にいる己にのみ聞こえる程度の、小さな声だった。そうか、と思い出す。イレギュラーが消失―――それを生み出していた聖杯が消えれば歴史は本来の流れに戻るのだ。そうしたら
まぁ、なる様になるだろ。
「とりあえず、俺達のこの状況における共通の認識として
「私に異存はありません」
「ぼ、僕にもないよ!」
アイリスフィールに遅れる様にウェイバーが言葉を放った。その言葉によってここに存在する三つの陣営の代表者が共に戦う事に同意した。これによって三陣営の大同盟が結成された―――おそらく、長い聖杯戦争の歴史の中でも三陣営が同盟し、一つの陣営に対して協力して当たる事はこれが初めてだろうとは思う。悪くはない気分だ、何せ、歴史にのみ残る英雄達と肩を並べて戦う事が出来る事なんてまず存在しない。今、自分はあり得ない経験を得ているのだから。
―――……そうだな。
頭の中で考えを決めつつ、一息入れる。とりあえず同盟のとりまとめ、その話は完了した。となると問題はここからだ。
「―――どうやって倒すか、だけど……」
視線をスカサハへと向ける。視線を受け取ってそうだな、とスカサハが言う。
「場所に関しては特定している。冬木市の西の方に山があるな? あちらの方で動きを止めてからは一切移動していない故、アレが目的地なのだろうな。とりあえず、私に解るのは聖杯の破壊は持ち主を殺さない限りは不可能であり―――正直、この数でも運に頼った部分は出るだろうという事だな」
「……相手はそこまでですか」
アーサーの言葉にスカサハが頷く。一応は宝具で言う対軍級の一撃を無傷で切り抜けた相手なのだ。強いのはわかるが―――そこまで恐ろしいものなのだろうか、という所まで考えるとスカサハが考えを呼んだかのように言葉を放つ。
「アレは人の形をしておるが、もはや中身は完全に人ではない。無数の入れ替えられる蟲を肉体として、核をどこかに隠して生きている。たとえ核以外が破壊されようとも、新たに犠牲者を生んで蘇る、それだけの存在だ。それに、後天的に
「完成された聖杯、死なない敵、滅びる世界、未知の力―――こりゃあ難敵だな!」
イスカンダルの声は暗い物ではなく、笑い声だった。それに釣られる様に笑みを浮かべるのは己と、スカサハと、そしてアーサーだった。それを見ていたアイリスフィールが軽い、呆れの溜息を吐き、そしてウェイバーが聞こえる声で呟く。
「こいつら頭おかしい」
「はっはっはっは! 然り! 然りだ坊主! いいか、我々英霊という生き物は座に登録されるだけの理由を生み出した存在だ。そしてその理由、或いは偉業というものは基本的に
「ピクト人ですからね」
「おう、どうしても俺をピクト認定したい様だな、この騎士王様は」
「正直認定したら強くなりそうなので恐る恐るという感じですが、認定したら認定したで個人的に凄く剣が軽くなるので戦うとしたらまずピクト認定したいところですね」
「お前、表に出ろ」
中指をアーサーへと向けるが、アーサーが笑顔で首を掻っ切る動作を繰り出す。お前そこまでピクト人が嫌いだったのか、と、なんだか伝説にもない、個人としてのアーサー王を見た感じで、ちょっとだけ得をした気分だった。
「あぁ、もう、セイバー! 同盟するのにそんな態度じゃ駄目よ。……まぁ、話もキリのいいところだし、一旦休憩を入れましょうか? あまりウロウロしすぎないと助かるわ」
「あいよ……っとそうだ、煙草を吸いたいんだけど―――」
「二階の奥からバルコニーに出る事が出来るわ」
「ありがとうよ、ミセス・アイリスフィール」
◆
霊体化したスカサハを伴ってそそくさとバルコニーの方へと移動する。特に迷う事もなくアインツベルンの森を一望できるそのバルコニーでポケットから煙草の箱を取り出し、もう数本しか残っていない煙草を一本、取り出す。それを口にくわえると、横に現れたスカサハが指の先に炎を灯してくる。こりゃいいや、とそれに口元を寄せ、煙草に火をつけた。
ゆっくりと煙を吸い、転がし、そして吐き出した。
「ふぅー―――酒でもあれば最高なんだけどな。まぁ、なかったことになるとはいえ、略奪とかは流石に主義に反するからな」
「ほう、意外と優しいな」
スカサハの声にそれはそうよ、と答える。
「敵に容赦する必要はないし、殺すなら全力で殺しに行くのが
そうだな、
「―――男らしくない」
「それだけか?」
「あぁ、それだけだ」
どこまでも、ストイックに自分らしく、馬鹿らしく生きて行こう。そういう人生だ、そういう人生を送ってきた。旅をして、世界を見て、いろんな宗教や人の生活を、文化を見てきた。そしてその結果、いろんなことを学んできた。臥藤門司との出会いもその産物の一つで、アイツは今、世界が無事だったとしたら、どこで何をやっているのだろうかと悩むものはある。また会って、馬鹿が出来たら楽しいだろうなぁ、と思う。
「俺さ、運命ってのが大っ嫌いだわ。何かをさせられる事とかもさ。でもさ、インドで修行している時に教えられたんだけど俺の起源? ってなんか
だから、まぁ、何というか。
「やっぱ運命ってあるんかねぇ、と思う所があるんだわ。この聖杯戦争中にさ。でもさ、門司の言葉を借りればこれは運命じゃなくて間の悪さなんだろうな。或いは
スカサハに言葉を放つ。それは自分の予想の言葉だ。自分がなんであり、そして今、何をめざし、どこへ行くのか。それを予想した言葉をスカサハへと放てば、それを彼女は無言で肯定した。その瞬間、自分が辿る未来が見えた。あぁ、やっぱり、というどこか納得できるものがあった。だけどそれは同時に怒りでもあった。
「どうなんだろうなぁ。予言を受けた英雄とかってこういう気分だったのかねぇ。どんなに全力で戦って、死力を尽くして結果を出しても、結局は敷かれたレールの上を全力疾走しているだけだった、っての―――ま、終わる前にする話じゃねぇな」
無言で話を聞いてくれているスカサハへと視線を向ける。
「スカサハ」
「なんだ」
これがたぶん、スカサハとゆっくりと喋る事の出来る最後の時だ。だから言わなくてはならない。
「俺さ」
「あぁ」
そして、その言葉をスカサハへ放った。
蛮族さんの起源”破壊”。つまりは無意識的に、或いは意識的に壊す事を強要されている。人か、命か、建築物か、或いは自分をぶっ壊さずにはいられないというだけ。それだけ。
クライマックス近づいてきたなぁ。