Fate/Grand Zero   作:てんぞー

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特異点X日目-8

 ―――気持ちの良い風を感じる。

 

 ―――わずかに感じる眠気を振り払いながら、少しずつ目を開ける。

 

 ―――気づけば何時の間にか椅子に座っていた。

 

 ―――ゆっくりと開けて行く目には普通のダイニングの風景が目の中に入り込んできて、自分がここで眠っていたことを()()()()()()。なんだっけ、どうしてだっけ、そう思いながら記憶の中を探ろうとして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という記憶を呼び起こす。あぁ、そう言えばそうだっけ。そう思いながら欠伸を漏らしながら体を持ち上げようとする、

 

「なんだ、もう起きたのか。もう少し寝ていてもいいんだぞ?」

 

「Brother……」

 

「なぜ英語。しかもものすごく流暢」

 

「Sigh……」

 

「人の顔を見て英語で溜息を吐くな」

 

 マグカップを片手に近づいてきたのは兄の姿だった。あの魔術師の家に生まれ、属性が家の魔術と合致し、非常に高い素質と才能を見せる兄。彼は家の誇りだった。魔術師として優秀な兄が家を継げば、きっとこの家も、魔術も今まで以上に飛躍の時を迎えるだろうと、皆が言っていた。逆に無才の自分はもう、魔術に対しては一切の期待を向けられる事はなかった。その代わりに、ほとんど一般人の様な生活をしている。魔術の修練を除けば。もはや惰性の様に続けている。

 

「ほら、これでも飲んでおけ。目が覚めるぞ」

 

「サンキュー」

 

 兄からマグカップを受け取る。その中身はホットミルクだった。両手でそのマグカップを握りながら軽くリビングの方へと視線を向ければ、そこには両親の姿と、まだ幼い妹の姿が見える。これが己の家族だ。魔術師の一家―――普通の魔術師の家だ。根源を目指そうと、魔術を極めようとしている普通の家だ。そんな家に自分は生まれ、そして育った。それがこんな風に、平和な日常を過ごせるとは思いもしなかった。魔術を最初に教わる時、たとえ家族であろうとも容赦はしない、と父には良く脅されたものだが、

 

 今、こうやって、なんだかんだで平和な日常がここにはある。

 

 それを謳歌しているのは事実だった。

 

「……なぁ、兄さんよ」

 

「どうした弟」

 

「俺、本能寺ごっこしたいわ……」

 

「お前は一体何を言ってるんだ」

 

 兄のリアクションに軽く笑い声を零す。

 

「今から俺が焼き討ちに来た一般戦国武士役で兄貴と妹と親父とおふくろがノッブ役な」

 

「なあ、お前大丈夫―――」

 

 マグカップを投げ捨てながら牙をむいて炎剣を生み出し、それを兄の顔面に突き刺した。一瞬で即死したその姿を張り付ける様に壁に叩きつけ、壁に突き刺さったその状態で放置し、新たに炎剣を生み出しながら視線をリビングの残りの家族の方へと向ける。そこで呆然と今起こってしまった凶事を眺める残りの家族の姿があった。あまりの突然の事態に、動いてすらいない。その姿を見て、わぁ、犬みたいに口を開けてるなぁ、何て感想を抱いて。

 

「ここらへんに……お。あったあった【天を翔けろ、太陽よ(サルンガ)】」

 

 適当に背中辺りを探ってみたらやっぱりそこには弓があった。それに炎剣を矢へと変形させながら放てば、妹だった存在は足首だけを残して完全に消滅した。その光景を見ていた母が一気に悲鳴を響かせるが、五月蠅かったのだ。次の瞬間には二射目で消し去った。呆然と眺めていた父が狂人を見るような目で此方を見る。

 

「お前は……一体何をしているんだ……?」

 

「さあ? なんか目が覚めたら物凄いもやもやしてからな()()()()()()()()()()()()()()()()()だけだよ。なんかぶっ殺したらスッキリするんじゃねぇか? って感じの感覚でさぁ……解らない? なんか背中辺りを探ったら【天を翔けろ、太陽よ(サルンガ)】が出てきたし。……サルンガ? うん、まぁ、確かそんな名前だったよな。とりあえず汝は織田信長ナリィ―――!!」

 

「く、狂ってる……!」

 

「知ってるよ」

 

 笑顔で答えて【天を翔けろ、太陽よ(サルンガ)】を放った。父だった存在は一瞬で太陽の炎に焼かれて細胞の一かけらさえ残さずに蒸発した。それで虐殺が終わった家を軽く眺め、頭の中がすっきりしないのを自覚する。こう、感覚的に言えば()()()()()()()()()()()()という感じだ。この感覚には覚えがある。こういう時は頭で考えず、本能と直感に、獣の様に行動するべきだと自分の中の思い出せもしない経験が告げている。

 

 だからその通り行動する。

 

「そもそも霞がかかったかのように家族の顔は思い出せないし、名前も思い出せねぇんだから最初から疑問に思えよ、俺。まぁ、本能寺フィーバーしちゃったんだけど」

 

 誰かに言う訳でもなく整理の為に呟き、そのまま家の外へと向ける。靴は履くまでもなく、何時の間にか装着していた。だからそれで扉を蹴り破って、家の外へと出た所で、太陽弓を構え直す。なぜか体が凄まじく軽く感じられた。そう、まるで()()()()()()()()()、そんな軽さが今の自分にはあった。魔力を使っても全く減らない感じからして、その考えも間違ってはいないのかもしれない。だから家から出た所で、迷う事無く太陽弓を構えた。

 

「お前が本能寺になるんだよッ! 【梵天よ、魔王を滅ぼせ(ブラフマーストラ・サルンガ)】」

 

 対国宝具級の一撃を実家へと叩き込み、核爆発と表現される魔王殺しの一撃で完全にさっきからの広範囲を更地に変える。

 

「ヒャァ! 魔力の減りを感じねぇ! やっぱ夢じゃねぇかこれ!! 夢の中に家族が出てきたことにはケチがついたけど夢の中だったら好きなだけ暴れても問題ねぇな! オラぁ! 本能寺! お前も本能寺! 本能寺タイムだよ!! 本能寺になぁーれぇー!」

 

 魔力が消耗されないという事実をいいことに、一切遠慮することなく、命削りの奥義を放って、ドンドン周りを更地へと変えて行く。見慣れた街の風景が段々と炎に染まって更地に代わる光景は何とも筆舌し難い、愉しさを感じるものだった。何よりも本来は不可能であり対国級の連射という夢の中でしかできない、夢のような出来事に心が躍る。リアルでこれをやっていれば俺は干からびて死ぬだろう。

 

 だけどこのスリルが楽しい。

 

 やがて、数分間無差別テロを続けていると、元々は街があった筈の場所はもはや荒野と焦土しか残されておらず、人の死体すら残さずに完全に消滅されきっていた。もはや残されているのは乾いた大地と炎、そして己の存在だけだった。

 

「やべぇ、ソファぐらい残しておけばよかった。調子に乗り過ぎたわ」

 

「いや、ホント調子に乗り過ぎよ」

 

 かけられた声に振り返れば、そこには黒いドレスに身を包んだアイリスフィールの姿が見えた。いよいよを持ってこれが夢であると確信できる様になり、そして徐々に本来の記憶が戻ってきた。あぁ、そういえば大聖杯の泥の中に沈んだんだっけ、俺、と本能寺フィーバーの気持ちよさの名残を感じながら思い出す。今度、実家に帰って放火しよう。そうしよう。

 

 実家は本能寺するべきだ。

 

「そろそろ喋ってもいいかしら」

 

「あ、ごめん。待たせた?」

 

 視線をアイリスフィールへと向けなおしながら回転蹴りを叩き込んで頭を蹴り飛ばす。

 

「一度、遠慮なしに全力で美人を思う存分破壊してみたいって思ってたんだよな。おかげで欲求を満たせたわ。サンキュ大聖杯」

 

「予想通りと喜ぶべきか、予想通りと嘆くべきか……いや、お主には全く関係のない言葉だったな」

 

 泥となって砕け散るアイリスフィールから視線を外しながら視線を反対側へ―――後ろ側、声の主の方向へと向ける。そこにいたのは全身を紫色のタイツに身を包んだ、赤い魔槍の女戦士―――スカサハの姿だった。これ以上記憶がいじられていないのであれば、少し前にスカサハは自分をかばって死んだばかりだ。となるとこれは完全に偽物になってくる。

 

 ―――迷う事無く太陽弓を構えて消し飛ばす準備を完了させる。

 

「さて、ここがどんな状況でどういう場所なのかは一切理解できないけどなぁ―――全力で暴れればとりあえず何とかなるだろ。なぁ、おい」

 

「待て。一応は此方(大聖杯)に対話の意志は―――」

 

「聞こえないなぁ」

 

 そして、対話する意志を持ち、その為に出現したスカサハの姿をした何かを迷う事無く消し飛ばした。スカサハの()()を被った存在が完全に消滅したのを確認しながら、太陽弓を下ろし、息を吐きながらそれへと視線を向ける。

 

 徐々に、徐々に世界が虚構から大聖杯の本質を見せる世界へと変わって行くのが見える。偽りの街の青空は大聖杯と同じ赤と黒の禍々しい悪意の色に染まり、世界はまるで黙示録にある様な炎と荒地の焦土へと変化して行くが―――元々派手にやったせいか、まったく変化が見えないのはきっと、気のせいなのだろう。だから盛大に、聞こえる様に溜息を吐きながら答える。

 

「いいか、教えてやる―――死人は蘇らないし、絶対に蘇ってはならないのさ。この聖杯戦争で召喚されたスカサハは死んだんだ。彼女と同じスカサハはもういない。たとえ記憶を受け継いだ本体がいても、それはもう俺の知ってるノリの良い彼女とは別モンなんだよ。俺はここらへん、完全に割り切ってるぜ。()()()()()だ―――死人や甘い過去の誘惑なんか俺にゃあ通じねぇよ。逆に()()()()を満たせてスッキリする程度の話だ。まぁ、実家を本能寺(焼き討ち)できた事はものすごく楽しかったからそりゃあ感謝してもいいけど―――」

 

 一回言葉を止める。

 

「……もっかい実家、再生できない? もっかい本能寺(焼き討ち)できない?」

 

 返答はない。大聖杯とのコミュニケーションに失敗してしまったらしい―――一体何がいけなかったのだろう。

 

 個人的にはパーフェクトコミュニケーションな感じなのだが。……やっぱり駄目か。

 

 太陽弓を放り投げながら、そのまま胡坐をかくようにその場に座り込む。赤黒い太陽が浮かぶ空を見上げながら、言葉を届ける。相手はそこにいる―――いや、同化している様な状態なのだ。だから端末や使者なんて必要ない。言葉を語って聞かせればいい、それだけだ。

 

「俺さあ、結構()()するの好きなんだよな。つか起源なんだから当たり前なんだけどな。だから魔術は壊滅的でダメでなぁ……戦士なんてものを今はやってるよ。鍛えながら道すがら悪そうなのを適当にぶっ壊すだけの人生だけど……これがまた楽しいんだよ。自分の思うままに生きる、いいぞぉ、こりゃ。お前さんはどうだ? どうしたい?」

 

 赤黒い太陽が輝いている。その伝えたい言葉は人を通さずとも、直接伝わってくる。

 

 ―――生まれたい、と。

 

「だけど残念―――お前は生まれる事が出来ない。ここ、特異点だしな」

 

 だけど、その代わりに、

 

「壊したいものがあるんだ」

 

 初めて挑戦するものがある。

 

「元々■■■に魂を売って、ぶっ殺す事は考えていたんだよ。俺の起源や戦いを考えれば用意された役割(ロール)は結構わかりやすいもんだしな。ただなぁ、この状況で願ってもたぶん聖杯の干渉力で負ける可能性がデカイからなぁ―――」

 

 わざとらしく、勿体ぶる様に言葉を放つ。

 

「なぁ、興味ないか? 特異点(カリ・ユガ)の終わる瞬間を見たいと思わないか? 特異点(世界)を壊すなんて事、お前チャレンジできるのか? 俺なしで? そんな事を願う奴が俺が死んだあとで出てくると思ってる? なぁ―――一緒にこの世界を砕いてみないか? どうよ、大聖杯ちゃん」

 

 悪意の中にこの心が沈む事はない。もとより起源に覚醒している狂人、

 

 折れた心が絶望を知って折れないなら―――()()()()()()()()()()()()。それだけの話。

 

 健全な肉体には健全な心が宿るのは嘘だ。強者である事を、強さを求めれば必然的に心は正道を外れる。それが自然の流れというものだ。

 

 だから起源に覚醒し、そして狂人として完成された己は自分の終わりが見えている。死が見えている。それは怖い。何時だって死ぬのは怖い。だけどそんな事よりも面白いものが今、目の前には転がっている。それが出来るかもしれない、という状況にまでやってきているのだ。だとしたら今やらないでいつやるのだろうか。少なくともチャンスを逃すほど馬鹿になった覚えはない。

 

「さ、この特異点(ユガ)の最後の時だ。終わればまた小聖杯の完成からやり直しだろ? だったら息抜きついでに世界をぶっ壊そうぜ」

 

 悪魔的な提案を放ち、

 

 その返答として、太陽が泥の涙を落とした。

 

 一直線に落ちた泥の涙は大地へと叩きつけられ、そこから洪水の様に世界を満たす。見た事のある光景に苦笑を持たしながら、声を響かせる。

 

「―――聞いてるんだろ? 見ているんだろう? チェスの駒の様に俺の人生を進めて来たんだろう? 今ここで、答えに至ったぜ。さあ、遠慮なく契約しようぜ―――抑止力よぉ、おい」

 

 直後、泥が世界を満たして全てを飲み込んだ。




 インド+破壊+特異点(世界)=?

 という訳で次回から最終決戦な感じ? 大分終わりが見えながら「抑止力さんは人材育成頑張るなぁ」という感想で。そう、これ全てが抑止力の人材育成ゲーだったのだ……。エミヤがああなるのも全て抑止力が仕掛けたのだ……。

 今作はプロットから外れる事がなくて良かった。

 お前もまた本能寺だったのだ……。

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