黄金の王がそこにはいた。英雄王ギルガメッシュ、古代ウルクの王にして世界最古の王と言われる存在。調べた結果、あらゆる財を収集し、その宝物庫に収めたと言われる人物であり、英雄達の原型、祖とも言われる凄まじいまでの人物だ。実際に一度戦って、そして調べたからこそ解る―――ギルガメッシュは暴君だと言われているが、
それは理屈ではなく、もっと動物的な本能を重視する己だからこそ、感じられたものだと思う。
或いはインテリや勇者、英雄の類だったら邪悪、間違っている等と言うかもしれないが―――自分はどうしてもそうとは思えなかった。寧ろその唯我独尊を貫く姿勢に関しては天晴さすら感じるところがある。やはり、そこら辺は破天荒な自分の気質があっているのが原因だと思っている。まぁ、それはともかく、黄金の王、英雄王ギルガメッシュの登場に、小さく笑い声を零してしまった。こうやって、聖杯戦争の勝利者に会えるとは思わなかった。自分以外が勝利した場合は、確実にギルガメッシュか切嗣に殺されていると思っていた。
「―――筋書きは二流ですらなく三流、役者も一流というには少々劣るものであった。しかし、一流の劇場では見られぬ確かな熱量を見せて貰った。その魂の行方、迷いのない姿、見るにふさわしい悦を感じさせてもらった。―――良くやった、実に大義であった」
何を言い出すかと思えば、ギルガメッシュは今、ここに来て、此方を褒めたのだ。ただ普通に、よくやった、面白かったぞ、と。ただそれだけだった。だけどそれは同時に、暴君を楽しませる事が出来たという褒美、証拠でもあった。予想外の言葉に、身構えていた心は一気にノーガードとなり、そして笑い声を零してしまった。
「は、はは、ははは……王様、ケッコー楽しんでる感じ?」
「うむ、此度の聖杯戦争、我は元より己の財の回収にしか興味は持っておらん。そして我が出るという事は我の勝利以外で終わる結末はありえん。ならば
「俺、そんな大層なもんじゃないと思うけどなぁ」
その言葉にギルガメッシュは応えた、然り、と。
「貴様の本質はそんなものではない。貴様はただ単純にやるべきことを最大限、己が愉しめる様にこなしているだけ、それだけだ。祭りの趣を理解していると言っても良い―――だからこそ見ていて楽しませて貰ったぞ悪童」
「なんか色々と状況が変わっても結局は悪童なのか」
「貴様を表現するのにこれ以上ない言葉であろう? 我の言葉だ、しっかりと刻み付けておくが良い」
高圧的で、見下す様で―――だが王としての振る舞い。それは
それだけの、簡単な話だ。
そんなギルガメッシュと気が合うのはただ自分の動きがあの王を楽しませているのと、たった今見た物語の結末が彼の心を満たしたから、それだけだ。だから、言葉を求める様に口を開く。
「―――なあ、王様」
問いかけにギルガメッシュは腕を組んだまま答えず、その先を放つ様に言葉を続けた。
「俺の人生に意味はあったんだろうか」
「そんなもの我が知る訳がなかろう」
当たり前の様にギルガメッシュが断じた。
「貴様が抑止力という結末へと至る為に生まれ、育て上げられ、そしてここへと辿り着いたとしても、その様な事に意味があるかどうか等所詮は我の考える事ではない。何事であろうとも価値を見出すのは己の判断のみ。他人にどうこう言われて価値観を決めるような雑種であれば絶望から自害しておろう? 我にはそういう者の心は一生理解出来ん。だが同時に価値がないのだと思えば成程、という程度には考え、殺してやろう。価値を見いだせぬ人生ならば生きている意味はどこにある?」
で、とギルガメッシュは口を開く。
「―――貴様は己の生をどう感じた?」
「―――」
ギルガメッシュに言葉を放たれ、目を閉じて考える―――自分の今までの人生はどうだった、かと。間違いなく生まれは不幸で、決して幸福な人生だったという事は出来ない。魔術師の家に生まれ、そして一方的に捨てられたのだ。それで苦しい幼少期を過ごして、育って、旅をして―――そして今の自分がいる。過去があるから今の己がある、と、胸を張って言う事が出来る。だけどそれは一般的な
―――無理だ、絶対に無理だ。
「俺の人生は幸福なもんじゃなかった―――」
そう、幸福なんてものは測れない。出会いがあれば別れがある。常に変化するそれを総合的に考えて幸福であったか否かを決断する事は出来ない。だけど比較的に、一般からすれば不幸な人生で、実りのない人生でもあった。魔術師として貢献する事はなかったし、武を鍛えてもそれを誰かに伝える事はなかった。結局のところ、俺が生み出す事は一切なかった。後に残すものさえもなにもない。ひたすら、何もない。
だけど、
「―――楽しかった。凄く、凄く楽しかった」
それだけは断言できる。そう、自分の人生は凄く楽しかったのだ、と、胸を張って言う事が出来るのはまず間違いがない。だって、自分の人生はこんなにも出会いが満ちていたのだから。日本で出会えた黄理、旅の途中で出会えた門司、インドで修行をつけてくれたバラモン僧、そして最後に友達になってくれたオルガマリー。彼らとの出会いを、そして共に過ごした時間をつまらない、なんて言う事は出来ない。それだけは不可能だ。だって心の底から、一緒に暴れたり話したりする時間を楽しんでいたのだから。
そして、その気持ちだけは抑止力だけでも、絶対に出来ない宝物であるという事は理解している。
抑止力は背を押す形でその役割を果たす。
が、直接的な干渉は粛清以外などでは行わない。
だからこの感情に、想いに、そして思い出に嘘はない。誰のものでもない、自分自身のみのものだ。それだけは誰にも、そして何物にも言わせない。この心が砕けないその時まで、この世全ての悪にさえ染め上げる事の出来ないこの魂は、偽れない。俺の人生は楽しかった。
「あぁ、楽しい人生だったよ! 好きな様に歩き回って! 修業して! 気ままに人を助けて、好き勝手悪人をテロって! ふざけた言葉を相手に投げつけて! ふざけた態度を取って! それでも全力で楽しんできたんだ! 嘘でもつまらなかったって言えるもんか! 俺の人生は楽しかった、凄く楽しかったよ、王様」
「そうか。ならば逝け、悪童。たとえ世界が忘れようが、貴様の蛮行はこの我が面白かった余興の一つとして記憶しておいてやろう。安心して逝くが良い」
ギルガメッシュの言葉に笑い声を零し、そして応える様に―――自分の右手で自分の心臓を貫いた。痛みを一瞬で頭から追放し、大量の血が胸からあふれ出す。これでクリスチャンだったら地獄行きだったろうなぁ、何て事を想いながら、無言で見届けるような視線を向けるギルガメッシュの前で、もはや何も残っていない大地に倒れ伏す。ゾォルケンが、聖杯が、そして俺が死ぬ。これによって特異点を維持していた全ての楔が消える。
命が流れて行く感覚と共に、この世界が、特異点が崩壊して行く音を聞く。
「―――いずれまた会う時もあろう。その時こそは存分に祭りを楽しもうではないか―――
そりゃあ楽しみだな、と答えたいのに言葉が口から出ない。徐々に体の感覚そのものが消えて行き、人としての死が体を支配して行く感覚を感じる。そして、魂が世界に―――星に束縛されるのを感じる。これから永遠に、この星が滅ぶその瞬間まで、粛清装置として、これから先に起こる神話の舞台装置として世界に組み込まれる。その感覚がはっきりと感じられて行く。
それは、明確に感じられる終わりだった。それは赤く、そして黒く染まっている。大地は焦土になっており、もはや生物の気配は一切存在しなかった。ギルガメッシュの姿ももう見えない。言峰綺礼もどうなってしまったのかは全く分からない。だけどこの寂しい大地が自分の最後だと思うと、少しだけ寂しさを感じられた。
それでも、胸の中には暖かいもので溢れていた。今までの人生が走馬灯の様に頭の中に流れて行く。それを見返しながら、あぁ、と少しだけ、干渉されたかのように動きを取らなかったことを思い出しつつある。あの時、なぜ殺せたのに殺そうとしなかったのだろうか、なんて事を抑止力を理解すれば思える所もある。だけど結局、それも後の祭りで、
意識が徐々に消えて行くのを自覚する。そしてそれが消えた時、また新たに始まるのだ。
命は輪廻する。人は旅をする。生物は善行と悪行を重ねる事によって来世の己の道を定めるのかもしれない。だが、己の輪廻はここで終焉する。
もし、この人生が、戦いまでの事が抑止力によって敷かれたレールの上の出来事なら、
―――次は、抑止力にも、神にも、この星の意志にさえ邪魔される事無く戦いたい。
干渉のない、己の意志で、己の為に、最期まで戦い抜きたい。そうやって自分の意志で自分の為だけに戦い抜いて、俺の戦いだったと誇りたい。それだけ、それだけを求めたい。だからあぁ、と声が出なくなった喉を震わせながら、完全に消えて行く意識の中で思考する。これから人を殺すのだ。たくさん殺すのだろう。粛清装置として、世界を次のステージへと運ぶために、終わらせるためにたくさん殺すのだろう。時代を、場所を無視して、数えきれないほどに殺すのだろう。
だけど、それでは終わらない。
人としての名は消えるが―――役割としての、
なら、何時か、どこかで聖杯戦争に呼ばれるかもしれない。その時は、舞台がどこであろうとも、全力で戦おう。きっとギルガメッシュもその時を待っていてくれている。その時になれば粛清者としても成長し、能力を十全に扱えるようになっている事だろう。
だからそれを夢見て意識を閉ざす。
次に意識する時は粛清の時なのだろうか。
はたまた聖杯戦争なのだろうか。
或いは、まったく関係のない実験で呼び出されるかもしれない。
世界との契約で魂を縛られようとも―――心までは縛れない。この心だけは誰にも縛る事の出来ない、自由なものだ。だからこの先、ありえる未来を想像し、それに思いを馳せながら、
―――
我様と本能寺様。……本能寺様?
戦いばかり、無礼なら即殺すと判断されがちならわれさまだけど、実際は偉業を、或いは成し遂げた者に対してはある種の敬意を見せたりもする人物だったりする。ただの暴君ではなく王様な暴君というイメージ。つまり王とは人に非ず。
ともあれ、毎日2更新ペースのこのお話でしたが、次回エピロで最終話でっせ
ちなみにカルキの未来王というのはカリ・ユガを滅ぼした後に王として君臨して統治する話から来るもんですぜ。こいつが王として君臨するのか、毎日本能寺してそうだなぁ(錯乱