Fate/Grand Zero   作:てんぞー

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序章-5

 魔術とは一見、複雑なプロセスを通して発動させる必要がある様に思える。

 

 だけどそれは間違いだ―――馬鹿でも素質さえあれば魔術は簡単に行使できる。

 

 たとえば、自分が良いサンプルだ。

 

 双子館の中庭、使い魔等の監視が存在しない事を事前にチェックしており、ここでなら鍛錬を視線を気にせず行えるという事は確認してある。聖杯戦争中でも鍛錬してていいのか? と言われてしまうと少し困る所があるが、一般的感性から自分がだいぶ離れているのは自覚しているからしょうがない。闘争とは”日常”なのだ。体を鍛えるのも、ご飯を食べるのも、人と殺し合うのも、日常の延長線上の出来事でしかないのだ。これをスカサハは”戦士の資質”と呼んでいた。一流の戦士は戦場で生まれ、育ち、暮らし、そして死ぬ。息を吸う様に戦うのが当たり前であり、それが彼らの人生だった。戦う事や殺す事に一々ストレスを感じていたら簡単に死んでしまう。だから精神的なリミッターがある程度外されており、闘争を日常として受け入れ、普通の人間とは違う”日常”を認識するのだ。そうすることによって自然体でありながら常在戦場の己を保ち、どんな時でもフルスペックで戦える様にする。

 

 そこらへんの精神構造に関しては自分は完成されている、と認識している。

 

 或いはスカサハからすれば”手遅れ”とも呼べる領域に。

 

 人が一日三食を求める様に、俺も日常に闘争の気配を求める。戦うのが好きでも、殺し合うのが好きでも、別段戦う日常を求めているのではない。”自然とそうなってしまうだけ”なのだ。現代の言葉にそれを当てはめるならおそらくは、

 

 修羅と呼ぶのかもしれない。

 

 それはともあれ、闘争が日常の者としては戦争の真っただ中でも鍛錬を続ける事を忘れたくはない。こういうのは一日抜いただけで―――なんて言うほど愚かではないが、それでも習慣として体に根付いているものだ。特にインドで修行した数年間の経験がおそらくは一番濃く、おかげで毎日、必ずどこかで軽い鍛錬を入れる程度には慣れてしまっている。故に今日も何時も通り体内の魔術回路を確認し、そして神経の様に、血液の様に体を流れるそれに炎を流し込むイメージを生み出す。生命力が魔術回路によって魔力へと変換され、体内に痛みが生まれる。だがその痛みも修練を繰り返している内に慣れた痛みになってきた。これが正常であるという道しるべにさえなる。故に痛みと共に魔力の生成を確認し、

 

「―――Aum(オーム)

 

 魔術が発動する。右手から炎が生み出され、それが固形を得る。形は細長い、剣の様な形を生み出す。炎剣、炎という魔術属性を利用したもっとも初歩的な魔術であり、初心者向けの魔術。炎系統の魔術でこれより簡単なものとなると炎その物を相手へと向かって放つぐらいにしかならない。ただこの炎剣には己のもう一つの属性、空の属性が混ざっている。本来は天候を司る属性ではあるが、空属性には”エーテル干渉能力”が備わっている。それ故にこの炎剣は実体のみならず、エーテル体、つまりは霊体や英霊にダメージを効率的に通す事の出来る武器になっている。とはいえ、所詮はそれだけだ。少し魔術を勉強し、鍛えたものなら出来る程度の事だ。この道をさらに究めれば更に多くの物を生みだす事が出来るのかもしれないが、

 

 才能のなさが影響し、炎の武器の生成は剣を同時に二本握る程度が限界になる。それでもやる事自体に意味がある。故に不思議と手を焦がす事のない炎剣を握りながら、それを振う。炎という物質は質量が非常に低く、軽い。だが極限まで温度は上げてあるので、鉄程度ならば焼き切るという事が出来る武器でもある為、ある程度便利な武器だ。ただ、場合によっては質量差で敗北出来る為、実体剣を持ち歩く事は忘れられない。しかし体に一番馴染んでいるのは炎剣だ。

 

 故に、いつも通りそれを振う。

 

「Om Bhur Bhuva Svaha―――」

 

 刃を振いながら寺院で修行していた時に何度も聞かされ、練習し、民間でもメジャーとして有名な”ガヤトリー・マントラ”を精神を集中させるために呟く。魔力が空間にない限りは魔術的な意味は一切存在しない。が、マントラは呟き、歌うこと自体が精神を整える効果がある。魔術的な要素はなくとも心身のクリア化をめざし、果たしているインドのマントラ文化は非常に優秀だ。戦闘外、日常でも気軽に利用できる。今やっているのもそういうものだ。刃を振いながら呟く事で心をリラックスさせている。

 

 そうやって十分程炎剣を振いながらガヤトリー・マントラを何ループかさせた所で、炎剣を消しながら鍛錬の動きを止める。視線をそこから中庭の入口へと持って行けば、スカサハが最近は良く見る現代風の衣装に身を包んで立っているのが見える。

 

「で、英雄たちの大先生スカサハ師匠からすりゃあ俺はどんな感じだよ」

 

「私の評価は変わりはせん。そもそも動く所を見なくてもこの程度の評価なら出来るからな―――精神面と肉体面はほぼ完成されていると言っても良い。身体的に、そして精神的には戦士と呼ぶに相応しい物がある。しかしその反面、魔術に関しては酷過ぎるとしか評価が出来んな。あとはそうだな……剣術の基本は出来ているが、もっと踏み込んだ技術を体捌きと共に身につければ良いだろう。そちらに関しては私が多少指導すればあとは勝手に育つだろうが、魔術に関してのみは私がしっかり教えないと芽もでないな」

 

「そこまで俺の魔術は酷いのか……」

 

 スカサハで”しっかり”と言うレベルなのだから、現代の環境でスカサハに出会わなかったら育つ事はなかったと言えるレベルだ。聖杯戦争という環境でスカサハに会えたのはまさに僥倖だったんだなぁ、と思える。

 

 そこで一旦スカサハから視線を外して、庭に置いてある置時計を確認する。ベッドルームから自分がこちらへと時間を把握する為に持ち込んだものだが、まだまだ時間的にはたっぷり余裕がある。というのも、本日レフ・ライノール・フラウロスが日本に到着予定であり、予定通りならあと数時間で此方へと合流する様になっている。レフさえ合流してしまえば本格的な聖杯戦争が開始する。ロマニも隣町でいつでもサポート出来る様に待機しているらしいし、此方の聖杯戦争の準備は完全に完了していると言っても良い状態になっている。

 

 それまで多少時間があるのだ。

 

「―――それでは、本戦前のウォーミングアップを兼ねてお願いしようかな」

 

 炎剣を再び生み出しながら刃を構えれば、スカサハが相対する様に立ち、その姿を現代風の衣装から現れた時の服装へと―――紫と黒のタイツに顔の下半分を覆う、マスク姿へと変貌させる。その手には赤い魔槍が握られており、此方と同様、抜身の刃を向けてきている。

 

「良いだろう。ただ私のやり方はスパルタだぞ。付いてこれずに死んだ者もいる」

 

「ならそれまでの話だったという事で」

 

 生きていれば事故って死ぬこともある―――それだけの話だ。

 

 

                           ◆

 

 

 他愛のない修行コミュニケーションを数時間ほど過ごすと、やがて双子館の方に近づいてくる気配を、そして魔力を感じる。その接近にレフの到着を感じ取り、握っていた炎剣を消失させながら軽く首を回し、体の疲労を感じ取る。自分の目の前には所々焦げているスカサハの姿があり、そして自分も切り傷や打撲傷が体中にできている。結局のところ、修行の内容に本格的な殺し合いが混じっていた、それだけの話なのだが。スカサハの実力を肌で感じ取る事が出来て満足できる時間だった。が、レフが到着したのならそれも終わりだ。

 

 用意しておいた水の入ったペットボトルを開け、それを頭から被りながら流れている血を一気に汗と共に流し去る。傷口にしみるが、行動に影響の出る範囲ではない―――ここら辺は流石、というべき技量なのだろう。まだまだ自分では至らないところだ。息を吐きながらスカサハに感謝しようとしたところで、既に彼女が霊体化して姿を消している事を把握する。行動が早いな、何てことを思いながら上半身裸のまま、軽く空を見上げる。

 

 ―――何時の間にか、空は暗くなっている。

 

 ―――夜、それは魔術師達の時間。

 

 聖杯戦争の時間だ。

 

「夜か。ま、悪くねぇな」

 

 呟きながら上半身裸で体を濡らしたまま、中庭の入口から館内へと戻り、そして館の入口へと向かう。ホールへと到着する頃には既に扉を開け、中へと入ってくるレフの姿が見えた。その服装は英国にいる時と全く変わっていない様に見える。また、キャスターの姿が見えないのはおそらく霊体化させているからなのだろう。ふむ、と口の中で軽く言葉を零すようにつぶやき、レフへと視線を向けたまま気配を探る。

 

「エーデルフェルトの双子館へようこそ―――まぁ、今ではアニムスフィアの双子館って言うべき物件なんだけどな」

 

「やぁ、マサヒロ君。その様子を見ると随分と刺激的な時間を過ごせていたようだね」

 

「ランサーに稽古をつけて貰っていたんだよ。おかげでもうくったくたでさぁ……いやぁ、やっぱ英霊とかって凄いわ。神話だとか英雄譚ってのは俺には解らねぇけど、そう謳われるだけの実力があるってのは理解したよ。なんつーか……馬鹿だから言葉には出来ないわ。アンタならたぶん適切な言葉が解るかもしれないな」

 

「ははは、あまり自分を卑下するものじゃないよ。君だって数奇な運命をたどってこうやってマスターとして聖杯戦争に参加する事が出来たのだろう? だとしたらその運を誇り、そしてそこにたどり着けた自分を称えるべきだ。そういう数奇な運命こそがすべてをひっくり返す鍵になり得るのだからね」

 

「成程ねぇ、流石インテリはいう事が違うわ」

 

 笑いながらレフを迎える為に歩いて近づき、笑顔のままキャスターの気配を捉える。霊体化してはいるが、存在としてそこに”在る”のだ。つまり生物が発する特有の気配等が消えたわけではない。少なくともスカサハの様に、魔境の智慧を通して気配遮断でも取得しない限り、気配は探れば見つけられるものだ。

 

「とりあえずレフ教授、こうやって冬木に参加者が全て揃ったらしいし、俺はそろそろ聖杯戦争を始めようかと思っている。いい加減ここに引きこもって鍛錬しているだけなのも飽きるしな」

 

「ほう、つまりどこを襲撃するか、既に当たりを付けていた、という事か」

 

「まあな、そういうのは現場判断が一番優秀だからってマリーちゃんが一任してくれているしな」

 

 レフは帽子を軽く被りなおしながらふむ、と声を漏らしながら視線を巡らせてから此方へと向けなおす。

 

「で、どうするのかな? 個人的には一番潰しやすい間桐から攻略し、まだ不明の最後のマスターを捜索し、そしてアインツベルンを少しずつ削るのが最善だと思っているのだが」

 

 妥当な判断だと思う。実際間桐家のマスターである間桐雁夜は元一般人、この聖杯戦争の為だけに寿命を削ってまで急造の魔術師として参戦してきた。そこには執念を感じさせるが―――此方には関係のない事だ。相手が魔術師として初心者であれば、間違いなくサーヴァントをまともに維持する事も出来ない。ここでサクっと雁夜を倒し、その令呪を奪えば此方を強化する事が出来る為、最初のターゲットとしては申し分ない。

 

 だけど、

 

「いや、最初のターゲットは別の奴を狙う」

 

「なんと、それは―――」

 

 レフの言葉を引き継ぐ。

 

「―――お前だよ」

 

 言葉を放った直後、縮地によって踏み込んだ身体が重力を振り払ってレフの反射神経を上回って加速し、一瞬でその背後へと回り込みながら生み出された炎剣が突きと共にその心臓を貫いた。また同時に、霊体化したままのキャスターをスカサハが魔槍を二十に分身させ、それを同時に突き刺す事で一瞬で肉を貫いて抉り、霊核を一瞬で粉砕した。魔力の粒子となってキャスターがその姿を見せる前に霧散して消えて行く。その突然の事態にレフが口から血を吐き出しながら驚愕の表情を浮かべる。

 

「なっ……裏……切、り……!?」

 

「初手で裏切る―――中々ロックだろ?」

 

 レフがそれ以上言葉を放つ前に炎剣を突き刺したままレフの体を振り回し、その姿を館の外へと投げ飛ばし、同時に収束させていた炎剣を解放する。剣の形で固まっていた炎剣は解放されたことによってただの炎へと戻り、心臓を中心に血管を駆け巡り、レフの体を内部から炎で満たす。その口、目、耳、体中の穴という穴から炎を噴出させたレフが絶叫を夜の闇に響かせながら塵となって崩れて行く。

 

 確実に殺したことを確認する為にも塵となった場所へと向かって炎剣を二、三回程投げつけて爆撃し、蘇生も再生もしない事を確認してからロビーに予め置いてた聖水をレフの死んだ場所へと叩きつけ、浄化も行っておく。それを確認して良し、と呟き、スカサハへと視線を戻す。

 

「で―――未来は変わったか?」

 

 スカサハへと振り返りながら問うと、スカサハは頭を横に振る。

 

「いいや、未来は未だに焼却の運命にある。私が今見える未来はそれだけだ」

 

「うへぇ、一番胡散臭いのレフだったからしょっぱなぶっ殺したのにもしかして違ったか……?」

 

「どうだろうな。ただ事実なのはキャスターは確実に殺し、レフも殺した。我々は同盟相手がもういない。そしてお主は雇い主に説明をする必要がある、という事だ」

 

「説明するの面倒だし説明したところで誰が信じるか―――」

 

 ―――未来が存在しない、何てことを。

 

 スカサハは予知を行える。それこそ、原典ではクー・フーリンの死を知っていたように。それはどうやら魔境の智慧で千里眼を取得する事によって得る事なのらしいが―――これによって戦いの未来を見たスカサハは未来そのものが焼却され、消えるという事を予知した。誰もそんなものは信じない。荒唐無稽すぎて信じられるわけがない。

 

 だけど俺は信じた。

 

 スカサハに嘘を言う理由はない。

 

 何よりきっと、そう信じて戦う方が楽しい。

 

「同盟相手だから最後に殺すと言ったな! アレは嘘だ、って奴よ! 第一聖杯戦争だぜ、聖杯戦争。結局は残れるのは一組だけよ。そしてお前が見た未来が確かで、その未来に俺が存在しなかったって事は俺がどっかで死んでいるって訳だ―――だったら話は簡単だ」

 

 ―――未来が消えるなんてイベント、聖杯以外では起こりえない。

 

 ―――そして死んでいないやつが犯人なのだ。

 

 俺が存在しない、つまりは俺が死んでいる未来。俺以外の誰かが犯人だ。だったら俺以外の全員ぶっ倒せばそれで問題解決だ。理解してもらおうとも、説明しようとも思わない。

 

 なぜなら、

 

 戦争とは究極の自己中心的な意見の押し付けなのだから。

 

「さあ、聖杯戦争しようぜ、聖杯戦争! ダチが神様がなんだ、って迷ってんだ。だったら答えを得られそうなもんを土産にして、そのついでに未来を救えばいいんだ。これはきっと楽しくなるぞ。なあ、スカ……ランサー!」

 

「その途切れ方は何か私が汚物のように聞こえるから止めろ」

 

 夜空に笑い声を響かせ、聖杯戦争が始まる。未来は焼却される運命にあるらしい。

 

 しかし、まだそこまでたどり着いてはいない。それに勝てば良い、勝てば良いのだ。たったそれだけの話。だから始めよう、

 

「聖杯戦争を」




 ロックな展開を望んだので初手裏切りな上にレフ花火という究極にロックな選択。

 レフは花火となったのだ……汚い花火にな……。キャスターも姿も名前もなしに退場。

 というわけで次回から蛮族式聖杯戦争の開幕ですよ。

 なお炎上レフさんを玄関の外でやったのは全陣営にレフを燃やしたところ見せたかったというDQN根性。キチガイに常識を求めてはならないのです。

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