Fate/Grand Zero   作:てんぞー

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初日-1

 聖杯戦争の夜が始まった。初日の夜、連絡が五月蠅い携帯端末は既に破壊してきた、なぜかと言えば説明がめんどくさいから。それだけだ。そして聖杯戦争開戦初日の夜。こんな夜に縮こまって引きこもっているのなんて非常にもったいない。あぁ、解っている。聖杯戦争は全体の流れを見て、そして迎撃に動いた方が遥かに効率的になると。だけどそんなものはクソだ。楽しくはない。まぁ、人生楽しくない事がいっぱい溢れているのは自覚しているが、実に不幸なことに、

 

 今夜に関してはエンジンが全開になっている。

 

 体の細胞という細胞が静かに感じる闘争の気配に覚醒していた。意識が既に戦闘用のそれに切り替わっている。今はまだ聖杯戦争初日の夜。だが既に初日の夜だと言っても良い。綺麗な夜空が見えるこんな夜に、何もせず、見過ごして終われと、出方を伺って終われと言うのか。それは、”あんまり”じゃないか。何をふざけた事を言っているのだ。これは聖杯戦争だぞ。英霊がいるんだぞ、

 

 ―――馬鹿野郎、それは全力を出さなきゃ失礼だというものだ。

 

 先駆者に敬意を、成し遂げた者には尊敬を。英霊は終わった存在である。彼らは駆け抜けてきたのだ、激動の時代を。自分も叶う事ならそんな時代に生まれてきたかった。そうすれば少しは違ったのだろうか。だけど今は、そんな英霊と相対できる、夢の舞台がある。同じ領域で武威をぶつけ合う事が出来るのだ。それは、なんて素敵な事なのだろうか。

 

 自分の今までの人生が、積み上げてきたものが本当に意味があったのか、何かを成し遂げる事が出来たのだろうか、それを測るには十分すぎる。

 

 故に、

 

 手からサイコロが落ち、道路の上にコロコロ、と音を立てて転がり落ちた。もうすでに振り終わったサイコロに用はない。それをそのまま踏み潰す。

 

「―――聞こえてる? 聞こえていない? まぁ、どっちでもいいさ。ただ事実としてはアレよ、初日の夜なのに亀ってるのはちょっと間違ってるんじゃないかお前ら? それでも本当に英霊か? 英霊を使役しているマスターか? 誇りとはファック&ファックで別にいいんだけどさ、”それでいいのかよ”って話な訳よ。空を見ろよ! 綺麗な月が出てるじゃねぇか! 勿体ないだろ!」

 

 足場にしているビルの屋上、ポケットから魔宝石を取り出し、それをじゃらじゃらと音を鳴らしながら手から落とすように零してゆく。魔宝石から魔力が解放されながら砕けて行く。それによって生み出される光がこの屋上をターゲットサイトの様に明るく照らして行く。そう、誘蛾灯だ。ここにいるぞ、と解りやすく見せている。使い魔だってきっとどこかで監視しているに違いない。まぁ、そこは自分は詳しくはない。スカサハは直ぐ傍で奇襲警戒をしてくれている為、此方は遠慮なく準備に入れるのだ……やろう。

 

 右手で握るのは―――弓だ。白く、美しく、装飾を施されてはいないが、それでも一目で芸術品と見間違う程美しい武器。インドの寺院を出る時に譲られたものであり、礼装として加工する事によって本来の輝きを取り戻した、現在に残る”神秘の残滓”。

 

「という訳で、ダイスロールの結果最初の襲撃先を発表しまーす!!」

 

 その神秘の残滓を保有する者を魔術師はこう呼ぶ―――伝承保菌者(ゴッズホルダー)、と。

 

「―――Aum(オーム)

 

 マントラを口にする。魔術回路が起動する。生命力が炎の様に燃え上がりながら魔力へと変換されて行き、解放された魔力と合わさって炎へと変質し、それが弓に合わさり―――夜を照らす太陽の輝きへと変わる。弓に番えられた炎の矢は弓の影響を受けて太陽の光と熱を得る。炎は閃光と熱の塊となって輝きながら破壊性を秘め、そして魔力を吸い上げながら―――放たれた。

 

「―――【天を翔けろ、太陽よ(サルンガ)】」

 

 神話の時代、理想王(ラーマ)に握られた弓が現代の科学と魔術を経て再び蘇った。宝具より放たれた太陽の一矢は一瞬で音速へと到達し、視覚では捉えられない領域へと一瞬で加速し、流星の様に空間に炎を散らしながら、一切減退する事のない幻想を披露し、その姿は呼吸をする合間に目的地へと、

 

 遠坂邸へと到達した。

 

 音速を超え、そして光速へと到達した幻想は容易く物理法則を無視して着弾する。一拍遅れて閃光が夜の冬木を明るく照らす。遠坂邸のあった場所には一瞬で炎が爆裂し、明るく住宅街を照らした。久しぶりに遠慮もなく本気で放った【天を翔けろ、太陽よ(サルンガ)】の威力に軽い爽快感を感じつつも、息を吐き、マントラの呼吸で心身を調整し、再び弓を放つ態勢へと体を移行して行く。一発一発が激しく重い。現代にはありえない幻想を振っているのだから当たり前だが―――それでも事前に用意しておいた魔宝石が大量にある為、そのおかげでまだ自分の魔力それ自体はほとんど消耗していない。

 

「さて、早く出て来ないとお家が吹っ飛んじゃうぜ時臣君。優雅にしてると遠坂・ホームレス・時臣になっちまうぜ」

 

 マントラの呼吸で生命力と精神力を活性化させ、魔力を生成する。全身に走る痛みが生の実感を与えながら次の行動への準備を生み出す。視線の先、炎に燃える世界が見える。ピンポイントで遠坂邸を狙っているから周りには被害がないはずだが……少々飛び火しているかもしれない。まぁ、それは戦争による二次被害だから仕方のない事だ。とはいえ、遠坂邸が完全には焼けている様には見えない。となると咄嗟にサーヴァントが何かをしたに違いない。少なくとも遠巻きに下見をした時には遠坂邸には【天を翔けろ、太陽よ(サルンガ)】をどうにかできるようなギミックがあった様には見えない。まぁ、サーヴァントが出て見れば解る。

 

「さあ、二射目行くぜ。ホームレス魔術師になるかどうか見せてもらうぜ―――【天を翔けろ、太陽よ(サルンガ)】ァァ!!」

 

 閃光が再びはじけて夜の闇に飲み込まれ、飲み込み、そして弾けた。遠坂邸に直撃した直後、

 

 太陽そのものが飲み込まれるように消え去った。神話の時代、太陽の弓と謳われた幻想が一方的に敗北したその光景を見て、心が高鳴る感触に口笛を吹く。

 

「この感触……炎を無効化したってよりは”対太陽”なもんを取り出してきたって感じか。”経験した事ある”ぜ」

 

 これ以上の攻撃は無駄。【天を翔けろ、太陽よ(サルンガ)】を背のウェポンホルダーへと装着させ、そして後ろへと大きくバックステップを取る。

 

 直後、夜の闇を切り裂いて何かが頭の合った場所を突き抜けた。後方へと抜けて行くそれは黄金の輝きを持ちながら”凄まじい神秘を内包していた”。それこそ、宝具と呼べるクラスの神秘を保有していた。それが抜けていったのを感覚で捉えた直後、

 

 直観が警報を鳴らす。

 

 即座に体が加速し、見るものからすれば消えるのが見える。純粋な体術による超加速術―――縮地と呼ばれる移動術の奥義、それを使って一瞬で後方へと下がった瞬間、足場にしている屋上そのものを粉砕するかの様に大量の神秘がガトリングの様に叩きつけられた。それが相手からの反撃だと理解した直後、これで終わらないのを理解し、全力で跳躍する様に加速した。隣のビルへと跳躍した直後、屋上が一気に爆ぜ、剣山の様な光景が出来上がっていた。そんなビルの屋上に突き刺さっている武器の数々は間違いなく宝具級の神秘を保有している。サーヴァントの宝具が十数を超えるなんて普通はあり得ない状況に、喉の奥から笑い声が漏れ出る。

 

「―――すげぇ……!」

 

「馬鹿を言ってないで逃げるぞ」

 

 隣のビルへと着地した直後、音もなく、着地の衝撃すらもなく、まるで羽の様な軽やかな動きで横へと降り立ってスカサハが腰に手を回し、動きを一切止める事無くビルから飛び下りる。その直後、再び宝具の爆撃がビルの屋上に溢れた。常識を塗り替えるような神秘、その爆撃に目を奪われつつも、手は既に【天を翔けろ、太陽よ(サルンガ)】を抜き、握りなおしていた。その出力は最小限の状態へと落とし、連続で太陽の矢を放つ。

 

 ビルを”避けて”ミサイルの様に振ってくる宝具、そのうち直撃コースの物のみを即座に判断し、迎撃して弾く。神秘の内包量は相手の方が圧倒的に上で、魔力でも圧倒的に相手の方が上だ。しかし、それとは別に技術とはそれに左右されない、直接当てるようにではなく、内側から反らすように矢を曲げて射れば、

 

 ビリヤードの様に対象が勝手に他の対象とぶつかり、連鎖的に軌道が逸れる。それで十分助かる。

 

 宝具の爆撃をかいくぐる事に成功し、何十メートルという距離を落ちてアスファルトの大地の上へと衝撃を一切起こさずスカサハが着地する。それに合わせて此方も下ろされ、【天を翔けろ、太陽よ(サルンガ)】をもう一度背に戻しながら炎剣を生み出し、ビルの合間、その先へと視線を向ける。横でスカサハも顔の下半分を隠し、赤い魔槍を二本握り、同様の方向へと視線を向ける。

 

 その先にいる圧倒的な気配を感じ取って。

 

「雑種―――」

 

 聞こえてくるのは男の声であり、そして見えてくるのは―――黄金だった。それは黄金の”王”だった。そうとしか表現する言葉のない、圧倒的気配だった。スカサハを見た時も王という存在を感じ取った。それはまた人間とは別種の生き物であるように感じ取れたのだ。だからこそ言える。この黄金は王ではあるが、その在り方はスカサハとは全く違うと。しかし、それでいてこの黄金はまたその名を轟かす絶対者なのであろうと。

 

 黄金は金色の鎧を纏い、同色の髪をオールバックに纏め、赤い目をしていた。見抜くようなその鋭い視線は此方を射抜き、そしてその過去をも見ているのではないかと思わせる程強い眼力をしている。この黄金はおそらく、その存在唯一のみで完成されている。きっと自分以外の誰かを必要とはしない。そんな強さを感じる。だからこそ―――面白い。そう、面白い。圧倒的だ。この黄金はまさに圧倒的な存在であり、今の一方的な防戦で実力の片鱗を見る事が出来た。こんな存在が過去にこの世に存在して、今、会う事が出来るのだ。

 

 楽しまなくてどうする。

 

「―――この我を前にして悦に頬を綻ばせるとは中々狂っているな―――が、良い。貴様はどうやら祭りというものを理解している様だ。然り、こういう物事は”楽しんで初めて意味を見いだせる”ものでしかない。その点、貴様は愉悦を見いだせているから及第点はくれてやろう」

 

 黄金の背後の空間が波打つ。赤い残像と共に世界が開く。そこから出現するのは射出される準備を完了した数々の宝具の姿だった。そう、宝具だ。この黄金は狂ったことに宝具をまるで弾丸のように射出しているのだ。湯水の様に宝具を射出するその光景はとてもだが正気では見る事は出来ない。英霊の象徴ともいえるものを使い捨てにしているのだから。

 

「じゃあ、黄金の王様。これから盛大にナイトフィーバーする予定なんだけど……一緒に遊んでくれない?」

 

 黄金の向ける目は厳しく、だからこそ心地が良かった。敵意や殺意は存在しない。純粋な王としての覇気だけで他者をこの黄金は威圧している。そして、その表情はまるで玩具を見つけたかのように歪み始めた。いや、実際この黄金も求めていたのだろう、この祭りで楽しめる時を。

 

「ハ―――面白い事を考える雑種だな。良いぞ、道化め。乗ってやる―――死ななければな!」

 

 直後、宝具の豪雨が発生する。ガトリングの様に発射された宝具は一つ一つが肉体を消し飛ばすだけの破壊力を保有している。それ故に命中すればそれだけで即死できる、そういう凄まじい攻撃を放たれていた。スカサハなら耐えられるのかもしれないが、人間であるこの身には不可能な事だ。故に迷う事無く縮地で移動を開始する。

 

 大地を踏み、膝が曲がり、力の伝達が体を駆け巡り、そして一気に体が弾けた。

 

 前へと、

 

 ―――黄金へと向かって。

 

 その縮地の一歩で黄金の懐へと踏み込むことに成功した。その速度は人間であろうとも、サーヴァントであろうとも対応の出来る領域ではない。確実に殺せる、炎剣の射程範囲内に入り、そこで黄金の無意識へと踏み込みながら無明の間を縫って炎剣を振う。

 

 反応のできない踏み込みから反応の出来ない太刀。技術における極限の殺技、一撃必殺の流れが完全に成功し、

 

 ―――炎剣が黄金の首を薙ぎ払う瞬間に霧散した。

 

「戯け悪童(雑種)、我はともかく我の財は舐めるなよ」

 

 炎その物が無効化されたのを理解した直後、再び縮地で一気に距離を取ろうとするが、着地した足場が揺らぎ、足元から宝具が出現してくる。

 

 それを邪魔する様に大地が砕け、空間の揺らめきが砕けて隆起した大地の中に埋もれる。それによって出現するのが一呼吸遅れたこともあり、二歩目で黄金からのカウンターを完全に回避する事が完了する。

 

「さーて、と……」

 

 スカサハの横に着地する。

 

「戦う役目を奪って悪いな。あと援護サンキュ」

 

「楽しんでいるのだろう? ならばそれで良かろう。どうせ次は私の番だからな」

 

 そうスカサハが答えた直後、宝具の爆撃が間を割くように降り注ぎ、大地を一気に砕いた。回避に成功しながら相手がかなりノリ気である事に笑みを深める。

 

 さあ、

 

 それでは、

 

 聖杯戦争を始めよう―――皆、一緒に、楽しく。




 襲撃先はサイコロで決めた。1d6で決められるから楽だな!

サルンガ
 ご存じインドのスーパーウェポン。太陽弓とも呼ばれていて太陽の熱を叩き込める。皆大好きというか中の人が大好きなラーマの武器。これとブラフマーストラを合体させる事で魔王はワンパン即死する。ラーヴァナは犠牲になったのだ……神話の犠牲にな……。なおインド神話では大体インドラが犠牲者。

黄金の王
 徒歩で来た。

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