堕天使のちょこっとした冒険   作:コトリュウ

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ある~ひ、
異世界の中、
金髪美女に、
であ~った。




異世界-2

 背中から生えた黒い羽が六枚、精一杯広げて前に回せば身体を覆えるほどの大きさだ。髪は黒く、もう少し伸ばせば耳を隠せる程度。背丈は小柄だ、百五十センチ程度であろう。リアルに合わせているのだから間違いない。また容姿もリアルに合わせるつもりだったのだが、ゲームの仕様上必要以上に美形になってしまった。仕方ないのでソバカスを追加し、アバターに嫉妬しないようにしてみたのだが……。

 微かに明るくなってきた平原の上で己の姿を確認するパナップは、思った以上に嫉妬していた。

 

(く~、ゲームの時はあまり感じなかったけど、現実っぽいこの地に来てからは必要以上に実感するなぁ。整った顔ってこれ程までに美しく見えるのか~)

 

 コンソールが開かず鏡も無いので、仕方無く特殊技術(スキル)空の目(スカイ・アイ)』を発動させて己の外見を確認していたのだが、顔を覗き込んだ時点で固まってしまったのだ。

 田舎娘のようにソバカスが目立つものの、リアルの時に比べ何割増しかで美形になっている。眼はパッチリ大きく、髪はサラサラで美しい。顔の造形に歪なところは見当たらず、鼻筋といい輪郭といい、自分の顔もこうだったらなぁ――っと想像していた理想そのものだ。かと言ってユグドラシルの時のような作り物感は無い。温かな血の巡りと弾力のある頬の感触が、現実に生きている生物であることを語ってくれている。

 でも実際の自分がどの程度かを知っている身としては、恥ずかしくて目を背けたくなってしまう。今は完全に自分の顔として認識しているが、それがまがい物であると知っているのは己だけなのだ。

 ならばこそ、真実から目を背けてしまえば美人のまま押し通せる――そんな心地良い悪魔の囁きが耳から離れない。

 

 ――この美しい堕天使こそが本来の自分であると――

 

「ぐがー! それじゃーリアルの私が不細工って言っているようなものじゃないの!」

 

 景色を楽しむ為ゆっくりと歩いていたパナップは、突如として頭を抱え雄叫びを上げる。辺りには誰も居ないので気にする必要も無いが、誰が見ても挙動の怪しい人物なので少しは警戒した方がいいだろう。

 

 周囲には朝日が舞い込み、朝露に濡れた草花がキラキラと輝いている。

 人によっては見慣れたいつもの朝かもしれないが、パナップにとっては生まれて初めて見る大自然――天然率百パーセントの幻想的な朝焼けであった。

 

「おおー、朝日ってこんなに綺麗だったの? リアルで朝って言ったら仕事に行かされる地獄の始まりを意味するのに……。まるで夢の世界みたい」

 

 夜の草原にも感動したが、山脈の合間から太陽が姿を見せ、広大な大地に朝日を浴びせる神秘的な光景には涙が出そうだ。

 ギルドのメンバーにも、ブルー・プラネットにも、モモンガにも見せたくなる……そんな独り占めするにはもったいない貴重な体験であった。

 

(いや、私はもうギルドメンバーとは言えないな。アインズ・ウール・ゴウンの一員なんて、そんな資格とっくに無くなっているんだ。モモンガさんもそう思っているはずだよ、きっと……)

 

 高揚し掛けた自分の心を落ち着かせ、パナップは歩き続けた。

 清々しい朝の空気が周囲に満ち溢れ、元気な鳥達の鳴き声が響いてくる。ゲーム世界では感じ得なかった清らかな大地の匂いを思うまま吸い込み、静かに吐き出した。

 この場所は――いや、この世界は美しい。

 事此処に至ってパナップは理解した。現実世界の地球にこんな場所は無い。薄々感じていながらも認めたくは無かったが、完全に異なる世界のようだ。

 一歩一歩足を進めるごとに実感する。

 呼吸を繰り返すたびに思い知る。

 もしかしたら現実世界の何処かに複合企業体が造り上げた自然の楽園が存在するのかも――と最初は思っていたが、数キロを歩き、それ以上の範囲を知覚した結果、今まで見た事も無い美しい自然と多様な生物群、そして監視及び管理するシステムが全く存在しない現状を前にして全てを受け入れるしかなかった。

 

「はぁ、違う世界。異世界ってヤツかな~。いやいや、実は死後の世界とか? ユグドラシル終了と同時に何かの拍子で死亡して、ゲーム内容を引きずったまま天国に来ちゃったとか? あはは、神様もびっくりだよね~」

 

 何だか気分が暗くなってきたのでおどけてみたが、こんな状況では誰も突っ込んでくれない。次は突っ込み属性を持つ天使でも召喚してみようかと、妙な決心を固めていたパナップだが……。

 

「おお、生き物だ。……人間が居るよ」

 

 見も知らぬ場所に化け物として放り込まれて以降、初めて出会う人間である。本来なら全力で駆け寄って抱き付きたいぐらいの心情なのだが、『空の目(スカイ・アイ)』によって得られた情報がそれを許してはくれない。

 

(ど、どう見ても日本人じゃない。ってか身に着けている衣服が……あれってユグドラシルのNPC? いや、ユグドラシルが中世ヨーロッパの衣服を参考にしているのか? だったらあの人達は……)

 

 パナップが特殊技術(スキル)を用いて覗き見ていた老若男女は、これから毎朝恒例の畑仕事にでも行くような軽装だ。各々鍬や鎌などを手にしているのだから間違いはないと思うのだが、パナップ自身畑仕事をしたことが無いので想像の域を出ない。

 村人なのか街人なのか――それは分からないが、彼の者達の服装はいわゆる布の服だ。工場で機械が作った化学合成品ではなく、植物や蚕の吐く糸を原料として人が織った衣服である。肩口のほつれ具合からしてそれほど高価なものでもないのだろうが、リアルに於いては博物館に飾られる逸品になるかもしれない。

 

「ん~、私と同じ境遇ではなさそう。戸惑っている気配もないし、環境に馴染んでいるし……。むぬぬぅ、違和感無さ過ぎだよ!」

 

 出会った人間はこの場の環境に即した人達だった。それも時代は中世――いやファンタジーと言った方が正解だろうか。どう見ても電気・ガス・水道・ネットなどのライフラインが整った生活を送っているようには見えない。

 

(この世界の人達って事かな? となると増々嫌な予感がしてくる。私と同じユグドラシルからこの場所に来た人っているのかな?)

 

 パナップは歩みを止めず人が居る方向へ進み続けた。もう目印となる明かりは消されてしまっているが、溢れ出てきた人の流れが街の存在を教えてくれる。このまま真っ直ぐ行けば問題なくたどり着けるだろう。

 ついでと言っては何だが、特殊技術(スキル)を用いて出会った人間の強さを調べてみる。

 

「ふ~ん、ユグドラシルの時とは違ってステータスとか数値表示は無いのかぁ。体の周囲を覆うオーラみたいなモノの大きさと色合い、後は感覚みたいなものかな?」

 

 偵察特化型のパナップが用いる特殊技術(スキル)は相手の能力を隅々まで調べ尽くすものではあるが、この世界に於いては少々色合いが違うようだ。

 HPやMPは身に纏うオーラで表現され、種族や職業スキルに関しては意識の奥で感じ取るような仕組みになっている。各ステータスに関しても同じようなものだ。

 

「表示された項目を読まなくてイイのは便利だけど……、見ただけで相手の強さを感じ取れるって――何だかカッコいいかも」

 

 こんな時に変な病気を発病させているのはいただけないが、今の状況に適応してきたのだと思えば問題ないだろう。

 そう――目視出来るほどの距離に近づいた人間達が一斉に離れていっているのは、決してパナップがニヤニヤしているからではない。何か他に原因があるはずだ。……忘れ物を取りに帰ったとか。

 

(なんだろ? みんな走って離れていくけど、フィールドボスでも出現したのかな? 辺りに居るのは野ウサギとか大きめのネズミぐらいだし……)

 

 パナップの監視範囲は異常なぐらい広く、そして精密だ。危険なモンスターが出現したのなら即座に発見できる。故に何の問題もないはずだ。

 

「ふっふ~ん、街はっけ~ん。ユグドラシルの最初の街より小さいけど、結構綺麗で整った都市だね~。実物として目にできるのは結構感動しちゃうかも」

 

 大きな門に行き交う馬車、槍を持った衛兵らしき人間。その奥には煉瓦で建築されたかのような建物が数多く建ち並び、露店の準備を始めている商人らしき人の姿も見える。

 パナップは最初の頃に感じていた不安や孤独感をどこかに置き忘れてきたかのように、目の前の光景を純粋に楽しんでいた。

 

「これが街、これが人間! 何所を見てもNPCの動きじゃない! 凄いよヘロヘロさん! 貴方が過労死するほどAIに手を加えても、絶対不可能な挙動の人間が千人以上も居るよ! あははは」

 

「そこの亜人! 止まれ!!」

 

「――え?」

 

 はしゃいでいたパナップの前には槍の穂先が向けられていた。その数十一。槍を手にしているのは先ほど目にした衛兵達だ。動物の皮をなめした革鎧のようなものを身に着けており、その表情は緊張で塗り固められ、発する言葉には強い警戒心が感じられた。

 

「貴様は何者だ?! 背中の羽は本物なのか?! 何処から来た! いや、まずは背負っている武器を下ろせ!」

 

「ちょっ、ちょっと! え? 日本語? 何で言葉が通じるの? ここって日本なの?」

 

「抵抗する気か! 命令に従わない場合は即座に攻撃するぞ!!」

「冒険者はまだか?! 早くしないと危険だぞ!」

「此奴は何の種族なんだ? 鳥人間か? 魔法は使えるのか? もう少し距離を取るべきじゃないか?!」

「駄目だ! 先手を取られる前に攻撃しよう!」

「両手を見えるように前へ出せ! そのまま跪くんだ!!」

 

 パニックになり掛けていたパナップだが、自分より狼狽えている生き物を見ると却って冷静になってしまう。どうやら周囲の人間どもが化け物でも襲撃してきたかのように警戒心を露わにしていたのは、黒い羽を持った如何にも怪しい亜人が自然な感じで街へ近付いていたからのようだ。

 少しでも疑問をもって視線を探るなり会話を盗み聞くなりしていれば早々に分かった事であろうに……。当たり前のように馴染みの街を利用していたユグドラシル時代の癖が出たのだろうか?

 

「そういえば異形種だと入れない街もあったっけ? そんな設定すっかり忘れちゃったよねぇ。失敗失敗……って此処ユグドラシルじゃないし!」

 

「何を言っている! 抵抗するなら此方にも考えがあるぞ!」

「全員構えっ! 油断するなよ!」

 

「むぅ~、なんでそんなに怒ってるのよ! 私悪いことしてないでしょ!」

 

 言葉が通じる事に安堵するものの、怒鳴られ続けるのはなんだか理不尽だ。ユグドラシルの時とは違い――表情や仕草、視線の圧迫感、四肢に込められた力の入り具合で相手の挙動がダイレクトに感じられるが故に――より一層苛立ちが募る。

 まさに現実の迫力だ。相手の匂いまで感じられる距離感が、ゲームの世界観をぶち壊す。

 でも――危険だとは思わない。

 逃げ出さなければ、とも思わない。

 それは何故なのか? ――そう、目の前の生き物が弱過ぎるからだ。

 

(うむむ、レベルで言うなら一桁かなぁ? すっごい弱いけど……これって大丈夫? 世界が違うのは、まぁ受け止めたけど……。こんな弱さで私みたいのが暴れたらどうするんだろ?)

 

 ゲームではない事を理解し、世界が違う事を受け入れた。それでも相手の極端な弱さに戸惑いを覚える。更に言うなら、そんな生き物を――目の前にいる十一人の衛兵達を簡単に皆殺しに出来そうな自分の思考にも怖さを感じていた。

 

(こ、これは危ない、今の私は危険だ! 人間を殺す事に何の忌避感も無い! まさか心の中まで堕天使になっちゃったの?)

 

「皆さん落ち着いて下さい! 後は我々に……いえ、私に任せて引いて下さい!」

 

 門を走り抜けてきた人物は、まるで光り輝く神秘の乙女とでも言うべき金髪美女であった。着用している全身鎧は白銀と金で形成されたかのような輝きを放ち、数多のユニコーンが刻み込まれている。手にしている大剣はバスタードソードであろうか、柄頭のブラックサファイヤと漆黒の夜空を連想させる刀身から察するに全身鎧同様、魔法の品だと思われるが……。

 

「衛兵の皆さんは門まで引いて下さい。冒険者の方々はその前で待機。後は『蒼の薔薇』が受け持ちます」

 

「御一人では危険ですアインドラ様! 他の方々はどうされたのです?! 相手は武装した亜人ですし我々も――」

 

「大丈夫です! 私の指示に従って下さい!」

 

 衛兵を掻き分けて先頭に出てきた美女は矢継ぎ早に指示を下し、十一名の衛兵と慌てて武装を整えてきたらしき傭兵のような集団を動かす。

 見たところ美貌だけでなく、実力・装備品共に他の集団とは段階が異なっているようだ。身に纏う高貴な仕草も相まって、別世界の住人であるかのように思えてしまう。

 

(あぁ、良かった~。やっぱり私と同じ目に遭っている人が居たよ~)

 

 現実離れした美しさに、これ見よがしなマジックアイテム。パナップの目に映る気が強そうな一人の女性は、どこからどう見てもユグドラシルのプレイヤーそのモノであった。

 

「えっと……あの~」

 

「少しお待ち下さい。最初に聞いておかなければならない事があります。……貴方はこの街と其処に住む人達へ、危害を加える気はありますか?」

 

「はえ? いや、な、ないです。全然無いです!」

 

 パナップとしては話を聞きたいだけだ。元より何かをするつもりは無いし、中身は唯の日本人OLなのだから犯罪行為を行おうとする考えすら持っていない。無論、目の前の人間みたいな生き物を殺す事が犯罪になるのか――と感覚がオカシイ事になっているのは口に出さないが……。

 

「それは良かった。……申し遅れました、私の名はラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』を率いております」

 

「あ、はい。私は……えっと、パナップと言います。ん~、『あおのバラ』ってところのギルド長なんですか? あ、いや、それより此処って何処なのか分かります? 私にはさっぱり訳が分からなくって……」

 

 パナップはごく自然に――ユグドラシル時代同様、プレイヤーである事を前提とした態度で問い掛けた。これでようやく謎の一端が垣間見え、止まっていた思考に光が差し込むと期待して。

 

「あの……仰っている意味がよく分からないのですが、此処が何処かと言うのでしたら……、リ・エスティーゼ王国のエ・レエブルという街なのですが……」

 

「り? えす? いや、街の名前じゃなくて――やっぱり違う世界なんでしょうか? 魔法とか特殊技術(スキル)とか、羽まで生えてるし……。ユグドラシルじゃないですよね」

 

「え?」

「あれ?」

 

 あまりにも噛み合わない会話に、パナップは思わず金髪美女の顔を正面から見つめてしまうが――見つめたこっちが照れてしまうほどの造形美だ。リアルな肉感が感じられるのにユグドラシルのアバターより美しく見えるのは、実際に生きているという気配からか、それとも身に纏う高貴なオーラからか。

 パナップはこの時、生きている人間の美しさとはデジタルに勝るものなのだと初めて実感していた。とは言え、今は見惚れている場合ではない。

 

「ま、まさかとは思うけど……貴方ってユグドラシルのプレイヤーじゃないの?」

 

「なっ!? ち、ちょっと待ってください! 今『ぷれいやー』と言いましたか?」

 

「言ったけど、その反応って……。うわ~、嘘でしょ。それだけ美形でマジックアイテム着込んでおいて違うって――どゆこと?」

 

 理解しがたい現実を前にしてパナップは頭を抱えてしまう。対して、そんな亜人の様子を目にしていたラキュースと名乗る美しい女性は、得体の知れない化け物から離れるかのように後ずさりしていた。

 黒い羽を持った亜人が衛兵と揉めている、と聞いて近くに居た(ゴールド)級冒険者と共に南門へ駆けつけ、争いになる前に亜人を逃がそうとしていたはずが、想像の域を超えておかしな方向へと動いている。

 

 ラキュースは呼吸を整え、覚悟を決めて行動へと移った。

 

「衛兵の方々はそのまま門の警護を! 冒険者もそのままでお願いします。私はこの方と大事な話がありますので少し離れますが、何の心配もいりません。いいですか、そのままでお願いしますね!」

 

「はぁ、分かりました。貴方がそうおっしゃるなら……」

「ほんとに一人で大丈夫ですかい? 何かあったらすぐに向かいますよ」

 

 立場の差か実力の差か、一人の若くて美しい女性を前にして異を唱える者はいなかった。

 パナップは自分の腕を掴んで街から離れようとする女性に抵抗することなく従うが、その行為が何を意味するのかさっぱり分からない。

 危害を加えるつもりでないのは感覚で分かる。

 相手の実力がカンストプレイヤーには程遠い低レベルであること事も、パナップ自身特殊技術(スキル)で確認していたので危機感も無い。と言うかユグドラシル最終日の光景を思い浮かべて、めちゃくちゃなレベルダウン行為を行っていたプレイヤーなんだろう――と勝手に想像していたぐらいだ。

 

(はぁ~、これからどうしよう。どうしたらいいんだろ?)

 

 分からない現実は、やっぱり分からないままであった。パナップの周囲は未知で覆い尽くされ、その先は言い知れぬ不安が待ち構えている。

 未知を既知にするのがユグドラシルの本質であったが、実際リアルな世界で体感すると一寸先は闇と言うか――恐怖ばかりが募ってしまう。

 




やったね!
比較的マトモな部類の人だよ。
これで悲劇とはオサラバだね!

(7/7 誤字報告を貰いましたがよく分かりませんでした。申し訳ありません)

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