堕天使のちょこっとした冒険   作:コトリュウ

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森の中には恐ろしい主がいっぱい。

南の賢王。
西の魔蛇。
東の巨人。

では……北は?
北には何者が居たのでしょうか?


異世界-11

 森の中は、確かに森だった。

 見た事も無い自然のオンパレード、清らかな空気も木洩れ日も、朝露が零れ落ちるその瞬間も――パナにとっては興奮冷めやらぬ奇跡の光景であった。

 ブルー・プラネットが異世界に来ているのなら、間違いなくこの大森林に籠っている事だろう。草花はもちろん、小さな虫の生態などを詳細に調べ上げるまで、何百年も森の中をうろついているに違いない。

 

「はぁ、凄いな~。其処ら中に生き物の気配を感じるよ。まるでこの森林自体が大きな生き物であるかのような……そんな気さえしてくる」

 

「ふむ、ただの森にそこまで感動するものかのぉ。今まで一度も見た事が無いという訳でも無いだろうに、……足場の悪い森の中を手慣れた感じで進んでおるしの」

 

 リグリットの言うようにパナの足取りは軽く、人が通る事を前提としていない森の中でも草原を歩くが如くである。

 無論、パナが持つ職業(クラス)の中に野伏(レンジャー)盗賊(シーフ)が入っているからなのだが、手慣れた感じで森の中を歩く人物が森の景色を珍しがっている様は、誰が見ても奇妙なものだろう。

 まぁ、リグリットは現実世界の自然が壊滅状態なのを知らないので、仕方のない事かもしれない。

 

「ん~、リグリットさ~ん。もう少しで白金(プラチナ)級冒険者が襲われたって言ってた場所かな? 色々森の中には似つかわしくない物品が落ちているけど」

 

「ほ~、中々良い目をしとるのぉ。儂もまだまだ若いもんには負けんと思っておったが、寄る年波には勝てんのぉ。やれやれじゃて」

 

 なんか年寄感出し過ぎでしょ――っと突っ込みつつ、パナは周囲に散らばる鎧の破片、血痕、そして獣に食い散らかされた残骸について調べ始めた。

 普通なら目を背けてしまう惨状なのだが、パナは何とも思わない。ただ気持ち悪いな~とか、手に付いたら嫌だな~とか、臭いから風上に行こう――なんて思考が浮かぶだけだ。命を落とした冒険者達を憐れむ感情なんて微塵も無い。

 リグリットからすれば、人類の敵ではないと判断した己の決断を今一度修正したくなる――そんな冷徹な行動であり対応だった。

 出来る事なら死した冒険者をモノではなくヒトとして扱って欲しいのだが、それは贅沢な望みであろうか?

 

「ぬ~ん、何か分かるかと思ったけど……さっぱり分かんない。遺留品を探ったら『なるほど、そういう事か』って真相が閃くかと思ったのに~」

 

「お前さんは……何やっとんのじゃ? ……やれやれ、ここは儂が見るとしようかのぉ」

 

 事件現場なんぞ見た事も無いし探偵の真似事なんかした事も無い。それなのに事の真相を掴めると思ったのは何故なのか? それは至極簡単な理由である。パナは強力な特殊技術(スキル)を当たり前のように使用できる事から、完全に調子に乗っていたのだ。

 冒険者最高峰の『蒼の薔薇』を見て、冒険者ギルドに集まった有象無象の実力を感じて、パナは己の身に宿すプレイヤーの圧倒的な力に少しばかり舞い上がっていたのだろう。

 とは言え、ユグドラシルでは下から数えた方が早い下位序列の存在だったのだから、浮かれる気持ちは分からないでもない。

 

「ほとんど喰われておるから分かりにくいが、魔法による攻撃を受けたのは間違いないのぅ。一部が炭化しておるわ。それと――白金(プラチナ)プレートが二つ、残りは獣の腹の中じゃろうな」

 

「おお、リグリットさん警察の鑑識みた――。……ん?」

 

 ケイサツ? カンシキ? とリグリットが首を傾げているその時、パナは何かの異常を見つけたかのように少しだけ身を屈めた。

 

「……なんじゃ? 獣が残り物でも漁りに来たか?」

 

 リグリットはパナの傍に身を寄せ小声で状況を聞く。と言ってもリグリット自身、周囲の気配を読み取る事にかけてはそれなりの技術を持っているのだが……。

 

「此処から東に八百メートルほど先、人型で動いている生命反応の無い存在が居ます。どうします?」

 

「人型で動いとるのに生命反応が無いじゃと? いやそれより、八百メートルもの先の状況が分かるというのか? 此処は森の中じゃぞ」

 

 人が管理している森なら――それでも八百メートルは不可能だろうが――何かの偶然で見える事が有るかもしれない。しかしここは天然の大森林だ。十メートル先でも何が居るか分からないだろう。ましてやそれが人型だとか挙動がどうとか、更には生命の反応があるかなんてどうやって知り得ると言うのだろうか。

 戦闘に関するプレイヤーの凄さは嫌というほど知っていたリグリットだが、パナの能力に関しては別口の驚きを覚えてしまう。探知に長けた存在なら古い友人の中に居ない事も無いのだが、鬱蒼と生い茂る森の状況、八百メートルもの遠方、形状と挙動に生命反応――どれか一つならともかく全てを知り得るのは、はっきり言って竜王(ドラゴンロード)でも不可能だ。

 リグリットは、自分でも誤魔化しようのない警戒すべき領域である――とパナの能力を恐れずにはいられなかった。

 無論、パナが『それのみに特化』しているとはまったく知らないし、想定もしていないのだが。

 

「ん~、向こうは一人、まだこっちの存在には気付いていないようだね。森の中で何かを探しているみたいにウロウロしているけど……どうするの?」

 

「生命反応が無いという事はアンデッドかのぉ? 人型ならゾンビかスケルトン。今回の白金(プラチナ)級冒険者襲撃とは無関係な気もするが……、ともかく確認してみるとしようかの」

 

「りょ~うかいだよ!」

 

 シュタッ! ――と何処ぞの宝物殿守護者みたいな敬礼をし、パナは素早く森の奥へ踏み出した。その動きは信じられないほど優雅で繊細、周囲の枝葉を揺らす事も無く、足音すら発しない。

 後に続くリグリットとしては、この状態で背後に回られたら終わりじゃな――っと警戒心ばかりが募ってしまう。

 

「え~っと、なんだか若い女の子みたいだね。年齢は十代半ばぐらいかな? 邪神を崇める宗教団体が着ていそうな黒いローブを身に付けていて武装は無し。こんな物騒な森の中で手ぶらって……返って怪しいね~。あ、ちなみに肩まで伸びている栗色のサラサラヘアーが特徴的な美人さんだよ」

 

「容姿はどうでもイイわい。問題なのは一級の冒険者が餌になるような森の奥で、平然と歩き回っていられる理由じゃ。もしかすると……儂らが捜している標的かもしれんな」

 

 対象との距離が近付き、慎重に歩を進める中、パナは能天気に情報を収集し――リグリットは緊張感を高めながら腰の剣を抜く。

 未だ相手には気付かれていない。

 パナは当然だが、リグリットも極めて高い隠密能力の持ち主なのであろう。これなら相手がドラゴンであろうと、探知を掻い潜って近付けるかもしれない。

 

「(それでどうするの? 私としては、いきなり斬りかかるのは嫌なんだけど。なんだか困っている様子だし……)」

 

「(相手は白金(プラチナ)級を壊滅させるモンスターかもしれんのじゃぞ。此処は先手必勝で腕の一本ぐらい叩き落とすべきじゃろうて)」

 

「(ちょっとちょっと、全然関係のない人だったらどうするの? 間違ってましたじゃ済まないよ。暴力反対、絶対ダメ)」

 

 るし★ふぁーさんじゃあるまいし――とパナは誰にも聞こえないように呟くと、リグリットの制止を振り切って飛び出した。

 しかしこの判断は誤っていたと言えるだろう。

 猛獣蠢く森の中、手練れ冒険者の無残な死体、生命反応の無い彷徨う人型娘。これだけ条件が揃って不意打ちを仕掛けないなんて、命のやり取りをしている冒険者にとって有り得ない行為だ。一つの判断ミスが死に繋がるこの世界に於いて、パナはまだまだ甘ちゃんの素人に過ぎないという事だろう。

 この場合、相手が無関係な一般人(アンデッド)であっても問題ないのだ。現地は危険渦巻く森の中、一寸先は闇。自分が死ぬ事に比べたら、間違いだろうと何だろうと標的を殺すつもりで襲撃するのが最適解である。

 故にパナのお粗末で短絡的な思考には、リグリットも二の句が継げない。どれ程特異な能力を身に宿していても、思考が一般人のままでは宝の持ち腐れという事だ。

 

「こんにちは~、何か困っているの? 手伝おうか?」

 

「――ひいっ!!」

 

 森の木陰(こかげ)から突然人が現れたなら、瞬間的に身を護ろうとするだろう。

 黒ローブの娘からしてみれば、驚きのあまり咄嗟に攻撃してしまうのも当然と言える。周囲を警戒していなかった訳でもないのに、まったく存在を感知出来ず、至近距離まで接近を許してしまったのだ。片手に集めた魔力の玉を、目の前に現れた田舎娘の顔面目掛けて思いっきり投げつけてしまうのは仕方のない事かもしれない。

 

「ぉぶほっ! ――っと此れがダメージかぁ。ちょっとチクチクする……ん~、こんな事ならモモンガさんみたいに上位物理無効化の常時発動型特殊技術(パッシブスキル)を取っておけば良かったかな~? 物理ダメージ軽減は恒常的にダメージを減少させるだけでゼロにはならないし、うむむ」

 

「えっ? あれ? どうして?」

 

 戸惑うローブ娘の前では、ブツブツと独り言を呟く田舎娘が居るだけだ。

 放った魔力の玉で顔がふっ飛んではいないし、血を吹き上げて倒れ込んでも居ない。まるで何事も無かったかのように、男の娘にはやっぱりミニスカートだろうけどメイド服もジャスティスだよね~っとでも語るかのように、意味不明な言葉を紡ぎ続けている。

 

「貴方……誰ですか? あの人達の仲間?! また私を襲うつもりなら――」

 

「ちょっと待たんか! 儂らに敵意は無い! 落ち着いて現状を把握してくれんか!」

 

 パナに続いて飛び出してきた老婆リグリットは腰の剣を鞘へ戻し、両の手のひらを相手に向けながら危険性が無い事をアピールしていた。

 

「嘘を吐かないで下さい! 貴方達の仲間は、私の話なんかまったく無視して斬りかかってきたでしょ!」

 

「仲間? 誰の事だろ? って君は……んん? ふへ~、ヴァンパイアなんだね~。こっちの世界で二人目だよ、でも――顔面偏差値高くない? ヴァンパイアって言えば醜悪なモンスターってのが定番なのに~、なんかズルい!」

 

「何言っとんじゃお主は?」

 

 限界ギリギリの警戒心で迎え撃ってくる黒ローブの娘に対し、パナは散歩でもしているかのように呑気な口調で話しかけている。リグリットが頭を抱えるのも仕方のない事であろう。

 

「む~、この世界の神様はバードマンなのかな? ヴァンパイアだけ贔屓して可愛くなるようにしているのかも? ぺロ先輩ならやりそうだな~」

 

「ちょっと其処の貴方! 私が魔法を使えるって分かっているのですか?! 次は怪我じゃ済みませんよ!」

 

 ローブ娘は右手を高く掲げ、その先に魔力の玉を形成する。今度の玉は先ほどより一回り大きく、内包された魔力の量も段違いのようだが……。

 

「ねぇ、それって魔法なの? 魔力は感じるけど魔法の矢(マジック・アロー)でも無いし、私の知らないヤツかなぁ。――まっいいや、当てても構わないよ。私いま色々と実験中なの」

 

「お主正気かっ!」

「貴方が悪いんですからね! 私を恨まないで下さいよ!!」

 

 リグリットはその場から飛び逃げ、ローブ娘は言い訳がましい台詞と共に魔力の玉を投げ放つ。玉が向かう先はパナの顔面――しかしパナは左手を射線上に滑り込ませると、人間一人を軽く粉微塵に出来そうな魔力の塊を一息で握りつぶした。

 

「ふ~ん、特殊技術(スキル)で分かってはいたけど、やっぱり第四位階程度の威力だね。でもただの魔力の塊を投げるだけの魔法って……聞いたことないなぁ」

 

「あぁ、う……そ、片手で……握り潰した? ばけ……もの……」

 

 急激に失われた魔力の喪失感からか、それとも信じられない光景を目の当たりにしたからか、黒ローブのヴァンパイアはその場でぺたんとへたり込むと、戦意を喪失したかのように嗚咽を漏らす。

 

「ちょっとちょっと、なんで泣くの?! 人の事化け物扱いするし――君はヴァンパイアでしょ?」

 

「いや、今のは立派に人外の所業じゃぞ。そっちの嬢ちゃんに同情したくなるわい」

 

 葉っぱ塗れのまま藪から出てきたリグリットは、似たような光景を二百年前にも見たような――と思いつつも、気を取り直してヴァンパイアの娘ににじり寄る。

 ヴァンパイアは危険なモンスターだ。

 高速治癒に魅了の魔眼、吸血による下位種の創造など厄介な特殊能力を備えている。それでも白金(プラチナ)級冒険者なら対抗できる、出来た筈の存在だ。ただそれは――ヴァンパイアが魔法を使わなければの話である。

 

「確定じゃな。このヴァンパイアが探していた脅威じゃろう。トブの大森林にヴァンパイアが居たとは初耳じゃが、どこか別の場所から移動してきたのか……」

 

「……ぅぐ、わ、私は……何十年も前から此処に居ます。でも妹が、今にも死にそうなんです! だからっ、助けてもらおうと出会った冒険者の方に、丁寧に、話しかけたのに! いきなり斬りかかってきて――」

 

「うわ~、生き残りの冒険者は何も見てないって話だったのに、嘘吐いてたんだねぇ。……まっそれはそうとして、こんな綺麗な子に問答無用で斬りかかるなんて――ホントさいて~。話ぐらい聞いてあげればイイのにぃ~」

 

 私怒ってます――と言わんばかりに腕を組んでリグリットへ視線を飛ばすパナであったが、歴戦の老婆から返ってきたのは怒りを込めた正論であった。

 

「馬鹿もんが、相手がヴァンパイアなら即座に斬り殺す――それが当然じゃわい。しかも妹じゃと? 同情を誘うような話を持ち出してきた時点で、騙し討ちを想定しておけと言っておるようなもんじゃ。冒険者としては基本中の基本じゃろうて……。ただ、殺された冒険者達に非があるとすれば、相手の実力を見誤ったことぐらいじゃろうな」

 

「えっ? そういうものなの? うむむ、なんだかな~」

 

「待って下さい! 同情を誘う為の作り話ではありません。妹は狂ったトレントと戦って重傷を負ったんです。ヴァンパイアとしての自己治癒でも回復できず、今にも死にそうなんです!」

 

「狂ったトレント……じゃと?」

 

 ヴァンパイアがもう一体存在する――其れは其れで大きな問題だが、リグリットとしては聞き逃せない発言が其処にはあった。

 腰を落とし、ローブ娘の真っ赤な瞳を見据えつつ、核心に迫る。

 

「今狂ったトレントと言ったな! どんな姿じゃった?! 大きさは? 色は? 強さはどの程度じゃった?!」

 

「あ、あの、その――」

 

「リグリットさん? どしたの? ちょっと怖いんだけど……」

 

 ヴァンパイアをビビらせる老婆と言うのは珍しい事この上ない。とは言え、厳しい口調からは只ならぬ事態が発生しているのだと読み取れる。もちろんパナには何が何だか分からないし、理解できない。

 

「ああ、もう良い! 襲われたというお主の妹は何処じゃ! 傷口を直接見た方が早いわ! さっさと案内せんか! お主の妹は死にかけとるんじゃろ? 此処で座り込んどる場合か!」

 

「は、はい! こっちです!」

 

「もぉ~、なんなの~?」

 

 ヴァンパイアの娘を急かして森の奥へ突き進むリグリットの思惑は、素人娘のパナに理解できるものではない。

 何か焦っているのは分かる。とんでもない緊急事態が迫っているようにも感じる。だけどパナの索敵範囲の中には、危険を感じるような敵は特に存在しない。

 先程狂ったトレントというモンスターらしき名称を口にしていたが、パナには心当たりが無いし、植物系のモンスターに何を警戒するというのだろうか? 百科事典(エンサイクロペディア)を漁れば何か見つかるかもしれないが、面倒臭いので後回しにしたいところである。

 

(こんな時、モモンガさんが居てくれたらなぁ。モンスターの特徴とか弱点とか即座に教えてくれるんだけどな~)

 

 森の中を気楽に走るパナは、頼りになる仲間の存在を頭に思い浮かべては――傍に居ないことを惜しんでいた。だが実際のところ、仲間が優秀過ぎて頼り切っていたからこそ、パナが自分で考えるべき事を考えず、学ぶべき事を学ばなかったのだが……。

 甘やかされてきたツケが、異世界に於いて廻ってきたということであろう。

 




『歪んだ』トレントは、被害者側からすると『狂った』トレントに見えるそうな。
まぁ、おかしなトレントには違いないから別にイイかな?

どうせ何処かの守護者様一同が派手に倒してくれるから問題ないよね。
出来る事ならその時、骸骨魔王様と一緒にクリスマスツリーを眺めていたいものですけど……。

いや、苦しみ増すツリーだから返って酷い目に遭うのかも……。

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