堕天使のちょこっとした冒険   作:コトリュウ

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【前回までのあらすじ】

森の奥には沼があり、
綺麗なお姉さんが住んでいました。

「むふふ、まずはフラグを立てるとしようかな」

かっこ可愛い妹も居ました。

「姉妹……だと? 一度に両者攻略か? それとも……」

「……何やってんですか? ペロ先輩。茶釜さんに言いつけますよ」

「あれ? なんでパナっちがエロゲーの中に? お前なんか攻略対象じゃねーぞ」

「死にさらせ! エロバードマン!!」


異世界-12

「――ん? リグリットさーん、前方に大きな沼があるよー。それとー、沼の近くで誰か寝っ転がっているけどー、これが妹さんかな~?」

 

「沼じゃと? そんなに奥まで入って来とったか――まぁ仕方ないの。パナ殿! そのまま周囲の警戒を頼むぞ!」

 

「は~い」

 

 物凄い速さで生い茂る森の中を疾走していた三人組は、ほとんど人が入り込まないような未開の地まで辿り着いていたようだ。トブの大森林の奥に沼地が存在するのは知識でのみ知り得ていたが、リグリット自身これ程の深層まで足を踏み入れるのは実に久しぶりの事であり、昔の記憶も経験もこの場では役に立ちそうもない。

 

「此方です、付いてきて下さい」

 

 ヴァンパイアの娘は沼のほとりに組み上げられたあばら屋に近づくと、中に入ろうとはせず裏手へと歩を進める。

 

「沼地に潜むヴァンパイア……か。それも姉妹じゃと? ……もしやお前さん達は『沼地の双子魔女』と呼ばれとる輩か?」

 

「……私と妹は確かに双子ですけど、何て呼ばれているかなんて知りません。それに私は魔女じゃありません」

 

「いやいや、その真っ黒なローブで魔力の玉を投げ付けてきたじゃない。十分魔女っぽいと思うよ」

 

 パナの軽い突っ込みに――人を殺害しようとした自責の念に駆られたのか、ヴァンパイアの娘は俯いたまま無言になってしまった。パナとしてはそんなつもりではなかったと思うのだが……、これが無自覚の暴力というヤツなのだろうか。

 

「リグリットさんはその双子魔女の事を誰から聞いたの? ラキュースさん達?」

 

「いいや、儂の古い友人が教えてくれたんじゃが……。其奴は木の妖精(ドライアード)から聞いたと言っておった。本当かどうか、儂はまったく信用しとらんかったが……」

 

「――皆さん、私の……妹です。どうか……、どうかお願いです! 助けて下さい!」

 

 あばら屋の裏手で寝かされていたのは、確かに此処まで案内してくれたヴァンパイア娘の妹らしく、同じような容姿の女性であった。ただ髪は姉と同じ栗色でも耳を覆う程度に短く、所々跳ねていてクセッ毛のようだ。背丈は似ているが、心なしか妹の方が頑強で逞しく見える。

 そして一番の違いが――体中に開けられた大きな穴だ。

 拳大のドリルでもぶち込まれたのか、太ももや二の腕、はては腹部に数か所。人間であったなら間違いなく、あの世逝きのクリティカルダメージであろう。

 

「この抉り抜いた傷穴……やはり魔樹の眷属じゃな。こんなところまで手を伸ばしてくるとはっ、復活間近で活性化しておるということか! これはイカン! 王国だけの問題ではないぞ!」

「え?! なに? リグリットさんどうしたの?」

「お願いです! 妹を助けて下さい! 森の中を探し回っても、ヴァンパイアに有効な薬草なんか無かったんです!!」

 

 死にかけのヴァンパイアを前にして、リグリットは自分にしか分からない危機感を募らせ、パナは何をしてイイか分からずワタワタし、姉のヴァンパイアはパナにしがみ付いてひたすら助力を乞うていた。

 三者三様で全くかみ合っていないこの状況は、傍から見ると酷く滑稽なものであっただろう。しかしパナ以外の二人は、世界の危機に直面しているかのように真剣だ。だからこそ互いの都合など知った事ではないのだろう。特に妹を失い掛けている姉としては、自らの身を投げ打ってでも何らかの希望を掴み取ろうとする有り様だ。

 一人っ子のパナにとっては――とても眩しくて美しい、羨むべき光景である。

 

「ちょっとリグリットさん! 何を興奮しているのか知らないけど、まずその妹さんを何とかするべきじゃないかな? 話を聞けば色々と詳しい情報を貰えると思うんだけど」

 

「そんな事をしておる場合じゃ――くそっ、伝言(メッセージ)が繋がらん! 森の中じゃからか? 距離がある所為か?」

 

 まるで聞く耳を持たない老婆の有り様には眉を顰めたくなるものだが、現時点で正しい情報を得ているのはリグリットだけなのだから仕方がない。まさか世界の終焉へと繋がる重大情報をこんな森の中で得てしまうなんて、何処の誰が思うだろうか? 数百年を生きる英雄であっても狼狽せずにはいられない。

 

「落ち着いてリグリットさん! 何かあったら私が協力するから! 大丈夫だよ、私プレイヤーなんだから、レベル百は伊達じゃないってとこ見せちゃうよ!」

 

「……おお、……そうか、そ、そうじゃったな。――なんという幸運じゃ、これは偶然なのか、運命なのか……」

 

 よろけるように片膝をつくリグリットは、ようやく落ち着きを取り戻したようだ。胸を張るパナを見つめては頷き、瀕死の妹を抱きしめながら泣き続けている姉の様子を軽く窺っては呼吸を整える。

 

「ふぅ、想定より早まっていたのには驚いたが、まだ希望はあるようじゃな。よし、まずは情報収集じゃ。其処のヴァンパイアをどうにかしようかの」

 

「はいはい、任せて~。私、アンデッド用の最強回復魔法を持ってるの」

 

 アンデッドの扱いならリグリットも手慣れたものだが、ぐいぐい突っ込んでくるパナの勢いには負けそうだ。小声で――モモンガさんの為だけに修得したとか、ちょっとしたダメージでもガンガン使用していたらヘイト稼ぎ過ぎて怒られたとか――なんだかよく分からない事を呟いているのは気にしないでおこう。

 

「いっくよー! 大致死(グレーターリーサル)!!」

 

 放たれた輝きは闇より黒く、そして邪悪だ。通常の生き物であったなら即座に骨と化し、同時に塵となるだろう。それ程までに凶悪で、負のエネルギーに満ちた魔法であった。

 しかしながら負のエネルギーを受けたのがヴァンパイアであったなら、受け取る効果は正反対のものとなる。抉られた四肢の骨肉は即座に埋め戻り、腹に開いた複数の穴でさえ、(まばた)きする間に元通りだ。

 信じられない光景――正にその言葉通りであっただろう。

 プレイヤーと共に戦ったことのあるNPCのリグリットですら、聞いた事のない魔法の発現に目を見開く有り様だ。

 強力な回復魔法の存在は見知っているし、治癒のポーションもいくつか使ったことはある。スレイン法国でも上位の回復魔法は使えるだろう。人体の欠損を瞬時に回復させる現象も珍しくはない。

 ただ――アンデッドに対する上位回復など聞いた事が無い。負のエネルギーを流し込むことで回復するのは周知の事実だが、目前の奔流を『流し込む』と言って良いのだろうか。膨大過ぎるエネルギーが凝縮し、ヴァンパイアの全身を満たす有様は、もはや神々の生命創造と言えるだろう――対象はアンデッドだが。

 リグリットは思う――自らの主、そして十三英雄のリーダー等、知識にあるプレイヤーの数はそれほど多くないが、プレイヤーにも様々なタイプが居るのだと……、まだまだ知らない魔法があるのだと……。

 

「覚悟はしておったが、やはりプレイヤーの御業じゃな。普段の姿が素人娘にしか見えんから返って驚かされるわい」

 

「ああ……、あああぁー!! 有難う御座います! 有難う御座います!! ――もう無理だとっ、駄目なんだとっ、諦めていたんです! 妹が私をかばって狂ったトレントに突っ込んでいったあの時から――、ふっ飛ばされて穴だらけになった妹の身体を見たその時から、絶対助からないと……助かる訳がないと思っていたんです!」

 

 歓喜なのか懺悔なのか、姉のヴァンパイアは――妹の生存を当の昔に諦めていたようだ。それでも森の中を這い回り、出会った冒険者に縋り付き、有り得ない奇跡を探し求めて遂にパナ達へぶち当たった。

 これは気が遠くなるような確率だろう。

 黒羽の堕天使が骸骨魔王と異世界で出会うぐらいに――奇跡的な確率だ。

 

「まぁまぁ、お姉ちゃん落ち着いて。妹さんはもう大丈夫だから、しばらくすれば意識も戻るだろうし、もう泣かないで、ね」

 

「そうじゃな、儂としてもそなたの妹が起きる前に色々聞いておきたい。狂ったトレントの事じゃが……良いかの?」

 

「は……はい……」

 

 ローブの袖口を涙で濡らしたまま、姉のヴァンパイアはリグリットへ向き直る。もはや何も憂うものは無いと言わんばかりの佇まいだ。妹の命さえ無事なら、他はもうどうでも良いのだろう。

 

「そのトレントは……突然森の奥から姿を現し、襲い掛かってきたのです。私も妹も必死に抵抗しましたが、頑強な巨木の身体と無数の鋭い枝槍に防戦一方でした。最後の最後に――相打ちを狙って突っ込んだ妹の攻撃でさえ、胴体部分にヒビを入れるのがやっとで……」

 

「ふむ、その後どうなった?」

 

「はい。トレントはその後、己の負傷に驚いたのか分かりませんが、森の奥へと消えてしまいました。それからは姿を見ていません。私は何とか妹の怪我を治そうと、近くの街まで行くべきか迷って――」

 

「その時に冒険者と出遭ったんだね。んで、妹さんを治してくれるよう頼んだけど問答無用で襲い掛かられた――っと」

 

 話を纏め上げるかのようなパナの言葉に、姉のヴァンパイアは寂しそうに頷く。リグリットにも言われたことだが、襲われて当たり前と言われる己の存在に、深い悲しみと絶望を感じていたのだろう。

 

「私達はただ平和に暮らしていたいだけなのにっ! 村で暮らしていた時もいきなり攫われて儀式の生贄にされるし、ヴァンパイアになってからも追い掛け回されて森へ逃げ込むことになるし、此処では狂ったトレントに襲われて妹は瀕死、挙句の果てに――」

 

「ちょ、ちょっと待たんか! 儀式? 生贄? ヴァンパイアにされたじゃと?! お主何を言っとる?」

 

 濁流のように放たれたヴァンパイアの愚痴――と言うか訴えは、まるで世迷言のようなものであった。この世界ではどんな儀式を行おうと、どんな生贄を用いようともヴァンパイアを生み出すことは出来ない、と一般的には言われている。リグリットですらアンデッド作成で生み出せるのは死霊(レイス)紅骸骨戦士(レッド・スケルトン・ウォリアー)、特殊な条件を整えても骨の竜(スケリトル・ドラゴン)死者の大魔法使い(エルダーリッチ)などが限度である。

 確かにヴァンパイアという存在は、この世界で幾度も出現し、冒険者達と何度も死闘を繰り広げてきた凶悪なモンスターではあるが、今の今まで人が造り出した事例――吸血姫を除いて――は無い。だからこそおかしな発言だ。リグリットとしても聞き逃す訳にはいかない。

 ちなみにパナは「どったの? 何でそんなに興奮してるの?」とキョロキョロしているだけだが……。

 

「どういう事か最初から教えてくれんか? 何があったんじゃ」

 

「私……、私達はずっと昔、小さな村で平和に暮らしていたんです……」

 

 姉の語る内容によると、村で行われる婚礼――表向きは村の娘が貴族に嫁ぐ玉の輿だが、実態は貴族に目をつけられた村娘が愛人にされる――の準備中、黒いローブを着込んだ集団に襲われ、多くの村人が攫われたそうだ。

 男達はほとんど殺され、子供と女性だけが洞窟のような場所で次々と儀式の生贄にされたのだと言う。内容自体は不明だが、当の儀式は失敗続きで死体の山が築かれたそうだ。双子の姉妹は共に生娘で貴重な素体だった為、後回しにされたらしい。死体置き場に運ばれていく友達や親戚、そして母親の遺体を目にしながら、長い間恐怖の中に晒されていたそうな。だが結局、双子姉妹の時も儀式は失敗し、死体置き場に投げ捨てられたのだと言う。

 そう――儀式は失敗したのだ。

 姉妹は死んだはずなのだ。

 しかし姉は死体の山の中で目を覚まし、妹の身体を掴んで必死にその場から逃げ出したとの事。その当時は考えるよりも先に動いていたのだから記憶が曖昧なのも仕方ないが、それでも妹の身体を抱えて昼夜を問わず、山を一つ駆け抜けたと言うのだから恐るべき身体能力だ。

 疑うまでもなく目覚めた時からヴァンパイアであったのだろう。その理屈は分からないが――しばらくして目を覚ました妹も、姉に真っ赤な瞳を見せて驚かせたのだと言う。

 

「一つ聞くが、お主たちは生まれながらの異能(タレント)を持っておったのか?」

 

「え? 生まれながらの異能(タレント)ですか? 噂程度には知っていますが、村では聞いた事が有りません。もちろん私たち姉妹も含めて……」

 

 何か心当たりがあったのか、リグリットが問い掛けるも望んだ答えは得られない。

 

「(インベルンの『転生』と似たような生まれながらの異能(タレント)を持っておったのかもしれんなぁ。しかし黒ローブの集団じゃと? まさか……)村を襲った集団については何か知らんか? 儀式の最中に何か耳にせんかったか?」

 

「えぇっと……、もう百年以上も昔の事なのでおぼろげですが、私達の生き死には全て盟主様の為だと言っていました。それが誰の事なのかは分かりませんが」

 

 姉の言葉にリグリットはごくりと喉を鳴らし、厳しい目つきを更に鋭いものとする。まるで思考の先に怨敵が居るかのように――。

 

「ズーラーノーンか……。あ奴らめ、インベルンの嬢ちゃんを使って国を丸ごと転生の生贄にしたというのに、まだ続けておったのか。ふんっ、しかしざまーみろじゃな。盟主とやらも新しい身体を手に入れ損ねて悔しがっとるじゃろーて」

 

「何のこと? ずーらー?」

 

 リグリットの小さな呟きはパナにとって暗号のように聞こえる。

 初めて聞くような名称だらけで、どこに怒りを覚えるのか、どうして笑みを浮かべるのか、何がなんだかさっぱりである。

 

「ああ、いやなんでもない。……それでお嬢ちゃん、逃げた後はどうしたんじゃ?」

 

「はい……、最初は村や町の中へ逃げ込んだのですが――」

 

 宛も無く逃げ出した姉妹は、落ち着きを取り戻すと手近な村へ助けを求めたそうだ。もちろん赤い瞳や鋭い牙を隠しもしない姉妹の登場に村はパニックとなり、一番近くの町へ冒険者を呼びに行く者、家族を守ろうと襲い掛かってくる者、村から避難しようとする者など――実に多様な反応があったらしい。自分達がヴァンパイアという人外のモンスターになっている、と理解したのもその頃である。

 それからは地獄のような道程だったとの事。

 追いかけてくる冒険者との戦い。

 周囲を取り囲んで捕まえようとしてくる黒ローブ集団との殺し合い。

 今身に着けているローブはその時に奪ったものらしい。微かな魔法の力が働いている御蔭で、全ての服が朽ちてしまった現状に於いてとても重宝しているそうだ。

 ちなみに、パナがローブの裾を捲って確かめたのは言うまでもない。当人曰く、ぺロ先輩とやらの教えらしい。

 

「それで逃げ込んだ先がこの森の中って事なの? ふへ~、この森も結構危険な生き物が居るんでしょ? 思い切ったものだねぇ」

 

「外の方が余程危険です。それに……ここだと周りの人を巻き込まないで済みますから」

 

 ローブの裾を押さえながら語るお姉さんは、遠い昔、実際に誰かを巻き込んで酷い目に遭わせてしまったかのように語る。

 

「まぁ、確かに森の中は危険だったのですが……。あのようなトレントが襲ってくるとは……」

 

「そういえば、リグリットさんはトレントについて知っていたみたいだけど――」

 

「ああ知っとる、戦ったことも有る。……はっきり言って勝てるかどうかも分からん厄介な相手じゃ。しかも一体だけとは限らん」

 

「ええっ、アレが他にも居るのですか?!」

 

 赤い瞳に宿る感情は恐怖であろう。

 姉はヴァンパイアとして人外の肉体を得たにも拘らず、か弱き人間のように身を震わせる。

 

「さらに厄介なのは、本体が別に居るという点じゃ。……本体は人が勝てる存在ではない。復活すれば人の世は終わりじゃろう。とは言え、眷属が動き出した此の時にトブの大森林へ来れたのは幸いじゃった。まだ対策はとれる」

 

 先程は狼狽してしまったリグリットだが、今は何とか落ち着いて頭を働かせることが出来る。

 それもこれも、直ぐ近くに十三英雄のリーダーと同じ――プレイヤーが居るからであろうか? 森に封印された魔樹の復活まで後数ヶ月……または数週間、使える手札が増えたのは喜ばしい限りである。

 

「うっわ~、狂ったトレントが複数に、すっごく強い本体? 嫌だなぁ、私偵察専門なんだけどな~、攻撃魔法だって一つも使えないし……」

 

「なん……じゃと?」

 

 希望を持って立ち上がった瞬間に足払いを食らったような――、リグリットはそんな気分に襲われてしまう。

 コイツは今なんと言った? 攻撃魔法が使えない? 一つも? 百レベルは伊達じゃないと言ったのは、つい先ほどの事だと思っていたが……。

 

「ちょっと待たんかお主! 魔法ならさっき、見た事もない強力なものを使用しておったろうが!」

 

「え? あぁ、あれは信仰系の魔法だよ。知り合いのアンデッドを回復させる為だけに習得したの。だから攻撃に使った事なんてないよ。……ってそういえば、お姉ちゃんの使っていた魔法は何だったの? あの手に魔力の玉を造るヤツ」

 

 激しい温度差を感じる受け答えにくらくらするリグリットだが、そんな様子をパナは気にもしていないようだ。妹を抱きかかえたままの姉に屈み寄り、抱えていた疑問を口にする。

 

「魔法ですか……いえ、実は私、魔法を使えないんです。あの魔力の玉は、見よう見まねで造ってみただけなんです」

 

「なっ、なにそれ?! こっちの世界は見よう見まねであんな事が出来るの? 造ってみただけって、立派な魔法だよ! リグリットさん聞いた? このお姉ちゃん凄い!」

 

「確かに信じ難い事じゃが……、オリジナルの魔法を作成する魔法詠唱者(マジック・キャスター)も居る訳じゃし不可能ではないな。しかし、ヴァンパイアになったからと言って村娘の知識だけで魔力を球体に形成できるとは驚くに値しよう。もしかすると魔法の素質があったのやもしれんな」

 

 魔法は知識と技術の集大成だ。

 どんなに魔法詠唱者(マジック・キャスター)としての素質に溢れようとも、専門的に学ばなければ何一つ魔法は使えない。

 魔法の天才が小さな村の農民として一生を送ることなど、別に珍しい事ではないのだ。魔法詠唱者(マジック・キャスター)の中には、そんな才気溢れる若者を見つけ出して魔法の修業を受けさせようとする者もいるようだが、特別な生まれながらの異能(タレント)でも持っていない限り才能を見分けるのは難しかろう。

 帝国などでは国策として才能のある魔法詠唱者(マジック・キャスター)を集めているとも聞くが……。

 

「へ~、へ~、オリジナル魔法かぁ。イイなイイなぁ。私もオリジナル欲しいな~」

 

「イビルアイにでも聞けばよかろう。あの娘は中々の使い手じゃからな――っとそんなこと言っとる場合ではないわ! ……はぁ、ヴァンパイアの娘よ、お主はこれからどうするつもりじゃ? 森の中に居続けるつもりか? 言っておくが、これからトブの大森林は大変な戦いの中心地になるぞ」

 

 リグリットは姉妹が揃ってから問うつもりだったのだろう。しかし何時までも目覚めない妹の様子にしびれを切らしたようだ。本人は相当焦っているらしく、今すぐにでも森を抜け出して行きたい所があるらしい。

 

「……ですがヴァンパイアの私達には居場所がありません。外へ行けばまたあの黒ローブの集団――は百年ほど経っているので大丈夫でしょうけど、別のトラブルに巻き込まれそうで……」

 

「言っておくが黒ローブの集団、ズーラーノーンは未だ健在じゃぞ。お主たちの事を追っておるかは知らんが、甘い考えは捨てた方が賢明じゃな」

 

「そ、そんな、ではどうすれば……」

 

 トブの大森林北部、人の手が入らぬほどの奥底に広がる大沼、その近くで隠れ潜んでいた双子のヴァンパイア姉妹。

 幸せに暮らして居た村は襲撃を受け壊滅し、攫われた先で儀式の生贄とされて二人とも死亡。そして何の因果か――姉妹共々ヴァンパイアとなって復活し、逃亡の日々を送る事となった。

 怪しげな集団に追われ、冒険者に襲われ、逃げに逃げてトブの大森林へ。

 行くあても無く、頼れる人も無く、将来の展望も無い。ただ頭を低くして身を丸めて、その日その日を過ごすのみ。

 それでも狂ったトレントの標的にされ、妹は瀕死。姉は妹を救う為に奇跡を求めて森の中を這いずり回り、出会った冒険者に懇願するも殺し合いへ発展。悲痛な想いを胸に、アンデッドに効く薬草が無いかと現実逃避のような探索の最中――パナに出会った。

 おかげで妹は助かったが、問題は山済みだ。

 狂ったトレントや本体復活の件を考えれば、トブの大森林に居続けることは出来そうにない。かと言って外に出る事が最適とも思えない。ヴァンパイアが人の街を闊歩するなんて、自ら望んでトラブルを招き寄せているようなものだ。

 

「何処か……人の居ない亜人の国まで行くしか……」

 

 悲壮感を漂わせるヴァンパイアを尻目に、リグリットはイラついた空気を漂わせていた。まるで――お前たちの都合はどうでもイイからさっさと結論を下して行動しろ、儂は急いでやる事が有るんじゃ、と言わんばかりである。

 傍から見ていたパナとしては、復活する本体とやらはそんなに危険な存在なのかと気が気じゃない。人の世が終わる――とは揶揄ではなかったという事か。

 

「リグリットさん落ち着いてよ。まずは一つ一つ解決していかないと、このお姉ちゃんも大変なん――えっ?!」

 

 刹那、パナの眼が大きく見開かれ、額に汗が浮かぶ。今まで感じた事のない悪寒と危機感、そして自らが死ぬかもしれないと言う圧倒的な恐怖。

 パナは森の景色が広がる南方を睨み付け、気力の限り叫んだ。

 

「何か来る!! リグリットさん私の傍へ! ヴァンパイアのお姉ちゃん! 妹さんを抱えて私の横に来て!! 急いでっ! 早くしないと死ぬよ!!」

 

 声を上げると同時に、パナは変身を解いて六枚の黒い羽を大きく広げた。もはや変身に力を割いている場合ではない、何処かへ逃げ出す時間も無い。一か八か、この場で集団隠密に賭けるしかない。

 

「な、なんじゃ?! その羽は?」

「リグリットさん!! 聞こえなかったの?! そのままじゃ死ぬよ! 早く私の傍にっ、羽の内側に入って静かにしてっ。動いちゃダメ、音も立てないでっ。早く早く」

 

 勢いに押されるように動き出したリグリットとヴァンパイアの姉妹を、黒い羽で押し包むかのようにその場へ倒し伏せ、パナはあらん限りの隠密特殊技術(スキル)を発動させる。

 パナ一人なら絶対の自信を持って隠れることが出来ようが、自分を含め四人同時の隠密状態を保つのはかなり厳しい。人が増えれば増えるだけ看破される可能性が高まるのだ。

 そう――パナが探知した南方からやって来る何者かは、それだけ危険な相手という事だ。

 

(来るっ! ちっくしょー!! 何よコレ? 何なのよ!)

 

 パナが心の中で絶叫してから丁度五秒後、其れは現れた。

 枝葉を揺らすことなく、足音も――振動すらなく、その巨体は目の前にゆらりと、まるで最初からその場に居たかのように四本の足で立っていた。

 濡れたような毛皮を持つ漆黒の巨大な狼。

 燃え上がるような真紅の瞳は、ヴァンパイアの赤い瞳より力強く、深い英知に満ち、ただの獣とは思わせない知性の高さを知らしめている。

 

(ふぇ、フェンリル?! この世界にも居るの? しかも茶釜さんと狩りにいったあの時のフェンリルよりデカいし強い! 人間はユグドラシルより格段に弱いのに、モンスターは強いって言うの? なによそれ?!)

 

 パナの前に聳え立つ巨体のモンスターは、神獣フェンリル。

 ユグドラシル時代、ぶくぶく茶釜が自らのNPCに使役させる為、仲間達と共に生け捕りにしたモンスター……其れと同じ種である。その力はレベル八十にもなり、素早い動きと高い探知能力、加えて爪や牙の攻撃力は偵察特化のパナにとって侮れないものだ。

 しかし知識に有ったフェンリルと、パナの面前でキョロキョロしている化け物は明らかに違う。どう見ても一段階強力になっている。とてもレベル八十ではない――少なくとも九十に到達しているだろう。

 ユグドラシルのモンスターらしいモンスターに出会うのは初めてと言ってイイ状況ではあるが、だからと言って強さを大きく見誤るだろうか? 恐怖のあまり特殊技術(スキル)がエラーを起こしたりするのだろうか?

 いや、呼吸を整えて落ち着きを取り戻した現状になっても、フェンリルから感じる圧迫感は衰えない。つまり、戦えば命を落とすかもしれない相手という事だ。

 

(死ぬ?! 此処で死ぬの? 冗談じゃない! 死んでたまるかっ! ――でもどうする? 逃げるにしても、リグリットさんとヴァンパイアの姉妹は……。見捨てれば何とかなる? 私一人だけで逃げるなら……)

 

 フェンリルは動くことなく視線を周囲に這わせている。何かを探しているのか? それとも宛も無く探し回って此処に辿り着いたのか?

 沼地の近くにはあばら屋があり、何者かが暮らしていたであろう痕跡を如実に表しているのだから、人の気配を探ろうとするのは理解できる。ただ、どうしてこのタイミングなのだ――パナは唇を噛み締め、このまま帰って! と巨大な狼を睨み付けずには居られなかった。

 

(どうしようぅ……、どうしたらイイのよぉ……)

 

 泣きそうになるパナであったが、その庇護下で隠れている両名にとっては泣くどころの話ではなかった。

 リグリットは魔神とも戦ったことのある稀代の英雄だ。強力な魔獣との戦闘経験も豊富で、幾度となり死線も潜ってきている。そんな彼女でも――突然現れた気配無き巨大な狼を前にして、身動き一つとることが出来ない。

 恐ろしい――あまりに強大で背筋が凍る。世界最強のドラゴンと知り合ってから強者のてっぺんを知り得たつもりになっていたが、それは真の力を――本物の殺気を見ていなかったに過ぎない。世界の命運を左右するような戦いになれば、あの穏やかなドラゴンも目の前の狼のように吐き気のする威圧感で周囲を満たすのだろう。

 そう――目の前の化け物はまるで竜王(ドラゴンロード)だ。

 世界を滅ぼす事の出来る最強の存在だ。

 トブの大森林に封印されている魔樹と、どちらが強いのかも分からない。

 そしてもう一人、ヴァンパイアの姉も頭を押さえつけてくるような存在感に圧倒され、震える事しかできない。それでも妹の身をしっかり掴んでいるのは褒め称えるべきであろう。他者を見捨てて逃げようかと考えていた何処かの堕天使とは人間性が違うと言える――両方とも人間ではないが。

 

 グルゥ……、グシュルゥ……。

 

 獲物を求めるかのように、神の獣とでも言うべき狼は吐息を漏らした。

 探し求めている何かの気配を感じ取ったと思ったのに、来てみれば何も無いし、何も居ない。首を傾げる神獣の考えとは、そのようなモノであったのかもしれない。もちろん意思疎通ができないので心情など分かるはずもないが……。

 

(何時になったら居なくなるのよ~。はやくどっかいってよ!)

 

 パナの隠密特殊技術(スキル)は複数人をカバー出来るほど強力ではあるが、何時まででも効果を保持できるものではない。終わりの時は必ず来る。もしそうなれば――嫌な二択を迫られる事だろう。

 戦うか逃げるか……、と言ってもパナに戦う気なんて毛頭ない。老婆とヴァンパイア姉妹の為に命を賭けるなんてくだらない事はしないのだ。

 パナにとって優先すべきはただ一つ。あの人に会う事――それ以外は吐き捨てて良い些事である。

 

 ゴウッ? クゥクゥ……。

 

 重過ぎる死の空気の中、どれ程の時間が経過したのかも分からないが、神獣は天に住まう神々と交信でもするかのように頭を上げ、幾度か頷き、踵を返す。

 そして次の瞬間、黒い霧が掻き消えるかのように姿を消してしまった。

 実際は南に向かって信じられない速度で駆けていったのだが、それを見定めることが出来たのは堕天使しかいない。

 

「(まだ駄目っ、今動いたら探知されるよ。もう少し待って!)」

 

 ホッとしかけたリグリットに対し、パナは口パクだけで注意を促す。そう――フェンリルの探知範囲は視界から居なくなった程度で避けられるものではない。

 魔獣・猛獣の類は元々探知能力に長けてはいるが、あのレベル九十にも届きそうな化け物の能力は桁が違うと言うか……神の領域だろう。今動き出せば、心臓が一拍する前に鋭い牙で噛み千切られているはずだ。

 

「(まだ……まだだよ……、もう少し)」

 

 パナは目を閉じてフェンリルの動向を窺う。

 どうやら向かうべき先があるらしく、南へ向かって一直線に飛翔しているようだ。木々が生い茂る森の中だと言うのに、いったいどうやって進んでいるのか? その速度は正に飛ぶが如くである。

 

「よしっ! 今ならいける! リグリットさん、直ぐに森を出るよ! ヴァンパイアのお姉ちゃんは妹さんを抱えて付いてきて! さぁ、早く!! 此処に居ると死ぬよ!」

 

 パナは黒い羽を隠す事もせず、一目散に駆け出した。その様は――付いて来たくないなら勝手にすればイイ、と言わんばかりの余裕のないものだ。

 それ程までに――現状が危険に満ちているという事なのだろう。死にたい奴、聞く耳を持たない奴、選択を間違える奴、そんな奴等を補助出来るほどパナは優秀じゃない。この場にはぷにっと萌えも、ベルリバーも、タブラも、朱雀も――そしてモモンガも居ないのだから……。

 

「ちっくしょー! この世界でなら私でも十分活躍できると思ってたのにー! 何よあの神獣はっ?! ユグドラシルで追っかけ回していた時はあんなに強くなかったでしょ?! ほんっとにもぉー!! 異世界に来てまでいつもの逃走なんてー!! 助けてよぉーー! モモンガさぁーーーん!!」

 

 パナは天狗だった、堕天使だけど鼻が伸びていたのだ。アダマンタイト級の強さを認識してから余裕綽々で、森の調査なんて朝飯前と認識していたのだ。

 それが何の因果か、ユグドラシルでパナの担当任務と揶揄されていた逃走劇に転じている。ただ、この異世界に於いては――逃げた先で仲間が網を張っていたりはしない。故に反転攻勢に転じてPK集団――今回は神獣フェンリル――を一網打尽にするなんて荒業は不可能なのだ。

 

「このっ、ちょっと待たんか! その黒い羽は何じゃ?! お主は人間ではなかったのか? あの獣について何か知っておるのか?! ええい! 森を抜けたら喋ってもらうぞ!!」

「あ、あのっ! 私も付いていって宜しいのですか?! 大丈夫なんですか?!」

「うるさいうるさい! 私に難しいこと聞かないでよ! 全部あとっ! あとまわし! 今は全力で逃げるのよーー!!」

 

 混乱に混乱を重ねて、黒い羽の堕天使と老婆、そして二体のヴァンパイアは森の中を駆け抜けた。もはや白金(プラチナ)級冒険者の末路なんてどうでもいい。今は一刻も早く森を出て、安全地帯まで逃げ込むのみ。

 無論、あの神獣が森の外まで出てきたなら、安全な場所など何処にも存在しないのだが……。

 




使役された獣は、使役者の能力によって強化される。
モモンガ様なら即座に気付いたかもしれませんね。
でも数多ある職業(クラス)の知識を覚えているなんて、そんな奴滅多に居ないでしょう。

ユグドラシルは終わりを迎える末期ゲーム。
そんなゲームの知識なんて誰も持っていないでしょうし、気にもしていないのでは?
意識して覚えていなかった何処かの堕天使なんか特にね。

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