料理描写にはあまり自信がないのでストーリーメインで行こうと思いますが、感想・誤字指摘などありましたらどんどんよろしくおねがいします。
公立のごく一般的な中学校に通っている私こと、敷島瑠璃にはある悩みがある。
「どうしてこうなっちゃったんだろう……。ヤバイヤバイよ!」
両親とともに暮らす二階建ての一軒家で割り振られた自分の部屋でお気に入りのクッションに顔を埋めてひたすらに悶絶する。
時刻は午後十一時。
明日の待ち合わせ時間を考えればそろそろ寝なければならない時間帯だ。しかし、寝付けない。寝付けるはずもなかった。
別にデートに誘われたというわけではない。そもそも相手がいない。年頃の少女にしてはおしゃれに気を使う方ではない私からすれば異性とのデートなどおとぎ話に近い非現実的なものに近い。
なら、原因は?と聞かれると先週友人に誘われたとあるイベントにあった。
『来週の週末のイベント楽しみだねー。あ、瑠璃も応募しといたよ!』
そう言って、勝手に他人の名前を使いながら実にいい事をしたというように瑠璃よりも発育のいい胸を張った友人に今ならボディブローを決められる。
「ああ、あの時ちゃんと断っておけばよかった。よりにもよって誰かの目の前で………………料理をしないといけないなんて!!」
私は料理というものが大の苦手だった。
その日は来月、この街に収録に来るとある番組のオーディションだった。
そこまで大きなものではなく、よくある地方の住人から出演者を募り各地方の郷土料理を審査員たちに評価させるという企画だった。同じ料理でも土地が離れれば味付けもまた違い、その地方独自に進化した料理を紹介するその番組は中々に評判が良く、全国放送というのも有り出演者のオーディションは目新しいものがないこの街では大きなイベントになる。
参加するだけなら自由ということで毎回予選形式のオーディションには腕自慢から物珍しさを理由に参加するものまでかなりの人数が応募する。その数に比例して、審査員たちが食べきれない余り物を目当てにするものも多く、気付けばちょっとしたお祭り程度の規模になっている。
そんな会場に瑠璃はいた。残念なことに参加者としてだ。
日本人らしい黒髪を肩に掛からない程度に伸ばした私は大して種類のない私服の中から比較的余所行き用のものを選び、顔がよく見えないように頭に赤い頭巾をかぶり、首にはお守りのように巾着袋を下げていた。友人達に笑われるが、私からしてみればこの場で顔を知られるのは死活問題だ。
「神様。どうか私の順番が回ってきませんように!」
そう言いながら徐々に会場から逃げ出そうとするが、後ろで待ち構えていた友人達に捕まってしまう。
既に審査を終え、本選に残ることが絶望的な点数を叩き出した友人たちは言う。
「頑張って瑠璃。この賞金で私達を卒業旅行に連れて行って!」
「大丈夫!瑠璃の実力ならそれだけで私たちを食わせていけるから!」
「いや、それ普通男の子に言うセリフですよね? そうですか、私の意見は無視ですか」
友人達の妨害に合っているといよいよ自分の順番が来てしまった事を告げる放送が会場に響く。
絶望の鐘の音と共にグイグイと前に押し出されるのを踏ん張って抵抗する。
「うぅ、やっぱり旅行大はみんなでカンパしようよ……。賞金なんかに頼っちゃ駄目だよ……」
「え、そのつもりだよ?やだなあ、いくらなんでもそんなお金あてにする訳無いじゃん」
「え、じゃあ私の苦労は?」
その叫びは誰にも届くことはなく、華奢な少女の身体は舞台裏から多くの観客が注目する舞台へと押し上げられてしまう。
そこに待っていたのは。
『次の挑戦者は地元の中学からの参加です。敷島瑠璃さーん!!』
本番でもないというのに司会者らしき男がノリノリで瑠璃の名前を口に出す。会場では私のことを知る一部がザワつき、一瞬の静寂の後一際大きな歓声に変わる。
本当にやめてほしい。
あれが全員私の料理を食べた人間だとするとぞっとすると同時に生きた心地がしない。
そんな私の心情を知らず、実力者だと思ったのか司会者がより一層会場を盛り上げようと声を張り上げる。
『おお、凄まじい人気ですね! これは期待が持てそうです! では、瑠璃さん。作る料理は決まっていますか?』
「はい、今日は佃煮にしようと、思います」
『佃煮、ですか?』
瑠璃の言葉を聞き、調子のいい司会者が露骨に嫌な顔をする。
当然だ。この番組は地方の珍しい料理をお茶の間に提供してそのインパクトで笑いを取る事をひとつのウリにしている。仮にも会場から歓声が沸くほどの実力者が作る料理が地味とも言える佃煮ではテレビの「絵的にもあまりよろしくない。というより、私の料理がオンエアされる本選まで進んでしまうと番組的にも致命傷を負いかねない。
「ええ、テーマは特に決まっていませんでしたよね?食材も用意しちゃったんですぐに始めたいんですが、ダメですか?」
身長的に若干上目遣いになりながら司会者を見上げる。
どうやら迷っているようだ。
出来れば本音を口にして断って欲しい。実食前に失格になればこれから起きる悲劇は回避できるのだ。その為なら、私も全力を尽くす。
「そう、ですよね…………田舎の佃煮なんてダメ、ですよね。私、帰ります」
『え、いや。そういう訳では』
目尻に涙を溜めて会場から走り出そうと試みる。
所詮、地方の予選だ。田舎者の中学生が緊張から逃げ出すなどよくあることだろう。あとはこのまま会場を去りさえすれば多少の遺恨は残るが、誰も傷つかずに済む。誰も傷つけずに済む。何より、前科者にはなりたくない。
「待ちなさい」
本気で逃げ出そうとする私をどこか重圧感のある声が引き止める。
「へ?」
振り向けば審査員の一人が私の近くまでやってきていた。
他の審査員よりも威圧感を放つ鬼剃りの筋骨隆々の男はそのまま私の手を取り。
「折角のチャンスだ。ここで諦めるのはまだ早いんじゃないか?」
(いや、チャンスを邪魔しているのは貴方なんですが? ていうか手を離してもらってもいいですか? 私これでもお父さん以外で男の人に手を繋がれたの初めてなんですけど!?)
「堂島シェフ!?」
審査員が私を掴む男を見て動揺する。どれくらい動揺しているかというとマイクをその場に落としてしまうくらいだ。
「いや、これだけ会場を沸かせる彼女の実力を見れないと思うとつい体が動いてしまった。すまん、始めてくれ」
(え、何言ってるのこの人? なんで司会者さんも何事もなかったかのように先に進め用としているの?)
思考がフリーズしている内にどんどん場が整えられていくことに恐怖を覚えながらもこの状況を切り抜ける方法を探す。
希望は捨てない。
料理を意地でも披露したくない身としては押して行けるなら押し通す所存である。
『おいおい、なんでこいつ悩んでんだ? さっさと作りてえんだが』
『父さん、いつもの瑠璃の抵抗ですよ。何、どうせ失敗します』
必死に自分の試験を中止に持っていくためのアイディアを考える頭の中に声が響く。
どこか呆れたような粗暴な声とこの先の顛末を予想しているかのように落ち着いたふたりの男性の声。耳を澄ますと他にもいるようで折角絞り出そうとした意見が書き消えていく。
『ウフフ、瑠璃ちゃんたら頭の中空っぽになっちゃったみたいですよ? やっぱり可愛いですねー。このまま私達無しでは何も出来無い子にしてしまいたいですぅ』
『お母様。変態思考はそれくらいにしてください。大体この子は俺達の子孫ですよ? 導くならとにかく、駄目人間にしてどうするんですか』
私と同じかそれよりも若々しい少女の声に壮年の男性がピシャリと忠告する。
どうやら他の
「ごめんなさい。少し静かにしてください」
「ほう、自分の世界に入ったか。失礼した。君の実力、見せてもらうぞ」
何を勘違いしたのか鬼剃りは感心したように自分の席に戻っていく。
気付けば移動式の調理台には食材が用意され、調理器具達が私を歓迎するように待ち構えている。
『うん。いつ見ても面白いね。僕の時代からは考えられないよ。紅花もそう思うだろう?』
『別に。だいたい私はこんな下らない料理興味ないのよ』
『そうやって自分の美容にしか気を使ってこなかったから俺が苦労したんだ!アンタが死んだ後、俺のところに恋人だったって男がどんだけ来たと思ってんだ!』
新たに出現した優しげな男が私の目から見ても最新鋭の調理台に目を輝かさせ、話題を振られた高慢そうな女性は興味がなさげにつぶやく。それに対し、激怒したのは普段は邪念を振り切ったような事を言う少年だった。
私の頭の中に響く声は全部で八つ。
ほかの七人が発言したのを確認し、最後の一人がいよいよ逃げられなくなった私に告げる。
『では、準備も整ったことだし始めようか。敷島の料理を』
先に言わせてもらうと私は佃煮のつくり方など知らない。
そもそも家にいても専業主婦の母の手伝いで少し手を出すくらいで基本的に料理とは無縁の生活だ。料理の味に関しても無頓着でスーパーやコンビニに売っているものならわざわざ作らなくても買えばいいとさえ思っている。
それなのに。
『いいか。あんまり時間がねえから今回は手軽なの行くぞ』
「嫌です。絶対に嫌です」
手に持った包丁を横にしながら、
シミ一つなく手入れされた包丁は対面のものを映し出す鏡の様に輝いており、それを見つめるようにすれば普通は見つめた本人が映り込む。しかし、今写りこんでいるのは赤ずきんをかぶった少女ではなく、時代錯誤な野武士スタイルの男だった。
『うるせえ! 一体いつまで悩んでんだ! だいたいお前が作るって言ったんだろうが!』
「だって。だって!」
ドスの効いた声で怒鳴られ、怯んでしまう。
私の手荷物包丁に映った野武士―――料理人敷島家初代 敷島金之助はとても乱暴な人間だ。私から数えて十代ほど前の人間であるこの人が生きていた時代は江戸時代中期から後期。
そんな人間が何故か現代を生きる私と会話している。その不可思議な状況を生み出した元凶を忌々しく睨みつける。
首から下げた巾着袋。
その中にはとある金属が入っている。元は敷島家の料理人が代々受け継いでいた包丁の欠片だ。