私の人生が狂い始めたのはあるものを見つけた時からだった。
遠方にある祖父母の家に遊びに行った時、古い土蔵から見つけた不思議な金属。
見方によって様々な色を放ち、吸い込まれるような輝きのソレを手にとった時から私の運命は変わった。
その日まで、敷島瑠璃として普通の人生を歩んでいた私。
両親はサラリーマンと専業主婦。
二階建ての一軒家に住み、小中学校と特に得意と言える科目は無くお小遣い欲しさにバイトではなく家事の手伝いをする。
勉強はあまり得意では無かったが、社会人になってから必要になるかもしれない国語や数学、歴史を少しずつ頑張った。その成果もあり、高校受験も近くの高校に特に挫折することもなく何となく合格。仲のいい友人も何人か通う筈であり、新しい出会いにも満ち溢れた高校生活を目の前にちょっとドキドキする。
そんな感じの普通の人生を歩いていたはずだ。
なのに。
私はその日を栄えにご先祖様の声が聞こえるようになった。
先に言わせてもらうと私は佃煮のつくり方など知らない。
そもそも家にいても専業主婦の母の手伝いで少し手を出すくらいで基本的に料理とは無縁の生活だ。料理の味に関しても無頓着でスーパーやコンビニに売っているものならわざわざ作らなくても買えばいいとさえ思っている。
それなのに。
『いいか。あんまり時間がねえから今回は手軽なの行くぞ』
「嫌です。絶対に嫌です」
手に持った包丁を横にしながら、
シミ一つなく手入れされた包丁は対面のものを映し出す鏡の様に輝いており、それを見つめるようにすれば普通は見つめた本人が映り込む。しかし、今写りこんでいるのは赤ずきんをかぶった少女ではなく、時代錯誤な黒髪の野武士スタイルの男だった。
『うるせえ! 一体いつまで悩んでんだ! だいたいお前が作るって言ったんだろうが!』
「だって。だって!」
ドスの効いた声で怒鳴られ、怯んでしまう。
私の手荷物包丁に映った野武士―――料理人敷島家初代 敷島金之助はとても乱暴な人間だ。私から数えて十代ほど前の人間であるこの人が生きていた時代は江戸時代中期から後期。
そんな人間が何故か現代を生きる私と会話している。その不可思議な状況を生み出した元凶を忌々しく睨みつける。
首から下げた巾着袋。
その中にはとある金属が入っている。元は敷島家の料理人が代々受け継いでいた包丁の欠片だ。
この中には存命している我が父、敷島鋼蔵以外の八人の魂が入っている。普段はこのかけらを通じて話しかけてくるご先祖様達だが、私が料理をするときだけは鏡から鏡へと移り変わるかのように様々なものに移動する。
私は知る由もなかったが、敷島家というのは初代である野武士スタイルから若くして死んだという祖父まで全員が料理人の家計だったらしい。
しかし、記憶の限りでは父は普通のサラリーマンで料理など母に任せている。私にももう少し女の子らしくしなさいということはあっても料理人になれなどとは言わない。正直言って言われた当初はピンと来なかった。
しかし。
『よし、そのタイミングだ。次は―――』
初代の指示をもとに身体を動かす。
怒られたくないのでこっちも必死だ。調理が開始してしまった後はどう逃げようとしても無駄だ。それならせめて被害が少ない道を選びたい。
作ったことどころかつくり方すら知らない料理が自分の手で完成されていく。その光景は正直言って恐怖の一言では言い表せないが、同時にとても食欲を唆る。
八人の先祖様は確かに一流の料理人でその中でも最も古い初代の得意とする料理は江戸時代特有の下町料理と当時鎖国により外国との貿易を制限していた日本では知ることが不可能だったはずの異国の郷土料理だった。
「…………ほう」
目の前の少女の調理風景を見て、遠月リゾート総料理長兼取締役会役員は簡単の声を上げる。
何か掘り出し物があるかと思い受けてみた仕事だったが、どうやら来て正解だったようだ。
「ふむ。確かに今までの素人とは違うようですな」
「確かに、これは期待できそうだ」
堂島の両脇に座り先程までは退屈そうにしていた他の審査員達も目を惹かれるものがあったのか生き生きとし始める。
やるからにテレビ用に振い落された本選よりも原石達が眠る予選から、という堂島の意見を怪訝そうに見ていた二人だが今なら少しだけその考えも理解してくれるだろう。なにせ、さきほど堂島が動かなければその料理にあり付けすらしなかった可能性が高い。
実際の仕事場では実力の他に自分を売り込む積極性が必要なこの世界で、ああいったよく言えば謙虚で悪く言えば気の弱そうな人間は真っ先に切り落とされる。堂島が卒業した
特に伝統的な日本料理である佃煮を選択したのも高評価だった。
他の参加者が一般的な家庭料理を選択する中で少女の作っているものは明らかに家族ではなく、客として来店した相手に出すものだった。インパクトのある料理でできるだけ視聴率を稼ぎたいという番組側の趣旨とは違うが、堅実で昔ながら作り方は非常に面白い。
しかし、そう思っていた堂島の目に信じられない光景が飛び込んでくる。
「っな!?」
一瞬前まで日本伝統の道のりを歩んできた少女の料理が一瞬で姿を変える。
常識、伝統、一般的と言われるものとは真逆の型破りな調理法。本来の佃煮では使用しない食材や調味料の数々。そこには数々の料理を手がけてきた堂島ですら予想不可能な料理が作り上げられていた。
「何だあれは!? ありえない!」
「少し期待しましたが、どうやら見込み違いのようですな。それどころか日本の伝統を踏みにじるようなあの行為。許せるものではありません!」
ふたりの審査員たちが期待を裏切られ、勝手に激怒する中堂島は赤い頭巾を被った少女の動きから目を離せないでいた。一見でたらめに思える調理法。しかし、先程までのつくり方には心当たりがあった。
あの学園に通う【魔女】と呼ばれる少女が先日再現した
そして、同時に思い出す。
今、目の前で作られている料理の正体を。あれは先程の佃煮と同時期に異国の一地方で流行ったものだ。色々とこの二つの料理には類似点があり、当時の状況を調べているものたちの間で物議を醸し出しているが、その実態を知っているのはあくまで一部の酔狂な人間のみ。間違っても日本の一般家庭で伝わっていいものではない。
(あの少女は一体何ものだ?何故、こんなものの作り方を知っている?)
「あの、ご先祖様」
『あん、なんだ?』
「これ、私の知ってる佃煮と違う…………」
そう言い、目の前で自分の手によって作られようとしている料理を見る。
作ったことはなくても、一般知識としてどんなものなのかということは理解しているので今出来上がろうとしているものは多分佃煮ではないというのは理解できる。
『あったりめえだ! 何せ、俺が国を飛び出してから作ったもんだからな!』
『威張らないでください。貴方が勝手に無責任に飛び出したおかげで私と母さんがどれだけ苦労したか』
『全く、銀次は細けえなぁ!』
初代に対し苦言を呈しているのは白狼の如き銀髪の青年だった。
敷島銀次。
初代である敷島金之助の息子であり、敷島家の二代目である。
その声には確かな疲労感が乗り、父親である初代を尊敬していないことが分かる。
彼がここまで父に対して苦々しい感情を抱くのは理由がある。
敷島家は本来、一応は武士の家系だったらしい。
しかし、武士にとって子供というのは跡取りである長男以外は何かあった時の保険だ。三男か四男に生まれた初代にとって家を継ぐという可能性は低く、当時はあまり戦も起こっていなかったので出家しどこかに方向に行かなければいけないらしかった。
でも、今で言えば不良と呼べる初代はそれが気に食わず、たまたまであった異国の料理人に食べさせてもらった未知の味に憧れ、すべてを放り出して国を出てしまった。
『俺が国を出たから今この料理があるんだろうが』
『それとこれとは別です! 貴方が死んで似たこともない故郷に帰ろうとしたら普通に追い返されたんですよ?』
「ああ、授業で習いました。鎖国ってやつですよね。長崎の出島、とか」
つまり、事の顛末はこうだ。
初代異国の料理に憧れ国を出る。
異国で二代目が誕生。
初代が死に、二代目はまだ見ぬ故郷へ帰国。
しかし、鎖国中なので大砲で追い返される。
うん、酷い。
『いやー、悪い。そこまで考えてなくってよぉ』
『この馬鹿ぁ!!』
『てめえ! 馬鹿とは何だ、馬鹿とは! 表に出やがれ! 俺の料理で黙らしてやる』
『上等だ! 貴方のデタラメな料理より俺が母さんから教わり、生まれた時から傍にあった文化と結びつけた料理で受けて立つ!』
(あの、指示が止まっているんですけど…………)
そのまま初代が二代目と出来もしない勝負を始めてしまったので渋々ひとりで先に進める。
ここまで教えてもらえば一応私でも仕上げることくらいは出来る。この先の展開に不安は残るが、途中で投げ出すのはまずいよね。
(はあ、これからどうしよう)
『瑠璃ちゃん。瑠璃ちゃん。私にいい考えがありますよ!』
そうして、新たに姿を現したのは三代目と呼ばれる桜の花びらよりも濃いピンク色の髪をしたメイド服の少女だった。