「出来ましたぁ。きゅるん!」
奇っ怪な声と同時に堂島を含む三人の審査員の目の前に料理が運ばれてくる。
目の前の料理を作った少女は不思議なポーズと共に給仕を終えるとスキップをしながらその場を去っていく。
(調理中もそうだが、最初の怯えた雰囲気とは随分違うな)
どこかトリップしてしまっている少女を見送り、堂島は皿を見る。
目の前の松茸をメインとした佃煮には通常の醤油やみりんの他に葡萄酒が少量入れられているようだった。更に他にも日本古来の製法をベースに異国の技術を取り入れた料理は未知の変化を遂げていた。
「面白い」
そう、一言呟くと他の審査員を無視し、箸で佃煮を摘まみ上げる。
独特の光沢と臭いが食欲を刺激する。
それを堪能していると他の二人も覚悟を決めたように箸を手に取る。
「ふん、こんな物が旨いとは思えんがこれも仕事だ」
「堂島さんが審査するのに我々が拒むわけにもいかないですね。…………全く、これだから素人の混ざっている予選は嫌なんですよ」
二人の声はもう聞こえていなかった。
まるで別世界に吸い込まれるように五感が箸の先端に確かに存在するそれに集中する。
独特な質感、水気、なにより”あの”黄金と評されるレシピで再現したと呼ばれるモノと酷似した料理を前に好奇心が先立っていた。
日本が鎖国によって外界との接触を絶っている間に生まれ、消えていった料理だ。その間、日本の料理界は世界に対し、大きくリードを譲ってしまった。
明治維新によって周囲に対し眼を向けるようになるまでの数百年。その間に失われたモノは余りにも多い。そして、目の前にある料理は間違えなくその一つだった。
この一口で見極める。
そう、決めた全身は静かに料理を受け入れる。
「なにっ!?」
次の瞬間、想像をはるかに超えた衝撃が堂島を襲った。
「あ、あれ私?」
『あ、瑠璃ちゃんおはようございます!』
「え、あ、おはようございます? って、今身体乗っ取りましたね! 何やらせるんですか!」
敷島家に代々伝わる包丁の欠片。
その中に眠る歴代の料理人が一人、敷島サフィアは数少ない女性料理人だった。初代から数えて三代目に当たる彼女は幼くして死んだ両親―――つまりは二代目夫婦が初代から続く借金を残したせいでその返済のため、ひとり異国で召使いをしていた過去がある。
一見すると現代日本でのほほんと暮らす私なんかが想像できないほど重い話のように感じるが、目の前に映る少女はそんな過去など感じさせないほど明るく、厄介だった。
ピンク色の髪にメイド服を着た少女。
敷島サフィアは敷島家一の変態なのである。
『ああ、久しぶりにご主人様へ給仕が出来ました~。真ん中の大柄な人はあまり隙がなかったですが、両端の人達はいいですねぇ。瑠璃ちゃんの料理を出来損ないだと見下すあの視線! これで料理を食べずに床に叩きつけてくれると完璧です!』
三代目は駄目人間に仕え、困難かつ理不尽な状況を求める特殊な性格をしている。
駄目人間に完璧に使え、周囲からの至極真っ当な評価を自身のスキルと料理で覆す。彼女の使えた家はどれだけ当主が駄目でも必ず繁栄したらしい。
この人が厄介なのは他の面々とは違い、油断すると体が乗っ取られてしまうことだ。同じ女性として相性がいいのか、ただ単に力が強いのか。一応危険なことはしないと約束してくれているが、さっきのように乗っ取られている間は体の自由が利かないので非常に困る。
『さてさて、結果はどうでしょうね~』
「っは、そうだった!それを食べちゃダメです!」
三代目のことで頭を悩ませてすっかり忘れていたが、私の料理にはある欠点がある。
私の作る料理は例外なくとある特性を持つ。非常に危険なものだ。絶対に止めなくてはならない。
審査員席から背を向けていた身体を引き返し、佃煮を口に運ぼうとしている三人の審査員を止めに入ろうとする。
一歩目。佃煮を掴んだ箸がそれぞれの口の中に入る。
二歩目。箸が口元から離れ、咀嚼が開始される。
三歩目。目を閉じ、ゆっくりと味を噛み締めようとする口の動きが次第に早くなる。
四歩目。審査員達が驚いたように目を見開く。
そして、五歩目。
審査員席まであと人少しというところで審査員が一斉に立ち上がる。
鍛え抜かれ、無駄な筋肉など一つたりともない肉体。それを包み込んでいた服が一瞬の内に
「待っ――――――っひぃ!?」
厳重に着込まれたスーツがはだけ、生まれたままの姿が一瞬の内にさらけ出される。
「おお!」
「なんということだ!」
「ぬぅん!!」
『いやん。見てください瑠璃ちゃん! あのき、ん、に、く!』
「い、言わないでください!」
見てしまった。
そして、やってしまった。
今、目の前の審査員達は私の料理を食べて肌を露出してしまった。
その事実が私の全身を硬直させる。呼吸ができなくなる。
「あっ!ひ、ひっ!?あああああ!!??」
過去のトラウマが蘇る。
幼い頃、仲良くしていた女の子の誕生日会をクラスのみんなとやった。
私は日頃の気持ちを伝えようと初めて自分ひとりで彼女の為に料理を作った。
「ありがとう」となんの疑いもなく私の料理を口にする女の子。
悲劇は起こった。
誕生日を祝うクラスメイトの男女の前で私の料理を食べたその子は
恥ずかしさと恐怖から泣き出してしまう女の子。
そして、原因である料理を作ってきたことで責められる私。
子ども同士のメットワークでその話は一瞬の内に広まり捻じ曲げられ、私は数日後、母と一緒に嫌がる女の子を無理やり脱がせたとして担任の先生の下に呼び出された。
自分自身理解出来ていなかった私は訳のわからないうちに全ての罪を認め、家族からの数日に渡る説教と周囲の子供達の頭の中から事件の記憶が消えるまでの数年間の孤立を味わった。
その時、クラスで物知りのたかし君が言った言葉を今でも覚えている。
『知っている? 瑠璃ちゃん。嫌がる人の服を無理やり脱がすのは【強制わいせつ罪】っていって、6月以上10年以下の懲役になるんだよ?』
あの時の恐怖が蘇る。
あれから何度か私の料理で同じ事が起こるたびに蘇るトラウマ。中学に入り、友人間や知り合いの前で起きたときはまだ良かった。みんなが特技だと笑ってくれた。
しかし、今は違う。
私の事を知らない人がたくさんいて、その内の何人かはテレビ局の人間。
(せ、折角、高校に受かってみんなと卒業旅行に行こうと思っていたのに!どうしよう、逮捕されちゃう!そんなことになったら入学取り消し!中学で浪人?私の人生が終わっちゃう!なによりもう一人で孤立するのはいやぁぁぁぁぁ!!)
小学校時代とは違い、中学三年ともなると女子グループ内での孤立は社会的な死を意味する。例え興味がなくても誘われればとりあえず参加する。そうしなければ、まともな生活すら送れないのだ。
「ご、ごめんなさい!!」
大声で謝罪の声を口にする。
今の私に出来るのはこの場から一刻も早く逃げることだけだった。素顔を隠すための赤ずきんを深く被り、全てを忘れて私は走り去った。
赤ずきんを被った少女が去った会場は静寂に包まれていた。
観客も、司会者も、審査員でさえもあまりの出来事にあっけにとられてしまっている。
「…………『おはだけ』だ」
誰かが呟いた。
「『おはだけ』?」
「『おはだけ』って、あの?」
次第にその言葉は会場全体に広がっていく。
「堂島シェフの『おはだけ』だ、と?」
「あ、ありえない…………」
誰もが驚愕していた。
目の前で起こった現実離れした出来事を受け入れられないかのように『おはだけ』、『おはだけ』という単語が集団に広がっていく。
『おはだけ』。
とある学園の関係者を中心に料理を食べて肌を露出することには大きな意味があった。曰く、目の前の素晴らしき料理に対する最大限の対価、報酬。口では伝えきれず、暴走しそうな感情を発散するための自己防衛本能。
それを引き出せるのは一流の料理人だけであり、中でも舌の肥えた人間の『おはだけ』は料理を評価する際の大きな指標になるとされる。噂ではあのミシュランガイドでも星を付ける際に『おはだけ』の有無が重要となってくるらしい。
そして今回重要なのは三人の審査員の中でも審査委員長として招待された中央に座る男だった。
遠月茶寮料理學園。
日本屈指の名門料理学校で非常に厳しい少数精鋭教育を行なっており、卒業までたどり着く者はわずか数人しかいないというその学園の嘗ての頂点であり卒業生でもある日本屈指の料理人の一人。卒業後は遠月学園の観光部門のトップとして、富士山と芦ノ湖を望むリゾート地において、十数軒の高級ホテルや旅館を経営している遠月リゾートの責任者を務める男。
堂島銀。
彼が『おはだけ』を披露したことによって今のこの状況が巻き起こっている。
今回のイベントは所詮地方の”自称”料理上手達を集めたものだった。テレビの取材といっても実際にオンエアされる本選と違い、一定以上の実力者の選定が目的の予選に通常この人数は集まらない。それなのに一種のお祭りと化す程の人数が今日集まったのは単に堂島が審査員として来るという情報からだった。
この場に集まった者の殆どは彼を見に来たと言っても過言ではない。
そんな彼が『はだけた』。
それも地元の中学生の手によってその快挙は成し遂げられた。あの学園の関係者でもない一般の少女が一流と呼ばれる料理人だけが成し遂げられる領域に踏み込んだのである。
「ニュースだ! コイツは大ニュースだぞ!」
「あの少女は一体どこの誰だ! 今すぐ調べろ!」
「遠月以外でこんな事が出来る子供。こいつは奪い合いになるぞ!」
集まっていたマスコミ関係者が動き出す。
それを皮切りに会場全体も活気立つ。
写真を撮る者。
情報をネットにアップする者。
理由も無くはやし立てる者。
もはや誰もが当初の目的を忘れており、予選どころではなかった。
ただ一人、まるで深い眠りから目覚めたようにゆっくりと意識を取り戻した堂島だけが立ち去った少女のことを考えていた。
「泣いて、いたのか?」
初代『因みに俺死ぬまで日本語しか喋れなかったからな! 料理の味があれば言葉なんてなくても通じる!』
三代目『私は40カ国語くらいでしょうか~? 勿論、まだ見ぬご主人様に仕えるためですよ? メイドなので!』
二代目『え、何こいつら。ドン引きなんですけど…………』
瑠璃「と、いうかどうしよう…………みんなと来たから帰り道わからない」
全員『え?』