結局あれから、勝手に日本を飛び出した初代からの流れを断ち切り、自力で日本に帰国した実績がある四代目の力を借りて家路に着いた私は一人部屋に篭って泣いていた。
時折、お母さんが心配そうに声を掛けてきたけど、とても応えられる状態じゃない。
身体の震えが取れるまで、何も考えず枕で声をかき消すように泣いた。
ただひたすらに怖かった。
あの状況で私に一体何が出来ただろう。
今まで周囲に流されて生きてきた。
過去の失敗から孤立しないように、周りに気を使って。
でも、逃げ出した。
やっと出来た友達も置いて逃げ出してしまった。
審査の途中でいなくなった参加者を周囲はどう思うだろうか?それどころかよりにもよって審査員に危害を加えてしまった。
今はベットの上に無造作に投げ捨てられた欠片の中から声がした。
初代だ。
『あー、なんだ。気にすんなって!!』
「…………そんなこと出来ないです」
私の機嫌が悪いことを察知して二代目がフォローに回ろうとする。
『ま、まあ俺達も悪かった。これは瑠璃の人生だ。お前の好きなように生きることを俺達がどうこうすることは出来なかったな。…………スマン』
三代目も。
『わ、私もちょっと張り切りすぎました。やっぱりこういう事は徐々にですよね?』
「……本当?」
巾着袋から欠片を取り出し、そこに写りこんだ人影を確認すると初代がバツの悪そうに。
『……悪かったよ。お前の勝手にしろ』
どうやら反省しているようだった。
ご先祖様達は自分の意志で動くことはできない。たまに体を乗っ取ってくる三代目でさえ、私が料理前後という条件付きでの行動だった。
私と違い、全員が料理が心から好きなのだ。
中には冗談抜きで料理のために命を捨てた人もいる。そう、思うと私の行動も少し大人気無かったかもしれない。彼らはただ料理がしたかったのに。
「私こそごめんなさい。みんなはただ料理ができて嬉しかっただけなんだよね? 私もこれからは人前じゃ嫌だけど家でなら少しずつ料理をするよ」
『いいのか?』
「うん。私も悪かったところがあったと思うし―――なんかお腹すいちゃった。何か食べよっか! 今日はもう疲れたし、お弁当でいいよね?」
今日は本当に疲れた。
人前に出ることすら苦手なのに苦手な料理までして、ご先祖様の要望にも答えて。結構頑張ったほうだと思う。
一日働いたら一日休む。
そんな生活がしたいです。
『は? 普通にダメだろ』
「え?」
『お前いま料理するって言ったよな? 何、サボろうとしてんだ?』
初代の言葉に耳を疑う。
この人は何を言っているんだろう。ついさっきまで私に謝ってきていたよね? いくらご先祖様で私の方にもダメな部分があったから反省したとはいえ、普通私に遠慮するよね? だって泣いたんだよ? 怖かったんだよ?
駄目だ。
私の発言に対し、欠片の中に広がる空間で文句を言い始めた初代から三代目から距離を取っていた四代目。敷島輝水に助けを求める。
「よ、四代目様ならわかりますよね? 私今日頑張りましたよね?」
野武士の如く豪快な初代、初代よりは比較的マシだが真面目に見えて強引な二代目、前二人から一体どうして生まれたのかわからない突然変異の三代目から続く敷島家四代目。
彼は敷島家の歴史の中で間違いなく一番の苦労人だった。
三代目曰く、元は透き通った銀髪だったという暗い灰色の髪を几帳面に整えた四代目は私の言葉に応じる。
『ん? ああ、今日お前は頑張ったな。少々頼りない部分はあるが、アイツ等の無茶ぶりによく応えたと思うぞ』
「な、なら」
『俺はいいと思うがな、一日くらい』
頑張ったな。と、優しく声をかけてくれる四代目に反射的に噛み付いたのは当然初代だった。
『おい、ひ孫!』
しかし、それを四代目は冷たい視線で切り捨てる。
『黙れよ、野武士。…………これ以上は逆効果だ。それと、考えるより先に動く癖をやめろ。今日も見ていてハラハラしたぞ』
『なんだと!? 料理ってのはやってみてから考えるものだろうが!』
わかりやすいくらいの直情家。
というか、さっきのは思いつきでやっていたの?
戦々恐々とする私を放置し、四代目は初代を断ずるようにとんでもない発言をする。
『今日のは一発勝負だっただろう。普段自分で作って食べる分にはそれでいいが、王族とかに料理を出すときにそんなことしたらアンタの時代で言う打首だぞ』
『へ? 王族? 何、お前、そんなのと関わってたの?』
「私も初耳です」
王族。
その響きは日々サブカルチャー的な知識を蓄えている全国の少女からすればとてもポイントが高いのではないか。四代目が関わっていたならもしかして子孫である私も時代が違えば、どこかの王子様を間近で見られたのかもしれない。
そんな私の妄想を知ってか知らずか。
四代目は恨みがましい視線を母である三代目に向け。
『そこの糞メイドがそれは綺麗に立ち回ってな。身内贔屓になるかもしれんが、料理の腕も立ち振る舞いも完璧だ。俺が生まれた頃には上流階級の連中に気に入られていた』
『えへへ、褒められるのも悪くないですね!』
『褒める? 巫山戯るなよ。俺がどれだけ苦労したと…………』
そのまま拳を握り、俯いてしまう四代目。
どうしてだろう。
王様とかに気に入られたら普通喜ぶものではないのだろうか。
それとも礼儀作法的な問題? 一般庶民な私が言えた義理じゃないけど、四代目ってそこら辺気にしなさそうだし。
同じ疑問を持ったのか二代目が娘である三代目を誇らしそうにしながら四代目に質問を投げつける。
『俺の時代から想像も出来なかったが、そうかサフィアがなぁ。で、俺の孫はそれの何が不満なんだ?』
『…………二代目、早々に死んだアンタは知らないだろうが、アンタの娘が俺を生んだ時に住んでいたのはフランスなんだよ』
『フランス? いや、待て、俺がいたのは――――』
二代目の時代に住んでいた場所から相当距離があるのか、二代目は欠片の中にある自分の席から地図を取り出して固まる。
『えへへ、頑張っちゃいました!』
三代目が誇らしそうにしているが、四代目は面白くないようだ。
『瑠璃、俺が生まれたのは今で言う19世紀初期だ。その時代、フランスで何があったのか言ってみろ』
「え? 19世紀ですか? え、えーと」
いきなりそんなことを言われてもこの平凡な頭が答えられるわけがない。た、確か受験勉強の時にご先祖様総出で協力してもらった時にやったような。
「あ、フランス革命!」
『惜しいな。あれは18世紀後期。俺が生まれるより前だ。だが、まぁ及第点だ』
「よ、良かったぁ」
四代目は私の答えに満足してくれたようだ。
料理をするという条件と引き換えに勉強に協力してもらっておいてわかりませんとか言うと何を言われるかわかったものじゃない。
四代目は昔を思い出すように目を閉じながら語り始める。
『あの時代のフランスはヤバかった。革命が起こっては権力者が倒され、そのすぐ後にまたどっかの馬鹿がやらかす。そして革命。その繰り返しだ。その時代に俺の母親は王族側だったんだよ。それも一度や二度じゃない。革命が起こるってわかっているのに、今一番いい環境で料理できるからって理由で仕えてたんだよ!』
「う、うわぁ」
革命に燃えるフランスで、変態思考の三代目が笑いながら王様達に仕えている光景が目に浮かぶ。
きっと喜々として最後の瞬間まで料理を作り続けていたのだろう。そして、その度に赤ん坊の四代目を連れて生き残るまでを繰り返したのだという。
初代や二代目もその光景を思い浮かべたみたいだが、私の考えとは違う。
『それって普通じゃねえか? 旨いもん作れるならそっちに付くよな。敵とか倒せばいいし』
『だな。それくらいの
それを聞いて呆れる四代目と私。
『やっぱりか。こいつら頭沸いてやがる』
「そこですか!? 危ないとかそれ以前に――――」
『え、当然ですよね? だって、料理人ですから』
三代目が笑顔で胸に手を当ててそう言った。
おかしい。言葉が通じない。
本当に私にはこの人達の血が流れているのだろうか。
この平和な日本で私が経験した争いなんてそれこそ受験戦争くらいだ。それだって、頭のいい人たちからしてみたら平和極まりないだろう。
それなのに、この人たちは命が関わる状況でも料理を優先していた。
私の悩みが馬鹿みたいだった。
気づけば涙が止まっている。その代わり、お母さんが心配そうにドアを叩いているほうが問題だった。
「瑠璃、瑠璃大丈夫なの!?」
(や、やばいよ!)
ご先祖様達の声は私にしか聞こえない。周りの人達から見れば私が一人で騒いでるようにしか見えないらしい。
そうなると必然的に今の状況は朝早くに友達と出かけたと思ったら突然帰ってきて部屋に篭もり、さっきまで泣いていた一人娘が突如騒ぎ出したと言ったところだろうか。
「もしもし、アナタ? 瑠璃が、瑠璃がおかしいの!」
「待って。待ってお母さん! 私、普通だよ! 他の人に比べたら絶対私普通だから!」
その後、お父さんが帰ってきた後緊急家族会議が行われる中、必死に誤解を解きながら私は絶対に普通であり続けようと決意した。
母「娘の様子が最近おかしい。まさか、イジメ!?」
友人「瑠璃最近変だよね。受験でストレス溜まってんのかな? 気晴らしに今度のイベントに誘おうかな」
先祖達『料理料理料理料理』
瑠璃「た、助けて。悪霊に取り憑かれてるの!」
四代目「そうか。そんなことより苦労話だ!」
瑠璃「なんだ! 私の悩みって普通じゃん!」
以下、周囲の見る目が変わるまで無限ループ。
二代目「こ、これが四代目式カウンセリングっ――――」