『誕生日、おめでとう!』
それはいったい誰の言葉だったか。
この数ヶ月色々なことがありすぎて、私は自分の誕生日すら忘れていた。
今日出てきているのはいつもの初代から続くトリオ。
私の精神衛生上の問題から、基本的にはこの三人が出てくるようになっている。四代目までならなんとかなるけど、五代目以降が出てくるときは誰かに引っ込んで貰わないと体調が悪くなってしまう。
『瑠璃、お前もう十五なんだってな。俺の時代はもう立派な大人だぞ。胸を張れ!』
『この時代錯誤な野武士は気にしなくていいぞ。瑠璃、おめでとう』
『瑠璃ちゃん、本当におめでこうございます。私、この年まで瑠璃ちゃんが生きててくれて本当に良かった―――』
『そんな、三代目。今の日本は平和なんだから、そうそう死なないよ。あれ、どうしてみんな目を逸らすの? 待って、私が頼りないのは認めるけど、流石に生きてはいけるよ!? 一人は無理だろって? そ、そりゃあ、まだお父さんとお母さんがいないとダメだけど、これから親孝行するんだから! 待って! それは無理だってどういうこと!?」
今日も私は自分の部屋で銀色に輝く欠片に映ったご先祖様達とたわい無い話をしていた。
普段はうるさいけど、こうして何かをお祝いしてくれるのは素直に嬉しい。
今までは――――。
あれ、最後に誕生日を誰かに祝って貰えたのっていつだっけ。確か、家族にも。
「お、お母さーん!」
数分後、私は再びベットの上に飛び込んでいた。
『る、瑠璃ちゃん。おちついてください! 欠片を置いていったので、何があったかわかりませんがもう私達が付いていますから大丈夫ですよ? というか、本当に何があったんですか!?』
「ひ、ひぐっ。わ、私の誕生日は二月の二十九日で閏年の年しか来ないからって。四年に一度だからいいかって思ってたって!」
『だ、大丈夫! 四年分のお祝いをすればいいんですよ! 今年は私達がいます! ほら、ひいがいっぱい付くおばあちゃんとおじいちゃん達ですよー』
泣きじゃくる私をメイド姿の三代目が宥めてくれる。
その間、蚊帳の外といった感じで初代と二代目が。
『なあ、おい。二代目。俺、自分で祝っといて誕生日の何がそんなにいいのか分かんねえんだけど。確かに周りの連中は刀が持てるとか騒いでいたけど、そんなもん母ちゃんとか普通に白菜切るときに使ってたし、いざ料理するときに年齢とか関係ないよな』
『父さん、それはアンタが異常なだけだ。普通誕生日と言ったら――――いや、待てよ。俺の誕生日の日ってアンタ毎年狩りに行くとか言って二週間くらい帰ってこなかったよな!?』
『ああ、あれか。ちょうど獲物が取り頃でな。山とか海とかいろいろ行ったんだけど、その場で食うのが旨いんで一緒に行った仲間達と毎日宴会だったな。やたらと持ち帰れって勧められたけど、やっぱ鮮度が落ちたのじゃ調理してもイマイチなんで、保存が利くようにしてみんなに渡してたなぁ』
昔を懐かしむように目を閉じる初代に我慢の限界といったように二代目が掴みかかる。
『いや、それ多分みんな気を遣ってたんだよ! 俺の誕生日だからって食材渡してくれたんだよ! っていうかだからか! なんで狩りに出て帰ってくるときには何も持って帰ってこないんだと思ってたんだよ。随分帰ってくるのが遅いから獲物がいなかったんだなと子供ながらに心配してたのに!』
『普通に大量だったぞ。お陰様で』
『死んでからこんな事実、知りたくなかった!』
怒って殴りかかる二代目とそれを難なく交わして時折カウンターを決めている初代。地力が違うみたいだ。格闘技とかはあんまり見ないけど、あの二人だと初代の方が強いらしい。
因みに。
いよいよイライラして刀を取り出した初代に逃げながら罵声を浴びさせる二代目を気にした素振りもなく、どこから取り出したのか。三代目は最近の流行や常識がまとめられた雑誌を見ていた。
『ふむふむ。最近はこういうのが流行っているんですねー。あ、アキバとかいうのは是非行ってみたいです』
「いいんですか、アレ。あ、人が多い場所は私酔っちゃうから行かないよ」
『お爺様とお父様のアレは親子同士のコミュニケーションみたいなものなので大丈夫ですよ』
「こ、コミュニケーション…………」
欠片内部では猪突猛進気味に突っ込む初代の性格を利用して罠に嵌めた二代目が刀の届かない距離からちまちまと攻撃しているところだった。どうやら、知能では二代目の方が上みたい。
もし、私とお父さんがこんな喧嘩をしたら――――。うん、多分我が家最強のお母さんに止められるね。良かった、我が家は醜い骨肉の争いは起こらなそうだ。
『あ、そうそう瑠璃ちゃん』
「なんですか?」
『最近は誕生日の日はお祝いとしてケーキとか普段より豪勢な料理とか作るみたいですけど、そろそろ準備しなくてもいいんですか?』
「うーん。ウチは共働きだから、もしかしたら帰りにどっちかがケーキを買ってきてくれるくらいかなぁ。でも、ホールだと食べきれないんだよね」
『何を言っているんですか? 誕生日といえばパーティですよね。友達とか――――っあ』
「待って。っあ、とか言わないで! ちゃんと友達いるから! この前の事があるから確かに今は声かけにくいけどちゃんと友達いるから! 触れちゃいけない話題みたいに目を逸らさないで! 謝らないで! わ、私だって友達の誕生日に呼ばれて料理を作ったことくらいあるから! あ、しまっ」
友達がまるでいないみたいに言われたことでムキになってしまったのが悪かった。
目の前で開け広げられていた罠に気づかずにその言葉を口にしてしまった。後悔既に遅く、私を罠に嵌めた張本人は満面の笑みで。
『因みに、誕生日ケーキとかは自作するときもあるらしいですね』
『『そういうものもあるのか!』』
欠片の中では喧嘩をやめた野獣達がキラキラした目でこちらを見ていた。
三代目、一瞬でご先祖様達の争いを止めるとは、実は最強なのかもしれない。
誕生日が来たと思ったら、自分で誕生日料理を作る事になった。
「いや! 絶対に嫌! ケーキとか凄い面倒なんだよ!? ご先祖様達の時代にはあったかどうかわからないけど!」
『いいじゃねえか。俺、一回あのスポンジってのに刀入れてみたかったんだよ』
『俺は七面鳥に興味があるな。鳥ならそこら辺飛んでいるし、撃ち落としてやろうか?』
『バレンタインデーは逃しましたが、今回は譲りませんよー!』
ノリノリなご先祖様達を従え、町を歩く。
家にいればテレビの音量をマックスにしたようにどこにいても声が届いてしまうので仕方なく外に出たが、私だって素直に言う事を聞くつもりはない。
大体なぜ私が自分のお祝いのために料理をしないといけないんだろう。
その時点でおかしいのだ。
ご先祖様と出会って数ヶ月で理解した。
料理とは非常に面倒なものだ。ひたすら下処理や火加減の調整をして、一瞬たりとも気が休まる瞬間がない。思ったね、これ私に合っていないって。
「…………料理とかめんどくさいです。パンとか焼いてマーガリン塗るだけでいいじゃないですか」
『パン? 瑠璃ちゃんはパンがいいんですか? いいですね! 私パンは得意ですよ~。よくマリーに焼いていました! パンがないならパンを作りましょう!』
「ひいひいひいひいひい婆様、意味わかんないです」
どんどんノリノリになっていく先祖様達にうんざりしてくる。
なんかこの前のことを全然反省していないように思えるのは気のせいだろうか。私としては切り替えが早いだけだと思いたいんですが。この人たち重度の料理ジャンキーだからなぁ。
今は三代目までだけど、私が苦手な六代目が出てきてしまうと非常にマズイ。あの人の厄介さは他の面々とは比べ物にならない。
『なんだよ。お前なんかねえの? 料理をする時の高揚感とか、スッキリする感じが分かるなら拒否する理由ないだろ?』
「いや、疲れるだけですけど。私が怒られないようにどれだけ気を使っていると思っているんですか」
『お前馬鹿だな。怒られて落ち込んでたら料理なんかできないだろうが』
初代の言葉にほかの二人も同意する。
『まあね。俺もよくご近所さんに異臭がするって怒られた』
『ですね~。私もわざと失敗して駄メイドプレイによく興じてました』
駄目だ。
この人達料理のことしか頭にない。
三代目は何か違うような気がするけど、まだ私が聞いちゃいけいな話題な気がするし、早く目的地に急がないと。
「食事処 ゆきひら」。
下町御用達の大衆食堂で親子二人で経営している私のお気に入りの店だ。そして、何かとうるさいご先祖様達が文句を言わない数少ない場所である。
「いらっしゃい! って、瑠璃姉ちゃんか」
店内に入ると赤髪の少年が出迎えてくれる。
『ゆきひら』の一人息子の幸平創真くんだ。
「あれ、今日は創真くんだけ? おじさんは?」
「ああ、出掛けてんだ。で、今は俺が任されてる」
「うぅ、タイミング悪かったかも」
来年から中学一年になる創真くんは『ゆきひら』の店主であるおじさんの背中を見て育ってきた。
年齢にそぐわぬ料理の腕前はこの街の住人ならだれでも知っている。平時から店を一人で任されていながら客足が途絶えない事がそれを証明している。
ただ、この少年――――と、言うよりこの親子はちょっとした欠点があるのだ。
「なあ、俺の新作料理食べてくれよ! 今回は自信作だぜ。漬けダコのハチミツ和えだ」
「いや、君なんで毎回そんな超ド級の地雷作っちゃうの?」
そう言って、おもむろに調理場の裏手にあった壺から取り出したのは、最早『ゆきひら』常連の為の裏メニューという名の激マズ料理。
『相変わらずおもしれえなこのガキ』
『成程、その発想は無かった。俺の時代はタコとか食い物じゃないって教わりましたからね。ま、普通に密漁して食べたけど』
『瑠璃ちゃん。ここは食べておきましょう。大丈夫、どんな味でも笑顔で感想を言えば好感度アップ間違いなしですよ!』
(こ、こいつら、他人事だと思って! そりゃあ食べますけどね!)
この裏メニューは料金外。
舌と胃袋には優しくは無いが、中学生の懐事情には非常にやさしいニクイ奴である。
「…………いただきます」
「はいよ!」
キラキラとした視線を向けてくるご先祖様プラス一名に若干苛立ちを覚えながらも目の前のべとべとにコーティングされ、黄金に輝く海洋生物を口に運ぶ。
(―――これは、うん。ないな。みんな悲鳴を上げてるし、無駄にタコもハチミツの品質が高級品じゃないながらも選び抜かれたモノだっていうのがムカつく。後、一回これぬか漬けに突っ込んでるよね。うーん、私―――じゃなくて、ご先祖様達ならもう少しぬか床に気を遣うかな? それだけでも機嫌がよくなる子もいるし。あぁ、雑音がうるさい。食べる。食べるよ! だからもう少し静かにして!)
一通り噛み締め、瞑っていた眼を開くと眼前―――本当に目と鼻の先に創真くんの顔があった。
「どうだ?」
「……別に。私、食べれれば特に文句言わない主義だし。美味しかったらおいしいとは言うけど。後、何度も言うように私は他の人みたいの変なリアクションとかしないからね。これでも淑女なので、自分から黒歴史を増やす趣味は無いのだ!」
頭の中に響く雑音に耐えながら、目の前の創真くんを押しのける。
こんな所、彼のクラスメイトの倉瀬さんとかに見つかったらことだ。女の子の世界は怖いからね、一度ボッチになった後だとよくわかる。あの子は大人しそうだから大丈夫だとは思うけど、恋する女の子は一味違うっていうしこんな事で私の数少ない憩いの場である『ゆきひら』に通いにくくなるのは嫌だ。
苦労するくらいなら別にそこら辺のカップ麺でも満足するけど、楽して美味しいものが食べられるなら当然そっちの方がいいに決まっている。
「そっかー。瑠璃姉ちゃんは意外にしっかり感想行ってくれるし、今回も期待してたんだけどなー」
「意外とは失敬な。これでも私は創真君よりも早い時期からおじさんのお手伝いをしていたんだからまだ負けるとは思えないよ」
何を隠そう。この『ゆきひら』は私の数少ないお小遣い稼ぎの地。小さい頃から両親と仲のいいここのおじさんのお手伝いをしている私は創真君から見て姉弟子のようなものなのだ。私がお手伝い始めた頃は創真君まだ幼稚園だったし、私も皿洗いしかしてなかったけどね。
「じゃあ、今度俺と親父と姉ちゃんで新作料理対決しようぜ。今度こそ勝ってやる!」
「パス。私もうすぐ高校生だし、部活もやるつもりだからそんなことする暇はないの」
「そんなこと言って、小中と部活やっても長続きしなかったじゃん」
『そうですよ! そんなおも――――楽しそうなお誘いどうして断るんですか。それに、長続きしないって事は瑠璃ちゃんには向いていなかったって事ですよ。ここはいっそ、料理に人生を捧げる方向で!』
「ち、ちがっ!あれはお料理クラブの人達が毎日私の部活に引き抜きに来て居づらくなっただけで――――もう、学校では料理なんてしないんだから! 家庭科なんて全部休んでやる!」
創真君と三代目を筆頭にご先祖様達がうるさいが、今日はそんなことをしに来たわけじゃない。
「そ、創真君!それより、今日はお願いがあってきたの!」
「お願い?」
「そう、今日私がここに来たのは他でもないの! 創真君、私の誕生日を祝って!」
「…………」
『…………』
その瞬間。
目の前の創真君は勿論、店で私達をいつもの光景だと言って各々料理を堪能する常連さん、果ては欠片の内部まで静まり返ったという。
「る、瑠璃姉ちゃん。な、なんか嫌なことあったのか?」
「や、やあ、敷島さんのところの瑠璃ちゃんじゃないか! 奇遇だね、そ、そうだ。今日、たまたま売れ残った新鮮なお肉があるんだよ。ちょっと待っていてくれ、魚屋の源さんと八百屋の岩住さんにも声をかけてくるからね!」
「え。あの、お肉屋さん? 新鮮なお肉なら売れ残っているわけじゃないんじゃ…………あ、あれ?」
みんなが優しくしてくれる。
私なにかおかしなこと言ったかな。このままだと私が自分で自分の料理を作らないといけないことになるからお願いしただけなのに。あれ、私間違ってるかな?
『る、瑠璃、お前』
『ック、俺達の子孫がこんなに可哀想なことになっているとは! どうしてだ! 俺達は一体どこで間違った!』
『お、お父様! 今の私達は死者です。そんな事をしても死ねませんよ? 瑠璃ちゃん? おばあさま達が悪かったですから、もう機嫌を直してくれませんか? ま、まさか本気で言っているわけじゃないですよね?』
ご先祖様達が珍しく取り乱している。
どうしたんだろう。お祝いをして欲しい時はちゃんとお願いしないと誰もしてくれないよね? 私、知ってるよ。友達のお誕生日会に呼ばれた時だって、私には声がかからなかったけど本当はあの子がみんなにお祝いしてねってお願いしてまわってたんだよね? じゃないとあんなにたくさん人が集まらないもんね。
「る、瑠璃!」
振り返ると、店の入口には顔を真っ赤にしたお母さんと何か可哀想なものを見る目でこっちを見ているおじさん――――幸平城一郎がいた。あ、今目を逸らされた。
食事処ゆきひらから少し離れた場所で、店内の様子を逐一確認する人影があった。
「対象を確認。まさか、遠月卒業生と面識があったとは。それも、あの歴代最強候補と呼ばれるあの方の弟子。予想以上だ。だが、これであの堂島銀をはだけさせた理由がわかった。これほどの人材がまだ誰の目にも止まっていなかったとはな。今すぐ学園に報告せねば」
本来ならば祝われ、喜ばれるはずの誕生日。
一人の少女にとってその日は奇しくもその運命を大きく動かすことになった。