贖罪のゼロ   作:KEROTA

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完結編 POSTLUDE

 槍の一族によるフランス侵攻と時を同じくして、ローマ連邦トレンティーノ=アルト・アディジェ州の軍事基地にて。

 

 この州が擁する軍事基地では今、極秘軍事作戦のための準備が慌ただしく進められていた。

 

「薬と栄養剤をヘリに積み込め!」

 

「作戦開始まであと5分! 各隊、配置急げ!」

 

「装備点検をぬかるな! 現地ではMO手術の被験者だけじゃなく、未知の動物兵器も確認されているとの情報が入っている!」

 

 ローマ連邦陸軍第9空挺中隊『ヴィヴェルナ』。空飛ぶ怪物(ワイバーン)の名を冠する特殊部隊である。

 

 ローマ連邦軍の中でMO手術の実戦運用を初めて行ったこの部隊に求められる役割は、『少人数による』『迅速な』『標的の抹殺』──即ち、斬首作戦である。

 

 今回彼らに下された表向きの任務は()()()()()()()()、『槍の一族』による侵略行為を受けているフランス共和国への軍事支援。しかし当然ながら、その裏には別の目的がある。

 

 彼らの真の任務とは、即ち『オリヴィエ・G・ニュートン』および『エドガー・ド・デカルト』の暗殺。それは『敵』と『敵の敵』による決戦のどさくさに紛れて、漁夫の利を得るための作戦に他ならない。

 

 ではその利とは、誰にとっての利なのか。その答えは言うまでもない。

 

『神』を目指し、槍の一族にもフランスにも属さない者たち。即ち、本家ニュートン一家にとっての利である。

 

 

 

「こうして見ると壮観だな」

 

 そう感心の声を上げたのは、体格のいい角刈りの黒人男性──アラン・ケンロック。迷彩柄の戦闘服に身を包んだ彼は、着々と準備を整えていく軍人たちを見ながら口笛を吹いて見せる。

 

「連邦最古にして最新鋭の評判は伊達じゃない。非一族の人間にしては、悪くない動きだ」

 

「違いない」

 

「この分なら、我々の出る幕もなさそうだな」

 

 アランの言葉に同調するのは、彼と同じくニュートンに連なる者たちだ。一族の上位に立つ者たちの護衛を任されている彼らは、自らの陣営に対する絶対の自信と、一族外の人間に対する微かな侮蔑に裏打ちされた軽口を、緊張感なく交わしている。

 

「油断はするな、お前たち」

 

 そんな彼らを諫めるように、中年男性が重々しく言葉を発する。

 

 ミルチャ・フォン・ヴィンランドーー上位以外の一族内の人間を束ねる人物。

 

 周囲と同じ戦闘服に身を包んだ中年男性はただ一人、険しい表情を崩すことなく続ける。

 

「槍の一族にフランス、どちらも侮っていい相手ではない。不用意に隙を見せれば、足元をすくわれるのは……」

 

「ミルチャさん、心配のしすぎですよ」

 

 アランは苦笑交じりにミルチャに返す。

 

「彼らの練度は、フィンランドの『エインヘリャル』やフランスの『MO特戦群』にも劣らない。加えてこの作戦で指揮を執るのは、我らが当主様だ」

 

 おどけたように言いながら、アランは横目で見やる。

 

「──敗北はまずありえないでしょう」

 

 名実ともに、この場における最高司令官となった人物。

 

 迫る決戦の気配にも全く臆することなく、落ち着いた様子で椅子に腰かける青年の姿を。

 

 

 

 

 

 

ジョセフ・G・ニュートン

”ローマ連邦軍『臨時大元帥』/ニュートンの一族『当主』”

 

MO手術ベース”???型”

―???―

+

MO手術ベース”扁平動物型”

―プラナリア―

+

MO手術ベース”魚類型”

―デンキウナギ―

 

使用武器:対テラフォーマーコーティング式西洋刀

『ジョージ・スマイルズ』

 

 

 

 

 

 

「……護衛たちが浮ついていますね」

 

 そんな彼らの様子を少し離れた場所から見ながら、和装の男──エロネ・新界はため息をつく。表情を大仰に崩すことこそないものの、どこか呆れの滲む口調だ。

 

「あの調子で大丈夫なんですか?」

 

「まぁ無理もないわ」

 

 ジョセフに向けたつもりだったその言葉に返事したのは、ファティマ・フォン・ヴィンランド。エロネ以上にこの場に似つかわしくない、煌びやかな民族衣装に身を包んだ彼女は「なんたって」と頬を緩ませる。

 

「遂に叔父様が、直々に指揮をとられるんですもの! ゲガルドもデカルトも一網打尽! あんな連中、目じゃないわ!」

 

 キャー、と黄色い声を上げるファティマ。エロネはそれに対して「お前もか」と言わんばかりの白けた視線を向ける。

 

「……まぁ、そこの色ボケしてる愚妹はともかくとして」

 

 そんな両者の会話に、ファティマの姉である金姫(ジェンジェン)・フォン・ヴィンランドが口を挟んだ。

 

「今回の件は、長年の内患を一気に潰せる絶好の機会。多少浮かれるのはしょうがないんじゃない?」

 

「一利はあるが……」

 

 金姫の言葉にそう返しながらも、どこかエロネの様子は煮え切らない。そんな彼に「士気が低いよりはいいさ」と声をかけたのは、他でもないジョセフだった。

 

「アネックス計画以降、()()の増長は目に余っていた。一族上位の者も何人か殺されてしまったし、皆にも随分窮屈な思いをさせちゃったからね。このくらいは大目に見るべきだ」

 

「……当主がそう仰るのであれば」

 

 わざわざ食い下がる程のことでもなかったのだろう。エロネは頷くと、それきり静かに口をつぐんだ。

 

(事態は順調に進んでいる。気がかりがあるとすれば……)

 

 一方ジョセフは、それを横目に見ながら思索を巡らせる。

 

 思惑通りに事は進んでいる。それ自体は喜ばしい。だが、不自然なほどに順調すぎる。好事魔多しというが、ここにきて何のトラブルも起こっていないことが、ジョセフには不気味で仕方なかった。

 

「何考えてるか当ててやろうか、ジョー」

 

 そんな彼に、隣からからかうような声がかけられる。ジョセフが声の主へと振り返れば、ソファの上にふんぞり返る身内の姿が目に飛び込んできた。

 

「『アダム・ベイリアルどもが大人しすぎる』……違うか?」

 

 ──ハンニバル・フォン・ヴィンランド。

 

 数学の難題をまとめた本から視線をあげた彼は、ジョセフの顔を見てにやりと笑う。

 

「図星だな。今、瞳孔が少し開いたぞ」

 

「……ハハ、兄さんに隠し事はできないな」

 

 内心を言い当てられたジョセフは、思わず苦笑する。彼が脳裏に思い浮かべていたのは、ゲガルドやデカルトのような内患のことではない。むしろ外患の筆頭たる、あの狂人たちのことだ。

 

(痛し痒し以来、奴らの嫌がらせはすっかり鳴りを潜めた。火星でもゴキブリ側にMO手術の技術を流したくらいだけで、干渉らしい干渉はない。おかげで計画も上手くいったから嬉しい誤算といえばそうだが……こんなこと、少なくともここ数世代は一度もなかった)

 

 特に異様なのが、アダム・ベイリアルの活動自体は特段沈静化しているというわけでもない点。むしろ過激化しているといっても過言ではない。現に槍の一族の破壊活動に便乗(悪ノリ)したアダムによる、散発的なテロ行為は世界各地で確認されている。特に被害が甚大なのは、中華人民共和国だ。

 

 ──ウイルス兵器がばら撒かれ、ゾンビ化した市民で溢れ返った上海。

 

 ──刀剣状の寄生生物を片手に1000人の通り魔がうろつく深圳。

 

 ──無数の下半身が跋扈し、上半身狩りという蛮行が横行する南京。

 

 ──ドーピングによって強化された、やたら目の輝いている暴徒が暴れ回る武漢。

 

 ──触れたものが異形へ変じる、煤のような物体に覆われた広州。

 

 ──巨大な口と無数の腕を持つ球状の怪物が大挙として押し寄せ、壊滅した成都。

 

 ──住民が一人残らず死滅し、異形と化した動植物だけが残された北京。

 

 ──住民が片っ端から食い殺され、一夜にして廃墟となった村々。

 

 神奸達(スニーカーズ)から日々届くのは、そんな耳を疑うような中国の惨状に関する報告の数々。

 

「呉昆平主席、先日過労と心労で倒れたそうだよ。命に別状はないらしいけど、当分復帰は難しってさ」

 

「表の支配者ってのは難儀だな。いっそ辞めさせてやれよと思うね、俺は」

 

 ハンニバルが心なし、気の毒そうにぼやく。人の心の機微など気にも留めない筈の彼がここまで言うのは、軽口の部類であったとしても余ほどのことであった。

 

 新兵器と悪ふざけの見本市のような有様には流石のジョセフも同情を禁じ得ないが、それはそれとして「なぜその中のただ一つとして、ローマ連邦に使われないのか?」という疑念は日に日に強まっていく。

 

 嵐の前の静けさ。今の自分たちを取り巻く状況に相応しい言葉は、きっとこれだろう。

 

「……嫌な予感しかしないな。()()()()()()?」

 

 ジョセフはそう言って、隣に佇む『・|・』の模様を持つスキンヘッドのテラフォーマー、〈祈る者(インヴォーカー)〉へと声をかけた。

 

「短時間とはいえ、直接奴と会ったことがある君の所感を聞きたいんだけどね」

 

「……」

 

 ジョセフの問いかけに対し、〈祈る者〉は無言を貫く。その不躾な態度に、ファティマは直前までの上機嫌から打って変わって目を吊り上げた。

 

「ちょっと、叔父様が訊いてるのよ! 何とか言ったらどうなのコイツ!?」

 

「よせ、言うだけ無駄だ」

 

 食ってかかろうとする彼女を、エロネが窘める。

 

「ゴキブリと私たちでは根本的に言語が違う。理解できるはずもない」

 

「だとしても、少しくらい反応しなさいって話よ! この役立たず!」

 

 ヒステリックにファティマが罵るが、当の〈祈る者〉はまるで意に介さない。昨今の人類側の国際情勢に加え、最近になって表れた『とある勢力』……それらと事を構える際のリスクを考慮してニュートン一家と手を組んだ彼らだが、根本的に馴れ合うつもりはないのだろう。

 

(奴らの興味が我々から移った? いや、ありえない。考えられるとすれば──)

 

 顎に手を当て、ジョセフは再び考え込む。だが、その思考は長くは続かなかった。

 

「「「!」」」

 

 弾かれるように、この場にいる者たちは一斉に顔を上げた。彼らの鋭い聴覚、あるいはそれに代わる器官が拾い上げたのだ──遠方で発せられた発砲音を。

 

「これは……」

 

 一発目を皮切りに、途絶えることなく響く銃声と爆音。ただならぬ事態に護衛たちが警戒を強めたその時、ジョセフの通信端末が信号を受信した。

 

「私だ」

 

『敵襲です、元帥ッ!』

 

 管制室からの通信で飛び込んできた情報に、室内にいる者たちの間に緊迫した空気が張り詰める。

 

『現在、第45・第63小隊が正門にて交戦中!』

 

「そうか……分かった。第一種警戒態勢発令、増援を正門に向かわせろ。私もすぐに行く」

 

 ──ここで来たか。

 

 通信端末を切ると、ジョセフは溜息をつく。

 

「おしゃべりは終わりだ。全員、戦闘準備」

 

 西洋剣を手に立ち上がったジョセフに、空気がピリリと張り詰める。

 

「俺の予想が正しければ、相手は警備の兵士たちだけじゃ荷が重い奴らだ」

 

 言葉少なに告げて歩き出すジョセフ。その背後に〈祈る者〉や、他のニュートンの面々が続いていく。

 

 

 

 ──やがて現場に到着した彼らを出迎えたのは、戦場というにはあまりにも異様な光景だった。

 

 

 

「まぁヴォーパル! お茶会に新しいお客様がいらっしゃったわ!」

 

 

 

 その中で真っ先にジョセフたちに気付いたのは、ワインレッドのウェディングドレスを纏った少女。ウサギ耳をあしらった髪飾りに懐中時計、ドレスの両脇に描かれているのは『林檎の芯に絡みつく妖虫(ニュートンへの反逆印)』。

 

「ああ、よかったわ! なんだかとっても、つまらなくなってしまっていたの! だってそうでしょう? 土手の上に並んで座っていても、何もすることがないんだもの! さぁさぁどうぞ、お席は一杯空いているわ!」

 

 その周囲に転がるのは体の至る箇所が別生物のそれへと変異し事切れた、あるいは綺麗に急所を切断された、あるいは外傷すらない兵士たちの死体。

 

 屍の山に囲まれた彼女は、ナイフを持った手で頬の返り血を拭いながら無邪気にほほ笑む。

 

「ロンドン橋のように、すぐに落ちてしまわないといいのだけれど」

 

 

 

 

アストリス・メギストス・ニュートン

“アダム・ベイリアル直下戦力『【S】EVEN SINS 番外:虚栄(ヴァニティ)』/

烙印(スティグマ)【Q】―The Queen(女王)-』”

 

αMO手術ベース”非細胞性生物型”

―エイリアン・エンジン・ウイルス:♂型プロトタイプ―

専用装備:体内内蔵型遺伝子変異活性機構

 

SYSTE(システム):Hastalyk(ハスターリク)

赤の変則駒(フェアリーピース)

Orphan(オルファン)

 

 

 

「わかりみが深い」

 

 それに頷くのは、アストリスの隣に立つ大男。身長3m強の巨体に、巌のような筋骨。紅蓮の長髪に隠されたその背には、アストリスと同じニュートンの反逆印の刺青が彫ってある。

 

「どいつもこいつも……歯ごたえがないのは、なぁぜなぁぜ?」

 

 その周囲に転がるのは鉤爪に切り裂かれ、あるいは牙で噛み千切られ、あるいは踏み潰された損壊の激しい兵士たちの死体。

 

 血の大河に立つ彼は、口元についた血肉を舐めとりながら獰猛に笑う。

 

「少しは我を愉しませてくれ」

 

 

 

 

ヴォーパル・キフグス・ロフォカルス

“アダム・ベイリアル直下戦力『【S】EVEN SINS 番外:憂鬱(メランコリー)』/

烙印(スティグマ)【R】―The Rex()-』”

 

αESMOデザイニングベース”爬虫類型/軍用生物型/■■■■型”

―インドミナス・レックス―

+

紅式αESMO手術ベース”爬虫類型/軍用生物型/■■■■型”

―インドミナス・ラプトル―

+

MO手術ベース(ツノゼミ差替)”昆虫型/■■■■型”

―テラフォーマー(スキンヘッド)―

 

専用装備:遺伝子発現比率歪化機構

『SYSTEM:Typhon(テュポーン)

 

 

 

「ッ! こいつら……!」

 

 見覚えのあるその顔に、金姫は表情を強張らせた。忘れるはずもない、三年前の痛し痒し(ツークツワンク)でアメリカとフィンランドを散々に荒らしまわった、アダム・ベイリアルの直下戦力。

 

「あっ! やせいのニュートンいっか が とびだしてきた!」

 

 この場にいる全員が敵の正体を察した直後、ヴォーパルの影から一人の人物が顔を出した。

 

「いけっ、ヴォーパル! アストリス! ……なーんてね」

 

 西洋人の少年だった。

 

 顔立ちは整いすぎず、されど崩れ過ぎず。幼すぎず、老いすぎず。強いて特徴らしい特徴を上げるなら、それはこの場に相応しくない白衣を纏っていることくらい。だが彼が纏う空気は、明らかに常人のそれとは異質な何かを孕んでいる。

 

「やっほー、久しぶり!」 

 

 旧友に再会したような気安さで、彼はフランクに手を挙げる。ひどく薄っぺらな笑顔の下から、底の見えない退廃の色をのぞかせながら。

 

「僕に構ってもらえなくて、寂しかった?」

 

 ──アダム・ベイリアル。

 

 ニュートンの一族の天敵、白衣を着た悪魔がそこにいた。

 

「……一応聞いておく。何をしに来た?」

 

「何をしに? あはは、分かりきったこと聞くじゃん。そんなの決まってるじゃん──」

 

 剣呑な声で問うジョセフに、アダムはけらけらと笑って見せる。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。つまり……君たち全員、ここでぶっ殺す! って話さ」

 

 

 

「……ッ!」

 

 ジョセフはいよいよその目から感情の色を削ぎ落して、眼前の道化を睨んだ。この問答を経て、彼は気付いたのだ。今回のアダムの行動が単なる嫌がらせではなく、ニュートン一家に対する本気の攻撃であることに。

 

「当主様、お下がりを!」

 

 ジョセフたちを庇うように、この場で生き残っていた唯一の人物が声を張り上げる。褐色肌が特徴的な、少々童顔の青年だ。

 

 ローマ連邦の兵士ではない。彼もまたこの場に召集されていたニュートン一家の一員であり、有事に備えて正門に配備していた人員だった。

 

「敵は3名のみ! ですが、恐ろしく強い!」

 

 平時愛用しているバーテンダー衣装ではなく、ミルチャ達同様の戦闘服に身を包んだ彼は、険しい表情で侵入者たちを睨みつけた。

 

「この場を任されていた部隊は、私以外全滅しています! 手術を受けていた兵士たちでも、歯が立たず……奴らは危険です!」

 

「……なるほどね」

 

 洗練された動きで、ジョセフは鞘から太刀を抜く。彼はアダム達を睨みながら一同の前に歩み出た。

 

「概ね状況は理解した。ただ、君の情報には誤りがある」

 

「? 誤り、ですか?」」

 

 怪訝そうに眉を顰める青年に頷き、ジョセフは歩みを進める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()4()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして流れるように太刀を振り下ろし、青年の体を真っ二つに切り裂いた。

 

「っ!?」

 

「叔父様ッ!?」

 

 突然の凶行に、一同の間に動揺が走る。護衛たちはその行動にまるで反応できず、ファティマですら意図を理解しかねて目を見開く。

 

「当主様、何を──ッ!?」

 

「……」

 

 思わず身を乗り出すミルチャだったが、それを手で制したのは〈祈る者〉だった。この場で唯一ジョセフの行動の意味を理解した彼は、警戒心を滲ませながら事態の推移を見守る。

 

 

 

 ――そんな中で。

 

 

 

「……なるほど。流石の観察眼と判断力だ」

 

 

 

 ──ひどく平淡なトーンで、その言葉は紡がれた。

 

 ジョセフでもアダムでもなく、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「だが、解せないな」

 

 青年は──否、青年の姿をしたナニカは、頭が薪のように裂き割られた状態のまま、ジョセフに問いかける。

 

「なぜバレた? 姿形は当然、自認も完璧にこの男に寄せていたはずだが」

 

 右半身と左半身が致命的にずれたまま、ナニカはキョロリと目を動かす。その異様な光景に息を呑む一同の前で、ジョセフは淡々とその疑問に答えた。

 

「お前の擬態は精巧だったよ。ただ、()()()()()

 

 太刀を構え直しながら、人類の到達点は静かに対峙者を睨む。

 

「コンマ秒のズレもなく等間隔でまばたきする人間なんて、この世にはいない」

 

「なるほど、正確すぎるのも考え物ということか。参考になる」

 

 言葉を交わす二人。その様子を観察していたエロネは、すぐに違和感に気が付く。

 

(あの男、()()()()()()()()()()()()()? あれほどの傷を負いながら……)

 

 強力な再生系のベースであれば、脳や脊椎が損傷しても死に至らないケースは存在する。他でもないジョセフがそうだ。

 

 だが、あれほどの傷を負ってなお意識を保ち、あまつさえ平然と会話を続けるなど、例え彼であっても不可能。まして『傷を負ったにも関わらず血を流さない』など、物理的にありえるはずもない。ならば、あれは一体なんだ?

 

「今後、『自分探し』をする際には注意するとしよう」

 

「今後があると思ってんのか?」

 

 すかさずジョセフは更なる一太刀を浴びせる。その刃は確かに少年の胸部を切り裂いたが、当事者はやはりそれを意に介さない。

 

「ああ、ある。その問いは既に、実証済みだ」

 

 真一文字に一閃された傷が、真っ二つに切り裂かれた傷が塞がっていく。甲殻型や軟体動物型に見られる『再生』と形容するには、少々異質な現象だった。むしろ『癒着』とでもいうべきだろうか? それは二つに分かれた紙粘土をくっつけ、一つの塊にまとめ上げていく作業に似ている。

 

 しかし肉体の変化はそこで終わらない。彼の顔が、手足が、胴体が、まるでパン生地を捏ねるようにグニャグニャと変形し、そして再整形されていく。

 

 ──そうして作り直されたのは、白人の少年だった。

 

 数秒前までとは似ても似つかない姿形。衣装がそのままでなければ、誰も変身前と同一人物だとは思わないだろう。少年は感情の色のない目でジョセフを見つめる。

 

「ジョセフ・G・ニュートン。俺はなぜ、自分を見失っていると思う?」

 

「知らねぇよ」

 

 ジョセフの剣が少年の体を貫く。

 

 場所は脇腹──免疫寛容臓が埋め込まれている位置。常人であればベース生物の細胞が暴走を引き起こし、再生能力の有無に関係なく死に至る致命傷だ。

 

「お前のモラトリアムなんて、こっちは欠片も興味がない。時間稼ぎなら、もう少しまともな発言をしたらどうだ?」

 

「そうか。なら、簡潔に述べるとしよう」

 

 だが、少年の肉体は変調をきたさない。腹に太刀を突き立った状態でありながら、平然とした様子の彼は右腕を振り上げる。

 

 

 

「お前に俺は殺せない、ということだ」

 

 

 

 ジョセフは少年の脇腹を切り裂きながら刃を振り抜き、少年の腕を切り飛ばした。手首から先が、クルクルと宙を舞う。

 

「ブシュゥッ!」

 

 少年はその口から、何かの液体をジョセフへ噴きかけた。血ではない。それが反撃であることを察したジョセフは剣を手放すや、自らの特性で電磁バリアを構築。電荷の盾に阻まれた液体は文字通り霧散し、彼へと到達することはなかった。

 

「これも防ぐか」

 

 口端を拭いながら、抑揚のない声で少年が評する。

 

「さすがは人類の到達点。素直に感服に値する」

 

「そう思ってるようには見えないけどね!」

 

 軽口を返しながら、ジョセフは攻勢に転じる。

 

(こんだけやってダメなら、斬撃……いや、斬撃だけじゃなく物理攻撃全般が効かないと思った方がいいな。なら、このまま電流で細胞ごと焼き切る!)

 

 ベース生物大の時点で800Vにも及ぶ威力を発揮する、“デンキウナギの雷撃“。目の前の敵を抹殺するべく、彼が再びそれを放とうとしたその時、何かが視界の外からジョセフの左腕へ飛びついた。

 

「!」

 

 慮外の事態に思わず視線を向ければ、その正体はすぐに判明した。

 

(右手だと?)

 

 先ほど切断した少年の右手。それが攻撃の間際に割り込んできたものだった。右手はまるで意思を持っているかのように、五本の指をジョセフの皮膚へと食い込ませている。

 

(切り離した部位が自立行動を? どんな特性……いや、問題ない)

 

 浮かびかけた疑問を沈める。多少驚きこそしたが、それだけ。眼前の敵を倒してから、ゆっくり剝がせばいい──そう考えての選択だ。

 

 実際、その判断にはある種の妥当性があった。右手に込められた力は腕をへし折る程ではなく、攻撃を阻害する程の重さでもない。振りほどくことを後回しにし、まずは敵の打倒に切り替えるという選択は間違ってはいなかっただろう。

 

 

 

 

 

 

「さて、これはどうする?」

 

 

 

 

 

 

 もっともそれは、『掴まれた左腕に何も起きなければ』の話だったが。

 

「──!」

 

 その異変に気づいた瞬間、ジョセフは数秒前の自分の選択を翻した。

 

 攻撃を中断し、再び剣を手に取った彼は、間髪入れずに()()()()()()()()()()()──そうしなければ取り返しのつかないことになると、彼の本能が警鐘を鳴らしていた。

 

 果たしてその直後、ジョセフは自身の直感が正しかったことを知る。

 

 重力に引かれるまま路上へ落ち、アスファルトの上に転がったジョセフの腕。それが突如、命を吹き込まれたかのようにのたうち回り始めたのだ。

 

「ッ……!」

 

 跳ね回る腕は、さながら水揚げされた魚か切り離されたトカゲの尻尾。その肉は一人でに捻じれ歪み、骨は自ずとありえない方向に折れ曲がり、刻々と原形を失っていく。まるで切り落とされた腕が、自ら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「放置しても、碌なことになりそうにないな──!」

 

 即断。ジョセフは己の腕だったものに剣を突き立て、刃伝いに電流を流す。白い火花が散り、痙攣する腕には熱傷が刻まれていく。放電が終わった時、煙を上げる腕は既に動いていなかった。

 

「これも対処するか」

 

 一方、少年の右手は危険を察知し、既にジョセフの左腕から離脱していた。手は五本の指を器用に動かし、それなりの速さで本体の下へと駆け戻っていく。右手はぴょんと跳ねると、少年の腕の断面へと自らを飛び乗る。

 

「おかえり」

 

 けん玉のように連結された片手。その具合を確かめるように二、三度開閉してから、少年は何かを思いついたように「よし」と頷いた。

 

「決めた。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 かと思えば、流れるようにわけの分からない言葉を吐いた。

 

「今から俺は、()()()()()()()G()()()()()()()()

 

「……は?」

 

 本気で意味が分からず、ジョセフを始め一族の面々は一斉に首を傾げた。ファティマだけは物凄い形相で少年を睨みつけた。

 

 先ほどの発言も大概電波系ではあったが、今回のそれは一際意味が分からない。対峙するニュートン一家を置き去りに、少年の中で話は進んでいく。

 

「では早速、新しい顔を──」

 

「はいストップ~」

 

 有言実行とばかり、粘土細工のように顔を捏ね始めた少年を、すかさずアダムが制止した。

 

「……なぜ止める」

 

 どこか不満げに、少年はアダムへ顔を向ける。パーツがあちこちへと散ったその顔は、オブラートに包んだ表現をするならリアル福笑い。

 

「いや普段ならともかく、目の前で部下が『自認:愛で私を殺してくれマン』になろうとしてたら、流石の僕も止めるんだわ」

 

 ぐちゃぐちゃの顔に、アダムは真顔で返した。

 

「黒歴史になると思うから、今回の『自分探し』だけはホントやめた方がいいと思う。せめてオリヴィエ君で……いやでもオリヴィエ君も大概人間性終わってるしなぁ……」

 

「だが、もしも俺がジョセフ・G・ニュートンだったらどうする?」

 

 深刻な面持ち(※なお福笑い状態)で意味不明な懸念を述べつつ、静かに食い下がる少年。そんな彼の両肩に、ポンと二つの手が置かれた。

 

「それはないと思うの」

 

「ナシよりのナシの更にナシ」

 

 アストリスとヴォーパルであった。日頃何を考えているのかよく分からない二人が、優しい表情でマジレスしてくるレベルの所業であるらしい。アストリスに至っては、なんか微妙に口調が崩れている。

 

「…………そうか。なら、顔は戻すとしよう」

 

「私もお手伝いするわ! カラスと机は似てるもの、気を付けないと混ざってしまいそう」

 

 どこかショボンとした雰囲気の少年と、楽しそうなアストリス。二人は化粧直しでもするかのような空気で、顔そのものを作り直し始める。

 

「……甘く見られたものだな」

 

 対するジョセフは、緊張感のない目の前の茶番に青筋を浮き上がらせた。

 

「え、事実でしょ? 君が火星に来た時、初日から班員でバーベキューしたの忘れてないからね? あのシーンはライブ中継で見てたけど、アストリスとヴォーパルが揃ってドン引きするって相当だよ? 控えめに言って、誰かの手本になれるほどできた人間じゃないっていう自覚もった方がいいと思う」

 

「マジサイテー。ゲスピすぎて流石の我もスンって感じー」

 

「……たった四人で、私たちとやり合うつもりかと聞いてるんだ」

 

 揶揄するアダムとヴォーパルの前で、ジョセフは切り落とした左腕を“プラナリア”の特性で再生させる。開戦へと一気に傾いた空気を察し、〈祈る者〉やエロネ達もまた呼応するように臨戦態勢をとった。

 

 更には増援として現着したローマ連邦の駐屯兵たちが四方から現れ、アダム達を包囲する。

 

 多勢に無勢──そんな言葉が相応しい状況。

 

「あ、そっちか。んー、とりあえず……『それはどうかな?』と答えておこうか」 

 

 一方、微塵も焦りや怯えを見せないアダムは、気楽に首を傾げて見せる。

 

「まぁ僕はともかく、約二名はすっごいやる気みたいだけど」

 

 その言葉通り、増援(おかわり)の登場に歓声をあげた者たちがいた。言うまでもなく、アストリスとヴォーパルだ。

 

「まぁまぁまぁ! すごいわ、ヴォーパル! こんなに賑やかなお茶会は初めてよ! 思わず踊りだしてしまいそう!」

 

「それなーの権化! マジテンションあげみざわ! 早速皆殺しに──」

 

「待てお前たち」

 

 今にも飛び込んでいきそうなほど二人に、鼻の位置と長さが明らかにおかしい少年が釘を刺す。当然、物凄く気分を害された二人は、ブーイングの嵐を少年に向けた。

 

「まぁ、ひどいピノキオさんね! ここじゃ、みーんな気がくるってるのよ!? それなのに待てだなんて! きっとハンプティダンプティを塀から落っことしても、何とも思わないのね!」

 

「マジアリエンティ! ガン萎え! チョベリバMK5の激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム!!」

 

「……理解できない言語だ。この会話に付き合えるグリードを尊敬する」

 

 鼻を調整しながら、少年は「誰も止めろとは言っていない」と続ける。

 

「だが、もう少し待てという話だ。直にこちらの役者も揃う」

 

「……役者だと?」

 

 不穏な単語にジョセフが反応したその時、彼らの頭上で不意に何かが光った。

 

『総員、退避してくださいッ!』

 

 その時、兵士たちのインカムが、管制室からの悲鳴にも近い指令を受信する。

 

『頭上より巨大な落下物! 数は6! 10秒後、敷地内に着弾します!!』

 

「なっ!?」

 

 一人の兵士が思わず空を見上げる。雲一つない夜闇の中、豪速で地上へと接近する『何か』がはっきりと視認できるほどの距離にまで迫っていた。

 

「た、退避! 退避ーッ!」

 

 騒然とした兵士たちが、一斉に駆け出す。直後、凄まじい轟音と衝撃が立て続けに基地を襲い、逃げ遅れた兵士を巻き込みながら破壊を引き起こした。

 

「ッ、これって……!」

 

 砂煙が巻き上がり、瓦礫の礫が四方八方に飛散する。自らを目掛けて飛んできたそれを二本の指で摘まんで止めながら、金姫はその攻撃の正体を察する。

 

「『天使の梯子(クレパスキュラー・レイズ)』!? 奴ら、なんてものを……!」

 

 それは数世紀も前に考案された構想兵器に着想を得た、突入兵器。落下エネルギーで周囲を破壊する質量兵器『神の杖』を地下突入用の輸送兵器に改良したものが、金姫が口にした『天使の梯子(クレパスキュラー・レイズ)』。イギリスを含む一部の国が採用を検討している、未だ試験中の兵器である。

 

「はい、金姫ちゃんナイスリアクション! でもちょーっと惜しい!」

 

 アダムはビシッと金姫を指さした。

 

「説明しよう! この兵器の名前は『悪魔の不法投棄(ダストデビル)』! 敵陣のド真ん中に戦力を送り込むために、『天使の梯子』改造して作った対地上人員突入用兵器なのだ!」

 

 ──砂埃が晴れていく。

 

 そうして衆目に触れたなったのは、コンクリートの地面に突き刺さった六本の金属柱。質量兵器の名に恥じぬその物体は、大気圏突入時の熱のまま煙を噴き上げ、排水口から衝撃緩和用の工業ゲルを吐き出し続けている。

 

「ということでさっきのちゃんとした答えだけど……まさか君たち相手に、4人で戦おうなんて思っちゃいないさ。こっちには心強い仲間がなーんと!」

 

 ──6人もいるんだぜ? 

 

 その声に応えるように、柱の側面にある開閉口が開く。果たしてその中から現れたのは、六つの人影だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「現地時刻、20時42分……間に合ったな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 軽やかな靴音と共に、その人物は基地内に降り立った。

 

 

 

「現着しました、博士。指示をお願いします」

 

 

 

 ──1人目、全身に古傷が刻まれた軍人。

 

 その身を固めるものは武装から防具、補助用のウェアラブルデバイスに至るまで、全てが時代を先取りした次世代式のもの。怜悧に、そして油断なく戦場を一望しながら、増援のまとめ役たる彼は次なる指令を仰ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全てはラハブの御意思の下に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静謐な、道理を説くような声が戦場に木霊する。

 

 

 

「それを“分からせて”差し上げましょう……我が神通力(シッディ)にて」

 

 

 

 ──2人目、なぜか己の乳首を弄り回している褐色肌の僧形。

 

 髪を剃り落とした頭部に首からかけた数珠、赤い腰布を巻いた姿はバラモンの高僧のよう。屈強に鍛え上げられた上半身を惜しげもなく晒し、ハートマークの前貼り(ニプレス)越しに自らの乳頭を指で撫でまわす。

 明らかな猥褻行為と共に厳かに告げながら、彼は緩やかに開眼した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ア゛ァ~~、やっと到着かよ。ったく、狭っ苦しいったらありゃしねェ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 野蛮な、そして野太い声が戦場に轟く。

 

 

 

「さァて! そんじゃあ、クソったれの肉食主義者(カーニスト)狩りのお時間だ! どいつから死ぬ!? 俺様が相手になってやるぜ!!」

 

 

 

 ──3人目、鉄のレスラーマスクをつけた格闘家。

 

 赤く派手なリングコスチュームを羽織り、腰にはチャンピオンベルトを巻いている。戦意の高鳴りに呼応するように両拳を打ち合わせれば、硬質な音と共に火花が散る。戦意をみなぎらせながら物騒に吐き捨てると、彼は全身の筋肉を隆起させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さいっっあく。どこもかしこもひと、ヒト、ひと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 辛うじて意味の分かる異音が、鼓膜を引っ掻く。

 

 

 

このほしにとりついた、やくびょうがみどもめ。しね、ひたすらにしね……!

 

 

 

 ──4人(?)目、緑色の肌をした少女……のような生命体。

 

 160cmにも満たない小柄な体格に、幼く中性的な顔立ち。全身に生えた棘は逆立ち、鱗とも毛ともつかない形状に変化した肌の一部が、人体でいう局部にあたる箇所を隠している。人間ともゴキブリとも異なる瞳に憎悪の色を宿した彼女は、敵意と共に昏い気炎を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼ですが……地球の人類は、マナーというものをご存知ないのでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無感動な、それでいてどこか抑圧するような声が響く。

 

 

 

管理者()を直視する。これはあまりにも無礼な行為です。まずは頭を地面にこすりつけ、蹲いなさい。腰から頭頂部までの角度は30°、頭は地面に5mm食い込むように。それが、上位存在に対するマナーです」

 

 

 

 ──5人(体)目、なんか冒涜的でタコっぽいやつ(ほぼクトゥルフ)

 

 柱を派手に内側から破壊して姿を現したのは、蛸を思わせる頭に、巨大な蝙蝠の翼を持った怪獣。ヴォーパルをも上回る巨体は鱗とゴム質の肌、胴体部分を巻貝様の殻で覆われている。その腕は左側に丸太のように太く強大な鉤爪、右側に異常に強靭化した筋肉を備え、腰には頑強で屈強な足と太い触腕は生えていた。

 

 とあるホラー小説の挿絵そのままの肉体を引っ張り出しながら、巨怪は横長の瞳孔で矮小な生物たちを見やる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じょうじ、ジョージ、Jyouji……じぎ、ジギギ、GE(ゲッ)GE(ゲッ)GE(ゲッ)!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、人類の天敵たる悪魔が異端の言語を発する。

 

 

 

「──”George=Smiles”」

 

 

 

 ──6人(匹)目、額に『∴』の紋様を持つスキンヘッドのテラフォーマー。

 

 通常のテラフォーマーに比べ、一回りほど屈強な体格。全身を覆う漆黒の甲皮には黄金の縞模様が浮きあがり、その威容は雷神か鬼神を彷彿とさせる。

 腰に西洋刀を佩いた彼は、赤い外套(マント)をはためかせながら不敵に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──かくして7つの大罪と2つの余罪が、青き星に降り立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いねジョセフ君……君はお呼びじゃないんだ(このハルマゲドンは)すっこんでろ(二人用なんだ)

 

 それらを率いるは、ただ1つの原罪(白衣を纏った悪魔)。彼は不真面目に、しかしひどく寒々しい視線をジョセフ達へと向ける。

 

「ということで、ローマ連邦(君たち)の相手は僕らが務めるよ。長年の怨敵と決着をつけるチャンスだぜ? もっと嬉しそうにしなよ! ……うーん、この反応の薄さよ」

 

 つまんないの、と口をとがらせながらアダムは「ま、いっか」と気を取り直す。そして、ひどく気楽に頭を下げた。

 

「それじゃ、対戦よろしくお願いしまーす」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アダム・ベイリアル直下戦力『虫食い』

“Tier1”

【S】EVEN SINS(七大罪源)

+

“Tier1.5”

【Q】UA【R】ANTINE SINS(七罪番外)

 

 

 

 

 

 

 

 

「殺せ! 何もさせるな!!」

 

 叫んだのが誰だったのかは、最早分からない。

 

 だが、空間が捻じ曲がっていくような空気に呑まれかけていた兵士たちは、内心の恐怖から目を背けるように、一斉にアサルトライフルの引き金を引いた。

 

 炸裂音が空を裂き、無数の弾丸がアダム達へと襲い掛かる。敵陣のど真ん中に現れた彼らを、蜂の巣という表現ですら生温い肉塊へと変えるために。

 

「グラヴィーナM38。発砲音からして2621年式、最新モデルだな。だが……私たちを相手取るには時代遅れが過ぎる」

 

 敵の武装を瞬時に見破った軍人──プライドは呟くと、己の特性を発動させる。

 

 途端、アダム達を取り囲むように巨大なバリアが形成される。嵐の如き弾幕はただ一発の例外もなく、その全てが空中で静止。そのまま磁場の消失と共に弾頭はジャラジャラと地面へ落下し、力なく転がった。

 

「な──」

 

 絶句し、思わず立ち尽くす軍人たち。だが、その異常事態に硬直する者ばかりではなかった。

 

「続け! 当主たちをお守りしろ!」

 

 大地を蹴って突撃を敢行したのは、ミルチャ率いるニュートンの護衛たちだった。彼らは兵士たちの隊列をかき分けて前へ躍り出ると、一直線にアダム達へと突撃する。

 

 常人離れした身体能力に加え、強力なベース生物と日々の過酷な訓練。これらの条件をクリアして選抜された彼らは、ニュートンの一族の中でも上位とされる人間を除けば最強の精鋭部隊。

 

 その実力は最低でもマーズランキングの上位戦闘員(トップランカー)相当、防戦に徹すれば裏表アネックスの幹部(オフィサー)相手にも勝負が成立する程。

 

 開戦前に見せていた気の緩みは、何も単純な油断によるものではない。自分たちの実力を正確に把握しているが故の、むしろある種の自負に近いものだった。

 

「狂人どもめ! 我らの力を思い知れッ!!」

 

 先陣を切った彼らは各々の特性を発現させ、侵入者たちへと襲い掛かる。自らの当主へ仇なす者たちを討ち取るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ── 先 手 必 勝  ! ! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼らの首を刎ねよ(Off with their heads)!」

 

 

 

 

 

「我が行くしかねぇなァ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ── 先 手 必 勝  ! ! 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ え 」

 

 超音波で振動するナイフが、人体をバターのように切り分ける。頭部を三枚におろされた護衛は反転する視界に目を丸くし、そして永遠に思考を停止する。

 

「ぐぺっ」

 

 悪鬼の回し蹴りが、人体をパンのように引きちぎった。一瞬にして上半身を失った護衛は勢い余って下半身だけが一歩前進し、しかし第二歩を踏みだすことなく地面へと倒れ込む。

 

 

 

「誰が駒鳥(クックロビン)を殺したの? それは私!」

 

 無邪気にはしゃぎながら、アストリスは返り血のついた頬に笑みを浮かべる。

 

「 弱 い 。 誰でもいい、我を愉しませろ」

 

 対照的に、ヴォーパルはたった今踏みつぶした羽虫を失望と怒りの混ざり合った表情で見下す。

 

 

 

 

 

 

 ──その結末を擁護するのであれば、ただ「相手が悪かった」という他ないだろう。

 

 

 

 

 

 最強、精鋭、実力者。そのどれも、決して偽りではない。ただしそれは『ヒト』という枠組みの中での話。

 

 ──星をも滅ぼす災厄をその身に宿した『赤の女王(妖魔)』。

 

 ──あらゆる生命を凌ぐ殺傷力を誇る『赤の怪物(悪鬼)』。

 

 この両者を前にして、人中の評価や肩書などあまりにも無意味。

 

「あはははは! 楽しいわ、楽しいわ!」

 

 舞踏会で踊るが如き軽やかなステップで、アストリスは襲い来る敵を次々に解体していく。どこかうっとりとした表情で、戦場の高揚に酔いしれる彼女。そんなアストリスに対し、果敢に踏み込んだのはアラン・ケンロックだった。

 

「シッ!」

 

 彼は振るわれたナイフを紙一重で躱すと、特性で強化された拳でそれを弾き飛ばす。

 

「まぁ!」

 

 明後日の方向へと飛んでいくナイフに、思わず目を輝かせるアストリス。一方で、赤の女王の初撃を凌ぐという快挙を成し遂げたアランの顔に余裕はない。

 

(叩き潰す! 何もさせずに──!)

 

 彼が感じ取ったのは、生物としての圧倒的な『差』。

 

 蛇と蛙のように、あるいは猫と鼠のように、そして人間とゴキブリのように……目の前の少女と自分の間には絶対的な戦力差が存在することを、アランは直感した。

 

 今この瞬間の死は免れたが、それだけ。目の前の強敵を相手に、次の瞬間の自分が死んでいない保障などありはしない。

 

 故に死中に辛うじて残された活路はただ一つ、『やられる前にやる』こと。

 

(年端もいかない女を殺るのは、さすがに気が引けるが──!)

 

「オオッ!!」

 

 アランは腰から生えた尾を支えとして、一気に跳躍。そしてその両足を、アストリスの胴部へと叩き込んだ。

 

 MOベース、オーストラリア固有種”アカカンガルー”。

 

 世界最大の有袋類であるこの生物は、哺乳類きっての武闘派として知られる。時速70kmでの跳躍を可能とする脚力から繰り出される蹴りは、人間なら内臓が破裂する程の威力とされる。それが今、戦闘に特化したニュートンの肉体との相乗で以て放たれた。

 

「──っ!」

 

 悲鳴を上げる間もなく、アストリスの小さな体が後方へと吹き飛ばされる。だが、アランは手を緩めない。

 

(まだだ、手ごたえが軽い!)

 

 アダム・ベイリアルの最高戦力の一角、それをこの程度で殺せると思える程、彼は楽観的ではない。息の根を止めるまで、確実に叩く。

 

 すかさず追撃に移らんと彼は地面に足を降ろし──()()()()()()()()

 

「……あ?」

 

 ひっくり返る視点に、間の抜けた声を上げるアラン。すぐさま態勢を立て直そうとするが、踏ん張りがきかない。彼は思わず自らの足を見やり……。

 

「な──」

 

 視界に飛び込んできたのは、変わり果てた己の両足だった。

 

 ──膝から下が青い羽毛に覆われた小鳥の羽へと変貌した右足。

 

 ──膝から下が茶虎模様の猫の尻尾へと変貌した左足。

 

 カンガルーの面影などない、どう考えても立つことなどできるはずもない形状。その非現実的な光景に思考が停止し、一瞬遅れて、アランは己の体の一部を奪われたのだと理解する。

 

「ば、かな──!?」

 

 ──()()()()()()()

 

 彼は現実から目をそらすように、脳内に入れておいたアストリスの情報を思い起こす。

 

 痛し痒し(ツークツワンク)の一件で、アストリスとヴォーパルの情報はある程度割れている。特にフィンランドで大々的に特性を行使したアストリスは、そのベースが『♂型AEウイルス』の亜種であることまではっきりと特定されていた。

 

 遺伝子情報の取り込みと伝播、およびそれに伴う自他の肉体の突然変異。

 

 強力無比にして、理不尽極まりない特性。しかしその特殊過ぎる性質故にひどく不安定。鍛錬による特性練度の上昇は見込めず、伸び代はない。加えて免疫寛容臓を有する者はこの特性に対して一定の耐性を持つ。

 

 それを知っていたからこそ、アランはアストリスとの身体接触を最低限に抑えて攻撃した。一瞬、打撃の瞬間程度の時間ならば接触しても問題はないだろうと、そう目算して。

 

「とっても可愛い恰好ね!」

 

 頭上からかけられた声に、アランは顔を上げた。息が触れ合うほどの至近距離で自らを覗き込む、青色の瞳。その中に、愕然とする己の顔が映っていた。

 

「っ、ひ……!」

 

「あら、ウサギさん? そんなに急いでどこに行くの?」

 

 這いずるように後ずさるアランに、アストリスは不思議そうに首を傾げた。

 

 ──彼が見誤ったのは、アストリスの気質だった。

 

 3年前の痛し痒し(ツークツワンク)において、アストリスは全力を出していない。無論、本気ではあった。だが彼女にとって、戦闘とは遊戯の一種。

 

 アダムの一言ともに火星から送り出され、生まれて初めて地球に降り立った彼女の胸に溢れたのは『()()()()()()()()()()()』という、幼い情緒を持つ彼女らしい想い。それ故に、当時の彼女はベースの制御(コントロール)はできないまでも、その出力を無意識のうちに抑制(セーブ)していたのだ。

 

『好きに楽しむといいよ』

 

 だが、今は違う。

 

『今回遊ぶニュートン一家の皆さんは頑丈だからね! 思いっきりやっちゃえ!』

 

『ええ!』

 

 アダムのその一言で、アストリスは己のセーフティを外した。

 

 もはや今の彼女に、免疫寛容臓由来の耐性など気休めにもならない。専用のワクチンで免疫を獲得しない限り、あらゆる生物は触れた瞬間に遺伝子ごと身体を造り変えられてしまう。あるいは免疫を獲得していようと、その免疫系ごと遺伝子の情報を変異させてしまいかねない程の出力。

 

 これが赤の女王。

 

 地球外産の非細胞性生物(ウイルス)をその身に宿す、七罪番外の片割れ。

 

「楽しいことは代わりばんこ! 次は私の番♪」

 

 そう告げたアストリスの両腕が根元から五つに分裂し、無機的なウイルスの脚へと形を変えた。

 

「……ッ!」

 

 それを目の当たりにしたアランの顔が、いよいよ蒼白になる。これもまた、彼女のデータにあった特性の一つ。“AEウイルスの突然変異”による身体の変異、その前触れ。

 

 コンマ秒の後、その腕は彼女が取り込んだ別生物の器官へと変化するだろう。それが蜂の毒針となるか、飛蝗の脚となるか、はたまた蟷螂の鎌となるか……それは誰にも、アストリス自身ですら変異するまで分からない、変幻()自在の特性。

 

 しかしそこから繰り出される攻撃は、無軌道故に多種多様。達人であろうと、それに適応するのは至難を極める。

 

(落ち着けっ……あの腕が攻撃用になるとは限らない!)

 

 距離をとろうともがきながら、アランは必死で己に言い聞かせる。

 

 彼女の腕の変異先は完全にランダム。過去の映像記録では、攻撃には不向きな形状に変異している場面も多々あった。丁度、己のひざ下を形成する鳥の羽や、尻尾のような。

 

 祈るようなアランの念を受けながら、アストリスの腕は形を変え──

 

 

 

「まぁ! こんなことってあるのね!」

 

 

 

 他でもない張本人が、驚いたように目を丸くした。

 

「10個すべてがおんなじ形に揃うなんて、これまでにあったかしら? ウサギさんったら、とっても運がいいのね!」

 

 五つに分岐した左右の腕、その全てが紋華蝦蛄(モンハナシャコ)のそれへと変じた様を眺めながら。

 

「あ、ぁあ……」

 

 その瞬間、辛うじて保たれていたアランの闘志は完全にへし折れた。絶望に歪む彼の前で、神眼の拳闘士のそれへと変貌した十の殺傷機構が折りたたまれる。

 

「でも残念。そろそろ時間ね」

 

 名残惜しそうに眉尻を下げるアストリス。その両腕からガチリと、石弓をかみ合わせるような音が鳴った。

 

「さようなら、ウサギさん。今度は、夢の中で会いましょうね」

 

 そしてアストリスは、全ての腕に溜め込んだ力を一斉に解放した。アランの視界一杯に頑強な拳が広がり……何かが砕けるような音を最期に、彼の思考は永遠に停止した。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「嗚呼、聖女アストリスよ……! なんと美しく、尊き姿か……!」

 

 天真爛漫に戦場をかけるアストリス。その姿を遠目に見ながら、褐色肌の僧形は感極まったように体を震わせた。

 

「あの無垢なる魂! 神秘と冒涜に満ちた力! そして幼き情緒と相反するかの如き、扇情的な肉感と露出の多い装いッ! イイッ、とてもイイッ!! ぬゥ……鎮まれ、鎮まれ……!」

 

 興奮して奇声を上げたかと思えば、彼は自らを落ち着けるように乳首をこすり始める。

 

「アァーッ! ……失礼。昂ると周りが見えなくなるのは、ワタクシの悪い癖でして。しかしながら、ワタクシの正気を失わせる程の美と神性が、彼女には備わっている──」

 

 そうして落ち着きを取り戻した僧形は、賢者の如き面持ちで自らと対峙する者を一瞥した。

 

「貴女もそう思いませんか? 金姫・フォン・ヴィンランド」

 

「いいえ、これっぽちも」

 

 一方で同意を求められたその人物、金姫が返したのは冷めきった言葉だった。

 

「よくもまぁ、あんなに不細工な生物に懸想できるものね。つくづく度し難い……まぁ、あの狂人に与するような人間に審美眼を求めるのも、それはそれで酷な話かしら?」

 

「……鎮まれ、鎮まれ」

 

 僧形は静かに呟きながら、自らの胸の突起をいじくった。その低い声には、隠しきれない苛立ちと不快さが滲んでいる。

 

「フゥー……よろしい。どうやら貴女も“分からせる”必要があるようです。見る目も聞く耳も持たぬというのであれば、骨身に叩き込む他ありますまい」

 

「お生憎様。宗教勧誘はお断りしているの」

 

 失笑を漏らしながら、金姫は変態薬を自らの体に投与する。その身に発現するのは、紅式MO手術で彼女の体に組み込まれた“カブトガニ”の特性。

 

 全身を甲殻の鎧で固め、両腕に甲羅の盾と尾の剣を発現させた彼女は、その重装に見合わぬ軽やかなステップで大地を蹴る。

 

「カルティストは身内の恥(アポリエール)だけで十分」

 

 トッ、と軽やかな音。それが僧形の耳に届く頃には、金姫は既に攻撃に移っていた。

 

 ──MOベース、“カブトガニ”。

 

 その尾剣による高速の刺突。

 

 それは敵対者の頭蓋を貫かんと唸りを上げて僧形へと迫り──しかし、盛大に空振った。

 

 

 

「どこを狙っているのです?」

 

 

 

 標的は健在。頭一つ分ほど隣の虚空を抉った剣を横目に、直立不動で乳首を弄り続けている。

 

「?」

 

 ──外した? この距離で? 

 

 肩を透かす感覚に眉を顰めながらも、金姫は間髪入れずに第二撃を繰り出した。しかしその攻撃もまた、僧形が多少首を傾げるだけで逸れてしまう。

 

「っ、こンの……!」

 

 一度ならず二度までも攻撃を躱された彼女は、立て続けに穿撃を放った。だがそのいずれも、男の体を掠めることすら能わない。金姫の攻撃は、その悉くが空回りに終わる。

 

(ッ、なぜだ──)

 

 金姫の表情から、余裕の色が完全に消え去る。彼女の胸中を占めるのは苛立ち、そしてそれ以上に強烈な違和感。

 

 忍び寄るそれを振り払うように、金姫は一際大きく刃を振るった。しかしその一閃は間合いを読み外し、見当違いな位置を貫く。

 

(なぜこうも()()()()()()!?)

 

 ──ある一撃は、的外れな軌道を描く。またある一撃は、そもそも届かない。

 

 金姫は攻撃を『外した』のでも『外された』のでもなく、『()()()()()()』いた。勿論、全ての攻撃がそうというわけではない。確かに直撃する軌道であったがために、僧形自身が回避したものもある。

 

 だがこの攻防において、回避するまでもなく命中しない攻撃が明らかに多かった。ニュートンの血統由来の戦闘力と感覚を持つ彼女にとって、それはありえない事態。

 

「……これぞ、我が神通力(シッディ)の真髄」

 

 いかめしく告げる僧形。その肌の表面には、波状のノイズにも似た模様がゆっくりと流れている。頭上から爪先まで、均一な速度でそれを流動させつつ、僧形は深く腰を落とした。

 

「次はこちらから行かせていただきましょう」

 

 極端な前傾姿勢。そこから地を這うかのような軌道で、僧形は一息に間合いを詰めた。

 

(重心が軸足に移動した! 踏み込みからの足技!)

 

 対する金姫が選んだ選択は防御。彼女は両腕を体の前で交差し、“カブトガニの大盾”を構え衝撃に備える。

 

「無駄です」

 

 真下から突き上げた打撃によって、その守りは崩された。想定よりも遥かに攻撃の出が速い。間合いを修正しなければ押し切られる……そう考えた金姫が、一度態勢を立て直そうとしたその時。

 

「カはッ……!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 人体の急所から激痛の信号が押し寄せ、完全に虚を突かれた金姫が体を強張らせる。だが、そこから態勢を立て直す暇は与えられない。

 

 僧形が再び両足で地面に立った瞬間、()()()()()()が金姫の顎を打ち据えた。

 

「ぐ……!」

 

 暗転した視界に火花が散り、鋭く鈍い痛みが脳へ伝播する。最早悲鳴を上げる余力すらもない。脳が揺れ、平衡感覚が喪失する。辛うじて転倒はこらえるも、立っているのもやっとといった様子。

 

「な、に゛が……?」

 

 ──本命の打撃と、その前後に付随する二度の衝撃。

 

 衝撃波の類ではない。明らかに物理的な接触を伴う打撃。しかしその出所は手でもなければ、足でもない……どころか、全身のどこでもないようにさえ思えた。

 

 僧形の一挙手一投足を注視していたにもかかわらず、攻撃の予兆を全く察知できなかったからだ。

 

「往生際の悪い。ですが、これで格の差は理解できたでしょう?」

 

 そんな彼女に、己の乳首を弄りながら僧形は説く。

 

「見苦しい真似はやめ、投降なさい。幸い、貴女は良いカラダをお持ちです。今からでも悔い改めるのであれば、ワタクシも──」

 

「だ、まれッ!」

 

 講釈を遮るように叫んだ金姫は、尾剣を僧形へと振り抜く。しかし乾坤一擲の斬撃は無情にも、皮膚上で紋様を波打たせる彼には当たらない。

 

 そして傲慢な忠告を聞き入れなかった代償は、高くつく。

 

「話の腰を折るなァーッッ!」

 

 激昂した僧形が、ちぎれそうなほど強く己の乳首をつねり。そして次の瞬間には、上段蹴り(ハイキック)が金姫の側頭部を打ち抜いていた。

 

「ッ──!」

 

 今度こそ耐えきれず、白目を剥いた倒れ込む金姫。明らかに戦闘不能となった彼女に対し、僧形は容赦なく追撃を放つ。

 

「この躾のなっていない、馬鹿女がッ! ラハブの代弁者たるワタクシの説法を遮るなどッ! 何様のつもりだッ!? ええ!? まずは跪けッ! ワタクシという雄にひれ伏しなさい、この卑しい雌めがッ!」

 

 横たわる体に対し、僧形は何度も苛烈な踏みつけ(ストンピング)を食らわせる。

 

「貴様のような雌がいるから、男の権利は不当に抑圧されるのだッ! 本来、貴様ら雌にラハブが与えた役割は、男の奴隷ッ! 男の上の口へ食事を運び! 下の口で男の情欲を処理し! 魂も肉体も男へと服従し、隷属すべき存在! それが権利だ社会進出だと、身の程を弁えろ! この! 厚顔無恥な!! カス雌がッ!!!」

 

 足を上げては振り下ろす。僧形は一連の動作を繰り返すが、その回数に反して金姫の体に加えられる打撃の数は明らかに多い。一度踏みつければ三か所、二度踏みつければ七ヶ所……まるで複数人にリンチされているかのように、打撲痕は次々と増えていく。

 

「フーッ、フーッ……立ちなさい、こんなものはまだまだ序の口です……!」

 

 やがて全身の甲殻に割れていない箇所がなくなった頃。

 

 ようやく多少の冷静さを取り戻した僧形は、金姫の頭を鷲掴みにして彼女を無理やり立たせた。

 

「貴女が()くまで、ワタクシは分からせるのを止めない……! はらわたの奥底まで、躾けて差し上げる……!」

 

 ──精々いい声で啼くがいい。

 

 僧形はそう続け、怒りと高揚に身を震わせながら笑みを浮かべた。修験の道に身を置く者とは程遠い、狂気と嗜虐の混在した濁った笑みを。

 

 空いている方の手で、己の乳首を激しくいじりながら。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 その頃、アストリスと同時に戦端を開いたヴォーパルの『狩り』もまた、折り返しに入り始めていた。

 

「雑魚すぎて死ぬゥ!!」

 

 ヴォーパルはその巨腕を振り抜いた。鋭い五本の鉤爪は、命知らずにも彼に戦いを挑んだ護衛の胴体を豪快に抉り穿つ。

 

「がっ──」

 

「サイラスッ!」

 

 また一人、呆気なく事切れた同胞に、護衛の一人が悲鳴にも似た声をあげる。亡骸を打ち捨て、ヴォーパルは退屈そうに欠伸を一つ。全くと言っていいほど歯が立たない戦力差に、護衛たちは戦慄を禁じ得ない。

 

「クソッ、なんて奴だ……!」

 

 らしくもない悪態が、ミルチャの口を突いて飛び出す。

 

 彼もまた一族の情報網を経由して、ヴォーパルの情報は把握していた。その上でミルチャが導き出したヴォーパルの攻略法は遅滞戦術であった。

 

 生物最強、その肩書が伊達ではないことは先の戦いで百も承知。故に討伐という選択肢は捨てる。その代わり妨害と足止めを徹底し、本来の作戦目標を達成する時間を稼ぐ──という算段だったのだが。

 

 怪物は、その目算を真正面から食い破った。

 

(まさか、ここまでとは……!)

 

 己の見通しの甘さを呪いながら、ミルチャは眼前の敵を睨む。開戦時7人いたはずの味方は、この短時間の内に半数にまでその数を減らしていた。

 

「ハァー……結局お前たちも『ナシ』か」

 

 そんな彼らを前に、ヴォーパルはうんざりしたような声でぼやく。

 

「まじガン萎え……さっさと殺して次にいくぽよ」

 

 ヴォーパルが億劫にゴギリと首を鳴らした、次の瞬間。彼は己の巨体を、空中へと大きく弾き飛ばした。

 

「っ、跳ん──」

 

 その護衛が、それ以上言葉を続けることは能わなかった。頭上から打ち下ろされた踵落としが、彼の左半身を叩き潰したためだ。驚愕を顔に張り付けたまま、残された右半身が割られた薪のように倒れ込む。

 

「! いかん!」

 

 血だまりを踏みしめるヴォーパルの体が不自然に膨らむ。その姿を目の当たりにしたミルチャは、悪鬼の次なる挙動を察する。

 

「耳を──」

 

 しかし彼が警告を発しきるよりも早く、号砲の如き咆哮が大気を震撼させた。ミルチャはすぐさま己の耳を塞ぐが、もう一人は反応が遅れ諸にその爆鳴を受けてしまう。

 

 三半規管が損傷し、耳穴から血が噴き出す。辛うじて転倒を堪え、懐の薬へ手を伸ばす護衛だったが、それを見逃すヴォーパルではない。瞬時に間合いを詰めた彼の尾の一撃は全身の骨を、標的の命諸共に砕く。

 

「ッ……!」

 

 仲間の死を惜しむ間もなく、ミルチャへと繰り出されたのは五本の凶爪。その一撃は彼に離脱の挙動すら許さず、その体を正面から五枚に下ろした──かに思われた。

 

「む?」

 

 振り下ろした爪から返ってきたのは、予想外に硬い手応え。ヴォーパルはここで初めて、作業のように続けていた殺戮の手を止めた。

 

「っぐ……なめるなよ、若造……!」

 

 顔を向けたヴォーパルの目に映ったのは、その顔を険しくしかめながらも健在のミルチャの姿。交差させたその両腕は辛うじて、しかし確かに、生物最強の一撃を正面から受けきっていた。

 

「技なき暴如き、止めれずして護衛長は名乗れん……ッ!」

 

 その身を覆う、装甲化した金色の鱗を以て。

 

 ──αMO手術ベース、マツカサウオ。

 

 鱗の黒い網上の模様が松毬(まつぼっくり)に見えるから“松毬魚(マツカサウオ)”。

 別名ヨロイウオとも呼ばれるこの生物は、ベース大の時点で包丁の刃を通さない強度の鱗でその身を固めている。それが人間大となれば、達人の太刀すらも素手で弾く硬度となる。

 

「シッ!」

 

 ミルチャはそのまま、両腕の手首から関節にかけて発現した()を振り抜いた。左腕の一閃はヴォーパルの指先を切り飛ばし、右腕の一閃はその頬に一筋の切り傷を刻む。

 

「……アリ寄りのナシ」

 

 ──少なくとも、獲物として狩るに値する程度の実力はあるらしい。

 

 そう判断したヴォーパルは指先を再生させると、ミルチャへと向き直った。さて、どう狩ったものか。

 

 多少骨のある標的の出現に心を躍らせつつ、舌なめずりをするヴォーパルだったが。

 

 

 

 

 

「オイオイ、どうしたよヴォーパル!? まだ片付いてねェのか!?」

 

 

 

 

 

 そんな彼の気勢を削ぐように、上品とは言い難い笑い声が響く。

 

「まさかとは思うが、手こずってんのか!? なっさけねぇ、『生物最強』の名が泣くぜ!?」

 

 対峙する相手のあからさまなテンションの急落を、ミルチャは肌で感じとった。しかし声の主はそんなこと知ったことではないとばかり、ヴォーパルの背をバンバンと盛大に叩く。

 

「手伝ってやろうか? 俺様のカラテなら、マッハで片が付く」

 

「ウッザ!」

 

 シンプルな罵倒と共に、ヴォーパルが尻尾を振り抜く。が、声の主──鉄仮面の格闘家はそれを軽く裏拳で弾き、あっさりとその威力を相殺してしまった。

 

「そうカッカすんじゃねぇよ、トカゲ野郎! 肉ばっか喰ってるからそうなる! 野菜喰え、野菜!」

 

「ウッッッザ!! 我の狩場に来るな、マジありえないんですけど!」

 

 牙と殺気を剥き出しに怒りを噴出させるヴォーパルに、ゲラゲラと笑う格闘家。束の間、呆気にとられたミルチャだったが、すぐに気を引き締め直す。

 

 敵方の増援は少数ながら、その戦闘能力は絶大だった。開戦してものの数分で、既にこちら側の軍には半壊規模の被害が出始めている。

 

 必然、この男もまた尋常の手合いではあるまい。

 

「どいつもこいつも殴り甲斐の無ェ奴ばっかりでな、ウンザリしてたのさ。オメー相手にこんだけ粘れんなら、まぁ多少は期待もできるだろ」

 

 そんなミルチャの警戒を裏付けるように、格闘家が親指で自身の背後を指してみせる。そこにはローマ連邦の兵士たちの死体の山は()()

 

 戦術兵器を使ったかのような破壊痕と、夥しい量の血の絨毯が、ただ一面に広がっているばかりだった。

 

「俺様に味見させろ」

 

「ガチ無理。あれは我の獲物だ」

 

「ケチくせぇぇぇ! これだから肉食ってる奴は駄目なんだ!」

 

 塩対応を貫くヴォーパルに対し、大袈裟にリアクションをしつつ格闘家は言う。

 

「しょーがねぇ、妥協してやる! どっちがぶっ潰すか早いモン勝ち! これでどうよ?」

 

「……チョベリバだが、まぁいい。我が貴様より、奴を早く殺せばいいだけだ」

 

 四つの獰猛な眼が、同時に標的を見据えた。

 

「ッ!!」

 

 ミルチャは咄嗟に迎撃の姿勢をとり、反射的に逃げだそうとする体を押さえつける。逃走に移ればその瞬間、自分は狩られる……そんな確信じみた予感が、彼にはあった。

 

(だが、どこまでやれる……!? 勝つどころか、初撃を生き延びれるかどうか……!)

 

 冷や汗が頬を伝う。その雫が地面に落ちる瞬間まで、自分の命がある保証はないのだ。口の中が乾いていくのを感じながら、ミルチャは静かに二体の怪物に相対する。

 

 

 

 

 ──結論から言えば、ミルチャがこの両名を一気に相手取る構図にはならなかった。

 

 

 

 

「……あ?」

 

 バラバラと大気を裂く駆動音、押し寄せる規則的な風圧。

 

 それに気づいた三人が顔を上げれば、彼らの頭上を複数の軍用ヘリが旋回しているのが目に映った。直後、強烈なサーチライトを三人へと照射され、その姿を宵闇の中へ鮮明に浮き上がらせる。

 

「うぉっ!?」

 

「……!」

 

「む──!」

 

 三者三様、その光量に己の目を庇ったその時、ミルチャの体が不意に空中へと攫われた。咄嗟に抵抗しようとしたミルチャだったが、直後にインカムから流れてきた音声に事情を察する。

 

『こちらリベルラ1! 味方の救援に成功! 火力制圧に移行せよ!』

 

「! ヴィヴェルナの隊員か!」

 

蜻蛉/ドラゴンフライ(libellula)』──その単語がローマ連邦陸軍第9空挺中隊(ヴィヴェルナ)の兵士のコールサインであることを思い出し、ミルチャは警戒を解く。

 

『遅くなり申し訳ありません、ミルチャ殿!』

 

「助かった、礼を言う!」

 

 ミルチャの言葉に、兵士の一人が親指を立てて応える。コールサインの由来であるトンボ目の翅を目にも留まらぬ速さで動かし、編隊を組んだ彼らは迅速に敵の手が届かぬ空へと離脱する。

 

『総員離脱完了! やれ、ヴィヴェルナ3!』

 

『ヴィヴェルナ3、了解。これより火力制圧を開始する』

 

 兵士の通信に、ヘリの内の一機が機体を傾けた。機首に取り付けた機銃が──個人に向けるには明らかに過剰な火力の砲口が、格闘家へと照準を定める。

 

「はッ! ステゴロで勝てねぇなら空から撃ち殺すってか!? 腰抜けの肉食主義者(カーニスト)が考えそうなこった!」

 

 一方、格闘家は余裕を崩さない。マスクの下でニタリと笑うと、気合を入れ直すように「よォし!」と声を張り上げる。

 

「どっちが多く落とせるか勝負しようぜ! 周りの雑魚が3点、ヘリが5点でどうよヴォーパル!? ……おい、聞いてんのかヴォーパル?」

 

 反応のなさを怪訝に思った格闘家は、思わず眼前の脅威から視線を逸らして隣を見やる。

 

 数秒前までそこにいたはずの悪鬼は、何も言わず姿を消していた。

 

「うおォい!? 俺様に全部押し付けやがったなあの野郎ォ!?」

 

 ガビーン、という効果音でもつきそうな格闘家の叫びは、機銃の砲声と弾丸の破壊音にかき消された。弾幕の威力にアスファルトの大地が抉れ、塵煙が巻き上がる。

 

『──目標の沈黙を確認。任務を続行します』

 

 十秒ほど射撃を続けた後、ヴィヴェルナ3のパイロットは発射ボタンから指を離した。彼はインカム越しに状況を報告し、次の指針を示そうとする。

 

『次は──』

 

 

 

 

 

 

 

「よォ、誰が死んだって?」

 

 

 

 

 

 

 

 だがその続きとなる言葉は、ヘリのコックピット上に飛び乗った人物によって遮られる。

 

『っな!?』

 

 それがたった今粉砕したはずの格闘家であることを認識し、パイロットは目を剥いた。

 

「殺人カラテ壱式──」

 

 格闘家が手刀を振り上げるのを、彼はただ見ていることしかできな。何の抵抗もしなかったのは、操縦席にいる彼にできることはほとんどなかったためだ。あるいは、分厚い防弾ガラスの上から何ができるのだ、という至極真っ当な油断もあっただろう。

 

 だがそれでも、彼はこの時、全力で抵抗すべきだった。機首の格闘家を振り落とすでも、自らがヘリから飛び降りるでも。

 

 もしかすれば、その行動で死という結末から逃れられたかもしれないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「脳天・頭蓋割りィッッ!」

 

 

 

 

 

 

 何やら技名のようなものを叫びながら、格闘家が手刀を打ち降ろす。それが直撃するや、フロントガラスはコックピットごと木っ端微塵に砕け散り、更には機体そのものが真ん中からべこりと陥没した。

 

「脆ェな」

 

 バランスを崩して墜落したヘリが、爆炎を噴き上げる。それを背にこともなげに着地すると、格闘家はぐるりと肩を回した。

 

『目標健在、ヴィヴェルナ3がやられた! リベルラ3、リベルラ4、続け! 奴を始末する!』

 

 一連の流れを確認していた兵士が三名、編隊から離脱する。電光の如き速度で強襲を仕掛けた彼らは、支給武器である金属槍を格闘家へ突き立てる。

 

「ッ……!?」

 

 だが、刺さらない。まるで岩を突いたかのような硬質な音と手応えに、兵士の一人は目を瞠った。

 

(この強度、甲殻型か!? だがそれらしき装甲は見当たら──)

 

「オイ、何しやがんだ」

 

 そんな兵士の頭を格闘家は鷲掴みにする。しまった、と本人が気づいた時にはもう遅い。

 

「くすぐってぇだろ」

 

 リンゴのように頭部を握りつぶされ、残された胴体がだらりと弛緩する。残る兵士は素早く彼の間合いから離脱し、射程圏外から隙を伺う。

 

「テメーら、トンボだな?」

 

 ──ボッ。

 

 兵士たちに問いかける格闘家。その体から、空気を噴くような音が鳴る。

 

「トンボってことは、肉食主義者(カーニスト)ってことだよなァ!?」

 

 ──ボッ、ボボボッ! 

 

 ターボエンジンのように断続的に音を吹かしながら、格闘家が叫ぶ。

 

「許せねぇぜ……ぶち殺す!!」

 

 刹那、ブゥゥッ!! という爆鳴と共に()()()()()()()()。ガス噴射が生み出す推進力を以て、彼は己の肉体を前方へと射出した。

 

「!?」

 

 音すらも置き去りにする超高速発進。兵士の複眼はそれを、確かに捉えていた。

 

「殺人カラテ参式、(モツ)潰しッ!」

 

 だが、捉えていたからなんだと言うのだろうか。

 

 音速を優に超えて動き回る物体に、人間の知覚が追いつくはずもない。反応すらできずに殴り飛ばされた彼は、そのまま基地の壁に叩きつけられて赤い染みになった。より正確には、殴られた時点で赤い飛沫となって飛び散ったというべきか。

 

 いずれにせよ、その兵士は亡骸が原形をとどめることすら許されず、命を落とした。

 

「弱え……弱ェ弱ェ弱ェ! どいつもこいつも! 肉ばっか喰ってっからこういうことになるんだ!!」

 

 格闘家は不満を表明するように、分厚い胸板に己の拳を叩きつける。重厚な音が戦場に木霊した。

 

「全ッッ然足りねぇんだよ、野菜への飢えが! サイ! ゾウ! バイソン! 自然界の強者は草しか食ってねぇだろ!? 俺様を殺そうってんなら、まずは食生活を見直しやがれてんだ!!」

 

 再び肛門から爆音とガスを吹き散らかし、格闘家は己の肉体を宙へと撃ち出す。進路上の兵士を粉砕しながら飛び上がった彼は、威力そのままにヘリへと衝突した。

 

『ッ!』

 

 衝撃で機体がグラリと傾く。

 

「肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎肉憎ァ!!」

 

 肉への怨嗟を叫びながら、怒涛の正拳突きを放つ格闘家。一発でも機体の損傷を免れない威力の攻撃を連発されたヘリが無事なはずもない。一瞬にして原形を損ね、その残骸はなすすべなく地へ堕ちていく。

 

 それを足場にいま一度飛翔した彼は、最後のヘリに着地。回転するプロペラを素手で引きちぎる。そのままヘリを地面へ蹴り落とした彼は、その爆風に負けじと雄たけびを上げる。

 

「FOOOOOOOO! お野菜パワァァァ、最☆強ォォォ!! これだから野菜生活は止められねェぜえええええええ!!」

 

『馬鹿な……』

 

 ローマ連邦陸軍屈指の精鋭。その自負をへし折って余りある一方的な蹂躙劇に、ミルチャを抱えた兵士が呆然と呟く。

 

 だが、ショックを受けてばかりもいられない。ひとまず安全な場所へ退避しようと地上へ視界を走らせ──その刹那、兵士の体に何かが巻き付いた。

 

『なっ!?』

 

 抵抗する間もなく、極めて強い牽引力によって二人は高速で地上へ引き寄せられる。途中、兵士の腕から振り落とされてしまったミルチャの体は、アスファルトの上へと放り出されてしまう。

 

「っぐ……!?」

 

 受け身をとり、辛うじて体勢を立て直すミルチャ。その耳を、ほんの数秒前まで彼を抱えていた兵士の断末魔と、骨を嚙み砕くような音が劈いた。

 

「我がアウトオブ眼中だったな?」

 

 兵士の惨殺死体をミルチャの前に放りながら、擬態を解いたヴォーパルが虚空からにじみ出るように現れる。彼は殺意にぎらつく瞳へ、獲物の姿を収める。

 

「邪魔が入ったが……続けるぽよ、ニンゲン」

 

「──そうだな」

 

 肺の中の空気を深く、深く。ミルチャは息を吐きった。

 

 ここが、己の死地である。そう腹をくくると、彼は強い眼光で悪鬼の双眸を見返した。

 

「来い、怪物。人の力を教えてやる」

 

「──あげぽよォ!」

 

 歴然たる戦闘力の格差を理解してなお、ミルチャは戦いを放棄しない。その姿にヴォーパルは心底嬉しそうに笑みを深め、思い切り大地を蹴った。

 

 標的を破壊し、その息の根を間違いなく止めるために。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ありったけ撃ちまくれ! 奴を蜂の巣にしろ!」

 

 怒鳴るような号令と共に、無数の銃声が戦場に響き渡る。携行銃器のみならず、機銃や固定砲台をも動員した、文字通りの一斉掃射である。

 

 放たれたありったけの弾丸が狙うは、下手な家屋を上回る体高で進撃する怪獣である。鉛の雨に晒されながら、巨怪は触腕が髭のように生えた口を開く。

 

「マナー違反です」

 

 弾丸の半分以上は、その肉体を覆う貝殻の鎧に弾かれていた。手足に着弾した分も、厚い皮膚に阻まれて肉の表層を抉るにとどまる。しかもその傷でさえ、負った端から再生され、10秒もすれば綺麗さっぱりなくなっていた。

 

「それでも軍人ですか? 隊員への指示は誤解の余地がないよう、改まった言葉を使うべきです」

 

 その言葉と共に、巨怪は腰から生えた触腕の内の一本を薙ぎ払った。触腕は鞭のように唸りを上げ、兵士たちが身を潜める装甲車ごと彼らを宙へと打ち上げる。

 

『基地内の迎撃システムを照射します! 標的、仮称:クトゥルフ!』

 

 そのとき兵士たちの耳にインカムから届いたのは、指令室で戦況を見守るオペレーターの声。その言葉通り、基地内の各所に設けられた小型の航空迎撃システム──本来はミサイルを始めとするレーザー照射装置の砲口が、巨怪へと向けられる。

 

『迎撃システム『レスピーロ』、発射!』

 

 指示と同時、基地内12か所から熱線が照射される……が、そこに巨怪の姿はなかった。

 

『え……』

 

 思わずオペレーターは言葉を失った。なぜ? レーザーが放たれる寸前まで、巨怪は間違いなく指定した座標にいたはず──。

 

 

 

 

 

『マナー違反です』

 

 

 

 

『なッ……!?』

 

 インカムの電波に乗って届いた声に、オペレーターは思わず椅子から立ち上がり、後ずさる。

 

 巨怪がいたのは、攻撃時に指定した座標から10mほど離れた後方だった。モニター越しに、感情の読めない横長の瞳孔が彼を見つめている。外れたヘッドセットからは、巨怪の声が漏れていた。

 

『相手を前にしての密談は、他者を不快な感情にさせます。しかもそちらの言葉は一言一句、はっきりと聞き取れているので、全く無意味な行動です』

 

 言い終わるかどうかというタイミングで、その姿がぶれる。その直後、巨怪は別の場所におり、かと思えば次の瞬間には真逆の方向に移動している。

 

 何のことはない、そのタネは跳躍による極々シンプルな高速移動だ。難しい原理も、複雑な機構もそこには存在しない。ただ、肉眼では捉えることも難しい程の速度を、人間大どころか怪獣大というスケールで行使しているというだけで。

 

「見た目に反し、この体は機動力に優れています。撃たれた後はともかく、撃たれる前ならば何とでもなります」

 

 そう告げた巨怪は、生存する兵士たち目掛けて思い切り駆け出した。

 

「た、退避! 退避ぃっ!」

 

 誰となく叫んだその声に、蜘蛛の子を散らすように散開する兵士たち。だがその動きは鈍重そうに見えて、極めて速い。抵抗の術を持たない兵士たちは、まるで蟻のように次々と潰されていく。

 

「クソッ……!」

 

 逃げられないことを悟った兵士の一人は、自らの肉体に変態薬を投与した。昆虫界全体を見ても上位に位置する硬度の甲皮が発現した両腕を交差し、彼は突進してくる巨怪の一撃を受け止めようと構える。

 

「オオオオオオオオッ!!」

 

 ──“ヤシオオオサゾウムシの鎧”!! 

 

「マナー違反です」

 

 そして兵士は、防御ごと圧殺された。その頭上へと落とされたのは、異形の右腕──数mはあるだろう太さのそこには、蹄や鉤爪のついた獣の肢、人間の手足、昆虫の大顎、果ては奇妙な形状の角など、無数の他生物の器官がぎっしりと密集している。

 

「神罰を『防ごう』などという発想自体、神への敬意に欠けます」

 

 巨怪が腕をゆっくりと上げれば、そこには赤い染みと綺麗に原形を保っている両腕だけがこびりついていた。

 

「全く、嘆かわしい。どうやら地球人類の知能は、こちらの想定を遥かに下回っているようです。誰が真の神なのかをまるで理解できていない。ジョセフ・G・ニュートン、オリヴィエ・G・ニュートン、エドガー・ド・デカルト……そのいずれも、神を自称するだけの偶像にすぎないというのに」

 

「言うじゃない。どこの馬の骨とも分からない分際で」

 

 独り言へと返ってくると思っていなかった返事に、巨怪はふと顔を上げる。破壊と殺戮の荒野に立っていたのは、インド調のドレスに身を包んだ美女。気品あふれる仕草で扇子を開いた彼女は、口元を隠している。

 

 戦場にはおよそ似つかわしくない装いのその女性に、巨怪は覚えがあった。

 

「初対面の相手を『馬の骨』呼ばわりとは……マナーが成っていませんね、ファティマ・フォン・ヴィンランド。それともニュートンの一族では、礼儀作法などの教育は行わないのでしょうか?」

 

「外行き用の作法ならみっちり仕込まれるけど、タコ擬きに対するマナーを教わった記憶はないわね」

 

 クスリと嘲笑をこぼすと、ファティマは言葉をつづけた。

 

「それに、マナーが成ってないのはどっちよ? オリヴィエとエドガーは、別にどうでもいいわ。けど……叔父様があの二人と同列に語られるのは、我慢ならない」

 

 パチンと音を立て、扇子が閉じられる。

 

「口を慎みなさい、タコもどき。神へ至るのは、ジョセフ・G・ニュートンただ一人よ」

 

 その下から露になったのは、不愉快さを隠そうともしない表情。鋭い眼光で巨怪を睨みつけながら、彼女は手中の端末へ声をかけた。

 

「Hi-Noah! Gravity-manipulation device(重力操作装置によって) से अपने पोस्चर(姿勢を) को कंट्रोल करते हुए(制御しながら) Hyper Active Denial System(指向性エネルギー照射システム) शुरू करने की(の使用) तैयारी करें(準備)! 」

 

 ヒンディー語の指示が飛ぶ。途端、巨怪の頭上には忽然と球体状の飛行物体が姿を現す。

 

 ──『ノア2号』。

 

 最新鋭のテクノロジー、その粋を集めて造られニュートン一家の自家用戦艦。そこに搭載された制御システムが、強力な指向性エネルギー兵器の照準を巨怪に定めた。

 

「細胞を遺伝子ごと破壊すれば、MO手術による再生能力は完封できる。人類の叡智の結晶、思う存分味わうといいわ……その身を以てね!」

 

 巨怪がいかに強力な力を有していようとも、その力はあくまで生物の範疇。人類が生み出した『地球技術の到達点』には成す術もあるまい。

 

 ファティマは勝ち誇ったような笑みを浮かべると、機体へ指示を出す。

 

गोली मार(撃って)!」

 

 それに応え、ノアが眼下の巨怪へと不可視のエネルギー波を照射する……()()()()()()()

 

「? गोली मार(撃て)! गोली मार(撃てッ)! ッ、何をしてるの、撃ちなさい!」

 

 繰り返し発射を指示するファティマだが、ノアはその命令に指示に従わない。ただ不気味に沈黙を保つばかりだ。音声がダメなら入力信号でと、ファティマは端末を操作するが、やはり指示は受け付けない。何度入力しても、『Error』という文字が返ってくるだけだ。

 

「貴女は、最も愚かなマナー違反を犯しました。人類の叡智の結晶とやらが、神に通用すると思い上がったことです」

 

 何とかノアに言うことを聞かせようと四苦八苦するファティマに対し、巨怪は冷ややかに声をかける。

 

「文明の利器を掌握する程度、神の力をもってすれば造作もない」

 

「ッ、まさか──!」

 

 事態を察し、ファティマは息を呑む。

 

()()()()()! ノアの制御権を完全に奪われた──!?)

 

 しかしそれと同時、彼女の中に沸きあがったのは強烈な違和感と疑問。

 

 フィクションと違い、現実世界でのハッキングとは『プログラムを解析し』『改造する』という、非常に繊細で時間と集中力を要する作業。戦闘の片手間にちょちょいとできるようなものではない。

 

 ましてその対象は、ニュートン一家の自家用戦艦である『ノア』。当然、セキュリティも世界最高峰のものを備えている。それをものの数秒で支配下に置くなどという芸当、どう見積もったところで人間業ではない。

 

 ならば、それを可能としたものは何か? 考えられるものは一つ。

 

「アダム・ベイリアルの違法技術(チート)……!」

 

「答える必要はありません」

 

 絞り出すようなファティマの声に、巨怪はすげなく返す。

 

「貴女の質問に答えずとも、こちらのマナー違反にはなりませんので」

 

 巨怪はその人差し指で、立ち尽くすファティマを指し示した。

 

「さて。神に対してマナー違反を犯した者が、未だに息をしている。これは由々しき事態です」

 

 ──ウィン、という電子的な起動音。

 

 ──ギギギ、という機械的な駆動音。

 

 ──ゴウン、という自動的な稼働音。

 

 それぞれの音を立てながら、ファティマの周囲で文明の利器たちが一斉に自律行動を開始する。

 

 そして装甲車に取り付けられていた機銃が、基地内に配備されていたレーザー式迎撃システムが、操縦者を喪った固定砲台が、数秒前まで彼女自身の制御下にあった自家用戦艦が──その砲口を一斉にファティマへと向ける。

 

「……ッ!」

 

「ファティマ・フォン・ヴィンランド、愚かな人類よ。最期に言い残すことはありますか?」

 

 ニュートン一家の中でも「上位」に位置するファティマの頭脳は優秀だ。だからこそ、彼女は即座に理解した。自分の置かれたこの状況が、完全な詰みであることを。

 

 ──最早、逃げられない。

 

 砕けそうなほどに強い力で歯を食いしばりながら、彼女は巨怪を睨みつける。

 

「おま」

 

「マナー違反です。神を「お前」呼ばわりすることは、大変な失礼に当たります」

 

 しかしそれを遮り、巨怪は声を上げる。

 

「『お前』という二人称は、上位の者が下位の者を呼ぶ際に使用するのが正しい使い方です。このように」

 

 話を聞くつもりなど、最初からなかったのだろう。巨怪は横長な瞳孔で屈辱に顔を歪めるファティマを見つめながら、その一言を口にした。

 

 

 

「──お前を消す方法、実行」

 

 

 

 ──砲声。

 

 ──閃光。

 

 ──衝撃。

 

 

 

 ──────暗転。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 俄かに曇り始めた宵闇の空の下、吹き荒れる殺戮と破壊。その円心からやや外れた場所で一騎打ちを繰り広げるのは、両陣営の副将を務める男たちだった。

 

「はぁッ!」

 

 掛け声とともに鋭い剣閃を放ったのは、今代ニュートン一家の参謀(NO.2)であるエロネ・新界。古武術“新宮流”宗家の出であり、当主のジョセフをして「一族内でも頭一つ抜けている」と言わしめる、極めて高い戦闘力を持つ人物である。

 

「なるほど、速い」

 

 対するは、『【S】EVEN SINS』の一角にしてアダム・ベイリアルの側近でもある男、プライド。神速で放たれたその剣閃を、プライドは息一つ乱さずに躱して見せる。

 

 

 

「だが、遅い」

 

 

 

 その額へと、プライドは右手の拳銃──近未来的な意匠が施された、ともすれば子供向けの玩具のような外観のそれを突きつけた。

 

「ッ!」

 

 引き金を引く。瞬間、拳銃は紫電と共に、音速の七倍という速度で弾丸を吐き出した。

 

 一条の光線、その余波がエロネの頬を焼く。

 

 頭部を貫通するどころではない、着弾すれば上半身が消し飛ぶようなそれをエロネが躱せたのは、観察眼と修練の賜物というほかないだろう。

 

 ──ここに至るまでの数合のやり取りの中で、エロネは一つの結論にたどり着いていた。

 

 それは『戦闘においてプライドの実力は自分の数段上である』というもの。

 

 筋力、反射速度、柔軟性、判断能力……卓越した身体能力の数々は、下手をすればジョセフにも匹敵する。それが一族の最先端にも匹敵するハイテクノロジーな武器を駆使して襲ってくるのだから、たまったものではない。

 

 が……。

 

(──面白い)

 

 知らず、エロネの口元は笑みを浮かべていた。自分以上の実力者など、久しくまみえていない。血族ならぬ身でよくぞという賞賛こそあれ、相手が格上というのなら、それはそれでやりようはある。

 

 加えてこの戦闘において、エロネにはある大きな優位が一つ存在している。それが彼に観察の余裕と視野の広さを与え、結果としてそれがこの紙一重の回避につながったのだった。

 

「その台詞、そのまま返させてもらおう」

 

 ──そしてその一瞬の間は、エロネが待ち望んだ隙でもあった。

 

 エロネは振り下ろした刀身を反転するや、返す刃を思い切り振り上げた。かの剣豪、佐々木小次郎が編み出した剣術における奥義『燕返し』──必殺の一太刀がプライドへと迫る。

 

(さぁ、どう出る!?)

 

 神速で切り返されたエロネの反撃に、プライドは防御も回避もしなかった。何の障害もなく、エロネの刃は無防備なその胴を直撃し、そして()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なっ──!?」

 

 思わぬ事態に瞠目するエロネ。その僅かな動揺の間にプライドは刀身を掴むと、その刃伝いに彼の特性である電撃を流し込む。

 

「……!」

 

 ジグザグの青い光の筋が、油の爆ぜるような音と共に宙を走る。エロネはプライドの手から素早く刀を振り払い、大きく飛び退いて距離をとった。

 

 膠着。二人の間に空いた空間に、雨を予感させる温い風が吹き抜けた。

 

「妙だな。人間なら即死する威力のはずだが……」

 

 その動きに対し、プライドは初めてその表情を訝し気にしかめた。眉を顰めた彼はエロネを観察し、そしてすぐに仕掛けを見破る。

 

「……耐電装備か」

 

「目敏いな」

 

 ポツリ、ポツリと降り出した雨粒が、高圧の電流によって破れた和装に染み込んでいく。それをエロネが脱ぎ捨てれば、その下から露になったのは身体にピタリと密着する特殊な戦闘服だった。

 

「絶縁性の戦闘服だ、最新式のな。あくまで当主との連携を補助するためのものだったが……お前の特性が『発電』だというのなら、話は変わる」

 

 隠す必要もないのだろう、エロネは告げながら対峙する敵を見やる。

 

「この服は人間大のデンキウナギ(ジョセフ・G・ニュートン)の電撃も通さない。対電撃において、これほど心強い防具もないだろう」

 

 これこそが先に挙げたエロネの優位性であり、エロネの余裕の正体だった。

 

 MO手術において『電気』という特性は極めて希少だ。発電魚の中でも『強電魚』に分類される魚類たち、発電細菌と呼ばれる細菌の一群、ごく一部の昆虫類……そしてその頂点に君臨する生物こそが『デンキウナギ』。自然界において、これを超える規模の発電能力を持つ生物は存在しない。

 

 そしてエロネの戦闘服はそれすらも凌ぐ。プライドの手術ベースが何であろうと、それが生物の特性を下地にした『電撃』である以上、エロネを固める防御は鉄壁。

 

「──浅はかだな」

 

 それが、プライドの第一声だった。

 

「それで勝ったつもりか?」

 

 雨足は徐々に強くなり始めていた。風は強さを増し、雨粒は『降り注ぐ』から『打ち付ける』へと変わりつつある。

 

「まさか。電撃を無力化した……その程度で勝ったと思いあがる程、私は甘くない」

 

 プライドの挑発じみたその発言を、エロネは涼し気に流した。ゴロゴロと腹の奥に響くような音と振動が二人の頭上で唸りを上げている。

 

 電撃への備えがあるから安心、などという楽観的な思考を、エロネは持ち合わせてはいない。それだけが眼前の敵の脅威でないことなど、重々承知している。

 

 故に彼はプライド自身の戦闘能力、専用装備、戦略……特性以外の全てを、正しく警戒していた。

 

「そうか」

 

 だから。

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エロネは次の瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っ、ばか、な゛……!?」

 

 悲鳴よりも先に喉が発したのは、困惑の声。身に纏う耐電装備が劣化したゴムのように弾け、熱傷が皮膚と神経を焼き、体が煙を噴き上げ、耐えきれずに膝をついてようやく、彼は何が起こったのかを理解した。

 

「ぜつえん、破かいッ……!?」

 

 ──電気を通さない(電気抵抗が極端に高い)物質は一般に『絶縁体』と呼ばれるが、これらの物質は無際限に電気を通さないわけではない。

 

 物質ごとの限界値を超えれば絶縁体にも電流は流れ、時に損壊することがある。この現象を絶縁破壊という。

 

 エロネの纏う戦闘服に起きた現象は、まさにそれだった。それが意味する事実とは何か? 答えは言うまでもない。

 

「素人質問で恐縮だが、検証はしたか? 耐久実験は何度行った? 裏付けのデータは? 私の特性を防げると考えた根拠は何だ? 小学生の工作発表でも見せられている」

 

 プライドは動かない。電撃を放った姿勢のまま、彼は満身創痍のエロネを見下す。

 

「その程度で文明人を気取るな、石器人が。この世で『最新』を謳っていいのは、アダム・ベイリアルだけだ」

 

 頭上を覆う黒雲の唸りはいよいよ最高潮に達していた。豪雨の中、狂人の側近は手を高く掲げた。

 

「本物を見せてやろう。精々嚙みしめろ」

 

 黒雲が作り出した闇の中に、天を突き破るような轟音が響く。

 

 そして。

 

 

 

「お前たちは最後まで、アダム・ベイリアル(我々)に何一つ及ばなかったのだと」

 

 

 

 大気を裂いて地上へ向かう閃光が、雷速でエロネを貫いた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

(あー、こりゃ詰みだな)

 

 戦場の推移を眺めながら、ハンニバルはあっさりと結論を下した。現状、旗色はかなり悪い。ローマ連邦軍は指揮系統の混乱により半壊し、一族の護衛部隊は軒並み壊滅。実娘二人と参謀殿も敵主力に敗北し、こちら側で戦えるといえるのはジョセフと〈祈る者〉くらい。

 

(さすがにジョーまで負けるとは思わないが……頭を潰したところで、大人しく降伏する連中じゃない。この辺が分水嶺だろう)

 

 状況は悪いが、必ずしも致命的ではない。勝利は絶望的だが、この戦場から無事に撤退するくらいは可能。つまりこの局面における最善手とは、『基地を切り捨てて再起を図る』こと。

 

 ニュートン一家の最大の強みとは、戦闘能力でも技術力でもなく、この青き星の文明社会(生態系)に根付いたコネクションに他ならないのだから。

 

「分かってるならさっさと逃げろって? そいつは無理な話だ」

 

 そう嘯いたハンニバルは、肩をすくめて見せた。

 

()()()()()()()()()()()。昔からの悪癖でね、知らないことが嫌で嫌で仕方ない。だから未知を前に逃げるって選択肢は、俺の中には存在しないのさ」

 

 探求心、あるいは好奇心──それがハンニバル・G・ニュートンの変えられない習性(生き方)。それが彼から、逃走という選択肢を奪う。

 

「だから教えてくれ。君が何者なのかを」

 

 その目は無数に死体の転がる荒野、その只中に佇む生物をひたすらに見つめていた。

 

「勿論、君の名前や所属を聞いているわけじゃあない。俺が気になってるのは『君がどういう生物で』『どんな習性(生き方)をしてるのか』って部分だ」

 

うるさい、だまれ、くちをひらくな

 

 そんな彼に対し観察対象──『緑色の肌をした少女のような生命体』が示した反応はひどく冷ややかで、殺伐としたものだった。表情を歪めた彼女は、その目に侮蔑と殺意を込めてハンニバルを見返す。

 

おまえのはくいきで、ほしがけがれる

 

「……へぇ、興味深いな」

 

 だがそれすらも、ハンニバルにとっては考察材料でしかなかった。

 

「発音やイントネーションに規則性がある。つまり君が発しているソレは動物的な鳴き声ではなく、言語ってことか」

 

 

 思わず息を呑む生命体。その反応にまた一つ確信を深めながら、ハンニバルは目を細める。

 

「そして、人間(俺達)の言語を聞き取って理解する知能もある。さっき俺を罵っただろ? 言葉は通じずとも、案外ニュアンスくらいは伝わるものだ」

 

……きしょくわるいわね、こいつ

 

 それこそトイレに沸いたゴキブリを見るような視線を向ける生命体に、ハンニバルは「だが!」と続ける。

 

「君の言語(それ)、はっきり言って無駄だな」

 

──

 

 その言葉を聞いた瞬間、生命体の貌から表情がするりと抜け落ちた。

 

「発音や文法は一から考案したのか? 涙ぐましい努力だが、せっかく考えた言葉も、通じなければ意味がない。君以外に、その言語の話者はどれくらいいるんだ? まぁ、甘く見積もっても100を切るだろうな。そんな()()()()()()を使い続けるなんて、実に無駄(ロス)が多いと思わないかね?」

 

 それを気にも留めず、ハンニバルは無遠慮な講評を続けた。

 

「どんどん捨ててこうぜ、そういう無駄(ロス)は! まずは公用語を学ぶところから始めたまえよ。君の知能なら、10年もかければ習得できるだろう。なんなら、特別に俺が教えてやっても──」

 

もういい、しね

 

 不愉快な雑音をかき消すように吐き捨て、生命体は大地を蹴った。ハンニバルの懐へ飛び込んだ彼女は、その喉元を目掛けて貫手を繰り出す。

 

「ふはっ、野蛮だな!」

 

 紙一重でそれを躱すハンニバル。

 

「いいぞ! 君がその気なら、拳で語り合おうじゃないか! まけた方が害虫ってことでどうだ!?」

 

 次々と至近距離を裂く攻撃を避けながら、彼は冷静に検分する。

 

(瞬発力はテラフォーマー並。筋肉が少なめな分、威力自体は少し劣る。が、()()()()()()()()()()()()()()()……素体の特徴かMOの特性かは不明だが、殺傷力は十分。ツノゼミ程度の甲皮じゃ貫かれて終わりだ)

 

 次いで反対の腕から放たれた引っ掻きを、ハンニバルは腰を落として避ける。そのついでに倒れている兵士の遺体から髪の毛を一本抜き取ると、ハンニバルはそれを素早く口に含んだ。

 

 ──MOベース、”テルムス・アクウァーティクス”。

 

 その特性は“天異変態”。摂取した遺伝子を増幅させることで、ハンニバルは一定時間、他人のMOを使うことができる。

 すぐに変態を始めた彼の肉体は薄く頑丈な鱗に覆われ、腰骨からは尖った鱗に覆われた尾が伸びる。

 

Miniature Dragon(アルマジロトカゲ)。当たりとは言えないが、及第点か)

 

 自分が何に成ったかを把握したハンニバル。彼は再度の爪撃を鱗で防ぎながら、視線を走らせる。

 

(指以外にも、全身をびっしりと棘で固めている。毛虫か何かか? いや、あの形状はむしろ──)

 

 しかしそこまで考えを巡らせたところで、彼の身に異変が起こった。ハンニバルの体がふらりと傾いたのだ。

 

「!?」

 

 咄嗟に体幹を維持し、転倒を防ぐ。が、頑健であるはずのハンニバルの肉体が、明らかな不調を訴えていたのだ。

 

 腕の筋肉が痙攣し、震えが止まらない。足の筋肉は麻痺し、まるで鉛のよう。口内では不自然に唾液が分泌され続け、肺は空気を思うように取り込まない。鼻腔からドロリとした感覚が伝い、生温かい液体が溢れた。

 

(毒! やはり()()()()()! だが攻撃は通さなかったハズ──!?)

 

おまえたちって、ほんとうにおろかよね

 

 当惑するハンニバルに対し、生命体は軽蔑のまなざしを向ける。

 

じぶんいがいはだますくせに、だまされることはかんがえていない

 

 言うや否や生命体は、足を思い切り地面へ振り下ろした。その振動を合図として、彼女の全身の棘が、一斉に射出された。

 

「うっ、お……!?」

 

 回避を試みるが、その数とコンディションの悪さ故に完全には躱しきれず、ハンニバルの体には何本もの棘が突き刺さる。眼球に迫る軌道で飛んできた棘を指二本で掴み取り、「あっぶな……」と声を漏らす。

 

「特性をコピーしてなかったら、今頃ハリネズミになってたとこだ」

 

 幸いにもその棘先は鱗で停止し、皮下へ侵入することは防がれていた。棘に毒の類が仕込まれていても、これならば問題はない。多少動きづらくはあるものの、このくらいならば継戦に支障はない──そう考えた矢先。

 

 

 

 手中の棘が、爆竹のような炸裂音と共に爆発した。

 

 

 

「!」

 

炸裂矢(マインスロアー)! しかも──)

 

 彼が手にしていたものだけではない。鱗に突き立った棘、弾かれて転がっていた棘、外れて周囲に突き刺さっていた棘。その全てがまるでポップコーンのように、次々と爆ぜていく。

 

 爆ぜて、()()()()()()()()()()

 

「ッッ……」

 

 焼けつくような、突き刺すような痛み。右手を見やれば、液体が付着した皮膚が煙を噴き上げながら、ドロリと溶解していた。

 

()()()()! やっぱそっち系か!)

 

 爆発の威力で人差し指と中指が完全になくなり、薬指は皮一枚で繋がっているような状況。その周辺が赤く爛れ、皮膚の下からピンク色の肉が露出していた。

 

 他の箇所も同様。太ももは大きく肉が削げ、脇腹や肩が抉れている。身を固めていた鱗は吹き飛ばされ、棘から漏れ出た化学物質によって傷口は腐蝕していた。

 

(重傷だな。早いとこ治療しなきゃ、俺でも不味い──)

 

よそみなんて、よゆうじゃない

 

 生命体が軽やかに大地を蹴り、一息の間に距離を詰める。振りかぶったその腕は、馬上槍を思わせる巨大な棘へとその形を変え、更にその表面は何か固い物質によってコーティングされている。

 

──なめられたものね

 

 その穿撃は弾かれるように繰り出された。回避はおろか、反応の暇すら与えられない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、その一刺しはとにかく速かった。

 

「がハッ……!」

 

 超高速の穿撃に腹を射抜かれ、ハンニバルの口からは血が溢れ出す。棘の穂先が背中を突き破り、顔を出す。誰がどう見ても致命傷。

 

「痛ッてェ~~~……が!」

 

 だがハンニバルは、未だ生存をあきらめてはいなかった。彼は自らに突き立つ槍を両腕で固定すると、血を吐きながらもニヤリと笑う。

 

「捕らえたぞ……!」

 

 ──要は、少量の遺伝子さえあればいいのだ。

 

 テルムス・アクウァーティクス(ハンニバル・G・ニュートン)は、変態に要する遺伝子の接種経路を問わない。

 

「これで、もっと……君を知ることができる……!」

 

 経口だろうと、血液投与だろうと、究極的には腹のド真ん中にブチ空けられた穴からだろうと……少量の遺伝子を取り込みさえすれば、彼の特性は発動する。

 

「”()()()()”……!」

 

 生命体のベース生物をコピーできれば、己を蝕む毒を無効化できる。しかも予想が正しければ、この系統のベースには十中八九再生能力が付随するはず。

 

 これで傷を修復し、戦況をイーブンまで立て直す──そう判断しての行動だった。

 

……それで

 

 だが──たった一つの誤算によって、ハンニバルの目算は根幹から突き崩される。

 

その“てんいへんたい”は、いつはじまるの? 

 

「……!?」

 

()()()()()()()()()。彼の肉体は何秒経とうと、外来の遺伝子をその身に反映することはなかった。

 

(変態が始まらない!? 遺伝子が足りないのか!? いや、供給量は十分な筈! なぜ──)

 

あきれた。わたしたちのベースがなんなのか、しりもしないで

 

 だが、その疑問に答えを出すだけの時間は彼に残されていなかった。槍からにじみ出した毒が、数秒にしてその効力を発揮し始めたからだ。

 

「……ハハ」

 

 筋肉が弛緩し、槍を押さえていた腕がだらりと垂れ下がる。思考はひどく緩慢になり、頭の奥が鈍い痛みを訴えた。自らがこぼしたその笑いが何に対してのものだったかさえ、最早彼自身にも分からない。

 

「興味、深い……な……」

 

 そしてその目から、光が消えた。槍に貫かれながら力尽きたその姿は、さながら刑死者のよう。

 

がいちゅうはそっちだったみたいね。しってたけど

 

 まるで人間が潰れたゴキブリに向けるような視線で見やりながら、生命体は呟く。

 

おまえたちのせいで、このほしはしにかけている

 

 下げた腕から、ずるりと亡骸が抜け落ちる。それを見下ろしながら、静かに彼女は吐き捨てた。

 

ぶんめいはあく。それをつくったにんげんも、ゴキブリも、ひとしくがいちゅう。だから、こんぜつする。あらゆるぶんめいをけしさり、いっぴきのこらずせんめつする。そして、とりもどす

 

 

 

このほしと、わたしたちのじだいを

 

 

 

 ──その背後に忍び寄っていた影が、棘の槍に貫かれた。

 

「ッギ……!?」

 

 

 崩れ落ちたそれの正体を確認し、生命体は怪訝そうに目を細めた。

 

ゴキブリ?

 

 そこに転がっていたのは、食道下神経節を貫かれたテラフォーマーだった。一瞬にして毒に侵されたはその個体は白目を剥き、口から泡を吹いて痙攣している。

 

 じきに死ぬ。なんら脅威ではない。が、()()()()()()()()()

 

……なにそのキモすぎるはいしょく

 

 そのテラフォーマーの甲皮は通常と異なる、生理的嫌悪を喚起する色合いをしていた。

 

はぁ~~~~~~~……さいっっっっあく

 

 生命体はその貌を心底嫌そうに歪める。事切れたゴキブリを八つ当たりのように蹴り飛ばしながら、彼女は舌打ち交じりに見やる。

 

グリード(ゴキブリ)め、またやっかいごとをよびこんだわね

 

 招かれざる乱入者の登場により、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──5分前。

 

 

 

「【はい、調子いい(ハァイ、ジョージィ)】?」

 

 やぁ! と言わんばかりに、赤い外套のテラフォーマーはニッコリと笑いながら片手をあげた。休日に繰り出した街中で、偶然仲のいいクラスメイトにでも出会ったかのようなフランクさである。

 

「……」

 

 それに対し、〈祈る者〉はあくまで沈着冷静に対応した。

 

「──じょうじ」

 

 流れるような足運び。そこから上体を放り出すように踏み込んだ〈祈る者〉は、右腕に移植された”オオスズメバチの毒針”を構える。

 

 ──今度こそ、超えて見せる。

 

 狙いはテラフォーマーにとっての急所、食道下神経節。初めて己を傷つけた敵から簒奪した武器(特性)、そして生き方()を以て、彼はかつて命からがら逃げだした敵へと再び挑む。

 

 

 

 正拳中段突き!! そしてその覚悟ごと、グリードの太刀は〈祈る者〉を両断した。

 

「──!」

 

 否──両断したかに見えた。

 

 咄嗟の判断が功を奏し、幸運にも〈祈る者〉の胴体が左右に泣き分かれることはなかった。額から股間に至るまで、深さ5mmほどの刀傷が刻まれた程度だ。

 

「【おぉ、やるやん。三枚に下ろすつもりだったんだが】」

 

 剣を振り抜いたままの体勢で、意外そうに目を丸めるグリード。その無防備な姿を前に、〈祈る者〉は反撃か仕切り直しかの選択を迫られる。迷わず反撃に転じた。

 

「【ほれ】」

 

 気の抜けるような掛け声。それと同時に、剣の刀身が〈祈る者〉の胸の中心線を貫いた。

 

「じ……!」

 

「っ! まじィ!?」

 

 だが、〈祈る者〉はそこで止まらなかった。執念か、あるいはそれすら織り込み済みであったのか。彼は目の前ではためく外套の襟首に掴みかかると背負い投げでグリードの体を投げ飛ばした。も、グリードが身を退いたことで不発に終わる。

 

「じょ、うッ……!」

 

 失敗を悟った〈祈る者〉が飛び退く。その衝撃で抜けた刃を一振りすると、グリードは口を開いた。

 

「【なるほど。手術で食道下神経節を全身に分散させたのか。頭いいな】」

 

 初撃に比べれば随分と小さな、しかしテラフォーマーには遥かに致命的であるはずの刺傷。それを負いながら何ら支障なく活動を続ける〈祈る者〉の仕掛けを、グリードは即座に看破する。

 

「──Good(いいね)

 

 そして自ずと、その口端は吊り上がった。

 

「【それだよそれ。そういう創意工夫が、ゴキブリ(小生たち)に足りなかったもんだ。アダムから離反して、お前についてく奴らが出てくるのもわかるわ】」

 

 敵を見つめるその眼光に、どこかぎらついた熱のようなものが籠った。

 

「【それで……次は何を魅せてくれるんだ?】」

 

 その瞬間、〈祈る者〉の全身からどっと汗が吹き出す。貪欲なその視線に、〈祈る者〉は一瞬にして気圧されていた。

 

「【選び抜かれた最強の手術ベース? お前が極めた膝丸神眼流の神髄? 物陰に待機させた伏兵での戦略的攻勢って線もあるか。まぁなんでもいい、これで終わりってわけじゃないだろう?】」

 

「ッッ……!」

 

 ──見透かされている。

 

 その事実に、ぐっしょりと濡れた〈祈る者〉の体が震えた。叫びだしたくなるような感情が、彼の心身を支配していく。

 

「【出し惜しみはなしだ。お前の全てを賭して、小生に抗え。この首を取れたら、王座はお前にくれてやる】」

 

 ──『絶対』との遭遇。

 

 どう足掻こうと勝ち目はないことを、〈祈る者〉は理解した。

 

 天才的な頭脳が、卓越した経験が、種としての生存本能が、そして本質に根差す魂が──彼を構成するあらゆる要素が、全力で目の前の同族との戦闘を拒絶している。

 

 それはかつて、膝丸神眼流の継承者たちと対峙したときに抱いた『恐怖』……ではない。

 

 より大きく、より暗く、全てを覆い尽くしていくような根源的感覚。人間が『絶望』と呼ぶその感覚に、〈祈る者〉は今まさに飲み込まれようとしていた。

 

「ハァーッ……ハァーッ……!」

 

 呼吸が浅くなり、視野が狭まる。逃げ出すべきだと分かっているのに、できない。行動に移した瞬間、己への関心をなくしたグリードによって、賽の目状に切り刻まれることは火を見るよりも明らかだからだ。故にどれだけ恐ろしくとも、〈祈る者〉には戦う以外の道は残されていない。

 

「キィィ……!」

 

 あまりにも弱弱しい呻き。委縮する体を強引に動かし、神眼流の構えをとる〈祈る者〉。明らかに精彩を欠く動作だったが、グリードがそれを笑うことはない。

 

「【大したもんだよ、お前】」

 

 静かに賞賛を手向け、彼は太刀を構えた。

 

 張り詰める静の緊迫。両者の間に、一陣の風が吹いた。そしてそれが止んだ瞬間、戦場は再び動の均衡へ傾こうとし。

 

 

 

 

 

 

「ジョォォジッッ!」

 

 

 

 

 

 そこへ混沌の一石が投じられた。

 

「ジ──!」

 

「ギョエーッ!?!?」

 

 今まさに激突しようとしていた両者は、尾葉が伝える危険信号に従って互いに飛び退く。直後、油の爆ぜるような音とともに、幾条もの閃光が空気を切り裂いた。

 

「……えぇ?」

 

 思わぬ事態にグリードは声を漏らし、次いで額に青筋を浮かべた。

 

「【……こんのクソボケがよォ】」

 

 それは彼の特性でも、〈祈る者〉の特性でもない。必然、今の横槍は第三者によるものということになる。

 

 そしてその事実に……グリード、キレた! 

 

「【誰だよ、ゴキブリ同士の神聖な決闘を邪魔しやがったお馬鹿さんはよォ? 出るところ出るぞコノヤ──】」

 

 ブツクサ言いながら、乱入者を睨みつける。その瞳に移った乱入者とは──! 

 

 

 

 

 

「ギィィ……!!」

 

 

 

 

 ──物凄い形相で歯ぎしりをしながらこちらを睨み返す、幼体のテラフォーマーだった。

 

 

「【……いやホント誰?】」

 

 困惑が勝ったグリードは、そのテラフォーマーをまじまじと観察した。

 

 頭髪のない頭に、額へと刻まれた『≒』の紋様。おそらくは自分たちの同類(知能が高い個体)。赤黒く膨れ上がった異形の左腕は、暗に彼がMO手術──あるいはそれに類する技術によって、異生物の特性を獲得していることを示している。

 

 だが先に述べた通り、その体つきは未成熟な幼体のそれ。最初から生体で生まれる自分たちとの決定的な差異だ。

 

「ジョウジ! じじょうじ! ギジョウジジョーウ!」

 

 そして、めっちゃ荒ぶっている。

 

 金切り声を上げて地団太を踏むその姿に表れるのは、明瞭な怒り。感情が希薄なテラフォーマーには極めて珍しい特徴だ。背後に控える配下のテラフォーマーたちが動じていないところを見るに、おそらくはこれが平常運転なのだろう。

 

「【で、Youは何しにローマ連邦へ?】」

 

「じぎじ! じょうじょうじ、ジョウ!」

 

「【ほうほう】」

 

 声を荒げながら幼体が語るところによると。

 

 彼は1年前、裏アネックス計画に使われた高速宇宙艦のうち一機を使って、配下と共に火星から地球へ飛来したらしい。彼はオリヴィエ率いる槍の一族と同盟を結び、各地で勢力を伸ばしつつ、来る地球侵略に向けて準備を進めていた。

 

 しかし今般、ゲガルドとフランスの全面戦争が勃発。同盟相手の手引きにより、本家ニュートンへの牽制として、ローマ連邦へ派兵されたという。

 

「じょじぎ、”ジョージ”!」

 

 無論、彼もただオリヴィエのいいように使われたわけではない。

 

 槍の一族の言いなりとなってまで、彼とその一団がローマ連邦に現れた理由。それは偏に、とある人物(ゴキブリ)にあるのだという。

 

「【まさか──!】」

 

 その時、グリードの脳裏に電流走る──! 

 

「【お前……小生のファンボーイか!?】」

 

「ジ」

 

 ──殺すぞ。

 

 ド直球な物言いでグリードをガチ凹みさせ、幼体が睨んだのは〈祈る者〉だった。

 

「“ジョージ”! じぎじょう!」

 

 ゴキブリにしか理解できない言語で幼体が口にしたのは、激しい非難だった。

 

 かつて母なる星を捨てて新天地へと旅立った、偉大な先達。その背に追いつくべく、そして超えるべく、彼は宇宙という危険な航路へ飛び出し、この星へやってきた。

 

「ジジ、じょぎ!」

 

 ──だというのに、なんだこの体たらくは。

 

 幼体は声高に不満をぶつけた。

 

 十年をかけて一国を支配下に置くことすらできず、その中でみっともない敗走を幾度も繰り返し、挙句の果てに品性の欠片もない輩に殺されようとしている。

 

 これを期待外れと言わずして、なんというのだ? 

 

「ジギィ……!」

 

 ──もういい、そこで指を咥えて見ていろ。

 

 無言のまま立ち尽くす〈祈る者〉。それに対する苛立ちと失望に鼻を鳴らし、幼体は体育座りをしているグリードへと目を向けた。

 

「【お前の名前考えてたんだけど、〈キレる者(ハラスメンター)〉とかどうよ? 憧れの〈祈る者(インヴォーカー)〉をリスペクトする感じで】」

 

「ングギギィ……!」

 

 思わず新たな言語領域を開拓しかける程度には、グリードの態度は幼体の癪に障った。怒りのままに地団太を踏み、幼体はこれでもかと喚き散らす。

 

「ジョウ! ぎじょう、じ!」

 

「【気に入らなかった? そっかー】」

 

 一方のグリードは、幼体の反応に頭を掻いた。近頃の子供は分からん、とばかりに困り顔でため息をつき。

 

「【じゃ、殺すね】」

 

 アスファルトを砕く威力で大地を蹴った。その体は黒い電光石火となり、次の瞬間には幼体に肉薄していた。

 

「じ──」

 

 幼いテラフォーマーの目と鼻の先に、死神の刃先が迫っている。だが、何が起こったのかを理解する暇すら、彼には与えられない。

 

 当然の帰結だった。『膝丸神眼流』の継承者を三代に渡って撃破し、これを修めた〈祈る者〉でさえ、グリードの攻撃に対処することは困難を極める。戦闘経験が浅く、幼体ゆえに筋力量も少ない彼にとって、このステージに立つのはシンプルに早すぎた。

 

 よって──。

 

 

 

「 じ ょ う じ 」

 

 

 

 ──彼が九死に一生を得たのは、()()()()()()()()()()()()()()

 

「【……へぇ】」

 

 面白そうに目を細めるグリード。太刀を振り切る寸前でその腕を留めたのは、両者間に割って入った〈祈る者〉だった。

 

 ──膝丸神眼流、無刀取り。

 

 本来ならば、刀を抜かせることなく機先を制する技。剣閃が速すぎたが故に制止はギリギリとなったものの、〈祈る者〉の技は確かにグリードへと届いた。

 

「ッッ……!」

 

 一拍遅れ、ようやく状況を把握した幼体。その顔が見る見るうちに、屈辱で歪んでいく。

 

 何もできなかった。あまつさえ『庇われた』……あれほど敵視していた宿敵に。

 

 その事実は、彼の高いプライドをズタズタに引き裂いて余りあるものだった。

 

「ギ、ギギギギ……!」

 

 髪の無い頭部に、何本もの血管が浮き上がる。忌々し気に歪んだ目尻には、涙すら浮かんでいた。腹の底にどす黒いものが蠢き、全身を掻きむしりたくなるような不快感が押し寄せる。

 

「──じょう、じじ」

 

 爆発寸前の癇癪。それを制したのは、他でもない〈祈る者〉だった。彼は移植によって赤黒く変色した幼体の肩に手を置く。

 

「じじょうぎ。ぎじじ“ジョージ”」

 

「──」

 

 果たして彼が何を告げたのかは定かではない。だが驚くべきことに、幼体は〈祈る者〉の行動に激昂することもなければ、特性で危害を加えることもなかった。

 

「…………じじ」

 

 沈黙の末、幼体は一声だけ鳴いた。不機嫌な表情を和らげることこそなかったものの、溜飲を下げたらしい。

 

「ジギギ、じょう」

 

 幼体はぞんざいに、しかし攻撃的でない程度に〈祈る者〉の手を払いのける。そして、一歩前へと進み出た。まるで〈祈る者〉と並び立つかのように。

 

「【話はまとまったか?】」

 

 グリードは問う。

 

「【呉越同舟、大いに結構。見せてみろ、お前らの本気を】」

 

 その挑発に対する返答は、『軍事的示威』によって示された。

 

「──じじょうじ!」

 

 〈祈る者〉の声に呼応して参じたのは、バグズ2号のクルーたちと同じベースを組み込まれた配下のゴキブリたち。

 

 彼らに続くのはデンキナマズ型、ヒョウモンダコ型、タスマニアキングクラブ型、ワシミミズク型といった、幹部格の個体たち。更にはそこへ、アルマジロ型、ウロコフネタマガイ型、鳥型、クモ型、シャチ型といったMO手術を施された前線指揮官たちが、数百は下らない軍勢を引き連れて現れる。

 

「ジジジギ!!」

 

 一方、幼体も負けずと声を張り上げる。その両脇を固めるように、全身に棘を持つ二体のオニヒトデ型テラフォーマーが歩み出た。

 グリードを包囲するように現れる、全身に細かい穴が空いた緑の甲皮を持つテラフォーマーたち。未成熟な幼体を飛ばし、即戦力として量産されたチャツボボヤ型たちだ。

 それに紛れるように立つのはゴライアスオオツノハナムグリ型、キロネックス型、チーター型といった、いずれも火星で没した者の死体から特性を得たMO型の個体たち。

 

 更に特筆すべきは、二重の因子を持つ『複合バグズ手術型テラフォーマー』たちの存在。

 

 ミイデラゴミムシとメダカハネカクシを掛け合わせた“速度特化型”。

 

 パラポネラとクモイトカイコガを掛け合わせた“捕獲特化型”。

 

 ニジイロクワガタとクロカタゾウムシを掛け合わせた“潜入特化型”。

 

 ケラ、ゲンゴロウ、オニヤンマを掛け合わせた“水陸空両用型”。

 

 ハナカマキリとサバクトビバッタを組み合わせた“白兵特化型”。

 

 マイマイカブリとエメラルドゴキブリバチを掛け合わせた“化学特化型”。

 

 いずれも表アネックス計画において、アネックスとアークのクルーを散々に苦しめた強者たち。いずれも対〈祈る者〉を想定して幼体がスカウトし、地球侵略への同行を許可した、いわば切り札とも言える存在。

 

 本来ならば相容れぬはずの両軍が手を組み、グリードを包囲していた。

 

「ッスゥ────」

 

 ──ちょっと思ってたより数が多い。

 

 グリードは深く息を吸いながら、それとなく天を仰いだ。無数のテラフォーマーたちが上空で飛びながらがっちりとスクラムを組んでいた。〈祈る者〉の名采配である。

 

「フゥ~~~~~~~」

 

 グリードは深く息を吐きながら、今度は地面を見やる。地中から伝わってくる振動的に、どう考えても地下に伏兵がいる。〈キレる者〉は堪忍袋だけでなく、頭も切れるらしい。

 

 地球ではゴキブリを指して『一匹見たら三十匹はいる』という。ならばこの、どう見ても500匹くらいゴキブリがいるこの状況、あと1万5000匹はお代わりがあるということだろうか? あ、小生もゴキブリだから実質1万5030匹か? やかましいわ。

 

「…………しょぎょうむじょう」

 

 知らないのか? ゴキブリからは逃げられない! 特にハゲてる奴からはな! うん、知ってた。

 

 それは彼自身が一番よく分かっていることであった。だって自分のことだし。諦観と共に、彼は世を儚み……そして。

 

 

 

 

 

「……上々(じょうじょう)

 

 

 

 

 

 ──全てを飲み込む、圧倒的な気迫が戦場を塗り潰した。

 

 

 

 

「ッ!!」

 

 その瞬間、少なくない数のテラフォーマーがグリードへ向かって突撃を敢行した。それは示し合わせた作戦でもなければ、テラフォーマーの首領たちの意に沿う行動でもない。ただグリードが放つ()()()()()()()()──言い換えれば生存本能に駆られた結果の、半ば無意識の行動だった。

 

「──」

 

 剣を持つグリードの腕がぶれた。

 

 かと思えば次の瞬間、先走ったテラフォーマーたちは一匹残らず、バラバラの切断死体となって地面へと転がった。指の一本たりとも、標的の体へ触れることはできずに。

 

「じょーじ、ぎじじょう」

 

 グリードは太刀を一振りして刀身の肉と脂を払い落とすと、自らが羽織る外套を勢いよく脱ぎ捨てた。露になったその背、閉じた鞘翅の上には不気味な紋様が浮かんでいた。

 

 ──黄金の髑髏。

 

 人間にとって死や危険を象徴するその刻印は、()と似た姿(カタチ)をするテラフォーマーにも同じインスピレーションを与える。

 

「【洒落臭(しゃらくせ)ェ。まとめてかかって来い、後輩ども】」

 

 怯んだように硬直するテラフォーマーたちを睨み返しながら、グリードはこめかみの横で剣を構える。

 

「【──お前らに本物のゴキブリを教えてやる】」

 

 そう言って、グリードはベロリと舌を出して見せる。そこへ刻印された『ニュートンへの反逆印』を見せつけるかのように。

 

「「……!!」」

 

 〈祈る者〉と幼体は、ここに至って理解する。自分たちがたった今、眠れる獅子を叩き起こしたことを。

 

 そしてこの獅子を倒さぬ限り、己のヴィジョンが現実となることはないこともまた、感情でも本能でもなく、存在の根幹に根差すより深い部分──魂で理解した。

 

 互いに相容れぬのならば、決着(ケリ)をつける方法は一つ。

 

 

 

「じょうじ」

 

「ジョウジ……!」

 

「George──!!」

 

 

 

 ──生存競争。

 

 

 

 遥か何億年も前から続く、生命の成否を裁く原初の流儀。

 

 その審判が今、幕を開けた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「どうやら戦況は、圧っっっ倒的に! 僕たちの方が優勢みたいだねー?」

 

 アダム・ベイリアルの口から飛び出すのは、あからさまな煽りだった。

 

「あれれー? おっかしいぞー? 人類の最先端であるはずのニュートン一家が、『黒幕気取りの道化師』の手勢に手も足もでないなんて……もしかして、試合前に一服盛られたのかな? それとも接待プレイしてくれてる? あ! ま・さ・か~~~……これで全力だったりしちゃうのかな!?」

 

「……お前」

 

 べらべらと垂れ流される安い挑発。その発言者に向けるジョセフの目線は、極めて冷ややかなものだった。

 

 そこに苛立ちはない。それはもちろん、ジョセフの脳が「戦闘」に切り替わっているからということもあるのだが……

 

「これはもう僕たちの勝ちと言っても過言でンゴパぁっ」

 

「……よくその状態で調子に乗れるな」

 

 吐血したアダムに、ジョセフが隠し切れない呆れを滲ませながら言う。それもそのはず。彼の体は今、人為変態した四人の兵士によって取り押さえられていた。

 

 しかも、単なる高速ではない。包囲攻撃を軽やかに受け流そうとして盛大にミスった結果、アダムの体はものの見事に全ての攻撃を食らってしまっていたのだ。

 

 兵士の一人の特性、 “コガネグモの糸”によってアダムは全身を縛り上げられ、脇腹には“キングコブラの毒牙”が食い込み、背後からは“ギラファノコギリクワガタの大顎”が心臓を貫き、右肩から胴へは垂直に “オオカマキリの鎌”が切り込み、肝臓と免疫寛容臓に裂傷を与えていた。オーバーキルも甚だしい。

 

 ジョセフが取り合わなかったのは単純に、アダムの発言にまるで説得力がなかったからである。そしてそれは、攻撃を加えた張本人である兵士たちも感じていたこと。

 

((((よ、弱すぎる……))))

 

 奇々怪々な戦力によって同僚たちが次々と屠られていく様は、彼らも目の当たりにしていた。当然、親玉であるアダムはそれ以上だろう──そう戦々恐々としていたのだが、いざ戦闘となれば拍子抜けするほどに弱い。これ、普通に一対一で勝てたのでは、と思ってしまうほどには。

 

「それで、どうする気だ?」

 

 ジョセフは憮然とした様子でアダムに問う。

 

「お前の特性が再生系じゃなきゃ……いや。毒を食らってることも含めれば、再生系だったとしてもゲームオーバーだ。こっちとしては、そのまま何事もなく死んでくれると嬉しいが」

 

 そこで言葉を切ると、彼は一族に付きまとう道化師を睨みつけた。

 

「どうせまだ何か、隠し玉があるんだろう?」

 

「そりゃあ勿論! えーと、確かこの辺に……」

 

「ッ! おい、妙な動きをするな!」

 

 縛られたままポケットをまさぐろうとするアダム。その動きを制するように、コガネグモの兵士は一層きつく糸を縛り上げた。

 

「グエーッ!? 首、首締まってるぅ!? 窒息死しちゃう! これ僕窒息死しちゃうから!」

 

 兵士は拘束を緩めない。むしろこのまま骨を折ってやろうと込める力を強めれば、「ちょ、ホントぐるじ……!?」とアダムは悶え始める。

 

「ヘイ……そこの、キミ……」

 

 若干白目を剥きながら、アダムは毒蛇の兵士を一瞥する。

 

「へ……“ヘルプ”……まじでしぬ……」

 

「いや元帥にあれだけ大口叩いたのに情けなッ!?」

 

「お前何で戦場に出てきたんだよ!?」

 

「むしろその傷で死因が窒息死はおかしいだろ!?」

 

 瀕死のアダムに、遂に耐えきれなくなった兵士たちが声を上げる。なんとも緊張感のない光景だったが……

 

「──」

 

 ……声をかけられた兵士だけは、反応が違った。

 

 攻撃時の姿勢を保ったまま、彼は首から上だけを盛んに傾け、小刻みな痙攣を繰り返す。

 

「? おい、どうした?」

 

 様子がおかしいことに気付き、他の兵士が声をかける。しかしそれに応えることなく、毒蛇の兵士はアダムから毒牙を引き抜き。

 

「──了解しました」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「な、あ……?」

 

 自らを抉る毒牙に、信じられないという表情を浮かべる蜘蛛の兵士。だが猛毒によって身体を侵された彼に、それ以上の言葉を発する時間はなかった。ばったりと倒れ込んだ彼は、そのまま動かなくなる。

 

「お、サンキュー兵士くん。いやー、しんどかった! この調子でジョセフ君もぶっ殺しといてー」

 

「はっ!」

 

 標的からの言葉を上官命令のように受諾し、ジョセフへ向かって駆け出す兵士たちを、残った兵士たちは呆気にとられた様子で見守ることしかできない。

 

「さてと」

 

 その隙をつき、糸の拘束が解かれたアダムは、白衣のポケットに手を入れる。そうして取り出したのは、点眼薬タイプの人為変態薬だった。

 

「ぽたっとな」

 

「ッ、おい! 動くなッ!」

 

 行動に気付いた兵士が警告を発するが、遅い。点眼薬から垂らされた一滴がアダムの眼球へと滴り落ち……細胞が軋みと共に、変調を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

人為変態

 

 

 

 

 

 

 身長が伸び、変態前はやや丈が余っていた袖から手が見える。貧弱だった体付きは細く引き締まり、科学者というよりもモデルかアスリートを彷彿とさせる。

 

 一方、その頭上では一部の髪が束となり、それらは複数本の触手へと変じる。頭から垂れ下がったそれらは、蛇か蚯蚓のようにくねくねと蠢く。その隙間から覗くのは、散瞳した道化師の双眸。

 

 右目。こちらに大きな変化は見られない。しかし黒く染まったその眼は光を一切反射することなく、代わりに何かを掛け違えたかのような不気味さと異質さを放つ。

 

 左目。こちらの変化は打って変わって明瞭で、目尻から点眼薬を涙のように流す瞳には『林檎の芯と巻き付く妖虫』が浮き上がる。

 

 再生により肉体の損傷は完全に治癒し、たっぷりと注入されたはずの蛇毒も一向に効く気配を見せない。戦況が振り出しに戻ったことを、兵士たちは察する。

 

「くそッ……!」

 

 まるで空間が停滞し、時間が緩やかに沈殿していくかのような異様。それに怯みつつも、正気を保っていた二人の兵士は任務を全うするため、再び特攻を仕掛け……直後、繰り出された攻撃によって、彼らの首は刎ね飛ばされた。

 

「うん。久しぶりに変態したけど、動きに問題はなさそうだ」

 

 噴水のように血を吹き出し、崩れ落ちる二つの死体を見ながらアダムは呟く。彼は返り血を浴びながら、兵士を下しこちらへと距離を詰めるジョセフへと顔を向けた。

 

「それじゃあ、始めよっか。数えるかい? カウボーイみたいにさ」

 

 その問いに対する返答は、無言で振るわれた剣撃だった。「おっと!」と紙一重でそれを避け、アダムはすかさず拳を繰り出す。ニュートンの動体視力を持つジョセフに、無論その程度の攻撃は当たらない。しかしそれを躱した瞬間、今度は別口で繰り出された攻撃が迫る。先ほど兵士たちの首を刈り取った一撃だ。

 

「!」

 

 鼓膜が捉えた風切り音に、ジョセフは反射的に身をかがめる。その頭上を、アダムの触手が掻き切った。よく見れば、触手は中ほどから銀色に変色しており、先端部分に至ってはナイフのような刃へと変形していた。

 

「厄介だな……!」

 

 威力そのものは、軍用ナイフとそう大差はないだろう。しかし問題なのは、その速度と手数。一撃を凌いでも次、それを凌いでもまた次と、音速に達する追撃は絶え間なくジョセフを襲い続けていた。

 

 最悪被弾覚悟で攻勢に転じてもいいが、守りを疎かにすれば末端からバラバラにされかねない。総評すれば「非常に鬱陶しい」というのが、ジョセフの感想だった。

 

(……どういうことだ?)

 

 だがそれ以上に彼が手を焼いていたのは、アダムの動きの良さだった。

 

 攻防の中で、ジョセフは気が付いていた。兵士に呆気なく制圧された先ほどに比べ、アダムの動きが明らかに洗練されていることに。変態前は素人同然だった徒手格闘技術が、今やこうして自分と渡り合える程、急速に向上している。

 

 認めざるを得ない。火星で矛を交えた小町小吉や劉翊武ほどではないにせよ、アダムもまた相応の実力者であると・

 

()()()()()

 

 しかしだからこそ、ジョセフはそれを不可解極まりない……どこか得体の知れない現象と受け止める。

 

 人為変態よる身体能力の向上は、車の乗り換えに例えられる。

 

 平時のパワーを原チャリとするのなら、変態時のパワーはトレーラー。特性を用いての戦闘は今まで慣れた原チャリを捨て「今日から同じ道をトレーラーで通え」というようなもの。あらゆる常識が変わった身体を制御するには、それを裏付ける経験が不可欠となる。

 

(だがさっきまでのコイツは、原チャリ(素体)すら乗りこなせていなかった! それがトレーラーに乗り換えた(変態した)途端、急に使いこなせるようになっただと? どういう理屈だ……!)

 

 身をかがめて触手を避けたジョセフは、そのままアダムに足払いをかけた。

 

「おろ?」

 

 間の抜けた声と共に態勢を崩すアダム。すかさず首を目掛けて西洋剣を振るうが、その剣閃は触手と同様、滲み出すように変色した銀色の皮膚に弾かれた。

 

「ま、首ちょんぱくらいじゃ僕は死なないけど……一応はね」

 

 飛び散る火花を横目に、その光沢は役目を終えたように肌の奥へと吸い込まれていく。奇怪な現象にジョセフが眉を顰めたその直後、死角から迫った触手が、銀色の針状になった先端をその首元に打ち込んだ。

 

「しまっ……」

 

 触手はブルリと脈動すると、得体の知れない異物をジョセフの体内へ産み付けた。その直後、彼を襲ったのは『何か』が皮下で蠕動する感触。

 

 十や二十では利かない異物の群れ。それらは肉の揺りかごの中へ解き放たれるや、筋肉繊維の合間を這い、あるいは血液の流れに乗り、一斉にジョセフの()()()()を目指して行軍を開始する。

 

(不味い!)

 

 その攻撃が致命的なものであることを理解したジョセフは、すぐさま触手ごと乱暴に針を引き抜くと、“デンキウナギ”の特性をフルパワーで行使する。

 

(イチかバチか、俺の電流で体内のコイツらを停止させる! 触手伝いに電流を食らわせて、本体も道連れだ……!)

 

 ジョセフの体にはアドルフのような安全装置がなく、それ故に彼の肉体は特性を使用する度に感電している。使い過ぎれば己の命を削る特徴だが、今ばかりは好都合。

 

「ッ、オオオォ!」

 

 ──ジョセフの作戦の内、半分は彼の思惑通りに運んだ。

 

 一切の加減なく発せられた電流は、狙い通りに異物たちを一掃。彼の危惧する最悪の事態を回避することに成功する。

 

 しかし、もう半分はそうはいかなかった。

 

「ハァ……ハァ……」

 

「辛そうだねぇ。お労しやジョセ上」

 

 発電の疲労で息が荒げるジョセフに、アダムは他人事のように言う。いや、事実他人事ではあるのだろう。

 

「どうせ僕には効かないから無駄なのに」

 

 なぜなら今の電撃は、アダムに一切の手傷を負わせられなかったのだから。

 

(無傷だと……!?)

 

 流石に想定外だったのか、眼を見開くジョセフ。耐電装備という単語が脳裏をよぎるが、アダムの衣類や装備は余波で焦げついている。

 

 一度傷を負ってからの『再生』ではないことは、ジョセフ自身の目で確認済み。どうやらアダムが口にした通り、本当に電撃そのものを無効化したらしかった。

 

「あ、気になる? 気になるよね? でもジョセフ君には教えてあげなーい」

 

「……いい気になるなよ、道化」

 

 ケラケラと笑うアダムを、ジョセフは睨み返す。

 

「特性が効かないなら、再生ストックが底をつくまで、お前を刻み続けるまでだ」

 

「おぉ、流石ご当主様。根性あるねぇ」

 

 アダムは再び剣を構えるジョセフを面白がるように見やる。

 

「ま、サシでやるなら正解の一つだよね。不死身っぷりなら君やオリヴィエ君、エドガー君にも劣らない自負はあるけど、流石に殺され続ければいつかは死ぬだろう。いやー困ったなー、攻略法が暴かれてしまったぞー」

 

 ところでさー、と。アダムは露骨に声のトーンをあげる。

 

「君、僕のことばっかり見てていいの? 君の親族とお友達、みーんなやられちゃったみたいだけど」

 

「!!」

 

 その言葉に、ジョセフは弾かれたように顔をあげる。気が付けばいつの間にか戦闘音は止み、ジョセフは九人の怪人たちによって包囲されていた。

 

「残念だわ。お茶会はもう終わりみたいね、ウサギさん」

 

 妖魔は眉尻を下げる。その手の中には、触手や羽に覆われた隙間から髪の毛のようなものが飛び出す、サッカーボール大の物体を抱えている。

 

「今夜はオールのつもりだったが……結局この程度か。我、ぴえん」

 

 悪鬼が憮然と漏らす。血で真っ赤に染まった口から、彼はプッと()()を吐き出す。

 

「『自分探し』とは少々趣が違ったが……興味深い時間だった。礼を言おう」

 

 伽藍堂の少年が、淡々と告げる。俵抱きにされている兵士の死体は、死にながらにしてその骨肉を自ら折り畳み、何か別のものに成ろうとしている。

 

「終わりだ、ジョセフ・G・ニュートン。その身柄、大人しく検体として博士に差し出してもらおう」

 

 狂人の側近が投降を呼びかける。彼が見せつけるように掲げたのは炭化し、煙を噴き上げる死体。

 

「聖女を除き、女は須らく雌であれかし……くっ! 我が愚息よ、鎮まれ……」

 

 僧形が己に言い聞かせる。片手で己の乳首に触れつつ、もう片手で無造作に放ったのは、全身に打撲痕と痣を刻まれ力尽きた死体。

 

「歯ごたえがねぇなァ、肉食主義者(カーニスト)! 少しは大根を見習えよ!」

 

 鉄仮面の格闘家が声を張り上げる。その肩に担ぎあげるは、圧倒的な力で殴り潰されてスクラップと化した、未だ火が消え切っていないヘリコプター。

 

「マナーの乱れは指導者の乱れ。やはりニュートンは神に相応しくありませんね」

 

 なんか冒涜的でタコっぽいやつが嘆息する。巨大な二本の指で摘まみ上げているのは、集中砲火によって肉の大部分が吹き飛んだ死体の残骸。

 

おまえがさいご? なら、さっさところしておわりにしましょう

 

 緑色の肌をした少女擬きが言う。引きずるように運んできたのは、全身が化学熱傷によって爛れた変死体。

 

「じぎ、ジギギギ……ゲッゲッゲッ!」

 

 害虫の王が笑う。その手にぶら下げているのは、同族の首級二つ。更に背後には無数のテラフォーマーの屍が山を築いており、彼の死闘を鮮明に物語っている。

 

「で、何の話だっけ? ああ、そうだそうだ! 『死ぬまで殺し続ければ殺せる』っていう、僕の痛恨の弱点がバレちゃったとこだった!」

 

 わざとらしく話を戻した彼は、「それじゃあ早速実験してみよう!」とジョセフに嘯いた。

 

「僕の素敵な仲間たちを九人一斉に相手にしながら、不眠不休かつ年単位で刻み続ければ……ワンチャンあるかもしれないよ?」

 

 ニヤけた笑顔の仮面の隙間から、底無しの狂気を覗かせながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アダム・ベイリアル・■■■■■

”非人道的科学研究同好会【アダム・ベイリアル】『創設者』”

MO手術ベースⅠ”■■動物型/■■■■型”

■■■■■■■■■■■■(××××××)

+

MO手術ベースⅡ”■■型/■■■■型”

―“『日本原産』 ■■■■■■(×××)”―

+

MO手術ベースⅢ”■■■■型/■■■■型”

―“■■■■・■■■■■■”―

 

専用凶器:???

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──愚者の果実(××××××)

 

 

 

 

 

 ──烏合の救世主(×××)

 

 

 

 

 

 ──虚妄の朽ち縄(■■■■・■■■■■■)

 

 

 

 

 

 ──黒幕気取りの道化師(アダム・ベイリアル)嬉々怪々(オベーション)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なるほど。俺が詰んだことは理解した」

 

「お?」

 

 沈黙の末、ジョセフは観念したように吐き捨てた。

 

「ああ、認めよう。お前の方が一枚上手だったよ、アダム・ベイリアル」

 

「いやぁ、真正面から褒められると照れるね。で、どうする? 今ならサレンダーも──」

 

「ただ、このまま黙ってやられるのも癪なんでね」

 

 その一言で、調子に乗りかけていたアダムは現実に引き戻された。ふと見ればジョセフの手には、何かの発信装置のようなものが握られている。

 

 なんだ、あれは? 

 

「お前に倣って、ちょっとした嫌がらせをするとしよう」

 

「! こいつ──!?」

 

 その正体をいち早く察したプライドが、専用武器の小銃でジョセフの手ごと発信装置を撃ち抜く。だがそれを嘲るように、ジョセフは失笑する。

 

「20秒おせーよ。スイッチはとっくに起動済みだ」

 

 その宣言とほぼ同時、ジョセフの背後十数m──基地の滑走路を、一機の戦闘機が高速で走り抜けた。

 

Scheiße(クソッ)! 不味いです、博士!」

 

「プライドくん、今北産業」

 

 なんだなんだとそれを見送る一行の中、ただ一人焦燥を浮かべるプライドにアダムが問う。

 

「戦略爆撃機『B-464 ドラグハート』! 反物質エンジン搭載のステルス機が核を積んで、おそらくフランスへ向けた飛行準備に入っています!」

 

「めちゃくちゃ不味いじゃん!?」

 

 事態を把握したアダムの全身から、ブワッと冷や汗が噴き出す。それを見て溜飲を下げたのか、ジョセフはくつくつと喉を鳴らす。

 

「ユーロ間の人道的支援って奴だ。まだ生き残っているパリ市民には気の毒だが……ゲガルドにもデカルトにも、ここで消えてもらう」

 

「鬼! 悪魔! めんどくさいの到達点!」

 

 アダムが思いつく限りの罵倒を浴びせるが、ジョセフは気にも留めない。どこか冷めたような目で、彼は遠くを見つめていた。

 

「こっ、こいつゥ~!? 「ま、世界征服はまた今度でいっか。どうせ数世代もすれば、家も建て直せるし」って顔してる! 自分が死ぬと分かった瞬間にちゃぶ台返しみたいな身辺整理しやがってぇ!?」

 

「しょーもねぇことで騒ぐんじゃねぇよ、ボス」

 

 喚くアダムを窘めたのは、格闘家だった。面倒くさそうにボリボリと頭を掻いた彼は、「要はあれだろ?」と言葉をつづける。

 

「あれをソッコーでぶっ壊して、飛ぶのを止めりゃいいんだろ? 任せとけって、俺様が木っ端微塵にしてやる!」

 

「えっ、それはそれで別の問だ」

 

 アダムの制止は間に合わず、極大の屁と共に飛び出した格闘家は、今まさに飛び立とうとしている戦闘機へと組み付いた。

 

「お野菜パワー全開ッッ! 殺人カラテ壱式ィ──」

 

「ちょ、ストップストップ! それ不味いって! これ絶対核と反物質が誘爆してろくでもないことになるやつ!?」

 

 アダムが叫ぶが、そもそも距離がある上にエンジンの爆音が響いている機体周辺で聞こえるはずもない。

 

 必死の祈りと叫びも虚しく、格闘家は万力を込めた拳をエンジン部へ叩きつけた。

 

「脳天・頭蓋割りィ!!」

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!?」

 

 

 

 

 

~ナレーション~

 

 

 

 そして軍基地は、核融合と反物質のエネルギー暴走に呑み込まれた。当然、その爆心地に生存者などいるはずもない。

 

 ジョセフ・G・ニュートンも、僅かに生き残っていたローマ連邦の兵士も、アダム・ベイリアルも、『【S】EVEN SINS』も、番外の二人も……全員が物理的に、再生もへったくれもなく、跡形もなく消し飛んだ。

 

 一方のパリも、国連の決議によりなんやかんやで核投下が決定。宿命の対決など知ったことかと爆撃され、晴れて地図から消滅。一進一退の攻防を繰り広げていたオリヴィエ・G・ニュートンとエドガー・ド・デカルトも、二人一緒に消し飛んだ。

 

 辛うじて生き残った各勢力の残党たちは、相次いで活動を自粛。何世代か後に彼らが再び活動を再開するその時まで、世界には束の間の平和が訪れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

製作・著作

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ⒶⒹⓂ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「はい! というわけで、最新のAI技術を駆使して創った劇場版『Route_IF Armageddon ~ ニュートン大決戦! ゲガルドVSデカルトVSダー〇ライ ~』でした~! みんな、面白かったカナ!?」

 

「「「「「……」」」」」

 

 室内に照明が灯る。エンドロールが流れるスクリーンを背にアダムが問いかけるが、返ってくるのは沈黙だった。

 

「えー、誰も率先して手を挙げてくれないので何人かに僕から聞いてみようかな。はいそこの君、感想をどうぞ!」

 

 ズビシ、とアダムが指をさす。その先には、乳首をいじりながら号泣する僧形の姿。

 

「あぁ、あぁ……! 我が聖女よォォォ! なぜ逝ってしまわれたのだァァ! 鎮、鎮ま……ウグッ、ヒグゥっ!」

 

「あ、ダメだ。この間のアストリスロスからまだ立ち直ってないや。じゃあ君!」

 

 指をずらすアダム。指名された格闘家は、鋼鉄のマスクの隙間から滂沱の涙を流し、静かに男泣きをしていた。

 

「馬鹿野郎がよ、ヴォーパル。勝手に死にやがって……まぁ野菜喰ってなかったお前の自業自得か……」

 

「君もかーい。そしたらロスのなさそうな、いっつも皆に塩対応な人に話を聞いてミギャーッ!?」

 

 再び指をずらそうとした瞬間、横から伸びた緑色の細い手がアダムの指をへし折る。悲鳴を上げて転げまわるアダムを見て、グリードがゲラゲラと笑い声をあげる。一方、凶行を成した緑肌の生命体は、フンと鼻を鳴らした。

 

うるさいしね

 

「あ、相変わらず僕には塩分濃度倍対応……!?」

 

 悶絶しながら指の関節を戻し、席に着くアダム。それを見兼ねたのか、少年が助け舟を出す。

 

「映像、脚本共に完成度は高い。だからこそ、結末の粗さが悪目立ちしている。ラストに至るまでの70分が何だったのか、考えさせられる作品だ。ゴールデンラズベリー賞*1は固いだろう」

 

「ねぇそれ褒めてなくない?」

 

 よよよ、と泣くフリをするアダムにプライドはため息を吐く。

 

「映画の内容はともかく……博士の想定通りに事態が進んでいれば、3年後の地球はこうなっていたと? 中国の国家主席が代替わりしていたり、ジョセフ・G・ニュートンがデンキウナギの特性を獲得していたり、よく分からない高知能型のテラフォーマーが参列したり……色々不可解な部分が多いのですが」

 

「そうそう。残念なことに、盤上戦も盤外戦も不発に終わっちゃったけどね。あ、グリード、僕の分のポテチちょーだい」

 

「【ほいよ、サワークリーム苔味】」

 

「ありがと。パリッ……不味い! もう一枚ッ!」

 

「マナー違反です、イッチ。会議中にポテチを食べる行為は推奨されません。創設者がそのザマでは、非人道的科学研究同好会のブランドに傷がつきます」

 

 呈される苦言に、アダムはポテチを頬張りながらひらひらと手を振る。

 

「堅いことは言いっこなし。部下に指を折られる創設者に、権威なんてありませぇぇん! あ、皆も食べていいからね」

 

 アダムの声に、室内には一斉にポテチ袋の開封音が響き始める。その多くはこの会議室の出席者である、テラフォーマーたちによるもの。

 

「じょう」

 

「じじょうじょ」

 

「ジョウジジ」

 

 舌鼓を打ちながら(?)ポテチを口へ運ぶのは、16体のテラフォーマーたち。席数自体は18なのだが、うち2席は着座者がおらず空席となっていた。

 赤い外套を纏う彼らは例外なく手術を受けているらしく、大なり小なり通常のテラフォーマーとは異なる身体特徴が見て取れた。

 

「【とりあえず、今回の顛末をまとめた資料を配るから、皆あとで読んでおくこと! 僕からは以上、それじゃ解散で】」

 

 資料を手に取り、一匹また一匹と会議室を後にする会議参加者たち。その背を見送りながら、プライドはアダムへ顔を向ける。

 

「しかし、想定外でしたね。まさかアネックス計画を待たず、虚栄(バニティ)憂鬱(メランコリー)を喪うことになるとは」

 

「Gray?」

 

「ホントだよ。玉突き事故でアブラモヴィッチさんと田中兄弟まで死んでるし。ハルトマンくんも、一回で蘇生したけど結局は死んじゃったしね」

 

「Graaay??」

 

「ピニャコラーダ博士も、アーク側の戦力との交戦開始報告を最期に連絡が途絶えています……もしかしなくても人的損失の被害が一番大きいの、我々の陣営では?」

 

「まぁ、必要経費だよ必要経費。今回、僕らは安全圏からの茶々入れメインだったから、このくらいしないとオリヴィエ君とエドガー君が乗ってくれなかったかもだしね」

 

「Graaaaaaaay???」

 

「グリードうっさい……なんにせよ、【Q】と【R】の補充が急務だなぁ」

 

 ぼやくアダムに、「では」とプライドが切り出す。

 

「『【A】DDITIONAL SINS』たちに昇格戦の通達を?」

 

「うーん、ビミョー。正直今の面子に、アストリスとヴォーパルの後任が務まるとは思えないんだよねぇ。【P】の繰り上げがワンチャンくらい?」

 

「【小生も有望そうなのは見繕っておくが、期待薄だな。多分小生が鍛えるよりも、お前が改造した方が早いぞ】」

 

「だよねぇ。ただ下駄を履かせたところで、結局あの二人には届かないだろうし……オリヴィエ君じゃないけど、惜しい人材をなくしたなぁホント」

 

 まぁ、と。空気を切り替えるようにアダムは続ける。

 

「それは今後のプランも考えながらにしよっか。ここから色々とテコ入れして、次はもっと楽しい催しにしよう!」

 

 アダムはリモコンを手に取ると、スクリーンに投影されていた映像を消す。

 

 

 

「いやぁ、今から楽しみだね……二年後の表裏アネックス計画がさ」

 

 

 

 その目で、未知数にして不確定の未来を見据えながら。白衣を纏った悪魔は、好奇の駆り立てるまま嗤い続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────狂騒は赤。

 

 

 

 

 

 計略と即興の糸を手繰る道化師は、舞台に混沌の脚本を広げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

『■■■■型』

 

『裏世界のチャンピオン』

 

『思考錯誤の覚者』

 

『空洞のモラトリアム』

 

『闇に座す雷公』

 

■■的特異点(■■■■■■logical singularity)

 

『仕組まれた悲願』

 

異端なる害虫の王(原点にして頂点)

 

『虫喰い、あるいは26の烙印』

 

『再会』

 

『■人類の■■点』

 

『虚妄の朽ち縄』

 

『烏合の救世主』

 

愚者の果実(■■■)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして時計の針は、再び2年後を指し示す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 贖罪のゼロ THE EXTRA MISSION 了

 

 

 

 To be continued Next Mission……

 

*1
アカデミー賞受賞の前夜に最低な映画へ選んで贈る賞のこと




 以上で三作コラボ編『SONG OF XX』、完結となります! 

 実に8年弱という、想定を遥かに上回る長期連載となりました。ここまでお付き合いいただいた読者の皆様、本当にありがとうございました。また快くコラボを許可してくださった子無しししゃも様と逸環様にも、この場を借りて御礼申し上げます。

 この後は黒陣営&赤陣営+αのプロフィールの投稿を持ちまして、コラボ編は本当の本当に完結となります。

 ここから何年かかるかは分かりませんが、本編も責任を持って最後まで書き切る所存です。お待たせしてしまうことも多いかとは思いますが、今後も拙作『贖罪のゼロ』をよろしくお願いします。

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