そういうわけで平塚静は独身である。   作:河里静那

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かくして望まぬ答えは導き出される。

──第一回、平塚静が独身で世界がヤバイ対策会議ぃー

 

「……何事?」

 

──どんどんどん、ぱふぱふぱふぅー

 

「だから、何事?」

 

お見舞いに来てくれた奉仕部の顔ぶれが帰宅して間もなく。

ユキが壊れた。

 

 

 

 

 

いや、二人が来た直後から様子がおかしいとは思っていたのだ。

ゆきのん大丈夫!? と、真っ先に飛びついてきた由比ヶ浜の顔を見れば、ユイ=ガマハさん!

おう……その、なんだ。思ったより元気そうじゃねえか。そう捻た心配を見せる腐った目を見ればヒキガヤ=クン!

なんで二人の名前を知っているのかしら? そう疑問に思うも、声に出して尋ねるわけにはいかない。二人と会話しながら更に独り言を装ってユキを問い詰めるとか、流石に難易度エクストリームに過ぎる。

 

出してもいない個人名を知っているあたり、ひょっとして心を読まれていたりするのだろうか。まさかとは思うが、脳内ネットワークに居候というからには否定し切れない。

困る。それは、色々と困る。自分の赤裸々な気持ちを誰かに知られるとか、ほんとに困る。いやまあ、比企谷くん本人にはとっくに知られているというか告白済みで返事は保留になっている状況なのだけれども。というか早く答え出しなさいよあのチキン。チキンが腐ったゾンビとか、やっぱり顔は緑色なのかしら。

 

そんなことが気になりすぎてしまい、せっかく見舞いに来てくれた二人にも随分と気もそぞろな対応をしてしまった。

その様子を見た二人に、ゆきのんやっぱり調子悪そうとか、なんかあれだお前の毒舌がないと調子狂うないや別にMではないんですが早く元気になれよとか、更に心配させてしまう始末。

そしてその裏では居候がずっとブツブツと、この二人がここにいるということはやはり因果が結ばれている? やはり私と艦長の青春ラブコメは間違っていないとか呟き続けているものだから、いい加減にキャパシティの限界に達してしまいそう。

 

結局、大切な友人と恋人候補に対して心苦しい事この上ないが、今日のところはもう休みたいからと、追い返すように帰ってもらうことに。おのれユキ許すまじ。

ちなみに、ゆきのんのために晩ごはん作るよ! などと言い出した由比ヶ浜の言葉は丁重に、慇懃に、しかし絶対の意思を込めて辞退させてもらった。本当に体調が悪くなっても困ります。ズル休みしたい時には由比ヶ浜さんの料理を食べれば良いかもしれない。いえ、その場合ズルではなくなるわね。ああ、思考が乱れている。

 

「……それで、本当に一体どうしたの、いきなりそのテンションは」

 

──いえね、貴方は私の顔を見ることは出来ないじゃない。だから、今の私の気持ちの昂り具合を言葉で表現してみたのだけれど。

 

「……やめなさい。貴方の様子が変だったせいで、私まで恥ずかしいこと考えてしまっていたじゃない」

 

──そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。女を長くやってるとね、それくらいでは動じなくなるものよ。まだまだ青いわね、雪乃。

 

「……貴方、そんな歳だったの?」

 

──建造年数100年の、17歳よ。精神生命体に加齢の概念はないわ。

 

「…………」

 

──17歳よ。

 

なんだか、これ以上突っ込んだら負けのような気がする。

これからの共同生活を円滑にすすめる為にも、この件には触れないでおくことにしよう。

 

「それよりまず、何故貴方は比企谷くんと由比ヶ浜さんの名前を知っていたのかしら? もしかして、心を読めたりするの?」

 

──テレパシー的な?

 

「そう、それ。私の心の中を覗けるのかしら? 不用意にプライバシーを侵害しないで欲しいのだけれど。あ、でも、だったら会話するときに私が声を出す必要はなくなるのかしら。独り言をつぶやかなくても良いのは有難いわね」

 

便利だけれど、読まれるのは困る。考えていることがまるわかりとか、正直に言って共存を考えなおすレベル。ああでも、読まれる範囲を制限できるのなら逆にメリットになるわね。

そんな内容のことを、癖になってしまったのか声に出して考えている雪乃に、優しく声がかけられた。

 

──ねえ、雪乃。超能力なんて非科学的なものを信じていて良いのは、中学2年生までよ?

 

自称、1000年先からやってきたプログラム生命体などというトンデモな存在に、中二病を諭される自分の図。

……ああ、猫動画が恋しい。どこか遠い目をし、現実から逃避したくなる雪乃であった。

 

 

 

 

 

とはいえ、本当に目を背けるという訳にはいかない。

自分が雪ノ下雪乃であるべく。まずは理性的に、論理的に、現実的に、これからの事を考えなくてはいけない。動画サイトを巡回するのは、その後。

にゃあにゃあ言ってるブラウザを閉じ、紅茶を口に含む。

で、だ。

 

「それで、どうして彼等の名前を知っていたのか。超能力ではないなら、理由を聞かせてもらえるかしら?」

 

──あの二人の名前を知っていたわけではないわ。ただ、よく似た人を知っているだけ。顔も、名前も、ね。

 

「どういうこと?」

 

──私の艦長が、目の濁ったヒキガヤ=クン。幕僚の一人が、優しくてちょっとお馬鹿なユイ=ガハマさん。私の大切な人達よ。

 

「……偶然……?」

 

──では、ないわね。あなた達3人の関係は、千年先でも続いているってこと。因果が、それもとても深いものが、結ばれているのでしょう。つまり……

 

ここで少し言葉を区切って溜めを作り、もったいつけるように。

 

──私は貴方の、私の恋人と友人はさっきの二人の、生まれ変わり。そういうことなんでしょうね。生まれた時期に少しずれがあって、同級生というわけにはいかなかったけれど。私がこちらに来た時で、ヒキガヤ=クンが40歳、ユイ=ガハマさんが24歳、私が17歳だったわ。

 

三人の縁がそこまで深いと言われれば正直、心に温かいものが湧き上がる。

ほんの一年ばかり前の自分からは考えつかないが、あの二人はもう自分の人生になくてはならない存在となってしまった。

初めての親友と、初めて愛した異性。二人の為に必要とあらば、自分は法に触れることだろうと躊躇わない。やるなら完全犯罪だけれども。

それと、年齢に関しては突っ込まない。突っ込まないったら突っ込まない。

それはさておき、これだけは問いただしておかなければ。

 

「……ねえ、超能力は中二病の産物なのに、輪廻転生は違うのかしら?」

 

単語の示す内容が全く違うとはいえ、その二つはどちらも似たようなものだろう。妄想の産物という意味において。特定の宗教に傾倒でもしていない限りにおいては、それが一般的な認識だと思う。

だがある意味において予想通り、未来人はそうは言わない。

 

──あら、因果律はれっきとした学問よ?

 

……ふう。

心構えをして置かなければ、猫に逃避するところだった。なんかもう、自分の中のいろいろなものを守るためにも、未来知識に関して深く考察するのはよしておいたほうが良いかもしれない。

 

──もっとも、因果律の研究は統合政府によって禁止されているから、転生に関しては判っていないことも多いのだけれどね。

 

「そうなの? 何か理由があるのかしら?」

 

──命の危険があるのよ。

 

物騒な言葉が飛び出した。研究して、何が命を脅かすというのだろうか。例えば工学系の学問なら、何かを開発している際の事故で死傷者が出たとしてもおかしくないとは思う。でもそれにしたって、せいぜいが数人の犠牲といったところだろう。社会全体から見れば、誤差の範囲だ。

対して政府が禁止するほどの危険度となると、想像がつかない。NBC兵器のように非人道的だから規制されるというならわかるが、研究する側に命の危険があるとはどんな内容なのだろう。

 

研究者としての将来を展望に入れている雪ノ下であるから、こういった考察はそれだけで楽しい。さっき深く突っ込むのはよした方がいいと思ったばかりなのに。

 

──転生について研究していくと、どうしても必要になってくるのが魂のあり方に関してね。その実在証明はなされているけど、じゃあ死んでから次に生まれて来るまではどうなっているのか。いわゆる死後の世界に関しては一切の観測がなされていないの。

 

「……ああ……なんだか、わかってしまったような気がするわ……」

 

──多分、あたりよ。観測できないのなら、自分で行って確かめてしまえばいい。因果律の研究にのめり込んだ学者の多くが、自らの命を絶つことになった。そしてそれが社会問題にまでなって、最終的に政府が研究自体を禁止することになったのよ。

 

求める事象があるならば、そしてその全てを手にする為ならば、己が身が燃え尽きようとも構わない。まったくもって始末に負えないが、たしかにそういう生き物は存在する。例えば、真理を求める研究者。例えば、愛に狂った略奪者。そして例えば……雪ノ下雪乃。

その気持もわからなくはないと、自分にもその素養があることを自覚した雪ノ下は、渇望するあまりに殺してしまわないようにしなければと。濁った瞳を思い出しつつ、そう強く自分を戒めるのであった。

 

 

 

 

 

「随分と話がそれてしまったように思うのだけど。それで、対策会議っていうのは具体的にどうするのかしら?」

 

──ええ。平塚静の配偶者がわかったわ。少なくとも、その人にしておくのがベターでしょうね。

 

……はい?

ちょっと待って。待ってください。

それまでの軽口の応酬と変わらぬ調子で、唐突に放たれたその言葉。その内容を理解して、理解してしまって、雪ノ下の心が千々に乱れる。

 

何でいきなり答えが出ているの? 貴方まだ、平塚先生に会ってもいないのよ?

まずは、先生に紹介できる男性を探すところから始めないといけないじゃない。手順を飛ばし過ぎよ、いくらなんでも。

だから、この段階で相手が誰かなんてわからない。わかるはずなんて、ない。

それなのに。それなのに、いまユキが口にしようとしている人物が誰なのかわかってしまう。

ねえ、待って。

 

──だから、そのあたりのことを、貴方ともよく話し合わないといけない。……そうよね、雪乃?

 

ユキが知っている人物。この時代に来て、自分に宿って、それから出会った人。

そんなの、二人しかいない。

だめ。その名前は、だめ。

だって、その人と結ばれるのは、私か由比ヶ浜さんでなければおかしいのよ。

だから……ねえ、待ってってば。

 

雪ノ下雪乃の、言葉に出来ない必死の訴えを知ってか知らずか。

ユキ=ノシタは無情に裁定を下す。

 

──私のいた未来において、平塚静の配偶者は……比企谷八幡よ。

 

 

 


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