「ふぅ…今日は流石に疲れたなぁ」
騎士団の会議に出席したラーミアは、終了後に夕食の準備をするクリーチャーの手伝いをしており、ようやくそれが終わったところだった。時刻はもう既に22時を回ろうとしている。普段よりも長い勤務に若干の疲労を感じながらも、ラーミアは、客室の扉をノックした。
「お休みのところ失礼いたします。夕餉の支度が整いました」
「分かったよ、ありがとう」
腹を空かせて待ちかねていたのだろう。即座に呼びかけに応じたハリーは、勢いよく部屋から出てくる。
「食堂はこちらです」
案内の道中、ラーミアはハリーに話しかけられた。
「ご飯も君が作ってくれているの?」
「私と当家屋敷しもべ妖精で手分けしております」
手分けという風に説明している為、あたかも2人が連携して料理を行っているように聞こえるが、実際は騎士団用とセフォネ用で担当分けをしていた。
来客中は姿を見られないように行動しているクリーチャーは以前と比べて清掃業務の効率が落ちていた。騎士団員が出入りすることで作る料理の量も増えており、それに比例して使用する食材の量も増え、ラーミアも買い出しの頻度が増えた。といっても偶の宴会を除けばせいぜいが最大で5人前程度。それ自体はそこまでの負担ではないのだが、セフォネの外向きの仕事が例年に比べて数倍ほど増えており、ラーミアはその手伝いも行うようになっていた。直近だと、クラウチ家の遺産リストの作成などが記憶に新しい。
全体的に仕事に掛かる時間が増えている中で、セフォネに提供するあらゆるモノの質が落ちることは許容できない、というのは2人の共通認識であった。故に日替わりで"お嬢様係"という2人だけしか知らない業務分担が行われるようになったのである。
「そういえば、さっきも言ってたよね。ここにも屋敷しもべ妖精が居るんだ」
「はい、名前はクリーチャーと申します。基本的にハリーさんのご用件は私が仰せつかりますが、不在の場合等は彼が代わりにご案内いたします。今日はちょっと、シリウス様がいらっしゃいますので、多分姿を見せないと思います。ご挨拶はまたタイミングの良い時にさせていただければと」
「シリウス…?」
「家出したシリウス様とは相性が悪いと申しますか…双方思う所があるようで…こちらが食堂です」
話している内にハリーとラーミアは食堂に到着する。食堂には、ハリーを迎え入れようといつもより多くの騎士団員が残っていた。ウィーズリー家のアーサー、ビル、チャーリー。モリーだけは子供達の食事やら家事を済ませに戻っている。落ち着いたらまた来るらしい。残りはトンクス、ルーピン、そしてシリウスの3人だ。この3人は良く食事を取っていくので、珍しい顔ぶれはウィーズリー家の面々だろう。
因みに、会議終了後に帰った面子としては、スネイプとマンダンガス・フレッチャーだ。スネイプは基本的に他の面子と慣れ合うことはしない。マンダンガスは屋敷の物を窃盗しようとする手癖の悪さから、立ち入り禁止一歩手前のイエローカードが出されている上、今回ハリーの護衛に失敗した負い目もあって、早々に立ち去った。
「ハリー! 会えて嬉しいよ!」
アーサーがハリーに近づいていくのをきっかけに、次々に彼の周りに人が集まってくる。ラーミアは邪魔をしないようにと、一歩下がってハリーに会釈し、一番扉の近くにいて、かつ話しかけやすいルーピンに後を頼む。
「お飲み物が足りなかった場合はベルでお呼びください。1時間ほどしたら片付けに参りますので、食器はそのままで」
「いつもありがとう、ラーミア」
ルーピンの労いに一礼を返し、自身も遅くなった夕食を摂る為にキッチンへ向かう。キッチンはもぬけの殻で、先ほどまで一緒に食事を作っていたクリーチャーは、やり残している仕事があると言って忙しなく去っていったばかりだ。
遅い時間だから軽めの食事にと、ラーミアは手早くサンドウィッチを作った。自分で作ったそれを頬張りながら、ラーミアは手帳を取り出し、スケジュールを確認する。手帳には"変幻自在術"が掛けられており、セフォネが所持しているものと連動していて、予定を共有できるようになっていた。
「午前中はグリンゴッツで融資案件の打診と、ダイアゴン横丁の不動産下見。午後は…ホグワーツ? 何しに行くんだろ…」
予定の場所は書いてあるが、詳細が記載されていない。大した用事ではない時は詳細を省いて行先だけ書いていることはあるが、普段と違う行動に首を傾げる。その後も定期的にホグワーツへの訪問はあるようで、8月末まで記載があった。
「ていうか、これ…」
月の予定をざっと見た際に、ラーミアは気が付いてしまう。中旬のある日、ただ一言"海外"とだけ書かれていた。マグルと違って移動が容易だとしても、たった1日だけ海外に行くというのは違和感がある。それに、今まで一度もセフォネが国外に出たことは無かった。
「もしかしてブルガリア…? いや、そんな訳ないか。でも、うーん…あれ明らかに何かあったぽいしなぁ…」
実を言うと、昨年の帰りのホグワーツ特急でスリザリンの先輩組、特にセフォネの様子が少しだけおかしかったのだ。セフォネがお手洗いに立った際、それとなく聞いてみると、"ラーミアにはまだちょっと早いかな"と含みのある回答を返された。
セフォネとクラムが恋人関係で、その時は寂しくてセンチメンタルになっていて、今は遠距離恋愛中、ということならまだ理解できる。だが、夏休みに入ってからセフォネのプライベートな手紙は友人関係しか無く、クラムからの手紙等は一度も来ていない。
それならば別れたのかとも思うが、女の勘がそれは違うと告げていた。
「あー、やめやめ。お嬢様を詮索するようなことするなんて、駄目だよ、私」
ラーミアはサンドウィッチの最後の一欠片を口に放り込み、手帳を閉じて席を立つ。時刻は23時に差し掛かろうとしていた。
「ちょっと早いけど、お片付けして、お嬢様をお出迎えしてっと。日が変わる前には寝たいなぁ」
1つ大きく伸びをしてから、ラーミアは食堂に向かう。
食堂にはまだ何人もの人の気配があった。出る際に閉じた扉が開いていたので、人の出入りがあったのだろう。
「失礼し――」
一声かけてから入ろうとした、その時。
「ハリーは子供じゃない!」
シリウスのイラついた声が響いた。びっくりしたラーミアが食堂を見渡すと、ハリーに会いに戻ってきたのだろうモリーと、シリウスが言い争っていた。
「何も全てを話すのではない。知る必要があることは話してやるべきだと言っているんだ。ハリーは騎士団のメンバーを凌ぐほどのことをやり遂げてきた。子供扱いするのは違うだろう」
「大人でもありません! シリウス、この子はジェームズじゃないのよ!」
「そんな当たり前のことははっきりと分かっているつもりだが」
「そうは思えません。時々、まるで親友が戻ってきたかのような口ぶりだわ」
断片的な情報から察するに、シリウスはハリーに今起こっていることを色々話そうとしていて、それにモリーが反対しているといったところだろうか。
「ハリーはまだ学生です。責任を持つべき大人が、それを忘れてはならないわ!」
「私が無責任な後見人だとでも? それに、学生であることは関係ないと思うがね。現に私の姪もハリーと同い年だが立派な騎士団の協力者だ。そこのメイドさんにいたっては13歳だぞ。それでも彼女らは我々大人に引けを取らないと、私は思うよ」
ラーミアが食堂に入ってきていたことにシリウスは気が付いていたのだろう。ラーミアのことを手で指し示す。モリーはそこで初めてラーミアがいることを知ったようで、少し気まずそうにトーンを落とした。
「それは…そう、ですけれど。でも、それだって私は反対なんです。子供を巻き込むべきではないのよ」
「では、巻き込まれた子供の意見も聞いてみるか? どう思うかね、ラーミア。君も、セフォネも。まだ子供だと思うかね?」
途中から入ってきた自分に水を向けられても、とラーミアは内心困り果てる。自分が聞いていた限りの部分で言えば、双方とも理屈は正しいと思う。
一般的な家庭であればモリーの言い分が正しいのだろう。大人に見えてもまだ子供で、庇護するべき対象であると。故に大人の責任に巻き込むべきではないのだと。
だが、セフォネとラーミアは残念ながら魔法界においても"一般"の分類には当てはまらない。幼くして両親を喪った名家の当主と、元ストリートチルドレンの従者。
ハリーも同じだ。魔法界を救った英雄として、生き残った男の子として知らない人がいないくらいの有名人。ラーミアが知る限りでも、普通では遭遇しないような場面をくぐり抜けている。
ラーミアとしては、シリウスの意見に一理あると思っていた。だが自分は、あくまで協力者であるセフォネの従者だ。そこに口を挟むべきではないと思って沈黙していた。だが、指名された以上は何か言わなければならない。
曖昧に濁して逃げてしまうというのも手だ。苦笑の1つでも浮かべながらそれっぽい相槌を打てば、それ以上自分が追及されるようなものでもない。しかし何となくだが、それは嫌だった。
「私とお嬢様の出会いは、2年前の冬でした――」
自分もセフォネも子供じゃない、と普通に言うだけでは、ただ子供が背伸びしているだけのような幼稚な主張にしかならないし、そのせいでセフォネまで子供扱いされるのは我慢ならない。
自分は子供扱いされても仕方がないと思うし、実際大人と言えるほどには人として成熟していない。でも、セフォネは違う。それだけは、この場で伝えたいと思った。故にラーミアは、これまで人に話したことが無かった、自分の身の上を語ることにした。
「私は孤児院で育ちました。でも魔女だと言われて孤児院を追われて、逃げ出した先のストリートにも居場所が無かったんです。最後は"大人"の人に沢山殴られて、ご飯も食べられなくて、本当に死にかけて…そんな時に私はお嬢様に助けられました」
話しているうちに、脳裏に思い出が鮮明に蘇っていく。
ーー火事で焼け落ちた建物の匂いと、自分を囲む断罪の眼差し。
ーー暗い路地の饐えた匂いと、自分を殺そうとしたならず者の光を失った濁った眼差し。
ーー自分を抱きしめてくれる甘くて安心する匂いと、柔らかい温かな眼差し。
感情が溢れ、瞼が熱を帯びてくる。ラーミアは思わず溢れそうになる涙を堪えた。
「私にとってお嬢様は、どんな大人よりも、どんな人よりも…いえ、人では例えることが出来ません。私にとっては"神様"のようなお方なんです。仮にお嬢様に命じられれば、命すら惜しくは――」
「そこまでで、もう十分ですよ。ラーミア」
優しい温もりがラーミアを包み込む。見上げると、紫色の瞳が優しい眼差しでラーミアを見つめていた。気が付くと時刻は23時過ぎ。セフォネが既に帰宅していたのである。
ドレス姿のセフォネはパーティーで多少酒精を嗜んできたらしい。普段のセフォネの香りに少しお酒の匂いが混じってはいたが、自分の日常が戻ってきたような気分になってひどく安心した。
「私の幼気な従者を追い詰めるなんて、一体どういう了見でしょうか?」
「あ、いや、その…そんなつもりは無かったのだが…」
労わるようにラーミアの頭を撫でた後、セフォネは言い淀むシリウスに近づいていくと、思いっきりヒールで脛を蹴とばした。
「ぐぉぅ…!」
「お嬢様!?」
ラーミアは驚きのあまり声を上げる。少し酔っているとはいえ、実力行使にでるセフォネの姿は初めて見た。
呻き声を上げて蹲るシリウスを、セフォネは冷めた視線で見下ろす。ただそれは、敵意を持っているというよりも、どこか可愛げのある怒りの発露に見えた。
「反省してください、兄様?」
「ヒールの一番固い部分で的確に脛を蹴る技術が、よもや継承されていようとは…あの、妹の真似をするのは本当に止めてくれないかね。色々な意味で心が抉られるようだ」
勢いでやったが流石にやり過ぎた、とでもセフォネは思ったのだろう。繕うこともなく気まずそうに目線を逸らす。
「…心から反省してくだされば止めますよ、兄様」
「分かった、降参だ。私が悪かったよ、セフォネ。それにラーミアもすまなかった。口論に巻き込んでしまって。大人失格だな」
「シリウス、貴方いつから大人になったのですか?」
「悪かったって…勘弁してくれ」
2人の少し冗談めいたやり取りに、ギスギスしていた空気が霧散していく。シリウスとモリーの口論に冷や冷やしていた他の騎士団員達はホッとため息をついていた。
モリーは先ほどのラーミアの話を心なくして聞くことが出来なかったのか、沈鬱な表情でラーミアを見つめている。あれでも相当ぼかしていたし、あくまでセフォネについて語りたかっただけで、自分自身のあまり表に出すべきではない過去をひけらかしたかった訳ではない。普通ではない身の上なのは理解しているが、彼女に心を痛めて欲しいとは思っていなかった。後でどうフォローしようかラーミアが悩んでいると、セフォネが場のリセットのためにパンッと手を叩いた。
「皆様、一旦場所を変えましょうか。ラーミア、リビングに人数分のお飲み物をお願いできますか?」
「かしこまりました、お嬢様」
皆もそれに賛成なのか、ぞろぞろと席を立つ。
「ご挨拶が遅れましたね、ハリー。お元気そうで何よりです」
当事者にも関わらず半分話から置いてきぼりにされていたハリーは、セフォネが現れたこと自体を上手く飲み込めていないようだった。ここがブラック邸であることをラーミアは既に説明していたが、セフォネが騎士団とどのような関係なのか皆目見当も付かないのだろう。情報の処理で一杯一杯になっているのか、騎士団員達に一歩遅れていて、ようやく腰を浮かしたところだった。
そんなハリーにセフォネは微笑みかけながらドレスの裾を摘まむ。
「ようこそブラック家へ」
洗練されたカーテシーはドレス姿に実に映える。そんなセフォネの姿を視界の端に収め、本日何度往復しているか分からないキッチンへ向かうラーミアであった。
騎士団員とともにリビングに移動したセフォネは、ドレス姿から着替えることなく、暖炉の一番近くの一人掛けソファに腰掛けていた。足を組んでリラックスした体勢で、頬杖をつきながらもう片方の手でワイングラスを弄ぶ。
斜め後ろにはラーミアが控えていた。もう時間も遅いので下がって良いと伝えたのだが、やんわりと断られていつものように給仕を行っている。
「さあ、ハリー。何が知りたい?」
「不死鳥の騎士団って何? それから――」
リビングに移動した後、ハリーは次々と質問をしていき、それに騎士団員が答えている。それを聞きながら、セフォネは先ほどの一件を思い返していた。
帰宅した自分をラーミアが出迎えに来ない、という時点で何かトラブルが起きていることは確かだった。クリーチャーすら居ないということは、屋敷内に騎士団員が複数名残っている状態であると思い、集まっているであろう食堂まで足を運んだら、丁度ラーミアがシリウスとモリーの口論に巻き込まれたところだった。直ぐに助けに入ろうと思ったのだが、ラーミアがこの場面をどのように切り抜けるのか気になったため、少しだけ廊下の端で聞き耳を立てていた。
ラーミアがあそこで自身の身の上を明かしたのは意外だった。当たり障りなく濁して逃げるものかと思えば、意外にも真っ向から立ち向かう姿勢を見せたのである。
(…しかし、"神"とは……)
慕って貰えるのは嬉しいのだが、ちょっと過剰な忠誠心にむず痒さのような恥ずかしさを覚える。もっとも、自身もラーミアのことを偶に"天使"だと思うことがあるので、主従という意味で言えば正しく関係性を表しているのかもしれないが。
ラーミアだけが言葉にしてくれて自分は内心思っているだけなのは不公平か、と思ったセフォネはラーミアに手招きしながら、ささやくように語りかける。
「ラーミア」
「はい、いかがされましたか?」
ラーミアは内緒話だと思ったのか、セフォネに耳を向けて顔を近づけた。そんなラーミアの隙をついて、頬に軽く口づけする。これまでの献身と、忠誠への感謝の意味を込めて。
「…私にとって貴方は"天使"ですよ」
「…!?」
顔を真っ赤にしたラーミアは、周りに人が居るということもあって声を上げたりはしなかったものの、見事に狼狽えている。そんなラーミアを見てセフォネはクスクスと笑う。
「よ、酔ってるんですか…?」
「ええ。貴方の可愛さに、ね」
「も、もう…そういうのはせめて2人きりの時でお願いします…」
砕けた雰囲気になって恥ずかしがるラーミアの姿を肴に、セフォネはワイングラスを傾ける。騎士団員が出入りするようになってから、ラーミアは少し言葉や態度が固くなってしまった。職務上は寧ろ褒めて然るべきなのだが、セフォネは少し寂しいと感じていた。わがままだとは分かっていながらも、素の彼女を見たかった。
「あー、取り込み中すまない」
主従で微笑ましいコミュニケーションを取っていると、シリウスが躊躇いがちに割って入る。折角久しぶりにラーミアの素顔を見ることができたのに、とセフォネは若干不服ながらも、これが何の集まりかは理解していたため、意識を切り替える。
「ハリーが、君のことも聞きたいようでね。君から直接説明した方が良いと思うのだが」
「ああ、はい。そういうことですか。良いですよ」
セフォネは居住まいを正してハリーに向き直る。ハリーは特に遠慮をするような雰囲気も無く、率直にセフォネに尋ねた。
「君は騎士団員じゃなくて協力者だって聞いたんだけど、どういうことなの?」
「この家を本部施設として提供しています。その代わりに私では中々手に入らないそちら側の得た情報をいただいている訳です。たまにではありますが、私からも社交界で入手した情報もご提供しています。騎士団員の方では入れない場所にも、私なら入れますから」
「じゃあ、セフォネは色々知っているんだね?」
「ええ。ですが、契約によりそれを第三者にお話することは出来ません。それは双方ですので、ハリーも私が騎士団の協力者だということは絶対に口外されませんように」
騎士団が保護している時点でハリーは"第三者"では無くなっており、実際には情報の共有を行ってもペナルティは無い。騎士団側もハリーにならブラック家のことを伝えても問題は無い状態だ。それ故に、護衛団がハリーをブラック邸に招くことが出来た。
とはいえそれを馬鹿正直にハリーに伝える必要も無いと考えたセフォネは、自身が情報源とされることを防ぎ、かつ情報の流出をさせないように釘を刺したのである。
「なんで協力者になったの?」
「弱みを握られてしまいまして」
「え…?」
「嫌だと言ったのに、騎士団の方々が寄ってたかって強引に…」
「待ちたまえ。何を言って…」
ハリーに詳細に伝えたい内容でも無かったため、セフォネは少しからかい半分に冗談で紛らわそうとしていた。唐突に騎士団が悪者にされ、ルーピンは思わず腰を浮かしている。シリウスは苦笑していた。
「というのは冗談です。まあ、私にも色々ありますので」
「…騎士団員になりたいとは思わないの?」
暗にこれ以上聞くな、と言ったつもりだったが、ハリーとしてはセフォネが騎士団に協力している理由ではなく、協力者に甘んじている理由の方が重要だったのだろう。単刀直入な質問に、セフォネは笑顔で返す。
「ええ、嫌です」
「い、嫌…?」
「先ほどの問いに真面目に答えましょうか。魔法省、正確にはファッジ政権と敵対している騎士団をバックアップしたいと思い、私はこうして協力しています。決して闇の帝王に対抗するためではありません」
実際にはダンブルドアとの密約だったり、死喰い人陣営に対する攪乱工作だったりと、理由は複数ある。ただ、ハリーに伝えたものもその1つであった。
そして、陣営と言う意味であれば味方に付くことはあるかもしれないが、セフォネが騎士団員になる未来は恐らく訪れない。死喰い人に自身の"大事なもの"を傷つけられでもしたら一考はするかもしれないが、そうならないように動いている。
「私はブラック家の当主です。立ち位置としては寧ろあちら側に近いということは、お忘れなきよう」
仲間意識でも持たれて距離感を縮められても困るため、セフォネは少し露悪的な言い方をした。案の定ハリーは疑惑の視線を向けてくる。
それで良い。自分は敵でも味方でも無い。あくまで自身のメリットのために行動しているだけなのだから。友人というには少し距離があるが知り合い止まりの間柄でもない。そんな、今までの関係性で十分なのだ。
「そんなに警戒しないでください。契約が有効な期間は、貴方たちの味方ですから」
そう言うと、セフォネはグラスの中身を空けてテーブルに置き、立ち上がる。
「もう遅いですし、この辺でお開きとしましょうか」
「ええ、そうね。ミス・ブラックの言う通り。もう良いでしょう」
壁の花になっていたモリーが、セフォネの意見に賛成する。この場を設けること自体、彼女は反対していた。話を打ち切りたくてしょうがなかったのだろう。
ハリーは納得がいかない様子だったが、母親代わりの彼女の言葉に渋々従って立ち上がる。他の騎士団員も立ち上がり、各々帰り支度をしている中、シリウスだけがソファに腰掛けたままウイスキーに口を付けていた。
「シリウス、貴方は帰らないのですか?」
「少し飲み足りなくてね。それに、今日から暫くここに泊まるからいくら遅くなっても構わないだろう」
「はい?」
「彼女には言ってある」
テーブルを片付けているラーミアに視線を移すと、困った表情で首を縦に振っていた。自分に報告が入っていないということは、急に今日言われたのだろう。
自宅に帰っていく騎士団員と客室に戻っていくハリーに軽く手を振っているシリウスを横目に見てため息をつく。
「まあ、良いですけれども。ラーミア達に負担はかけないでくださいね」
「分かっているさ。自分のことは自分でやるから、お構いなく」
「では明日から食事もご自分で」
「おいおい、それは困る」
長いアズカバン生活のせいで、サバイバル能力と引き換えにシリウスの家事能力が退化してしまったことにはセフォネも感づいていた。掃除洗濯など魔法で出来る部分はそこまで問題ないが、食料は"ガンプの元素変容の法則"の5つの例外の内の1つであり、魔法ではどうにもならない。去年の夏休みも料理は殆どハリーが作っていたらしい。そのような状態なので、言えば美味しいご飯が出てくるブラック家の食卓に入り浸ることになるのは、必然であった。
「"自分のことは自分でやるから、お構いなく"」
「事前に相談するべきだった、すまない」
声音を真似て先ほどの言葉を繰り返すと、シリウスは即座に非を認めた。
「分かれば良いのです。ラーミア、貴方はもう休んでください。明日もよろしくお願いしますね」
指示という形でないと自分が就寝するまで休みそうにないラーミアを下がらせ、セフォネはソファに腰を降ろす。自分のグラスはラーミアが片付けてしまったので、シリウスのグラスを横から掻っ攫った。
抗議したくてもボトルの持ち主はセフォネなので言葉に出来ないのか、シリウスは視線だけで訴えてくる。そんなシリウスに意を介さず、セフォネはグラスを傾けた。
「君は寝なくて良いのか?」
「ええ、明日のアポイントは朝遅いので。少しだけ付き合いますよ」
「まったく…私に劣らず不良だな、君は」
シリウスは杖を振って自分のグラスを用意する。そしてボトルに手を伸ばしたが、掴む前にセフォネがボトルを手に取った。酌くらいはしても良いだろう。
「どうも」
「折角ですし、お母様を怒らせてしまった時のこと、お話してくださいませんか? 前にルーピン先生が仰っていましたが、聞きそびれていました」
「その件は勘弁してくれ…あまり思い出したくないのでね」
「そう言われると余計気になります」
「いや、まあ、なあ…」
乾いた笑いで誤魔化すシリウスをどう追及しようか、セフォネは考えを巡らせるのであった。
共有カレンダー……スケジュール調整は令和スタイル。
騎士団説明パート……原作と違って未成年が協力者ポジにいますが立場が違い過ぎるのでずるい自分もみたいな感じにはならない。セフォネが正式に騎士団員であれば自分もと食い下がるはず。
不良セフォネ……英国の家庭内飲酒は5歳から可能。とはいえ夜中まで飲むのは流石に不良少女です。夜の校舎窓ガラス壊して回るお年頃。
感想、誤字報告ありがとうございます。今回は失踪回避。ゆったりペースですが引き続きご愛顧いただけますと幸いです。