ダンジョンで真人間を目指すやつもいる   作:てばさき

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リリ回


第32話 邪滅姫 ~胸一杯の勇気を~

──……顛末、とは物事の起こりから末までを指した言葉である。

であれば、リリルカがその場で見たものは正しい顛末とは言えないのかも知れない。

 

しかし、この日リリルカは豊穣の女主人を出た後、一人で安宿に戻り眠りに落ちた。

だから、リリルカにとっての顛末とはまさに、この後酒場内で起こることだけを指していた。

 

 

 

 

ロキ・ファミリア──言わずと知れたオラリオにおける武闘派最大派閥の一翼とされる集団だ。

 

勇者(ブレイバー) フィン・ディムナ

九魔姫(ナイン・ヘル) リヴェリア・リヨス・アールヴ

そして剣姫、アイズ・ヴァレンシュタイン

 

よく名前の知られている中核のメンバーは、誰しもが英雄と呼ぶに相応しい力と実績を持つ。

当然のようにリリルカは彼らの名前を知っていたし、今日に至っては実際顔を見て、僅かだか言葉を交わした。

 

その、ロキ・ファミリアの面々が、主神ロキと共に豊穣の女主人へ来ていた。

それは錚々たる面子で、このままダンジョンの深層にだって挑めそうな顔ぶれであった。

 

ふと横に目をやれば、ベルがぼうっとそちらへ目を向けていた。

視線の先にいたのは、アイズ・ヴァレンシュタイン。冗談のような美女であり、その経歴はさらに輪をかけて頭のおかしい、オラリオ最強を目される剣士である。

 

どうやらこのルーキーは、ダンジョンでの一件よりひどく彼女のことが心に焼き付いてしまったようだ。

もしかしたらそれは、吊り橋効果に挙げられるような、命を救われたことに対する感謝の入り雑じった……一目惚れであるのかもしれない。

 

リリルカはそっとため息を吐いた。

 

なんとも報われぬ、身の程知らずな想いを抱いたものだ。他のファミリア、挙げ句相手はあの剣姫。

スタート時点で既に勝ち目がない。それこそ神の奇跡でも必要なくらいだ。

 

反対を向けば、カイトはカウンターに向かいグラタンをパクついている。恐らく、一度として振り向いてはいないだろう。

背後の喧騒そのものに興味が無いといった風だった。

 

 

「それにしても、あのザコは傑作だったぜ! なあ、アイズ! ありゃあ狙ったんだろ? お前にあんなセンスがあったとはなぁ!」

 

 

そんな言葉が聞こえたときも、カイトはピクリとも反応を示さなかった。

ベルは……見ているリリルカが可愛そうになるくらい肩を震わせて俯いている。

ようやく引っ込んだ涙が、また目の縁に浮かんでいた。

 

 

「二階層でアイズ達が出会ったという冒険者かい?」

 

「ああ、俺達が見つけた時にゃあ、自分の血で真っ赤でよぉ。何をトチ狂ったのか、素手でミノに踏み込んで行きやがったのさ!」

 

「ベート、騒ぎすぎだ。そんな低層でミノタウロスと出くわして、平静を保てるルーキーがいるものか」

 

「はっ、挙げ句にゃ目の前でアイズ助けられてよ! 返り血で、そりゃ見事なトマトっぷりだったぜ!」

 

 

どんどん小さくなっていくベル。

動かないカイト。

リリルカは何故だろう、無性に悔しかった。

 

 

………

……

 

「あ……」

 

そんな、酒の席でも辟易とするような仲間にため息を吐いたアイズがそらした視点の先に、カイト達を見つけた。

 

黒い剣を提げた、黒髪の青年。

パルゥムのサポーター。

そして……

 

「あんなガキを抱えてるようじゃ、あのファミリアも長くはねえな! ちっとばかりやれそうなのがいたが、いずれガキ共々くたばっちまうだろうぜ!」

 

「なあ、アイズよ。お前あのガキに逃げられたのを気にしてたがよ、同情ならやめとけよ? 変に期待持たせちまったら」

 

「自分はアイズ・ヴァレンシュタインと釣り合うなんて勘違いさせちまったら……みっともなさに拍車がかかって、顔隠さなきゃ歩けなくなっちまうぜ!」

 

アイズが見た先で、白い頭の男の子が立ち上がった。

隣にいる仲間に何言が告げて、そのまま踵を返して店を飛び出して行った。

 

チラリと見えたルべライトの瞳には、大粒の涙が今すぐにでも零れそうな程──

 

 

………

……

 

「ごめんなさい、僕のせいで」

 

ベルは確かにそう言った。

リリルカが伸ばした手よりも速く、ベルは駆けていく。

 

「やれやれ……」

 

ようやくカイトが振り返り、ベルが飛び出して行ったばかりの扉を見やった。

 

「なんやぁ、この店で食い逃げたぁ、えらい度胸のあるやっちゃなぁ」

 

主神ロキの呟きに、

 

「いや、今のはこちらの連れだ。騒がせてすまない」

 

カイトはそう返した。

その声に、それまでテーブルにいたティオナは思わず振り返り、実に気まずそうな表情をした。

 

「あー、はは、えっと、さっき振り?」

 

その言葉に、リヴェリアは眉をひそめ、フィンは頭痛を堪えるような素振りを見せた。

 

「ティオナ、まさかそちらが?」

 

「えっと、そう。今しがたベートが言ってた、あたし達が二階層で会ったファミリアです、はい」

 

ティオナの返答に、リヴェリアは深いため息を吐いた。

 

「……すまない、大変に不快な思いをさせてしまった。そこの馬鹿者にはこちらできつく言っておくので、どうか許してくれまいか」

 

「んだぁ? ザコの肩持つ気かよ」

 

「ベート、いい加減にしないか。悪い酒になっているのかい?」

 

「……っち」

 

フィンも加わり、場は何とか落ち着きを取り戻そうとしていた。

 

「まったく今日は色々起こるな」

 

立ち上がったカイトはため息を吐いた。

そして、リリルカが見ている目の前で歩き出すと、グラスを手に真っ直ぐベートへ向かった。

 

「……なあ、あんた」

 

「んだぁ?」

 

「やるよ」

 

まるで毬でも放るように、グラスは中身を伴ったままベートの顔に飛んだ。

 

それを、リリルカでは視認も出来ないような速度で払うベート。

目の前でカイトは、既に剣の柄を逆手に握っていた。

一方でベートは、グラスを払ったのとは別の手を目の前の標的へ──

 

 

ズッガァン!!

 

 

凄まじい質量が叩き付けられた、そんな音が店内の全てを停止させる。

 

「ここは暴力御法度だよ馬鹿共。血の気が余ってんならダンジョンでくたばるまでやって来な! さもなきゃ出禁にするよ!」

 

店主のミアだ。

その太い腕が叩き付けられているのはカウンターだ。

どの様な技法で作られたものか、ヒビひとつ入っていなかった。

かつては凄腕の冒険者としても知られる彼女には、そこらの一般人には出し得ない迫力がある。

 

カイトはその圧力故。

ベートは自分の行いがファミリアそのものにも迷惑が及ぶことに、思い至ったが故に。

 

店内は静まり返り、ほぼ全ての人間が動きを止めた。

 

例外は慌ただしいキッチンのスタッフと────カイトの背後に椅子を置き、その上に立つリリルカ、すぐ横で水の入ったグラスを手渡すリューだけだった。

 

カイトとベートは互いに睨み合うも、動かない。

店内の誰もがミアを、そしてそこから二人に視線を移動させ、背後のリリルカで止まる。

 

バシャ、と、グラスの水がカイトの頭に浴びせられた。

 

「……………………冷たい」

 

「何してるんですかカイト様」

 

水以上に冷たい、リリルカの声が店内に響く。

 

「この期に及んで乱闘ですか? 随分と軽率ではないですか」

 

見上げるカイトに対して、リリルカは怒鳴ることなく、しかし反論を許さない威圧感を醸していた。

 

「後輩を貶されて、怒りましたか? その割りにはまるでいつも通りですねカイト様。まさか体が勝手にとか言うつもりではありませんよね?」

 

「か……」

 

よせばいいのに、誰もが思った。

 

「体が、自動的に」

 

にこり、リリルカが嗤う。

口元だけが。

エイナやヘスティアなど足元にも及ばないほどの恐怖がカイトを襲う。

目に何の感情も浮かんでいない笑顔。

カイトの後ろで、ベートがこっそり息を呑んだ。

 

「それで? よしんばそちらの方と戦ったとして、その後でベル様を追い掛ける事ができるのですか?」

 

「いや、多分勝てないから、耳だけでも引きちぎってやろうかなって」

 

「かなぁ?」

 

「耳を引っこ抜いてやるつもりでした! 俺は……まあ、死んだかも?」

 

「そうですかそうですか」

 

うんうん、と、リリルカは頷いた。

 

「明日の朝、そちらの拠点にお伺いします。その時までにベル様が見つかっていなかったら」

 

「い、いなかったら?」

 

「……リリは泣きますよ。大泣きして、大声挙げてベル様を探して回ります。補習には、カイト様お一人で行かれればよろしいかと」

 

それはいかなる理由からか、まるでこの世の終わりであるかのような表情になったカイトは、そのままフラフラと店の外へ出ていった。

 

 

 

──ベルゥゥゥゥ! どこだぁぁぁぁ! そこのお前ぇ! 知っているか!? 知ってそうだなぁ!? 動けなくなる前に思い出せぇぇぇ!

 

──ヒイィィィィィ!!!

 

 

 

すぐに外の、遠くから声が聞こえてくる。

 

まったく、あの人は。

リリルカは荒い鼻息を吐くと、茫然とした様子の店内でこちらを見るベートへと顔を向けた。

 

ビクッ、と、ベートの肩が震えた。

 

「連れの者が大変失礼をいたしました」

 

リリルカは椅子から降りつつ言った。

ベートの脳裏を満たすのは、

 

「あー……いや、つうか……なんだぁ?」

 

困惑、紛れもない困惑であった。

 

「申し訳ありませんでした」

 

ペコリと頭を下げるパルゥムの少女に、ベートは何も言えない。

状況はよくわかっていた。

 

自分が扱き下ろしたルーキーが、そのファミリアと一緒に同じ場所にいた。

ルーキーは居たたまれなくなって飛び出していった。

その仲間が噛みついてきて、別の仲間に止められた。

 

挙げ句、先に謝られた。

発端は自分であったのに。

 

チラと見れば、今にも噴き出しそうな主神とアマゾネス姉妹、面白そうに状況を見守る団長、明らかに自分への折檻メニューを思案する副団長の姿があった。

 

つまり、味方はいない。

 

「……けっ、身の程知らずが」

 

今更撤回も出来ない。

ベートは突き通すことに決めた。

 

「身の程知らずですか……そうですね」

 

頭を上げたリリルカは、抑制がない声で呟いた。

 

「ところで、今日はありがとうございました。まさかあんな階層でミノタウロスに出くわした挙げ句に、かの御高名なロキ・ファミリアの方々にお助けいただくなど、そうそうあることではありませんでした」

 

張っているわけでもないリリルカの声は、ただただ染み入るように辺りへ広がっていった。

 

「もしよろしければ、教えていただけませんか?」

 

「はっ、急になんだぁ? 教える義理があるとでも思ってんのかよ?」

 

なら、反応すんなよ。ロキ・ファミリアの面々が同時に思ったが、誰一人口を開くことはなかった。

 

「あのミノタウロスは、歩いて(・・・)来たのでしょうか、それともあそこで産まれた(・・・・)のでしょうか。ご存じですか?」

 

「知るか──」

 

「不自然ですよね? 三匹ですよ? 仮に偶発的に産まれたにせよ、五階層に三匹です。もしこんなことが起こり得るなら、それを知った冒険者は直ちにギルドへ報告し、然るべき調査と、共有が必要なはずです」

 

「ごちゃごちゃと──」

 

「私達は、ついさっきまでギルドにいました。でも、そこではそんな騒ぎは一向に起こらなかった。何故でしょうね?」

 

「っ、お──」

 

「ならきっと、そんなこと(・・・・・)は起こっていなかったと言うことでしょうか。おかしいですよね? 五階層から二階層に、ミノタウロスが三匹ですよ?」

 

端から見ていると、もはやどう足掻いてもベートが優位に立てる道がない。

暴力にでも訴えれば話は別だが、それがまかりとおせるならロキ・ファミリアはここまで憧れや称賛を集めることはできない。

 

「ロキ・ファミリアのような経験豊富な集団なら、これがどれだけおかしいことか、気付かないハズないですよね?」

 

「てめ──」

 

「そう言えば」

 

そもそも、ベートが先程から一体どんな抵抗が出来ているというのか。

リリルカの『質問』は止まらない。

 

「カイト様に、教えていただけたそうですね」

 

答えなど最初から求めてはいないかのように、次々と。

 

あと、一匹だ(・・ ・・・)、と」

 

止まらないのだ。

 

「何故、知っていたのでしょうね?」

 

「いい加減に──」

 

「ああ、そもそも、ミノタウロス三匹ごとき、剣姫含めた三名で追うと言うのがもうおかしな話でしたね」

 

リリルカは首をかしげ、白い歯を見せて嗤う。

 

「何処かの馬鹿(・・)が、中層でミノタウロスの群体(クラスター)でも追い散らしたんでしょうか。それで、追いかけっこの途中だったとか、ねえ、ベート・ローガ様?」

 

その質問で、ベートはリリルカが最初から全てを予測した上で言葉を重ねていたことを悟った。

言葉が詰まったベートの様子が、リリルカの予測を証明した。

 

「ベル様は、今日が初めての冒険でした」

 

沸々と、籠る感情は怒りだ。

穏やかな声にヒビが入っていく。

 

「あんなくだらない事故さえなければ、きっと今日は、あの方にとって掛け替えの無い思い出となったのに」

 

怒りだ。

小さなパルゥムの少女が迸らせるこれこそが。

 

「無謀でした。でも、懸命だったんです」

 

そしてそれが向いているのは、決してベートだけではない。

 

無関係でもない(・・・・・・・)あなたに、あそこまで悪し様に言われる必要がどこにあったのでしょうか」

 

明らかに、冒険者としては力の無い少女が。

明らかに、力のある相手に向かって。

怒りを、止めないのだ。

 

「あなたにだって、初めてダンジョンに挑んだ時の記憶があるんじゃないんですか? その時周囲の人間は、あなたを無様と貶したんですか? そんなことがあったとして、ファミリアの仲間はそれを肯定したんですか?」

 

ベートは何も言えない。

言うべき言葉が何一つ、見つからない。

 

「身の程知らずですって? 不始末の片棒を、私の仲間に担がせておいて、みっともない? あなたはそんな言葉だけを糧に、冒険者をやって来たとでもいうのですか? ただ、無事であったことを喜び、おめでとう、これからも頑張って……そんな祝福が欠片も無かったハズがありませんよね!?」

 

真っ直ぐに、リリルカの瞳はぶれることなくベートを見つめ続けている。

 

「あなたは! この街でも有数の第一級冒険者で、出来ることだってたくさんあって、理不尽にも抗える心の強さをお持ちでしょうに──」

 

ついに怒りが、リリルカの表情にまで覗いた。

見つめていた瞳は睨み付けるものに変わり、声が揺れる。

 

「そんな簡単なことが、どうしてわからないんですかっ!!」

 

再び店内に、静寂が満ちる。

 

リリルカはもう、何も言わない。ただベートを睨み付けている。

目尻に涙が浮かんでいる。

肩が震えている。

 

ああ、怖いのだ。

 

見ている周囲は理解した。

このパルゥムの少女が、どれだけの勇気と怒りを振り絞ってここに立っているのかを。

 

誰かが、立ち上がる音がした。

 

静かな店内に、足音が響く。

 

その誰かは、リリルカの横まで来ると、そっと膝を着く。

 

「なっ」

 

ベートのうめき声。

 

「あっ」

 

リリルカの驚き。

 

それは、ロキ・ファミリア団長、フィン・ディムナだった。

数ある冒険者達の中でただ一人、勇者を二つ名とする正真正銘の英雄が、薄汚い生意気なサポーターの自分などに対して、膝をついているのだ。

 

「名も知らぬ同朋よ。君達の冒険を汚し、侮辱した非礼を詫びさせて欲しい」

 

「いえ、そんな、リリ、あっ、私こそ……」

 

限界だった。

既に今夜、リリルカの精神は許容範囲を遥かに越える負荷にさらされ続け、ろくに言葉も出てこなかった。

 

「君の言う通り、あのミノタウロスは我々が遠征の帰還中に取り逃がしたものだ。消耗があった、などと並べ立てるつもりはない。ただただ我々の不手際だった。誰一人死人が出なかったことがどれだけの僥倖だったのか、改めて思い知らされた」

 

フィンはその端整な顔に、見る者を安心させるような笑みを浮かべる。

 

「僕はロキ・ファミリア団長、フィン・ディムナ。良ければ、名前を教えてはくれないだろうか。僕の知る限り、最も勇気ある優しき同朋よ」

 

手を胸に、

 

「そして誓おう。ロキ・ファミリアは今の件に関し、一切の反論を行わず、またそうする者を許さない。君の言葉はこの場の誰よりも真摯で、何よりも誠実で、正しい糾弾だった」

 

言い切った。

僅かに場がざわついた。

あのロキ・ファミリアが、公の中で、自らの非を認めたのだ。

 

「ロキ、みんなも、それでいいね?」

 

団長の声掛けに、テーブルを囲むファミリアの誰もが頷く。

 

「かまわんよー。なんやもう、聞いてて気持ちの良くなる啖呵やったしなぁ。ベートにゃええ薬や」

 

ひらひらと手を振って主神ロキがまとめる。

その目は細く、考えを正しく読み取ることが難しかったが、怒りがないことだけはわかった。

 

「わ、私は……ソーマ・ファミリアの、リリルカ・アーデと申します」

 

ソーマ・ファミリア、その言葉に、フィンの表情に軽い驚きが浮かぶ。

 

「ソーマ・ファミリア……先程の二人も?」

 

「違います」

 

リリルカは頭を下げて、

 

「今日、この場であなた方に無礼を働いた痴れ者は、ソーマ・ファミリアのリリルカです。彼等は、私の仲間ではありますが……私があなた方に思うこととは無関係です」

 

その拍子に零れ落ちた涙を拭いもせずに。

 

「そうか……それで、ベートと揉めそうになった彼を外に行かせたんだね。最初に飛び出していった少年を庇い、君が一人で戦うために」

 

「ち、ちが──」

 

「ベート」

 

フィンは、後ろに座るベートへ振り返ることなく呼び掛けた。

 

「僕は珍しく怒っているよ。自分自身に、そして君にもね……何か、言うことはあるかい?」

 

「…………………………………………悪かった」

 

その言葉に、ベートを知る誰もが驚愕を露にした。

あの、格下は見下すのが当たり前であるというスタンスを崩すことがないベートが、まさか、謝罪を?

 

「ザコはザコだ。だが……くそっ、それでも、笑いもんにする必要までは無かった」

 

リリルカはその言葉を聞くと、ようやく落ち着いたように、大きく深呼吸をした。

 

「確かに、そのお言葉をベル様へお伝えさせていただきます」

 

唐突に、拍手が鳴った。

ミアである。

 

「ああまったく、勇敢なお嬢ちゃんだ! あんた、また三人で来なよ? サービスしてやるからさ!」

 

場の緊張感が、緩やかにほどけていく。

そうなればここは酒場で、騒ぐのが大好きな冒険者達が集まっている。

 

「あのイカしたサポーターの嬢ちゃんに! 乾杯だオラァ!!」

 

誰かがグラスを掲げ、

 

「「「かんぱーい!!!」」」

 

何人もがそれに唱和する。

そこからは、いつも以上に賑やかな宴がそこかしこで始まった。

 

リリルカは今にも崩れ落ちそうな体で、懸命に涙を堪えようとするも、止まらない。

次から次へと溢れてくる。

 

「お疲れさまでした」

 

そんなリリルカを、そっとリューが支える。

彼女は、もしベートが凶行に及べば直ぐにでも割って入れるよう気を張っていた。

 

温めたおしぼりをリリルカへ渡しつつ。

 

「どうか胸を張ってください。あなたはミア母さんの言う通り勇敢で、勇者の言う通り優しい。お仲間も、あなたを誇りに思うことでしょう」

 

「あ、ありがとうございます……っ!」

 

「ソーマ・ファミリア、リリルカ……ああ、君が!」

 

何かに思い至ったように、フィンが声を上げた。

 

「私が、何か?」

 

「巷で御守りのモチーフになっている、邪滅姫(ピュア・リトル・プリンセス)だよね」

 

言葉に、リリルカの動作思考全てが停止する。

 

「ピ、リト……プリ?」

 

「悪名を馳せているセイル・アーティを、街中で説教して正座させたそうじゃないか。以来、彼を恐れる人達はそのときの君の勇姿を掘った御守りを持ち歩くのが密かに流行しているんだよ」

 

意味がわからない。

何言ってんだこの勇者。

リリルカは真顔でフィンを見返した。

緊張も恐怖も、一瞬で消し飛んでしまったのだ。

 

「もしかしたら、この街で一番名前を知られているサポーターじゃないかな、リリルカは」

 

涙が止まったことにも気付かずに、リリルカは上手く言葉が出せないでいた。

 

「おままごとでも、プリンセス役は大人気だそうで、今度舞台にもしようかって動きもあるみたいだね」

 

姫って、姫って……

 

「同朋のことだからね、僕もそれとなく情報を集めていたんだけど……実物がこれほどに勇敢で強いとは、思わなかったよ」

 

おままごと、舞台……舞台!?

 

「あれ? でも確か、御守りの版元は、ソーマ・ファミリアだったような……」

 

怒りが、先程を大きく上回る怒りがリリルカを支配した。

やつだ、間違いなくやつの仕業だ。

自分の汚名を代償に、なんてことしやがるのか。

 

そして……──

 

 

「ハッハァ! 良い夜だなクソ共! リュー、いつもの酒頼むぜぇ!」

 

 

現れる、オラリオ有数の汚物。

 

 

リリルカは手早く荷物をまとめると、大きく息を吸い込んだ。

 

「今入ってきたセイル・アーティ団長は、ギルド職員のエイナ・チュール様を弄んだ挙げ句、悪質な結婚詐欺に引っ掛けようとしていますー!!!」

 

そして、叫びながら走って店を出て行った。

 

「あん? 今のはリリルカか? 全く、一体何のことやらあの痛いんですけどリューさん、やめてもげる、俺の大事なトコが折れちゃう」

 

一笑に片付けようとしたセイルの肩を極めるリュー。

その瞳は氷のように冷たかった。

 

「愛が痛いぜリュー、ちょ、あ、肩が! 肩がネジ切れる!」

 

そんな二人の前に、新たな人影──リヴェリアが立った。

 

「ヒュウ、中々の美人さんじゃねーのって痛い! リュー、痛いから!」

 

「リューよ」

 

「はい」

 

「エイナ・チュールの母親は私の親友でな」

 

リヴェリアの言葉に、セイルは動きを止めた。

 

「そうですか……ところで新作のメニューはいかがでしょうか。クズ男の痛め物などお薦めです」

 

リューは淡々と、処刑宣告を発した。

 

「ふむ」

 

「肩、ひじ、膝、腰、背骨……どこから痛めますか?」

 

「まずは、命に別状が出るまで行こうか」

 

「火加減はいかがいたしましょう」

 

「強火で、消し炭になるまで」

 

「かしこまりました」

 

「ちょ、それマジなトーンのやーつ? やーつ!」

 

 

──……ギィィイヤアアアアアア!!!

 

 

背後から聞こえてくる悲鳴を振り切って、リリルカは走った。

 

これより一週間以上に渡り、リリルカは宿に引きこもることとなる。

 

カイトとベルに引きずり出されるまで、彼女が外に出ることはついに無かったのであった。

 




長くなってしまった。
リリは献身的可愛い。

しばらくギャグが書きたい。すごく書きたい。
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