「っと、この辺りか」
天守閣から狙撃されず、それでいて浜松城下への入り口を覗ける位置。
もちろん狙撃は天守閣からしか来ないなんて都合のいい話はない。
天守閣からしか来ないのは、一撃でパワーアーマーのヘルメットを撃ち抜く国産V.A.T.S.の攻撃だけだ。
なので浜松城下へと続く簡易的なバリケードを設置設置されている門や、その周囲からの射線も考えなければ。
そこで俺が選んだのは、浜松城への入り口のある道から2区画離れたビルだった。
建物の高さがあり、正面にこれより高い建物もないので、ここからなら門を見下ろせる。
もちろんその門は大昔の、戦国時代当時の、攻城兵器でなくては破れないような門ではない。
戦前は観光地にでもなっていたのか現代の浜松城に続く門は鉄製の門こそあるが、それはまるで俺が暮らしていた日本の小学校の門のような簡素な作りで、敷地の中が丸見えになってしまう程度の物。
新制帝国軍はその門の前後に土嚢や廃材、コンクリートの建物の欠片なんかを積み上げて守りを固めているらしい。
目の前の建物は民家なので窓からそれを見下ろし、スナイパーライフルやミサイルランチャーを持った兵がどの辺りに出てくるか目星だけ付けておく。
暗い。
だが月明りはあるので景色だけでなく、いれば兵の姿も見て取れるはずだ。
「よし、次だな」
窓からパワーアーマーの顔だけを出し、今度は浜松城から見て左側の市街地を確認。
残念ながら同じ並びの区画にこれ以上高いビルはない。
だが少し右手の1つ浜松城に近い区画には、ここと同じような雑居ビルがあった。
窓からは浜松城の門の向こうのちょっとした広場が見えている。
そこに新制帝国軍の兵士の姿はない。
となれば兵がいるのは広場の向こう、観光客から観覧料などを徴収するための建物の辺りだろう。
当時のそれとは違うのだろうが、いかにも日本の城らしい門はそのさらに奥にある。
ここから兵の姿は見えない。
だが1つ区画を進んだあのビルならば。
都合よく窓ガラスは割れている。
なのでその桟に手をかけ、下へと身を躍らせた。
本当ならば斜め向かいのビルの窓までジェットパックで跳んでもいいのだが、今はまだそこまでする必要はないだろう。
小さくはない音を響かせ罅割れたアスファルトに着地して、ズシンズシンと音を立てながら雑居ビルの建物内に入る。
もう3階から飛び降りるくらいでは恐怖を感じない。
ほとんどケンカすらした事がなかった半引き篭もりが、よくもまあウェイストランドに染まったものだ。
どうやら俺が踏み込んだのは裏口であったらしく、エントランスの反対側にはだいぶ錆びてはいるが銀色の残る集合ポストなんかがあった。
ポストの横、正面入り口から入ってすぐの壁には案内板。
それを読んでみると、どうやらこのビルは5階建てであるらしい。
ならばと5階を目指してみるが、ゲームと違ってエレベーターのドアは当たり前のように開かない。
パワーアーマーの足音のやかましさに顔を顰めながら、えっちらおっちら階段で最上階まで上がった。
「ここが5階だろ。まだ階段があるって事は、屋上にも出られる訳か」
束の間だけ考える。
攻撃だけを考えるのなら屋上一択。
「でもまあ、向こうさんにまだ隠し玉がねえと決まっちゃいねえからな」
屋上への階段ではなく、5階に出るドアのノブを回して押してみた。
施錠はされていない。
それもそのはず、そこにあったのは短い廊下で、しかも5階には1つしか部屋がないらしい。
案内板にも書かれていた、税理士事務所らしき部屋のドアに近づく。
こちらは当たり前に鍵がかかっていたので、ロックピックに取りかかった。
難易度はノーマル。
これならばと手早く鍵開けをして室内に踏み込む。
1フロアに1部屋しかない事務所にしては狭い玄関。
ここで働いていた者達は核が落ちた日に慌てて逃げだしたのか、棚のような靴箱と玄関の床には靴やサンダルが散乱していた。
短い廊下を抜け浜松城を眺められそうな窓のある部屋へ。
デスクが3つあるいかにもな事務所に入ってからは、念のために身を低くして窓辺に移動した。
「こっからなら広場だけじゃなく、奥の建物まで見えるな」
観覧料を徴収していそうな小さな建物に身を隠す兵は5人。
全員が古臭い軍服を着て小銃を、おそらく国産のホクブ製と思われるライフルを手に持っている。
ならばとレシーバーを持ち上げ無線機のボタンを押し下げる。
この無線機の本体はパワーアーマーの腰の辺りに取り付けられていて、伸び縮みするコードの先にレシーバーがあるタイプだ。
「こちらA。T、聞こえるか?」
こちらT、感度は良好。
問題発生か?
「いいや。入り口の広場の奥、城門の手前の建物に隠れた兵士が5。エイリーンに狙撃をすべきか聞いてくれ」
了解。
………まだ必要はない、あと10分ほど待ってくれと。
「はいよ」
無線で狙撃が可能な事を教えてやったつもりだが、建物の陰に隠れる兵士に動きはない。
10分もあるのならば逆方向のビルにでも移動して射線を確保したいが。
「……やめとくか」
今は無理をするような場面ではないと自分に言い聞かせ、身を低くしながら窓から新制帝国軍の最前線を見張る。
兵に動きはない。
無線の傍受はしていないのか、それとも兵は使い捨てなのか。
すでに戦後300年にもなろうという時代だが、少なくともこの100年はここいらで戦争なんてのは起こっていないらしい。
相手が平和ボケしていてくれるのを祈りながら待っていると、あっという間に10分が経った。
無線機がノイズを吐く。
本当にかすかな音ではあるが、待っている俺からすれば待ちに待った音だ。
Aへ。
手筈を知りたい。
「砲撃開始からしばらくは様子を見る。できれば相手の虎の子を最初に狙撃したい。アバズレは観覧料なんかを取る建物すら壊さねえつもりなのか?」
城以外は気にせずともいいと。
では砲撃を開始する。
少しの間があって無線機から声が聞こえ、さらにわずかな間の後に戦車の主砲が火を噴いた。
とんでもない音。
そして威力だ。
初撃で門の半分ほどが吹っ飛んで、徒歩ならば突入できる程度の大穴が。
そして次弾こそ狙いを外し手前に着弾したが、三射目には兵が身を隠す小振りな建物に命中。
即死したらしい兵士と重傷の兵、パニック状態でその死体まで引き摺って後退してゆく兵士達を眺めながら、また無線機のボタンを押す。
「建物裏の兵は1名が即死、2名が重傷。残りは怪我人を連れて後退中だ。まだ撃つのか?」
可能なら歩兵で突入したい。
もうあちらは動き出している。
タイチが言うあちらとは、四ツ池戦闘部隊の別動隊の事だろう。
筋肉質で背が高く、ヒゲが似合うジュリ姐さんの弟がそれを率いているはずだ。
それだけでなく、商業ギルドが養ってきたイサオさんの部隊や、ヒデさんが束ねる山師部隊も、あちらはあちらで動き出しているのかもしれない。
「突入の計画は?」
破れた門から身を低くして。
数は最低限の人員を残してすべて。
「マジかよ。ちょっと待て。戦国時代の門の右に遮蔽物が途切れてる通路がある。そこからの射線をコンクリートで塞ぐ。それまで待ってくれとアバズレに伝えろ」
危険過ぎじゃないっすか?
急にいつもの口調に戻って訊ねるタイチに苦笑い。
余裕がないのか、そうなるほどに俺を心配してくれているのか。
「ボディアーマーとヘルメットだけで突入する歩兵よりはマシさ。5分だけくれ」
沈黙。
アバ、じゃなかった。
姐さんから伝言で、それをするならステルスボーイを必ず使うようにと。
「過保護なババアだ。だが了解。すぐにやる」
ステルスボーイは使用者の姿を消してくれるアイテムだが、すでに発見されている敵の前で使ってもそのまま攻撃されてしまう。
なので窓の下に身を隠し、アイテムボックスからそれを取り出した。
スイッチをオン。
意味がわからないダイヤルをどちらも最大にまで上げてから腰のポーチに放り込む。
立ち上がる。
割れていない窓ガラスにパワーアーマーは映っていない。
窓を開けて飛び降りる。
着地。
そのまま走り出す。
ステルスボーイの効果時間はわずか30秒。
俺はゲーム内で変装の名人に教わったPerkがあるので時間が伸びてはいるのだが、それでも40秒ちょっとで効果が切れるはずだ。
走る。
コンクリートブロックの取り出しは慣れたもの。
破れた門を抜け、半分ほど崩れた建物の横を駆け抜けてコンクリートブロックを配置する。
数は6。
上下2段を横に3つだ。
「ゲームじゃどうだったか忘れたが、現実じゃステルスボーイの効果時間が切れてからじゃねえと次が使えねえんだよなあ。……頼むぜ、俺のLUCK」
ステルスボーイの効果が切れる。
同時に、今度は天守閣のある方向にコンクリートブロックを出した。
そのコンクリートブロックの向こうで嫌な音がする。
狙撃。
それに間違いないだろう。
だが初撃を防いでしまえばこっちのものだ。
コンクリートブロックの上にさらにコンクリートブロックを出す。
その横にも上下2段の遮蔽物。
「よし。これで天守閣からの射線は切れた。にしても、こえー」
またムチャを。
最初に切るのは天守閣からの射線でしょうに。
タイチの呆れ声。
「そうでもねえさ。戦国時代っぽい門の横にミサイルランチャー持ちがご到着だ。だから歩兵の突入はちっと待て」
やっぱ出してきやがったっすか。
「ああ。だから突入口を作るまで待て」
突入口?
こうすんだよと心の中で呟きながら、門の方向にまたコンクリートブロック。
それが曲がり角になるようにまたコンクリートブロックを出してゆく。
雰囲気を出すためなのか門の前は参道のような何もない空間なので、曲がり角をいくつも作りながら接近するだけのスペースはあった。
俺が門の横の出入り口を塞ぐ瞬間だけはヒヤヒヤしたが、ミサイルランチャーを撃ち込まれるような事はなかった。
最初の遮蔽物まで戻り、天守閣の屋根が見えてからは2段だったコンクリートブロックを3段に、そして4段にとしながら戦車の方向へ移動する。
すると数分で戦車が身を隠すコンクリートブロックと、俺が新たに配置したコンクリートブロックが繋がった。
「お疲れっす」
タイチの肉声。
パワーアーマーのヘルメット越しではあるが。
腕を伸ばす。
拳をタイチに向けて。
するとすぐにパワーアーマーの拳と拳が軽くぶつかって小さな音を立てた。