とある日、私は桜市子宅で奇妙な光景を見かけた。
「で、あなたは何をしているんです?」
「見ればわかるでしょう、ていうか何でウチにいるのよこの貧乏神が!」
見ればわかる、と言われたが私にはさっぱり分からない。いやホント。
「すみませんが、どうやら私目が悪くなったようで。何をしているのかさっぱり」
「料理よ、料理」
何と。今ここで繰り広げられているものを料理といったのかこの人間は。
至る所に斬りつけたような跡があり、挙げ句壁には何かがめり込んでいる。
そして彼女の手には包丁と木槌が存在していた。
「お前料理に謝れ。今すぐ。」
神様はご立腹のようです。
どうやら彼女は懲りずに料理を作る、ということをしていたらしい。
前回はたった2分で惨状が出来上がっていたので、それに比べれば今の状況はとてもかわいいものだ。
と、思いたい。壁にめり込んでいるものの正体がかぼちゃの欠片だったなんて断じて認めない。
「あなたねぇ、たかだか料理で何故部屋が一部破壊されているんですか。工事現場じゃないんですよ台所っていうのは」
「言われなくても、分かってるって、の!」
ゴン。ひゅんっ。
「じゃあ今何をしているのか考えてみなさいな」
「だーかーらっ、料、理っ」
ゴン。ひゅんっ。どっ。
「オイ今壁に刺さった」
「…おっかしーわねー、この包丁ダメなんじゃないの?」
「そもそも包丁は切るものであってノミみたいに彫るもんじゃねーぞ」
まな板の上に置かれた立派なかぼちゃには包丁が突き刺さっており、他にもいくつもの穿った穴が散見された。
ち市子は左手に包丁を逆手に、右手には木槌を構えかぼちゃへと振り下ろしていたのだ。
もう、何と言うか、料理をなんだと思ってんだこいつは。すでに人の食い物じゃねぇ。
もっとよく周りを見れば、ゴミ箱からは得体の知れないものがはみ出ていたり、隅に寄せられているものには何故か人の身体の一部の形をしているものがあったり。
そうか、これさっきちょっと片付けたから前回と比べてかわいくみえていただけであってそんなに変わっていない、むしろパワーアップしていたのか。
幸福エナジーを常人を遥かに上回る程持っているのにこちらは遥かに下回るとは。まさに天は二物を与えず。
「かぼちゃってどうやって切るのよ。こんな固いもの…」
ふぅ、とため息をついて手元にある包丁とかぼちゃを交互に見つめていた。
かぼちゃは食べれるんだから切れるに決まってるだろうが。
「…ちょっと貸しなさいな」
「あ」
本当に見ていられない。
彼女の手から包丁をひったくると体重を乗せてまずは真っ二つにした。ほれ見ろ、切れた。
「そういえば、何を作ろうと思ったんです?それによっては切り方を変えなければいけませんよ」
「いや、えとそれは、…いやその前にあんた何やってんの」
「何ってかぼちゃを切ってます。根本的に間違えているあなたに変わって」
「ぬ、」
「で?何を作ろうと?」
「う…えーと…」
「?さっさと言えばいいじゃないですか」
珍しく、もじもじとしている。言いたいことがあればずばずばと言う彼女が。
目線をあちこちにさ迷わせ、心なしか頬も少し赤くなっているような気がする。
それを見て何故か胸がつかえたような感覚を覚えた。多分、気のせいだ。
「………が、………」
「はい?」
「諏訪野が、昔作ってたかぼちゃの煮物、甘いやつ。あといつも作ってたものとか」
ほうほう、おふくろの味ならぬ執事の味ってやつを再現しようと。
ということは…
「あなた、レシピとか知らないですよね?」
「当てずっぽうでやれば何とか出来るかなー、と。味は覚えてるし」
「そんなんで料理が出来たら世の中のお母さんは苦労しませんよ」
「そこはほら、幸福エナジーあたりでぱぱっと「できるかアホ」
ですよねー、と彼女らしくなくネガティブな方へ肯定した。
これではいつまで立っても料理は完成しないだろう。
…しょうがない。
そう、これはしょうがないのだ。
見ていて何だかムカムカする。主に胸のあたりが。いつまでもこの感覚を這いずり回されては困るのだ。
だからだ。
だからこの流れに至るのは当然のことだったのだ。
「料理、教えますよ。特別にね」
さあ、どうやってこの惨状を回復させるのか。責任重大だ。
白飯。
「ほら米でも洗いなさいな」
「これで?」
手に持っていたのは食器用洗剤だった。
「違う!水で研ぐんです!」
「え、それじゃ汚れとれないんじゃないの?」
「周りについてる糠落とすだけなんですから洗剤なんて使いません。むしろ汚してどうするんです」
味噌汁。
「まずは鍋に水を張って、ああ余り入れすぎてもいけませんよ」
「わ、わかってるわよその位!」
嘘だ。それは絶対嘘だ。顔に出ている。
「だしのいりこを入れて、具材を切っておいてください。豆腐はさいの目切りに」
「えと、さいの目切りってのはこうよね?」
「ちょ、そんな切り方をするな!指をきり落とす気か!」
焼き魚。
「これはさすがに分かるでしょう」
「当たり前よ!まずはマッチで火をつけるんでしょ」
「待てオイやめろ」
いつの時代の人間だ。
以下略。
任務は困難を極めた。まさかこれほどとは思いもしなかった。
料理という単語以前に常識というものが無い。
包丁を持たせれば具材以外を切る。
火を使わせればいつの間にか大惨事への第一歩を踏み出す。その他もろもろエトセトラ。
肉体的な疲労よりも精神的な疲労の方が強い。
これは超過労働ということで山吹姐さんに剰余分の給与を支払ってもらわねばなるまい。
「出来た…!」
少し興奮しているのか、隣にいる市子の声はうわずっているように聞こえた。
彼女の目の前にあるのは器に盛られ、並べられた料理たち。
そう、それはまさに彼女が思い描いていた"料理"そのものだったのだ。
「と、言うか、思ったよりも庶民的なもの食べてたんですねえ」
そう。今あるメニューはどこの家庭にでも作れるようなシロモノばかりだ。
「あんたあたしが何食べてると思ってたの」
「いや曲がりなりにもいいとこのお嬢さんですし、そりゃあ庶民が手が出ないようなものばかりかと」
「そういうのも食べてたけど…まあ半々ぐらいの割合でこういうのも食べてたわよ」
じゃあ半分はいいものだったんだな。
だからそのボールみたいな乳になったってワケだ。クソッタレその余ってる脂肪寄越せや。
「おし、じゃあ食べよう」
「…そうですね、いただきましょうか」
いけない。思考を目の前の料理に移す。そこには市子と私、二人分の配膳が済んでいた。
ちなみにコレは市子からのお礼らしい。彼女曰く、
「べ、別にお礼ってワケでも、ああいやお礼なんだけど…とにかく!教えてもらった身としては何もしないってのもアレだし!」
というわけで。今日は本当に珍しく彼女からの許可があって食事をいただくのだ。
まあいつも許可があろうとなかろうと勝手に漁って食べているので大した違いはない。
両手を合わせ、食前の呪文を二人一緒に唱えた。
「「いただきます」」
並べられた料理に次々と箸をつけていく。見てくれは悪いが食べれるレベルだ。
いや前回と比べるのは些か酷だろう。あれは本当に酷かった。
「ね、ね、どう?」
「どうって…」
「そのおいしいとか、そういうの」
市子が不安を滲ませた目でこちらを見ながら返答を期待していた。
こちらを見上げるような形になっているのでちょうど上目遣いのように見える。
やめろ、そんな目で私を見るんじゃない。
「まあ、おいしいですよ」
「ホント?!」
小さくガッツポーズをする彼女を見て教えてよかったなと、思った。
「そっかぁ、」
じゃあ、もっと練習して嵐丸とかつ、石蕗とかに食べておいしいって言ってもらえるようになろう。
そう言われるまでは。
教える前にも感じたあの不快感が何倍にもなって身体中を問答無用でかけずり回る。
胸に何かつっかえるというよりも、錘を押し付けられているようだった。
何だコレ。
微笑んでいる彼女を見ていると無性に腹がたった。
いつもはそんな顔をしないくせに。
「…………」
「あっ、ちょっと何すんのよ!」
私はテーブルに並べてある器を引っつかむと一気に掻き込む。お世辞にも美しいとは言いがたい料理がどんどん胃袋へと収まる。
いや、見かけはどうでもいいのか。この場合。
器に盛られていようと胃に入っていようと似たようなものなのだから。
もむもむも、ガリ。
…オイ今石みたいなの噛んだぞ何いれやがった。
「ちょっとおおおおお!?何全部食べてんの!」
「食べた?心外な。心優しい私は他の誰かさんが天に召されぬように処分したのですよ」
「処分とか言わないでよ!今回はちゃんと"料理"でしょうが!」
「じゃあいつもは危険物と認識しているんですね」
「うぐっ…」
「ケーキもオーブンごと爆破させちゃうぐらいですし?」
「ううううううるさいっ貧乏神!」
中身が空になった器を置いて彼女のほうを向くと予想通り怒りの表情を浮かべていた。
さて、そろそろお暇しなければ。蘇民将来の餌食になってしまう。
「ほほほ、悔しかったらもっと上達しなさいな」
自分で言ったその言葉に錘の重量が増えた気がした。
「、こんのぉっ!」
「おとと」
振り回された蘇民将来をヒトダマフォームに変形することで避けると、そそくさと開いている窓から逃げ出した。
ベランダまで出てきているが今ここで十二神将を召喚すると余計なトラブルを引きこむと分かっているのか、それ以上は追ってこなかった。
ざまあみやがれ。
そのままスイスイと飛んで自分の使い魔がいるであろう河川敷を目指した。
去り際に見えた彼女の泣きそうに歪んだ顔を無視したまま。
何だ。私が何をしたっていうんだ。何もしてないだろう。
それにこの不快感。イライラともつかないこの感覚はどうすればいい。
そうだ、市子の幸福エナジーを奪う計画でも立てて頭を切り替えよう。そうすればこんな感覚ともおさらばだ。
そんなことを考えているといつの間にか、河川敷についていた。
熊谷が焚き火の前に座り込んでどこからとってきたのか、小さい魚を焼いていた。
「ただいま、戻りました」
『帰ったか』
「ええ。何か変わったことはありましたか?」
『特に無い。が、』
そこで熊谷は少し考えてから、
『紅葉、何でそんなに拗ねているんだ?』
「どういう意味です、熊谷」
『あ、いや、』
自然と声が低くなるのが分かった。あの不快感がまた私を襲う。
いけない、このままでは。イライラして頭がどうにかなりそうだ。寝てしまえば、きっと、大丈夫。
「すみません、どうやら疲れているようです。先に休みます」
『…………』
熊谷が何か伝えたそうにこちらを見ているが諦めたのか、目の前の魚に視点を動かした。
嗚呼、本当に腹がたつ。