擬態獣掃討作戦が終わってから、俺はダンナーベースで補助員として生活していた。
……けど、あれから一度も擬態獣は現れない。
整備の手伝い。備品の補充。格納庫の掃除。訓練の立ち会い。
最初の一週間くらいは作戦後の後始末で忙しかったが、敵が来ないぶん、次第に“空き”ができた。
そんなある日、所長から交代制で一日休暇が出た。
皆それぞれ、休み方が違う。
猿渡さんは「打ち合わせ」だとかで基地を出たし、甲児君はさやかさんとデートらしい。
ボスさんは悔しそうにしていた。分かりやすい。
鉄也さんは甲児君に便乗して静流さんを誘ったが――断られたそうだ。これも分かりやすい。
俺はというと、トレーニングと買い出し。
……結局、こういう休み方が一番落ち着く。
時々、甲児君が「遊ぼうぜ!」と言い出して、鉄也さん、ボスさん、ヌケさん、ムチャさんまで巻き込まれ、街に出ることもあった。
そんなこんなで、作戦から一ヶ月が経とうとしていた。
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「ミストいるか? 至急、私の部屋に来い」
整備を手伝っている最中、突然、葵所長の放送が流れた。
工具を握った手が止まる。
「何かやらかしたのか?」と、おやっさん達がからかってくる。
心当たりはない……はずだ。
不安を抱えたまま、俺は所長室へ向かった。
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葵所長室
「失礼します!」
「入れ」
部屋には、葵所長が一人。
それが逆に嫌な予感を強くする。
「ミスト。お前、教会の場所を知っているか?」
「教会……ですか?」
「ああ、教会だ」
海沿いの、風が強くて……でも綺麗な教会。
鉄也さんが「景色がいい」と言っていた場所だ。
「えー……はい、知っています」
「そうか。なら、お前にお使いを頼みたい。いいか?」
「お使い……ですか……はい、大丈夫です」
「なら、この場所に行ってきてくれ」
渡されたメモを見て、俺は目を瞬いた。
「……? ここって、宝石店?」
「そうだ。そこで頼んでいた物を受け取って来るんだ。店の者に“ダンナーベースの葵”と言えば分かるはずだ。受け取ったら海沿いの教会に来い。そこで待ち合わせだ」
「えっと、分かりました」
「ちなみに――他の奴らに、ばれないように来ることだ」
「えっ」
「当たり前だ。ばれてもいいなら、お前に頼まん」
……宝石店。教会。秘密。
嫌な予感しかしない。
「えーと……ダンナーベースの人達に知られたくない事、なんですか?」
「そう。受け取って来い。それで構わん」
つまり説明はしない、ということだ。
所長らしい。
「えー……では行ってきます」
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部屋を出てすぐ、廊下で声をかけられた。
「あれ? ミスト君、どうしたの?」
弓さやかさんだ。
「えーと、ちょっとしたお使いです。さやかさんこそどうしたんですか?」
「ミスト君、今日、静流さん見てないかしら?」
「静流さんですか……見てませんね。どうかしたんですか?」
「買い物に誘おうと思ってたんだけど、見当たらなくて探してたの」
「そういえば……猿渡さんも居ませんね」
「あら、そうなの?」
「はい。甲児君が“見当たらない”って話してました」
さやかさんは一瞬だけ、何かを察したような顔をした。
……気のせいかもしれないけど。
「あ、ミスト君。お使いは?」
「あっ、そうでした。すみません、行ってきます」
「ごめんなさいね。行ってらっしゃい」
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街へ
職員用駐車場でバイクに跨り、グリップを回す。
エンジンの振動が、妙に心地いい。
「アトリームと運転の仕方が一緒で良かった……本当に。特別とはいえ、二週間で取れるとは思わなかったな」
海岸沿いの道を走る。潮の匂いが強い。
この世界の海は、俺の知ってる海よりずっと“近い”。
街に着き、宝石店を探す。
「えーと、ここを右で、ここを左……おっ、ここだ!」
看板には《luck & Fortitude》の文字。
「いつ見ても変わった店名だよな……」
甲児君の話では、ここで宝石を買うと良いことが起こるらしい。
……本当かは知らない。でも、今の俺には“縁起”って言葉がちょっと欲しい。
封筒を確認して、扉を開けた。
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宝石店《luck & Fortitude》
「いらっしゃいませ。ようこそ《luck & Fortitude》へ」
店内には、男性が一人。
静かで、空気が少し冷たい。宝石の光だけが妙に眩しい。
「あの……ダンナーベースの葵所長から、これを持って行くように言われたんですけど……」
「ダンナーベースの方ですか?」
「はい」
「かしこまりました。では、封筒を頂戴します」
「はい、これです」
「確かに。……では、こちらへ」
案内された奥には、宝石やアクセサリーが並んでいた。
俺は思わず立ち止まる。
「……綺麗なの、沢山あるな」
「お気に召しましたか?」
「えっと……良いもの沢山ですね」
「フフッ。ありがとうございます。当店の自慢の品々ですから」
“美しい”って、戦場から遠い言葉だ。
だからこそ、少し落ち着く。
「では、お待たせいたしました。こちらがご注文の品です。……ご確認を」
「えっ、あ、はい……確認しました」
箱は軽い。
でも――妙に、重く感じた。
「では、またの機会をお待ちしております」
「ありがとうございました」
店を出ると、太陽が高い位置にあった。
思っていたより長居したらしい。
「……物は受け取った。急ごう」
所長に連絡し、バイクを走らせて教会へ向かう。
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海沿いの教会
教会にはすぐ着いた。
……けど、所長がいない。
「……所長、どこだ? 教会近くだろ……?」
バイクを停め、周囲を歩いて探す。
「居ないな……」
時間が早かったか? 控え室の場所、聞いときゃ良かった。
こういう所、所長はいつも説明が足りない。
「……どこだろう?」
その時。
「ん? そんな所で何してる、ミスト」
背後から声。
振り向くと、葵所長がいた。
「あ、所長! 居なくて心配しました」
「すまなかったな。少し用事があった。……それにしても早かったな。もう少しかかると思っていたが」
「頼まれてそのまま行ったので……早かったんだと思います」
「そうか。じゃあ、こっちに来てくれ」
「はい? あっ、ちょっと、所長!」
届けたら終わりだと思っていた俺は、慌てて追いかけた。
所長はそのまま教会の中へ入っていく。
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奥まった部屋の前で所長が立ち止まる。
「コンコン。ゴオ、準備できてるか?」
「所長か。ああ、できている」
「なら入るぞ」
……猿渡さん?
なんでここに?
「失礼します」
部屋に入った瞬間、俺は固まった。
タキシード姿の猿渡ゴウさんが、椅子に座っていた。
……似合いすぎて怖い。
「ん? ミストがなんでいるんだ?」
「私がミストにお使いを頼んだからだ」
所長は平然と言う。
つまり、猿渡さんにすら説明してない。
……所長、ほんとに情報共有しないな。
「じゃあ所長、これです」
「ん、ご苦労。ゴオ、もう少しで始まるぞ」
「はい」
「何が始まるんですか?」
「ん? 聞いてないのか?」
「はい」
所長が、さらっと言った。
「ああ、言ってなかったな。これからゴオと杏奈の結婚式さ」
「……結婚式……?」
頭が追いつかない。
宝石店、教会、秘密――全部つながった。
……言ってほしかった。本当に。
「ミスト、付いて来い。式場に行くぞ」
「えっ、はっはい。でも、服が……」
「大丈夫だ。来い」
所長に引っ張られるようにして部屋を出た。
廊下で、忍くんと合流する。
「そういえば、杏奈さんってどういう人なんですか?」
「ん? ああ……そういえば言ってなかったな。私の娘だ」
「僕と同い年です」
「……娘……?」
理解が一拍遅れて。
「……ええぇぇぇ!?」
「何だ? 何を驚いている?」
「うん、わかるような気がする」
忍くんが苦笑いする。
俺はまだ驚きから戻れていなかった。
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結婚式
「――生命ある限り、あなただけを愛すると誓いますか?」
式は始まっていた。
新郎は猿渡ゴウ。新婦は杏奈さん。
体格差はあれど、不思議と釣り合って見える。……いや、むしろ似合っている。
教会の空気は静かで、海の風の音が遠くに聞こえた。
誰もが、猿渡さんの言葉を待っていた。
猿渡さんが、口を開けようとした、その瞬間――
ゴゴン、と床が揺れた。
続いて、サイレン。
静黙な教会を、赤い音が切り裂いた。
誰かが息を呑む。
誰かが立ち上がる。
祈りの場が、一瞬で“戦場の入口”に変わる。
そして――つかの間の休息は終わりを告げ、
始まりの時を告げた。