紅魔館の役立たず   作:猫敷

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Chinesisches Mädchen
役立たずと中華娘 前


 大きな誤算があった。

 幻想郷がいまだに不安定だったことである。旦那様の話によれば、妖怪と人間は友好的な関係にはないということだ。

 

「だが、あれだけの土地だ。我がものにすれば有効に活用できるのは間違いない」

 

 燕尾服のゴーレムがワイングラスへ血にも見えるワインを注ぐ。

 

 私はドア付近に静かに控えている。中途半端な情報を提供したと、お仕置されるのではないかと内心ビクビクしていたが、どうやらお気に召したようだった。

 

「攻めるのですか?」

 

「まだそのときではない。幻想郷に住まう妖怪どもの不平不満が満ちるのを待つ」

 

 幻想郷の状況が私の考えていたものとは違っていたようではあるが、事は順調に進みつつあるようだった。しかし、こうも上手くいっていいのだろうか。

 

「お前はただの能無しだと思っていたが」

 

「ありがとうございます」

 

 一応は褒められているので、頭を下げることにしよう。

 

「そこでだ。普段、執事としてはお飾りのお前に仕事を与える」

 

「なんなりと」

 

 嫌です。何やらせる気だ。

 どうせ、絶対にろくなことじゃない。

 

「しばらくフランドールにつけ。これ以上、使用人を壊されるとかなわん」

 

「……それは。いえ、かしこまりました」

 

 すぐに言葉を飲んで、頷いた。

 

 おぉ。ちょっとイイことだった。キザったいクソ野郎としか思ってなかったけど、少しはいい事言うじゃないか。

 うひょー! これで妹様をプニプニする大義名分ができたぜ!

 ……いや、待てよ。私、壊されるんじゃないか?

 ガッデーム! 突然言われたって何にも準備してねぇよ!

 

 とにかく、どうにかせねば。

 

「それと、町に妙な気配がある。人間どもが何かを企んでいるのかもしれん、行って収拾をつけろ」

 

「はっ」

 

「私が執事として無能なお前を置いている理由は分かっているだろう。……失敗は許さん」

 

 収拾をつけろ。ようは脅しておとなしくさせてこいというのだ。私が執事としていられるのは、お嬢様のおかげである。給仕としては役立たずな私をお嬢様は自分の専任としてくれている。理由は分からないが、そのおかげで私は平穏な日々を過ごすことができている。

 

 旦那様は私を執事としてはまったく認めていない。それよりも、私の狡猾さを評価してくれているようだ。なので、紅魔館の外との交渉や、面倒ごとを押し付けられている。

 あー、はいはい。口八丁手八丁でここまで生き抜いてきましたよー。自覚してますよー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだかなぁー」

 

 紅魔館から離れた小高い丘から、双眼鏡を片手に人間の町の状況を観察している。双眼鏡を覗けば見渡せてしまうほどの小さな町。村よりも規模は大きいが、小さな田舎町であることに変わりはない。

 旦那様の言う通り何やら人々の様子がおかしい。

 数人の人間が長の家へと出入りしているのが見える。

 

「仕事増やさないで欲しいなぁ。まったく」

 

 数体のゴーレムを率いて町へと向かう。

 着ているコートに泥が跳ねるのを気にしながら歩くのが非常にめんどくさい。

 

 町へと出向く際は、友好的な態度は決してするなと旦那様から命令されているため、いつも敵意を孕んだ視線が私に突き刺さる。そうに決まっている。

 なのでゴーレムには詰襟の制服にヘルメット、ロングブーツ、小銃といったどこぞの軍隊のような格好をさせている。

 威厳を保つことができれば、武器は必要はないのだが、如何せんいつ人間から襲われるか分からないので、警護のために持たせるようにしたのだ。

 ゴーレム自体にはそこまでの攻撃力がないというのも理由である。

 

 町の入り口へと差し掛かると、見張りだったのだろうか、男の子が一人、慌てて走り去った。くれぐれも面倒ごとにはしたくない。

 事を荒立てたら、旦那様から本当に役立たずの烙印と引導を渡されかねない。

 やばい、そんなことを考えてたら胃が痛くなってきた。

 無職は嫌ぁ!

 

 長の家の前に着いた刹那、ノックもすることなくゴーレムがドアを強引に開けてしまった。

 半自立式だからって少しは私の命令が待てんのかい!

 

 それほど大きくない、というかお世辞にも大きいとは言い難い家なので、ドアを開ければすぐにリビングへと繋がっている。そこでは、慌てて食料やら包帯やら薬やらをしまう、長とその他、数人の姿があった。

 えぇい! こーなれば、どうにでもなれ! とりあえず、悪い奴っぽく振る舞っておけば旦那様からのお叱りを受けずに済む。

 

「長老さん。……それは何を?」

 

「これは、いや。別に大したことではありませんので」

 

「……入っても?」

 

 私の問いに長は、戸惑いながらも頷いた。

 

 うぁー、絶対に何か隠してるよ。

 

「それで、近頃何か変わったことは?」

 

「……特に」

 

 後ろで手を組み、家の中をゆっくりと見て歩く。

 すると、キッチンに置かれた小さな急須と茶壺が目にとまった。それ以外には特に何も無いようだ。

 

 手袋を取りテーブルに投げ置くと、椅子に手を掛ける。

 

「座っても?」

 

「……えぇ」

 

「ありがとうございます。あぁ、長老、あなたも座ってください。ここはあなたの家だ。どうぞ普段通りに」

 

「は、はい」

 

 長は椅子に腰掛けると、パイプを取り出して、マッチを使い火を付ける。

 その行為が一段落したのを見計らって話を切り出した。

 

「長老、ここからの話は我々だけで話したいのですが。プライベートな話にもなるでしょうし。話しやすい様に部下も外で待たせてあるのはお分かりですよね?」

 

「分かりました。おい、お前たち、外してくれるか?」

 

 ゴーレムたちを外で待たせることを条件に他の人間を部屋から出してもらうことにした。

 

「それで、まぁ、さっきもお伺いしましたが、何か村でありませんでしたか?」

 

「……何もないといえば嘘になりますが、すべてお伝えする価値もないたわいもない話ですので」

 

「いやいや、たわいもない話は重要ですよ。一見、くだらないことの様に思えるが、その手の話は物事の片鱗を覗かせる」

 

 そう言うと長は黙り込んでしまった。正直、この返しが一番苦手である。

 

「長老、スカーレット卿はここの領主です。そして、私の主人でもある。私が主人から仰せつかっていることは一つ。この町の秩序を保つこと。それはお分かりですよね?」

 

「はい」

 

「できれば私もあなた方とは友好的な関係のままでいたい。世の中とは悲しいもので、ちょっとした誤解が争いを招く。……お互いに信頼しあっていなければね」

 

「…………」

 

「別段、話すことがないのであればそれでも構いません。私はあなたを信頼している。……しかし、万が一にでも誤解が生まれるようなことがあるのなら、それは予め知らせてもらいたい。例えば、この村に誰かが訪れてきた、とか」

 

 長の肩がびくりと震えた。

 え、もしかして当たっちゃった?

 

「…………」

 

 まだ口を割らないのかジジイ。

 ……ごほん。失言でした。

 

「特には」

 

「そうですか。ところで、あなたにお茶の趣味があったのは驚きでした」

 

「え? あ、あぁ。そうですね、嫌いではないですが」

 

「私もお茶の趣味がありましてね。素晴らしいとは思いませんか? 同じ茶葉から、作り方一つで様々に形を変化させる」

 

 長の顔が少しだけほころんだのが分かった。

 

「えぇ。そうだ! せっかくですからお飲みになってください」

 

「ぜひ」

 

 いそいそとキッチンへ向かう長を後ろから眺めていると、何やらカチャカチャと準備をしはじめた。どうやら、結構めんどくさいようだ。

 

「いやぁ、こんなところで飲めるとは思いませんでしたよ」

 

「はは、あれ程のお屋敷ならすぐに手に入るのでは?」

 

「ところがそうもいかないんですよ。そうだ、よければそれをどうやって手に入れたか教えてはくれませんか?」

 

 長の動きが止まる。小さな湯飲みが倒れ甲高い音が、静かな室内に響いた。

 

「い、いや。私も偶然知り合いから譲ってもらっただけでして」

 

 烏龍茶の茶器など、ここらではまず手に入らないはずである。

 

「もう一度だけ聞く。誰から手に入れた?」

 

 いやぁ、あまりのめんどくささに優しい私もイライラですよ。ブチ切れ寸前ですよ。

 まったく、怒りたくないんだから、怒らせないようにして欲しいものだ。人は怒る理由がなければ怒らないし、怒れない。常日頃、意味もなく怒っている者は変人である。だから、このか弱い老人に敵意と威圧感を向ける私は悪くない。怒らせるから悪いのである。怒らせたから悪いのである。怒らせる奴が悪いのだ。怒らせた奴が悪いのだ。

 怒った私は悪くない。怒る私は悪くない。

 

 はっ! なんか暗黒面に落ちかけてた気が。

 

「……数日前に旅の者がやって来ました」

 

「それで?」

 

「人当たりのいい妖怪の娘でしたが、退魔師に襲われ手負いの状態で」

 

「この町で手当てをしたと」

 

「回復したらすぐに出て行ってもらうはずだったのです! ですが、何を勘違いしたのやら」

 

 なぜそんなに焦っているのだろうか。

 

「あの……」

 

 私が口を開いた瞬間に、外が騒がしくなった。

 

「……なんだ?」

 

「ま、まさか!」

 

 長が慌てて扉を開けると、ゴーレムが一体こちらに吹き飛んできて、玄関を破壊した。

 

 あー、ビックリした! 何だよ!

 

 外へと出ると、中華服姿の人物がゴーレムと戦闘を繰り広げていた。

 

「町の人を苦しめている吸血鬼の手先だな」

 

「……そうだと言ったらどうします?」

 

 冷静を装っているが、私の内心は冷や汗と嬉しさで、ごちゃごちゃの大混乱である。

 だってさ生美鈴だよ! やばい、めっちゃ嬉しいけど、その美鈴にぶっ飛ばされそうだよ! こんちくしょー!

 

「はっ!」

 

 美鈴の蹴りが、彼女を取り囲んでいたゴーレムに炸裂する。蹴りを受けたゴーレムはぐにゃりと身体を曲げ、そのまま倒れ伏した。

 なんともあっけなく。技の豪快さに比例していない倒れ方である。

 もっと漫画みたいに服とか破れるもんだと思ったのだが、あれは本物だ。

 とにかく彼女の技を受けたら死ぬというのは理解できた。手負いの状態でこの強さは反則じゃないだろうか。

 

「お前たち、なんでもいいから何とかしてください。私はまだ死にたくありません」

 

 ゴーレムが私の命令で、先ほどまでは使用していなかった銃剣を小銃の先に取り付け、弾丸を薬室に装填した。この程度であれば致命傷にはならないだろう。

 

 魔法は使えるものの接近戦を得意とする敵とはかなり相性が悪いのである。ましてや相手はあの美鈴、近づかれたら確実に仕留められる。

 

 ゴーレムは残り四体。さて、どうしよう。勝てる気しないんですけどー!!

 

「小賢しい」

 

 なーんか、美鈴のキャラ違うんだけど。もっとおっとり優しい娘じゃないのか!

 

「そう言われましても。撃て」

 

 四発の銃声が響き渡るが、すでに美鈴は弾丸の軌道上にはいなかった。

 すぐさま間合いが詰められ、次弾を装填する間も無く、右ストレートが叩き込まれる。パンチを繰り出し無防備になった美鈴にもう一体のゴーレムが銃剣を突きつける。

 身体を捩り剣先をかわしたところで裏拳が繰り出されゴーレムの顔面に直撃した。

 

「ふー」

 

 ゴーレム二体をあっさりと瞬殺した美鈴は息を吐き、構えを正した。

 

 これ幸いとゴーレムたちも弾丸を装填し直し、美鈴に狙いを定めた。

 

 美鈴の戦法は読めた。彼女はこちらが動くまでは絶対に動かない。直前までこちらの出方を伺っているのである。極限まで精神を研ぎ澄ませて、一瞬の隙をつくのだ。

 

 撃てない。撃ったら次こそやられる。こんな命がけの展開になるなんて、本当に泣きたい。

 

 この際、魔法陣を全方面に展開して薙ぎ払ってやればいいんじゃないか? 町は吹き飛ぶけど私は助かるし、美鈴だって死にはしないだろう。そうだよ。そうしよう。

 ……待て、本当にそれでいいのか? 私は何でこの町を壊さないようにしなければいけない?

 そうだ、旦那様にそう言われたからだ。でも、その旦那様ももう直消える。なら、私にとって、この町を壊さないメリットはなんだ? 命をかけて守らないといけないものか? もちろんNOだ。そもそも、厄介ごとを持ち込んだのはお前らじゃないか。お前らが悪いんだから、結果がどうであれ文句はないだろ。

 

 私は死にたくない。

 

「次で決める」

 

 美鈴が私を見据えてそう言い放った。

 

 

 

 




次回は、役立たずvs華人娘の決着と、妹様の登場になります。
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