紅魔館にとっての役立たず
レミリア
ずいぶん前に私の専属執事ができた。家事は何をやらせても失敗する駄目な執事である。あまりの不器用さから私を含めて、紅魔館の全員から役立たずと呼ばれるほどである。ただ私の父から、父と言うのも腹立たしいが、紅魔館の外交面はほぼすべて一任されている。
紅魔館には人間であるが、かなり優秀なメイド長がいる。父の専属メイドである。そのおかげで紅魔館はなんとか正常に機能しているのだ。父のメイドを館の光とするならば、私の執事は闇である。それが私の執事が父のメイドと対等に扱われている由縁である。
メイド長は、表情豊かで普段は穏やかな微笑みを浮かべているが、私が悪さをすれば表情を変えてそれを咎めてくる。別段、腹は立たない。諭すように注意するときもあれば、声を荒げるときもあった。彼女の怒りにはいつも私たちに対する慈愛の情があった。まるで母親のようなすべてを包み込む優しさが。それが彼女が他のメイドたちから慕われてる一因ではないかと思う。だが、私の執事はいつも能面な冷たい笑みを貼り付けている。私が何をしようが、ただ笑っている。何を考えているのか分からないがときもある、私の執事には表情がない。いや、この表現は適切ではない。私の執事は、笑顔しか顔が作れないのだ。表情の作り方と言うものを知らないようだった。歪んでいる。そんな彼女を見て私は興味を持った。
彼女を私の専属執事として推薦した理由はもうひとつある。私には運命を操る程度の能力がある。あまり使える能力ではないが、私は人の運命が見える。彼女の運命も見ることができた。真っ暗で、まったく光のない運命。初めて私には人の運命が理解ができなかった。だから、側に置いておきたかった。
20代前半だと思えた執事の寿命はせいぜい残り50年ほどだと思っていた。だけれど執事はその美しい姿を変えなかった。どれほどの年月が経とうが一切変わらぬ美しい容姿。長い黒髪を煌めかせて冷たく笑い続ける彼女の姿は、妖艶でどこか怪しくもあった。
あぁ、どうしょうもないほど私は彼女に依存している。
屋敷の者を含めて、皆、私のことをスカーレット卿の付属品としてしか見ていなかった。私の執事は違った。私を、レミリア・スカーレットに仕えてくれている。私を私として見てくれるのは、執事の他にはメイド長ぐらいのものだ。しかし、彼女は父のモノ。私の味方は執事しかいないのだ。
だから、私は執事に依存し続ける。
「お嬢様」
いつも通り、私の側には執事がある。そうだ、これでいい。
「何?」
「珍しく静かですね」
「お前、私をなんだと思ってる?」
「もちろん次期、紅魔館当主であられるレミリア・スカーレット様です。あぁ、私のご主人様でもありますね」
「ふんっ」
「お風呂のご用意ができましたが、いかがいたしますか? メイド長が改めて美鈴を挨拶に来させると言っていましたが」
「別にかまわないわ」
「かしこまりました」
お調子者の執事、冷静な執事、優しい執事、冷酷な執事、いったいどれが本物のお前なの?
ねぇ、私の味方の役立たず。
美鈴
知らない天井だった。
そうか、私は負けたのだ。あの笑みを浮かべ漆黒の燕尾服に身を包んだ美しい彼女に。起き上がろうとしたが、まだ力が入らない。体中がズキズキと痛むが、この程度であればすぐに歩けるようになるはずだ。
なぜ私は生きているのだろう。本当ならばあの場で殺されていてもおかしくはなかったはずだった。
彼女は町の住人を苦しめる吸血鬼の手先なのだから。
「起きたか」
「あ、長老さん」
視界の隅に老人の顔が写った。長老である。長老は難しい顔をしながらため息をつき私を見た。
「傷は?」
「はい。大丈夫です。すぐに動けるようになります」
「そうか。なら、すぐに出て行って欲しい」
「え?」
「あんたは何を勘違いしたのかは知らんが、あの方に危害を加えるなど」
「で、でも。この町は吸血鬼に」
「我々はあの方に感謝している。あの方が町の管理をするようになってから重税は課されなくなった。高度な技術や知識も授けてもらった。見てくれ」
長老が窓を指さした、その先には楽しそうに笑い、はしゃぐ子供たちの姿があった。その中の一人を長老は特に愛おしそうに見つめる。
「わしの孫だ。本来ならば、もうこの世にはいなかった」
「それは」
「他の子供たちもそうだ。あの方のおかげで産まれたばかりの赤子が死ぬことは、ほとんどなくなった」
「…………」
「もう分かっただろう。わしらは何も不満はない。今日中に去ってくれ」
「……分かりました」
「それと、あの方が屋敷に来るようにと。確かに伝えたぞ」
とんでもない勘違いをしていたようだった。吸血鬼といえば人々を虐げる存在としか考えていなかった。
すぐに謝りに行かなければならない。許してもらえるだろうか。まだ、本調子ではないが、急いで支度をしなければならない。
私はその日のうちに紅魔館を目指した。
なぜだか、早く彼女に会いたいと思った。あの不思議なオーラをまとった彼女のことが頭から離れない。この感情は何なのだろう。私は初めての感覚に戸惑っていた。誰かに教えてほしいほどに。
きっと罪悪感が私を急かしているのだ。私はその気持ちを無理やり閉じ込めて、自分を納得させることしかできなかった。
メイド長
間宮が連れてきた人物は私の想像とはまったく異なっていた。
中華服を着た、明るく笑顔がとても似合う少女だった。妖怪だと聞いてはいる。人間である私よりも、多くの時を生きているはずだが、どうもこの歳になってくると、自分よりも幼く見える娘は、孫のような存在に思えてしまってならない。特にこの娘のような人懐っこい娘には。
「紅美鈴と言います! 今日からよろしくお願いします!!」
「元気がいいわね」
「う、うるさかったですか?」
「いいえ。それは、とても大事なことよ。今日から私があなたをメイドとして教育させてもらいます。よろしくお願いしますね」
「はい!」
「ふふ。それじゃあ、まずは改めてお嬢様へご挨拶に行きましょうか。旦那様はお出かけになっているので、そちらはまた日を改めてということにしましょう」
「了解です!」
「こら、目上の者には承知しましたを使いなさい」
「す、すいません」
「では、行きますよ」
彼女を一人前のメイドに育てるのは、いろいろと手がかかりそうであるが、この性格であれば問題ないのかもしれない。新しいメイド服のポケットには、聞いたことを忘れないために、メモ帳とペンが入っているのが見えた。感心するまでの心掛けだ。間宮にも少しは見習ってもらいたい。
魔法を使いゴーレムに仕事を覚えさせる機械的な彼女とは対照的である。彼女は心を込めて料理を作ったことはないのだろう。失敗していても、それは愛情が補ってくれるものだ。それが彼女には分からない。まるで愛情というものを知らないで育ったようだった。私は、彼女と出会い、少しでも愛を知ってもらおうと努力をしたのだが、すべて無駄に終わってしまったようだ。彼女は心から笑ったことはないのだろう。
だからこそ、私は不安だった。彼女が新しいメイドを雇おうと言ったとき、どんな人材なのか気が気でならなかったのが正直な気持ちである。
しかし、私の前に現れたのは、美鈴だった。私は最近、間宮が考えていることが理解しかねている。
「お嬢様はどちらに?」
しばらく歩き、ゴーレムを呼び止め尋ねると、浴場を指さした。
「お嬢様はもう上がられるかしら?」
浴場の前で待機していた、私とはデザインの違うメイド服の妖精に声をかける。この妖精メイドは間宮の下についているメイドなのだ。
「先ほどお入りになられたばかりです」
「そう。なら少し待たせてもらいましょう」
「執事長から、そのまま通すように言われております。どうぞお進みください」
いくらなんでも、お仕えする身分である私たちが、お嬢様の入浴中にお邪魔をするなど、失礼である。
「……お嬢様はなんと?」
「執事長のお言葉は、お嬢様のお言葉ですので。それと執事長が、あまりお嬢様をお待たせしないようにと」
浴場へとつながる脱衣所を見ればすでに、扉が開けられ、別の妖精メイドとゴーレムが立っている。
仕方がないので、美鈴を連れ、中へと入った。間宮のいつもの手である。自然と、咎めようとする私たちの方が、まるで無礼を働いているかのような流れを作り上げるのだ。一度、きちんと注意をしよう。
「お嬢様、入浴中に失礼いたします。新しいメイドを連れてまいりました」
中には花びらの散らされた湯船に浸かるお嬢様と、横に控え、笑みを浮かべてこちらに顔を向ける燕尾服の間宮。
「えぇ、間宮から聞いているわ。遠慮せずに入りなさい」
「ほら、美鈴」
「は、はい」
後ろにいた美鈴を前に出す。美鈴は緊張しているようで、動きがどこかぎこちなかった。
それもそうだろう。間宮の他に、お嬢様の後ろに控えるゴーレムと黒をベースとしたメイド服に身を包んだ妖精メイドたち。いくつもの目が私たちに向けられているのだか。
浴場は、いたるところにスカーレット家の家紋と、それにあしらわれた装飾が暗く光を放っている。
そして、一糸纏わぬお嬢様が中央の大理石の湯船に、堂々と優雅に存在している。
とても神秘的で美しい。間宮がこの場所に私たちを、呼び寄せたのも納得がいく。
これで、新人に緊張するなという方が無理な話である。
何事にも第一印象というのは大切だ。こういった面では彼女はとても優秀である。実際に彼女がお嬢様についてから、お嬢様を子供として扱う者は減った。ほとんどいなくなったと言っても過言ではない。お嬢様も、もう子供とはいえない歳なのだが、どうしても旦那様と比べてしまうと、子供のように感じてしまっていたのだろう。
これで、自分自身でしっかりとお嬢様のお世話ができるようになれば、彼女は優秀な執事になれるはずなのに。そういったことにはまったくと言っていいほど努力しないのが、私の悩みの種だ。
「ほ、本日からこちらで働かせていただくことになりました。紅美鈴です。一応、妖怪です。よろしくお願いします!!」
「あら、可愛いわね。間宮から聞いた話だと、どんな筋肉ダルマが来るかと思っていたのだけれど」
「……筋肉ダルマ」
「まぁ、いいわ。間宮から推薦されたお前を雇う許可を出したのは、この私だ。お前にはメイドとして、そこにいるメイド長の教育を受けさせることになったが、ここにいる執事がお前の上司だということを忘れるな」
「?」
「返事はどうした?」
「は、はい!」
「私の顔に泥を塗らないように、せいぜい頑張りなさい」
「承知いたしました!」
ほとんど脅しに近い。聞いていて美鈴が気の毒になってきた。
「頑張ってくださいねぇ」
「あの」
「どうしました?」
「まみ、執事長が教育係でないのはどうしてですか?」
「間宮でかまいませんよー」
もっともな意見だった。
「こいつは、何にもできない役立たずなのよ。これに教育なんてさせたら、それこそ芽を摘むことになるわ」
「私、お嬢様の顔に泥を塗ったことはないですよ? パイは塗ったことありますけど」
「それよ、それ! どこの世界に主人の顔にパイをぶつけて、爆笑してる執事がいる!」
「あれは事故ですよ。絨毯が、こうね、ペラっとめくれてて足を取られたんですよ」
「とにかく、そこの新人! こいつと同じことをしたら、八つ裂きにするからそのつもりでいなさい!」
お嬢様、あまり間宮を甘やかしてはダメです。つけあがると私の苦労が増えてしまいます。
この言葉を言うことができれば、どれほどいいだろうか。それがお嬢様のお決めになったことであれば、極力、私が口をだすことはしたくない。私はただメイドとしてお嬢様を見守っていきたい。それに、私が口を挟むことをお嬢様は嫌う。直接、ご自身から言われたことはないが、私には分かる。お嬢様は旦那様のことを嫌っている。そして、旦那様を自分のコンプレックスと感じている節がある。旦那様の専属メイドを勤めている私が意見するのを快く思わないのは、しょうがないのかもしれないが、少しさみしい気分になる。
間宮のおかげかお嬢様は、自信をつけてきた。彼女が事あるごとに口にする、次期の紅魔館の主という言葉がお嬢様を奮い立たせているのだろうか。悪い意味で言えば、まるで刷り込みのようだ。
お嬢様と間宮の仲がいいのは周知の事実であるが、それが無機質な人形劇に見えてしまうのは私だけなのだろうか。
「あのぉ、メイド長さん」
「何かしら? それと私のことはメイド長でいいわよ」
「はい。それでメイド長、なんで私とメイド長の服はデザインが違うんですか?」
「……それは、あのお二人の心の壁の象徴だからよ」
「心の壁、ですか?」
「えぇ。あれが見えるかしら?」
そこにではゴーレムや妖精メイドが、大広間の長いテーブルに晩餐の準備をしている。
今日はお嬢様と旦那様が同じテーブルで夕食をとる貴重な夜だ。
「あれがどうしたんです?」
「旦那様のテーブルは私の妖精メイドが、お嬢様のテーブルは間宮のゴーレムと妖精メイドが、それぞれ別に晩餐の支度をしているでしょう? あれが紅魔館の現状なのよ」
「あ」
この娘は察しがいいようで助かった。先ほどのお嬢様の言葉の意味も、理解したようだ。
「間宮の食事には人の温かさがない。お嬢様には、なるべく私が食事を作っているわ。……単なる私のわがままなのだけれど、あの子には、温もりを知ってもらいたいの。って、つまらない話をしてしまったわね。ごめんなさい」
「いえ! とても素敵だと思います! 不肖ながら誠心誠意、努力させていただきます。早く一人前になれるように!」
あぁ。この娘になら、紅魔館を任せられる。彼女の顔を見て私はそう確信した。美鈴ならば、私がいなくなった後もお嬢様を支えてくれるはずだ。間宮とは別の方向で。
「私の指導は厳しいわよ?」
「望むところです。これから、よろしくお願いします!」
私は堪らずに、美鈴の頭を撫でてしまった。
間宮、あなたにしてはいい仕事をしたんじゃない?
というわけで、今回は主人公視点からではなく、各登場キャラ視点でお送りさせていただきました。
メイド長、最初は美鈴のためのモブキャラだったんですが、書いてるうちに熱が入ってしまいました。
この作品では貴重なザ・良い人です。
ちなみに、2話の「役立たずと中華娘 前」は映画イングロリアス・バスターズをはじめ、マカロニウエスタンのパロディが入っています。
では、また次回。